交わる時の日(5)
オルヴェンブルムより南に位置するプロミネンスと建造中のラ・フィリアの周辺は静まり返っていた。
見渡しのいい草原に人の姿はない。周囲を警戒して固めているザックブルムの騎士たちの気持ちも緩まないはずがなく、ここ一年間プロミネンスの防衛戦を勝利だけで飾ってきた彼らにとって今日のような日は警戒に値しないものだったのかもしれない。
仮に騎士が気を抜いていたとしても常に警戒しセンサーを張り巡らせているガードマシンや動物的に反応を示す調教された魔物が幾重にも防衛ラインを敷き警護に当たっているのだから、問題など起こり得ない。それは敵味方双方の見解だった。
晴れ渡る空を時々小さな雲が流れて行く、風が少しだけ強い昼下がりであった。槍を携えた騎士の一人が小さく欠伸を浮かべた時、異変は発生した。
「……なんだ?」
欠伸をした騎士が顔を上げる先、そこには全長3メートルほどの多脚式のガードマシンが待機していた。いくつものガードマシンが突然起動し、一斉に同じ地点を睨み始めたのである。
魔物たちも次々に立ち上がり、そこに居る何かに対して強い警戒の意志を示している。騎士たちの目、魔力を探知する能力には何も感じられる事はない。しかしより制度の高い機械センサーや魔物の直感に従い槍を構える。
騎士たちが固唾を呑んで見守る中、草原の中に一つの魔方陣が浮かび上がった。青白く光る紋章のが眩く輝きを空に放つと、次の瞬間そこには二つの人影があった。
何者かが土煙を払うように長いロッドを奮う。風を受け黒髪を靡かせるミュリアは全身から魔力を迸らせながら天高く聳える塔を見上げる。
「ん〜……。座標特定しないで転送したわりには結構いい所に飛べたわね。近すぎず遠すぎず……。そろそろ転送魔法、極めたかしら?」
「まあまあ、大きい塔ですね〜? あれを上ればお空の上まで行けるんでしょうか〜?」
とぼけた事を呟きながら白銀の鎧を身に纏った少女が語る。騎士は巨大な十字架を頭上で振り回し、塔目掛けて構える。
「ホント、何の為にあんなもん建造してるんだか……。ま、細かい事はどうでもいいわ。全て奪って――それからゆっくり調べればいいだけのことだもの」
二人がゆっくりと前進を始める。決して急ぐでもなく、走る事も無く、ただゆっくりと。一歩一歩近づいてくる脅威に騎士たちは固まっていた。
その噂は彼らも耳にした事がある。作戦行動中は基本的に二人組で戦闘を行い、他の部隊を率いずに独立して遊撃を行うクィリアダリア聖騎士団の中でも移植の部隊があると。
構成する隊員のその全てが何らかの技術を極めた天才であり、それらと相対する時、全ての魔物も武器も魔法も意味を失うとまで呼ばれた、絶滅のシンボル――。
「……ぶ、ブレイブクラン……!?」
口にすればその悪夢を認める事になる。故に全員その名を脳裏に浮かべ固まり、しかし口にする事は出来ずにいた。だが一人の騎士が思わず口走ってしまった時、悪夢は明確な現実となって彼らの身に降り注いだ。
まるで凍てついていた時の流れから解放されたかのように全ての存在が動き出す。ガードマシンたちが同時に銃器を構え、魔物が雄叫びを上げながら突進を開始する。騎士たちは魔法を詠唱し、二人の正面からは大部隊の迎撃が放たれようとしていた。
矢と銃弾と魔法が放たれ、その全てが二人に収束する。無数の光は一点に集中し、アーチを描いて行く。その着弾店でエアリオは十字架を前に祈りを捧げていた。
「――今日も頑張って救いの為に戦いましょう」
