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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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約束の日(2)

「はああああっ!!」


リア・テイル内部にある演習場にゲルトの声が響き渡る。土の大地を蹴り、騎士はマントをはためかせながら大剣を振り被った。

体重を乗せるように振り下ろした魔剣は大地を目標を空振り、大地を討ち付ける。避けられた――しかし、それでいい。

大地に命中した刀身は影から無数の黒い刃を出現させ、目標へと迫る。しかし対峙する男は剣を素早く振り回し、その全てを切り伏せていた。


「どうした? こんなものか」


「く……っ!」


「格上相手に防御に回ったら積むぞ。今は攻撃を続けるべきだったな」


ゲルトが一瞬後退したのを合図にフェンリルは駆け出した。片手で繰り出される剣戟の嵐を大剣で防ぎ、なんとか対応して行く。


「そもそも、その巨大すぎる剣は懐で打ち合うには向いて居ない。リーチを意識しろ。普通の剣と同じように振るうのではただの剣と変わらん――」


空いている片手で魔法を練り、それを大剣に叩き付ける。衝撃は剣をゲルトの腕ごと弾き上げ、ガードは完全に崩されてしまった。

防御不能の状態にロングソードが迫る。その一撃を魔力解放でフェンリルごと吹き飛ばし、ゲルトは宙を舞う大剣を受け止めて旋回する。


「間合いを詰められたら弾き返すことを意識するのは正解だ。だが一々そうやって力を大量に放出するのでは直ぐに底を尽きるぞ」


「……言われずとも解っています! 次はもう、近づかせません!」


フェンリルを睨み剣を構えるゲルト。正直な所を言えば、あの大剣はゲルトが持つには大きすぎる。フェンリルは剣を構えながら心の中で溜息を漏らした。

ゲルトはそもそもパワータイプの騎士ではない。どちらかといえば小技などを挟み、必殺の一撃を狙って行くテクニカルタイプである。あれだけ巨大な魔剣、対人では持て余してしまうだろう。

相手が魔物である事が当然であり、自分より巨大な相手を倒す為に魔剣を必要としたゲインの世代とは用途が異なるのだ。勿論、マリシアのようなバケモノを相手にする場合や魔物を討伐する時に魔剣の巨大さは役立つだろう。普通の剣では圧し折られて終わりである。だが、こと人間と戦う事においては不向きである事は確実だった。

ゲインの力を継いでいるフェンリルでさえ、好き好んであのような魔剣を使いたいとは思わない。使いこなす事は不可能ではないが――どちらかと言えばただの刀剣の類で充分である戦闘が多いのだから。

特にこのように一対一の白兵戦闘において、ゲルトの持つ魔剣はあまり役に立つとは言えない。効果はある。だが皮肉にも相性が悪いのである。

片手で剣を構え、ゲルトはフェンリルに迫る。その剣をロングソードで受け止め、フェンリルは至近距離でゲルトと視線を合わせた。


「……止めだ、ゲルト。問題点は見えてきた」


「……問題点、ですか?」


無理をして頑張っていたのか、ゲルトは剣を下ろしたとたんに呼吸を乱しながら顔を上げた。無理も無いことである。もう何時間も模擬戦を続けていたのだから。

確かにただの模擬戦闘でも効果はあるだろう。フェンリルほどの実力者と戦う事は一分一秒単位で力を成長させていく。だが同様に疲労も蓄積するのだ。動きは後半に入り、雑になっていった。


「お前の問題点は二点。まず、剣より魔法の方が得意なくせに魔法をあまり使おうとしない。次にスタミナ不足……。尤も、スタミナ温存の為に大掛かりな魔法は温存しているのだろうがな」


