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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
71/126

忘らるる日(1)


この世界に永遠に居る事は出来ない。俺はこの世界の人間では無いから。

理由はそれだけではない。勿論、人には居るべき場所という物があるというのも事実だ。けれど、俺は俺の人生を生きなければならないのは明らかだった。

皆と一緒に過ごした日々は掛け替えのない物だ。でも、それを永遠にすることなんて出来ない。勿論、俺だけじゃない。それはリリアだってわかっていることだ。

もしも俺がこの世界の中に何かを残せるというのであれば、それは俺の行動の結果だけに他ならない。そう、自分の決着をつける事こそこの世界の為に俺が出来る事なのだ。

秋斗、そして俺という異世界の存在を排除する……。そうすることで世界は本来の在るべき姿へと戻って行くだろう。長い時間をかけ、ゆっくりと……。

それは俺が絶対にしなければならないことであり、唯一成せる事でもある。そう、俺はいわば秋斗を止めるためにこの世界に召喚されたのも同義である。

冬香トウカが俺に何を伝えたかったのか。今となっては、彼女からの手紙さえその信じるに値しない。薬物自殺したと言われる冬香、その彼女から差し出された手紙……。あの秘密基地に赴いた意味。全てに意味などあったのだろうか。

ナタル見聞録、ヨトの預言書――マリシアを生み出す悪意の断片、大聖堂の恐れる『終末』とマリアが守ったリア・テイル。女王になるリリアと、動き出した世界の流れ。

リリアはリリアで、あいつはあいつで。やるべき事をやっている彼女たちがいるというのに、俺だけだらけているわけにはいかない。俺も、やるべき事をやらねばならない。

港から船に乗り込み、前回とは違い今度は急がない旅路。北方大陸まで三日ほどかけて移動する。もくもくと蒸気を立ち込めさせる汽船の煙突を眺めながらぼんやりと海の景色を眺めていた。

今回は誰も傍には居ない一人旅――。救世主の秘密のお仕事なのだから仕方が無い。秋斗と俺、二人の異端が一堂に会する場面はそうある話ではない。このチャンスを放り出すわけにも行かず、俺は北方大陸の固い土を踏みしめていた。

クィリアダリアの内乱とも言える事件の所為か、北方大陸に移民する人も少なくはなかった。人の流れが盛んになっているのは、誰もが大きな戦を予見しているからだろう。

新たな女王リリアは若すぎる。それに脅威であった大聖堂元老院が居なくなった今、主権を主張する国家が次々と名乗りを上げるのは必須。支配体制をどう移行させていくのか、リリアには重すぎる課題が待っている。


「……今は自分の事、か」


北方大陸の冷えた空気。曇った空……そのうち雪が降るかもしれない。

俺は目的地に向かって一人で歩き始めた。自分自身の物語、リリアのためではなく、俺たちの戦いをするために。



⇒忘らるる日(1)



「と、言うわけで――本日からリリア様には様々な実務を執り行って頂きます」


そう言ってリリアの机の目の前にどっさりと書類を積み重ねるマルドゥークの言葉でリリアの一日は始まった。

女王就任から数日、ここまで様々な儀式やらなにやらで毎日寝る間も惜しんで行動してきたリリアにはにわかには信じられない量の仕事が目の前に並んでいる。冷や汗を流しながら少女は顔を上げ、傍らに立つマルドゥークを見詰めた。


「……マルドゥークさん、まさかこれ全部リリアに関係あることですか?」


「当然です陛下」


「でもでも、マリア様は全然人前に出てこなかったし……」


「まさか、人前に出て居ない間遊んでいるとでも思っていたのですか? マリア様も毎日きちんと彼女の役目を果たしていました」


「…………うぅぅ。女王のお仕事って、書類の処理なの……?」


「一先ずはサインだけいただければ結構です。さあ、この書類凡そ二千枚に全てサインを御願します」


目尻に涙を浮かべながらリリアは黙々とペンを走らせる。それは難しいことではなかったが、膨大な時間と労力を必要とした。勿論マルドゥークも仕事は選んでいる。今のリリアにも出来そうな事を持ち込んでいるのだから、彼に非はないと言える。

