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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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嘆く魂の日(2)


「プロミネンスカノン……。まさか、また……同じ過ちを繰り返す積もりなのか……」


山の上から一人、フェンリルはパンデモニウムを見上げていた。

パンデモニウムが展開しようとしているのは超広域に作用する強力な結界魔法である。しかし結界魔法とは名ばかりに、その術が発動すればケルゲイブルムは跡形も無く消滅するであろう事はわかっていた。

魔王城周辺数十キロ範囲に超高圧の空間湾曲を発生させ、外部からの攻撃を次元的に隔絶し、弾き飛ばす防御魔法――。それが発動すればパンデモニウムの真下にあるケルゲイブルムで戦う全ての者が跡形も無く消滅する。

それは、十年前にも見た光景だった。パンデモニウムを討つ為に使用されたプロミネンスカノン――。それの一撃は北方大陸に直撃し、大陸全土に強い影響を齎した。

北方大陸の冷たく固い大地を砕き、地形を変化させ、国を焼き、大気を汚染し、ザックブルムは人の住めぬ地となった。そのプロミネンスの一撃を浴びたのは魔王軍だけではなかった。その戦地に向かっていた聖騎士団、そして――勇者部隊でさえ巻き込み、全てを焼き尽くした。

その恐怖、そして目の前で滅ぼされていく仲間たちの姿はフェンリルの瞼にくっきりと焼き付いている。今でも震える肩を抱き、男は冷や汗を流しながら過去に想いを馳せていた。

一人戦い続けたフェイト。そしてそのフェイトが守ろうとしたものは自軍だけではなかった。プロミネンスカノンの脅威からザックブルムの兵士たちも守ろうとしたのである。

しかし、その大陸の半分以上を焼き尽くす炎から誰一人逃れる事は出来ず、その場に居た命は全て灰燼と化した。一人で魔王と決着をつけに走るフェイトを止める事は誰にも出来なかった。

あの日、フェンリル――ルーファウスという男に出来たことと言えば、ただその炎に焼かれて身を滅ぼす事しかなかった。パンデモニウムは結界魔法を発動しようとはしなかった。自国の軍ごと全て薙ぎ払う魔法を発動するくらいならば、自らもまた炎に焼かれて命を絶つ――。それが魔王の選んだ最期であった。

ゲインの叫び声を覚えている。聖騎士団、魔王軍全てが同時に防御魔法を展開した。ゲインもフェイトも炎に立ち向かった。しかし、全ては手遅れだった。

魔王と勇者が決着を付ける中、ゲインは一人引き返し、プロミネンスシステムから彼らを守ろうとした。しかし皮肉にも守られたのはゲインと一握りの人間だけ――。気づいた時フェンリルが見たのは、駆逐された魔王城だけであった。


「オレは……っ。オレは、また……っ」


震える男の背後、異国の剣士が立っていた。長い黒髪を揺らし、フェンリルの背を叩く。


「……行かないのか?」


「……鶴来」


「君は強くなった。あの頃の君とは違う。ゲインの死を見届ける事しか出来なかった君と、今の君は。ならば、今の君にならば出来る事があるはずだ」


振り返るフェンリル。鶴来は眠たげに欠伸を一つ、それから髪をかきあげパンデモニウムを見上げた。


「君が恨んでいるのはクィリアダリアか? それとも、大聖堂? あるいはあのディアノイアという要塞か――。だが、君は守りたかったはずだ。君の師を……君の仲間を」


鶴来がフェンリルの胸に押し付けたのは黒い装束と仮面であった。それを見詰め、フェンリルは顔を上げる。


「今の君はルーファウスか? それとも、フェンリル?」


「…………オレは」


黒装束を見詰め、フェンリルは目を閉じる。それを一息に纏い、仮面を片手に男は鶴来に背を向けた。

市街地では空に集う黒い力を背景にゲルトとジルベルトが決闘を続けていた。人間の肉体を捨てた二人の戦闘は熾烈を極め、お互いの肉を引き裂き血をぶちまけながらも闘争を止める事はない。

少女の振り下ろす血の剣はジルベストリの槍を超え、今までとは比較にならないほどの圧力で迫る。ジルベストリの身体が吹き飛ばされると同時、ゲルトは自らの血を宙に振るう。

