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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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嘆く魂の日(3)


「撤退命令!? 一体どこから……!?」


近づく魔物に魔法を連射し一掃しながらマルドゥークが振り返る。背後では大型の龍の首を一撃で刎ね飛ばしたエアリオが回転しながら着地していた。


「恐らく、女王の判断ね。でもきっと間違ってはいないわ〜。この場所にこれ以上長く居るのは危険性を上げるだけだもの〜」


二人は同時に上空のパンデモニウムを見上げる。水平線の彼方には真紅の輝きが集い、プロミネンスの炎はこの地へと向けられている。

トリガーを握っているのがアイオーンである以上、先の大戦時のように味方を巻き込むような扱いはしないだろう。しかし上空のパンデモニウムの力は未知数――。収束する膨大な魔力はよくない未来を想像させるには充分過ぎた。

周辺では魔物と聖騎士団の戦いが続いている。戦力の稼働能力は半分以下にまで落ち、既に聖堂騎士団は壊滅状態――。生き残った聖騎士団と魔物の戦いとなりつつあったが、パンデモニウムより飛来する魔物の数は一向に衰える気配が無い。

大地に穿たれた巨大な鎖を橋渡しに魔物は次々に降りてくる。倒しても倒してもキリがない、終わりの見えない戦いに誰もが疲弊しきっていた。


「さぁ、生き残った聖堂騎士を連れて撤退しましょう。マルドゥークは撤退の指揮を執って」


「姉上は!?」


「わたくしは魔物の足止めを引き受けるわ。大丈夫よ、無理はしないし……それに――」


背後から近づく暴走したマリシア兵目掛け、エアリオの十字架がたたきつけられる。哀れな肉片となったマリシア兵を蹴り飛ばし、十字架の槍を頭上でぐるりと回転させた。


「まだまだ若い子には負けないもの〜」


「……流石ですね、姉さん。では、殿は御願します」


エアリオに背を向け、後退して行くマルドゥーク。それを振り返って見送り、エアリオは額の汗を拭って振り返った。

鎖から降りてきた魔物の群れが正面に迫っていた。数百の黒い群像を眺め、騎士はにっこりと微笑む。


「十年前に比べたら大したことないわね〜。せめて鎖の一本や二本は、貰っていかなくちゃ割に合わないもの〜」


十字架を頭上から大地目掛けて振り下ろす。光の魔力が収束し、十字架の先端部分三方向に巨大な光の刃を構築する。超巨大な十字架となった槍を肩に乗せ、騎士は一人笑顔で魔物を迎え撃つ……。

その時だった。パンデモニウムが大地に繋いでいた鎖が激しい地鳴りと共に引き抜かれて空を舞う。その鎖は引き抜かれた衝撃でエアリオに迫ったが、飛んで来た巨大な鎖を槍で打ち返して砕き騎士は空を見上げた。


「パンデモニウム……撤退するつもりかしら〜?」


大量の魔物の襲来、大聖堂と聖騎士団の戦闘……。激しい戦いの影響でケルゲイブルムには最早民間人の姿はなかった。

それだけではない。撤退が一斉に始まり、命ある存在は次々に街を出て行く。アクセルは妹のレンを背負って走り、リリアは騎士や執行者などを背負ったり両脇に抱えたりしながら走っていた。