言葉を最後まで聞き取れた者はいなかっただろう。着弾した魔法と銃弾が二人の姿も音も全てを掻き消してしまった。大地が抉れ、何もかもが吹き飛ばされていく。土煙だけが派手に舞い上がり、攻撃の手は一度止められた。
だが彼らは直ぐにそれを再開する事になる。土煙を切り裂き、銀色の騎士が身を乗り出したから。その全身、頭の天辺から爪先までを巨大な鎧で多い尽くし、エアリオは重苦しい足音を立てて前進する。
「戦乙女の鎧」
それは鎧であり同時に鎧ではなかった。鎧を強化魔法で強化した、特殊な目に見え触れる事も出来る、顕現された結界装甲。
全ての魔法を弾き飛ばし、物理攻撃を遮断する絶対防御壁……。それが彼女が得意とする魔法であった。
攻撃的な能力は一つとして覚えたがらなかったエアリオが極めた、徹底的な守る能力――。十字架を誂えた長物を手に一息に駆け出した。
動きは鈍重。お世辞にも素早いとはいえない。目で追う事も出来るし、魔法を命中させる事も容易である。しかしそれはエアリオにとっては意味を成さない行為に過ぎない。
魔法を、矢を、弾丸を弾き。炎を、水を、雷を弾き。全てを力で捻じ伏せながら進軍するその姿に恐怖以外の物を覚えるだろうか?
絶対に勝てないという事は絶対に負けるという事でもある。近づく魔物の群れを槍の一振りで強引に埒を開け、血飛沫さえ弾きながら鎧は輝く。頭部の羽飾りが風に揺れ、不似合いなほど可憐に煌いた。
「そうそう、その調子で全部引き付けちゃってね〜。あたしが一気に片付けてあげるから――!」
どんな攻撃も弾き返す騎士の後方、両手で槍を構えたミュリアが目を閉じる。大地に魔方陣が浮かび上がり、大気中から収束した莫大な量の魔力がロッドに流し込まれていく。
危険だと察知した時にはもう遅い。仮に気づけたとしてもエアリオがそれを妨害するだろう。大魔術師が目を開き、杖の先端を大地に叩き付ける。
「遍く全てを飲み干す波ッ!!」
杖で打たれた場所からあふれ出したのは大量の水だった。それは魔物も機械も騎士も全て押し流して行く。
しかし、前線には仲間であるはずのエアリオの姿があった。エアリオもまた背後から襲い来る超広範囲の魔法の直撃を受けていたのである。だが、それは彼女にとっては問題ない。
上空に跳躍したミュリアが浮遊した杖の上に立ち、両手を空に翳す。両腕に魔力を収束し、その収束した迸る魔力の全てを大地目掛けて振り下ろした。
「――轟け雷鳴炸裂せよ大地! さあ、纏めてぶっ飛びなさいッ!!」
大地に叩き付けられた電撃の大魔法は火柱を巻き上げながら水を伝い、波に乗って全ての機械、魔物、騎士を巻き沿いにしていく。
何もかもが押し流され燃え尽き焦げ付き全てが存在しなくなった草原の中、全ての魔法の直撃を受けながら何事もなかったかのように立ち上がるエアリオの姿があった、
エアリオの傍に着地したミュリアが身体を気遣って頬を寄せる。エアリオは全くの無傷で魔法装甲を解除した。
「本当に頑丈ねえ、あんた」
「ミュリアさんも、もう少し手加減してくれないと〜……。いくら頑丈でも、限度がありますよ〜?」
「はいはい、次からは気をつけるわよ。でもまあ――相変わらず無敵に反則よね、このコンボ」
溜息混じりに顔を上げるミュリア。目前に構えていた数百の兵力は今は一つ残らず壊滅に陥っていた。
二人が攻撃を開始した頃、別のエリアでも戦闘が開始されていた。東西南北、四方から同時に転送による奇襲を仕掛ける手筈になっていた勇者部隊のメンバーたちはそれぞれ少数で組み、行動を開始する。
「――っと、大体このへんかな〜と思って開いてみたけど、案外イケたぜゲインの旦那」
「上出来だよ、ブレイド。ここなら問題ない」
