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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第一章『二人の勇者』
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友達の日(2)


それは、英雄を育成する学園を有する都市でさえも異様な光景だった。

夜のシャングリラの街を駆ける漆黒の影二つ。月明かりにシルエットを浮かべながら空中で刃を交える。

それは刃の形をした破壊の象徴。既に武器と言う表現よりも工具と言った方が似合う、気品の欠片も無く絶え間なく唸り声を上げる機械の刃。

チェンソー。それ以外にその武装を表現する手段は存在しなかった。機械の塊。重機。それを両手に構え、屋根から屋根へと飛び移りながら振り回す影のシルエットは長いスカートをふわりと棚引かせ、月下を華麗に舞う。

追う者、追われる者。相反する二つの影は逃げ惑う者と追い殺す者に分かれていた。影の一つ、月明かりの下に飛び出した少女はレンガの壁を蹴り、大きく跳躍する。

エンジン音が否応無く鳴り響く中、狙われる存在は大きく後方へ跳躍した。二つの存在の動作は人間に限りなく近い、しかしそれとは異なる存在の者。不出来な格好で後方へ何十メートルも跳躍し、ふらつく足取りで着地する。

夜の静けさを意にも介さないスカートの少女。それは、黒い給仕服を着用した見せ掛けは従者の殺戮者だった。追う存在が従者メイドならば、追われる方もまた従者バトラー。執事とメイド、二つの存在は空中で何度も擦れ違う。

やがてメイドの放った大振りな一撃が屋根を砕き、火花が夜の闇を引き裂いた。照らされたメイドの表情は暗く、何一つ思考をしていない硝子球のような瞳で執事を捕らえている。

連続で繰り出され、障害物を意に介せず破壊し貫き両断する重機の一撃。執事は咄嗟に身をよじったものの、その刃は容赦なく執事の片腕を文字通り削り奪って行った。

ぼたりと零れる血流の流れ。少年は吹き飛ばされ、落ちて行く。夜の闇の中、落ちて行く。腕を押さえ、しかし立ち止まる事もなく大地に着地した少年は、そのままシャングリラの町へと走り出した。

見送る存在は月明かりの下、頬についた帰り血を甲で拭い、瞳を細める。異常事態が当然の学園都市でさえ、異例の景色。誰もが眠りにつく中走り続ける執事をメイドは追う事をしなかった。

やがて執事は走ることにも疲れ、身体を震わせて路地裏に倒れこんだ。流れ出した血は絶えず、大地を汚して行く。もう長くは持たない……冷静に、客観的にその事実を捉え、メイドは踵を返した。

夜の街の中に消えて行く無数の命が一つ増えただけ。いや、そのようなことさえメイドは感じないだろう。ただ主の命令をこなすだけの彼女にとって、『裏切り者』ならば死して当然、億万の痛みを与えた所で道徳は痛まない。

放置された少年は動かなくなった。ゴミの山に囲まれ、一人朽ちて行く。まるでその姿はそう、彼もまたひとつの大きなゴミであるかのように。

誰かに救われる事もなく、失われる事も無く。忘れ去られていくように、静かに世界から消えて行く。そんな状態が当然であるはずの少年に差し込む影の姿があった。

月明かりを背に、たまたまその場を通りかかった少女は少年に駆け寄る。声をかけても反応は無い。当然、少女は少年の負傷を確認する。そして……。


「し、死んでるぅっ!?」


悲鳴をあげ、おろおろとその場をうろつくのであった。



⇒友達の日(2)



「や、やっとネコミミが直ったぁぁぁぁ……」


与えられた学園寮の自室の中、鏡を前に俺は深々と安堵の溜息を漏らしていた。

まさか、自分の頭にネコミミが生えるとは思いもよらなかった。普通こういうのは女の子になったりするイベントじゃないのか。何で俺がサービスシーンを演じなければならないのか。