「リリアちゃん、一体何往復するつもりなんだ!?」


「生きてる人を全部ケルゲイブルムから出すまでだよ!」


「全く、君ってやつは……! 解ったよ、最期まで付き合ってやる! 女の子にばっかり力仕事させるわけにもいかないだろ!?」


「アクセル君……。あ、でも今と成ってはリリアの方が力持ちだと思うよ?」


「そういう悲しい事言わないでくれる……? ほら、俺は風で運べるしさ……君より効率いいと思うよ」


「あ、そっか! アクセル君、頭いいね〜。よし、それじゃあもうひとふんばりだよ! 少しでも多くの命を助けなくちゃ!」


二人が街の外に走る最中であった。屋根の上から黒い影が飛び降りてくるのが見えた。正面に見据えたその姿に二人は見覚えがあり、急ブレーキをかけて停止した。

振り返った男は冷たい表情で二人を見詰める。リリアは剣を抜こうとはしなかった。男……フェンリルも剣を抜く事はしなかった。

三人は必然的に無言で見詰め合う。リリアは抱えていた騎士たちをアクセルに預け、前に出る。


「フェンリル……? この街は今なんだか危険なんです! 早く逃げてください!」


「…………ああ、解っている。だが……」


フェンリルは歯切れ悪く視線を反らす。見ればフェンリルの両手は血に濡れていた。彼が負傷しているわけではなかった。彼が抱えている者が血塗れであるだけで。

リリアは彼が抱き上げているものがなんであるのか一瞬理解出来なかった。立ち尽くし、そして弾かれるように駆け出した。フェンリルが抱えていたのは死体だった。体中から生気を失い、冷たくなっていく友だった者に駆け寄り、その手を握り締めてリリアは理解する。

その手は急速に冷たくなりつつあった。瞳を閉じ、眠っているようにしか見えない綺麗な顔立ちの直ぐ下、喉は切り裂かれ全身の黒い鎧は血に染まっていた。手足は妙な方向へと傾き、結われていた髪は解かれ血を滴らせながら揺れていた。

顔を上げる。フェンリルは何も言わずに目を閉じた。リリアは何の表情も浮かばせなかった。ゲルト・シュヴァインは死んでいた。その事実だけはもう絶対に変わらない事を彼女は知っていたから。


「……リリアちゃん」


「――走ってください」


背後にいるアクセルに少女はただ告げた。戸惑うアクセルにもう一度同じ言葉を叫ぶと少年は頷いて街の外へと駆けて行く。

残されたリリアはフェンリルの腕からゲルトの身体を受け取った。そうしてゆっくりとその場に膝を着くと、眠るゲルトの頬に自らの頬を止せ、涙を流した。


「ゲルトちゃん……」


「…………謝るつもりは無い。だが、オレがもっと早く駆けつけていれば救えたのは事実だ。お前には、オレを恨む権利がある」


フェンリルの言葉を聞きもせず、リリアは神剣を大地に突き刺し空いた両手をゲルトの身体に当てた。そうして歯を食いしばり、全身全霊全ての力をそこに収束させた。

それは回復魔法のようであった。しかしそれが無駄であることをフェンリルは知っている。瀕死の人間とは異なるのだ。もう完全に生命活動が停止している命を蘇らせる回復魔法などこの世には存在しない。


「……無駄だ。失った命を蘇らせる事は出来ない」


「少し黙ってて下さいッ!! 私は……ッ!! 私はッ! 貴方みたいに簡単に諦めたりなんかしないッ!!」


何度も何度も魔法をかけ直す。繰り返される癒しの光は周囲を明るく照らし上げ、しかし無慈悲にもゲルトが目を覚ます事はない。

その姿にフェンリルは目を瞑り、そして片膝を着く。そうして自らもゲルトに手を当てると回復魔法を発動した。


「……フェンリル?」


「――無駄だと解っている賭けに乗りたくなる事もある」


「…………っ!!」


目を閉じる。リリアの中を流れるのは様々な思い出。何も、相手を必要としているのはゲルトに限ったことではない。

ゲルトと同じだけリリアはゲルトを思って来た。いつでも二人は一人だった。同じ目的を持ち、同じ魂を分かち合ってきた無二の存在――。

もしも二人が互いの背をあわせたのならばその魂の形はピッタリと一つに重なり合う形をしているだろう。指を重ね、温もりは共有されるだろう。そういう形、心、姿で生きてきた。

