覚醒する力の日(4)
「ナツル……一人でマリシアを相手に無事で済むとでも思っているのでしょうか」
リリアと肩を並べて階段を下り続けるゲルトが呟いた。薄暗い通路、神殿というよりは迷宮に近いその建造物の中、リリアは表情を変えずに答える。
「大丈夫じゃないと思う。でも、夏流が行けっていうなら行くし、大丈夫っていうなら信じるよ。だって、信じなきゃ始まらないもん……」
そう語る物の、リリアの拳は固く握り締められ震えていた。心中は誰でも同じ。だが確かに、目的を果たす為に信じなければ始まらない事もある。
あの場で議論をしている余裕も無く、夏流はむしろ素早く決断を下しただけ上出来であったと思える。ゲルトは気持ちを切り替え、階段から続く大広間へと飛び込んだ。
広大な地下の空間、しかしそこには水路があった。土に埋もれた巨大な神殿……。流れる水は魔力を帯び、淡く蒼く輝いている。
中央の置くに配置された祭壇の上、マリアは身体を鎖に繋がれて立っていた。既に疲労困憊した様子で、息も絶え絶えにただ目を閉じている。
「女王陛下っ!!」
ゲルトの叫びが空洞に響き渡る。封印堂にはマリアだけではなく、他に二つの人影があった。正面に立ち、マリアに術をかけているのは全身を包帯で覆い、顔も姿も判らないような細身の男性、その傍らには巨大な剣を持った騎士が控えていた。
二人の侵入に気づき、振り返る二人の男。そのうちの片方、眉を潜めた悪人面の男が祭壇から降りる。古ぼけた蒼い甲冑が室内を照らす松明の炎で照らされ、騎士は剣を片手に二人を見下ろす。
「ほお〜……。確かに似てやがる。ってことは……おい、包帯ジジイ! こいつで間違いないんだな!?」
「ア……。アァァ……」
枯れ果てて声にはならないような、喉から搾り出すような音……。不気味なその音は、しかし確かにリリアに向けられている。
夏流はマリシアと一対一でリリアが戦うような状況にならないようにと救出を任せたつもりだったが、その判断は万全ではなかった。マリアに術をかけている最中に突入してしまった事もあり、強力な敵を相手にしなければならない状況を強いられてしまう。
二人の勇者が剣を構える。男は剣を片手に振り返り、背後で術をかけている男に叫んだ。
「オイ! そっち早くなんとかしろよ! 女王だかなんだかしらねーが、そいつから継承の儀式をしなきゃ意味ねえらしいじゃねえか! そしたら殺しちまえばいいんだ、楽な仕事だぜジジイ!」
「そんな事はさせない。私たちが女王陛下は連れて帰るから」
リインフォースに魔力を込め、風を起こすリリア。しかしそのリリアの声と魔力が呼び覚ましたのは力だけではなかった。微かに耳に届くリリアの声に、マリアもまた意識を取り戻していた。
そうして彼女が目にしたのは最も恐れていた状況。リリアと自分、二人がこの大聖堂の奥深くにある封印堂に存在してしまっているという事実。その危険性に気づき、マリアは力を振り絞って叫ぶ。
「逃げなさい、リリア! 貴方はここに来てはいけないっ!!」
「心配しないでください! 今助けます!」
「そうじゃないの! わたしの事はいいのです、リリア! ゲルト、リリアを連れて逃げて!」
「……そうは行きません! わたしにとっても貴方は……! 貴方は、掛け替えのない人です! 失いたくない……わたしはっ!!」
二人にマリアの想いは届かない。二人がマリアを思えばこそ、その気持ちは届かないのである。致し方なく事情を全て曝け出そうとしたマリアの首に包帯の男の手がかかる。
呼吸が出来ずに苦しむマリアを見てリリアは一直線に駆け出した。迎え撃つ騎士の振り下ろした大剣を軽々と弾き飛ばし、祭壇を駆け上がる。
包帯男がリリアの接近に気づき、魔法を発動する。リリアの足元から伸びる無数の手が勇者の進軍を一瞬遮ろうとしたものの、リインフォースの一振りで幻影は全て打ち消されてしまった。その危険な聖剣の存在に気づき、男は大きく跳躍する。
