約束の日(5)
「必要な物はこれで全部か……」
決戦の日を間近に控え、俺たちはリア・テイルの奏操席の前に集まっていた。
俺の背後には皆が揃っている。この戦いの賭ける思いは、恐らくそれぞれ違うだろう。だが、一人一人の願いは違っていても、全ての光は同じ場所に続いていると信じている。
だから……俺は胸を張って前に進める。皆と一緒に、この世界の敵と戦える。たとえこの身が異世界の存在……彼らにとっての虚幻だったとしても、それでも共に行ける。
「それじゃあ、始めるぞ白蓮。リア・テイルを――ミッドナイトシステムを起動させる」
「了解しまシタ、マスター」
台座にの前に白蓮が立ち、その傍らにリリアが立つ。白蓮がミッドナイトシステムに干渉すると、台座の前に鍵の差込口が現れた。
リリアは迷う事無く神剣を掲げ、それを鍵穴に差し込んだ。神剣は眩い輝きを放ち、リア・テイルに本来在るべき光が戻って行く。
「……これで、ミッドナイトシステムは再起動した。あとは出撃の時にいつでも飛べるよ」
振り返ったリリアはそう言って俺たち全員を見渡した。俺たちは全員彼女と視線を交わし、そしてそれぞれ胸の中の想いを確かめる。
あの日、リリアは俺の腕の中で泣きじゃくっていた。しかし今はもうあの時の子供のような面影はリリアにはない。リリアは女王として立派に勤めを果たそうとしている。そのリリアの行いを俺には邪魔出来ない。
出来る事があるとすれば、残せる事があるとすれば、ここで悲しむ事じゃない。彼女の道となり、彼女の願いを叶え、彼女の世界を守る盾となる事――。救世主である事。それが、俺に出来る最後の優しさなのだ。
「出撃は、明朝……。明日にはパンデモニウムとの決着を付けることになります。これで正真正銘、最期の戦いになると思う」
ここにいる皆は、俺たちと一緒に昔からずっと戦ってきた勇者部隊の仲間たち。そして、その戦いの中で出会い、時には刃を交え、分かり合い、共に戦ってきた。
各々の望む未来の為に、それぞれの願う想いを胸に……。リリアや俺だけじゃない。この世界に生きる皆の希望を背負って俺たちは戦うんだ。
魔王との戦いを決着させ、そしてこの国は、世界は、再び平和を取り戻せるのだろうか? 勿論それはわからない。でも、誰かがやらなきゃいけないことだから。
それをやるんだ。俺たちで。仲間たちで。この世界で出会えた奇跡の力、その全てを出し切って闇を振り払う。
「全員生きて帰って来る事が私の願いです。でも、もしかしたら途中で誰かが力尽き、倒れてしまうかも知れない。仲間の命が次々とむごたらしく失われていくかもしれない。それでも……それでも、皆で誓おう? 約束しよう――ここで」
リリアは神剣を引き抜き、それを俺たちに向けた。俺たちは自然と輪を描いていた。仲間たちは各々武器を手に取り、神剣に重ねる。
幾重の武器が、俺たちの歩いてきた道の象徴が、今ひとつに重なり合う。音を立て、皆でそれを分かち合う。そう、ここに誓いを立てる為に。
「決して振り返らず、皆自分の願いの為に、明日の為に戦って欲しい。たとえ誰かを失う事になったとしても、決して振り返らず、明日だけを見て……。前に進み続けなければ、この戦いに意味はなくなるから。全てを終わりには出来ないから。だから――私はそれを願う」
全員で武器を掲げ、そしてその影の中、リリアは光と共に微笑んでいた。
「どうか、全ての英雄の魂が我が剣と共に在らん事を! 導きの神韻は、我らが魂と共にッ!!」
甲高い音が響き渡り、俺たちは武器を納めた。リリアは背を向け、それ以上何も語ろうとはしなかった。
最後の夜がやってくる。決戦を前に、思い残す事がないように……。俺は目を閉じ、歩み寄ってきた白蓮と共にその場を後にした。