だから絶対に失うわけには行かなかった。運命などという言葉で全てを投げ出したりしない。自分の生きる世界は、自分自身で選び抜いてみせると――。


「駄目だ……。こんなんじゃ足りない……っ! こんなんじゃ救えない! 守れない!! 何もかも――!!」


自らの両手を見詰める。ゲルトを守れないのならば何も守れないのと同じ事だ。どんな事をしてでも絶対に救いたい――! 強い願いを心の中に描く。

もう、何も出来ずに涙を流すのはうんざりだ。もう、何かを守れずに嘆くのはうんざりだ。同じ嘆くのならば、同じ涙を流すのならば、一人ではなく二人がいい。

だから、どんな事をしてでも救わねばならない。それがたとえ神の意思に反するような、禍々しい行いだとしても。それがたとえ――誰にも認められない事でも。


「私は――ッ!! ゲルト、貴方を守りたい! 貴方を救いたいッ!! だから――だからっ!! お願い、死なないでっ!! ゲルトォオオオオオオオオオッ!!」


空に慟哭が響き渡る時、リリアの身体は光を放った。その輝きの最中、フェンリルは後退する。リリアを中心に凄まじいエネルギーが収束しているのがはっきりと感じ取れた。


「これは……!? パンデモニウムの集めた魔力まで吸収している、だと――!?」


光は集い、リリアの神を銀に染め上げて行く。大地に魔方陣が浮かび上がり、少女の背には光の翼が広がって行く。

神々しいその光景の中、フェンリルは眩い光に目を細めながら耐えていた。膨大な魔力は周辺物を吹き飛ばし、フェンリルもその煽りを受けて倒れてしまいそうだった。

空に光の柱が立ち上る。それはこの戦いの終わりを告げる合図のように雲を切り裂き雪を吹き飛ばして行く。渦を巻く風は光の柱を舞い、雪の欠片は輝きを受けて光ながら導かれ、渦を描きながら飛び散って行く。


「何だ、この魔力は!?」


この戦場にて唯一、最後の最後まで決闘を続けていた二人の救世主も街から立ち上った光の柱に同時に振り返った。その隙に秋斗は背後に跳躍し、壊れた外壁の上に飛び乗る。


「夏流……勝負は預ける。今はリリアの所に行け」


「何だと?」


「勘違いするんじゃねえよ。 アレは新しい冬香の器になる大事な存在だ……! 俺様は嫌われてるらしいからな。テメエが守りやがれ」


「待て秋斗っ!! おいっ!!」


「今度は守りぬけよ、夏流! それがテメエの義務だっ! 俺様はそのテメエの想いを砕きに行く! お前が守るリリアを奪って初めて意味を成す……! じゃあな、夏流! 次に会う時は――容赦しねえっ!!」


「秋斗っ!!」


夏流の声に背を向けて走り出す秋斗。上空ではパンデモニウムが移動を開始していた。夏流は背後の光の柱を目指して走り出し、聖堂はついに空となった。

移動するパンデモニウムの存在を察知し、ディアノイアではアイオーンたちがその映像を眺めていた。アイオーンが小さく欠伸をしていると彼女たちの背後に転送魔方陣が浮かび上がり、鎧を脱いだ姿のアルセリアが姿を現した。


「おや? 君が鎧を脱いでいるのを見るのはいつぶりかな」


「アイオーン、パンデモニウムが移動を開始しました。プロミネンスカノンで狙撃します」


「――――良いのかい? 無許可でパンデモニウムを撃墜して」


アルセリアという名の少女は小さな体で浮かび上がり、アイオーンの傍らで足を組んで無表情に告げる。


「許可など誰に取れと言うのですか、アイオーン? やるべき事は明白なのですから、後は成すのみです。十年前もそうしたのですから――後は、あれが滅べば全ては終わる」


アイオーンが鍵盤に触れて居ないというのに鍵盤は勝手に旋律を奏で始める。アイオーンが眉を潜め振り返る視線の先、アルセリアは無表情にプロミネンスカノンの狙いが定めるモノを見詰めていた。


「……プロミネンスカノン発射準備完了。いつでも砲撃可能です」


「――――仕方が無いな。目標、魔王城パンデモニウム!! プロミネンスカノン――発射!!」


アイオーンが鍵盤を叩くと同時に巨大な塔の砲身に蓄積されていた力が一斉に放出される。それは津波のように何もかもを押し流し、物体と言う物体全てを瓦解させながら光の矢を描き飛んで行く。

パンデモニウムではレプレキアが瞳を揺らしていた。プロミネンスカノンは発射された。仲間の撤退を待たずに――。

結界魔方陣を発動する事は出来ない。まだ、周囲には自軍が残っている。それだけではない。このような大量破壊兵器で戦いに決着を付けることなど、レプレキアは望まなかった。

