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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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黄昏の日(2)


何故、何の為に戦ったのか。

何時、誰の為に戦ったのか。

理由無き存在、無限に繰り返される世界の歴史、終わる事の無い苦痛、永遠の責め苦……。

魔王と呼ばれたその者は両手を血に染めて何を望んでいたのか。何を目指していたのか。

それは果たして狂気であったのだろうか。理由無き虐殺、無意味な反乱。それがたとえ物語の中だとしても、無意味な狂気は存在しない。

魔王という言葉に託された呪い――。この世界の悪として存在し、いずれは英雄によって打ち倒される存在。しかし魔王そのものがそれを望み、その名を名乗ったのであれば、それは世界に対する反逆になるのであろうか。

かつて白き勇者は剣を手に己の役目を果たした。英雄となり、世界を救うという名目の下魔王に剣を突きつけた。魔王は微笑みながらその剣を受け入れるだろう。そうすることでしか救えないのであれば、そうすることに意味があるのであれば。

願いを叶えたくとも叶えられないのであれば人はそこに何を求めれば良いのか。自分に叶えられない願いならば誰かが叶えてくれると信じて託すその先に、果たして希望は輝いているのか。


「……俺は勇者だ。俺は正義を義務付けられて世界に生み出された。だけどな……ロギア。俺たちの戦いは、正しかったのか?」


一人丘の上に立ち、荒野と化した世界を見下ろす勇者。その足元に突き刺さった剣は確かに魔王の胸を貫いていた。

大地に倒れるその魔王を見下ろす勇者の瞳から小さな雫が零れ落ちる。空からは白い雪が降り注ぎ、薄く微笑みながら力尽きた魔王の頬へと染みて行く。

魔王は涙を流さない。しかし頬に落ちた雫はゆっくりと伝い、大地へと染みる。それはまるで冷酷の二文字に心を染めた者が最後に見せた涙の雫のようでもあった。

勇者は剣を引き抜き、血に染まったそれを空に掲げる。神の意思を受け入れたその刃を光に翳し、そして――自らに向けて振るってしまった。

激しく飛び散る血液はまるで零れ落ちて行く悲しみのように。大地を汚して行く赤は世界に溶ける悪意のように。ただそれはそうなる為に選ばれた結末――。

かつて悲劇の運命を辿った勇者がいた。その娘は今、雄叫びと共に冥界より召喚されし龍と戦っていた。吹き付けられる毒の霧に口から血を吐き出しながら黄金に輝く剣を振り上げる。

龍の顔を切り裂く神剣の一撃。悲鳴を上げて空に叫ぶニヴルヘイムの頭部に飛び乗り、同時に神剣を深々と突き刺す。放たれた黄金の光を空に引き抜き、龍の背を一刀両断にして勇者は跳躍する。

身体を侵す毒は神剣が浄化して行く。神に愛された存在である勇者は何者にも汚される事は無く何者にも傷付けられる事はない。宙に舞う魔王はレイピアを手に勇者を迎え撃つ。


「お前たちが全てを奪った……っ! この世界の全てを!! ただ剣を振るい敵を滅ぼすだけのお前に、一体何がわかる!?」


「わかんないよ! でも――ただ剣を振る事だけでも出来るのならっ!! 今の自分に出来る事をやらなきゃいけないっ!! もう――へこたれ勇者なんかじゃ居られないからっ!! もうっ!! 泣いてなんか居られないからっ!!」


光がレプレキアを弾き飛ばす。空を舞う魔王の両手から放たれる無数の漆黒の弾丸を剣で弾きながらリリアは落ちて行く。消えて行く龍の死骸の背に降り立ち脊髄をレール代わりに駆けて行く。

次々と放たれる強大な威力を誇る大魔法を全て真正面から神剣で捻じ伏せて行くその様は最早何者にも阻止出来ない。真正面から雄叫びと共に駆け寄るリリアにレプレキアもまた叫びで応える。


