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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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決戦の日(1)


「それでは、リリアは大聖堂と決着を付けるつもりなのだね」


ディアノイアの艦橋、要塞の全てを管理する場所に立ち、アイオーンは報告を受けていた。

腕を組んで立つアイオーンの隣にはソウル、そしてアルセリアの姿がある。三人に報告を行った数名の生徒は不安げに教師陣の反応を窺っていた。

パンデモニウムの出現は既にディアノイアにある広域調査を行う事の出来るレーダー装置により感知していた彼らにとって、来たるべく争いは魔王軍との物であると考えていた。しかし、リリアは今大聖堂へと兵を進めるつもりである。


「こいつは俺のカンだが、リリアは大聖堂を助ける積もりなんじゃねえか?」


「大聖堂を、かい?」


『彼女の性格を考慮すれば在り得ない可能性ではないでしょう。そう上手く事が運ぶとも思えませんが、その素直さは彼女の財産ですから』


「努力は認めるが、結果は保証できない――。中々手厳しいね、アルセリア」


三人の間にある意見は同じだった。だが、確かに今まで通りの保守的なやり方でも何も救えないのは確かである。不安要素があるとすれば、今よりももっと悲劇が起きてしまう事に他ならない。

リリアが兵を率いて大聖堂と相対すれば、今度こそ総力戦になるだろう。この不安定な状況下にあるクィリアダリアでそれだけの戦が起こるという事は様々な意味を持つ。周辺国家も黙ってはいないだろう。

しかし、パンデモニウムが目指す場所は確かにケルゲイブルム――大聖堂の拠点である。とすれば、魔王軍は真っ先に大聖堂を攻め落とすつもりである事は明確である。何もそれは唐突に決まったことではない。彼らの立場からすれば至極当然であると言える事柄である。


「十年前から魔王は大聖堂を潰したがっていたからね。まあ、十年越しの決着を付けるつもりなのだろうが」


「もう一度、あの戦争を繰り返す積もりなのか? それにしたって報告にあった『新しい魔王』ってのも、どうにも解せないが……」


魔王ロギアが神剣に封じられている事は彼らも知っている、故にまだ魔王と名乗る者が居るとすれば、それはロギア以外の何者かという事になる。

元々魔王という呼び名はザックブルムの王に人々が名づけたものであり、特定の人物が名乗りを上げたわけではない。とすれば、ザックブルムは滅び国も存在しない今、新しい魔王というのも妙な話であった。


「魔王の息子、レプレキアか……。子供が居るようには見えなかったがな」


「おや、人を外見で判断してはいけないよ? 魔王だって、何も怪物ってわけではないのだから。人の子なら、子くらい作りたくもなるさ」


『現在の問題点は魔王が何者かという事ではなく、現実にパンデモニウムが飛行しているという事でしょう。どちらにせよ、あれは看過出来ない代物です』


「神代の航空要塞パンデモニウム、か……。確かにあれは破壊したはずだったのだけれどね。この、プロミネンスシステムで」


過去の戦争を思い、三人は同様に口を噤む。プロミネンスシステムによるパンデモニウムの撃墜――それが、争いの幕引きとなった。だが、二つの存在がまた同時に世界に存在する以上、争いは終わらない。


「どうするんだい、アルセリア? 学園はリリアを援護するのかい?」


『いいえ。いざパンデモニウムが本当の力を発揮してからでは遅すぎます。プロミネンスシステムの修復と再起動を急ぎつつ、学園と周辺都市の護衛――。それが主な任務になるでしょう。聖騎士団が留守にする間、誰かが世を見ねばなりませんから』


「文字通りの総力戦になるだろうからね。世界の命運を分ける一戦だ」


『修復が間に合えば、即座にプロミネンスを起動します。その後、パンデモニウム破壊行動に移りましょう』


「国の指示は待たないのかい?」


『プロミネンスの本当の力を知っている人間は多くはありませんから。ディアノイアのコントロールと護衛はアイオーン、貴方に任せます。相手が大聖堂ならば、私は聖騎士団に合流しケルゲイブルムに進軍します』