障壁魔法が展開される。しかしそれはプロミネンスカノン同様に低出力によるものだった。大空を切り裂いて空を朱に染めながら飛来する閃光の刃がパンデモニウムに命中した時、膨大なエネルギー量が四散して空を、大地を、海を砕いて行く。

ケルゲイブルムの街は燃え、その最中を走る夏流の叫び声も轟音に掻き消されていく。光の柱に辿り着いた救世主の傍、剣を携えたリリアが駆け寄ってくるのが見えた。


「――――ッ!!」


リリアの名を叫ぶ。少女は光の翼を広げて剣を振るう。結界に弾き飛ばされて街に突き進んできたプロミネンスの光を神剣で両断し、叩き伏せて少女は振り返った。


「夏流!! 走ってっ!!」


至近距離、息がかかりそうな距離にまで顔を近づけてようやく声は届いた。二人はそれ以上言葉は交わさなかった。リリアが背後で街を焼き尽くすプロミネンスの光を神剣で引き裂きながら後退する中、夏流は前を走るフェンリルを追いかけて行く。

フェンリルの腕の中にはゲルトの姿があった。状況が飲み込めていた夏流であったが、今は立ち止まる余裕も無い。何度もリリアを振り返り、少女が剣を振るう姿に拳を握り締める。

リリアの背中はぼろぼろだった。傷つき今にも倒れそうな少女は自ら最後尾に立ち、おぞましい破壊から仲間を守ろうとしていた。救世主は振り返る。よろけるリリアの身体を背後から支え、神剣に自らの手を添えた。

二人は見詰めあい、それから剣を空に掲げた。光の結界は勇者と救世主だけではなく、町から逃げ草原を走る騎士たちにも効果を齎す。

全ての命を守る大防御結界が地上で展開する中、パンデモニウムはプロミネンスの攻撃を受けて後退していく。撃墜する事はままならなかったが、パンデモニウムには甚大な被害を与えていた。

揺れる城の中で叫ぶレプレキア。その叫びの対象となる者はディアノイアの中、遠ざかるパンデモニウムの姿にただ目を閉じて時を受け入れていた。



⇒嘆く魂の日(3)



「――――うっ」


全身が痛い……。

一体何がどうなったんだ? 確か、何だか良くわからんがビームみたいなのが飛んできて、パンデモニウムが後退して……。それで――。


「リリアッ!? いだっ!?」


「はうっ!?」


どうやら意識を失っていたらしい。慌てて飛び起きると、そこには何故かリリアの顔があって俺はリリアの額に思い切り頭突きをかましてしまった。

二人して悶えていると、ようやく自分の状況を知る。そこは草原の最中だった。だが、周囲では傷ついた騎士たちが休息を取っているように見えた。

戦いは終わったらしい。横を向けば、草原を切り裂いて燃やしながら突き進んできた何かの痕跡がはっきりと見て取れた。パンデモニウムの姿も無い……。ケルゲイブルムの街も、原型をとどめてはいなかった。

