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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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覚醒する力の日(6)

「――つまり、どうやらリリアはクィリアダリアのお姫様、らしいんだ」


「…………ほえ? そうなんですか」


「「「 リアクション薄っ!? 」」」


オルヴェンブルムへと向かう列車の中、俺は意を決してリリアにそれを語る事にした。

フェイトとリリア、二人の娘であること。つまりそれは、クィリアダリアのお姫様であること。色々とリリアの事については謎の事も多いが、とにかくこの二点は直ぐにでも必要になってくる事実だった。

差し当たり、魔王であることは先延ばしにするとしても、マリアが死んだ以上この問題は避けては通れないだろう。目を覚ましたリリアを強引に列車に押し込み、そこで俺は仲間たちに全てを話し……それで、シリアスな展開になるはずだった。

それがどうしたことか、リリアは事実を知っても特に驚いている様子が見えなかった。そのためビックリした連中は全員同時にツッコんでしまったのである。

逆にそれに驚いたのか、リリアは目をぱちくりさせている。別に寝ぼけているというわけではなさそうだが、一体どうしたことか……。


「えーと、皆のリアクションが大きすぎるだけじゃなくてですか?」


「いやっ、それはそうなんだが……。お前、自分の母親がマリアなんだぞ? そこわかってるか?」


「え? いや、わかってるかって……そんな事言われても……。リリアのお母さんがマリア様だっていわれても、正直ピンとこないっていうか」


まあ、確かにそりゃあそうだろうな。でもだからってそんな不思議そうな顔をしている場合か? だってマリアは……もう、死んでしまったんだぞ?

それから俺たちはいかにそれが重大な事であるのかをリリアに説明したが、彼女は結局理解しているのかしていないのか良く判らないままだった。列車は俺たちを容赦なくオルヴェンブルムへと運び、女王の葬儀ムードで暗い聖都へと足を踏み入れる。

リア・テイルを見上げても尚リリアはぼんやりした顔をしていた。リリアはマリアの娘であり、アリアよりも確実に年上だ。つまりそれは……この国を背負う義務を持つ事に他ならない。

他の人間を女王に仕立て上げるのはどうやら無理らしい。代々女王は女王の一族のみ……。血を分けた娘はリリアとアリアしかいないのだから、あんなに小さな女の子であるアリアに全てを押し付けるわけにもいかない。リリアは率先して自分でやると言い出すとばかり思っていたのだが、この様子ではどうもはっきりしない。


「……どちらにせよ、葬儀は明後日だ。色々あって大分遅くなってしまったが……国を挙げて盛大に行われるらしい。俺たちもそれに参加し、警護を受け持つ事になった。勇者部隊はオルヴェンブルムにて待機、集合の合図があるまで自由行動だ」


命令を下すと全員同時に頷いた。リリアは一人、ふらふらと街の中を歩いて行く。その背中を追いかけようとする俺の手を取り、首を横に振るマルドゥーク。


「今は、少し気持ちの整理が必要な時期だろう」


「……でもな」


「気持ちは察する。だが、私もこれからはリリア……女王を守る立場になる。気持ちは同じだ。しかし、今のあの子にその責務を果たすのは難しいだろう。余りにも、重すぎる課題だ」


腕を組み、マルドゥークは俯いた。俺にもわかっている。放って置くわけにはいかないし、はいそうですかと受け入れられるような軽いことでもない。今はリリアが、どうにかして気持ちを決めるべき時なのだろう。

リリアにはもちろん、女王となる事を拒否する権利もある。アリアという正当な後継者もいるのだ。むしろそれが自然なのかもしれない。だが、リリアは何をどう願うのだろうか。

結局はあの子の気持ち次第、か……。そこで俺たちがつべこべ口出しするのはやはりおかしいのかも知れない。

マルドゥークの手を振り解き、俺はもうリリアを追いかけようとはしなかった。マルドゥークは俺たちを振り返り、一礼する。


「今回の件では世話になったな。これからも聖騎士団として共に戦う事もあるだろうが、今は騎士団も忙しくてな。一先ず失礼する」


「また直ぐ嫌でも会うことになんだろ。それまでしっかり仕事しろよ、副団長」


マルドゥークとは数名の聖騎士と共に去って行く。その背中を見送り、俺も振り返った。


「兎に角解散だ。明後日の集合にはちゃんと来いよ」


こうして俺たちはオルヴェンブルムの中別々に行動することになった。リリアに声をかけるつもりはない。だが、心配になった俺は彼女の後を追いかける事にした。

色々と話したい事もある。一人にしておくのは、忍びない。勿論それが、自分勝手な甘さなのだということはわかっているのだが。



⇒覚醒する力の日(6)