リインフォースを空振り、しかし女王を取り巻く封印術は聖剣の光で消滅する。騎士の隣に降りた包帯男は首を鳴らし、声にならない声で鳴く。
「アレが噂に聞く聖剣リインフォースってやつか。面白そうじゃねえか……相手をしてやるぜ」
「させるかあっ!!」
背後から斬りかかるゲルトの剣を受け、騎士は体ごとゲルトに当たり、吹き飛ばす。体躯で劣る小柄なゲルトはよろめきながら制動し、剣を構えなおした。
「小娘勇者が二匹か……。ちっ、殺し合いってのは一対一の決闘が一番上等だと決まってるもんだが、仕方がねえ」
男が取り出したのは『ヨトの預言書』の複写本だった。それは黒く炎を渦巻かせ、男の身体を影で覆いつくして行く。
「マリシア……!」
『ほお! その名前を知って生きてるって事は、少しは期待してもいいんだろうな……勇者の小娘!!』
闇の中から伸びる鋼鉄の手から逃れるゲルト。しかし次の瞬間繰り出されたのは超巨大な鉄の塊にしか見えない、マリシアの剣だった。
それは乱立する石柱を砕きながらゲルトに迫り、魔剣で受け止めたゲルトを吹き飛ばして脊柱ごと水路に吹き飛ばす。刀身5メートルはある巨大な剣を携え、姿を現した男は全身を装甲のような鱗で覆われた蛇の姿に変化していた。
「ゲルトちゃんっ!!」
『仲間の心配をしている場合か、白い方の小娘……! 一応名前を聞いておいてやる! 殺し合いには名乗り口上くらいは必須だぜ!!』
「……っ! リリア・ライトフィールド……! フェイト・ライトフィールドの娘、白の勇者!」
『やっぱりてめえがリリアか! ひひひ、こりゃあ解りやすくていいぜ……!! 俺は大聖堂騎士! ハシェム・ロイドだ!!』
凄まじい重量で一歩一歩大理石の大地を砕きながら迫るハシェムの蛇。大して距離も詰めぬままに揮う長い腕から繰り出される大剣はマリアを抱えて回避したリリアたちのいた祭壇を一撃で木っ端微塵に砕いてしまう。
斬るというよりは潰す、砕くと言った威力の大剣を振り回し、ハシェムは長い舌を揺らしながらリリアを見つめる。その背後、水路からゲルトが陸に上がり、傷を回復魔法で癒しながらリリアと肩を並べる。
「あれがマリシア……。すごい魔力を感じるね」
「……っはい。思いの他早いうえに、力は見ての通りです……。女王は救出したのですし、ここは撤退を……」
「だめだよ。あっちの包帯のおじいさん、多分リリアたちを逃がさないようにあそこで見張ってるんだろうから」
ふと、ゲルトは自分の視界から包帯の男が居なくなっている事に気づいた。リリアの視線を追い、ぞっとする。出入り口付近の石柱に両手足でしがみ付く不気味な影がじっと自分たちを見ていた事に気づいたからである。
「術を使っていたし、あっちは後衛かな。こっちのおじさんは見たとおりみたいだし……。やっぱり夏流に迷惑をかけたくないし、ここで何とかやっつけよう」
確かに逃げ切れるかどうかはわからない。マリアは気を失い危険な状態にある。早く連れ帰り、きちんとした手当ても必要としている。しかしこの場所から確実に逃げ出す方法も見つからない。
結局、あの二人は追いかけてくるであろう事は目に見えている。背後から攻撃を受ければマリアを連れて身動きが取れない以上、致命傷になりかねない。
「難しいだろうけど、何とか頑張ってみるよ。大丈夫、リリアとゲルトちゃん……二人居れば勝てない敵なんて居ない」
「――――そう、ですね。そう、でした。わたしたちは、勇者……。肩を並べて戦えば、負ける道理など在りはしない」
「うん、その意気だよ! まずは厄介なおじさんをやっつけよう。包帯のおじいさんもいつ攻撃してくるかわからないから気をつけて」
マリアを部屋の隅、石柱の裏に残し二人は前に出た。白と黒の大剣を構えた勇者二名が前に出た時、既に二人の目は逃げる目ではなく戦う目へと切り替わっていた。
飛び散る石柱の残骸に囲まれ、ハシェムは嬉しそうに舌を鳴らす。お互い何を語り合うでもなく戦う事を悟った時、三つの刃は交わる事を始めようとしていた。
⇒覚醒する力の日(4)
「ホラホラ、逃げてるだけじゃアタシの美しい肌に指一本触れることは出来ないわよ〜!」
