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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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黄昏の日(1)


「救う――だと? 問答無用に乗り込んで来て置いて勝手な言い分だな、リリア」


青いマントをはためかせ魔王は立ち上がる。魔王の歩みに合わせ、彼の立つ玉座から下る階段の左右、構えた灯篭に火が灯って行く。

蒼炎に囲まれた巨大な王座を前に二人の王は向かい合う。二人の視線が交錯し、張り詰めた空気の中、レプレキアは両手を広げて声を上げる。


「お前たちは何の為に戦っている……? 何の為に剣を手にする? 何の為にこの地に降り立った?」


「貴方はこの世界を滅ぼす戦を始めると言った。貴方のその言葉を正直私は信じて居ない。でも、貴方がその言葉を口にしなければ成らないというのであれば、クィリアダリアを継ぐ者としてそれに応える義務がある」


「義務――か。余も同じだ。余も同じ、義によってここに立っている。クィリアダリアに滅ぼされ、怨嗟の言葉を飲み死に滅んで行った数多の同胞の魂に報いる為に……。リリア・ウトピシュトナ――勇者の娘であるお前に、その責務を果たせるか!?」


「果たす。その為にここに立っているのだから」


リリアが目を瞑り、力を解放する。神剣が眩く輝き、光の中に沈むシルエットが再浮上する頃にはリリアの髪は銀色に染まっていた。

大気が震える程の膨大な力が肌を刺す。勇者の絶大なる力を前にレプレキアは目を細め、眉を潜めて拳を正面に出す。


「つくづく呪わしい存在だ、僕もお前も……。一度は見逃してやったというのに、死に急ぐとはな……」


魔王の掌の周辺に白い光が集って行く。その中に手を差し込んだ魔王は光の中より細身の剣を取り出して構える。


「この世界を滅ぼす存在め……! 余はお前を打ち滅ぼす事に、何の躊躇いも持たんぞ!?」


「貴方の行動はこの世界を混乱に陥れる……。これ以上もう、誰かが戦う理由を作ってはいけない!」


「その動乱を操って成長した国の王が何を語るか! 何も知らないお前のような存在が、余と対等だなどと思うなよっ!!」


「抵抗しないで……。殺したくないの」


「舐められた物だな……。神剣フェイム・リア・フォース、その力は確かに驚異的だ。嘗てこの世の神が司った力そのものだけの事はあるだろう。だが、その力――対抗する手段が皆無だと思っているのならば、それは貴様の死に直結するぞ! 勇者王!」


「解ってるよ。だから油断はないし、予断も赦さない。だから――魔王、貴方と戦う覚悟ならばもうとうに決めてきた」


二人が同時に剣を構え、魔力を解き放つ。人間離れしたその力が天空の城そのものを揺らすかのように張り詰め、二人の髪を揺らしていく。

嘗て、この空を飛ぶ蒼穹の城にて同じ景色を生み出した者たちがいた。それは勇者と魔王、決して相容れない宿命を抱えて生まれてきた二人の人物。

二人はこの地にて互いに刃を構え、決して生半可な結末の赦されない死闘を演じた。そこに慈悲は無く、容赦は無く、恐らくは心さえも無かった。

刃を交えた二人は共に倒れ、永遠にその戦いは決着をつけられぬままになるはずだった。しかし今、その二人の因果を受け継ぐ二人が同じように刃を構えている。

勇者フェイトがそうしたように、少女は己の悲しみではなく誰かの為に犠牲になろうと剣を手に。そして魔王もまた、たった一人孤独な戦いを貫く為にその運命に抗っている。

どちらかに正義があるわけではない。だが、そう仕組まれた、定められた因果がこの場を設定したのであれば、それは運命と呼ぶに相応しい悲しき宿命。

或いは二人がもっと大人であったのならば、結末は違ったのかも知れない。もっと他の手段があったのかもしれない。だが二人は今この時、この場で出会ってしまった。それはもう変えられない、どうしようもない出来事。

仮にそれを、もしもそれを、変えてしまう事が出来る存在が居るとしたならば――。それは、神以外の何者でもない――。

二人は何も言葉を発さないまま互いに踏み出し、刃をぶつけ合う。踊るように、舞うように、ただ孤独な戦場の中に刃の音色を響かせて。二つのシルエットは何度もぶつかり合う。