その場に居る全員が思わず振り返ってアルセリアを見やる。それは、彼女の口から発せられた異例そのものであった。

学園長アルセリア・バフラム。一度としてこのラ・フィリアを出た事のない巨体の騎士が今、自らの意思で出撃を伝えたのである。


「……やれやれ、今回はボクは留守番か」


『……そうであれば良いのですが』


アルセリアの呟きには誰も気づかなかった。学園長は巨大な手を振るい、伝令役に伝える。


『女王に伝令を。学園からの出兵はしません。しかし、代わりに私が出ます。周辺警護の任は生徒間で行いますので、心置きなくと』


伝令を確かに受領し、部屋を後にする生徒たち。その姿を見送り、アルセリアは自らの巨大すぎる剣を肩に乗せ、物欝げに溜息を漏らす。


「残念だよ。君の活躍を見られなくて」


『私が戦う事など出来れば無い方が良いのですよ、アイオーン。貴方が本気を出す事が無いのと一緒です』


溜息混じりに返答するアルセリアの視線の先、アイオーンは腕を組んだまま無邪気に微笑んでいた。



⇒決戦の日(1)



「魔王の空飛ぶ城、パンデモニウム?」


結局余計に一泊してしまった帰り道、俺たちは船の甲板で話を進めていた。

冬の海はかなり寒いが、他に落ち着いて仲間だけで話が出来そうな場所もない。それに早く戻ってリリアにアクセルの話を伝えなければと、俺も焦っていたのかもしれない。甲板に立った所で、到着する早さになんら変わりもないのだが。

コートを着込んだメリーベルとブレイドは俺の話を聞いて小首を傾げていた。この話を切り出すには少々遅すぎる気もしたが、アクセルの話を先にと考え、さらにメリーベルとは別室だった事もあり、中々話を切り出すタイミングが無かった。

結局こんな寒い所で話をする事になってしまったわけだが……。雪まで降る最中、俺は昨日見た事を二人に伝えた。


「何でも十年前に魔王が使っていた城らしいんだが……。移動型の大型拠点らしい。何だか嫌な予感しかしないよ」


魔王はリリアに友好的な家族のような存在だ。だが、魔王の城は一人歩きしている……。ロギアがあれを復活させたとは思えないし、さてどうした事なのか。


「……魔王の城、パンデモニウム……。聞いた事ならある。でも、それは勇者フェイトと魔王ロギアの決戦の時、完全に破壊されたって」


「そのはず、だよな……。一体どうすりゃあれだけ巨大な城を大地ごと浮かせるなんて事が出来るんだか」


ディアノイアの変形システムもそうだったが、一体アレだけのものをどうやって動かしているのか。この世界にはもう伝えられて居ない未知の技術が使われているとしか思えない。

現実の世界の俺たちが齎した影響――ではないはずだ。あんなもの、現実でだって実現出来ない。巨大な――巨大な航空要塞など。


「魔王の城には興味があるけど、今の問題はそこじゃない」


「ああ……。北の方は魔王復活の噂が蔓延ってやがる。ただの噂にしたってあれだけの速さで広まれば、何かしら影響も出てくるだろうな」


それに北の惨状は見てのとおりだ。以前俺たちがアリアを探して向かった時も、誰一人口を利いてもくれなかった。それに無法者は野放しになり、聖騎士団による残党狩りが横行し、地下に暮らさねば生きていけない人々も多い。

その現実を俺たちは知っていたはずなのに、何も出来なかった。勿論そこまで何もかもリリアにどうにかしろとは言わないが、もう少しなんとかならないのだろうか。


「あれじゃあ自主的に一般人が反乱を起こしてもおかしくない。クィリアダリアが今までどれだけ強引なやり口で世界を支配していたのかがまるわかりだな……」


「……そもそも、政治的なことは大聖堂が仕切っていたはず。女王は飾り程度だった。その女王側に政治の権利が戻っても、直ぐには対応出来ないはず」


それもそうだ。大聖堂は今いない。政治体系は滅茶苦茶になり、城内はてんてこ舞いだろう。それに付け加え、一般市民には伝えられていなかった他国への横暴な侵略、差別行為から成るこの世界の平和の意味をいきなりおしつけられてしまったのだ。大聖堂が居なくなり他国への弾劾は弱まっただろうが、その分彼らは今のクィリアダリアにここぞとばかりに恨みを晴らしたがるに違いない。

大聖堂を跳ね除けてしまったことで、奇しくもこの世界のバランスを大きく崩してしまったのだ。尤も、それはバランスとは名ばかりの影の弾圧の連続であったわけだが。

なんにせよ、何も知らなかったクィリアダリア市民はその状況を快くは思わないだろう。何とかしろとリリアに迫るはずだ。自国民と他国民、両方を納得させる方法なんてリリアに見つけられるのか……?