が、まあそんなことはどうでもいい。本当に直ってよかった。このまま現実の世界でもネコミミで生きなければならないんじゃないかと不安で仕方が無かった昨晩はろくに眠れず、結局また寝不足になってしまった。

それにしてもここまで来るとリリアのドジっぷりも神がかってきたな……。髪型を整え部屋を出ると、背後からうさぎが跳ねて俺の肩の上に飛び乗った。

結局あの薬は丸一日治るのにかかるというメリーベルの言葉を聞き、俺は丸一日半、自室に閉じこもって過ごした。ネコミミのまま町を出歩くよりはよっぽど精神的に健康だろう。

こうして無事朝を迎える事が出来たので、部屋を出る。丸一日何も無い部屋でネコミミの恐怖に脅えながら過ごしたせいか、今は無性に外の空気が清清しい……。


「いやぁ、似合っていたのにもったいないですねえ」


「……最早お前を殴る気にもならねぇ……」


本気で泣くかと思った。想像してみてほしい。ネコミミになっちゃったら普通泣くだろ。

部屋の前にはどこから集まったのか猫たちが集っていたが、俺が仲間ではなくなったと分かるとそそくさと解散して行く。安堵の溜息をつくと同時に、薄情なやつらだなあとも思った。

何はともあれ、階段を下りて学園の中庭へ移動する。俺の部屋がある最高ランクの学生寮は、既に学園内に敷地が存在し、それは中庭に隣接して作られ……つまり、校舎と一体になっている。

よって通学が非常に楽であり、学園の施設も利用しやすい。まさに学生にとっては最高の設備だと言えるが、落ち零れのリリアの寮まで徒歩二十分はかかるのが俺の中では不満な所である。

リリアの寮は俺よりもいくつかランクが下がり、街の外周部に存在する。尤も学園から遠いだけであり、内装は豪華だ。ある程度は実力を認められた生徒か、よほど金持ちの子供でなければ入る事は出来ないらしい。

それよりも上に住んでいるのだから、俺は随分と偉くなったものだ。自分では何もしていないだけになんだか実感がわかないが、アルセリアなりに俺を認めているという証を立てているのかもしれない。


「そのうちまたアルセリアにも顔を出さないとな……っと、学園長って呼ぶべきか」


一応俺は生徒っていう設定なんだし、偉そうな口は利かないほうがいいだろう。

そんな事を考えながらリリアの寮へと急ぐ。真っ直ぐ歩いていけるからまだいいが、変な所にあると入り組んだシャングリラの町をうろつかされる事になって大変だろう。

タダでさえこの町はゴミゴミしているというか、増築に増築を繰り返してちょっとどこがどこに繋がっているのか住民でさえ判らない部分が大きいのだ。うっかりウロウロして迷子になってもなんらおかしくはない。

そんな事を考えながらぼんやりとリリアの寮へ向かう。別に女子だからとか男子だからとかで寮は分かれていない。部屋は完全な個室で、鍵も各々持ち歩いている。その辺はかなりルーズだ。門限もないし。

まあ、夜間も研究に勤しんでいるヤツとか授業を受けているヤツ、特訓しているヤツなど、色々な生徒がいるのだから制限をつければつけるほど人材が個性的に育たなくなる気もする。

さて、寮にやってきた。メリーベルのところと比べると相当見栄えのいい寮に足を踏み入れる。管理人も親切そうな表情を浮かべて俺に挨拶をしてくれた。気持ちの言い気分でリリアの部屋に向かい、扉をノックした。


「リリアー、特訓するぞー。おきろー」


ドアをノックする。しばらくしても返事がないのでもう一度ノックした。これで出てこなければ部屋に突入して起こしてやろうかと思っていたところ、扉がゆっくりと開きだした。

