忘らるる日(3)
「――何だ?」
外が何やら騒がしくなっている事に気づき、俺は宿を出た。そうしてそこで誰もが呆けた表情で空を見上げている奇妙な光景に直面した。
人々の視線を追って、俺もまた空へと目を向ける。雪の降り注ぐ分厚い雲の向こう側、何か巨大な影がゆっくりと動いているのが見えた。
「……なん、だ……?」
秋斗と別れたその日、俺は北方大陸の出入り口とも言われている最も南部に位置する街、ラーサイオに宿を取っていた。
勿論、帰りの足が無い事も理由だったが、一人で色々と考えたかったのも事実だ。そうして一晩を過ごし、翌日……。昼近くになり昼食を食べようと宿の一階にあるレストランに下りたところ、この事態に直面する流れとなった。
雲の向こう側に見える何かはゆっくりと、しかし確実に動いていた。それが何なのかは俺にも勿論街の人にもわからない。人々は口々に不安を告げ、どよめきが広がって行く。
そんな最中、肩の上に乗ったうさぎが背を伸ばし、空の彼方をじっと見詰めた。どうやらうさぎはあれに見覚えがあるらしかった。
「あれは……まさか、パンデモニウム――?」
「……パンデモ、ニウム?」
俺がその言葉を繰り返した時だった。俺たちの正面にやってきた一人の老人が他の住人に聞こえるよう、大きな声で空に向かって叫んだ。
「おぉ……! 魔王様が復活なされた! ロギア様の目覚めの時がやってきたのじゃ!」
その老人の言葉を聞き、住人たちは皆空を見て祈るような仕草を見せた。それはクィリアダリアの祈りとは異なり、そして祈る対象も異なるのだろう。
人々は皆大地にひれ伏し、涙を流しながら空に祈りを捧げる。その奇妙な光景に俺は思わずたじろいでしまった。異常――そう呼ぶのに相応しい事態が目の前で繰り広げられている。
「貴様ら、何をしている!! 許可無き集会は禁じられている! 散れ! 散れえっ!!」
そこにすかさずやってきたのは聖騎士らしき数名の男たちだった。人々を鞭で打ち、強制的に散らせていく。余りにも強引なやり口に口出しをしたくなったが、それはこの街では恐らく当然の事なのだろう。
街の人たちは皆普通の人間だった。特に悪いところがあるわけではない。貧しく、生活は苦しくとも何とか生きていこうと前向きに頑張っている。そんな人々を、鞭で打って散らせるなんて――。
だが、だからこそなのか。老人が口にしたように、人々はいつも祈りを捧げている。この世界を打開してくれる何か――。この、偏見と差別に満ちた世界を変えてくれる存在を。
俺たちが学園やクィリアダリアでマトモな生活を送っている裏ではこの街のような惨状がある。敗戦国とは言え、ザックブルムの人々がこんな仕打ちを受けるのは果たして正しいのだろうか……。
いや、今はそれよりも空の影のほうが気になる。再びうさぎに視線を送ると、なにやらいつになく深刻な表情で俺の頭の上によじ登った。
「……パンデモニウムが再び空を舞う日が来るとは。こうなっては、本当に滅びの戦が起きてしまう……」
「だから、そのパンデモニウムってのは何なんだよ?」
目を凝らしてもどうにも見えそうも無い。しかし、それは着実にこちらに近づいてきている。そのうちほうっておけば見えてくるのかもしれないが――。
「パンデモニウムってのは、魔王の城の事だ。それが空飛んでんだからそりゃみんな驚くだろ?」
「魔王の城……!? そんな物がどうして空を――ってぇ、あ、アクセルッ!? てめえ何平然と横に並んでやがるっ!?」
ふと声の聞こえた方に視線を向けると、そこには黒いマントを羽織ったアクセルの姿があった。片手を上げて軽く挨拶するその腕を掴み、強引に路地裏に連れ込んだ。
「てめえ、何普通に挨拶してんだよ!?」
「うおお、ナツル……相変わらずアクティブな子だな。別にコソコソしなくても、北方大陸じゃ俺の顔はバレてないから大丈夫だぜ?」
「お前の心配をしてるんじゃねえんだよっ!! なんで普通に居るんだって話をしてんだっ!!」