⇒約束の日(5)
新たな魔剣を手にしたゲルトたちと再会したのは、今よりも数日前に遡る。
どうやら打ち直しには成功したらしく、ゲルトは上機嫌だった。しかし同時にこの戦いの先を憂い、色々と考えたい事もあったらしい。
ゲルトと別れ、俺はメリーベルと彼女の実家だった屋敷に向かった。そこは今でも使用人たちによって整備されていたものの、住人の姿はなかった。
彼女の母はとっくに病死しており、その病気がちな体質をメリーベルも受け継いでしまったのだという。そして俺たちは予定通り、かつてメリーベルが暮らしていた部屋に足を踏み入れた。
まるで病室のような部屋だった。窓から見下ろす庭園、限りある世界……。白いカーテンが風にはためいて、きらきらと輝く。俺たちはそこでグリーヴァの遺志を見つけた。
遺されていたのは小さな小瓶だった。そこには手紙も添えられていた。メリーベルはその手紙を読むと、一気に瓶の中身を飲み干した。
苦しみ出し、そして気を失ったメリーベルをベッドの上に寝かせ、俺はしばらく様子を見ていた。様子を見る間にグリーヴァの手紙を読み、俺は彼の思いを知った。
メリーベルの魔女化を解除する薬を、彼はとっくに作り出していたのだ。そして正気を失いつつある心と身体でこの場所を訪れ、過去の記憶に一瞬だけ彼は自分を取り戻していた。
妹への謝罪の言葉が述べられた手紙……。そして、その小さな瓶の中身が聖なる薬であるという事、その二つの事実だけが肩に重く圧し掛かった。
目を覚ましたメリーベルはすっかり魔女の呪いから解放されていた。しかし同時にメリーベルは魔女化の影響で抑制されていた虚弱体質が再発し、一気に体調を崩していた。
夜までベッドの上で休む彼女を看病し、俺はようやくグリーヴァの気持ちを理解した。メリーベルの病、そしてそれを見ていることしか出来ない気持ちを……。
「……これで、パンデモニウムには一緒に行けなくなったかな」
「……そうだな」
「ゲルトにも薬を分けてあげればよかったと思った?」
「…………」
「安心して。昔ほど弱いわけじゃないから。ゲルトはあたしが一生かけて治して行くつもり。大丈夫、兄さんには出来たんだから……あたしに出来ないはずがないから」
メリーベルは立ち上がり、元気そうに微笑んだ。これは結果論になるのだが、グリーヴァは結局妹の病をある程度押さえ込み、そして呪いを解くことにも成功していた。
彼女は体調が回復するなり、すぐさま兄の研究室に篭ると言い出した。パンデモニウムに行っても足手纏いであるのなら、せめてそこでゲルトを治す手がかりを探すという。
それは確かに正しいことだと思う。あの薬はグリーヴァがメリーベルに送ったものだ。それ以外の誰かのものではない。メリーベルがゲルトを治したいと思うのであれば、世界中を駆けずり回ってでも自分の力で治すべきなのだ。
そうすることこそ兄のたった一つの善行を肯定する事であり、自らの道を進む事でもある。メリーベルは何も言わなくてもちゃんとわかっていた。
「……ありがとね、ナツル」
「俺は何もしてないよ。ただ、見てただけだ」
「それでも、嬉しかった。安心した……。ついでだから、一つ約束して」
頬を赤らめ、いつもとは異なる子供っぽい笑顔ではにかみながらメリーベルは小指を俺に差し出す。
「魔王を倒して、戻ってきて。そしたら……ナツルの事、お兄ちゃんって呼んであげてもいいよ」
「なんだそりゃ」
「妹属性萌え――なんでしょ? それだったらあたしにも……チャンス、あるかもしれないし」
「は?」
「……いいから約束……ね?」
