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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第四章『全てを救う者』
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忘らるる日(4)


「ここ……で、いいのか?」


ナナシに肩を貸しながら大聖堂前へと辿り着く。そこは十二年後リリアによって大破壊されてしまうわけだが……今はまだ美しい作りのまま残っている。

指示に従い中に入る。礼拝堂までは誰でも立ち入る事が出来るが、ここより奥となると話は別だろう。こんな胡散臭い俺たちを聖堂騎士が通してくれるはずもない。

ここでもめるのも問題なのでさてどうしたものかと頭を悩ませているとお目当ての人物は自らこちらに出向いてくれた。


『……強い神の力を察知して出向いてみれば……貴方でしたか』


姿を見せたのはアルセリア――。未来では学園長になる人物だが、この時点ではただの大聖堂騎士に過ぎない。彼女がここに控えていてもおかしなことは何もなかった。

だが彼女が姿を見せた時点で、やはりこの二人には接点があったのだと認識させられる。こっちの世界に来てまず会わされたのが彼女だったのだから、当然といえば当然なのだが。

巨大な甲冑の騎士は俺たちの目前にまで近づくと真っ先に俺を見た。それから暫くの間沈黙し――俺たちを導くように大聖堂の外へと歩いて行く。

彼女に続いて大聖堂を立ち去り、そのまま暫く歩いて移動した。迷路のように入り組んでいる白い街並みを歩き、辿り着いたのは狭い袋小路だった。


『安心は出来ませんが……小さな結界を形成して置きました。話を誰かに聞かれてしまう心配はありませんし、この空間程度の小規模ならば察知されにくいでしょう』


そう語りながら振り返り、アルセリアは徐に自らの兜に手を伸ばした。そうして頭をはずすのだが、以前学園祭で見たようにそこには中身という物が存在しなかった。

ごくりと息を呑み、その一部始終を見続ける。暫くすると、徐に頭のあった空洞から白い手が飛び出し、中からは小さな女の子が飛び出してきた。

ここの所びっくりの連続でイマイチどう驚けばいいのかわからないが、兎に角俺は驚いていた。いや、最近びっくりの連続だから、それほどではなかったが。

当然のように鎧から出てきたアルセリア本体――少女は大地の上に素足で降り立ち、俺たちを不思議な瞳で見上げていた。

鎧は自らの頭を元の位置に戻し、まるで自意識を持つかのように大人しく背後に控えた。話の邪魔をする気はないようだが、だからって勝手に動くのはどうなんだ。


「先日、世界の揺らぎを感知してはいましたが……どうやらイレギュラーな事態に陥っているようですね」


声は確かにアルセリアのものだ。ああ、本当に声の通りの中身だ……。だが、まさか本当にこんなに小さいとは思わなかった。


「……この場合、貴方をナタルと呼ぶ事に問題はありませんね?」


「ええ。彼には一応触りは話してありますからね」


そうして俺の肩から腕を下ろし、ナナシはアルセリアに歩み寄る。


「話というのは他でもありません。我々は現在ヨトの妨害を受け、元の時間軸に戻れない状態にあるのです。つきましては是非、貴方の力をお借りしたいと思いまして」


「ヨトが……。それはつまり、貴方達が神の怒りに触れるような行いをしたと解釈出来ますが」


「未来ではそういう事にもなってるのです」


「そうですか……。私はヨトと争う積もりはないのですが……。そのような事になっている未来もあるのでしょう」


二人の会話にどう口を挟めばいいのか判らず俺はただ話が終わるのを待って立ち尽くしていた。二人の話は何度かの言葉のやり取りで終了したらしく、アルセリアの中身が俺に歩み寄る。


「未来に戻る手伝いをするのは構いません。元々ナタルは魔術に優れた神ではなかったので、貴方の召喚には常に私の力が必要でしたから」


「それはつまり、俺をこっちに召喚したのはあんたって事なのか?」


「結果的に見ればそうであると言えるでしょう。しかし私一人の願いであるかと言えば答えは曖昧な領域へと踏み込みます」


状況が良く判らない。アルセリアが俺を呼んだ……? いや、アルセリアの力を借りて、ナナシが俺を呼んだのか? でも、どうして……?