襟首を掴んでぶんぶん振り回すと、アクセルは苦しそうにもがいた。思い切り突き放して壁に叩き付けるとヤツはゆっくりと身体を起こした。
「ってぇ〜……。別におかしい話じゃあないだろ? 俺は元々、索敵やら内偵やら、単独行動の方が向いてるんだ。一人でここに――パンデモニウムが見える場所に来てたっておかしいことはないんだよ」
大聖堂――。敵側の人間であったというアクセル。俺は実際にアクセルと戦ったわけではないので、こう緊張感の無い対応をされると憎む事は難しかった。
しかしアクセルは大聖堂側の人間――ブレードダンサーの異名を持つ暗殺者だ。お互いにふざけているわけにも行かず、真剣な表情で向かい合う。
「つまり、パンデモニウムを調べに来たのか」
「……厳密には北方大陸の状況を、だな」
「…………良いのか? それを俺にべらべら話して」
「あぁ、別にいいんだよ。俺、大聖堂嫌いだし」
あっけらかんとそんな事を言うアクセル。俺が首を傾げているとアクセルは路地を出て行く。
「お、おい!」
流石にこのままほうっておくわけにも行かず後を追う。アクセルの隣に並び、共に空を見上げた。
白い雪が降り注ぐ灰色の世界――。アクセルは眉を潜め、パンデモニウムと呼ばれる城に何か想いを馳せているようだった。
「お前、大聖堂嫌いってどういう事だよ?」
「文字通りだよ。あそこにはろくな思い出がない……。戦争孤児を暗殺者に仕立て上げるような組織だぞ? そんなもん俺が好き好んで所属するわけないだろ」
全く以ってその通りなのだが、本人にそういわれるとムカツク。
「だったらどうしてそんな格好をしている」
「……言ったろ? 孤児が沢山暗殺者に仕立て上げられて――洗脳されて、ヤバい仕事押し付けられてんだ。その負担を少しでも軽く出来るのは、力のある俺くらいのもんだ。それに、妹のレンも人質に取られてるようなもんだしな」
「……おい、アクセルお前」
「俺の事は今はいいだろ? その話も後でするから、今はあれを見ろって」
肩を竦めて空を指差すアクセル。分厚い雲を突き抜けて現れたその物体に俺は思わず我が目を疑った。
空に浮かぶ超巨大な城――。城、というよりは城を含む大地そのものが移動している。宙に浮かんで、だ。それは巨大な森に包まれた、巨大な要塞だった。
城が見えた所為か、街のあちこちで歓声があがった。同時に駐留する聖騎士たちは慌てふためいているようだった。魔王城パンデモニウム――。その巨大な物体は俺たちの頭上へと飛来する事は無く、途中で進路を買えて離れて行く。だがその圧倒的な存在感は確かに心に刻まれた。
「なん――だ、あれは……。街が一つ、浮いているのか……?」
「十年前、俺の村を滅ぼした城だ。十年経っても、何も変わらないな……」
アクセルはそう無感情に呟き、しかし強く拳を握り締めた。パンデモニウムが見えなくなるとアクセルは視線を俺に向け、それから寂しげな笑顔を見せる。
「色々と話したい事があるんだ。付き合ってくれないか、ナツル」
「……アクセル」
敵同士だというのにこうして言葉を交わせるのは、統治の行き届かない北方大陸故……。奇妙な偶然だが、ここでこうして出会う事が出来たのは無意味ではないと思う。
「宿に部屋を取ってる。丁度メシ時だし、食いながらでいいか?」
「おう、構わないぜ。ありがとな……ナツル」
申し訳なさそうに呟くアクセル。そのしょぼくれた顔が見ていられなくて俺は目を閉じてそっぽを向いた。
「……似合ってないぜ」
「ん?」
「お前にそういう顔は……似合ってねえよ」
呟いて宿に向かって歩き出す。背後でアクセルが笑いながら「そうだな」と言った気がした。
⇒忘らるる日(3)
「終末の戦争――ですか?」
「我々はそれを、創世と呼んでいる」
客間の中、冷静さを保っているのは魔王レプレキアとのその軍勢、そしてリリアだけであった。