彼女は強引に俺の手を取り、指を絡める。約束を交わす指と指の絡まりが解けると、メリーベルはいつも通りのクールな表情に戻った。
俺はメリーベルの頭を撫で、それからその肩を叩く。これから、メリーベルはきっとゲルトの為に戦い続けるのだろう。兄の傷を、受け継いで。
きっともう、メリーベルは一人で部屋に篭って研究を続けたりしない。仲間と一緒にいれば、きっと新しい方法が見つかる。一つの目では見えなくても、仲間と一緒なら見えるものもある。それに彼女は気づけたから。
「ああ。これからも頑張れよ――メル」
その呼び声に彼女はきっと心の中で燻らせていた悲しみを一気に崩壊させた。俺の胸に額をあて、メリーベルは暫くの間声も無く泣いていた。
彼女と別れ、屋敷を出たところで何故かメフィスに遭遇した。一人で煙草の煙を吐き出していた彼の前に立ち、俺は首を傾げる。
「どうしたんですか、こんな所で」
「……何、もう何年も戻って居ない我が家にホームシックという奴だ。私の時代はもう終わったよ。これからは若者の時代だ」
「何言ってんですか。娘に追い抜かれたのがそんなにショックなんですか?」
「ショックではないさ。素晴らしい事だよ。この歳になって、また『追いかけられる』……。目指す物があれば人は躍進を遂げる。何度でも、何度でも」
彼はそう俺に告げて歩き出す。家には寄っていかないようだった。ふとその背中が立ち止まり、振り返る事は無く声だけが飛ぶ。
「君には感謝しているよ、本城夏流君。出来ればこれからも、メリーベルを見守ってくれるとありがたい」
「…………ええ、きっと」
俺は嘘をついた。もう、彼女に迷惑をかけることもないだろう。俺はもう直ぐこの世界から居なくなる。メルを見守ってやる事はもう出来ない。
不器用で人付き合いが苦手で、でも本当は優しくて臆病で、誰かを救う為に熱くなれる女の子……メリーベル。何度も無茶を言って、無茶をさせて、ここまでずっと付き合わせてしまった。
これからは俺以外の誰かの力になっていくだろう。そして彼女は錬金術師として大成する。兄も、いずれは父も超えて、魔術教会の代表にでもなるだろう。
それが彼女の物語なら、俺の関わる余地はここまでだ。目を閉じ、小さく息を付く。再び顔を上げるとそこにはもうメフィスはいなかった。
メリーベルにお兄ちゃんと呼ばれている自分を想像してみる。成る程、確かに可愛いかもしれない。多分メリーベルは兄にべったりだったんだろう。その代わりになってやることは出来ないけど……。
「ありがとな、メリーベル。親父さんと素直になって仲良くしろよ」
妹のレンと一緒に壊れた大聖堂の前にいるアクセルを見かけたのは、その帰り道だった。
レンは酷い有様だった。髪は乱れ、目は虚ろに廃墟を写している。その肩に腕を回し、アクセルはずっと何かを話しかけているように見えた。
そっと近づき、レンの肩を叩く。彼女は俺の姿を見ても何の反応も示さなかった。まるで壊れてしまった、人間に良く似た人形を見ているかのようだ。
「……ナツルか。はは、悪いな……。レンの奴、まだ持ち直してなくて」
「いや、仕方ないさ……」
大聖堂との戦いは、誰も結局幸せになんかならなかった。
同じ未来を信じて、ただ傷を癒したくて、皆必死だった。信じたかった。守りたかった。沢山の思い出を、未来を……。
それ以外に生きる道が無くて、仕方が無く闇に身を落していた。誰が喜び勇んでそんな事を望んだだろう。誰もきっと、それは望まない。俺でも、彼でも、彼女でも。
上着をレンの肩に掛けるアクセル。寒い寒いと思っていたら、どうやら雪が降り出したようだった。春はもうすぐのはずなのに、どこかとても遠く感じる。