「リリア・ライトフィールド……っ!!」


「はああああああっ!!」


二つの影が空中で激突する。迸る魔力の衝突は周囲の構造を破壊し光となって広がって行く。


「確かに貴方の言う通り、私たちは正しくは無いのかも知れない……! でも、正しく無いとしても! 間違っているとしても! それでもやり遂げなきゃ意味がないの!」


「やり遂げる意味……だと」


「絶対に負けられない……。この戦いだけは絶対に、圧倒的な勝利で飾らなければいけないっ! だってそうでしょう!? そうでなきゃ、誰が私をこの世界の王だと認めてくれるのっ!?」


炸裂する魔力に二人が再び距離を置く。リリアは回転しながら着地し、剣に魔力を込めて顔を上げる。


「この世界の全てを守る……! この世界、全ての人を傷つけない為に! だからもう、貴方みたいな子が戦ったりしないように! 私がこの世界を変えるっ!!」


「世迷言を……っ! 世界の改変を阻止しようと動いてきたのはクィリアダリアの方だろう!」


「そんな昔の話なんて関係ない……。これから私はこの世界を守って行く。これからずっと! だからレプレキア……! 君に負けてあげるわけには行かないんだよっ!!」


リリアの言葉にレプレキアは俯き加減に舌打ちする。ゆっくりと高く舞い上がり、その両腕を左右に広げた。


「お前の馬鹿げた話に付き合うのはもう沢山だ……! せっかくお前は見逃してやろうと思っていたのに……もういい。パンデモニウムの力で跡形も無く消し去ってやる――!」


広げた両手を胸の前で組み上げ、魔力を収束する。それはレプレキア本人の力だけではない。周囲から収束する光はパンデモニウムそのものの莫大な動力エネルギーをも吸収している。

空前絶後、一つの大陸を飛ばすほどの力を持つ魔力がレプレキアへと収束して行く。空間がよじれ、空から降り注ぐ光さえも屈折する奇妙な闇の中レプレキアは眉を潜めリリアを見下ろす。


「消え去ってしまえ……! 忌まわしき過去と共に! お前のその思いと共に!! 何もかも虚無の光に帰れ! リリアアアアアアアアアアッ!!」


放たれた白銀の光の柱がリリアに迫る。触れた瞬間気化するようなその光を前にリリアは片手で剣を構え、それから薄っすらと微笑を浮かべた。

それは覚悟であり、同時に勝利を確信した姿でもある。そうして少女は目を細め、冷たく笑いながら剣を両手で真上に振り上げた。



⇒黄昏の日(2)



パンデモニウム全体を揺らす衝撃に夏流と秋斗も気づいていた。地鳴りの中、空を真上へと一瞬視線を送った夏流に秋斗が蹴りかかる。


「上でも派手にやってるみてえだな」


「魔王相手ならリリアだって苦戦するだろうさ」


「ハッ……。魔王ねえ。知ってるか、夏流? ロールプレイングゲームじゃ、勇者に倒されない魔王ってのは一人も居ないんだぜ?」


腕で蹴りを防いだ夏流。秋斗はその腕を蹴って背後に跳び、空中から銃弾を連打する。夏流はその全てを拳で迎撃し、魔力の刃を纏う一撃を放つ。

その刃を紙一重で回避し、秋斗は銃を構える。二人は同時に互いの眼前に得物を突きつけ停止していた。


「テメエの原書――ナタル見聞録は既に未来を予知できなくなっている。それがどうしてだか考えた事があるか?」


「……考えたさ。だが答えは出なかった」


「なら教えてやる。簡単なことだ。預言書に映る未来――。つまり、本来の未来よりも今この世界が格段に加速しているってだけのことだ」


事実、ナタル見聞録は遅れながらも事実を預言している。それは最早預言とは呼べない代物であり、ただ事実が後から記されるという形になりつつあるが。

しかし、見聞録が機能しなくなったという事ではない。ただ、この世界の時の流れが速まっているだけの事。本来ならば三日かかる工程を一日で。三年かかる工程を一年で……。世界は格段に変革の速度を上げ、そしてこの決戦もまた早められた代物――。