魔王を名乗る少年の存在、そして彼の口から当然の如く語られる言葉の一つ一つが人々にとって多大な衝撃を与えるに値する事実であり、それはリリアも理解している。
素早く護衛の騎士を下がらせ、代わりに右側にゲルト、左にエアリオを立たせる。出入り口はマルドゥークが押さえ、護衛にはこれで充分だと判断した。
「……良い判断を感謝するぞ。愚者を交えた対話など余は望まない」
「彼らには緘口令を。して、その創世とは具体的に何を意味するのですか?」
「その質問に答える必要はない。ただ、確実となるであろう事実と約束事を理解してもらえればそれで構わん」
テーブルに置かれた美しい装飾の施されたグラスを片手にレプレキアは目を細める。
「クィリアダリアには散々煮え湯を呑まされた。だが、再びの大戦など誰も望みはせんだろう? 故に、貴殿らには協力も、敵対も望まぬ。ただ、『黙って見届ける』……これのみを要求する」
「見返りは何ですか? その要求、呑むのであれば当然取引なのでしょう?」
「創世が完了するまでこの国は滅びから見逃してやる。今の所、この国と戦う理由は無いのでな」
「それでは見返りと呼ぶには少々不足ですね」
「不足、とは心外だな勇者王」
少年の姿をした魔王は指先のグラスを微かに揺らし、にっこりと微笑んでみせる。その笑顔には何か底知れない悪意のようなものが感じ取れた。
「例えば、このグラス一つ割る事無く――この街を滅ぼす事だって出来る」
「貴様……っ」
剣に手を伸ばそうとするゲルトを片手で制し、リリアはレプレキアを睨んだ。
「何を企んでいるのですか?」
「この世界の変革……そして、今は亡き母ロギアの遺志を継ぎ、願いを成就する事。貴様らクィリアダリアの耐えがたき裏切りと愚かなる行いには目を伏せてやるといっているのだ。黙って受けるのが道理というものであろう」
「ロギアの……子?」
「如何にも。我が身が戦に耐えられるようになるまでに十年も時間を要してしまった。だが、これで願いは成就される。貴様らの言う神は死に、世界は真に人の手へと戻されるのだ」
「要するに復讐、ですか? 子供の考えそうなことだね、レプレキア」
レプレキアの護衛の騎士、そしてリリアの護衛の騎士が同時に武器を手にし、互いの王の首筋にそれを突きつけた。一瞬の出来事だったが二人の王は全く動じず、騎士たちも緊張の中膠着状態を続ける。
「――やはり良い物だな、リリア・ライトフィールド。貴様も余も、結局は故人の遺志を継ぎ、同じ過ちを繰り返す……。余はそういう未来を回避したかったのだがな」
「だったら大人しく仲良く手を取り合いません? 今ならおいしいクッキーもご用意出来ますし、お茶会などいかが?」
「ふ……っ。まあ、いずれゆっくりとな。そういう日が来る事も祈っている……余は、な」
ロギアが立ち上がり片手を翳す。次の瞬間虚空に浮かび上がった鈍い光がゲルトとエアリオを遥か後方へと吹き飛ばした。
丸腰の状態で座ったまま微動だにしないリリアに騎士たちは慌てたが、レプレキアの騎士はリリアを襲う事はしなかった。そうして魔王は立ち上がり、リリアに背を向ける。
「我らに手を出す事は望まない。勇者よ、いずれは貴様とも決着はつけよう。だが今は……あの忌々しき邪神崇拝者どもを葬らねばならん」
「……邪神崇拝者?」
「いずれまた彼方で会おう――。ではな、リリア・ウトピシュトナ」
「待てっ!!」
剣を構えたゲルトが駆け寄り、魔王に大剣を振り下ろす。しかし傍らに立っていた騎士が槍でそれを受け止め、軽々と弾き飛ばした。
その一瞬でグリーヴァが発動した転送魔方陣が輝き、レプレキアたちの姿は消えて行く。薄れて行くその姿を正面から見据え、リリアは深々と溜息を漏らした。
「魔王の息子、レプレキア――か」
『どうやら面倒な事になったな』
声と共にリリアの傍らにどこからとも無く現れた神剣がくるりと宙を舞い、主の手の中に納まった。リリアはフェイム・リア・フォースを軽く掲げ、ロギアへ問い掛ける。