生前、マリアはリリア以上の仕事をリリア以上の速さで仕上げていた。それは彼女が優れた人間であった事の証であり、リリアの両肩にずっしりと圧し掛かるノルマでもあった。

聖都オルヴェンブルム、女王の居城リア・テイル城。その奥まった場所に存在する女王の離宮での生活も早くも数日が経過したのだが、リリアはその城での生活をあまり快く思って居なかった。

思えば以前のリリアの生活は勇者とは言え殆どただの学生と変わらなかった。その上勉学に秀でているわけでもなく、むしろ他の生徒と比べて見劣りする成績の持ち主であったわけだから、急に城の仕事などできるはずもなく。


「うぇええん、マルドゥークさんの意地悪ーっ!」


「意地悪では在りません陛下。私はこれでも、貴方に出来そうな仕事を選んで持ち寄っているのですよ」


「それはわかるけど……ね、眠くてよだれが……」


思えばろくに睡眠もとって居ない。ふらふらしながら手だけ動かすリリアの背後、マルドゥークが指を鳴らすとずらりとメイドたちが現れリリアの涎を丁寧にふき取り、背中をマッサージする。


「はうああああ……っ! き、きもちいい〜……」


「仕事の能率があがるのであれば何でもするのが私の騎士道です。やる気が出たならサクっと仕事を終わらせてください、女王陛下」


「き、きもちよすぎて逆によだれが……」


「ノープロブレム。よだれなど気にせずどんどん垂らしなさい。全て処理致します」


そうして事務処理は実に三時間に及んだ。二千枚近くあった物を三時間で処理するという人生初の行いにリリアは机の上に突っ伏してぐったりとしていた。

マウドゥークがメイドたちに書類を運び出させる頃にはリリアは既にウトウトしていた。眠りかけているリリアの背後に回り、マルドゥークがその首筋に一撃入れる。


「はぐうっ!?」


「シャキっとしてください陛下。やることはまだ山積みですよ」


「い、今どこ叩いたの……? 何か強制的に目が覚めたんだけど……」


「秘伝のツボです。さあ、次は市街を視察……もとい、新女王としての顔を売りに行きますよ。貴方はまだまだ女王として無名なのですから、早いうちに民衆の支持を得なければ」


「……なんか最近、色々な所にお出かけしすぎてなんだか人と会うのがいやになってきたよ」


「女王がそんな弱音を吐いてはいけませんよ陛下。明るく元気よく、スマイル! そしておしとやかに手を振る!!」


「……す、すまいる……へ、へへへ……」


「引き攣っていますよ。おい、誰か陛下の顔をマッサージして差し上げろ」


「いや、別にそんな必要は……にゃああああっ!?」


数名のメイドに群がられ、顔周辺をマッサージされる。一瞬で散って行くメイドたちの立ち去った後、残されたのは爽やかな笑顔のリリアだった。

執務室でリリアがマルドゥークに絞られている頃、部屋の外には書類を片手に立つゲルトの姿があった。中でリリアがどたばた騒いでいるのを聞きながら思わず苦笑を浮かべる。

警備の人間はゲルト一人であり、他には人気のない長い回廊を歩いてくるエアリオの姿があった。おっとりとした様子で微笑むエアリオにゲルトは一礼する。


「リリア様のご様子はどうかしら〜?」


「色々と四苦八苦しているようです。尤も、四苦八苦しているのは陛下ではなくマルドゥークかもしれませんが」


「あらあら、まあまあ。でも、マルドゥークはあれで人に物を教えるのは大好きだから、きっと張り切っちゃってるわよ〜」


「……そのようですね」


中から聞こえてくるマルドゥークの張りのある声とリリアの泣きそうな悲鳴が交互に繰り返されるのをBGMにここに立っていたゲルトは笑うしかない。

リリアの女王宣言から数日、ゲルトは常にリリアの傍に居た。今では正式に聖騎士団近衛騎士に取り込まれ、女王の傍で常に身を守る女王騎士として立ち振る舞っていた。

その僅かな間でゲルトは見る見る仕事を覚え、今もリリアにはどうしようもなさそうな仕事をいくつも引き受けている。尚且つリリアの警護まで努めているのだから、疲労もいっそうのものだろうと思われた。