「この世界が終わりに向かって加速し続けているという事実がそこにある。夏流、結局テメエはこの世界の崩壊を足止め出来てねえんだよ」


「リリアが止めるさ。あの子は俺よりも随分と立派な救世主だ」


「解ってねえな、夏流。そのリリア・ライトフィールドこそ、この世界の崩壊を加速させる原因なんだろうが」


「リリアが……? 一体どういうことだ――!」


二人は同時に距離を離す。背後に跳んだ直後、正面に向かって真っ直ぐに移動する夏流の姿があった。電撃の残像を残しながら一瞬で移動し、夏流の蹴りが秋斗目掛けて繰り出される。

ハイキックを屈んで回避した秋斗は銃を十字に構えて防御の体制を取る。回転しながら夏流も同時に屈み、大地に手を着け両足で秋斗を蹴り飛ばした。


「簡単なことだ! この世界はリリアを中心に回っている! だからリリアの物語が進めば進むほど! リリアの物語が大筋どおりに進めば進むほど! この世界は『空白の日』に向けて加速する!」


「――まさか、そんな」


「驚くような事じゃねえだろ? 俺の目的もお前の目的も『リリアを勇者にする事』……確かにそうだ。俺は空白の日と共に現れるヤツを殺すんだからな。だが、お前は何か明確な目的があってリリアを勇者にしようとしたのか? そもそも勇者ってなんだ?」


「それは……」


「テメエはどうせ、そこのうさぎか何かに言われたまんま行動してきただけだろ!? 結局自分の戦いなんかしてねえんだよ、テメエはっ!!」


秋斗の周囲に魔力の光が無数に収束していく。その光の粒一つ一つが小さな球体を構成し、瞳のような形のそれらが一斉に夏流を見詰める。


輪廻せよ転生の輪リインカーネーション汝我が支配に応えよセットライトニング……! 穿つ瞳ファンネル・アイ! 食らえっ!!」


秋斗の指し示す方向へ移動を始める光の瞳。それはぐるぐると回転し、夏流の周囲を巡りながら不規則に動いて行く。

そこから一斉に放たれた光の光線が夏流の全身へと襲い掛かる。咄嗟に跳んで回避したもののあらゆる方向から放たれる光の閃光はどこまで逃げても夏流を追いかけてくる。


「逃げても無駄だぜ! ファンネルはどこまでもテメエを追いかけて行く! オラオラオラオラオラアアアアッ!!」


両手に構えた拳銃を逃げ回る夏流目掛けて連射する秋斗。銀色の光の雨の中、夏流は踊るようにそれを回避しながら跳躍し、壁を走って天井を蹴る。

空中から秋斗目掛けて落下し、襲い掛かる。至近距離に近づいてしまえば迂闊にファンネルは発動出来ない。細かいステップを刻みながら接近して拳を放つ夏流の一撃を防いでいたのは、やはりファンネルだった。

カウンターで放たれた弾丸が腕に命中し、血が飛び散る。激しい痛みの中立ち止まらずに後退するが、ファンネルは夏流を追い詰めるように逃げる方逃げる方から執拗な追撃を繰り返す。


「この足場の悪い空間でよくもまあそんなに逃げられるもんだな! だが、逃げてるだけじゃあ俺様には指一本触れられねえぜ!」


夏流の周囲を高速で旋回するファンネルの全てが光を蓄えて攻撃の準備を整える。秋斗は空に手を翳し指を鳴らした。


「終わりだ!」


あらゆる方向から同時に放出された光の雨は球体を作り炸裂する。その中心で攻撃の直撃を受けた夏流は倒れ――最早身動きは取れないはずであった。

しかし秋斗が見たのは意外な光景だった。全てのファンネルが同時に動きを停止していたのである。それはファンネルの操作を誤ったわけではない。全てのファンネルはそう、半透明な金色の刃によって貫かれていたのである。