「くそ、ややこしい事になってきやがったな……。なんだって今、こんな時にパンデモニウムが動き出すんだ」


「……なあ、もしかしてパンデモニウムはこの世界に混乱を齎すために現れたんじゃない?」


ブレイドの発言に俺とメリーベルは視線を向ける。


「だって、わざわざウロウロしながら街に姿を現す意味って他にないじゃんか。さっきニーチャンはいったろ? 『自主的に反乱を起こす市民も現れかねない』……つまり、クィリアダリアに対する決起を呼びかけてるんじゃないの?」


最悪の可能性だが、考えなかったわけではない。だとすれば、パンデモニウムを動かしている人間はクィリアダリアを滅ぼそうとしているのか?

パンデモニウムの復活はイコールで魔王復活を印象付ける。風の噂で聞くよりもパンデモニウムを見た方がよほど信憑性もあるだろう。世界に混乱を齎す存在を、わざわざウロつかせる理由……。確かに他に考えられない。


「パンデモニウムの事もリリアに直接報告した方が良さそうだな」


「何だか世の中やなカンジだぜ……。空気が重いって言うかさ。ニーチャン、おいらたちにも出来る事があったら言ってくれよ? 何でも手を貸すからさ」


「やる気だな、ブレイド」


「おうっ! 勇者部隊ブレイブクランは解散しちまったけど、仲間なんだから勇者のネーチャンに全部押し付けるわけにはいかないだろ?」


ブレイドの言うとおりだ。俺も俺に出来る事をやろう。リリアにその全ての責任を押し付けてしまわないように。少しでも彼女の業を軽くしてあげられるように。

三人でそうして船に揺られ、ようやく港に到着した。そこで船を下りると直ぐに落ち着かない空気を肌で感じられた。何かが起きている……そんな雰囲気である。


「少し、急いだ方が良さそうだな」


俺の言葉に二人は頷いた。疲れているが、港にまで線路は続いて居ない。帰りは馬か――いや、走った方がこの場合は速い。足の遅いメリーベルを背負い、俺とブレイドは魔力を足に込めて全力で草原を駆け出した。



出兵の準備で慌しいリア・テイルの中、リリアは自室の窓から世界を眺めていた。

傍には誰も立ってはいない。ただ一人、静けさに包まれた離宮でぼんやりと考え込む。


『どうした? そろそろおまえも準備をした方がいいのではないか?』


窓辺に立てかけられた剣が問い掛ける。リリアは目を閉じ、それから剣に向かい合った。


「ねえ、ロギア……。ロギアはどうして、この世界を相手に戦いを挑んだの?」


それは生まれて初めての質問だった。ロギアの生前に関する事を、彼女は質問した事は一度としてなかった。その暗黙のルールをついに破り、リリアの問い掛けは魔王へと向けられる。


「……ロギアは、強いね。リリアは一人でこの世界に戦いなんて挑めないよ。ロギアは……勇気があったんだね」


『――どうした? らしくない質問だな』


「うん……ごめん」


『謝る必要はない。むしろ、自然な事だ。そうだな……一体何から語れば良いのか判らないし、それほど今は時間もない。完結におまえの質問に答えるのならば――こうだな』


剣は一呼吸間を置き、そして。


『この世界を変えたかったのだ』


「世界を……変える?」


『我ながら大それた願いだ。だが、あの頃私はそれを本気で信じていた。元々、王として他国を侵略するのに理由など要らなかった。だが――私自身の願いがあるとすれば、その一言に尽きる』