決着はついた。だがしかし、得られた者はなんだったのか。考えれば考える程解らなくなりそうで俺はもう一度目を閉じた。


「はううう……。何故に頭突きするんですかぁ……? 不良さんですか……?」


「何故そうなる……。というか、お前は何故俺を覗き込んでいる」


「何故って……それは、膝枕しているからですよ?」


一気に意識が覚醒した。膝枕、だと……? 何故そんな事をリリアにされねばならんのだ。

思わず飛び起きると、再びリリアに頭突きをかましてしまった。額を抑えて泣きそうになっているリリアの表情を見ていると流石に悪い事をしたような気がしてくる。


「何でいじめるんですか!? DVですか!?」


「違う! なんだDVって!? お前意味知ってんのか!?」


そんなやりとりが暫く続き、流石にもう意識もはっきりしたので起きる事にした。リリアのお膝から解放されて立ち上がるが、余りにも全身が痛くてやはり座る事にした。

俺たちが居るのは大きな木の下だった。他の木の下でも騎士たちが休んでいるので目立たないが、冷静に考えれば女王と二人きりでこんな所にいるとは本来ならありえない事だ。

ふとリリアに視線を向けると俺を見詰めて微笑んでいた。何だかその大人びた表情が妙に腹立たしく、額を小突いた。


「俺たちは助かったのか?」


「うん。聖騎士団の半分近くは戦闘不能だけど、皆頑張ってくれたから死者はそこまで多くないよ。それに――聖堂騎士団の人も結構助けられたし」


そういえば、聖堂騎士団と聖騎士団、両方の甲冑の姿が見える。勿論聖堂のほうは少なかったが、それでもよくここまで救えた物だ。

しかし、一体何をぶっぱなされたんだ……? あんな大魔法、そう簡単に撃てるものではないだろうし……。よくわからない。魔王軍もどうして撤退したんだ? いや、そもそもどうして魔王軍はここを攻めたんだ?

ああ、そういえば俺成り行きで参戦したけど全然戦う意味とかわかってなかったんだ。これじゃあ流石に何も解らなくても仕方が無い、か……。少し、でしゃばった事をしてしまっただろうか。


「リリア、信じてたよ」


「……ん?」


立ち上がり、リリアは俺に背を向ける。風と光を浴びて輝く銀の甲冑は美しく、俺は思わず眩しさに目を細めた。


「夏流はやっぱりすごいよ。リリアが困ってると、いつでも助けに来てくれる……。うん、やっぱり救世主様なんだね」


「そんな事はないさ。たまたま間に合っただけだ。それに……お前には負けるよ、リリア。大したもんだよ、お前は」


振り返ったリリアは嬉しそうに笑っていた。大地に突き刺したままの剣を引き抜き、リリアは息を付いた。


「さて! 女王様のお仕事をしなきゃね。騎士団の様子を見てきます! ごめんね、傍にいてあげられなくて」


「傷は大したことないから気にするな。秋斗ヤツの攻撃なんぞ痛くも痒くもねえよ」


「……それって男の子の意地ですか?」


「――――。いいからとっとと行っちまえ、あほ」


リリアは口元に手を当てて笑い――それから駆け出した。遠くでリリアがすっころぶと周囲の騎士たちが慌てて起こしに行っていた。なんだかんだでいいバランスで女王やってるのかもしれない……。

遠ざかって行く彼女の姿を見送り、木に背を預けて溜息を漏らした。なんだか疲れた……。もう休んだら俺も仲間の様子を見に行かなければな。リリアばっかりにやらせるわけにはいかない。まあ、怪我人見つけても役に立たない、魔法の才能がない俺なのだが。

そういやあいつ、最近敬語抜けてきたな……。そんな事をぼんやりと考えながら青空を眺める。暫く休んだ後、俺は草原を歩き出した。

しばらく歩いていると嫌でも目立つ奴を視界に見つけて駆け寄った。フェンリル――。仮面はもうつけて居ないようだったが、一応俺たちの敵である男は眠るゲルトの傍らで何やら難しそうな顔をしていた。


「あんたも参戦していたとはな。意外だったよ」


振り返ったフェンリルは俺を見るなり近づいてくると、誰にも声が漏れないような至近距離で囁いた。


「――リリアのあの力はなんだ?」


「……あの力?」


「……あれは、人間の領域を凌駕している。お前は……リリアの力の意味を知っているのか?」


訳が判らない事を言われ、俺は身体を離した。力? 人間の領域を凌駕……? 一体何の話をしている?


「……ゲルトの身体を見てみろ」


俺は言われたとおりゲルトに歩み寄った。疲れて寝ているのだろうか? 怪我している様子は特に見られないが――アーマークロークが酷い事になってるな。返り血だろうか? 凄まじい量の血が染み込んで赤黒く変色している。

すやすやと寝息を立てているゲルトの額に触れる。特に問題はないようだが――これがどうしたっていうんだ?