ブレイドが開いた空間の亀裂からゲインとブレイドの二人が姿を現した。当然即座に迎撃に移ろうとする敵軍に対し、ブレイドは片手を大地に着いてそれらを防ぐ。
正面に出現したのは巨大な城壁だった。魔法、物理攻撃、全てを受け止める巨大な壁……。攻撃をいくらしたところで無駄だと手を引いた直後、の向こう側から高速で飛来した何かが一人の騎士の身体に突き刺さる。
城壁の向こう側、何かが起こっている。危険を察知したもののそれが何なのかは理解出来なかった。何故ならば城壁を上から飛び越え、不自然な軌道を描いて急速に飛来したのは魔法ではなく一振りの剣であったのだから。
「制度は問題無さそうだ。ブレイド、君のコレクションを借りるよ」
「あいよぉっ! 好きなだけ持っていきな、旦那ぁっ!!」
ブレイドの背後、開かれた異空間から数え切れないほどの武器が姿を現した。それらを無造作に手に取り、その全てを次々に空中に向かって軽く投げ放つゲイン。
それら全てに遠隔で魔力を込める。すると武器たち全てが黒い魔力を帯び、まるでゲインに服従するなんらかの生命であるかのように大人しく空中で静止を始める。
「魔法剣、操作開始――!」
全ての武器に闇の光が連鎖した時、城壁は一瞬で姿を消した。代わりに現れた数百の浮かぶ剣をそれらを片手で操るゲインに誰もが絶句する。
一斉に放たれた武器の雨あられが敵陣を破壊して行く。その攻撃を回避する者も確かに存在した。直線的に遠距離より飛来する剣をかわすことはそう難しくはなかった。
しかし回避して自らの脇をすり抜けたはずの剣は突然空中に現れた門に吸い込まれ、全く別の死角から再び獲物目掛けて襲い掛かるのだ。ゲインとブレイドは背をあわせ、互いの腕を敵目掛けて突きつける。
魔法の威力を付加された魔法剣と化した剣たちは一撃で鉄も、魔物の鱗も貫いて行く。騎士の鎧はその威力の前では紙のようなもので、縦横無尽に降り注ぐ剣の嵐に見舞われて全てが通り過ぎた後には屍の山だけが積み重なっていた。
「西エリア、殲滅完了――ってな!」
次々と防衛ラインが突破されていく中、北側から一直線に敵陣を切り抜ける一団の姿があった。白き勇者フェイトと夏流、そしてその従者となった白蓮と彼らを転送術で送り届けた鶴来である。
本来ならばフェイトと鶴来の二人で充分な構成であったが、新入りは新入りらしく一番強いやつについていけ――というフェイトの言葉もあり、夏流も彼の背中を追い掛けていた。
フェイトは近づくものは全て強引に剣一つで叩きのめして行く。鶴来も術を使う様子はなく、身の丈以上もある長大な太刀を自在に振るい、全てを一刀の元に切り伏せていた。
近接戦闘で絶対的戦闘力を誇る二人は傷一つ追う事も無く全てを切り伏せて行く。二人に負けじと奮闘する夏流の活躍もあり、フェイトたちはプロミネンスの内部へと侵入することに成功していた。
「よし、準備運動にしちゃあ物足りないが、こんなもんだろう。鶴来、いくつ斬ったよ?」
「四十七」
「六十三だ。まだまだ俺を超える日は遠いな、ハハハハ!」
二人は昔からずっと敵の撃墜数を数え競い合っていた。残念な結果に不満が残るのか、鶴来は何も言わずにフェイトの先を行く。
薄暗い通路が続いていた。そこが施設の中心部、ラ・フィリアに続いている事は間違いない。他のエリアでも勇者部隊による襲撃が続いているだろう。内部を制圧するのはフェイトたちこのチームの役目である。
「どうした新入り! 強いくせになに呆けてんだ?」
「……いや。あんたたちがあんまりにも強いんでな。少し……見くびっていたらしい」
言葉を交わしながら夏流とフェイトは同時に歩き出す。先を行きながら近づく者を切り伏せ道を作っている鶴来に視線を向け、夏流は眉を潜めた。