ナナシは腕を組んで黙り込む。アルセリアは片目を瞑ったままナナシへと視線を向け、それから何かを理解したのか俺に向き合い語り始めた。


「この世界がヨトという神の管理下に在る事はご存知ですね?」


「……ああ。世界の始まりは冬香だが、あいつが一番に作った世界を創造する存在――それがヨトなんだろう?」


「厳密には創造ではなく、想像主である冬香の指示に従い世界を作る中間的な存在……。極端な話、世界を作る為の道具のようなものです」


世界を作る為に冬香が必要とした作成ツール……それがヨト。後に神としてそれが伝えられたのは、実際に世界をその手で生み出したのは彼女だからなのかもしれない。


「神と呼ばれる存在の中でも、ヨトは創造者クリエイターと呼ばれる者に分類されます。ナタルは監視者ゲイザー……。ヨトの作った世界を見守る存在です。そして私もまた、彼と同じく監視者ゲイザーという存在に分類されます」


「つまりあんたも神様の一人って事か?」


「本城冬香が生み出したオリジナルの神と呼ばれる存在に比べれば私たちは見劣りするものです。何故ならば我々はヨトによって選別され、神の力を擬似的に与えられた存在だからです。直接的に冬香の意志で生み出された神とは根本的に成り立ちが異なる」


ヨトは無から生み出された空想の産物だ。その身は人の存在領域を遥かに凌駕している。

人間と同じ形をしているものの、その中身まで人間と同じではない。彼女は人間の姿を形作ってはいるものの、本来ならば無そのものであり――人間の概念では説明出来ないような高位な者だとアルセリアは語った。

そもそもこの世界も始まりは無――。つまりは空白だった。空想から生まれ出たこの世界は無限の可能性を持っている。同様に存在は無限……。ヨトも無限という言葉と解釈が該当する。

ヨトは生き物ではなく、世界そのものの意思とも言える存在となった。唯一無二の絶対神――。その神に人間の中から選ばれ、神の従者としての力を得たのが監視者ゲイザーなのだという。

そういえばナタルは元々は人間だったものを神が選定し、神になったという話をどこかで聞いた覚えがある。成る程、その神話はそのまま彼らの成り立ちを再現しているわけだ。


監視者われわれは当然創造者ヨトには劣る存在です。時間、空間、世界と行った概念を全く無視して存在を確立させるヨトの力の一部は人の身でも余るものですが、お陰で時を跳躍する、歳を取らない、世界の壁を越える等様々な非現実的な力を行使出来ます」


「お前らはヨトに選ばれた存在……。そのお前らに選ばれた俺でさえ常人離れした力を持ってる。単純に考えてヨトは俺より二段階上の存在って事か……」


その上にはさらに冬香が君臨していたのだから驚きだ。つまりあいつは俺より三段階上の存在……。確かにそうなんだろうな。あいつの見ていたものは、俺よりも三段階は上だった。


「貴方を呼んだ理由は実にシンプルです。しかしその理由を貴方に最初から教えてしまう事に我々は抵抗があります」


「……? どうしてだ?」


「今の貴方の様子ならば、この事実を受け止められるかも知れませんが……」


相談するようにアルセリアはナナシを見やる。彼は自分の口で伝えたいと願ったのか、アルセリアを静止して前に出た。


「ナツル様、わたくしは貴方と常に共にあり、貴方の成長を見詰めてきました」


「……な、なんだよ今更」


「今更……ええ、確かに今更なのです。ですが今度こそ貴方を信じたい。『今度の貴方』は――悲しい現実から逃げ出したりはしないと」



――今度の貴方。



その言葉が重く胸に圧し掛かる。なにか、とんでもない事実を告げられた気がした。

次の瞬間頭の中で何かがはじけた。自分でも訳の判らない情報の羅列が一瞬だけ呼び覚まされ、刹那に消えて行く。

意味不明な現象に困惑する俺を他所にナナシは語り続ける。


「貴方とこうしてヨトに立ち向かうのはこれで三度目となります」


「三度目……?」


「そう、三度目――。今までにわたくしは二回貴方を召喚し、今回の貴方がそうしてきたように世界の脅威と戦い、そして世界の真実に触れた」


一体こいつは何を言っているんだ……? これが三度目……? 今までに二回、同じ事があった……?