「あの子、知り合い?」
『ああ。私の一人息子だ』
「そっか……。やりにくい、ね」
寂しげに呟くリリアの傍ら、ロギアは応えようとはしなかった。王は目を閉じ、直後には既に凛々しい姿へと戻っていた。
「ゲルト、エアリオ、マルドゥーク。三名の騎士に命じます。直ぐに騎士団を戦闘可能状態に編成し、大聖堂の拠点と成ったケルゲイブルムに進軍します」
「ケルゲイブルムに……?」
「魔王が動くのならばこちらも出来る事はしなくちゃ。多分、魔王が最初に狙うのは、大聖堂元老院だと思うから――」
リリアの直感的なその言葉は、しかしゲルトたちには信じるだけの価値のあるものだった。十五歳の女王の指揮する下、新たな聖騎士団としての初めての戦いが始まろうとしていた。
「ほんのちょっと前まで皆で一緒に学園に居たのに、なんだかもう懐かしいなあ」
そんな事を呟きながらアクセルはパンを食う。パンばっかり毎回食ってる気がするが、好きなんだろうか。そういうところは変わらない。
いや、アクセルは多分俺の知っているアクセル・スキッドのまま、何も変わってなどいないのだろう。心も、気持ちも、その在り方も。ただその両立に苦しんでいたこいつの気持ちに俺たちが気づかなかっただけで。
宿の一階にあるレストランで俺たちは向かい合って昼食を摂っていた。暖かいお茶を口にしながらアクセルの言葉に応える。
「懐かしいな。覚えてるか? 学園で俺が一番に知り合ったのはお前だった。何も判らない俺に案内をしてくれた」
「あぁ、あったあった! 懐かしいなあ、それもまた……。そいや、あの頃は打倒ゲルトに燃えてたっけ」
「今じゃすっかり仲良しだけどな、あいつら……くくっ」
「あー、そうだなあ。なんだかんだでラブラブなんだよあの二人は」
二人して過去の事に想いを馳せる。だがもう、何だかんだで春から夏を超え、秋を向かえ、今はもう冬だ。もう直俺がこちらに来て一年になる。
一年もこんな所で馬鹿みたいに戦ったり遊んだりしていると、向こうの世界に戻った時に反動が大きそうだ。でも……こっちにきて大きかった衝撃、わからなかったこと、そういうものから俺を救ってくれたのは、多分アクセルだった。
こいつはいつも本当に仲間思いで、リリアの事も俺の事も大切にしてくれていた。仲間が増えてもそれは変わらなくて……。だから、俺にはアクセルを憎む事は出来そうにもなかった。
「……何だか歳食ったみたいだな、俺たち」
「まだギリギリ十代だって」
「はは、そうだな……。それで……まあ、何から話せばいいのか」
お茶を飲み、アクセルはそんな事を呟いた。アクセルの言葉を待ち、俺は黙り込む。
「実は……ナツル、お前に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「ああ……。本当ならこんな事は頼める立場じゃないんだが……」
「とりあえず言ってみろって。お前が頼みごとなんて珍しい」
パンを齧りながらアクセルの言葉を待つ、彼は少しだけ言うのを躊躇し、それから意を決して口を開いた。
「……リリアちゃんが、女王に就任したのは聞いた。いや、あの子がマリアの娘だってことは、俺も知ってたから驚きはなかったんだが……。ナツル、リリアちゃんに頼んでくれないか? もし、俺たちが……大聖堂の子供たちが、無条件で降伏したら、受け入れてくれるように、って」
机に両手を突き、身を乗り出すようにしてアクセルは懇願する。その姿は真摯であり、それが罠の類でない事は信じられた。
「俺は、別にいいんだ。どんなキツい仕事でも引き受ける。でも……でも、戦争で親を失った子供たちには何の罪も無いんだ! あんな――死と隣り合わせの世界で生きて行くのは間違ってる! 俺は弟や妹たちを助けたい……。皆は俺にとって大事な家族なんだ。だから……頼む! あの子たちが戦わなくても済むようにしてやってくれっ!!」