地下礼拝堂は炎に包まれていた。大司祭、ナイアーラの放つ炎の術式は一発一発の威力は確かに微弱だ。しかし休む間もなく放たれるそれは狭い空間も相まって夏流を充分に追い詰める威力を持つ。
炎の弾丸が椅子を、机を、装飾品を砕き、燃やし、部屋の中は火の海と化そうとしている。その燃える大気は夏流から充分に体力を奪い、呼吸さえも困難になって行く。
汗を流し、火傷をし、服を焦がしている夏流とは対照的にナイアーラは炎の海の中でもまるで弱る気配はない。むしろ炎に取り囲まれれば取り囲まれるほどより強く、美しく姿を保っているように見えた。
長期戦になれば不利になるのは必死。夏流は意を決し突撃する。正面から殴りかかる夏流の前に炎の渦が浮かび上がり、火柱は夏流の全身を燃やしながら猛る。
「駄目よう、せっかちねえ。そんなアプローチじゃ女は口説けないわよ?」
「ぐ……あ……っ!?」
炎が止み、夏流は全身に傷を負って膝を着いていた。肩の上に乗っていたナナシが夏流の服の中からひょっこり顔を出し、息苦しそうに帽子を傾ける。
「ナツル様! このままではワタクシ、焼きうさぎになってしまいます!!」
「そんなどうでもいいことで話しかけんな……」
「どうでもいいって……ひどい。え? 何をするのですかナツル様……ま、まさか……いやあっ!?」
肩の上のうさぎの耳を掴み、ナイアーラへと投擲する夏流。するとうさぎが近づいた瞬間、自動的に女の足元から火柱が吹き上がりうさぎを真っ黒焦げにしてしまった。
「やっぱり自動発動式のカウンター魔法かよ……!」
「あらあら、自分の使い魔は大事にしたほうがいいんじゃないかしら?」
「そいつはそのくらいじゃ死なねえ。今までだって俺が死にそうになる攻撃の中平然としてたからな」
「だからって……炎が出るのがわかってて投げ込むなんて……」
涙を流しながら部屋の隅で耳をぱたぱたさせるうさぎを横目に二人は見詰め合う。夏流にとってナイアーラは絶対的に苦手とする、完全な魔術師タイプの能力者である。
格闘能力に特化し、しかし魔術には疎い夏流。それは逆に言えば魔術に対する防御能力にも疎い事に他ならない。炎を防ぐのにも効果的なレジスト魔法が存在するが、それを夏流は唱えられないのだ。
ただ物理攻撃に対する障壁を練っているだけで、身体は確かに頑丈になるもののダメージは軽減できない。炎の渦の中それは決定的な欠点となり、夏流を追い詰める。
「どうやらアナタはアタシとは相性が悪いみたいねえ……。どう? このくらいで諦めない? あんまり抵抗しなければ可愛がってあげるわよ?」
「……抵抗しなかったらどう可愛がってくれるんだ?」
「勿論――綺麗な形で灰にしてあげるわっ!!」
両手から放たれる炎を背後に跳んで回避し、夏流は舌打ちした。
「どっちにしろ燃えるんじゃねえかよ」
「人間燃えてなくちゃ意味がないわ。アタシを見なさい? アタシは常に燃えているからこんなに美しいのよ……。あぁ、燃え〜!」
火柱がナイアーラを覆いつくす。自らが生み出した炎を浴びてうっとりとした表情を浮かべる女に夏流は眉を潜めた。
「大司祭だのなんだの、大聖堂の人間はみんなどっかおかしいんじゃねえのか……!?」
「預言されし者の力に取り込まれているのかもしれませんね。あれはそもそも人間が封じられるようなものではないのですから」
夏流の肩に飛び乗り、煤を後ろ足で落すうさぎ。正面からナイアーラと対峙する夏流は呼吸を整え、体の力を抜いて構えを解く。
「……どういうつもり? 大人しく燃え燃えになる気になったのかしら?」
しかし、救世主は答えない。静かに目を閉じ、体の中、心の中、魂の中に刻まれた自らの力を静かに呼び覚ます。
それは幾重にも施された扉をひとつひとつ開いて行くかのようなイメージ。セーブしている魔力を解放し、己の力とし操作する事。それは、彼が決定的に苦手としてきた技術だった。