その力は未来の勇者部隊の比ではなかった。圧倒的な戦闘能力とコンビネーション……。潜り抜けてきた戦場も、生きた時代も違う。だが違うといえばその程度の事……。だがそれだけの事実が大きく力の差を生み出している。
全員覚悟というものが違いすぎる。己を知り、己の為に戦い、そこに迷いはない。戦闘に余計な気持ちは持ち込まないし、全ては既に割り切ってある。戦う彼らの表情からは戦闘に対する躊躇のようなものは微塵も感じられなかった。
「新入り。お前は人を殺すのは苦手か」
「…………」
夏流は応えられなかった。戦争をしているというのに、自分の答えは余りにも情けの無いものだと自覚しているから。しかしフェイトは特にそれを咎めるわけではなく、ただ淡々と告げた。
「それはそれで悪くはねえさ。だが、それは難しい生き方だ。自分で選んでそうするのなら、覚悟はしておけ」
「……覚悟?」
「人間は何かを守る時、何かを奪う。何かを奪う時、何かを守る事もあるだろう。人の行いは表裏一体、全てを救う事は出来ねえ。両手を綺麗なままで居たいのならば、その手を洗う為に自分の何かを切り詰めて漱ぐしかないんだからな」
鶴来に合流し、ガードマシンを蹴り壊すフェイト。その背中を見詰め一瞬迷い、それを振り払うように夏流も彼らの後を追い掛けた。
⇒交わる時の日(5)
「これは……?」
四人が辿り着いたのは巨大な神殿の内部を髣髴とさせる部屋だった。その空間は後にディアノイアのエントランスとなる場所であり、何も無い空間にただ塔の上へと続く階段が存在する。
しかし階段は途中である部屋に繋がっており、遥か上、最上階まで続いているようには見えなかった。故に彼らが目指したのは階段の続く部屋――。後にディアノイアの学園長室となる場所であった。
広々とした空から地上を見渡すその部屋の奥、そこには一つの椅子があった。来訪者に背を向けるようにしてその椅子に座る何者かは直接その姿を見ずともはっきりとわかるほど、肌を刺すような強い魔力を秘めている。
フェイトも鶴来もその圧倒的な力に負けずとも劣らないだけの力を持ち合わせている。拮抗はしていない。待ち受ける者のほうが力は一枚上手であろう。だが、フェイトも鶴来も慌てる様子はなかった。
ただ一人だけ動じている夏流に鶴来が歩み寄り、微笑みかける。勇者は神剣を片手にゆっくりと待ち受ける者へと歩み寄る。
「――よお。こうして対するのはこれで何度目だよ? 不死身の魔王――ロギアさんよ」
勇者の呼びかけに応えるようにゆっくりと椅子が回転する。しかし回転した椅子には誰も座っては居なかった。先ほどまでそこからハッキリと感じられた恐ろしい力も今は完全に息を潜めている。そう思った直後――。
「――これは誰だ? 新入りか?」
声は夏流の真後ろから聞こえてきた。夏流は振り返るよりも早く身体を硬直させた。首筋に細身の剣が当てられていたのである。
それが首に押し当てられ僅かな傷が血を流してもまだ気づかず、声を上げられてようやくその存在を認知する事が出来た。冷や汗の流れる夏流が視線を正面に戻す頃には既にフェイトが夏流の背後に立つ人物に聖剣を突きつけていた。この二つの出来事を夏流が認識するまでにかかったのは十八秒。その間には既に一つの攻防が終了し、夏流の認識が終了した十八秒後には椅子の上に主は戻っていた。
「せっかちな男だ。久しぶりの再会だというのに――そう急ぐ事もあるまい?」
豪華な装飾の施された紅い椅子の上に立ち、魔王は薄ら笑いを浮かべながらそう告げた。その様子からは敵意は感じられず、あろう事かフェイトまで神剣を降ろす始末である。