「ロギアが変えたかった世界って……何?」


リリアの質問と同時に窓から風が吹き込んだ。純白のカーテンとリリアの栗色の髪が靡き、剣は光を弾いて淡く輝く。

神剣は、魔王は、その質問には答えなかった。しばらくの沈黙が続き、逆に剣は主に問いかける。


『おまえが変えたい世界はなんだ、リリア』


「えっ?」


『隠すな。私にはおまえの気持ちなど手に取るように解る。おまえも変えたいのだろう? この世界を』


「…………。そう、だね……。あのね、ロギア」


『ん?』


「リリア、これからすっごく馬鹿なこと言うけど、笑わないでね?」


『それは内容にも寄るがな……。ふん、そんな顔をするな。解ったよ、覚悟くらいはしておいてやる』


いじけた表情を浮かべた後、リリアは深呼吸する。そうして自らの胸に手をあて、光を浴びながら呟いた。


「この世界を……誰も傷つかない世界にしたい」


『ふははっ』


「だーかーらー! 笑うなって言ったのにぃっ!!」


『いや、なんだ今更そんな事かと思ってな。おまえの願いなど、幼き日より変わらぬだろう』


「……そうだね。ねえ、ロギア? リリア、強くなったよね?」


『なったな』


「偉くもなったよ」


『ああ、なった』


「でもね……。こんなにも、救えない物の方が多いんだ――。こんなにも、届かないものばっかり……」


窓の向こうに両手を伸ばし、光を掴むかのように少女は指先をそっと握り締める。しかし、全てのものは所詮幻……。この場所からつかめる物など何もない。


「大聖堂もクィリアダリアもそうでない国も魔王も、どうして戦うのかな……。どうして、分かり合えないんだろう」


『分かり合えないわけではないさ。だが、人が戦いに望む理由は心の相違だけではない。誇りや意地……下らぬ理由も多い』


「どうしてそういうものに囚われるのかな。自分や誰かの血を流して、それで得られる物って……何?」


『ふん、難しい質問だな。答えは恐らく存在しないだろう。得られる物など無いのかも知れないし、人間によってはあるのかも知れん。だが、今お前が戦う事で得られるものがあるのであれば、迷う必要はない』


「……それでロギア、貴方の子供を殺す事になったとしても?」


神剣は一瞬言葉を失った。リリアは剣に向かい合い、それを手に取る。


「……出来ないよ、そんなの。あんな子供を斬るなんて。貴方の子供を、斬るなんて……」


応えは無かった。だが、ロギアは溜息交じりにリリアを見詰めていた。それはリリアにも良くわかった。たとえ姿など見えなくとも――伝わるものが確かにある。


『……そうだな。おまえは、きっとそう言うだろうと思っていたよ』


「……ロギア」


『構う事はない。人には己の選んだ道というものがある。遠慮なく叩き斬ってやれ。おまえの道を阻むのならばな』


「……うそつき。意地張ってるのはロギアも一緒だよ。ロギア、こんなに優しいのに……自分の子供、殺したいわけないよ」


『…………』


「……私はリリアで、そしてロギアでもある。だから、話せばきっと解ってもらえるよ。だからそのためにも……あの子が何かを傷付けるのを、黙ってみているわけにはいかないから」


『リリア……』


「大丈夫だよ? きっと、愛が世界を救うんだから!」


無根拠に無邪気に笑うリリア。その姿にロギアは何も言葉を返す事は無かった。その代わり、リリアの背後にいつの間にか立っていたゲルトが一歩歩みを進める。


「……そろそろお時間です、陛下。いつまでも剣と話しこまないで頂きたいのですが」


「はう!? い、いつのまに!?」


「ええ、アイオーンに気配を消すコツを少々。そんな事よりいつまでドレス姿で居るつもりですか? 戦闘用のアーマークロークに着替えてください、陛下」


「うう……ゲルトちゃんが怒ってる」


「怒っていません。ただ……魔王と仲よさげに話すのはどうかと思いますが」


「もしかして焼餅?」


笑うリリアにゲルトはアーマークロークを突き出した。そうして腕を組み、黙って背を向ける。


『ふん、嫉妬はよくないぞゲインの娘よ』


「黙りなさい! 兎に角、時間には遅れぬように! 失礼します!」


早足で部屋を去り、扉が大きな音を立てて閉じられた。取り残された部屋の中、二人は顔を見合わせて苦笑していた。



「戻っていたのか。思いの他早かったな」


ケルゲイブルムを見下ろす山中に、秋斗たちが潜伏する隠れ家がある。その付近の木の上に立ち、もう一人の救世主はケルゲイブルムを見下ろしていた。

北方大陸から戻って直ぐに彼はその場所に立ち寄り、大聖堂の様子を窺っていた。背後から気配も無く近づいたフェンリルは仮面を外した私服のまま同じように木にもたれかかり腕を組む。