リリアの後をつけていると、オルヴェンブルムの街にあるとある路地に辿り着いた。

ちょっとした広場のようになっているそこでリリアは積まれた大きな木箱の山に昇り、一番上に腰掛けて剣を傍らに空を見上げていた。

何をするでもなく、ぼんやりとそうしている姿を俺は物陰からじっと見詰める。やがて見ている事がだんだん申し訳ない気がしてきて視線を反らすと、リリアの独り言が聞こえてきた。


「ロギアは、知ってたんだよね。マリア様の事」


『……当然だな。私を剣に封じる術式を考案したのはあの女だった。フェイトに余計な物を託しおって』


「…………マリア様がお母さん、なんてさ。急に言われても、実感ないよ」


リインフォースの刃が零れ、その内側から出てきたという剣。光り輝くその刀身を太陽に透かす様に両手で掲げ、リリアはぼんやりと呟く。


「聖剣の中にこんな剣があったって事も、リリア知らなかった。ねえロギア、あなたが急に喋れるようになったのと関係あるの?」


『ふむ。まあ、その通りだな。封印は鎖だけではなく、あの偽りの刃もそうだった。この剣の力を封じると同時に、私の声も妨げていたのだ。喜べ、これでもうおまえは独り言を言っているとは周りに思われんぞ』


「そういう問題じゃないと思うけどなあ〜……。でも、よかったね。ロギアの声、皆に届くようになって」


『……全く、つくづく緊張感のない小娘だ』


それには俺も同意する。どこの勇者なら、魔王にあんな風に微笑みかけられるのだろう。美しく光を弾く刀身に自分を写し、リリアは悲しげにたそがれていた。

リリアは、母親が居なくて寂しくなかったのだろうか。物心付く頃には母は無く、父もしばらくして死んでしまった。誰も帰らない家で一人、ずっと帰りを待っていたリリア。ヴァルカン爺さんが傍に居たから寂しくなかったとか、そういう事ではないのだろう。

俺は、両親に恵まれた。金持ちだったし生活に困った事も無い。確かにちょっとばかし口うるさくて頑固で俺に苦手意識を抱いている物の、ちゃんとした、大事な両親だ。

妹にも友達にも恵まれていた俺に、リリアの気持ちを理解してやる事は難しいだろう。一人ぼっち、戦争の最中、親を待っていたリリア。その求めていた母親の影は、あっさりと彼女の手をすり抜けてしまった。

ゲルトから話は聞いた。リリアは目の前でマリアを失った。自分の母親だという事も判らないまま、何も伝え合う事も出来ないまま、ただ失ってしまった。彼女はリリアを確かに守り、そして未来に希望を残し、この世を去った。だが、残されたリリアはどうなるのだろう。

母親だったと言われても理解できなくて同然だ。リリアはマリアを母だとは思って居なかったし、これから母と娘の時間を取り戻す事も出来ない。何よりもリリアは己の無力さを嘆いている事だろう。彼女は母を守れなかった……。それは、どうしようもない事実だから。


「お母さん、かあ……。何か、不思議だね。あんまり悲しくないんだ。何だか良く判ってないって言うのが正しいのかな? マリア様が死んだのに……泣けないんだ」


『……だろうな。お前は剣を封じられると同時に、過去の記憶も封じられてきた。だが、受け入れる準備だけはしておく事だ』


「受け入れる準備? 過去の記憶?」


『おまえの中に、私が封じられる以前の記憶だ。剣の封印が解けた以上、おまえは自分と向き合わねばならない時が来る。そうすれば解るさ。おまえがどれだけ、両親に愛されていたのかがな』


リリアはその言葉に眉を潜めた。剣を降ろし、溜息を漏らす。そんな事を言われても、覚悟のしようがない。


「リリア、ずっとお母さんに会いたかった。お母さんって呼んで見たかった。でも、お母さんが誰なのか判っても、もう呼べないし、そんな気にもなれない。お母さんってなんなんだろう。どうしてお母さんは……リリアをこんな子にしたの?」