「そして貴方は二回ともその事実を受け止めきれずに壊れてしまった。貴方は泣き叫んだ。『俺の記憶を消してくれ』と。『全てをなかった事にしてくれ』……と」


ナナシの言葉に反論する事が出来ない。俺は気づけば何故か冷や汗を流しながら後退していた。

背後の壁に激突し、ずるずるとその場に座り込む。俺が望んだ事……? 俺が、記憶を消してくれと……なかった事にしてくれと、頼んだ……?


「貴方が戦えなくなった所為でそれ以上先に進む事が出来ないまま、わたくしは三度目の物語を刻み始めた。今回は気が遠くなるほど遠回りを繰り返しました。この世界に来たばかりの貴方に全ての事実を受け入れるだけの力はなかった。ですが今――かつての二度には無かったヨトそのものとの早すぎる接触を経験した貴方ならば、また共に戦えるかもしれない」


座り込む俺の前に腰を落とし、ナナシは俺に手を差し伸べる。


「貴方の力を借りたいのです、救世主――。今度こそ、全ての願いを叶える為に」


ナナシがそっと差し伸べた手。それを取った瞬間、俺は絶対に過去からは逃れられなくなる。

自分自身の弱さ、未熟さ……甘さ。迷いや混乱、その全てと向き合わねばならない。

それが怖くて仕方が無い。だが、どうしてだろう? その手を取る事に抵抗はなかった。何かが自分の背中を押していた。

振り返る事はしなかった。だが必然的に俺はそれに気づいた。

俺の背中を押していた。皆との思い出が、この世界に対する愛情が、俺の背中を押していた。

だから俺はその手を取って立ち上がった。体の震えは、もう止まっていた。



⇒忘らるる日(4)



「これで三度目っていうのは、どういう事なんだ……?」


俺の問い掛ける言葉は短いものだったが、それに答える為には様々なプロセスを必要とした。

彼らはそうしてこの世界そのものが一体どういうものなのかを語りだした。その半分くらいはすでに俺も理解している。

この世界は本の中の世界ではない。あくまでも世界という一つの空間に存在している。その空間に召喚され、全ての元になった冬香が過去に俺たちが生み出した物語に近い物をベースにしたのである。

空白の世界に冬香は神を作り、神は世界を作った。そしてこの世界は神の手により運営され、神はその運営を補助する存在、監視者ゲイザーを選定した。

様々な存在に見守られながらこの世界は存在している。その名も無き世界の均衡が崩れてしまったのは想像主である冬香の死がきっかけであった。


「そもそも、ヨトには世界を作り出す力はあっても、その先を想像する能力はないのです。つまりヨトに出来る事は『作る』だけ。設計書を編み出すのが冬香であるというのに、冬香が居なくなってしまえばヨトは作る物を失ってしまう」


世界を永遠に運営する為には世界を永遠に拡大する存在である冬香は絶対的に必要な存在だ。だが彼女は居なくなった。故にこの世界の拡大は停止し、時も、世界という概念も限界を持つ存在となってしまった。


「それが、空白の日リ・ヴァース――。世界の終わりの日です」


そこから先をどう運営したらいいのかわからないヨトにとってそれは世界の終焉を意味する。時を刻一刻と刻み続ける世界である限りそれがいずれ訪れる事を阻止することは神であるヨトでさえ不可能だった。