その向こう側にリリアの顔以外を誰が想像しただろうか。出てきたのは繊細な顔立ちの美少年だった。しかも上半身裸である。俺は完全に固まった。

暫くの間少年と見詰め合う。金色の髪の合間から覗く金色の瞳が俺を見つめている。綺麗な瞳だった。俺はしばらくそれを見つめてから、ゆっくりと扉を閉めた。

それからUターンし、通路を腕を組みながら歩く。壁に手をあて、うなり声をあげる。迷っていても仕方がない。俺はもう一度表札をチェックしてからドアをノックした。

やはり、美少年が出てきた。俺は完全に固まった。それから腕を組み、少年を見つめ、深呼吸してから、


「いや、おまっ!? なんでやねんっ!?」


ツッコみを入れた。

少年はキョトンとした様子で俺を見ている。そいつを強引にどかして部屋に入ると、リリアはベッドの上ですやすや眠っていた。

別に裸とかではなかったが、そういうことなのか……? まさか、行き成り俺が知らない所でこんなヤツと出会って、お、お、大人の階段を……。

額に手を当てる。待て待て、冷静に考えてまずリリアがこんな美少年と成り行きで寝るだろうか。早とちりはいけない。リリアはいじめられっ子で友達も居なければ男と話す機会なんて俺かアクセルくらいしかないはず。一体どこでこんなやつと知り合えるっていうんだ。

日がな一日部屋の中にうずくまって自分の駄目な所を数え上げながら休日を過ごすような寂しい少女リリア・ライトフィールドに彼氏? いや、おかしい……待て、まさか……顔がいいからって騙されたのか?

少年を見る。上半身は裸だ。良く見たら――片腕がない。俺はますます眉間に皺を寄せた。どういうこと?

まさか、リリアにはそういう趣味があったのか? リインフォースは振れないくせにSMグッズは使いこなせるってことか? お前どんだけ勇者失格なんだよっていうかなんでお前腕片方千切れてんのに平然とした顔してんだっていうかリリアはどうなってんだ寝てるのかさっさと起きろ!!

無言でベッドを蹴り飛ばすとリリアが飛び起きた。完全に寝ぼけたまま目をぱちくりさせているリリアの寝癖を掴み、頭をグリグリゆする。


「全部一から十まで全て完膚なきまでに俺に説明しろ今すぐだ早くしろ」


「へっ!? ひっ!? なな、なちゅるさ……おふぁっ! おはようございまっ!?」


「そんなことはどうでもいいんだ!! さっさと説明しろおおおおっ!!」


「あにゃあああ!? 何で寝癖を掴むんですか!?」


「うるさいアホ毛ッ!! お前、そんな何も知りませんみたいな清純そうな顔しておいて、腕ぶった切るとはどういうことだッ!!」


「なつるさん何言ってるんですかさっきから!? リリアぜんっぜんなつるさんが理解出来ないですよ!?」


パニック状態を収める為に一呼吸置く事にした。パジャマ姿が恥ずかしいのか、リリアはベッドの中にもぐって顔だけ出したまま俺を見つめた。


「それで、師匠は何をそんなに怒ってるんですか……?」


「いや、だから……」


俺たちの視線は背後に立っている少年に向けられた。しかし当の本人は呆けた顔で首をかしげるばかりで要領を得ない。

リリアは俺が何に驚いているのかようやく理解したようで、何がどうなってこうなったのか、説明を始めた。


「この人は多分、機械人形オートマータなんですよう」


事件は昨晩、リリアが俺の使いでメリーベルの研究室と俺の部屋とを何度も往復していたせいで起きた。

彼女は帰りが遅くなり、夜中の道をとぼとぼ一人で歩いていた。寮に戻る途中、たまたま視線を送った路地裏のゴミの山でこの少年を発見したのだという。


「物凄い音がしたので何かと思って見てみたら、人が倒れてたんでビックリしたんですけど……。機械人形なら、平気かなあって」


「なんだその機械人形ってのは」


「へ? そのまんま、機械の人形ですよう? ディアノイアの受付とかもそうじゃないですかー」


そういえば受付のメイドは全員同じ顔、同じ格好をしていた気がする。人間にしかみえなかったが、どうやらあれら全部機械だったらしい。

確かにそういわれれば納得が行くようなしかし行かないような……。いや、とりあえず腕が片方ないのに平然と立っているコイツの存在には納得が行った。機械だから傷みもない……そういう事なのだろう。

