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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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約束の日(3)

「……良かったのか? あんな大見得切って……。せっかく久々の親子の再会だったんだろ?」


というのは、勿論俺にとっても建前に過ぎなかった。魔術教会の施設内部にある研究室を一つ借り、メリーベルが魔剣フレグランスの打ち直しに取り掛かったのが昨日の事。丸一日経過したというのに、未だにメリーベルの機嫌は直って居ないようだ。

メリーベルの研究室に限りなく近い環境を作る事から始め、シャングリラにいるのではないかと錯覚するほど精巧なメリーベルの部屋を生み出す事にかかること半日。剣の打ち直しプランに苦慮するに半日。メリーベルは一睡もせず目の下には隈が出来ていた。


「……あんなの父親だと思ってないもん」


拗ねた様子でそんな事を口走るメリーベル。しかし、父親だと思って居ないんだったらそこまで強情になることもあるまいに。

あのおっさんもおっさんである。最初はメリーベルには無理だとかなんだ言ってたくせに、突然会話の途中で自己完結してコロリと態度を変え、メリーベルに魔剣を託してしまった。そこであいつが渋っていればいいものを、これでメリーベルは心置きなく作業にとりかかっちまうじゃねーか。


「親父さんにグリーヴァの事も報告しなきゃなんじゃないのか? 俺たちだけだろ、グリーヴァの最期を知ってるのは」


振り返ったメリーベルは腕を組んだままぎろりと俺を睨みつけた。正直怖い……。俺も基本的にはメリーベルには頭が上がらないわけだが、そういうレベルではない。


「あいつ、あたしを見ても何も言わなかったでしょ」


「あ、ああ……。お互いに意地張ってたんだろ」


「違う! あれは、本気であたしの事を忘れてたの! 途中で急に『お前に任せる』なんて言い出したのは、会話しててあたしを思い出したからなのっ!!」


ま、まじで? そんなことってあるのか? 一応実の父親なわけで……いや、ありえる気がする。なんというか、流石元ブレイブクラン――。普通じゃない。

あのおっさんもまたフェイトやゲインの仲間であり、フェンリルとも顔見知りだという。勇者部隊が解散してからは自分の研究にだけ没頭していたようだが、だからって娘の顔を忘れんでもいいのに……。


「あいつを正面からいくら罵っても無駄よ……。あいつが唯一心に傷を負うのは自らの作品が汚された時だけ。あいつが唯一プライドに傷を負うのは、自らを超える作品が現れた時だけ。これがあいつに文句を言う一番の近道なの」


「そ、そうか……。何か手伝えることあるか?」


「邪魔だから出て行ってくれればそれで助かる」


取り付く島もない。

今のメリーベルに何か言っても無駄だろう。だが、なんというか……そういう親子間の関わり方しか出来ないのは俺も一緒か。現実に戻ったら今度こそ親父と話し合ってみるべきかもしれないなあ……うん。


「メリーベル」


まだいたの? とでも言いたげな目で振り返るメリーベル。その頭に手を乗せ、髪をそっと撫でる。


「頑張れよ。こっちも時間はかかりそうだから、急ぐ必要はないんだ。納得行くまでじっくりやれ」


流石に調子に乗りすぎたかと思ったが、メリーベルは俯いて小さく頷いた。急に大人しくなった気がするが、まあ多分俺は関係ないんだろう。

一人で廊下に出る。この施設、魔術教会総本山――通称、くじらの腹バテンカイトスは、外見こそ通常の建造物だが、内部には複雑に左様して増築が繰り返された異空間が広がっている。

つまり物理的には内部は無限の広さを持つにも等しい建物であり、無事に戻るには最寄の空間エレベータに乗り込みエントランスに戻るしかない。

自分の空間座標を管理するのはゲストカード、或いは教会に認められた会員カードによって行われる。このカードをなくすと警備に引っかかるだけではなく、エントランスの空間座標が把握できなくなり、現実世界に戻れなくなるそうだ。

まあ現実世界といっても俺にとっての現実ではないのだが、この大陸では最も早く空間魔法の扱いに乗り出した魔術教会のこの技術はディアノイアやオルヴェンブルムにもない超魔術であると言える。