十年前と同じように、あの頃と同じように、あの運命と同じように、しかし互いの運命を知らないまま、何も受け入れられないまま、ただ刃に思いを乗せて――。



「この戦い、どちらが勝利しても君は関係ないんだろう?」


遠く離れた地、ディアノイア。プロミネンスカノンの引き金を任された赤毛の女は振り返り、背後に立つアルセリアに問い掛ける。

アルセリアは鎧の巨体のまま、両手を正面に差し出すようにして剣を大地に構えていた。鎧の顔を僅かに揺らし、それから騎士は何も応えずにアイオーンを見詰める。


「解っているさ。別に、人間に肩入れしているわけじゃない。自分が彼らと同じ時間を生きられない事をボクは知っているのだからね。ただ――」


『……ただ?』


「ただ――そう。いつになったらこの世界は、この輪廻から脱する事が出来るのか……ふと、そう思ってね」


『正しき未来に辿り着ける日まで何度でも、何度でも……。かつて誓ったあの日から私の考えは変わりません。アイオーン、貴方は少々人間に感化され安すぎる……。その不安定さを評価はしますが、危惧もしないわけには行きませんね』


「ボクは君とは違うさ。何百回同じ時を繰り返しても、君はあの頃から何も変わらないね。そうだろう? アルセリア・ウトピシュトナ姫――」


鎧の中から鋭く覗く眼光がアイオーンを射抜く。常人ならば足腰が立たなくなるほどの殺気にもアイオーンは全く動揺しない。そう、殺す事になど価値は無い。そもそも己の存在に意味などない。あるとすればただ、惰性で続く世界の輪廻のみ――。


「終わらせたい……。そう願う彼女の気持ちも今なら判るよ」


『軽率な発言は控えなさい、アイオーン。たかが私の使い魔程度の存在で、知ったような口を利かない事です。貴方など、いくらでも代えは居るのですから』


プロミネンスカノンの引き金となる鍵盤を眺め、アイオーンは悲しげに目を瞑る。かつてこの力を手にした時と今の自分、どちらの気持ちが正しいのだろう。

もう、思い出すことは出来ない。彼方の時に消え去ってしまった純粋な気持ちなど、何一つ……。


「思い出せる気がしたんだ……君と居れば。そうだろう? 夏流――」


指先でなぞる鍵盤はもうあの頃のような熱を持ってはいない。ただ純粋に、何かを救いたいと願った少女の姿はそこにはもう存在しなかった。



⇒黄昏の日(1)



「……ここからパンデモニウム内部に侵入出来そうか」


甲板での凄まじい乱戦の中、夏流は内部へと続く鋼鉄の扉を発見し、それを蹴破って飛び込んで行く。内部には果てしなく広がる回廊が続き、その様子はディアノイアの地下に酷似している。

夏流に続き勇者部隊のメンバーが次々に着地する。全員既に凄まじい乱戦を抜けた後であり、軽傷や疲労が見られる。全員無事についてきた事を確認し、夏流は彼らを前に周囲を見渡した。


「さて、どっちに行けばいいのやら……。広すぎて道なんてさっぱりだな」


「一応、ペンデュラムで探知してみたけど……大雑把な事しかわからないわね」


ペンデュラムを揺らしていた指を停止させ、魔石を手にしてベルヴェールが溜息を漏らす。ここは道一本の道中……。左右へと闇は続いている。


「下層の方に大きい魔力反応があるわ。多分そこが動力源か制御システムなんだと思う。それと城の上の方にディアノイアと同じような奏操席があると思うわ」


「構造的には大体同じって事か……。奏操席にはリリアが向かってる。俺たちは他のエリアを制圧するぞ」


大まかな目的は制御システムと動力源にある。ディアノイアの地下やリア・テイルの地下にそれがあったように、制御ユニットは最下層に存在するという推測は容易である。問題はどうやってそこまで辿り着くか。