しかし、ファンタジー世界にしては文明が発達してるなこの世界……。改めて少年を見る。部屋の窓辺には少年の物らしい衣服が吊るされている。ボロボロだったから脱がせたとかそんな所だろう。


「まあ大体話は分かったが……結局こいつ何なんだ? 何で拾った?」


「だって、困ってたんですよう? 可哀想ですようー」


そんな理由だけで見ず知らずの胡散臭いロボットを拾って帰ってきて、オマケに破けた服を縫い直してやったのか。なんというか、リリアらしいというか……。

まあ、そりゃそうだ。リリアだもんな。部屋に男を連れ込むという発想がそもそもないんだろう。全く自分がどういう誤解を受けていたのかわからないといった表情を浮かべている。俺の早とちりか……。


「それで、結局師匠はどういう誤解をしてたですか……?」


「えっ? あ、いや……そ、それはいいだろもう。それでこいつ、名前はなんていうんだ?」


「えーっと、昨日聞いたら……クロロって言ってました」


服を着ながら振り返った執事ロボ、クロロ。メリーベルを遥かに凌駕する無表情さで俺たちの前に立つ。

それにしても、拾ったところでどうしようもないだろうに……。これからリリアはこいつをどうするつもりだったんだろうか。まあ犬でも猫でも、捨てられてたらその後どうするのか考えずに拾ってきそうなヤツだが。

そもそもその、機械人形オートマータってのはどういう存在なんだ? 街中でホイホイ見かけない気がするのは、彼らが巧妙に人間を模して生み出された存在だからなのか、それとも希少な存在だからなのか。考えても仕方がない。俺は当初の予定通り行動する事にした。


「それでリリア、ちょっと話があるんだが」


「……うぅ。それ、寝起きの女の子を前にいつまでもしなきゃいけない話ですか……?」


「あ」


寝癖が恥ずかしいのだろう。頭の上に枕を載せてリリアは顔を赤くして俯いていた。俺は慌てて踵を返し部屋を出ようとして……とりあえずクロロも一緒に外に引っ張り出すことにした。

二人して寮の廊下に出る。クロロは何が起きたのか良くわかっていない様子で俺を見つめていた。


「……あー、クロロ、だったか?」


「はい」


初めて喋った。案外普通の声だった。もっとロボっぽい……合成音声みたいなのを期待してたんだが。


「お前、一体なんで倒れてたんだ?」


「返答します。クロロがマスターに捨てられたからです」


あっけらかんと答えるクロロ。マスターに捨てられたから腕千切れてたのか? 不用品って事なのか……いや、問題はそこじゃない。


「ってことは、お前マジで行く所ないのか」


「肯定します。クロロは根無し草になりました」


そのセリフはどうなんだ……などなど考えながらしばらくリリアを待つ。扉の向こうから普段通りのリリアの姿が現れると、何となく気まずい空気になった。


「それで師匠、話って何ですか?」


「あー。いや、それより先に……ちょっと寄り道していくか」


俺達は三人して移動を開始した。目指す場所は錬金術師たちの隠れ家のある東地区……。

メリーベルの研究室の扉をノックも無しに開く。すると扉の向こうでメリーベルは下着姿でソファの上に寝転がっていた。

しばし固まる俺。俺とクロロが前で停止したものだから、リリアは俺たちの背中にぶつかる事になる。前が見えずに戸惑うリリアに振り返り、俺は腕を組む。


「……すまん、リリア。メリーベルを起こしてくれないか?」


「へ? なんでリリアが起こすですか?」


「いや……俺だと問題があるんだ」


「理解。では、クロロが起こします」


「いや、ちょっと待て!?」


止める間もなく部屋の中に走って行ったクロロが涎を垂らして寝ているメリーベルの肩をガクガク揺らす。目を覚ましたメリーベルは目の前に居るクロロを見て目を丸くしていた。