血を触媒に発動した真紅の渦巻く光は鋭い槍のようにジルベストリの身体に迫る。不死者と成った騎士は瞳を見開き、一閃で魔法を切り伏せた。


「ふん、面白いっ! これぞ正に血沸き肉踊る末路の決闘よ! 最早女子とは呼ぶまい! 魔騎士よ、存分に終焉を演じようではないかっ!!」


男が吼える。その肉体から放出された魔力は大地を蜂起させ、街の地形を変えて行く。地割れを伴い街を破壊する男の叫びを前にゲルトは臆する事無く進撃する。

それは自らの意思か、或いは別の何かか。その真偽に最早意味などない。戦って勝利しなければ全ては意味を失ってしまう。大切な物を失ってしまう。

親友を、愛する人を守るためにはいつだって力が必要だ。それが出来ないのならば涙を流し膝を抱える他に無い。そんな過去は、そんな未来は、もう沢山だから。

嘆く事はしない。涙も今は止めよう。全てを背負い、生きようと歩き続ける彼女の背中を守るというのであれば――それくらいの事が出来ずに何が勇者か。

脈動する大地が背後からゲルトの背を強打する。背の骨が軋む痛みと逆流する血液の中、途切れそうな意識を支えているものは思い出。

全てを憎み生きることしか出来なかった過去の自分。責め立てられるようにただひたすら許しを乞うように生きていた日々。それを変えてくれた。仲間がいた。

一人ではないと思えるから命を捨てても戦える。死んでも生きて帰ると思える。守りたいと思える。だから――前に進める。

あらゆる方向から突き出す細い岩の刃に全身を貫かれてもゲルトは止まらない。停止という言葉を忘れてしまったかのようにただ前へ。身体に突き刺さる岩ならば引き千切り、流れる血もそのままに。

リリアは言っていた。夏流はいつか故郷に帰ってしまうと。別れの時が来るのだと。だから一人で立派にやらねば行けないのだと。そうでなければ彼は安心して帰れないのだと。

それは――ゲルトにも言える事だった。夏流には沢山の借りがある。まだ、それらを返しきれて居ない。彼が居なくなるのを邪魔は出来ない。二人の決意を濁す事だけはあってはならない。だから――。


「やはりこの程度では止まらぬか、勇者! ならば我輩がこの手で引導を渡してくれるっ!!」


「――――〜〜ッ!!」


魔剣を片手で構え、低い姿勢で駆け出す。その刃で螺旋を描く朱と紅の魔力を殺意に変え、ジルベストリ目掛けて放出した。

竜巻のような形を描きながら猛然と全てを砕き直進する光。ジルベストリはその破壊力に一瞬反応が遅れ、結果防御を選択してしまった。

大地から蜂起した巨大な岩の壁が螺旋を二分する。両断された竜巻は街を破壊しながら突き進み、閉ざされた岩の視界を貫き、ゲルトの魔剣は迫っていた。

障壁を砕き、魔剣ごと突っ込むゲルトの一撃がジルベストリに迫る。反応が遅れた男の額にその刃先が突きつけられ、男が死を覚悟した刹那――。


「――なんと」


ゲルト・シュヴァインは停止していた。その指先から魔剣が零れ落ち乾いた音を立てる。仰向けに倒れたゲルトの視界に飛び込んできた自らの体は血に塗れ、身体は穴だらけ、腕は骨折しあらぬ方向を向いていた。

本当ならばもうずっと前に停止していてもおかしくなかった身体は限界を向かえ、ついに刃を零した。痙攣し、動く事のままならない身体にゲルトは眉を潜め、歯を食いしばる。


「勇者の名に相応しき勇猛果敢な戦いであった。この我輩とここまで渡り合ったのだ、誇るが良い」


喉を潰されたままのゲルトには言い返すことすら出来ない。ただ動かぬ拳を見詰め、目を閉じる。

負けた――。死ぬ――。そんな考えが脳裏を過ぎり、ただ申し訳ない気持ちだけが全身を支配していた。

もう、リリアの隣にいる事は出来ない。そう考えると涙が零れそうになった。果たせない約束と、それから――死の間際に思い出したのは一人の少年の背中だった。

思えばあの日からずっと、その背中に憧れていたのかもしれない。そう――白と黒の勇者が戦った日、その場に颯爽と現れた一人の少年の背中に。

名前を呼ぶことも敵わぬその人の事を思い返し、血に濡れた唇だけが動く。その首を切り離そうとジルベストリは槍を振り上げ、そして――。


「――――貴様――!? 何奴っ!?」


死を覚悟し目を閉じたゲルトの前には誰かの背中があった。ゲルト同様の黒衣に身を纏ったその男はロングソードで槍を受け止め、そして仮面越しに輝く瞳で告げた。


「――通りすがりの、ただの犬だ」


ロングソードの刀身に魔力が灯り魔法剣が発動する。闇の力を込めた一閃はジスベストリを槍ごと切り裂き、男の黒い髪が風に靡いた。



⇒嘆く魂の日(2)