エアリオもゲルトの事を気遣い様子を見に来たのだが、思いのほか元気そうに見える。新しい鎧と装備も馴染み、既に風格のようなものさえ感じられるゲルトを前にエアリオは笑いながら紙袋を差し出した。


「これ、差し入れよ〜。朝からずっとここに立ちっぱなしで疲れるでしょう?」


「いえ、そんな事は。わたしはこの仕事を誇りに思っていますから。何よりリリアを守る為です。これ以上、わたしに望みなどありません」


「あらあら、陛下が大好きなのね〜」


「……あっ。す、すみません……つい、昔のクセで呼び捨てにしてしまいました。リリア……様、でしたね」


「あら、いいじゃない? 陛下とゲルトちゃんは友達なのでしょう? いっくらクィリアダリアの女王だからって、一人も友達が居ないんじゃあ可哀想よう」


「……そういうものなのでしょうか? いえ、しかしそれでは規律が……」


「あなたもなんだかマルドゥークみたいなことを言うのね〜」


腕を組み、苦悩するゲルト。その様子に微笑み、エアリオは紙袋からクッキーやビスケットなどが詰められたバスケットを取り出した。そうして中から一つを取り出しゲルトに差し出す。


「はい、おひとつどうぞ〜」


「い、今は警護の最中ですので……」


「……しくしく……。お姉さん、ゲルトちゃんが喜ぶと思って、せっかく家で焼いてきたのに……」


「うっ!? わ、わかりました……お一つだけ、ということで」


泣き真似をするエンリルの様子にゲルトも折れて一口クッキーを齧る。それは彼女が想像していたよりも余程美味しかったのか、思わず冷静な顔に笑顔が浮かんだ。


「お、美味しいですね……。本当に手作りなんですか?」


「あらあら、女の子なら何でも出来た方がいいわよ〜? 尤も、こんなお嫁に行きそびれてる私がわたくしが言った所で、説得力はないけれど〜」


「い、いえ、そんな事は……。しかし、少々驚きました。貴方は武術や魔術だけではなく、こんなことまで達者なのですね」


「うふふ! ええ、お料理にお裁縫に……後は、野生動物の狩り方とか〜」


「……それは女性らしいのでしょうか」


「まあまあ? それじゃあ、このクッキーを陛下にもおすそ分けしてくるわね」


「そうですか、どうぞ」


おいしいクッキーを齧りながら頬を緩ませるゲルトの隣を通過するエアリオ。しばらくして我に返ったゲルトが振り返り、室内に飛び込むとクッキーを与えられたリリアが幸せそうに笑っていた。