「少々危険だが、メンバーを二手に分けるとしよう。手分けして探索するんだ。こっちは俺が指揮する。あっちは――ゲルト、お前が指揮を執ってくれ」


「……お断りします」


まさか断られるとは思って居なかった夏流が目を丸くする。黒い勇者は真剣な表情で夏流の正面に立ち、吐息のかかりそうな距離まで顔を近づける。


「リリアに貴方を任された以上、貴方から離れる事はしません……。絶対に、です」


至近距離で夏流の瞳を覗き込み、それから一歩身を離して腕を組むゲルト。既に話す事は無いとでも言うように目を瞑り、背を向ける。

断られてしまっては仕方が無い。夏流はゲルトを自らに同行させ、班員を二分する。結果夏流とゲルト、別行動にはアクセル、ブレイド、ベルヴェールという構成になった。


「こっちは前衛、万能、探知サポートか……。まあ無難な構成だけど、そっちは大丈夫か?」


「こう見えても探知は得意な前衛でな。サポートも頭数もゲルトなら任せられる。そっちのリーダーはアクセル、お前で頼む」


「了解。じゃあお互い、やるべき事をやって最下層で合流しようぜ」


「ああ」


夏流とアクセルは互いの拳を打ち合わせ、それから互いに背を向けて走り出す。ゲルトは夏流の隣を走りながらずっと憂鬱そうな表情を浮かべていた。

その事実に夏流は気づいていた。しかしそれを言及する事はなかった。言葉にしてしまえば全ては崩れてしまいそうなほど危ういバランスに他ならない。たった一人、ゲルトだけを同行させたのは、ゲルトが余計な事を口走るのではないかという危惧もあった。

ゲルトがそうしないことを夏流は信じている。しかし、そうなってしまったとしても責める事は出来ないとも考えていた。刻一刻と迫る裏切りのカウントダウンの中、夏流は目を細め、ただ回廊を行く。


「……リリアは、一人で魔王と対峙しているでしょう。貴方にも、わたしにも助けを求めずに」


「……ああ」


「彼女がそれを望むのならば、わたしはせめて彼女の願いを叶えたい……。彼女が貴方を心置き無く帰したいと願うのであれば、わたしは最後の最後まで貴方を守り抜く……。それが、わたしが彼女に出来る、貴方に出来る最後の事です」


ゲルトはそれ以上何も口にしようとはしなかった。俯き加減な少女の言葉に、少年は黙って頷いた。応える事すら、今は無粋なように思えたから――。

二人の走る先、巨大な広間が広がっていた。無数の石柱が宙に浮かぶ不思議な光景の中、光の海が走る大地全てに魔力の網が通っている。


「この下、巨大な魔力パイプになっているようですね。伝っていけば動力炉に辿り着けるかもしれません」


「……落ちたら膨大な魔力で一瞬で灰になる、か……。長居は無用だな。先を急ぐぞ、ゲルト」


石柱で出来た通路の真下、光が渦巻く回廊を進む二人。しかし二人は同時に足を止める事になる。その正面に、行方を阻む存在が待っていたから――。


「パンデモニウムを止めるつもりか、夏流……?」


「……秋斗。今お前の相手をしている場合じゃないんだがな」


空中に浮かぶ石柱の一つ、腰掛ける秋斗の姿があった。二人の救世主は正面からにらみ合い、秋斗は飛び降りて夏流の正面に降り立った。

二人の真下から浮かび上がる無数の光の粒の中、秋斗の視線と夏流の視線がぶつかり合う。衝突は避けられない――そう、お互いの眼が語っていた。


「ゲルト、先に行け」


「えっ?」


「秋斗とはどうせいつかケリをつけなきゃならなかったんだ。俺は俺の戦いをする。お前はお前の――ああ、お前の戦いをするんだ」


「しかし……っ!」


首を振るゲルトの肩に手を乗せ、夏流は微笑む。その笑顔はこれ以上無いほどにゲルト・シュヴァインの心を揺さぶった。

普段から笑顔を見せることの無い少年が心から笑うその姿は自分への信頼に他ならない。たった一人、この先の戦いを任せるに値する人物であると、彼の笑顔は全てを物語る。

ゲルトは歯を食いしばり、それから秋斗を見詰める。秋斗は腕を組み、目を瞑ってそっぽを向いていた。それは二人の会話の終了を待っているように見える。再び夏流へと向かい合い、ゲルトは息を呑む。