ヨトは空白の日を避ける簡単な方法を考案した。神は空白の日が訪れた瞬間、世界をリセットすることを考え付いたのである。それは彼女が世界を構築するという工程を繰り返す事により世界を補完する方法でもあった。


「ヨトは空白の日が訪れる旅に世界を始まりの瞬間に巻き戻した。想像主である冬香は既に居なくとも、そこには彼女が記したヨトの預言書せっけいずが存在していた。ヨトはその預言書に従い、世界を何度でも再構築しました」


何度も世界を作り直すうちにヨトは何とかその先に続く、空白を超えた世界を見出そうとした。しかし答えは見つからなかった。当然である。いわば作ることだけをプログラミングされたヨトに、世界を設計する能力など備わって居ないのだから。

そもそもヨトには考えるという行動が存在しない。ヨトという人格のその全ては生み出された瞬間から全く誤差なく同一であると言えるだろう。時の流れにも影響を受けず、衰えずしかし成長しない絶対的な完成した存在――。それが神であるヨトなのだから。


「彼女は人間の成長する力が自分にもあると信じ、この世界を何度も作り直すことで自らの成長、進化を願いました。しかしそれが訪れる事はなかった。やがて彼女は成長する人間という存在に目を付けた。彼女は世界を作り出す工程を――ナタルと私に任せたのです」


そうして生み出されたのがヨトに対する世界創造の報告書――『ナタル見聞録』。それは文字通り、世界創造という任を任されたナタルが書き記したもう一つの預言書だった。

ヨトの預言書がただの設計図だとすればナタル見聞録はその設計図にナタルの意訳を施した物である。ヨトはその繰り返し――人間という成長し考える事が出来る存在に世界の未来を生み出させる事を決めた。


「……まるでヨトは出来の悪い機械みたいに聞こえるな」


「事実彼女は機械のような存在です。彼女は考えない。感情は持ち合わせて居ないし、迷う事も無く、成長する事も無い……。空白の日のその先を見出せない彼女は空白の日を何度も再現し、そこに至るまでの工程を人間に任せて観察を続けました」


そのためにヨトはわざと預言書――設計図を人間の世界に落した。それは人々の手の中に入り、神を信じる者達によって実行に移される事になる。

神を信じる者――つまりは大聖堂は空白の日の存在を知り、それを打開せよという神の試練に乗っ取り行動を開始した。まずは神の教えと力を広めるために預言書を複製し、より神に近い存在になろうと画策した。


「大聖堂の話は一先ず置いておきましょう。ヨトは人間たちに未来への回答を見出そうとしました。しかしそれらが想像主である冬香に届く事はなかった。人の手に任された世界は醜く荒れ果て、ヨトが命じられた平和な世界とは程遠い物でした。そもそも、全ての問題の根源は冬香の死にあります。つまり、冬香がいればいいのです。ヨトは人間の世界に冬香の転生体を生み出す事を画策しました」


「冬香の……生まれ変わり?」


「勿論厳密に生まれ変わっているわけではありません。ヨトが持つ本城冬香という人物の人格的な情報を魂に折込み、記憶と心を再現するだけの存在です。厳密には冬香とは全くの別人となりますが、同じ記憶、心をヨトの力で再構成した者です」


「……まさか」


「貴方も気づいている通り、ヨトの生み出した想像主の転生体……。本城冬香の人格、記憶、思想データを織り交ぜて生み出されたのがリリア・ウトピシュトナなのです」


つまり、リリアは冬香の記憶と心を持った存在……人為的身生み出された彼女の映し身という事になる。だが、リリアはリリアだ。リリアの人格を持ち、きちんとリリアとして行動している。

だが今はその事は黙っていた。つまり問題点はヨトが再び想像主である冬香を生み出そうとしているという事だ。だがしかし、矛盾が発生する。


「俺は秋斗……あ、もう一人の救世主なんだが……」


「知っています。彼もまた、貴方と同じく何度目かのループを乗り越えた存在ですから」


「そ、そうだったのか……。とにかくあいつはヨトが冬香を殺したと言っていた。ループしているなら尚更あいつが間違った事を言うのはおかしいだろう」


「確かにそれは事実と言えるでしょう。しかし実際にヨトが手を下したわけではありません。冬香に死なれて一番困るのはヨトですから」


まあ、そりゃあそうだろう。そういう話の流れだし、ちゃんと理解もしている。だが、だったらどうして……?