「リリァアアアアアアアア――――ッ!!」


叫びと共に秋斗を殴りつけ、吹き飛ばす夏流。救世主二人は互いの最高の魔力を同時に解放し、その圧力に耐え切れずリリアは吹き飛ばされてしまった。

息苦しささえ感じるような密度の濃い魔力の中、風に飛ばされころころ転がったリリアは倒れた長椅子に激突して停止する。痛みを無視して直ぐに顔を上げると、そこでは二色の電撃がぶつかり合っていた。


「夏流……?」


「――――テメエはいつもいつも……ッ!! それがテメエの答えかっ!! 夏流ゥウウウウウウウッ!!」


秋斗の構える銃口に今までのものとは比較にならないほど濃密な魔力が収束する。雷の魔方陣が幾重にも正面に浮かび上がり、放たれた弾丸は魔方陣を潜るたびに加速し圧力を増し、光の一閃となって夏流に襲い掛かる。

夏流は正面からそれを迎え撃つ。右足に魔力を込め、身体を捻って放つ懇親の障害を討ち滅ぼす者ウルスラグナが銀の閃光と衝突し、それを切り裂いて行く。

四方に散らされた閃光は大地と空を引き裂き全てを焼き尽くしながら爆ぜる。光が止む頃、秋斗と夏流二人の救世主は同時に武器に魔力を込めていた。


神討つ一枝の魔剣レーヴァテインその力を我は担うコールライトニング――!」


輪廻せよ転生の輪リインカーネーション汝我が支配に応えよセットライトニング……ッ!!」


夏流の拳と秋斗の拳、互いの腕に紋章が浮かび上がる。それはテオドランド一族が受け継ぐ秘術を用いた特殊兵装を機動する鍵となる言葉。

メリーベル・テオドランドの生み出した救世主の拳、グリーヴァ・テオドランドが作り上げた救世主の銃。二つの武器に込められた膨大な魔力が解放され、二人の救世主の間で拮抗する。


「穿てッ!! 黄昏を齎す者ラグナレク――ッ!!」


「撃ち抜けェッ!  銀翼の魔弾キルシュヴァッサー――!!」


秋斗の銃口から放たれた閃光する光の弾丸、それを夏流の拳に浮かび上がる巨大な魔力の剣が迎え撃つ。

電撃を撒き散らし全てを破壊しながら激突する二つの力が同時に消滅し、しかし救世主たちは動きを止める事はない。同じ威力を持った弾丸が連射され、一撃一撃が聖堂の外に貫かれ、街を破壊しつくしていく。

二人は至近距離で激しく打ち合う。剣と銃、二つの光が交錯する。やがて二人は同時に互いの首に得物を突きつけ、一瞬停止した。

その刹那、二人は見詰め合う。秋斗は憎しみを湛えた瞳で。そして夏流は怒りを秘めた瞳で。二人は距離を離し、既に原型を留めないほどに破壊しつくされた礼拝堂に降り注ぐ雪を背景に立ち尽くす。


「夏流、テメエ……」


「もう以前のようには行かない。お前がどれだけ強かろうが俺は追いついてみせる。何度でも……何度でも、だ」


「テメエには俺様と冬香に詫びようって気持ちはねえのか……!? やり直したくはねェのかよっ!! 過去をッ!!!! 幸せだったあの頃をッ!!!!」


「やり直したいさ……! やり直せる事ならやり直したいさ……っ!! だけどな秋斗! リリアはあいつじゃないっ!! あいつとリリアはどんなに似ていても別の物だっ!! 一度失った命を何かで代用してやり直す事に意味なんて無いっ!!」


「まだそんな事ほざいてんのかよテメエッ!! こんなクソ世界……滅んで当然の世界! 最初からあってねえようなもんだ! 全ては幻なんだよ!! だったらそこから現実を生み出して何が悪い!? 俺たちは選ばれたんだよ! 神に! この世界の神に!! 冬香は俺たちを選んだ!! 俺たちはあいつを蘇らせ、そして世界をやり直すんだよォッ!! 何でアイツの気持ちを判ってやらねええんだ、テメエはああああああああああっ!!!!」