「姉上困ります! 今は仕事中であってですね!!」


「エアリオさん、貴方という人は! リリアに無闇に餌を上げてはいけないと、わたしが何度も言っているのに――!」


二人の真面目な人間が同時に声を上げたが、暢気な二人はまるで聞いていなかった。仲良く一緒に紅茶の注がれたカップを傾けながらクッキーを齧っている。


「あらあら、女王陛下だって息抜きは必要だわ〜。それに、マリア様だって時々こうしてわたくしとお茶していたのよ」


「てゆうか、ゲルトちゃんさっき餌付けって……」


「姉上の仰る事はわかりますが、今は国を纏める大事な時期! 多少厳しくとも、強行軍であろうとも、リリア陛下を立派な女王に育て上げる事こそ急務ではありませんか!」


「い、いえ……別にリリアが犬っぽいとかそういうことではなくてですね……っ」


「わかりました。そんなに意地悪を言うのであれば、もうマルドゥークにもクッキー焼いてあげません」


「ええ、解りました。そのくらいの覚悟は私もとっくに……えっ!? あ、姉上……今なんとっ!?」


「ゲルトちゃん、そーいう意地悪ばっか言うんだったら出て行きなさい。リリアは優しいエアリオおねーさんとお茶するからいーもん。もう呼んであげないもーん」


「お茶会など、そんな事をしている場合では……えっ!? リリア、い、今なんて!?」


その場に崩れ落ちたマルドゥークとゲルトがエアリオに首根っ子をつかまれ、部屋の外に放り出される。バタンと音を立ててしまった扉を振り返り、二人は互いの顔を見合わせて肩を落した。


「ね、姉さんのクッキーがもう食べられない……だと……?」


「リリアとお茶出来ないなんて……そんな……」


二人は同時に頭を抱え、それから同時に叫び声を上げた。誰も居ない回廊に声は響き渡り、それを無視して中では和やかなティータイムが繰り広げられていた……。



「よお、久しぶりじゃねえか――夏流」


それが俺を見つけた秋斗の第一声だった。

北方大陸の田舎町であり、以前俺たちがアリアを追ってやってきた街の入り口、外灯の下で俺を待っていた秋斗は肩に白いうさぎを乗せ、俺同様こちらの世界の服装に着替えていた。傍から見れば俺たちはこちら側の人間にしか見えない事だろう。

雪が降り、風はいつの間にか穏やかに成っていた。静かな闇に包まれ始めた世界の中、秋斗は以前と変わらない余裕と不敵をさを湛え、笑う。背を向けた秋斗に続き、俺も歩き出す。

二人で潜ったのは街の中にある飲食店だった。シャングリラと比べ大幅に魔術的にも機械的にも技術に劣るその店の中を照らすのはランプの頼りない明かりだけ。俺たちはカウンター席に肩を並べて座る。

暖炉では薪が音を立てて折れ、暖かな室内で客の数はまばらだった。一先ず飲み物を注文し、木製の椅子に深く腰掛ける。


「こうして肩を並べて店に入るのは何年ぶりかねぇ……」


「……俺が地元を出て依頼だから……もう、二、三年になる」


二人してそうして暫く黙り込む、その沈黙に耐えかねて俺は話題を振る事にした。


「そんな思い出話をしに来たわけじゃないんだろ?」


「はっ! まあ、いいじゃねえかよ。こうしてゆっくり話す機会はそうないぜ? 救国の救世主と滅国の救世主、二人肩を並べる事なんてよ」


しばらくするとコーヒーが二つ出された。砂糖を山ほどぶちこむ秋斗の横顔に思わず眉を潜める。以前からこうだったが、こいつの味覚は大丈夫なのか。


「まあいい、どっちにしろテメエと語るような事はねえからな。俺様たちが今更語りあった所で、時間は元には戻らねえ。それだけが事実だ」


「…………それで? 俺に用件があると呼びつけたのはそっちだろ?」


「ああ。用っつーほどの事でもねえ。お前にとっても俺様にとっても、至極当然の事だからな」


まだ熱いのか、コーヒーをちびちび飲みながら語る秋斗。それにあわせ俺もカップを傾けた。


「夏流、テメエはどこまでこの世界の成り立ちに気づいている?」


「……成り立ち?」


「この世界が『何』なのか……。俺様とテメエが召喚されたのは全く無関係な二人だからじゃねえ。この世界がどんな物なのか、テメエにだって解ってるはずだ」


眉を潜める。俺がわかっている事……。そもそもそれは、秋斗が俺の行動をゆがめているから混乱しているのだ。

こいつがわざわざナタル見聞録をあっちの世界の屋敷、俺たちの秘密基地の引き出しに入れたりするから俺は混乱している。そこにあるはずだった、俺が本当に手にするはずだった『冬香の遺言』にも等しい物を、こいつは持ち去ったはずだ。