「兎に角、ヨトは冬香を殺してしまったのです。ですが冬香が居なくては何も出来ない。だから冬香を作ろうとしている……それは理解しましたね?」


「ああ」


「ヨトは同時に、冬香に近しい存在をこの世界に呼び込もうとしました。彼女の代理の想像主を生み出そうとしたのです。それが貴方と如月秋斗……。どうやら幼馴染だったようですね?」


つまり、俺と秋斗にも同じ事をやらせようとしたのか。かつてこの世界そのものが冬香を呼び出したように。

しかしさっきから聞いているとヨトってやつはきちんと考えているのか考えられないのかよくわからないな。一応、問題をどうにかしようとして前向きに行動しているのだが、その根本にある『設計図にないことは出来ないと思い込んでいる』部分が問題なのだが、気づいて居ないのだろうか。

この世界は既に人の手で運営されている。神なんていなくても、設計図なんかなくたってきちんと皆の手で動いていける。なのに予測出来ない未来を恐れてヨトは世界を人の手に預ける事を拒んでいる。それは……確かに気持ちはわかるが、それじゃあ前に進まない。

それで何回も同じ事の繰り返しになっているのだとしたら、誰かがいい加減ヨトに教えてやらねばならないだろう。この世界は人の手に預けるべきなのだと……。


「前の俺はヨトに召喚されて……それでどうしたんだ?」


「一度目の貴方はヨトの望んだ世界を叶えられず、結局は自らその役目を降りました。そこで貴方を解放しておけば貴方の運命はそこで日常に戻るはずだったのかもしれなかった」


ヨトは俺と秋斗を元の世界に戻す時に記憶を全て消したらしい。俺はそれで現実の世界に戻ったのだが、秋斗はそれを何故か忘れずにある日突然思い出してしまったのだという。

そうして秋斗は自ら異世界へと召喚される事を願ってあの場所――思い出の中の洋館に向かった。それでどうしてヤツがこちらにこられたのかは二人にもわからないそうだが、兎に角それで秋斗は二度目のチャレンジを始めた。


「彼の介入を受け、私たちは貴方を呼び戻す事にした。一度目の貴方とは違い、二度目の貴方は現在の貴方と似た境遇に在りました。しかし我々は行動を急ぐあまり、貴方に直ぐに全ての真実を話してしまった」


それが間違いだったらしい。この世界に来たばかりの俺は今回のように考えて行動はしなかったらしい。冬香を蘇らせる事――元の世界に戻ること。つまり現在の秋斗と同じ考えに取り付かれ、同じように行動したという。


「結果、リリアは冬香に成り掛けた。しかしそのリリアが冬香になろうとした瞬間――貴方は自らの手でリリアを殺めたのです」


「な――っ!?」


「結果、貴方は元の世界に戻りたいと、記憶を消し去りたいと願いました。見るに耐えない程壊れてしまった貴方を救う為に我々は貴方の記憶を奪い、そして――三度目をスタートさせた」


こちらの世界で時間がいくら経過しようとも俺たち異世界の人間の時間は止まったままだ。

魔力を操作は上達するし、肉体は鍛えれば強くなる。だが時という意味での概念は停止したまま。こちらの世界に何万年いようが、俺たちの時間が進む事はないという。

つまりこちらの世界で何年すごしても、向こうの世界に戻ればたかだか僅かな時間しか経過していない。その理屈で言えば、僅か一日の内にこの世界の歴史を何度も繰り返す事が可能なのだ。