頭を机にこすり付けるようにして下げるアクセル。俺はその姿に何だか逆に笑えてきてしまった。俺の笑い声が聞こえたのか、アクセルは困ったような顔で俺を見詰める。
「いや、笑ってないでさ……俺結構真面目に頼んでんだけど……」
「いや、悪い! そういうことじゃなくて……変わんないな、お前は」
「は?」
「結局また、誰かの為か……。お前、相手はあのリリアだぜ? そんなもん二言返事でOKするに決まってんじゃねえか」
「ほ、ほんとか……? いや、そうだよな……。あのリリアちゃんだもんな……。そうだよな……」
「ああ、そうだ。あいつは馬鹿だし、誰かを憎んだり差別したりするようなやつじゃない」
「はは、そうだよな。リリアちゃんは、優しくて……いい子なんだ。俺、それを知ってたはずなのに……一番解ってたはずなのにな」
辛そうに目を伏せ、アクセルは呟く。やっぱりこいつは自分の意思でリリアと戦ったんじゃないんだ。こいつは自らリリアの相手を買って出ただろう。だがそれは、自分以外の人間にリリアの相手が務まらないという事がわかっていたからだ。
リリアは強くなった。へたな執行者では相手にもならないだろう。そうすればこいつの家族は殺されてしまうかもしれない。家族が、リリアを殺してしまうかもしれない。
仲間と家族二つの絆の間に挟まれ、選んだのは両方の代わりに傷つく事だった。それがアクセル・スキッドという男の生き方なのだ。アクセルは何もかわっちゃいない。あの時リリアを捕まえたとしても、どうにかして逃がしていたんじゃない――そんな風にさえ思えてくる。
「……アクセル、もういいんだ。仲間を連れてオルヴェンブルムに来い。なんなら俺が手を貸してやる。大丈夫だ、リリアなら笑って許してくれる」
「ああ、そうだろうな――。だが、だからこそ俺は戻れないんだ」
先ほどまでとは打って変わってアクセルは強い眼差しで言う。
「仕方が無かった……俺はずっとそう自分に言い聞かせてきた。仕方が無い、仕方が無いってな。リリアちゃんと戦うのも仕方がない、仲間が死ぬのも仕方が無い……。でも、そんな生き方を自分に許してきたのは、やっぱり俺自身なんだ」
「アクセル……」
「俺は今までの自分にケリをつけなくちゃならない……。それがせめてもの仲間に対する償いだと思ってる。俺はもう少し、大聖堂の中で自分にも出来る事を探してみるよ」
「だけど、ただの執行者じゃ出来ることなんて……」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺、大聖堂騎士なんだぜ? ヒラの聖堂騎士と一緒にすんなよ」
また唐突に驚きの新事実をさらりと言ってのけるアクセル。強く拳を握り締め、そうして窓の向こうを見やる。
「それに、レンは俺と一緒に逃げるとは言わないだろう。あいつは心の中まで全部大聖堂の理念に教育されている。あいつと一緒じゃなきゃ、俺が逃げる理由なんてないからな」
「だったらやっぱり俺も手を貸すよ。レンは俺だって知り合いなんだ、無関係じゃない。友達の妹を助けるのに、理由なんて要らない」
俺の言葉を聞き、アクセルは何故か素っ頓狂な表情を浮かべた。俺は真面目に話しているのに何事かと思って眉を潜めると、アクセルは笑いながら謝った。
「いや、ごめん! だってお前、俺のこと自分で初めて『友達』って言うんだもんさ」
「…………あ」
そういえば、そうだったか。いや、でも……友達、か。なんだか正々堂々と言うと気恥ずかしい言葉だな……。
「そんなどうでもいいことで話の腰を折るな」
「どうでもよかねえだろ〜! へへ、これで俺はやっぱりお前のダチ一号だな!」
「図に乗るな馬鹿」
二人して笑いあう。なんだかこういう時間も凄く懐かしい。もう、前みたいには戻れないんだろうか。
皆で一生懸命で、目標に向かって頑張ってて……。世界は暗くて悲しくても、夢があるから戦えた。あの頃の気持ちを、取り戻す事が出来れば……。
「そんじゃ、俺はもう行くわ。生憎、割と忙しくてな。長居は出来ないんだわ」