だが、俺はそれを直ぐに問い詰める事はしなかった。まずは秋斗の言った言葉の意味を考えてみる。


「この世界は、子供の頃俺たちが遊びで作った絵本に似ている」


勿論、似通っているだけであって、それそのものというわけではない。そもそもあれはまだ俺たちが小学生低学年だった頃の話……もう、十年近く前の事だ。明白に覚えているわけでもない。

ただ、確か昔にそんな絵本を遊びで作った覚えはある。なぜかといえば、その絵本のシナリオを書いたのはほかならぬ当時の俺であり、絵を描いていたのが冬香だったからだ。

しかし薄らぼんやりと記憶されている思い出の中にあるその絵本はこの世界の内容とは違う部分が多すぎる。確かあれは、『勇者と魔王の戦い』の本だったはずだ。

だが、その本に出てくる勇者は『男』だった。勿論当時は名前もなく、ただの『ゆうしゃ』で、魔王はただの『まおう』だった。二人の戦いとその結末を描いた、夢見がちな子供だからこそのファンタジーだったはず。


「……あとは、この世界に冬香が関わっているかもしれないと、それくらいか」


「まあそんなこったろうと思ったぜ。だが――あの絵本の事を覚えていたのは褒めてやってもいい。そう、確かにこの世界のベースになったのはあの俺様たちのガキの頃の遊びだ」


「この世界のベース……?」


「この世界と俺たちの絵本とでは、内容が沿わない部分が多すぎる。そりゃ当然だ。この世界の時間軸は、あの絵本から十年後――つまり、この世界はあの絵本の続編、ってわけだ」


絵本を書いたのが丁度十年ほど前。そして今はその続編だという。いや、待て。冬香が残したという本をもう一つ俺は知っている。

そう、俺が持つ原書――ナタル見聞録だ。俺が始めて屋敷に入った日、そこには冬香の丸っこい手書きの文字で物語が記されていた。俺はそれを読み――読んでいる途中で、寝てしまって……。気づけば本はまっさらだった。


「じゃあ、この世界もやっぱり冬香が作った本がベースだっていうのか?」


「と、言うよりはその本の中の世界、とでも言うのかね。まあハッキリとしたことは言えないが、ヤツが書いた小説――それが元になっているのは間違いない」


「……やっぱりそうだったのか。でも、何と言うか……この見聞録は彼女が書いた物ではないんだろう? ナタル・ナハとかいう英雄が記した物、だったはずだ」


「その通り。何故ならヤツが記した書物はこっちの世界では『ヨトの預言書』と呼ばれているつまり――俺が持ってるコイツだ」


そう言って秋斗がうさぎの帽子から取り出したのは俺の物とは違うハードカバーの本……しかし、それには見覚えがある。そう、秋斗が持っているほうが、俺が一度だけ読んだ、冬香の残した本――!


「待て、なんでお前がそれを持ってる!? 俺は確かにあの日、それを手にとって、それで――――!?」


それで、どうした? 全く記憶がない。何も思い出せない……いや、そんなことってあるのか?

そもそもどうして俺は本を読みながら寝てしまったんだ? 普通、読みながら寝るか? そしてその内容完全に忘れるか? 当たり前のようにすっかり失念していたが、そもそもあの日、始まりのあの日から全てはおかしかったんだ。

説明の出来ない事が多すぎる。それに何より、どうして俺は代わりに見聞録を持っていたんだ……? どうして俺が読んでいたはずの預言書を秋斗が持っている?


「あの日何があったんだ……? 俺が寝ている間に……」


俺の質問に秋斗は不快そうに眉を潜めた。何か俺が気に障るような事を発言したようだが、それが何なのか俺にはわからない。


「やっぱり何も覚えてねえ、か……。俺から一つだけ言える事があるとすれば、『テメエはその本を一度全部読んだ』って事だけだ。後は自分で考えな」


そういえば、初めてナナシと出会った日にナナシにも同じ事を言われた気がする。一度預言書を読んだ……? どういう事だ?