神討つ一枝の魔剣レーヴァテインその力を我は担うコールライトニング……」


夏流の全身から放たれていた無数の刃――。それはまるで剣山のように近づく物全てを貫き射抜いていた。光の中心、夏流が顔を上げると同時に全ての光の剣は砕けて散って行く。


「――錬金術か? 違うな、何かもっと特別な能力だ。何時の間にそんなもん会得しやがったんだ?」


「仲間から貰った力だ。俺の力なんて救世主のわりに大した事はないからな。こうしてここでお前と渡り合えるのも……全ては仲間のお陰だよ」


「仲間のお陰、ねえ……。テメエが言っても説得力ないぜ」


「……だろうな。だからとことんこうしてやりあってる。お互いの言葉に、お互いの思いに説得力を持たせる為に」


二人は笑いながら向かい合う。宿敵にして親友にして同じ運命を共にする者……。二人は互いに否定しつつ、どこかで受け入れていた。だからこそ、こうして正々堂々戦う事でしか証明出来ない。

正しさを。思いを。未来を、過去を、そして今を……。二人が決着をつけようと決めた時、互いの魔力が際限なく膨れ上がって行く。膨大な力の渦、その二つの中心で二人は睨みあう。

互いの力全てをぶつけようと二人が駆け出し、その中心で力をぶつけようとしたその時――。全く予期せぬ、異形の存在が二人の間に割って入って居た。

秋斗と夏流、二人は同時に停止してそれを見詰める。どこからやってきたのか? 全く不可思議なそれは、まるで最初からそこに居たかのように立っていた。

白い、天使のような翼――。美しいドレスを身に纏い、胸の前で手を組んで祈りを捧げる目を瞑る女――。夏流はその美しさに息を呑み、そして余りにも不自然なその存在に眉を潜めた。

いつ? どうやって? どこから? 二人の間に割り込み、その攻撃が直撃すればひとたまりも無いだろう。だが、それさえも恐れる事無く平然と割って入ってきた異様な存在……。

それを前に、直ぐに反応を示したのは秋斗であった。震える手で銀色の拳銃を向け、天使のような姿の何者かに語りかける。


「…………何をしに来やがった。『空白の日』はまだ遠いぜ――ヨト」


「ヨト……? 一体、何が……?」


祈りを終えた天使は顔を上げる。しかしその両目が開かれる事はない。目は瞑られたまま、二人を交互に眺め、それからヨトは両手を広げて優しく微笑んだ。


「――救世主夏流。そして救世主秋斗。貴方達二人の役目は既に終わりました……。よって、貴方達の存在を元の世界にお返ししましょう」


「……何を言ってるんだこいつは」


「夏流、ヨトから離れろっ!! そいつが冬香を殺した――ッ!! 俺が追っている『仇』だ!!」


「何だと……!?」


夏流が瞬時に移動し、秋斗の隣に立つ。二人が移動したというのに、ヨトは二人に背を向けたまま天を見上げる。

魔力の胎動の鳴り止まぬ光に包まれた部屋の中、ヨトは光に照らし出され翼を輝かせながらゆっくりと振り返る。瞳を開かぬその表情はどこか不気味で、そして神々しさを湛えている。


「一体どうなってる……? その仇がどうしていきなり現れる? ヨトってどういう事だ?」


「たった今、魔王と勇者の決闘に決着が付きました。この世界は空白の日に向かい歩む事を確定させた……。未来が定まった今、不確定要素である貴方達二人は危険な存在なのです。故にこの世界より貴方達を排除します」