「おい、アクセル」
「悪いな、ナツル……。これは俺の問題――いや、俺の意地の問題なんだ。自分でやらなきゃ、これから先皆の仲間だって胸を張って言えねえ。だからやるよ。お前には、リリアちゃんに話を通す事だけ頼むわ」
「…………意地、か……。わかったよ。でも、本当にどうしようもなかったら――」
「そん時はお前らを頼らせてもらうよ。大聖堂の事は、任せとけ。じゃあな」
背を向けて去って行くアクセル。俺はその背中に声をかけた。
「アクセルッ!!」
遠くでアクセルが振り返り、首を傾げる。
「――死ぬなよ」
俺の言葉にアクセルは頷き、背を向けたまま軽く手を振って消えて言った。レストランの中、一人で席についてお茶を飲む。
温くなったお茶。窓の向こうにはしんしんと雪が降り積もっている。アクセルはきっと一人で戦うだろう。俺は、何も出来ないのだろうか。
「……あいつは、全然変わってなかったな」
俺はどうだろう? 俺は変わってしまったのだろうか? 少なくとも気持ちは、初めてこの世界の大地を踏みしめた時とは違うと思う。
沢山の事実を知り、沢山の戦いをした。その最中、変わらずには要られなかった事も多いだろう。
いつかはこの世界に別れを告げなければならない。それは解っている。でも――俺はきっと忘れていたんだ。
「友達、か……」
その言葉に、その想いに、真実も偽りもあるものか。
この世界に仲間がいる。友達がいる。だから滅んで欲しくない。小難しい理由なんていらない。俺にはそれだけで充分だ。
死にたくないし死なせたくない。消させたくないんだ、この想いを……。いつかきっと消えてしまうとしても、それでも心は世界に残したいから。
「自分のやるべきこと……やらなくちゃ、な」
自らの拳をじっと見詰めて強く握り締める。アクセルは死なない。あいつは強いし、なんだかんだでひょいひょいと逃げおおせるやつだ。大丈夫に決まっている。
そう、自分に言い聞かせてメシを食う。部屋に戻り、チェックアウトの準備を進め、宿を後にした。もう立ち止まってなんかいられない。早くクィリアダリアに戻って、リリアにこの事実を伝えなければ――。
「あ〜〜っ!! いたいた、いたっ! いたよネーチャン!!」
ふと、街を出ようと歩いていると正面の雪道を見覚えのある人影が二つ、歩いてくるのが見えた。そのうちの小さい方――ブレイド君が俺の足元に駆け寄り、疲れた様子で振り返る。
「ネーチャンはやくっ!! 居たよ、ナツ兄!!」
「……メリーベルも一緒なのか?」
顔を上げると、メリーベルが疲れた様子で駆け寄ってきた。それから俺の正面に立つなり、いきなりビンタをかましてきた。
別にそれほど痛いわけではないが、流石にちょっと傷つく。俺が一体何をしたっていうんだ……。
「……はあ、はあ……。こんな、雪道を……歩かせるな」
「……いや、なんで来たんだ? 引きこもりのお前にしては珍し――!? ふぐっ!?」
ボディに結構いいパンチを貰ってしまった。今度のは魔力アリだから結構効く……。痛みに悶え、よろめく俺の様子を無視してメリーベルはトランクを差し出した。
「……忘れ物」
「……っつううう!? ああ!? 忘れ物って――あ、神威双対か。完全に忘れてたな」
「ばか」
最後に頭を小突かれてしまった。疲れていたのか、今度はそれほど威力はなかった。にしてもわざわざここまで届けてくれたのか……。ありがたく受け取っておこう。
「ニーチャン感謝しろよ? 錬金術師のネーチャン、ニーチャンを心配してわざわざここまで来たんだからな……って、いってえっ!? なんで蹴るんだよ!?」
「余計な事言わなくていいの」
照れている、のか? 少しだけ顔を赤らめながらメリーベルはそっぽ向く。なんというか……変わってるなあ、こいつも。
「いや、武器を忘れて行ったのは完全に俺の不注意だ。どうかしてたとしか言い様がないな……。ありがとう、メリーベル」