「まあ、それをお前が覚えていようが覚えて居まいが俺様にとってはどうでもいい。お前に用っていうのはな、夏流――。俺様と手を組まないか?」


「何?」


コーヒーを飲み干し、秋斗は真剣な表情で俺を見る。どうやら冗談、というわけではなさそうだ。


「俺たちの目的は同じはずだ。俺様も、テメエも、リリアを勇者にする事を目的としている。それは何故か? テメエは何の理由もなくリリアをここまで仕立て上げたわけじゃねえんだろうな?」


「目的なんてない。強いて言うなら、俺自身があの子を助けたいと思っただけだ。それに、俺が何かをしたわけじゃない。あの子が自分で頑張った結果だ」


「じゃあそういう事にしといてやる。どうせテメエと俺様の意見は平行線だからな。だが、これだけは譲れねえ。この世界に来た目的は――冬香を殺したヤツを見つけ出す事、だろ?」


「冬香を――殺した?」


衝撃が走る。冬香が殺された。自殺ではなく、他殺……。充分考えられた、むしろそう考えるのが当たり前の立場に居て尚、俺はその考えを失念していた。

いや、目を反らしていたのかもしれない。未知の毒物で死亡したという冬香。しかしそんな毒薬はどこから手に入れたのか、どこにあったのか……。簡単だ。こっちの世界の人間ならば、あちらでは理解不能な方法を以ってして人間を殺す事が出来る。

だが、だからといって冬香を殺したのがこちらの世界の人間だと考えるのは些か早計ではないだろうか。単なる自殺の可能性、それを捨てきれない。それに異世界の人間が態々冬香を殺す理由など……。


「冬香は世界の創造主だ。その創造主を殺そうとするヤツの考えはシンプルだろうよ。創造主、つまり本の執筆を続ける冬香は世界を拡大し続ける存在だ。それが死ねば世界は潰える――」


「まさか、この世界を『終らせ』たい人間が、執筆者である冬香を殺したとでもいうのか?」


そんな事があるのか? ありえるのか? いや、こんな魔法の世界にやってきておいてありえるだのありえないだのそんな考えは遅いのかもしれないが。

仮に何らかの理由でこの世界の人間が滅びを祈ったとして、その滅びを祈った人間が冬香を――異世界の、自らの手の届かぬ場所の、神にも等しい存在を殺めるなど、そんな事が……。


「冬香を殺したヤツはこの世界の終わり――つまり、預言書の記述が途切れている空白の日が訪れるのを待っている。それまでは表舞台には出てくるつもりが無い、そういうヤツだ。俺はそいつを追っている……。見つけ次第、確実にこの手でブチ殺す」


拳を強く握り締める秋斗。秋斗はその犯人が誰なのか知っているのか……。激しい怒りを隠そうともせず、歯軋りしながらはき捨てるように言った。


「こんな作り物の、クソくだらねえ世界の……! 俺たちに作られただけの架空の存在が、現実の冬香を殺したんだ。そんな事は許されねえんだよ、夏流。絶対に許しちゃならねえんだ、こんな世界は……ッ!」


「冬香を殺した人間が居る……。この世界に……」


俺も他人事ではない。もし秋斗の言葉が事実であれば、協力することを断る理由がない。むしろ進んで手を貸したい。そう思えることだ。

だが、それだけにしては秋斗の行動は余りにも無駄が多すぎる。こいつの狙いは『犯人』を捕まえること、それだけなのか?