メフィスの研究室も実際に最上階にあるわけではなく、異空間の最上階に存在するという。つまり、この施設そのものの最上階にはなにもないのだ。

エレベーターで上下に移動しているだけに見えて、ちゃあんと現実のエントランスに繋がっている。逆にこの施設はこのエレベータがないとどこにもいけないのである。


「さて、どうしたものか」


エントランスに下りた物の、ここで出来る事など待っている事くらいである。

必要素材のオリハルコン鉱石、そしてミスリル結晶は既に回収の為に教会が動いてくれている。ドラゴンオーブに関しては国内には存在しないとのことで、場所と入手方法はリリアに手紙を送る事になった。

あとは一先ずオリハルコンとミスリルを回収し、オルヴェンブルムに移送する事が俺の任務になる。白夜の鍵とかいう代物がどこにあるのかはわからないが、もしかしたらリリアが既に持っているのかもしれない。となると、問題は残り一つ。


「……ミッドナイト、だっけか。あの白い機械人形……」


北方大陸のアンダーグラウンドに残してきた機械人形……。確か、俺をナタルだと言い張って聞かなかった女の子だ。

俺にはどうにもできないのでブレイド盗賊団の八に預けたが、そういえばその後音沙汰が無い。で、その当の八はどこかへ行ってしまったらしくて行方不明……。

唯一八とやり取りが出来そうなブレイドも彼の連絡先は知らないらしいし、さてどうしたものか。一応騎士団の方で八の行方を調べているそうだが、見つかるだろうか。

ブレイド盗賊団は戦力の傾いた聖騎士団に変わり地方の魔物を討伐したり、他国の内情を偵察したりしているらしい、所謂隠密集団だ。連絡をつけるのも難しいだろう。

エントランスをふらふら歩き、ふかふかのソファに腰掛ける。ヤバイな、ありえないくらいヒマだ。出来る事が何もない……。全部連絡待ちだの結果待ちだので、俺に出来る事なんてないじゃないか。

これ人選ミスじゃねえのか? 俺こっちきてもやることねーよリリア……。くそう、ただの護衛とかそういう事なのか? あーもう、どうしろってんだ!


「あ〜れぇ? あんたこんなトコで何してんのよ?」


「ん……? ベルヴェール! いやあ、丁度いい所に来たな! その荷物運んでるのか? 俺が持ってやるよ、ホラ」


「え? あ、ありがと……。何、気持ち悪いくらい爽やかね……?」


眉を潜めながらもベルヴェールは木箱を渡してくれた。それなりに重いが何もしていないよりはましだ。正直暇は堪えるぜ……。

見るとベルヴェールはスーツ姿だった。背後には同じくスーツ姿の男たちが荷物を運び込んでいる。全員コンコルディア財閥の関係者なのだろうか?

ベルヴェールは残りのメンバーに先に行くように伝えると俺の前で腰に手を当てて微笑む。仕事中に呼び止めては悪いと思ったが、暇つぶしになるなら何でもいいか。


「もしかしてあんた? リリアからの遣い、って。ミスリルとオリハルコン、持ってきたけど」


「お前が仕入れてくれたのか?」


「西の方からね。とはいえ、ミスリルとオリハルコンは採掘場がいくつも潰されているから流通量が非常に落ちてる貴重な金属なのよ。まとまった量掻き集めるのは苦労したわ」


何やら色々大変だったのだろう、溜息を漏らすベルヴェール。なんだこいつ、ちゃんと仕事してたのか。


「知ってた? ほら、一度魔物の襲撃で全滅してるノックス。あそこはこの大陸じゃ一番の採掘場だったのよ。ミスリルとオリハルコンの採掘量であそこ以上の場所は無かったわ」


「そうだったのか? 確かにここからも近いし、魔術教会としてはノックスに頼ってた所が大きいんだろうな」


「在庫切れを起こした理由は多分それだけじゃないわね。大陸全土、クィリアダリア以外の国の採掘場も同様の襲撃を受けている事がわかったのよ」


「……何だと?」


何やら雲行きが怪しくなってきた。立ち話でするようなことでもないので、俺たちは荷物を魔術教会に納品して客間を一つ借りる事にした。どうせバテンカイトスの中には部屋が腐るほどあまっているわけで、一つ借りたいといっても誰も嫌な顔はしなかった。