「成果はあったか?」


「……さぁな。だが、どちらにせよ次に会う時には決着をつけるさ。あいつがどんな答えを出そうとも、もう同じ過ちは繰り返さない」


どこか決意を秘めたその言葉にフェンリルは黙り込む。そうして同じようにケルゲイブルムを眺め、静かに視線を伏せた。


「愚かしい事だ。この世界は変わらない……。何度も同じ過ちを繰り返す。貴様らはそうならないといいな」


「――別に、奴ができねえなら俺様がやるまでだ。俺様は救世主――。アイツの仇は俺様が討って見せる」


拳を握り締める秋斗。その肩の上に乗った白いうさぎが秋斗の頭によじ登り遠くを眺めた。うさぎの見詰める視線の先、大空の彼方から雲を切り裂いて巨大な影が近づいてくる。


「……パンデモニウム」


忌々しくその言葉を呟くフェンリル。秋斗は木から飛び降りると愛用の拳銃を取り出した。


「仕掛けるのか?」


「ああ。大聖堂はどちらにせよ俺様にとっては邪魔な存在だ。どさくさ紛れに頭を潰す」


弾薬を確認し、ホルスターに銃を収める秋斗。その傍らに飛び降りた白いうさぎは白いタキシードの女性へと姿を変えた。


「手を貸した方が良いか?」


「いや、別にかまわねーよ。どうせやる事は決まってる。それに――お前が一緒だからな、サイファー」


秋斗が優しげに微笑みながら手を伸ばすその先、白い女性は髪を撫でられながら微笑んでいた。サイファーと呼ばれた女が山道を下って行くと、秋斗も振り返りフェンリルを見やる。


「お前はお前でやる事があるんじゃねえのか?」


「…………」


「後悔しないうちにやっとけ。何、俺様の事は気にするこたないぜ。別に仲間ってわけじゃねえんだ。お互い、好き勝手にやる約束だろう?」


肩を竦める秋斗にフェンリルは目を閉じ、溜息を漏らした。それだけで二人のやり取りは終了し、救世主は森の中へと姿を消して行く。

一人残されたフェンリルは腰に刺した剣を抜き、それを一振りして動きを止める。構えた刃に移りこんだ自らの姿を見つめ、そうして振り返り隠れ家へと向かって行った。



それぞれの思い、それぞれの戦い、それぞれの目指す物、それぞれの望み……。西の大地でそれら全ては激突の時を迎えようとしていた。

出兵を行った聖騎士団の先頭、馬に揺られてリリアが見たのは雪の降り注ぐ草原の彼方、空に浮かぶパンデモニウムの姿だった。黒い影が次々にケルゲイブルムへと落下し、街では火の手が上がっていた。


「あれは……!?」


「あらあら……。魔王城パンデモニウム……こんな所にまで来ていたのね〜」


馬ごと前に乗り出したエアリオの言葉にリリアは眉を潜める。あの城にあの魔王を名乗る少年は居るのだろうか? 滅びの戦――創世マトリクスの先駆けとなる一戦。それは既に幕を開けていた。

出遅れた――。そんな後悔が過ぎる。しかし、ここで立ち止まるわけには行かない。純白のマントをはためかせ、リリアは遠く戦場へと剣を向ける。


「皆さん、聞いて下さい! 我々聖騎士団はこれよりケルゲイブルムに突撃し、大聖堂を鎮圧! 同時に魔王軍と交戦、これを撃退します! 出来うる限り人の命を奪わぬよう、それぞれが心がけてくださいっ!!」


リリアの叫び、その最後に付け加えられた一言が兵の間に疑問を浮かべさせていた。騎士たちにとってケルゲイブルムに潜む大聖堂は女王を殺した組織であり、恨みはあれども助ける謂われはない。リリアの言葉は、両方とも出来れば傷付けず――戦闘を中断させろというものだった。

そんな命令に従えるはずもない。騎士たちの間に動揺が走る中、リリアは凛とした表情で声を上げる。


「怒りや憎しみで敵を倒すというのであれば、この場で引き返しなさい! 正義を成すという強い覚悟のある人間だけ、私に続きなさい!! ここで退いても私は決して責めません! 皆さんの心の中にある勇気と正義、それにのみ従い刃を構える者のみ、私の騎士として共に戦場に参りましょう!」