「秋斗、一ついいか?」


「あん? なんだ」


「もしその……『空白の日』が訪れた時、この世界はどうなる?」


この世界がもし本の世界で、執筆者である冬香が完結させる前に終わってしまった世界だとしたら、必ず終わりという物が存在する。

いや、本である以上必ず終わりは存在しなければならない。未完の物語など意味を持たない。だが、この世界は中途な部分で投げ出されてしまったまま、空に浮いているのだ。


「空白の日が訪れた時、世界は滅ぶ……そうなんだな? 犯人はそれを待ってるんだろ?」


「ああ、その通りだ。だから空白の日が来る前にそいつをブチのめす必要がある。可及的速やかに、だ」


「ちょっと待てっ!! その空白の日が来たら、この世界が終わるんだぞっ!?」


「それがどうした! 言っただろ、夏流! この世界は所詮作り手を――神を殺すような世界なんだよっ! こんなクソ世界、何万回滅ぼうが俺様には関係ねえっ!! むしろ滅べばそれでいい……そうだろうが!!」


強い、この世界に対する憎しみを感じた。そりゃあそうだろう。幼馴染だった冬香が、この世界のせいで死んだのだとしたら……。

俺も、きっとそうだった。この世界に来たばかりの時、その話を聞いていればこうは思わなかっただろう。この世界を、終わらせたくないと――。

冬香を殺した犯人は憎い。勿論憎い。だが、この世界が終わると聞いた時、俺は犯人を殺す方法よりも世界を守る方法が欲しいと思ってしまった。

俺は冬香ではなくこの世界を選んだのか……? 違う。俺にはやらなければならないことがあるはずだ。冬香を殺したヤツを殺す……でも、それでどうなるっていうんだ。

殺したり殺されたり、そんなことばかり繰り返しているこの世界の中で知ったはずなんだ。そんなのは意味のないことで、悲しみを増やすだけなんだって。犯人を殺しても、この世界は戻らない。


「そんな事をしても……冬香は戻ってこない」


力なく呟き、俯く。しかし秋斗は力強い口調で言う。


「――――冬香を取り戻す方法ならあるぜ」


思わず顔を上げた。秋斗は俺をじっとみつめ、眼を細めながら告げる。


「リリアを冬香の代用品にすればいい。肉体も精神も魂も、アレは限りなく冬香に近い存在だ。何しろ――あいつが自分自身を登場させたくて練りに練って生み出した存在だ。リリアは、冬香とイコールで結んでも問題のねえ存在なんだよ」


「……またそれか。リリアはリリア、冬香にはならない。何度も言っただろう」


「本気でそう思ってるのか? テメエはそうやって表面だけでヤツを守ろうとしている。本当は傍に居て守られてんのは、勝手に罪を償った気になってんのはテメエの方だろうが」


その言葉は胸に深々と突き刺さった。だが、言い返す事は出来ない。それは全て事実だからだ。

そんなことは言われなくたってわかってる。だからこうやって、どうすればいいのか考えて……。迷って……。必死に自分の道を探しているんだ。


「リリアを冬香にする方法ならある。冬香にしたリリアを現実につれて帰ることだって出来る。それでこの世界が滅ぼうがどうなろうが、知ったこっちゃねえ。また三人で、世界をやり直せるんだ。俺たちの世界を……。その何がいけないって言うんだ? 何が間違ってるっていうんだっ!! こんな作り物の世界、消えて当然なんだよォッ!!」