「それで、採掘場の襲撃事件ってのはどういうことなんだ?」


「詳しい話はあたしも聞いただけだから判らないんだけど、総合的に見て手口はノックスのケースに酷似してる。それともう一つ解った事……。ノックス襲撃の前に、ティパンも魔物に襲われていたでしょう?」


確か俺たちが初めて課外授業――つまり実戦に出撃した時の事だ。あの時は色々あったし衝撃的だったから覚えている。

魔物に埋め尽くされた街……。リリアが暴走して一人で突っ走ってしまっていたが、あの頃は俺もこの街そのものに興味は持っていなかった。


「目的も無いただの魔物の自然発生ではなかったみたいね。この街は流通の街――。倉庫にはミスリル、オリハルコンを始めとした古代素材のストックがあったそうよ。それも、魔物の襲撃時に奪われた」


「……おい、それって」


「誰かが古代素材を回収しているみたいね。流通を止めるのが目的なのかしら? ほんと頭にくるわ! お陰でこっちはとんだとばっちりよ!!」


一人で盛り上がっているベルヴェールを他所に俺は全く別のことを考えていた。流通を阻止する目的――メリットなんて何がある?

いや、考えすぎなのか? 貴重な素材を奪えば高値で売れるはず――いやまて、だったら流通しているはずだ。それに奪うのが目的なら街ごと破壊する必要はどこにある?

やはり流通の阻止……? わからないな。何かが引っかかる。そもそも、どうしてここの在庫を奪ったりしたんだ……?


「いや、そもそもここを襲撃したのは魔物じゃなくて意思のある人間だったって事になる。つまり、ティパンをあんなにしたのも……」


「……火事場泥棒、じゃなくて? 魔物を操る能力なんてそれこそ魔王でなきゃ持って居ないはずだけど」


「それだよ。これは仮定だが、あの事件は魔王が引き起こしていたとすれば? そうすればミスリルの行き先も検討が着く」


「行き先って……あ、そっか」


「――パンデモニウム、だ」


一度はプロミネンスカノンによって吹き飛んだはずのパンデモニウムを修理するのには一体どれだけのミスリルが必要だったのか検討も付かない。あの大戦から十年……それだけの時間を要したのも十分頷ける。

そしてそのためには莫大な量の古代素材が必要だったはずだ。それこそ、市場の流通が滞ってしまうほどに。そして、同じく古代素材を必要とする人間を牽制する為に、採掘場を襲撃したとしたら……。


「それは面白い仮説だが、根拠に欠けるな、少年」


背後からの声に振り返る。そこにはここの代表、メフィスが立っていた。何でも納品書を受け取り忘れたとかで、ベルヴェールを追いかけてきたらしい。いや、一声くらいかけてもらいたいもんだが。


「パンデモニウムの修復に使ったというのは恐らく的確ではないな。何故ならパンデモニウムの修復に使うには余りにも量が少なすぎるからだ」


「……パンデモニウムの修理じゃないのか」


「そもそもあれはほぼ木っ端微塵――無に限りなく近い状態にまで吹き飛んだのだから、修理というよりは創造になるだろう。となれば、あの城全体を全てミスリル素材で構築している以上必要とする量も莫大なものになる。理論上、この世界において十年間であれを修復する事は不可能なのだよ」


「……え? じゃあ、あれは……?」


「パンデモニウムではないのだろうな。恐らく、パンデモニウムと能力を同じくする、限りなく類似したパンデモニウムのような何か、だろう」


腕を組み、一人で頷いて納得しているメフィス。だが、こっちは余計に混乱してきた。パンデモにウムのような何か、だ……?