「――流石に、良く見ている……。その通り、ですね。それに大して貴方は自在に魔法を操り、疲れる様子も無い……」


「当然だ。オレの得物は軽いからな。その辺の武器屋で売っているような安物のロングソードだ。持ってみろ」


ゲルトに剣を渡すフェンリル。少女は大地に魔剣を突き刺し、ロングソードを振るう。


「軽いですね」


「だろうな」


「……軽いですね」


「ああ」


二人の間にしばしの沈黙が続いた。そうしてフェンリルは剣を受け取り、鞘に収めて告げた。


「つまり、簡単に要約すると、お前にその大剣は向いてない」


「…………」


「つまり、お前に勇者は向いてない。残念だったな、ゲルト」


「…………そ……そ……っ! そんな……ハッキリ言わなくても……いいのに……」


ゲルトはその場に膝を着いて倒れた。落ち込んだ様子でがっくりと沈み、一人でぶつぶつ何かを呟いている。


「冷静に考えても見ろ。先代の勇者は両方男だったからこそその大剣だ。マリアはそんなデカブツ振り回してはいなかったぞ。まあ、リリアの方はあからさまなパワー特化の前衛タイプだからこの剣でも充分使いこなせるんだろうが……お前は剣に振り回されているカンジだな」


「はうっ!?」


「リリアは天才的にデカブツを使いこなすセンスがある。体ごと回転して敵を叩き切る動作とかは誰かに教えられたわけではなく、小柄な肉体でパワーを発揮するために本能的に悟ったんだろうな。リリアは大剣の一番のメリットである攻撃範囲、破壊力を充分活用している。が、お前は確か……大剣で突きが必殺だったな。それが悪いとは言わんが、その剣は重さと破壊力で敵を両断する為のものであって、刺すだけなら剣でも槍でも変わらんぞ」


「はううぅう……っ」


「つまり、お前にゲインと同じバトルスタイルは無理だ。お前はどちらかというと剣より魔術の才能の方があるんだからな。勇者は止めて魔術師にでもなったらどうだ」


最早ゲルトは反応しなかった。うつ伏せに大地に倒れ、しくしく涙を流していた。フェンリルがそれを見下ろしながら腕を組んでいると、遠くから鋭い殺気が迫ってきた。


「フェンリル〜〜ッ!! ゲルトちゃんをいじめたなああああっ!!」


「――ッ!?」


背後から走ってきたリリアが空中を縦に回転しつつ神剣をフェンリルに叩き付ける。防御に使用した剣が一撃で砕け、フェンリルは土の大地に両足を減り込ませた。


「もう少し手加減して教えてあげてよっ!! ゲルトちゃんは繊細な女の子なんだからっ!! ちょっとしたことです〜ぐへこたれちゃうんだよ!?」


「……ゲルト、見ての通りだ。大剣はああやって使うもんだ」


「うわあああああああんっ!! リリアちゃんの……リリアちゃんの、ばぁかあああああっ!!」


「え!? 何で!? ちょ、げ、ゲルトちゃん!?」


泣きながら走り去って行くゲルトを見送りフェンリルは溜息を漏らした後、腕を組んだまま口から血を吐いて倒れた。


「え!? 平気だったんじゃないの!?」


「平気なわけあるか、馬鹿が……。そんな火力で背後から斬りかかって来る……な……」


「き、気絶しちゃった……。お、おーい、犬〜! やーいやーい、犬! 犬犬! 犬〜……きゃあっ!?」


リリアの足首を掴み、起き上がったフェンリルが首をこきこき鳴らしながらリリアを見下ろす。上下逆様にぶら下がったリリアはしばらくジタバタもがいていたが、フェンリルが壁に投げつけると一撃で気絶してしまった。


「……犬ではない、フェンリルだ」


口元の血を拭い、回復魔法をかける。男は大きく溜息を漏らし、大地に突き刺さった白と黒の剣を眺めていた。



⇒約束の日(2)



「……で、何でこういう面子になるんだ?」


パンデモニウムとの決戦の為に、リア・テイルを空に飛ばす必要がある俺たちであったが、リア・テイルのコアと呼ばれるものが破損しているらしく、リア・テイルを操る事は出来ない状態だった。