『……それは誰かの所為、というわけではない。ヤツはヤツなりにおまえを愛そうとしていた』


「嘘だよ、そんなの……」


ロギアの言葉を遮るようにリリアは呟く。そうして木箱の山から飛び降りると、剣を地面に突き立てて振り返る。


「本当に愛してるんなら、もっと早く教えてくれたっていいでしょ? 本当にお母さんなら、一回くらいリリアに会いに来てくれたっていいでしょ? お母さんってそういうものじゃないの?」


『……リリア』


「お母さんってなに? リリア、もっとお母さんって、あったかくて優しくて……リリアのこと、好きだって言ってくれる人だと思ってた。でもあの人はそうじゃないよ。リリアと会っても、事務的なことしか言わない。何回も今まで会ってきたけど、一度だって優しい言葉をかけてくれたことなんかなかったっ!!」


自らの剣にそう辛く言い放つリリア。肩を震わせ、呼吸を荒くしながらリリアは歯を食いしばり俯く。


「何でもっと早く、リリアの事……」


『……おまえのいう事も尤もだ。あの女は確かに良い母ではなかったろうな』


ゆっくりと顔を上げるリリア。その視線の先、剣は光を弾きながら静かに語る。


『だが、あの女が背負っている物はお前だけではなかった。普通の母が自らの子にだけ愛を注げるというのならば、ヤツはそうではなかった。自分の娘だけを特別扱いするような女王が、立派な王だとおまえは思うのか?』


「…………」


『あの女にとって、子はこの国そのものだ。おまえだけではなかった。それでもおまえの事を想っていた。私におまえを預けた。敵である私に、だ。全てを投げ出して、体裁など気にもせず形振り構わず娘を守りたかった。だからこその私だ、リリア』


「……わかってるよ」


『本当か?』


「ほんとだよ。わかってるよ。ごめんねロギア……八つ当たりして」


『わかっているのならば良い。私はおまえの味方だ。おまえは一人ではない。忘れるな、リリア』


「うん……。ありがと、ロギア」


剣を手に、リリア寂しげに微笑む。何と言うか、まるで二人は兄弟……あるいは親子のように見えた。同じ魂を共有する剣と勇者……姫と魔王。なんとも言えない複雑な関係だが、それは俺が想うほど劣悪なものではないらしい。

きちんと二人は互いを思いあっている。だから、リリアはほうっておいても一人なんかじゃない。剣が共にある限り、リリアはきっと……。

そう考えるとここで見ているのも馬鹿らしくなってきた。俺は溜息を一つ残し、その場を後にすることにした。

ふと振り返って路地を歩いていると、壁を背にゲルトが立っていた。彼女も話を聞いていたのか、俺と視線を合わせると眉を潜めてしかし微笑んだ。


「……あの剣が魔王ロギア……。でもわたし、何故かあの剣を嫌いになれそうもありません」


「リリアにとっては辛い事になった。でも、もしかしたら……本当の家族はずっと傍にいたのかもな」


「……少し、複雑な気持ちですが。父の敵だった相手が、リリアの大切な人だというのは」


二人して路地を出て通りを歩く。ゲルトは優しく笑いながら自らの魔剣をじっと見詰め、指先で強くそれを握り締めていた。


「マリア様は……わたしの痛みを知ってくれていました」


「……そうだな」


「苦しい事も悲しい事も……。自分の娘であるリリアと同じように、わたしを見詰めてくれた。本当に優しい人で……でも少し、自分に厳しすぎたのかも知れませんね」


そう呟くゲルトは悲しそうだった。ふと足を止め、俺たちはオルヴェンブルムの街を歩く人々に目を向ける。


「彼女が残した物、伝えたかった物……それを全て受け止める事が出来るのでしょうか」


「それは難しいんだろうな。でも……あの人の持ってた誇りのような物は、リリアやゲルト、お前らに受け継がれているんじゃないかと思う」


「……おだてているんですか?」


「そうじゃないさ。これからそうならなきゃならない……むしろ、プレッシャーかな」


そうふざけた調子で言うと、ゲルトは困ったように笑った。それから俺たちは暫く黙り込み……。俺はゲルトもまたリリアと同じように、悲しみに暮れている事を知った。

ゲルトは表情を変えず、立ち尽くしたまま瞳から涙を流していた。ただ淡々と流れる涙は彼女が抑え切れなかった悲しみそのものなのだろう。俺がその肩を叩くと、ゲルトは涙を流しながら顔を上げた。