そして俺は全てを忘れ――三度ナナシと巡り合った。俺は屋敷について本を読んだつもりだった。だがその時既に二度目の召喚を行われ――そして、俺は椅子の上で目覚めた。まるで僅かな間夢を見ていたかのように……。


「そこで貴方を解放すればよかったのかもしれません。しかし我々には最早貴方しか頼れる人間はいなかった。正直、前回の戦いを最後まで見届けたわけではない我々にはどうすればヨトを止めることが出来るのか検討も付かないのです」


実際にそこまで漕ぎ着けた俺だけが世界の空白を回避する可能性――アルセリアはそう話を括った。だがそんな事を言われても……混乱は鳴り止まない。

俺が、リリアを殺した……? どうしてだ? 俺は、二度目の俺は、リリアを冬香にしたかったんじゃないのか……?

わからない。わかった事もある。でも、余計にわからなくなった事の方が圧倒的に多い。どうして? なぜ? 疑問の言葉ばかり繰り返す。

そんな事よりも俺は兎に角腹立たしかった。拳を握り締め、肩を震わせる。俺は……。俺は――!


「何て、馬鹿だったんだ……っ」


リリアを冬香にする? そんな馬鹿な話があるか! リリアはリリアだ! リリア以外の何者でもない、リリアなんだ!

そのリリアを、大切なリリアを、何があったか知らないが! 何があったって殺すような事があってたまるか! そんな事もわからなかったのか、俺は!


「くそっ!! 馬鹿だ、俺は……っ!! 馬鹿すぎるっ!!」


「……ナツル様」


「俺はっ! 俺はなんでそんな馬鹿なことしやがったんだ! 救えたじゃねえかっ! 救えたはずなんだよ、俺には……! リリアも……世界もっ! なのにどうして俺は……! 俺はあああああっ!!」


その場に膝を着き、大地に拳を叩き付ける。魔力の篭った一撃が大地を砕き、それでも怒りは収まらなかった。

皆と一緒にこの世界で生きて、そうして学んだんだ……。沢山沢山、大切な事を思い知ったんだ。忘れそうになっていた沢山の心を取り戻せた。

この世界に来る前の俺はただ生きているだけだった。何事からも逃げ出して全てを斜めに見ていた。でも――それじゃ駄目なんだって、それじゃ誰にも思いは伝わらないんだって、気づけたんだ。

皆が俺にそれを教えてくれた。皆と一緒に駆け抜けた一年間、その全てが俺の宝物だ。大切な大切な、絶対に失いたくない光なんだ。

それを俺は壊してしまった。あろうことか自分の意思で、そうしてしまった。そんな過去があることが認めたくなかった。逃げ出したいくらい、目を反らしたいくらい、俺はそれが悲しかった。


「俺は……。リリアを守りたかった。この世界を救いたかった……でも」


パンデモニウムでの決戦の時、考えていた事はなんだ?

ただリリアとこれ以上一緒にいたら辛くなるとか、元の世界に戻りづらくなるとか、皆を悲しませるとか……。そんな、自分の事ばかりだった。

俺は自分の事ばかり、自分が辛くないようにすることばかり考えて、結局パンデモニウムの中でも自分の事だけを考えていた。俺が居なくなった後の世界の事なんか……考えちゃいなかったんだ。

でも、どうしてそうなってしまったのだろう。俺はこの世界を大事に思っている。でも――ああ。そうか。そこには、俺の心の中には――目には見えない大きな壁があったんだ。

その壁は傷つく事を恐れて俺自身が生み出した壁……。それはこっちの世界に来るずっと前からそこにあった。

いつか別れる事になるからと、冬香から逃げ出した壁。彼女に何も言わず苦しめた壁。そしてこんな事になるまでほったらかしだった自分の弱さ……


「でも……俺は世界よりリリアより何よりも自分が大事だった。傷つく事ばっかり恐れて何もしようとしなかった。やろうと思えば出来た事が……選べた未来があったのに」


拳を握り締める。俺は何度も何度も伸ばしたいと願う手を引っ込めてきた。冬香を抱きしめたかった。冬香に好きだといいたかった。妹だとか双子だとかそんな事は関係ねえんだ。好きならそれでよかったんだ。後の事なんか――。知ったこっちゃ、なかった――ッ!!