リア・テイルを動かすリリア本人は城の中で操縦をお勉強中であるとして、俺は数名の仲間を連れてリア・テイルのコア修復の為の素材集めをする事になっていた。今日はその集合の日で、リリアが俺の為に付き添いのメンバーを選抜してくれるはずだったのだが……。

オルヴェンブルムの城門前で俺を待っていたのは涙目のゲルトだった。何やら鬼気迫る雰囲気である。その背後には腕を組んで立つフェンリル――ルーファウス先生が立っており、その隣ではリリアとアクセルが話しこんでいた。


「あ、夏流さーん! こっちこっち〜!」


お手手をぶんぶん振り回して俺を呼ぶ女王様。なんだかなあ……。

とりあえずゲルトとフェンリルには異様に話しかけづらいので、リリアの方に向かう。とりあえず今回集めるべき物とか話も聞かないとだしな。


「おはよう夏流さん。はい、じゃあこれ、女王様命令の伝令書です! そこに必要な詳しいものは書いてあるから宜しくですよー」


「お、おう……。それでまさか、今回俺と一緒に行動するのは……?」


「うん、ゲルトちゃんとフェンリルだね!」


俺は笑顔で頷き、それからリリアの首根っ子を掴んで門の影に引っ張り込む。リリアは目を丸くして首を傾げていたのだが、その『なにかあったんですか?』みたいな顔はやめろ。無性に腹が立つ。


「お前、ゲルトとフェンリルってどういう組み合わせだよ。明らかに人選ミスだろ」


「でも、今は二人は師弟関係に戻ったんだよ? フェンリルに鍛えてもらってるんだって。あとこれリリアの人選じゃなくてフェンリルが自ら志願してきたんだもん」


「フェンリルが、自ら……? じゃ、じゃあゲルトはなんで泣いてるんだ? この人選に不満があっていじけてるんじゃないのか?」


「あれは色々あって〜、なんかへこたれちゃったっていうか……」


その色々ってのが怖いんだろうが。わかってくださーい。


「とにかく、二人ともついでに一緒に行くらしいから。あ、詳しい話はフェンリルが知ってるから彼から聞いてね。あと何かあったらゲルトちゃんを守ってあげてね」


そんなことをほざくリリアと一緒に皆の所に戻る。相変わらずなんとも息苦しい雰囲気だ。


「アクセルは何してんだよ? お前も一緒に行くのか?」


「いんや、俺は俺で別任務だ。ちょっと北方大陸の方に情報収集に、な。今世界各地で色々変わった事が起きているらしいから――まあ、情報が纏まったら後で話すよ」


そうしてもらったほうがいいだろう。素人の俺には錯綜する情報や混乱した情勢を見極められない。アクセルは確かに適任だ。こういう活動に関してはプロだし。

そんな事を話しながらアクセルと別れる。アクセルは風でふわりと浮かび上がり、屋根から屋根へと器用に渡っていく。うん、適任だな。


「こんな所に! 陛下、自重してください! まだやる事は山積み、リア・テイルのメロディも覚えてもらわねばならないのですからっ!!」


「う!? マルさん……!? あにゃあ!!」


扉を開けて城から出てきたマルドゥークがリリアの首根っ子を掴んで引き摺って行く。俺は腕を組み、黙ってそれを見送った。


「マルドゥーク……苦労してそうだな」


振り返れば重い空気の二人……。だが、今回はもう一人同行者がいる。そいつは一番最後、集合時間に少々遅れてやってきた。


「遅かったな、メリーベル」


「ん……。ごめん」


ついさっきまで寝ていた様子のメリーベルは寝癖を片手で直しながら歩いてきた。なんというフランクさ……だが、お陰で助かった。こんな重苦しい空気の中というのは困る。

メリーベルもすぐにその事実に気づいたのか、欠伸をしながら俺の方によってくる。流石にあちらの二人には近づきたくない様子だ。

こいつとは一緒にオルヴェンブルムの実家に行ってやる約束をしていたが、急にこんな任務が入ってしまったので仕方が無い。申し訳ないが、任務が終わってからにしてもらおう。