だがそんなことよりも夏流は魔王の姿に驚いていた。唇から放たれた力強い言葉は確かに王の名に相応しい。だがしかし、その外見は――。
ウェイブした銀色の長髪を風に揺らし、黒いドレスに身を包んだ長身の女は腕を組んで四人を見下ろしていた。銀色の瞳が暗く輝き、紅い唇が不敵に笑みを湛えている。
魔王ロギア――。大魔道と呼ばれ、魔物を召喚し世界全てをその手中に収めようとした残虐な王――。その正体である美しい女を前に夏流は完全に固まってしまっていた。
勿論、ある程度の予想はついていた。リリアの言葉を借りて口を利いていた聖剣に封じられていたロギアならばまだわからなかったかもしれない。だがあの日、聖剣が解き放たれ本来の神の力を取り戻した時、ロギアは自らの声で話す力を取り戻した。
そう、大聖堂崩壊の時地下から脱出しようとする夏流にかけられた声は目の前の魔王が発するそれと同一であった。予想はついていた。だが――それは少々衝撃的な光景だった。
「おまえとこうして面を合わせるのはこれで八度目だ、フェイト。何度遣り合っても決着が付かないものだな」
「そりゃあ、お前は全然本気で戦おうとしないからだろ」
「ふん。それはおまえとて同じ事だろう? 討伐する気になればいつでも私の首を獲れたはずだ。それをしないのはおまえの手心だろうに」
ロギアの外見も驚きであったが、魔王と勇者の様子も衝撃的であった。二人はまるで旧知の友人であるかのように語り合い、傍に歩み寄っているではないか。互いに武器を手に取る様子も、魔力を解き放つ予兆も見当たらない。
宿敵であるはずの魔王と勇者――。その二人が至近距離で接触する。あまりの動揺に完全に混乱してしまった夏流が説明を求めて鶴来を見詰めると、少女は困ったような表情で応えた。
「見てのとおり、『あの二人は決着を付ける積もりがない』のだよ、少年」
「……え? な、なんで?」
「……何故って――それは」
鶴来が呆れた様子で指差す先、夏流は衝撃的な物を見た。
魔王が勇者に顔を寄せ、口付けを交わしていたのである。風を受けて重なる二つのシルエットに夏流は空いた口が塞がらなかった。
「魔王ロギアは、勇者フェイトに惚れているから……そんな理由だと言ったら君は怒るだろう?」
「当たり前じゃボケエエエエッ!!」
思わず仮面をつけた救世主ナタル・ナハである事も忘れ夏流は雄叫びを上げた。一目散にフェイトに駆け寄り、魔王に寄り添われている勇者の襟首を掴み上げる。
「何をやってんだフェイト!! 少しは真面目にやれえっ!!」
「おい、ちょっとまて!? 俺は常に真面目だっ!!」
「どこが真面目だ!? 魔王が女なのは百歩譲って赦すとする!! 薄々感づいてたしな! だけどお前の行動はどうなんだ!?」
「お、お前が何にブチ切れているのか俺には全くわからんのだが……。とりあえず今は戦闘中だから落ち着け、ナタル」
「テメエにだけは言われたくねえええんだよぉおおおおおおおおっ!!!!」
「おい、見知らぬ新入り……。魔王を前にその油断だらけの態度、私を侮辱しているのか?」
背後から魔王にそんな指摘をされ、夏流の中で何かがキレた音がした。バチバチと音を立てて電撃が迸る中、背後から白蓮と鶴来が同時に夏流を押さえ込む。
「マスター、ここは抑えたほうが宜しいカト」
「おちつけ少年、ツッコんだ方が負けだ」
「俺は……っ! 俺はああああああああっ!!」
暴れ狂う夏流がずるずると二人に引き摺られて下がって行くのを見送り、魔王は腕を組んだまま笑っていた。勇者と魔王は再び向かい合う。今度は先ほどより少しは真剣な表情であった。