「だが、君の何かを修理する為に鉱石を集めていたという発想は中々良い。パンデモニウムではないのであれば、もっと別の物を修復していたと考えるべきだろう」


「別の物って言われても……なんだよ、そりゃ?」


「それは、修理可能な程度に破損している。現状流通が停止している以上、未だにそれは修理状態にある。最後にそれは、古代兵器である。ふむ、さてどのようなものかね」


「あら、そんなの簡単じゃない」


俺とメフィスが同時にベルヴェールを見る。ベルヴェールは誇らしげに胸を張り、両目を閉じて答えた。


「リア・テイルよ!」


俺もメフィスも沈黙していた。ベルヴェールは目を開けた後、固まっている俺とメフィスを交互に見やり、それから頭を掻いた。


「……あたし、またなんか変な事言った?」


「い、いや……その通りだ。リア・テイル……お前の言うとおり、確かに条件を満たしてる」


「非常に興味深い考察だ。成る程、とすれば一連の事件の首謀者は国内にいるのだろうな。コンコルディア嬢の話に寄れば、一連の事件はこの大陸――つまりクィリアダリア支配下で起きている。クィリアダリアが首謀者であれば、今までそれほど話題にならなかった事も頷ける」


「つまり……犯人はクィリアダリアの誰か……。あの事件は、この国の人間が起こしていた……?」


俺たちが二人して考え込んでしまっているのを見てベルヴェールは時間をもてあました様子で椅子に座っていた。


「それで……えーと、どういう意味?」


やっぱりこいつは閃いているようで、馬鹿だった。



⇒約束の日(3)



客間での会話は不透明なまま終了した。エントランスにベルヴェールと共に戻ってきた俺だったが、どうにも腑に落ちない感触だけが残っている。

パンデモニウムではなく、パンデモニウムに限りなく類似した何か――。流通を阻止しようとし、同時に鉱石を回収していた何物かと周辺で起きた魔物発生事件……。国内の何者かによる犯行……。

どうして今まで見落としていたのか判らないくらい、濃厚な疑問が次々に浮かんでくる。だがこの状態ではまだ何も判らない。確定はして居ない。ただの俺たちの妄想の域を出ないのだから。


「それじゃ、あたしはパパとか社員を街に待たせてるからもう行くけど」


「ああ。悪かったな、引き留めちまって」


「……ナツル、あたしはあんたの言うとおり、あんまり頭はよくないわ。でも、仲間が困っているのならいつでも手を貸すから。それだけ覚えていて」


そう言ってベルヴェールは握手を求めてきた。心強い仲間が居る……そうだな、一人で考え込んでも仕方が無い。

俺が手を握り返すと彼女は満足そうに白い歯を見せて無邪気に笑った。なんというか……こいつ、最初は俺たちの事恨んでなかったか? いつの間に仲間になったんだろう。


「それじゃ、一足先に戻ってリリアに宜しく言っておくわ。頑張ってね、ナツル!」


「おう。じゃあ、またな」


手を振って去って行くベルヴェールは一見すればデキる女なのだが……おつむも外見に似合うだけになっていればよかったのになあ。

さて、さっきまで暇をもてあましてもがいていた俺だが、こういう暇な時間だからこそ時間をかけて推理できる事もある。そういえば一つ、ずっと頭の片隅に引っかかっていた事があったんだ。

俺は疑問を解決する為に街に繰り出した。メリーベルとメフィスは魔術教会に入り浸りだから、残りの同行者――フェンリルとゲルトのところへ向かう。

ゲルトはなんでもフェンリルに戦いを教えてもらっているらしい。まあ、二人のバトルスタイルは似ているしフェンリルは相当な実力者だ。今戦っても勝てるかどうか判らないくらいだし……。いや、無理そうだなあ。

まあそんな二人は修行の真っ最中で、町から少し離れた草原に居た。二人に背後から声をかけると修行は一時中断となった。

丁度昼過ぎであったこともあり、昼食を買って行ってやったので二人とも喜んでくれた。特にゲルトはよほどハラペコだったのか、おなかを鳴らして顔を真っ赤にしていた。


「それで二人ともちょっと話があるんだけど、いいか?」


「……まあ、ただ食事を差し入れに来たわけではないのだろうからな。用件はなんだ?」


俺は先ほどベルヴェールから聞いた話とそれに纏わる嫌な推測を語る事にした。二人は俺の話を黙って聞いていたが、二人とも食事の手だけは休めなかった。おなかすいてたのね……。