「いきなり何言ってんだ、あいつ……!?」


「知るかよ! イカれてんのは今に始まったことじゃねえ……っ!!」


「何も命を奪うつもりはありません。ただ在るべき世界へと帰って頂きたいだけなのです。それ以上の事は望みませんし、それ以上の事をする必要もありません……」


二人は互いを見詰めあい、それから同時に頷いて武器を構える。二人の敵意丸出しの行動にヨトは小さく首を傾げた。


「あぁ……。何故、貴方達はそうして悪意ばかりを撒き散らすのですか? 世界を変え、救いを与え、安寧を齎す者として、その行動は些か不適格ではありませんか……?」


「こっちはまだ戦いの最中だったって言うのに邪魔しやがって……! テメエが代わりに相手すんのは当然だろうが! 邪魔するんじゃねえぞ夏流!」


「お前こそ邪魔をするなよ。何だかわからんが……まだここで終わりにするわけにはいかないからな。簡単に頷いて帰るわけには行かない……っ!!」


二人の態度を見てヨトは悲しげに頬に涙を伝わせる。それから胸の前で両手を組み、翼を広げて微笑んだ。


「わたくしは今、とても悲しい……。ですが、安心してください。貴方達の居なくなった世界で、彼女は幸福を手に入れるのです。そう、今度こそ、本当の――。永遠に続く、たった一人の幸せを!」


二人の救世主が背後に跳躍する。ヨトは翼をはためかせ飛翔すると、光を纏った姿で両手を広げて力を収束させていく。


「くそ……っ! 一体何がどうなってるんだ!? 何で神様が俺たちを襲う!?」


「だからテメエは何も解ってねえんだよ! この戦いも――この物語も! 全部連中が仕組んだ事だってよっ!!」


「さぁ、せめて祈りなさい……。痛みを感じる間も無く、その命に安息を与えましょう――」


両手から放たれた黒く歪んだ光がゆっくりと二人に迫る。二人は同時に左右に移動してそれを回避したが、光は進行方向を変えて二人の後を追跡していく。


「貴方達の存在は、やはり異端……。この世界に在っては成らない存在。貴方達が何度でも諦めずに向かってくるというのであれば、わたくしは何度でも神としてお相手しましょう」


「この電波野郎が!! くたばりやがれっ!!」


走りながら秋斗が弾丸を連打する。しかし目には見えない壁のようなもので攻撃は全て弾き飛ばされてしまう。その様子を見た夏流が背後から跳躍し、空中を旋回しながら蹴りを放つ。


障害を討ち滅ぼす者ウルスラグナ――はあっ!!」


「……無駄だという事がお分かりにならないようですね」


防御結界を貫通する効果を付加された魔力の蹴りはしかし完全に防御されていた。まるで手ごたえも無く、しかししっかりと威力を吸収されて『ねじまげられた』ような感覚――。違和感を覚えるよりも早く、次の瞬間夏流の足は有らぬ方向に折れ曲がって拉げていた。


「な――っ!?」


「馬鹿野郎、だから近づくなって言ったろうがっ!!」


「愚かしいのは貴方も同じですよ、秋斗。仲間の心配をしている場合ですか?」


「しま――っ!?」


背後に迫っていた黒く歪んだ光が秋斗の背中に命中した瞬間、大爆発が巻き起こる。秋斗の身体は無残に傷だらけになり、激しく吹き飛ばされて壁に減り込んでいた。

ぐしゃぐしゃに折れ曲がった足では着地もままならず、空中からよろけたまま落ちて行く夏流。下に流れるパンデモニウムの魔力の海目掛けて真っ直ぐに落下して行く中、何とか空中に浮かぶ石柱に片手でしがみ付いた。


「く……っ!? 魔力が……練れない……っ!?」


「貴方の魔力は既にわたくしが全て頂きました。今の貴方では、そこから這い上がる事さえも敵わないでしょう」


「嘘だろ、くそ……っ」


「いずれは落ちて魔力の海に消えて行くその命……止めを刺す事でせめて苦しみを与えず慈悲としましょう……」


身体に力が入らず、離れて行く指先。下を見下ろせば莫大な量の魔力が渦を巻き、触れる全てを溶かしてエネルギーへと変えて行く。

熱ささえ感じるその光の真上、何の支えも無くぶら下がったままの夏流の上空からヨトがゆっくりと舞い降りる。歯を食いしばり、何とか抵抗しようともがいてみるものの、魔力を失ってはただの人間と何も変わらない。歯向かう術は何一つ残されていなかった。