「ディアノイアが孤児を受け入れてくれて良かったよ。レンはまだ、皆と一緒って訳にはいかないけど……。他にも結構まだ、塞ぎこんでる子は多いからな」
「……そうか」
「……俺さ、学園の教師になろうかと思ってるんだ」
突然のアクセルの言葉に流石に驚く。だが、それはどうも彼の中ではずっと前から決まっていたことらしい。
「力を正しく導く事の難しさ、その必要性を嫌って程俺は味わった。そういう痛みを抱えているからこそ救える物もあると思うんだ。だから……難しいだろうけど、チャレンジして行く」
「……なんでそれを俺に話したんだ?」
「んー、気合を入れる為に、か? はは、お前頑張ってるからさ。負けてらんねーだろ? それに――お前に聞いて欲しかったんだよ」
白い雪の中アクセルは空を見上げる。空は雲に覆われていて、白い雪が視界を遮る。それでも何かを求めるように、ゆっくりと手を伸ばす。
「今はまだ光は見えない。皆暗闇の中だ。でも俺たちを導いてくれる光がある限り、諦めずに居られる。やっぱ、リリアちゃんはいいな。俺が惚れただけの事はあるよ」
どうやら今回は本気らしく、アクセルは大人びた笑顔を浮かべて俺の肩を叩いた。俺はそれに笑顔で返す。多分そう、コイツとはそういう関係で充分だから。
「リリアちゃんを守らなきゃな。俺とお前で――パンデモニウムからだって、相手が魔王だって、あの子を守るんだ。ナツルが一緒なら負ける気がしないぜ。なあ、相棒!」
「都合のいいときだけ調子いいこと言ってんじゃねえよ、馬鹿」
「照れんなって、コノコノ〜!」
「あーうぜえっ!! お前そんなこと言ってる暇があったら自分のやるべきことやれよっ!! ほら、レンが見てるだろうが!!」
二人して取っ組み合いになりながら叫ぶ。二人同時にレンへと視線を向け、それから俺たちは言葉を失った。
レンが俺たちのやり取りを見て笑っていたのだ。くすりと、小さく。笑顔は直ぐに消えてしまった。でも、アクセルの声はレンにちゃんと届いている。
「……ナツルが変な事言うから、笑われちまったろ」
「…………そうだな」
「はは……。ああ、馬鹿みてえだな、俺たち。そういや、学園じゃずうっとこうだったよな。馬鹿ばっかりしてた……。レンもあの輪の中に、混ぜてあげたかったな……」
アクセルは膝を着き、寒空の下レンを強く抱きしめていた。泣いていたのかもしれない。肩を震わせ、ぎゅっとレンの服を握り締める。
俺はあえてアクセルを見なかった。多分、泣いているのだとしたら、そんな姿を俺には見られたくないと思うはずだから。だから俺は、友達の泣き顔は見ないようにした。
「俺……俺、これから頑張るよ。何回だって諦めずにやってやる……。もう、こんな事は……こんな悲劇は、絶対に起こしちゃいけない。だから魔王は倒す……。もう、誰も悲しませない為に……」
「アクセル……」
「これからの子供たちを、俺たちで守るんだ。なあ、ナツル……。良かったら、一緒に学園の教師、目指さないか?」
立ち上がったアクセルの目に涙は無かった。その代わり、強い輝きにも似た決意があった。アクセルの言葉に俺は目を閉じ、それから応える。
「……ああ。悪くないな」
「だろ? きっと俺とお前なら、ルーファウス先生とソウル先生みたいないい関係になれるぜ」
「それはいい関係なのか? というか、ソウルポジションはお前だよな? 俺は絶対いやだぞ……」
「ははっ! ……ありがとな、ナツル。この戦争が終わっても、宜しく頼むぜ」
アクセルの求める握手に俺は握手で応えた。しっかりと互いの手を握り締め、思いを重ねる。
二人して笑いあいながら握手なんかしていると、背後から誰かに肩を叩かれた。振り返るとそこにはマルドゥークとエアリオが立っていた。