「待てクロロッ!! メリーベル、これは違うんだ!!」


「………………何が違うのかはわからないけど、ナツルがえっちだってことは判った」


クロロが退いたお陰で中を覗けるようになったリリアがひょっこりと顔を出す。そうして状況を確認すると、リリアは俺の背中を思い切り蹴っ飛ばした。


「師匠ッ!! 何やってるんですか!?」


「お、俺かっ!? クロロは!? 主に悪いのはクロロだろ!?」


「クロロは機械人形だから、いーんですっ!! でも師匠は生身だからアウトです!!」


リリアにぐいぐい押し返され、部屋の外に放り出される。バタンと目の前で勢い良く扉が閉められ、俺はぽつんと一人で狭い路地に立ち尽くしていた。


「何故……?」


しばらくするとようやく部屋に上げてもらえるようになった。メリーベルはちゃんと服は着ていたものの、髪は寝癖でボサボサだった。

昼夜逆転生活が長いメリーベルはつい先ほど眠りについたところらしく、俺たちの来訪で完全に睡眠を阻害してしまった。もう寝る気にもならないというメリーベルの言葉に甘え、俺達は話を続ける事にした。


「なるほどね……。壊れた機械人形の修理をしてほしいと」


「ああ。難しいか?」


俺が咄嗟にこの場所を思いついたのは、メリーベルの部屋にあった機械の塊を思い出したからだった。

この部屋には本当に様々なものが置いてある。わけのわからない肉片が吊ってあるし、人の手足みたいなものも平然と落ちている。それに錬金術師といえば、まあ大抵なんでも出来るような気がするじゃないか。

そもそも他に俺たちには頼れるような相手もいないし、結局俺たちの中ではメリーベルが一番の博学だ。無理は承知で訊いて見ると、メリーベルは腕を組んで答えた。


「まあ、直せない事はないけど」


「直せるんですかっ!? メリーベルさん本当に何でも出来るですね!!」


「……慌てないで。直せるには直せるけど……お金がかかるよ? 機械部品は一般人が手に入れるにはちょっと値が張る代物だから」


この世界の通貨は『エン』という。大体レートも現実世界の円と同一だ。この間喫茶店で食べたグラタンは400エン。現実だったら安いくらいか。

そのレートのままメリーベルは俺たちにとんでもない金額を提示した。定価プレステ3が二十個くらい買える金額だ……って、他に例え方が無かったのだろうか、俺……。


「非現実的な額じゃないけど、ちょっと無理だと思うよ」


「でも……クロロ、腕がないんじゃ可哀想ですよう」


リリアはじいっとメリーベルを見つめる。俺は思った。メリーベルは多分リリアが苦手なのだ。

俺とメリーベルは恐らく性格的に通じる部分がある。出来れば面倒事は避けたいし、他人に関わるのも好きじゃない。それでもこう、リリア相手だと目を反らせないというか、真っ直ぐ相手をしてやらなければならない気がしてくるのだ。

何となくリリアには相手を素直にさせる力があるというか、なんというか。強引に人を動かす能力とも言えるかもしれない。少なくとも現実目の前のメリーベルは困った表情を浮かべながら頭をぽりぽり掻いていた。


「……まあ、もげた腕があれば、繋ぐくらいならなんとかなるかもしれない」


「腕、ですか……。クロロ、腕はどこですか?」


「返答します。昨晩、戦闘時に切断され、シャングリラ市街地の南区で損失しました」


戦闘で切られたって、穏やかじゃないな……。まあ何はともあれ腕が見つかれば直せるかもしれないなら、探せばいい話だ。


「それじゃあ、腕を捜してくるですよ! クロロ、一緒に行くです!」


「承知しました。クロロは腕を捜しに南区に向かいます」


二人が部屋を去っていくのを見送り、俺は肩を竦めた。何だかんだでクロロは悪いやつではない気がする……というか何かたくらめるほど思考する存在ではないようだ。一人残った俺の肩を叩き、メリーベル眠たげに目を擦りながら言った。