秋斗が空に手を伸ばす。するとそこに召喚されたのはもう一丁、彼が既に装備しているものと同じ拳銃であった。同じモデルの拳銃を二丁構え、秋斗は銃口をかつての友に向ける。


「一度は逃げ出したテメエに何がわかるっ!! 好きな女一人守れない俺様の何が判るっ!! 本物か偽者かなんてどうでもいいっ!! 俺は取り戻す……っ!! テメエに出来なかった事を成し遂げて見せるッ!! 俺様がっ!! 冬香を救って見せるッ!!」


「秋斗……っ!! 馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」


二丁構えられた拳銃から怒涛の勢いで攻撃が放たれる。一撃一撃があまりの威力に何もかもを灰にしてしまう電撃――。それを夏流は両腕に浮かび上がる剣で両断して行く。

光の中で踊る救世主の背中をただ呆然とリリアは眺めていた。その美しく、そして儚い二人の間にある様々な物を示すかのように、その戦いは可憐……。舞い散る光の中、二人は叫び声と同時にぶつかり合う。


「この瞬間テメエは敵になった!! テメエはもう滅ぼすべき対象だっ! そんなにこの世界が好きなら、この世界と一緒に滅んで死ねエッ!!」


「世界は守る! リリアも守る! 誰も死なせない! 誰も失わせない! 何も狂わせない……! 俺はっ! この世界に召喚された意味を自分で見つける!! 自分の手で、この世界で生きた証を見出してみせるっ!!」


「――糞野郎がああああああああああっ!!」


剣と銃が光と共に交わる。二人の熾烈な白兵戦闘の最中、気を取り戻したアクセルが頭を抑えながら身体を起こした。


「っつう……! あれ、俺何故か生きてる……って、うおおっ!? なんじゃこりゃあっ!?」


「あ、アクセル君……おはよう」


「ああ、リリアちゃんおはよう――じゃ、なくてっ!! 何だこの馬鹿みたいな魔力は……!? あれが救世主の全力全開なのか……!?」


風と光の嵐の中心部を必死に見詰めるアクセル。その傍ら、リリアは尻餅を着いたまま呆然と二人を見詰めていた。

夏流の背中を見詰めていた。それは何かを守ろうと必死に戦っていた。もう、この世界に着たばかりの夏流は居ない。この世界をどうでもいいと、自分自身もどうでもいいと、熱意を持たずに生きていた彼は居ない。

彼は変わった。この世界に来て変わった。もう、現実世界で無為に迷いながら時を過ごしていた彼はいない。その事実が何故か、リリアはとても嬉しかった。


「何ぼんやりしてるんだリリアちゃん! 早く離れないと巻き沿い食らって死ぬぞ!?」


「う、うん……。怪我してる人たちを連れて逃げないと」


「殆どはもう死んでるだろうな……。だが、一応確認していこう。そうだ、奥にレンもいるんだ! 回復してやってくれないか!?」


「うん、わかった。ここは……夏流に任せよう」


「……? こんな状況なのに何か嬉しそうだな、リリアちゃん」


「え? そうかな……。ううん、そうかもしれない。だって、夏流なら……きっと、負けたりしないから――」



「――……貴様、その技には見覚えがある。確か、黒の勇者の……」


「当然だ。この技は師である彼からオレが受け継いだ物だ。扱いは難しくてな……。今の所、秘伝の技と言った所か」


黒いマントが風に靡く。朦朧とする意識の中、ゲルトはぼんやりとその背中を眺めていた。幼い日、同じように黒い装束を身に纏い、ゲルトに背を向けていた父の姿をそこに重ねる。

声にはならない声でその名前を呼ぶ。振り返ったフェンリルは仮面を外し、ゲルトをそっと抱きかかえた。


「背を向けるか、黒衣の騎士」


「斬りかかって来たければ来ればいい。オレは、隙なんぞ作っている積もりは毛頭無い」


「……ふんっ!」


背後からジルベストリの槍が迫る。フェンリルは側面を向け、逆手にロングソードを鞘から抜き、その槍を視認もせずに受けて見せた。

驚きを隠せないジルベストリは一気に攻撃を畳み掛ける。しかしフェンリルはただ片手で全ての攻撃をいなし、ゲルトを片手で抱えた状態のまま身体を捻ってジルベストリを蹴り飛ばす。