「俺は……冬香が好きだったんだ」


立ち上がる。自然と心は晴れ渡っていた。何十年かぶりに太陽を浴びたかのような晴れやかな気持ちだった。

深く息を吸い込みゆっくりと吐き出す。心の中にわだかまっていた全てを吐き出すように。

そう、ここからもう一度始めるんだ。弱かった自分を捨てて、強く生きて行く為に。


「冬香が好きだ。愛していたんだ。今でも好きだ。今でも在り得ないくらい好きだ。滅茶苦茶引き摺ってる。何回だってやり直したい。何度でも抱きしめたい。でも、それはもう出来ないんだ。もう、終わってしまったんだ。だから――!」


拳を握りしめ、顔を上げる。


「リリアが好きだ。冬香と同じくらい好きだ。中途半端だけど、それでも好きだ。大好きだ。まだ一度も彼女にそれを言って居なかった。愛してるって叫んでなかった。そうしなきゃ傷つかないで済むと思っていた。でも、違ったんだ!」


空を見上げる。ああ、こんなに気分がいいのは久しぶりだ。



「リリアが好きだ!! リリアに会いたいッ!! あの身体を抱きしめたい!! 唇を奪いたい!! ああ、好きだ! 愛してる!! リリア、好きだあああああああああああああああああああああっ!!」



大声で馬鹿みたいに叫んでみた。在り得ないくらいに勇気が沸いてきた。何かもう、恐れるものは何もなかった。

俺の前で神様二人が完全に目を丸くして放心状態になっていた。背後では白蓮がなにやら拍手をしていた。強く拳を開き、もう一度握り締める。

戻るんだ、未来へ……。もう何があっても構わない。まずはリリアに告白しよう。全部はそれからだ。そうしなきゃ気がすまない。そうするべきなんだ。そうしよう。


「……未来に戻ってリリアを助ける。その為に強くなる。その為に戦う……。なんだ、目的なんて簡単だ。自分の心の赴くままに――舵を取ればそれでいい」


「……なんというか。貴方は……ちょっと不思議な人ですね、ナツル様」


苦笑を浮かべているナナシに微笑みかける。それは自分でもわかるくらい、それくらい――迷いの無い笑顔だった。



〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜


*迫るエンディング*


ゲルト「さて、本編では様々な謎が解けて終わりに向かって行くわけですが……あれ? リリア? リリアがいませんね」


アクセル「リリアちゃんだったらさっき顔を真っ赤にして何か叫びながら逃げて行ったけど……」


ゲルト「ああ……。本編がまあ、あれでしたからね……」


アクセル「いよいよ夏流も壊れてきたな。まあ主人公としてどっか今までの主人公と比べるとマトモすぎたから丁度良くなったんじゃないか?」


ゲルト「……そういう問題なんですか?」


アクセル「おや? ゲルトは納得行かない様子だな」


ゲルト「ななな……っ!? ち、違いますよう! そういう事言うとうっかりぶっ刺しますよ!?」


アクセル「……それはやめてください」


ゲルト「何はともあれもう直ぐまさかの三桁突入なのです」


アクセル「百部まで続くとか作者史上最長だな。レーヴァテインですら分けたところを一つで行くという……」


ゲルト「読者の方々はここまで本当にお疲れ様でした。ラストまでもう少しです! がんばって!」


アクセル「皆のお陰でここまで来る事が出来たぜ! 本当にありがとう!」


ゲルト「物語の結末が皆さんの満足行くものかはわかりませんが」


アクセル「最後まで頑張るから応援宜しく!」


ゲルト「……あ、なんか今すごく久しぶりに普通に宣伝した気がします」


アクセル「リリアちゃんいないからな!」

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