「それで、どう?」


「ん? 何がだ?」


「人の下着姿を見物した感想」


思い切り吹いてしまった。メリーベルはニヤニヤしながらベッドの上に寝転がる。


「お前なあ……」


「んー、寝てるから。そっちの方は勝手にやって。見つかったら起こして。おやすみ」


言いたい事を言いたいだけ言ってメリーベルは速攻眠りについてしまった。俺は再び肩を竦め、遅れてリリアたちを追った。

二人は東通に出たところで俺を待っていた。恐らくは一緒に探すつもりだったのだろうが、俺はリリアの誘いを拒否する事にした。


「えぇ? 一緒に探してくれないんですか〜?」


「ああ。ちょっと今日はなんていうか……用事があるんだ」


本当はリリアも誘うつもりだったが、こういう事情では仕方がない。俺は適当にリリアをあしらい、別行動を取る事にした。

リリアとクロロが南区に歩いていくのを見送り、俺は学園に向かった。学園の門を潜ったあたりで待ち合わせをしていたアクセルに手を振り駆け寄る。


「悪いな、待たせたか?」


「ふわぁ〜……。眠いぜ……。まあ、待っちゃいないけどよ……こんな朝早くに用事ってなんだ? そして今日はリリアちゃん、一緒じゃねえのな」


「あぁ、実は……。アクセル、俺を戦えるようにしてくれないか?」


突然俺が言い出した言葉にナナシも目を丸くしていた。アクセルは腰に提げた二対のサーベルに手をあて、首を傾げる。


「そりゃ、構わねえけど……ナツル、お前だって学園の生徒なんだろ? この学園に居るって事は、何らかの力を持ってるって事だ。剣術でも魔術でも構わないけど、何か才能がなきゃ入学試験をパス出来ない。敷居が高い学園だけに、生徒はそれなりに腕の立つやつだけだとばかり思ってたんだが……何か事情でもあんのか?」


アクセルの発言は酷く真っ当だった。流石にこういわれることくらいは想定していたが、いつもノリが軽いアクセルにしては冷静に分析して返事をしてくる。

いや、アクセルはこういう男なのだ。見た目やノリは軽くとも、状況を冷静に判断できる。この間リリアとメリーベルが戦った時、止めに走ろうとした俺に対してアクセルは冷静に状況を読んでいた。あそこで止めに入ったところでリリアは絶対に喜ばない事も、まだ彼女があきらめていない事もアクセルはわかっていた。そんなアクセルだからこそ、頼める事なのだ。

自分でもどうしてリリアを誘おうと思っていたのだろう。同じ質問をリリアにも食らっていたはずだ。いや……だからこそなのか? ある意味俺は彼らを騙している。戦えないという事実を伝えることで、少しは良心の呵責が抑えられるとでも思ったのだろうか。

どちらにせよ考えた所で意味はない。俺は意を決して、一晩有り余った時間で考えた言い訳を繰り出す事にした。


「……アクセル、実は俺……」


「実は……?」


「俺……記憶喪失なんだ」


沈黙が場を包み込んだ。

わかっている。自分でもわかっている。苦しい言い訳だって事はわかっているさ。でも他に言葉が見つからなかったんだ。仕方ないじゃないか。


「信じられないかもしれないが……って、うぉおいっ!?」


顔を上げるとアクセルは号泣しながら俺の手を握り締めていた。まさか、一発で信じたのか!? いくらなんでもお人よしが過ぎるだろう!?