「悪いなメリーベル。こっちのことまで付き合わせる形になっちまって」


「平気。リリアからも、同行を頼まれてる。どうも、そういう任務みたい」


リリアからも、となると話は別になってくる。メリーベルが必要だから呼んだ――ということになると、今回の一件に関わってくるのか。


「それじゃあ、話を進めよう。フェンリル、俺たちが集めるこの材料は――」


「ああ。それについては交易都市ティパンにある魔術教会に協力を要請してあるそうだ。オレたちの任務は現地からの輸送、およびその護衛になる」


「そうか……。にしても、あんたがそれに付き合ってくれるとは思わなかったよ。なんか城にいついてるみたいだし」


「オレも好きでここに居るわけではないのだがな。まあ、魔術教会には別の目的もある。メリーベル・テオドランド――お前の父親にな」


名前を呼ばれるとは思わなかったのか、メリーベルが寝ぼけた様子で顔を上げる。こいつ……今立ったまま寝てたな。


「話は一先ず列車に乗り込んでからだ。救世主、ゲルトを連れて来い」


「あ、おい!? 行っちゃったよ……集団行動出来ないやつだな。ほらゲルト、行くぞ!」


「はううぅ〜……」


何かショックな事でもあったのだろうか。完全に放心状態になっているゲルトの手を引いて歩いていると、隣を進むメリーベルが口元を抑えて笑っていた。確かにこれは妙な光景に違いないだろう……。

全員でティパンへと向かう列車に乗り込んだ。そういえばティパンに列車で向かうのは二度目になる。以前のケースでは、現地に着くと魔物が暴れていたりしたわけだが……。

四人で相向かいの席に座る。今回、極秘任務であることも手伝って専用車輌は用意されなかった。結果、狭い個室に四人で押し込まれてしまった。

メリーベルは率先して俺の隣に座りたがったが、これは俺でも同じだっただろう。正面に座る大小の黒衣の影は肩を並べて沈黙している。や、やりづれえ……。


「……あ、あ〜。ゲルト? そういえば、この間ティパンであった魔物の襲撃事件の時、魔術教会は何してたんだろうな? 強い魔術師がいっぱいいるんじゃないのか?」


「……わたし、その時一緒に行きませんでしたけど」


「そ、そうだっけか……」


墓穴掘っちまった。もう黙ってよう。


「今回必要になるのはどれも特殊な鉱石、素材になる。魔術教会であればストックがあるかも知れないが大人しく渡してもらえるかどうかだな」


「……国の一大事なんだぞ? 流石に渡すだろ。それともストックがないのか?」


「ストックがない可能性もあるが、あの教会の会長は偏屈で有名な男でな。名をメフィス・テオドランドという。そこの小娘の父親というわけだ」


メリーベルは特に何の反応も示さなかった。腕を組み、眠いのか目を瞑っている。まあ、こいつは夜型人間だから眠いのだろうが、父親はそんなに偉い人だったのか。

確かに兄のグリーヴァも相当の術の使い手だったし、メリーベル本人も俺の武器を作ってくれたりと色々世話になっている。父親が魔術教会の代表……まあ、それだけのことはあるんだろうな。


「お前がさっき言っていたように、魔術教会には強力な戦闘術式を使いこなす者も多い。が、連中は外部の事――この世界の人間のことになど興味はないのだ。あるのはそれぞれの術師の心の中にある興味の対象のみ……。つまり、連中は外で何があっても決して干渉はしてこないし、こちらからも出来ない」


「……それで、例の事件の時も」


「連中は世界が滅んでも国が滅んでも魔術教会さえあれば良いという考え方だからな。尤も、魔術教会は大聖堂教会から派生したものであり、大本の大聖堂が事実上解体された今、特別的な権限は失われているのだがな」