「でも……」


「――僕は、この世界で君たちに会えて良かった」


いつに無く素直な言葉と気持ちを込める夏流の声。


「だから最後まで――この世界でやるべき事をやらせてくれ。無意味だったなんて、思わせないでくれ」


それは最早反論の赦されない言葉。夏流の決意にも似た思い。或いはそれは運命と呼べる物だったのかもしれない。

拳を握り締め、ゲルトは前へと歩み出る。夏流と擦れ違う肩、そして顔はもう二度と向かい合う事はない。

秋斗はゲルトの顔を見て眉を潜める。少女は涙を堪え、必死に前へと進んでいた。その悲しい表情に再び目を瞑り、前へと歩む。

秋斗とゲルト、二人の肩が擦れ違いゲルトの姿は闇の中へと消えて行く。二人の救世主が正面から向かい合い、秋とはポケットに両手を突っ込んだまま笑う。


「テメエ、女泣かせてばっかいるんじゃねえよ。少しは自重しろこの野郎が!」


「……それ、お前が言うのか? というか、一体どうやってここまで辿り着いたんだよ」


「ハッ! 教えると思うか?」


「いや……。それに、今となってはどうでもいいことだな」


互いの視線を絡ませて二人は同時に構える。秋斗の両手に拳銃が浮かび上がり、夏流の周囲に電撃が舞う。


「リリアはどうした」


「魔王と戦ってるだろうな」


「結局テメエはまた一人にして立ち去るんだ……そうだろう? 背負いきれないからテメエは逃げるんだ」


「だからって自分の為に全てを犠牲にする事は出来ない」


「わからねえやつだな。テメエのその偽善ぶった善人主義が冬香を殺したんだ。テメエさえ冬香の傍に居れば……あいつが苦しむ事はなかった」


「守れなかった事を俺の所為にするんじゃねえよ、秋斗。俺はお前を超えて行く……。ここでいい加減白黒つけようぜ。もう、言葉で主張するのは無意味だろ」


「……テメエにしてはいい事を言うじゃねえか。そうだな。後腐れなく、こいつで敗北したほうはこの世界を去るってのはどうだ?」


二人は同時に魔力を解き放つ。光の剣を腕に纏う夏流と銀色の電撃を銃に纏わせる秋斗、二人の昂ぶる光が周囲の暗闇を照らし出して行く。

互いの事ならば誰よりもわかっている。そう、二人は唯一無二の親友にして幼馴染だったのだから。故に何度もぶつかり合い、そしてどちらが正しいのかを証明しなければならない。

力で、言葉で、思いで……。そうしなければどちらも前には進めないから。そうしなければ、どちらも過去を断ち切れないから。

どちらとも無く跳躍する。足場の心許ない光の空間の上、二人は空中で激突する。至近距離で笑う秋斗に釣られ、夏流も微笑を浮かべながらその全ての力を戦いに収束させる――。



「魔法を全て無力化する絶対なる神剣……か。それに付け加え強力な一撃の破壊力に膨大な魔力。成る程、勇者の名は伊達ではない」


王座を前に交わる二つの剣。リリアの怪力に吹き飛ばされた小柄な魔王は空中で制止し、剣を振るってリリアを見下ろす。


「なら、こういう趣向はどうかな!?」


魔王が片手を翳す。空中には無数の光が浮かび上がり、リリアへと降り注ぐ。しかし魔力で構成された光ならば神剣は全て吹き飛ばす。素早く無駄の無い動きで全てを切り伏せるリリアの正面、既に次の詠唱を終えたレプレキアの姿があった。

指先で素早く魔方陣を描き、指を横に振るう。魔方陣から放たれた数え切れない氷の刃がリリア目掛けて襲い掛かる。


「様々な方向からの見切る事の出来ない連撃……」


リリアは後退し、片手を大地に着け神剣を背後で掲げる。その姿勢から一気に駆け出し、低い姿勢から切り上げるように回転しながら剣を振るう。

眩い光の風が全ての魔法を掻き消し無力化して行く中、レプレキアは笑いながら大地に手を突く。


「ならば――消滅に時間を要する大魔法の連打はどうだい?」


レプレキアが大地に手を着いた瞬間、部屋中の壁から光の紋章が浮かび上がる。そこから降り注ぐのは全て龍さえも一撃で滅するといわれる大魔法――。


「――無限の虹を紡ぐ者アンリミテッド・プリズマ!」


火、水、雷、風、地、闇、光――。七つの属性の大魔法が一斉に発動してリリアへと襲い掛かる。限界突破者アンリミテッドと呼ばれる一部の限られた才能を持つ存在にしか実現不可能な滅亡の虹の中、リリアは一気に駆け出す。炎の海を切り裂き、あらゆる方向から迫る魔法を次々に切り裂いて行く。

その全てを切り刻みながら壁を走り、その刀身には今までに無いほどの昂ぶる魔力が収束しようとしていた。魔法を斬る事によって力を蓄えるという聖剣の力は神剣に姿を変えても健在であり、七種類の光を浴びたリインフォースを構え勇者は壁から跳躍し魔王へと迫る。