全て話し終えても会話は始まらなかった。ゲルトは動揺している様子だったし、フェンリルも何かを考えているのか上の空だ。俺は既になくなりつつあるサンドウィッチを手に取り齧る。


「それでフェンリル。あんた、以前この国を相手に戦いを挑んだ事があっただろ? リリアを拉致しようとした、例の古城での戦いだよ」


あれも忘れようとしても忘れられない。リリアの中の魔王が覚醒し、恐ろしい力が目覚めた時だ。同時にゲルトが魔女化したり、何やら色々あった。


「そもそもあの時、オルヴェンブルムを襲撃してきた魔物の軍団のリーダーはあんたたちだったのか?」


「……ナツル、それは一体どういう……」


「仮に! あんたたちが魔物を操っていたのだとしたならば……どうしてだ? どうしてバズノクは燃えた? どうしてバズノクの人々は一夜にして消え去った? 誰一人残さず……まるで誰も居なかったように――」


そう、あの戦争の終結は不可解なものだった。その理由は結局わからず仕舞いで、ずっと引っかかっていた。

フェンリルたちはあの戦争を仕掛けちゃ張本人のはず。こいつがこうして友好的な位置になることがなければこの疑問は一生払拭出来なかったかもしれない。でも――。


「あんたはあの反乱の全てを知っているはずだ。あれに関わっていたのは秋斗なのか? バズノクをやったのは、あんたたちなのか?」


俺の問い掛けをフェンリルは黙って聞いていた。暫くすると深く溜息を漏らし、それから真剣な眼差しで俺たちを見た。


「……あの反乱を企てたのはオレたちだ。だが、バズノクという国はかねてよりオレたち反乱分子にとっては親交のある国だった。クィリアダリアに恨みを持っていたからな。だが、実際に反乱行動を起こすまでには様々な要因が重なったのが事実だ」


そうしてフェンリルが語り出したのは例の反乱の真相だった。

今から既に半年前になるあの反乱は、当時彼らと友好的であったバズノクの協力の下に行われた。

目的はクィリアダリアの崩壊――。つまり、政治体系、そして悪意に満ちた大聖堂の抹殺であった。フェンリルたちはあの戦いで大聖堂を相手取り潜入し、相打ちに成ってでも大聖堂を抹殺するつもりだったらしい。


「そのために一度侵入し、騎士団をひきつけてからグリーヴァの転送魔法で移動する予定だった。いざとなればオルヴェンブルムごと爆破してでも大聖堂は破壊せねばならないと思っていた。しかしそのオレたちの予定は、お前とゲルトによって狂わされる事になった」


あの日フェンリルとグリーヴァは城壁内部に侵入し、オルヴェンブルム城壁の結界への細工と街への術式設置、そして大聖堂とリア・テイルに転送魔方陣を仕込んでいた。

だが、城落としの術式は俺とゲルトによって破壊されてしまった。それは彼らにとっては予定外ではあったが、計画そのものに実害はなかった。本来なら転送魔法からの白兵戦闘、並びに施設そのものを魔術により外界と隔絶する事による少数精鋭戦闘を想定していたのだから。

その名残がリア・テイルに仕掛けられていた転送魔方陣と、リア・テイルから騎士団をはじき出した隔絶結界である。同様のものは大聖堂にも仕掛けられていたらしいのだが、どうもあの戦闘のあとマリシアの誰かに気づかれたらしい。尤も、予備であるリア・テイルの術式は無事だったようだが。


「無関係な人間を巻き込む積もりはなかった。だが、聖騎士団が詰めているオルヴェンブルムを襲撃するのはあまりに無謀だ。マリシアという強敵を相手にしなければならないのに体力の消耗は極力抑えたかった」


「つまり、あの反乱そのものは陽動――。オルヴェンブルムから騎士団を外に出す為の物だったのか」


「勿論他にも目的はあった。ディアノイアが戦闘に干渉してくることだ。そうなればお前たちは戦場に出てくる。それはお前たちに実戦を経験させ、成長を促す……。尤も、こちらは秋斗の目的だったがな」