「こんな所で何をしているんだ。全く……。学園の教師になる前に、妹に風邪を引かせるような兄ではろくでもないだろう」
「……今戻ろうと思ってたところだっつーの。ったく、マルは五月蝿いな」
「何だと貴様……? 大聖堂の残党の分際で、偉そうな口を――おごおっ!?」
マルドゥークの目玉が飛び出しそうに成っているのを見て俺たちは思わず唖然としてしまった。背後から弟の後頭部にチョップを叩き込んだエアリオは笑顔のままマルドゥークを押しのけ前に出る。
「アクセルくん、戻りましょう? 暖かいスープもあるわよ。レンちゃんにも、食べさせてあげましょう〜」
「…………エアリオさん」
「一人では守れないのならば、皆で守っていけばいいのよ〜。一人だけじゃ寒いなら、皆で暖めあえばあったかいわ。ね?」
アクセルの頭を撫で、微笑むエアリオ。アクセルは照れくさそうに視線を反らしたまま黙り込んでいたが、間にマルドゥークが割り込んでアクセルをぎろりと睨みつける。
「貴様……! いくら姉上の昔の知り合いだからといって馴れ馴れしすぎるんじゃないのか?」
「何言ってんだ、俺は別にエアリオさんに何かしたつもりはないぞ。お前こそ、実の姉に対してべったりしすぎだろシスコンめ」
「ほざけ! 貴様こそシスコンではないか!! このシスコン男! シスコンダンサー!」
「うるせえシスコンメガネ! シスコンシスコンシスコン!」
「シスコンメガネだとぉっ!? このマルドゥーク・アトラミリア、生まれてこの方一度としてそのような侮辱受けた事は無い!! シスコンをまるで悪い事のように叫ぶんじゃない!! ただちょっと、姉上が好きすぎるだけだ!!」
「俺だってレンが好きすぎるだけだっつーの! シスコンは悪いことじゃあーりーまーせーんー!!」
二人は暫くにらみ合い、それから突然手を取り合った。
「シスコンは悪い事ではない……。確かにその通りだ。貴様は気に入らんが、アクセル・スキッド……その心意気や良し」
「お前もなかなかわかってるじゃねえか。大事なのはシスコンかどうかじゃない。どれだけその事実に胸を張れるか……そうだろ?」
肩を抱き合う二人。何だかもう付いていけない状態になっていた。その様子を姉と妹が小さく笑い、そしてエアリオがマルドゥークとアクセル、そしてレンを包み込むように腕を伸ばして抱き寄せる。
「そんなに仲がいいのなら、わたくしたちで家族にでもなってしまえばいいのよ〜。アクセルくんと、わたくしが結婚すればそれで丸く収まるわ〜」
「「 収まらないからっ!? 」」
「おぉお、俺にはリリアちゃんという心に決めた人がだな……!?」
「姉上、悪ふざけも大概にしてください! このような男を兄と呼ぶなど、私には耐えられない!」
「俺だってお前を弟にしたくないからっ!!」
「「 なんだとぉっ!? 」」
顔を突き合わせ、二人のシスコンが争う。仲がいいのか悪いのか……。まあ、なんにせよアクセルはもう一人じゃない。帰る場所もある。見ていてくれる人も居る。
俺は巻き込まれないようにそっとその場を後にした。振り返るといつまでも賑やかな声が聞こえてきている。その情景に苦笑し、小さく呟く。
「……ありがとな、アクセル。マルドゥークやエアリオとも仲良くやれよ」
大聖堂の崩落跡を過ぎ去り、リア・テイルへと戻ってきた。そんな俺の正面で白蓮とブレイド、それに八が何やら話しこんでいるのが見えた。
俺の姿を見つけるとブレイドは相変わらず元気な様子で手を振った。流石に無視するわけにも行かず、彼らの元へと向かう。
「三人で何を話してるんだ?」
「おうっ! ブレイド盗賊団の今後についてだよ。ほら、魔王を倒せば世界の脅威は残り魔物だけだし、色々な物を見て周ろうと思ってさ」