成るほど……流石先生だ。説明上手でありがたい。お陰でようやくこのメンバーである理由が少し見えてきた。

血縁者であるメリーベルに頼っての構成、か。だがメリーベルは親とは仲がよくないとも言っていた。あまり意味はないような気もするが……さて。

そんなことで沈黙の時間は続き、すっかり心が磨り減った頃、列車はティパンの駅に着いていた。駅を出るなりオルヴェンブルム以上の賑やかさが目に付く。

交易都市の名は伊達ではないらしい。むしろオルヴェンブルムなんかは宗教都市でもあり、かなり静かな印象を受ける。俺は静かな方が好みだが、たまにはこういう明るい街も悪くはない。

人ごみがいやなのか、メリーベルは眉を潜めて溜息を漏らしていた。ゲルトも流石に少しは元気が出てきたのか、肩を落としながらも自分で歩いてくる。


「魔術教会本部は街の東にある。そこまでは徒歩で行くぞ」


そう告げるなりフェンリルは歩き出す。俺たちははぐれないように後に続き慌てて歩き出した。

あちこちで人の声が聞こえてくる各機のある街の中、人ごみに飲み込まれながら歩くという感覚を久しぶりに思い出した。現実世界の街とかはこんな感じだったな……。人多っ! と思わず言いたくなる。

気を抜くと直ぐに流されていきそうになるやる気の無い女子二名の手をしっかりと掴み、俺は一人で奮闘する。フェンリルがどっちか担当してくれればいいのに、やつは一度も振り返らずに進んで行く。


「フェンリ……フェンリルッ!! せめてゲルトはあんたつれてけよっ!!」


「…………」


ガン無視ですか。そうですかくそったれ。

あちこちから聞こえてくる呼び込みの声を振りほどき、必死で突き進む。そうして悪戦苦闘が続き、ようやく魔術教会に辿り着く頃には俺一人だけ何故かぐったりしていた。


「大丈夫か?」


「あんたがいうなあんたがっ!!」


フェンリルの心の篭らない一言に盛大に突っ込んだ後、俺たちは教会内に移動した。そこは正に教会という言葉に相応しく、礼拝堂のような粛々とした空気が漂っていた。

外観からでも充分に想像出来たが、黒塗りの建造物の内側はやはり全体的に黒い。モノトーンで揃えられた教会内の全ては静かな空気と相まってどこか停滞した雰囲気を生み出している。

が、教会とは違い入って直ぐにエントランスホールがあり、奥には受付の姿がある。黒衣の研究者たちがエントランスを行き交い、俺たちの前を通り過ぎて行く。


「話はつけてある。お前が行って来い」


「だから、そこはあんたがいけよ……。仕切ってるのあんたなんだから」


「正直、メフィスは十年前から苦手だ。魔術教会も出来れば立ち入りたい部類の場所ではないからな」


腕を組みながらそんな事を言うフェンリル。相変わらずつれないやつだ。仕方が無い、全員を代表して俺が受付に声をかけた。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


メガネをかけたスーツの男が作り笑いと共に話しかけてくる。何だか微妙に気分の悪い話し方だ。

とりあえずディアノイアからリア・テイルのコア修復パーツを受け取りに来たという事、事前に話は通してある事を告げた。受付の男は何やら電話の受話器のようなものを手に取り、誰かと言葉を交わしているようだ。


「電話……? この施設には電話があるのか」


「お待たせいたしました。最上階、メフィス・テオドランド代表の部屋でお話を窺うそうです。右手にある四番のエレベータで最上階に向かってください」


男の指し示す方向を見ると、そこにはちゃんとエレベータの形をしたものがあった。デザインはどうにもファンタジーチックだが、間違いなく機械で動くアレ荷しか見えない。


「それと、こちらのゲストカードを身に着けてください。こちらがなくなりますと、監視カメラが反応し侵入者を迎撃する仕組みになっております」


胸にピンで取り付けるタイプのゲストカードを受け取り、俺たちは全員それを装備した。そのあとさらに『中で見聞きした事を外部に漏らさない』とか『死んでも保障しない』みたいな書類凡そ二十種類にサインをし、ようやくエレベータに向かう事が出来た。