「何とォッ!?」


剣を逆手に握ったまま、指先でゲルトに回復魔法をかける。傷は直ぐに全快出来る程生易しいものではなかったが、それでも諦めずに魔法をかけ続けた。


「貴様!」


持ち直したジルベストリが猛然と迫る。槍の石突を大地に叩き付けると、蜂起する岩の刃がフェンリル目掛けて襲い掛かる。

しかし騎士は剣を大地に突き刺し、片手を翳す。男の周囲を取り囲むように黒い光が輪を作り、岩の刃はそれ以上先に進む事はなかった。

その間も休まず回復魔法をかけ続ける。腰のベルトポシェットから回復薬を取り出し、ゲルトの頭からそれを浴びせ、さらに魔法を練りこんで行く。


「助ける気か!? だが、そこまでの傷――間違いなく致命傷よ! その女は命を燃やして戦っていた! 燃え尽きた『燃えカス』などに意味はないっ!!」


「……どうやらそうらしいな。オレの力ではゲルトは癒せない。だが――」


背後から振り下ろされた槍の刃を指二本で掴み、停止させる。フェンリルは怒りを隠そうともせず、剣でジルベストリの胴体を切り裂いた。


「その言葉は撤回してもらおう。『燃えカス』は『燃えカス』でも――あの人が命を燃やして残した物だ。壊す権利など、お前は所持していない」


「無駄だ騎士よ。貴様の剣では我輩は打ち滅ぼせぬ! 我輩は忠義によって蘇ったのだからなっ!!」


剣で斬られつつ尚ジルベストリは猛進する。ゲルトを抱えたまま、片手でその攻撃を受け流し、フェンリルは背後に跳躍した。

瓦礫の山を何度か跳んで移動し、建造物の屋根の上にゲルトを下ろす。そうして両手を開けたフェンリルは高所から魔法剣を発動する。


「――自ら弱点をバラしてどうする。いつぞやの剣士のガキといい、どいつもこいつも馬鹿極まる」


フェンリルが刃に乗せる魔法は破壊する攻撃魔法ではない。浄化の意味を込めた、洗礼魔法――。死者の肉を砕き、死体を不死者からただの屍に返す、エグゼキューターの魔法であった。

その光を前にジルベストリは一瞬躊躇する。フェンリルはその隙を見逃さずに飛び降り、上空から切りかかった。剣を槍で受け、次の瞬間には剣戟が始まっていた。


「浄化の魔法剣であろうと、当たらねばどうという事は無い!」


「そうだろうな。だが……貴様を倒す手段は何も魔法『剣』だけではない」


至近距離で剣を手放し、フェンリルは槍の内側に潜り込む。その一瞬で拳に乗せた浄化魔法をジルベストリの腹に叩き込んだ。


「ぬぐうっ!」


大きく吹き飛ばされてよろけるその身体に、手放した剣を足先で受け止め蹴り飛ばす。浄化魔法を載せた剣はジルベストリの胸を一撃で貫き、光の閃光を爆ぜさせながら炸裂する。


「何とぉおおおおおっ!?」


無言で走り出したフェンリルはジルベストリの身体を殴り、蹴り、最後に両手に込めた浄化魔法の拳で顎を打ち抜いた。光の余韻が広がり、ジルベストリの鎧は砕け、老兵は大地に倒れた。


「……き、さま……。一体、何者……」


「――犬、だそうだ。あの人の娘が言うにはな。まあ、そのようなものだろうな、オレは。失った主を求めて彷徨う――哀れな犬だ」


起き上がり、ジルベストリは後退する。フェンリルはそれを追う事はしなかった。ただ冷ややかな目で逃亡するジルベストリを見送り、そっと目を閉じる。


「ゲイン……。貴方の魂に、オレは少しでも報いる事が出来るのだろうか……」


眉を潜め、無言で剣を腰の鞘に収めるフェンリル。振り返り一息で跳躍し、ゲルトの元へ駆けつける。回復魔法をかけようとしたフェンリルは無言で歯軋りした。

屋根を伝う大量の血は止まる事が無く、ゲルトの目は薄く開かれたまま光を失っている。呼吸はとうに停止し――。それはもう、生きた者とは言えなかった。

命を失い後はただ屍になるだけの少女の身体を抱きかかえ、フェンリルはきつく目を瞑る。


「オレは……オレはまた、何も守れずに……っ!!」


男は空に慟哭した。男の叫びが響き渡る先、パンデモニムには魔方陣が浮かびはじめていた。


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