「いやあ、そうだったのか……! そうかそうか、そういう事はもっと早く言えよ……。俺たち……友達だろっ!?」


いつの間に友達になったんだ……いや、そうアクセルが思い込んでくれている方がこっちとしては都合がいい。俺は苦笑いを浮かべながらアクセルの手を握り返した。


「そ、そうそう……俺たち、友達友達……」


「そう、友達だあっ!! くう〜……な、泣けるぜえっ! ナツルがそんな事情を抱えていたとは……今までそんな素振り全くなかったのに、本当は苦しみを抱えて我慢していたんだな……。俺たちに悟られまいとしてっ!!」


そこまで深読みされても困るのだが……まあそういうことにしておいてもらおう。そのほうが色々都合が良さそうだ。


「ん? じゃあ何でリリアちゃんとは仲がいいんだ?」


「あ、ああ。リリアは俺が記憶を失う前の知り合いらしいんだ。でも、あいつにはそのことは言わないでやってくれないか?」


「ナ、ナツル……お前、男だぜっ!! 記憶喪失になった事を、リリアちゃんに隠しておきたいなんて……! 過去の事が分からなくて不安なのに、リリアちゃんを心配させまいと……ぐはあっ!! お前、かっこよすぎだぜ!!」


一人で盛り上がっている。だんだんこいつに師事を扇ぐのが不安になってきたが、もうこうなってしまっては後には引けない。アクセルは俺の肩を抱き、遠い空を指差して言った。


「よし分かった!! ナツル、俺がお前をこれから全力でサポートしてやるっ!! 一緒にリリアちゃんを守る為にも頑張ろうなっ!!」


上手く行った……これ以上ないほどの大成功だと言えるだろう。そのはずなのになんだ、この腑に落ちない感じは……。

かくしてリリアの師匠となってしまった俺の、さらに師匠になってしまったアクセル。さっそく俺達は場所を移し、今後について相談する事にした。

…………俺の明日はどっちだ。


〜ディアノイア劇場〜


*はじめましてこんにちは編*



『第一回』


リリア「それいけ! ディアノイア劇場ー!」


夏流「……なぁんか、どっかで見たことあるレイアウトだな……」


リリア「キルシュ〇ァッサーでそこそこ好評だったからこっちでもやる事になったんですよ!」


夏流「まあそれはいいけど、サブタイが『第一回』だと何をやればいいんだ?」


リリア「ほら、今度はロボットじゃないの? とか〜色々あるじゃないですかー」


夏流「ロボットはもういいだろ、どう考えても」



『ヒロインの私生活』


夏流「そういえばリリア、俺と会う前は何やってたんだ?」


リリア「え? 何って、学校いってましたよ?」


夏流「いや、自由な時間に何してたのかってことだよ。趣味とかあるのか?」


リリア「趣味はいっぱいあるですよー。えっと、家事は全部得意ですよ? 家の中にずっと居るから、基本的に家の中では最強なんです」


夏流「……外に出ような」


リリア「外に出てもいい事はないですよー。リリア、いじめられっ子なので誰も遊んでくれないですし。拾い場所より部屋の隅っこでうずくまっているほうが落ち着くんです」


夏流「……一緒に頑張ろうな、リリア」


リリア「はいっ!!」



『バイト』


リリア「アクセル君っていっつも忙しそうにしてるけど、いくつバイトを掛け持ちしてるんですか?」


アクセル「ん? そうだな〜……今は四つだ。先週までは五つやってたんだが、流石にキツくてやめたわい」


リリア「ど、どうしてそんなにお金が必要なんですか……」


アクセル「まあ色々あってな。でもバイトってのも色々やってみると面白いぜ? ムカつくこともあるけど、何事も経験だしな」


リリア「へー。リリア、バイトなんて絶対無理だと思います」


アクセル「何で?」


リリア「んっと、何度かやってみたけど、皆一日でクビになったんですよう。えへへ」


アクセル「それ、誇らしげに笑うところ?」

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