「お前にはどう見える」


「どう、って……ドロドロに汚れてるな……いや、無傷? かすり傷一つないな」


「…………ああ、その通りだ。かすり傷一つ無いまでに回復したのだ。死に掛けた――いや、あれは確かに死んでいたというのに」


振り返る。一体何を言っているのかは良くわからなかったが、何やら一人で考え事をしているようだ。ほっとくのが一番かもしれない。


「あんた、ゲルトを助けてくれたんだろう? 感謝するよ。正直、あの時はゲルトにまで手が回りそうにもなかったしな」


「……ふん。助けたわけではない。だが――もう少し面倒は見てやる。個人的に、少し経過に興味があるのでな」


何だか変な奴だ。考え事の所為か、妙に大人しいし俺のことなど眼中にないと言った様子か。にしても、無傷で勝利してくるとは流石ゲルトというところか。

そういえば、リリアのやつも完全に無傷だったな。あいつは確か秋斗に少しボコられたはずだったが……。まあ、ご自慢の超回復で治してって事だろうか。

つーかだったら俺も治してくれればよかったじゃねえかあの野郎……。まさか、俺が気絶してるのを見ていたくてわざとかけなかったんだろうか……?

まあ、そのへんはどうでもいいか。実際大した怪我はないのだから。俺も秋斗も実力は拮抗していた。お互い決め手を出す事が出来なかったのだから、大ダメージは無くて当然だ。


「それじゃ、ゲルトの事は任せていいんだな?」


「ああ。任されよう」


「……拉致るなよ?」


「そんな事はしない。もうそんな必要もないしな」


どういう心境の変化なのか……まあ、リリアがゲルトを預けている以上信頼は出来るのかもしれない。リリアはなんというか、そういう洞察力は鋭いからな。

動物的な勘とでもいうのか……犬力というか。ああ、そういえばこいつも犬呼ばわりされていたか――。どうでもいい事を考えながらその場を後にする。

次に向かったのはマルドゥークのところだった。傍にはエアリオ、それにブレイドとメリーベルの姿もあった。俺の姿を見つけると彼らは同時に手を挙げて俺に応えた。


「おー! ニーチャン無事だったか!」


「お前どこで何やってたんだ、ブレイド?」


「んー? 魔物と戦ってたけど、ぶっちゃけすげえ乱戦で自分がどこにいるのかもわかんなかったよ。でも、マルニーチャンに拾われて何とか助かったけどね」


「その、マルというのはどうにかならんのか」


「あらあら? 可愛いじゃない、マルちゃん〜」


「姉上!!」


何やらまた一人で熱くなっているマルドゥークを他所に俺はメリーベルの肩を叩いた。どうやらまだ気持ちは沈んでいるようだったが、俺の顔を見てメリーベルは笑ってくれた。


「……大丈夫か?」


「うん、平気。泣いていても、仕方ないからね。それより……ありがとう、ナツル。お陰で少し、前に進めると思う」


「そうか」


グリーヴァ・テオドランド……メリーベルの兄貴を俺は倒したんだ。残念だけどもう彼は蘇らない。今度こそ本当にお別れだ。

それはメリーベルにとって特別な意味を持つのだろう。彼女の人生の目標は一つ消えてしまった。俺はそれを補ってあげる事は出来ないし、あとは彼女がどうやって自分の問題を処理していくかだ。


「……ナツル、後で付き合ってもらいたい所があるんだけど」


「どこだ?」


「……オルヴェンブルムの実家。兄さんの口ぶりでは、多分……」


「多分?」


「ううん、行けば解ると思うから。一人で行くべきなんだろうけど……勇気が無くて」


俯き加減にそう呟くメリーベルの頭を撫で、俺は精一杯明るく笑ってみせる。


「大丈夫だよ、一緒についてってやるから」


メリーベルはくすぐったそうに片目を閉じ、それから明るく笑ってくれた。

戦いは終わった。でもそれは一つの戦いが終わったに過ぎなかった。これからやらねばならないことは山積みだ。まだ、終わったわけではない。

未来に起こるであろう『空白の日』……。俺は、俺に出来る事をやらねばならない。リリアと、この世界を救う為に。

たとえその所為で……かつての友達と戦う事になったとしても。

仲間たちと話していると、遠くからアクセルが手を振っているのが見えた。どうやら俺がリリアに何も言わずとも問題は解決したらしい。アホ面のアクセルに手を振り替えし、駆け寄る奴とハイタッチをして俺はこの戦いの区切りとした。

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