「そうか……。いよいよ夢をかなえる為に一歩を踏み出すんだな。でも、お前にはまだちょっと早いんじゃないか?」
「坊ちゃんは、アリアの姫さんを元気付けてやりたいんですわ」
「は、八! 余計な事言うなよ!!」
何やらちょっと話が読めてきた。拗ねてしまったブレイドを放置し、八は嬉しそうに語る。
「アリアの姫さん、マリア女王を亡くしてからずっと塞ぎこんでいるでしょう? 正直なところ、リリアの姫さんが女王になった以上、アリアの姫さんは暇ですからねえ。一緒に旅でもどうかって話なんですわ」
「はは、そりゃいいな。アリアは超が付くおてんば姫だから、ちょっとした冒険じゃきっと満足しないぜ」
「……ニーチャン。おいら、ニーチャンたちと一緒に戦って色々な事を知ったよ。世界には色々な事があって、色々な人が居て……。上手く言えないけどさ、この世界って、スッゲー広いんだって知ったんだ。それだけで胸がワクワクして、どこにだっていけるって思えた。でも……」
ブレイドは少しだけ憂鬱そうな表情を浮かべた。振り返り、リア・テイルを見上げる。彼はそこに何を見ているのだろう?
「沢山の辛いしがらみがあって、悲しい事があって……。この世界は曇ってる。皆、この世界がキラキラしてることを忘れてるんだ。だからおいらは、この世界の楽しさを、幸せを、誰かに伝えられる人間になりたい。夢を叶えるだけじゃだめだ。魔物と戦って、人を守って……そして、いつかニーチャンたちの事を語り継げる男になるよ!」
「お、俺たちか? そんな大層な事はしなくてもいいだろ」
「へへ、そんなことないよ! おいら、ニーチャンのこと好きだぜ? ニーチャンがリーダーでよかったって思う。やっぱりニーチャンの言うとおり、おいらにはまだリーダーは無理かも知れない。でも、誰かを守るために、ニーチャンみたいなカッコイイ男になるために、これからも頑張るぜ!」
ブレイドはどこまでも真っ直ぐに俺に笑いかけている。なんだかこいつはずっとこんな調子だ。でも、今まで俺たちと一緒に戦ってきて、それなりに学んだ事もあったのだろう。
虐げられている人々のこと、ブレイド盗賊団のこと、嘗ての父親の偉業……。世界の現実を知って、ブレイドは一回り大きくなった。まだまだ保護者がついてなきゃ安心は出来ないけど、でもブレイドはきっといつか凄い大物になる気がする。
「なあ、約束しただろ? ニーチャンもブレイド盗賊団の一員になるって。なんなら、ナツル盗賊団にしてもいいぜ?」
「おいおい、それはちょっと……」
「まだまだニーチャンと一緒にやりたい事が一杯あるんだ! それにおいら一人じゃ、アリアはきっともてあますしな……」
そんな事はないさ。ブレイドはきっとアリアとも上手くやっていける。アリアだけじゃない、きっと誰とでも上手くやれる。それがブレイドの凄いところなんだ。
「でも、本当にお姫様と旅をするつもりなのか?」
「おう! いざとなったら、攫うっていうのも手だろ? 盗賊がお姫様を攫って冒険する……! そういうのも、中々カッコイイじゃん? やっぱ『姫』は必要だって、『姫』は!」
まあ、とりあえずそういう事にしておこう。でもブレイドだったらきっと大丈夫だ。アリアも……うん、きっと自分の幸せだった時間を思い出せると思う。
「そのためにもまずはパンデモニウムだ! 魔王をやっつけて、国の英雄に成り上がってやる! へへ、そしたらきっと、もっと沢山を守れるよな?」
「その意気で一気にぶっ潰そうぜ! パンデモニウムだろうが魔王だろうが、俺たちの敵じゃない!」
「おうっ!!」
ブレイドと拳を合わせ、笑いあう。俺たちの様子に八は何やら嬉しそうに笑いながら何度も頷いていた。