「リリアの悲しみは、きっとこんな物ではないのでしょうね……。そう考えると、胸が苦しくて……」


自らの胸に爪を立て、ゲルトは声を振るわせた。何と言うか、本当にリリアにべったりなやつだ。その頭にポンと手を乗せ、そっと撫でる。


「皆悲しいんだろ、きっと」


「解っています……」


「解ってないだろ。お前だって泣いて喚いて落ち込む権利くらい、持ち合わせてるんだから」


しばらくそうして頭を撫でていると、ゲルトは俺の手を振り解き視線を反らす。


「…………しないでください」


「……ん?」


「……あんまり優しく、しないでください……。貴方の優しさは……少し、無責任です」


涙を拭い、ゲルトはそっぽを向く。無責任な優しさ、か。確かにそうかもしれない。ただの、甘さみたいなものなんだろうか。

ポケットに手を入れ、壁に背を預ける。なんだか少し疲れてしまった。色々な事がありすぎて……この世界には、心が休まる瞬間がない。

そうしてぼんやりと空を見上げる俺の隣でゲルトは少しずつ距離を寄せて行く。触れる事はない、でもきっと離れる事も無い距離。それが俺と彼女の関係のような気がして少しおかしかった。


「貴方は……リリアの大切な人、ですね」


「藪から棒になんだ?」


「ただの事実確認です。貴方はリリアにとって大切な人なんです」


「俺に言ってんのか?」


「いえ、違います。多分それは――自分に言ってるのだと思います」


そう言ってゲルトはなんとも言えない表情で目を閉じた。その言葉の意味は判らずとも、俺は彼女に容易に触れてはならないような気だけはしていた。

しばらくして俺たちは別れる事になった。別々の道を行き、違う時間を過ごす。そんなゲルトを見送り、一度だけ振り返ってはにかむような笑顔を見せたその背中に何を思っただろう。

背を向け、俺も歩き出す。いつまでもくよくよしているわけにはいかない。とにかく目的は無くとも歩きたかった。どこかに進みたかった。この場でじっとしていることだけは、どうしてもしたくなかったから。