「大魔法も文字通り一刀両断か。反則染みた剣だ」


「――反射神鳴剣フェイム・フォース・ベクトラッ!!」


切っ先から放たれた七色の光の螺旋は回避行動を取るレプレキアの側面を一気に貫通し、大地を穿ち、遥か下層まで全てを貫いて大穴を空ける。

塵の舞い散る中二人は大穴を挟んで対岸に佇んでいた。お互いに無傷……余力も充分に残している。所謂様子見とでも言える戦いの幕開けの中、想像を絶する力の衝突にパンデモニウムは揺れていた。


「恐れ入ったよその力。流石神の血を引くだけの事はある」


「……神の血?」


「君達ウトピシュトナは神と人の混血……。君たちがヨトと呼ぶ存在は人と神との間にウトピシュトナを生み出した。そして混血は真に神の血を継ぐ存在を……我々を魔王と呼び恐れ、滅ぼそうとした」


切っ先を下ろすリリア。レプレキアは小さく微笑みを湛え、腰に手を当ててレイピアを収める。


「クィリアダリアのように歴史の浅い国が何故今日までの発展を遂げる事が出来たのか、君は疑問に思わなかったのかい? 若き国が栄える事が出来たのは、本当にただ神の恩恵だと?」


「……何が言いたいの?」


「単純な話さ。そう――。クィリアダリアはただ移民の民たちが辿り着いた新天地に過ぎないというね。故郷より技術と力を持ち出し、人の野に下った神の混血……。そう、クィリアダリアとは、ザックブルムの人間が開拓を行った国なんだよ……!」


北の固く凍った大地は決して豊かな大地であるとは言えなかった。故に人々は南に楽園を求めて旅に出た。その先に見つけた約束の地こそ、クィリアダリア王国。


「機械の文明も、宗教も! 全てはザックブルムより持ち出された盗品!! それをお前たちはザックブルムから与えられた事を忘れ、あろうことか進軍してきたっ!! 忌まわしき古代兵器まで持ち出して!」


「進軍……? それは、魔王が世界を滅ぼそうとしたからじゃ……!?」


「お前たちに世界の何がわかるっ!? 自分の信じる事だけを信じて、聞きたい事だけを選んで聞く! お前たちはそうやって何度も真実を歪め己の都合よく改竄してきた……! 信じられないのならば見ろ!! これがお前たちが崇め恐れる、『ヨト』の力だ――っ!!」


レプレキアが魔力を解放すると同時にその足元に巨大な魔方陣が浮かび上がって行く。レプレキアの全身に魔術紋章が浮かび上がり、その力は今までとは比較にならないほどに跳ね上がって行く。

光の渦は天井を貫き、レプレキアの背後に翼を纏わせる。宙に浮かび上がり、光の鎧を纏ってリリアを見下ろすレプレキアは両手を広げ、その片手ずつに莫大な魔力を込める。


「これは誇りを賭けた戦いなのだ、勇者よ! 世界を担うに相応しいのは――この世界を救うのに相応しいのは誰なのか!? 余か……貴様か! そのどちらかがこの世界を一つにする存在となるだろう! お前の紛い物の神の力が勝るか……。或いは、余の真実の力が貴様を駆逐するか! 抗って見せろ、混血! 人の野に下ったその意味を、僕に証明してみせろっ!!」


「レプレキア……! 貴方は……!?」


「我が神の契約に縛られし下僕よ! 我が呼びかけに答え死の国より汝らを今召喚せん……! 神の鞭に打たれ目先の全てを喰らい尽くせ!! 冥龍王ニヴルヘイム――!!」


漆黒の光が空を覆い、その光の柱が左右に開いて行く。まるで世界に生じた亀裂のような、扉のようなその場所から伸びる巨大な黒い腕――。

後退するリリアの正面、顔を覗かせたのは腐った身体を引き摺る巨大な龍であった。龍王は溶けた瞳でリリアを見詰め、空に大きく口を開く。

全てを腐食させる毒の霧を口から撒き散らしながら上半身を乗り出し、リリアへと蛇の舌を伸ばすニヴルヘイム。その奥、レイピアを手にしたレプレキアが空中で足を組み二つの存在を見下ろしていた。


「さあ、持てる力の全てで抗って見せろ! 大魔道の名に相応しき千の魔術で相手をしてやろう! 来い! リリア・ウトピシュトナッ!!」


毒の煙と共に空に雄叫びを上げる冥龍王。その叫び声の前にリリアは立ち、真剣を構えて駆け出した。


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