もうこの時点で俺としては結構気分がげんなりしていた。何だか嫌な雰囲気の施設だ……。おどろおどろしい印象は無く、むしろ綺麗な所なのだが、なんだか生きた心地がしないというか……。

エレベータに乗り込みゲストカードを翳すと最上階に勝手に動き出した。どうも、他の階には降りられないようになっているらしい。ゲストカードにあらかじめ目的地がセットされているわけか。


「はあ……。ここ、何度来ても肩が凝る」


「肩が凝る、程度で済むお前は充分立派だよ」


「言ったはずだろう? 出来れば入りたくない類の施設だと」


三人でそんな事を語っている間にもゲルトは落ち込んでいた。一体何がそこまでゲルトを落ち込ませているのかわからないが……。うーむ。

最上階に到達すると、そこには短い直進通路があり、直ぐに大きな両開きの扉が構えていた。勿論白黒である。扉をノックすると中から枯れた男の声が聞こえてくる。仕方が無い、立ち尽くすわけにも行かないので扉を開いて中に入ることにした。

そこに広がっていたのは巨大な図書館のような何かだった。しかし同時に研究施設でもあるらしく、研究資材が乱立している。というかいやいや、待て。ここはどこだ? こんなに巨大だったかこの建造物? この部屋だけで図書館一つ分くらいあるんじゃねえのか? 物理的に無理があるだろうこれ。


「……ふむ。君たちが現代の勇者部隊――。何やら見覚えのある顔もあるようだ。懐かしさを覚えずには居られないな」


奥まった場所に在る執務机にかけていた初老の男は立ち上がりこちらに近づいてくる。成るほど、確かにグリーヴァに似ている。白髪交じりの黒髪をオールバックに固め、メリーベルのものにも似た黒い装束を身に纏っている。この男が錬金術師にして魔術教会代表、メフィス・テオドランド――。


「ルーファウスか。懐かしいな。何年ぶりかね? 君が学園の教師になると言って出て行った頃だから……八年ぶり、か」


「……ご無沙汰しております、メフィス。今日は彼らの付き添いと――個人的な用件が一件」


「君が個人的な用件で私を頼る時はろくな事が無いのだがな……。ふむ、まあ良いだろう。女王マリアの死、そして新たな女王にリリア・ライトフィールドが就任した事ならば耳にしている。あの小さな少女だったリリアが女王とは、時の流れは速いものだな」


「そのリリアと同い年、ゲインの娘ゲルトが彼女です」


フェンリルが肩を叩くとゲルトが顔を上げる。近づいてその顔を覗き込み、メフィスは口元を僅かに緩めて笑った。


「ほう。確かに両親の面影があるが……君は母親似だな。ミュリア君は元気かね?」


「え? あ、は、はい……恐らくは、ですが」


何故かその名前を耳にしてゲルトの表情に影が差した。良くわからずにただ話を聞いている俺とは違い、それだけでメフィスは何かを感じ取ったようだ。


「その話は置いておくとしよう。さて、確かリア・テイルコアの修理の件だったな。かけたまえ。立ち話にするには少々長引く」


挨拶もまだだというのに一人で勝手に納得して一人で話を進めてしまっている。完全にメフィスのペースだ。まあ、話が進むのは悪い事じゃないんだが。

にしたって自分の娘を完全無視とはこの人どういう性格してるんだ。メリーベルも気にしない様子で普段通りの態度のまま椅子に座っている。


「さて、リア・テイルコアの修復には様々なものが必要になるが……単刀直入に言おう。全てが現時点で揃っているわけではない」


「……足りないものがあるんですか?」


「そうなるな。ん――? 君、どこかで会った事がある気がするのだが……名はなんと?」


「あ、申し送れました。本城夏流と言います」


「ホンジョウナツル……? さて、どこかで聞いた名だが……まあ良いだろう。君の様子から察するに君と私は初対面のようだ。君も気にしないでくれたまえ」


「は、はあ」


本当に自己完結の早い人だな。


「足りない素材というのは、コアそのものの情報集積体と同時にボディも成す、『オリハルコン鉱石』。さらには情報の伝達回路と同時にエネルギーの出力強化に使用する『ミスリル結晶』。飛行推進エネルギーを無限発生させる永久機関、『ドラゴンオーブ』。それと最後にこれは素材ではないが、リア・テイルを動かす為の『白夜の鍵』というものが必要になってくる」