その意味で彼らは目的と共にし、一時的に結託した。秋斗の目的はリリアの成長、及び魔王覚醒――。彼は前線には姿を現さず、地方を転々として陽動を行っていたという。


「さっきも言ったが、戦争を起こすのは容易ではない。そもそもあの魔物の軍勢はオレたちの能力ではなかった」


「じゃあ、一体誰の……?」


「『召喚』の代用者となったのは鶴来だった。ヤツは精霊交霊術、召喚術、式神とかいう東洋の良くわからん術に長けていてな。オンミョードーとか言ったか……。とにかく召喚術に関してはプロフェッショナルだった」


「その鶴来でも、魔物は召喚出来なかった……?」


頷くフェンリル。段々雲行きが怪しくなってきた。


「元々オンミョードーというヤツには死者の魂を扱う術も存在するらしい。が、それとは全く異なるものだとあいつは言っていたな。あの術について詳しい事は鶴来に聞くのが手っ取り早いだろう。オレはあの術に関しては専門外だからな。ただ――」


「……ただ?」


「あの術の出所は、確かバズノクだったはずだ。バズノクの国王から同盟の証にと寄越されたものだったが……。あの時は大聖堂に復讐さえ出来ればそれでよかった。何も考えず、オレはそれを受け取ってしまった」


「じゃあ、魔物を扱う術を持っていたのはバズノクの国王なのか?」


「……わからん。何故ならオレたちは、一度として実際にバズノクに行った事がないからだ」


俺もゲルトも流石に目を丸くした。つまり話しはこうだ。

同盟国ではあるし、同時に決起するものの、情報のやり取りのみでお互いに接触は極力控える事が向こうの条件だったらしい。そんなものを信頼できないという話になっていた所、魔王の禁術を記した書物とそこに封印された数千のアンデッドナイトの魔法具が送られてきたらしい。

そこまで価値のあるものは滅多にお目にかかれるものではなく、それをあっさりと手渡すという事はそのままイコールでクィリアダリアに恨みがあるという事であるとフェンリルたちは受け取ったらしい。だが……。


「お前たちとの戦闘のあとも反乱は続く予定だった。しかし実際に戦場になっているであろうバズノクに駆けつけたオレが見たのは……」


「――無人の街、燃える大地……」


そして戦争は双方理解不能な状況のまま中断――。フェンリルはそれ以上戦闘続行は不可能と判断し、仕掛けた術式により好機を窺っていた。

俺たちは終結した戦争にただただ安堵していた。当然だ。あんなの初めてだった。終わってくれた事に安心して、それ以上考えなかった。

何とか暗い雰囲気を打倒しようとして明るく振舞った。皆で一生懸命学園祭もした。だが、その結果大事な事を見落としていたのかもしれない。


「……確かにあれは不自然だった。だが、あれが何者の仕業なのかはわからない。いや、そもそもバズノクという国は、いつからああなっていたのかも……」


「それはつまり……フェンリル、あんたたちが取引していたのは、バズノク国王を名乗る別人だったってことか?」


そいつは一つ国を滅ぼすほどの圧倒的な力を持っていた。そして魔王の禁術さえも手にし、フェンリルたちを戦わせた。

その目的は? あの戦争で得をしたヤツがどこにいる? あんなもの、ただ傷つけあってみんな辛かっただけの、悲しい出来事じゃないか――。

戦争が起きれば国のバランスが傾く。大聖堂もそれで黙っていられなくなった。周辺国も動き出した。世界に変革を与えるきっかけになった――。それが、目的だったというのか?

いやまて、あの戦争そのものが目的だったやつが一人居る。秋斗――あいつはリリアの覚醒を望んでいた。それも理由になるのか? だとすれば仕組んだ黒幕は秋斗――?