あっさりと――こんなにも簡単に、成す術も無く敗北してしまった。震える指先が完全に離れ、身体が重力に沿って落ちていこうとした時だった。


「――夏流ッ!!」


その腕を掴むぼろぼろの手があった。傷だらけになり頭から血を流しながら、しかし秋斗は駆けつけて夏流の腕を握り締めていた。

二人の手だけが夏流の命を繋いでいる……。その状況に二人は最早同時に訳がわからなくなっていた。つい先ほどまで、あれほどまでに戦っていたというのに――。


「テメエ……くそっ! もうちょっと気合で何とか出来ねえのかよ……!」


「秋斗……。お前こそ、さっさと引き上げられないのか?」


「こっちはあちこちズタボロで、腕千切れそうなくれえ痛いんだよ……! くそっ! 力が入らねえ……っ!!」


浮かんだ石柱の上、二人が必至でもがく背後に白き翼が降り立つ。ヨトは何をするでもなく、ただ二人の様子を見下ろしていた。


「くそおおおおおおっ!! 引き上げられねえええええ……っ!!!!」


「秋斗……やめろ! 本当に腕が千切れるぞ! それにもうヨトが来てるっ!!」


「うるせええ、ド畜生ッ!! 俺は……戻るんだっ!! やり直すんだ……全てを! そこに、お前がいなきゃ……俺は誰を超えて冬香を奪えばいい!? テメエがいなきゃ……冬香が戻ってきても、意味ねえだろがっ!!」


「秋斗……」


夏流の手甲を必至で掴む秋斗ではあったが、腕を伝う血がすべり、ゆっくりと夏流の身体が離れて行く。歯を食いしばり凄まじい形相で痛みに耐えて自分を引き上げようとする秋斗を見上げ、夏流はゆっくりと微笑んだ。


「お前は充分凄いよ。だからもう、やめろ……。お前まで殺される……!」


「まだ決着がついてねえっ!! テメエのためのとっておきの必殺技が……んがあっ!! まだいくつも残ってんだよォッ!!」


「俺だってそうだ……。でも、ここで両方倒れたら意味がない……。せめてどっちかだけでも、目的を果たさなきゃ……」


「テメエをぶっ倒すのが俺の目的だって……言ってんだろがああああっ!!」


指先に滴る血がゆっくりと夏流と秋斗の手を離して行く。それは嘗ての日、二人の間で繋がれていた手が離されていくように、ゆっくりと――。


「ヨトを倒せ、秋斗……! 『空白の日』を起こさせるな……! リリアを……頼む……っ!」


するりと。血の雫が舞い上がり、夏流の身体が落ちて行く。

二人は見詰めあいながら言葉を失っていた。ゆっくりと、スローモーションのように……光の海の中へと夏流は消えて行く。

しかし、少年は穏やかに微笑んでいた。手を秋斗へと伸ばし、落ちて行く。どこまでも遥か彼方……命の存在できない渦中へと。

秋斗はただそれを言葉を失って見詰めていた。手を伸ばしてももう届かない。どんなに願っても、取り戻そうとしても、戻る事は出来ない……。


「……夏流――――――ッッ!!」


光の中へと消え去った救世主。その姿は浮かび上がってくる事は無い。

ただ秋斗の指先から零れた血の雫が光の中で燃え上がり、鮮やかに消えて行く様を少年は見詰めていた。

その背後。翼を折りたたんだヨトの足元に魔方陣が浮かび上がり、その姿が消えて行く。一人だけ取り残された秋斗は拳を岩に叩きつけ、空に叫んだ。

涙を流しながら叫ぶ思いの果て……。その景色の中では、幼馴染三人が手を繋ぎ、仲良く笑いあっていた。

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