な、なんか色々足りないんだな。鍵っていうのは、プロミネンスシステムを起動するのに使ったあの『天照の鍵』と同じようなものだと推測できるが、残りのものは全然なんだかわからん。


「オリハルコン鉱石、ミスリル結晶はこちらのほうでも時間をかければ用意は出来る。しかし『ドラゴンオーブ』だけは入手困難だと考えられる。あれはそもそもこの大陸には既に存在しない代物だからな」


「それじゃあ、一体どうすれば……」


「結論を急ぐな、本城夏流。私はまだ不可能であるとは口にしていない。ただ『難しい』だけでな。手段がないわけではないが、もう暫く準備には時間がかかる。魔術教会が抱えている宿屋があるので、君たちはそこで少し待っていて欲しい」


まあ、そういうことならば急いでも仕方が無い。こっちがどうにかできる問題でない以上、メフィスを頼るしかないのだし。

そんなわけで撤退になるかと思いきや、何故か突然ゲルトが立ち上がりメフィスに詰め寄った。


「あ、あの……っ! お願いがあるんです!」


「ふむ……何だね? ゲルト・シュヴァイン」


「あの……。その……。この、魔剣……フレグランス、なんですが」


ゲルトが軽く掲げたのは魔剣フレグランス――彼女の愛用の大剣だ。勇者ゲイン、亡き父より受け継いだ高い能力を持つ特殊武装。


「このフレグランス――打ち直して貰えませんか!? 大剣ではなく……その、扱いやすい大きさに……」


ゲルトの表情は真剣だったが、俺たちは完全においてけぼりをくらっていた。フレグランスを扱いやすい大きさに打ち直す……。一体どういう流れでそうなるんだ?

というか、ゲルトはあの魔剣にかなり拘っていたと思ったのだが、彼女はそれでいいのだろうか? 思わず息を呑んで様子を見守っていると、メフィスは剣を手に取り、何やらじっと刀身を眺めていた。


「これは私の過去最高傑作の魔剣だ。打ち直すと言う風に簡単には行かないな。それに私は自らの製作物に愛着と誇りを持っている。定めた形を歪めるなど、自分の道に対する冒涜に他ならない」


「…………そう、ですか」


ゲルトはしょんぼりと肩を落してしまった。まさかずっとここにくるまで魔剣の事を考えていたのか? いや、ゲルトなら在りうる……ずっと魔剣を打ち直していいのかどうか、悩んでいたのだろう。

だが製作者が無理だと言っている以上無理なのだろう。というかこいつがフレグランス作ったのか。そんな事を俺が一人で考えている時だった。


「――――だったらあたしが打ち直す」


俺の隣に座って黙り込んでいたメリーベルが魔剣を手に取り、鋭い目つきで父親を睨みつけていた。


「あんたには頼らない……。あんたの力を借りずとも、あたしがこの魔剣を超えてみせる」


「……メリーベル?」


どうも俺の声は聞こえて居ない様子だった。腕を組み娘を睨む男、メフィス。二人の錬金術師はにらみ合い、お互いに一歩も引こうとはしなかった。


〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜


*なんとか卒業シーズンまでには仕上げたいのだけれど*















ゲルト「あれ? 誰もスタジオにきていませんが……今はディアノイア劇場の収録中では……?」


ゲルト「…………リリアが来ませんね。まあ、わたしも遅刻したのですが」


ゲルト「…………」


ゲルト「……………………」


ゲルト「リリアが来ない……え? リリアから手紙を預かっている? 何何……。ゲルトちゃん、今日は一人で頑張ってね。本編で色々忙しいので、今日は帰ります……って、来ないんですか!?」


ゲルト「えーと……その、えーと……」


ゲルト「次回に続く!」



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