「ん……まあ、解ればいいわ」
「――――心配してくれたのか?」
「してない」
「ほお、してないのにわざわざ大陸越えて来てくれたのか」
「むう……」
本当に恥ずかしいのか、見た事も無いような顔をして涙ぐむメリーベル。それがおかしくて暫くからかっていると、足元で忘れ去られていたブレイドが声を上げた。
「あのさあ、仲がいいのはわかるけど、ちょお寒いんだけど……。どっか入らない?」
「俺は帰るトコなんだが」
「うっそ、マジかよ!? もう一泊くらいしてけよ、寒いなあ!! 来た道戻るなんて考えらんねーよ! ニーチャンほら、もう一泊するよ!」
「いや、俺はリリアに用事があってだな……」
「いいから早く! ネーチャンもそんなとこ突っ立ってると風邪引くぞ!!」
強引に宿に押し返してくるブレイド君。まあ、長旅で速攻帰らせるのも可哀相か。仕方が無く諦め、俺は宿へともう一泊する事になった……。
〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜
*クライマックスに向けて動き出そう*
リリア「というわけで、アクセル君が久しぶりに本編に出てきました〜!」
アクセル「ファンの皆さんお待たせ! 皆のアイドル、アクセル・スキッドだぜ!」
夏流「そもそもここに出てくるのも珍しくなってきたな」
アクセル「最近リリアちゃんとゲルトが一緒に出るのがメインに成ってきたからな」
リリア「と、いうわけで〜。アクセル君の事はおいておいて、今日は話数削減の為にボツられた本編シナリオを紹介するよ〜!」
アクセル「……また偉いぶっちゃけた話ッスね」
夏流「俺はもう、最近はリリアには逆らわない方がいいと思ってる」
リリア「何かいったかな? それでは一本目! 『ゲルトちゃん吸血鬼になる』の巻!」
『ゲルトちゃん吸血鬼になる』の巻とは?
グリーヴァに魔物化の呪いを呑まされて魔女になったゲルト、というエピソードがあったよね! あれはざっくり削り取られたゲルトちゃんシナリオを簡略化したシーンなんだよ!
スランプから脱出できずに思い悩むゲルトちゃんが単身学園のクエストを受けて吸血鬼討伐に乗り出すというお話。一人で戦うゲルトちゃんをしっしょ〜が助けてちょっと好感度が上がっちゃう? 的なイベントなんだよ!
リリア「でも、キャラ増えると面倒くさいし話数短く纏める為になかった事になりましたっ!!」
アクセル「それで吸血鬼から魔女になったのね」
夏流「まあ、吸血鬼ってちょっとありきたりすぎる気もするしな」
リリア「それ、勇者で魔王でお姫様だったリリアの前でよく言えますね」
夏流「お前くらいまで来ると何かもう気にならない」
リリア「そうですか? にしても、このイベントがあればゲルトちゃんと夏流さんはもう少し親密になってた気もしますね。さて、お次は『リリア、現実世界へ行く』です!」
『リリア、現実世界へ行く』の巻とは?
対大聖堂戦が一区切りし、リリアが女王になるまでの間にあるはずだったシナリオですよー。
現実世界を見たいというリリアを現実世界につれて行き、そこで少しいいカンジになるはずのイベントだったんだよ!
そこでリリアと夏流さんはちょっとケンカをしちゃって、ケンカ別れしたまま次へってなるはずだったんだけど、本編ではリリアが現実に行くイベントは丸々カットされてるね!
アクセル「そういえば女王就任の時に何があったんだ? 何か微妙な空気になってるけど」
リリア「まあ、それはまたあとでということで」
夏流「意外性もあって面白いイベントに見えるけどな、俺は」
リリア「何事も、時間削減のためなのですよ!」
夏流「……そうっすか。まあどっかで焼き直しでやるかもしれないしな」
リリア「はいはい、そうですねー。まあ今日はこんなところで! おさらばですっ!!」
アクセル「まあ、結構ボツになったのあるよね……」
夏流「だな……」
リリア「それではまた来週! ばいばーいっ!」