「お前の考えは読めている。秋斗を疑っているのだろう?」


「……あいつは関係ないっていうのか?」


「だろうな。だが、あの決戦の最中、やつは何者かと単身で交戦していたようだ」


「……? 何者かって、なんだ?」


「あいつは知っていたのかもしれないな。あの事件の黒幕を……。あの秋斗を限界まで追い詰め、敗北させたような相手がまだこの国に居るのかも知れない」


秋斗があの時俺たちの前に姿を現さなかったのは、陽動の為に各地を転々としていて何かに気づいたから? 黒幕に会ったから?

そしてやつは救世主の力でそいつを倒そうとした。でも、そいつに勝利する事は出来なかった。敗北した。秋斗ならどうする? そのあとアイツなら、どうする――?


――冬香は世界の創造主だ。その創造主を殺そうとするヤツの考えはシンプルだろうよ。創造主、つまり本の執筆を続ける冬香は世界を拡大し続ける存在だ。それが死ねば世界は潰える。


何故かそんな言葉を思い出した。そうだ、秋斗だったら絶対に追いかける。負けたら勝つまでやるのがあいつだ。秋斗は……何を知っていた?


――冬香を殺したヤツはこの世界の終わり――つまり、預言書の記述が途切れている空白の日が訪れるのを待っている。それまでは表舞台には出てくるつもりが無い、そういうヤツだ。俺はそいつを追っている……。見つけ次第、確実にこの手でブチ殺す。


待て。こじつけすぎじゃないのか。だが、不思議と納得できる。秋斗が追いかけているその人物――『世界の終わりを望んでいる人物』と、今回の件……関係があるのか?

秋斗が追いかける、『空白の日』を望む者――。冬香を殺した人物。ノックスを襲撃し、戦争を引き起こし、世界を混乱に貶め、変革を齎す何者か……。

魔王? 違う。そいつは国内にいる。クィリアダリアにいる誰かだ。もう少しで何かがわかる気がする。思い出せ……何か、引っかかっている事があるはずだ。


――敵の中に、ディアノイアの生徒だった人間が確認されたんだ。


「……あ」


――自白したわけじゃなく、倒した敵の中に生徒が混じっていたらしい。身元を査問会が洗った所、現役のディアノイア生徒だった事が判明した。


思い出した……。これは、まさか……繋がってるのか? 全部……。


反乱に何故か参加していた生徒。しかしフェンリルは生徒を巻き込むような男じゃない。そんなことは問い詰めなくてもわかる。

だったらなんであの戦場に生徒がいた? そんなの決まっている……。理由なんか、一つしかない――。


「……ディアノイアだ」


「えっ?」


思わず口元を手で押さえながら呟いた。何てこった。もしこの考えが正解なら……もしも俺の予感が当たっていれば、とんでもない事実がある。

そうだよ、もうひとつあったじゃないか。当時修理中だった古代兵器が――。あんなに身近な所に、馬鹿でかく聳え立ってた……。


「一連の事件には、ディアノイアが絡んでいる可能性がある……」


俺の言葉に二人は完全に沈黙していた。俺もそれ以上何も話せなかった。

あの学園にこれ以上何があるって言うんだ。あの学園の中の誰かが……あの事件を起こしたのか?

わからない。まだこれは推測の域を出て居ない。でも――どこか、当たり前のように納得している自分がいる。

そんな気はしていな――。そう、心の中で頷いている自分がいた……。


〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜


*古過ぎる伏線を皆覚えているのだろうか*


リリア「というわけで、謎の推理パートだよ!」


ゲルト「皆さんもこの物語の大筋がそろそろ見えてきたのではないでしょうか」


リリア「いや、しかし名探偵夏流ってカンジでまる一話つかっちゃったね」


ゲルト「伏線を覚えていなかった方々、回収が遅すぎて申し訳ありません」


リリア「わかんなかったら読み返すといいよ! そしてPV増やすといいよ!」


ゲルト「こ、こら! そんな事を言ってはだめです!」


リリア「そんなわけで、ここからいよいよラストスパート! 魔王との決戦、そしてリリアが立派な勇者になれるのか皆見届けてね〜!」


ゲルト「……なんか急にちゃんと予告みたいなセリフ言われると違和感ありますね」


リリア「それリリアも思った」

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