馬を走らせ、後方に隊列を成す数百の聖騎士団の精鋭たちに声をかけるリリア。そうして祈るように、願うようにして叫び続ける。


「成すべき事は憎しみで誰かを殺すことではありません!! 聖なるヨトの導きを――命を守る輝きを信じる者よ!! 我に続き給えっ!! 真実の愛を示し給えっ!! 我らが神に捧げ給え!! 我が剣に集い給え!! 我が名はリリア・ウトピシュトナッ!! 神の国の女王であるっ!! 覚悟と愛を併せ持つ騎士よ!! 我に続けぇええええっ!!」


剣を振り下ろし、リリアは一人で走り出す。それは無謀な行為だった。突然の事に誰もがうろたえる中、ゲルトやエアリオ、一部の騎士たちがリリアを追って走り出す。

するとあとはなだれるようにして白き甲冑の騎士たちは戦地目掛けて駆け出した。引き返すものは誰一人としていなかった。幼く未熟な女王の背中に、彼らはマリアの姿を重ねていた。

争いを望まず、民の平和を一番に考えていた強き乙女。揺れる白いマントと輝きを放つ神剣が道しるべとなる。その瞬間、彼女を認めていなかった騎士たちも突き動かされていた。

認めざるを得なかった。それを考えるよりもはやく感じ取っていたのだ。誰よりも前へ、誰よりも強く、誰よりも勇気を持ったその背中が、代々受け継がれしクィリアダリアの誇る王のものであることを。

そして知ったのだ。その背中を守る事こそ、自分たちの役目である事を。誰かを守る戦いをする事こそ、彼女の願いであった事を。それを夢見て、自分たちが騎士となった事を。

怒涛の勢いで駆け出す騎士たちに既に迷いはなかった。呼吸を一つにあわせ、まるで一個の命であるかのように雄叫びと共に戦場へとまっしぐらに駆けて行く。

先行するリリアは一度として振り返る事はしなかった。背後に皆が着いてくれることを信じていた。その左右からゲルトとエアリオ、そしてマルドゥークがリリアを追い抜いて行く。


「貴方を死なせはしませんよ、陛下!」


「初めての戦にしては、上出来な鼓舞だったわね〜」


「行きましょう、リリア。貴方の守りたいものを守る為に」


三人の声にリリアは頷いた。神剣を握り締めた純白の勇者は馬から飛び降りると同時に付近で戦闘を行っていた聖堂騎士と魔物の間に割って入って行く。

白い閃光が迸り、混乱が広がって行く。勇者は白いフェイスガードを降ろし、栗色の髪を靡かせながら突き進む。


「邪魔をしないでくださいっ!! 私は貴方たちと戦うつもりはありませんっ!!」


叫びながら進むリリアに聖堂騎士が襲い掛かる。一瞬、リリアは足を止めた。次の刹那、白銀の閃光が騎士たちの合間を通り抜け、彼らの手にしていた武器を木っ端微塵に砕いていた。


「死にたくなければ刃を向けないで!! 魔物の軍勢を打倒するのが先ですっ!! 人間同士で争っている場合ではないでしょう!?」


「我らの神を侮辱する者め……! 神罰を!」


背後から切りかかる聖堂騎士の刃を片手で受け止め、リリアは振り返ると同時に蹴りを放つ。男の腹部に突き刺さった鋭い蹴りは騎士を大きく吹き飛ばした。


「本当に神様が居るのなら、貴方たちに死なんて求めない! どうしてそれが、わからないんですか――――っ!?」


リリアの叫びも空しく、聖騎士団と聖堂騎士団、そして魔王の率いる魔物の軍勢と三つの勢力がぶつかり合う。戦闘が始まると同時に、リリアの叫び声も聞こえなくなっていく。

終末を呼び込む地獄のような景色の中、少女は懸命に何かを助けようと叫んでいた。しかしその声は誰にも届く事は無く、王に課せられた責務を果たせと世界は彼女を追い立てる。

混迷を極める戦場の中、リリアは涙を流した。白銀の仮面に覆われたその瞳から流れた涙は大地に落ちる事も無く、誰かに届く事も無かった。

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