「……どこに進んでいるんだろうな、俺は」


呟いた言葉は雑踏に消えてしまう。

勿論、誰かが応えてくれる等と期待もしていなかった。



その二日後、葬儀は盛大に執り行われた。

葬儀の事を語るのは、少しだけ辛い。だが俺はその景色を忘れる事はないだろう。



更にその三日後、リリア・ライトフィールド――いや、リリア・ウトピシュトナが次期女王となる事が決定した。

その事については……多分、もっと語りたくない――。





「ナツにーちゃん、いつまでそんな所でごろごろしてんだよ?」


学園に戻り、平穏な日々が続いていた。リリアが女王になるまではまだ時間があり、国民への発表も迫ってはいるもののまだ先だ。

全てが極秘裏に動き、リリアはオルヴェンブルムへ滞在し、リア・テイルに缶詰になっている。ゲルトはそれに付き添うらしく、しばらく出かけたまま戻って居ない。

学園も人々も世界もクィリアダリアも皆皆変わって行く。その変化の中に取り残されるように俺は学園の屋上で寝転がっていた。

肌寒い季節になってきたが、まだ今日は暖かい。そんな俺のまどろみを遮り、影を落したブレイドが唇をとんがらせる。


「救世主なんだからもっとちゃんと働けよ〜。勇者のねーちゃん、女王になるんだろ? ニーチャン傍に居なくていいのかよ?」


「俺が傍に居ても今は邪魔な時期なんだよ。なにやらあいつ、政治とか国の事で色々勉強せにゃならんらしい」


結局あの日、マリアの葬儀以来リリアとは一度もあって居ない。顔をあわせる機会がそもそも無いし、そうする理由もなくなった。

毎日マルドゥークやらゲルトやらに政治の事を詰め込まれ、女王らしい立ち振る舞いを学んでいるリリアに教えられる事は俺にはないわけで。むしろ、俺はお邪魔なわけで。

こうしてリリアと離れると、自分のやる事がボヤけた気がしてなんだか気が抜けてしまう。暢気に流れて行く雲を見送る俺に、もう一つの影が差した。


「や、どうもお久しぶりで」


「……八? こんなところで何やってんだ?」


「いえね、アリア姫様を匿ってたのが評価されて正式に指名手配をといてもらえたんですわ。そんで学園の方に顔を出してみたわけでさあ」


腕を組み、八は相変わらず胡散臭い様子で笑う。立ち上がった俺は首を鳴らしながら欠伸を一つ。


「そいつは良かったな。それじゃあブレイド盗賊団も再結成すりゃいいだろが」


「そいつはまだちょっと時間がかかりそうですわ。それより今日は救世主の旦那にも用件がありやして」


「俺に?」


首を傾げる俺に八は隠す事も無く告げる。


「大聖堂は西の宗教都市ケルゲイブルムに居を構え、反撃の機会を窺っている。その上北の方では良くない噂が蔓延ってやしてね。ちょいとその調査を頼みたいんですわ」


「北方の調査? よくない噂ってなんだ?」


「ああ、詳しい内容はクライアントのほうから聞いてくだせえ」


そう言って肩を竦め、八は俺の背後を指差した。慌てて振り返ると、そこには居るはずもない人間の顔が二つ揃っていた。

そこに居たのは、どこからどう見ても正真正銘フェンリル……それに確か、鶴来とかいう異国の剣士だった。いつの間にここに立っていたのか……。困惑する俺を前にフェンリルは何故か仮面を外して俺を見る。

勿論そこに見覚えのある顔があるのは既に分かっていることだ。しかしそれでも驚きはあった。フェンリル……学園教師ルーファウスは俺と向かい合い、表情のない瞳で俺を見詰めた。


「久しぶりだな、救世主」


「あんた……あんたがクライアントなのか? そりゃ一体どういう……」


「単純な話だ。北で戦うべき時が来た。全てはヨトの預言の通りに……だ」


その単語に思わず眉を潜める。まさかという予感が過ぎったが、それが本当に現実の物になろうとは――。


「こちらの救世主がお前と共に北に向かいたいと言っている。答えは明日までに決めておけ」


用件だけ告げて二人は立ち去ろうとする。その背中に声をかけ、俺は追いかけた。


「おい、待てって! どういう事なんだ!? 秋斗は何を企んでいる!?」


「別に何も企んではいないさ。救世主ならば、目的は同じ……違うか?」


ヤツの言っていた目的――それを思い出し、俺は首を横に振った。思い返す事さえ嫌気が刺す、秋斗の目的……。

確かにそう、俺たちは同じだ。リリアを勇者にすること……世界を救う事。でもその果てに見ているものが俺とあいつとでは違いすぎる。どちらにせよ、協力は出来ない関係だと言えるだろう。

秋斗だってそれはわかっているはず。なのに何故、そんな事を持ちかけてくるのか。理解が出来ないまま戸惑う俺を一瞥し、二人は去って行く。


「……なんか、すごいのから誘われたなニーチャン」


「……本当だよ。困ったもんだ」


ふと、マリアの葬儀の後リリアに言われた事を思い返して胸がざわついた。

確かにそう、俺たちの目的は同じ事。だがその目的を果たした時、俺たちはどうなる?

考えたくない事が多すぎて俺は目を閉じた。本当に空は青いのに……この世界は行方さえわからない。


「仕方ない、か」


一言漏らして歩き出す。背後でブレイドが何か言っていたが俺はそれを聞かずにその場を後にした。

リリアが女王になる。ゲルトは騎士になる。俺たちの間にある壁は大きくなる。世界はどんどん変わって行く。

俺はどうするべきなのか。変わっていく世界の中で、まだ昔と同じものを求めているのか。それは正しいことなのか。わからない。

答えの見つからない世界。少しずつ歩き出す。俺は俺で、自分の答えを見つけなければならないのだろう。リリアやゲルトが、そうしたように。


そうして、この世界に別れを告げる日が近づいていることを、心の中で俺は理解していた。

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