「さて、本題に入るか。俺がここに来た以上、目的はわかっているんだろう?」
「ああ? このプロミネンス――いや、ラ・フィリアの事か。特に攻撃用の拠点でもないというのに、奪ってどうするというのだ?」
「そりゃあ大聖堂元老院に聞いてくれよ。俺みたいな末端の騎士には何も伝わってこねえんだからな。お前こそわざわざ敵国領土のど真ん中に遺跡を建造するのは遠慮しておけよ」
「はっはっはっ! まあ、それもその通りだな! 成る程、これからは自重するとしよう」
腕を組んだまま高笑いし、それから魔王は勇者の後方に控える夏流へと目をやる。
「――面白い魔力を持っているな。中々興味深い新入りを手に入れたか、フェイト」
「あん? まあ、どうやらそうらしいな……。それより今は塔の事だ。何で元老院のジジイどもがこんな塔を欲しがる? 何故お前はここにわざわざ塔を建てる?」
「理由はどうでもいいだろう? それよりも――さて、武力行使で塔を奪うか? 白き勇者よ」
「大人しく渡してくれればお前と戦わずに済むんだがな」
「それは断るしかないな。私も一国の王だ、ひれ伏す事など出来はしまい? フェイト、おまえが私の夫になると決めたのであれば話は別だがな」
困った様子でフェイトは溜息を漏らした。そう、魔王に求婚を申し込まれたのは今が初めてではない。もう何年も前――彼と彼女が出会ったその日からロギアはフェイトに婚約を求めていた。
しかし誰かの夫となる事を拒んでいたフェイトとそれを諦めようとしないロギアとの関係は戦争が始まってからもややこしくこんがらがったまま現在なお続いてしまっている。
「俺は生涯誰とも結婚しないの! 何度も言ってんだろ!」
「なら愛人ではどうだ?」
「愛人もだめ! お前は敵国の王様なんだから、そんなのと関係持ったら何言われるかわからんだろう!」
「……じゃあ、バレなければいいだろう?」
「そういう問題じゃねえの!! ああもう、話が進まねえっ!!」
頭を掻き乱すフェイト。それを楽しそうに眺め、それからロギアは空中へとふわりと舞い上がる。
「おまえと戦うくらいならこの塔は引き渡そう。何、どうせわたしがやらずとも元老院が塔を活かすだろう。使い道など一つしかないのだから、わたしがわざわざ最後まで責任を持ってやり遂げる意味もない。それに――外の軍は既に壊滅したようだしな」
既に戦闘の音も聞こえなくなっている。ロギアは不満げに溜息を漏らし、ふがいない部下たちに舌打ちした。
「フェイト。その男、お前にとって転機となるだろう。全てを伝え、存在を活かせ」
まるで助言のような言葉を残し、ロギアは魔方陣に包まれて光の中に姿を消して行く。特に何も戦闘をする事もなくあっけらかんと塔を手に入れたフェイトは呆れた様子で振り返った。
しかしそこには肩透かしをくらい、呆れたどころではなく脱力している夏流の姿がある。魔王が指差し笑ったその未来から来た男の存在に、フェイトは腕を組んで眉を潜める。
「なんつーか……あー。悪かったな?」
「…………フェイトッ!!」
「は、はい?」
「全部話せっ! この戦争がなんなのかっ! 魔王がなんなのかっ!! そうでなきゃ――納得いかねえっ!!」
完全に怒り心頭となっている様子の夏流に思わず返事が裏返ってしまう。仲間たちが合流するまでそう時間はかからないだろう。どうせ一先ずここに集まるのだからと、フェイトも僅かな時間に覚悟を決めた。
「で? 何から聞きたいんだ?」
フェイトの言葉に夏流が前に出る。白の勇者が語る過去、それは十二年前よりも更に過去へと遡って行く……。