八とブレイドの二人が何やら今後の事を話し合っている間、俺は白蓮と二人で階段に座っていた。八と共に各地を転々としていたそうだが、こうしてまた出会う事になろうとは。
「……八との旅はどうだった?」
「はい。八はよいものデス。マスター程ではありませんが、腕も立ちマス」
「そうか……。でも、相変わらずそのマスターってのは止めてくれないんだな」
「はい。マスターはマスターなのですカラ」
白蓮は相変わらずだ。ミッドナイトの管理システムとしての役目を果たしたら、彼女は解放される手筈になっている。いや、彼女だけではない。パンデモニウムを破壊したら、もう全ての古代兵器は眠らせるべきなんだ。
プロミネンスシステムもミッドナイトシステムも、パンデモニウムも全てを終わらせる。そうなったら白蓮は自由だ。もう、居ないマスターを待ち続ける必要もない。
「……白蓮、お前のマスターはいつか戻ってくるって行ったのか?」
「……ハイ?」
「いや、お前はマスターを待ってたみたいだったからな」
「いいえ、そのような約束は交わしていません。ただ――」
「ただ?」
「――マスターを、信じていマシタ。だから、待っていられマス。またマスターのお役に立てる事が、ワタシはとても嬉しい」
なんというか、一途なやつだ。こんないいロボットを待たせているなんて、ナタルってやつも駄目なやつだなあ。
でも、もうマスターはいない。それが事実だ。そして俺はもうこの世界には居られない。だから、白蓮は新しい生き方を見つけなければならない。
「今度、プロミネンスの管理者を紹介してやるよ。アイオーンっていうんだけどさ」
「あいおーん?」
「なんだ、面識ないのか。かなり変わった――いや、相当変なやつなんだけどな。同じ境遇だし、面倒見はいいからきっとよくしてくれるさ」
「マスターは、よくしてくれないのデスか?」
「……ああ。俺は君のマスターじゃないからな。仮にマスターだったとしても、傍には居られない」
「……そう、デスか」
心なしか声のトーンが落ち込んだように聞こえた。仕方なく俺は白蓮の肩を叩き、一つ命令を下す事にした。
「じゃあ、マスターとして最初で最後の命令だ」
「なんなりトモ」
「この世界で、もう二度と古代兵器が動き出さないように見守ってほしい。そして人と共に行き、お前の判断で未来を歩け」
「……複雑すぎる命令デス。抽象的な概念の具体的説明を要求しマス」
「そこは自分で考えろ。宿題だ」
「しゅくだい?」
「ああ、そうだ。宿題、だ」
白蓮の頭を撫で、それから立ち上がる。後をついてこようとする白蓮をひっぺがし、八とブレイドに一先ず預ける。
決戦が終わればもう空飛ぶ城も馬鹿でかい砲台も必要なくなる。だからもう、これでお仕舞いだ。
結局ナタルってのがなんだったのかはよくわからなかったが……多分何かの思い違いだろう。俺は彼らに背を向けて歩き出した。
「ブレイド、元気でな。捻くれないで真っ直ぐ、夢を追いかけろよ」
そうして俺は彼らの横を潜り抜け、リア・テイルの城内に足を踏み入れた。暫く紅い絨毯を踏み進み歩いて行くと、離宮へと続く回廊で壁に背を預けて俺を待っている奴がいた。
黒いアーマークロークに黒い長髪……。どう見ても俺を待っていたらしいゲルトは俺の前に立ち塞がり、リリアのいる離宮へと続く道を遮断する。
「……ナツル」
俺は立ち止まり、応えなかった。ゲルトはじっと俺を見詰め――。恐らくずっと俺を待っていたのだろう。何度も心の中で練習したかのようなその言葉を口にした。
「少し、話があります。付き合って……もらえますか?」
断る理由はなかった。俺は頷き、ゲルトに連れられるまま、離宮から遠ざかるように歩き出した。