「秋斗っ!!」


大声を上げる秋斗の肩を掴み諭す。周囲の視線を完全に浴びてしまっている俺たちは代金を支払い、店を後にした。

雪の積もる道を歩き、町外れに移動した。秋斗は俺と少し距離を離した場所で上着のポケットに両手を突っ込んで振り返った。


「……俺様は、冬香を絶対に取り戻す。そして冬香を殺したこの世界を絶対に許さねえ。取り戻すんだ、俺たちの本当の幸せを……」


「…………お前は、間違ってない。間違ってないさ。でも……」


この世界を捨てれば、過去を取り戻せるのだろうか。

全てを忘れて……また、三人で。嫌な事はなかった事にして、やりなおせるのだろうか。

そんな選択が出来るのであればどれだけ幸せだろう。人間が誰でも思う夢のような事を実現できる。この、魔法の世界なら――。


「改めて言うぜ、夏流。俺様と一緒に来い……! この世界をぶっ潰し、冬香を取り戻すんだ!」


秋斗の差し伸べる手。それを取りたい気持ちが大きくなっていく。そうだ、この世界でどんなに努力しても、いつかは別れを告げねばならない。空白の日を止める手段もわからない。でも、冬香を取り戻す方法だけは確実なんだ。それを実行すればいいだけ。未来はなくとも、過去は手に入る――。

迷う心の中、結局決める事が出来ずに歯を食いしばる。秋斗はゆっくりと手を引き、舌打ちして背を向けた。


「テメエが迷ってるうちに俺様はどんどん先に行くぜ。テメエが追いつけない高みにまで昇り詰めて、この世界の神だって殺してやる。俺はリリアを神にする。この世界から連れ出し、世界をやり直す……。夏流がそれを邪魔するなら、次はもう手加減はしねえ」


「秋斗……」


「――――テメエのしたことは許せねえ。だが、心のどっかでテメエをまだ信じてるんだ。だから……これ以上、俺様を裏切るな」


そう残り、秋斗は雪の中へ去って言った。残されたのは俺と、どうしようもない空しさだけ。

膝を着き、ぼんやりと雪を眺める。身体が震えているのは寒さのせいだけではない。きっと……自分が許せないから。


「本当に、取り戻せるのか……?」


自分で拒絶してしまった、あの幸せな日々を。


「リリアを……冬香にする……?」


そんな事が出来るのか? いや、そんな事を俺はしたいのか?


「世界を……救う……?」


空白の日。神を殺した何者かの存在。俺の救世主としての役割。何をすべきで、何を守るべきなんだ。

この世界が終わる日が来る。そんな時、俺に何が出来る? その時俺は、何を選べばいい?


――結果、貴方は『選択』する事になる……ということを、心の片隅に残して置いてください。


いつだったかナナシが言っていた言葉を思い出す。


――単刀直入に申し上げましょう。貴方が手にしているその名も無き本……それを、完成させて欲しいのです。


本の完成とは何か? 物語を終わらせる事とは、何を意味する? 俺にとっての完成とはなんだ? 俺が望む結末は……?


「冬香の為に……この世界に生きる全てを犠牲にするのか……?」


それが、俺に課せられた『選択』なのだろうか――。


「もし、そうだとしたら……俺は……っ」


答えは見つからない。ただ降り積もる雪の中、全て何もかも白く染まってしまえばいいのに――。そんな事を、考えていた。


〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜


*リネージュ2にログインできない編*


ゲルト「ど、どんどん本編に関係ない事が上に書かれていきますね……」


リリア「無料化したのに……」


ゲルト「それはともかく、もう四部なんでしょうか」


リリア「うん。また新しい展開があるからね〜。色々な人の戦いの決着とかも付いて行く予定」


ゲルト「うーん……100部行きますかね」


リリア「120はいかないと思う……多分」


ゲルト「何はともあれ女王で勇者で魔王でおめでとうございます」


リリア「わーいありがとー! メインヒロインじゃなくてもこれだけ設定あれば目立つんだよ!」


ゲルト「そうですね――って、え? メインヒロインじゃないって!?」


リリア「うん、メインヒロインはゲルトちゃんに譲るよ」


ゲルト「ど、どうしたんですか? 珍しい事を言いますね……」


リリア「メインヒロインになった途端、人気が急下降していくんだよ! アハハハハハハハハハハハ!」


ゲルト「……リリア? リリアー?」


ロギア『気にするな。劇場ではあいつ壊れてるから』


ゲルト「うう……。リリアが遠くなってゆく……」


ロギア『メインヒロイン……なのか? あれは』


リリア「アハハのハ〜〜〜!」

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