「俺が勝ちたいのは、マリシアだけじゃない……。強く、強く……そう、相手が俺と同じ救世主の力を持っていたとしても、勝てなきゃいけない」
同じ魔力をもつ存在が相手だとすれば、勝敗を決する物は何か。
武器? 仲間? 相性? それらもあるだろう。だが決定的に必要な物はそんなものではない。
そう、技術と気概である。夏流は己にそれを課していた。力を上手く扱う為の力。そして、もう逃げたりするような思考はしない。勇気の二文字で己を制する――。
目を開いた夏流の全身から黄金の光が溢れ出す。それは周囲の炎を吹き消して尚余りある力でナイアーラの周囲で迸る。触れるもの全てを痺れさせる貫く雷の魔力が部屋を覆い、それを夏流は己の手足に収束していく。
「何なの、この馬鹿げた魔力総量は……。まさか……!?」
夏流目掛けて魔法を放つナイアーラ。炎は触れることの出来ない痛みとなって夏流を蝕むはずだった。しかし少年は拳を振るい、その魔法を貫いてみせる。
拳で弾き飛ばされた魔法を見てナイアーラは思わず後退した。夏流の拳は確かに魔法を砕いたが、別段何か対抗する術を唱えたわけではない。いうなれば己の拳に込めた『気』のようなもので炎を吹き消したのである。
ゆっくりと、少年が構えを取り直す。それは今までの夏流の構えとは違う。つい最近、彼の数歩先を行く武術の達人より託された新たな力。
心の中で思い出す。新たな師匠となった紅い髪の男は己の拳を突き出して夏流に言った。
『魔法が使えないんなら、別に無理して使う必要はない。魔法のように形に出来なくても、その力を扱う方法は一つじゃない。魔力でどうにかできないんだったら、身体でそれを覚えるんだ』
魔力を両足に込め、両足を同時に大地から放す。一瞬ふわりと浮き上がったその体は緩急をつけた動作で急加速し、まるで瞬間移動したかのようにしてナイアーラの目の前に迫っていた。
勿論、炎の障壁は間に合わず夏流が通り抜けた後に発動する。至近距離の中、夏流はナイアーラの胸に軽く拳を当て、魔力を全てそこに収束させる。
「崩雷拳……!」
拳に乗せた魔力の塊を抉りこませるようにして拳を振りぬく。防御できずに吹き飛んだナイアーラの後方、既に移動を済ませた夏流が拳を握り締めて目を閉じる。
「神討つ一枝の魔剣――! その力を我は担う!」
背後に昂ぶる魔力の存在を感じ取り、ナイアーラは障壁を作ろうと片手を突き出す。しかしそれを擦れ違うようにして放たれた夏流の足が交差し、ナイアーラの顔面に食い込んでいた。
「障害を討ち滅ぼす者――!」
両足に込めた魔力で連続でナイアーラの体を蹴り飛ばし、宙に跳んだその体を蹴り飛ばす。障壁ごと貫き、吹き飛ばす蹴りが放たれ雷撃が部屋を焦がしながらナイアーラは反対側の壁へと減り込む。
確かな手ごたえに手を止める夏流。しかし直ぐにナイアーラは起き上がり、傷だらけの自らの体を見てにやりと笑う。
「無駄よ、無駄。だってアタシったら燃え燃えでフォーエヴァーなんだもの……!」
自らの顔に手をあて、あろうことか顔を燃やし出すナイアーラ。しかし次の瞬間には全ての傷が癒え、完全に回復した姿を夏流に晒すのであった。
「なんだと……!?」
「あぁ〜! 燃えるのって快感……。アナタ確かに強いわぁ。でも、アタシを怒らせちゃったからもう駄目ね……うふ、この部屋ごと思い切り燃やし尽くしてあげるんだから!」
女の懐から黒い影がその姿を飲み込んで行く。すかさず放ったレーヴァテインも漆黒の炎で弾き飛ばされてしまった。
暗黒の炎の中から姿を現したのは炎のドレスと翼を携えたナイアーラの姿だった。空中で炎に座し、足を組んで長い爪を夏流に伸ばしている。
『あぁ〜ん、えくすたしぃ〜っ!! もう我慢なんて出来ないわ……。全部燃やし尽くして食べてあげる……! うふ、うふふふふっ!!』
「――こいつもやっぱりマリシアかっ!!」
夏流が構えるより早く、その足元から炎の手が夏流にしがみ付く。炎の羽ばたきにより舞い散る羽の一つ一つが大地に触れると同時に燃え上がり、炎の魔物を産み落として行く。それは凄まじい速さで増殖し、既に部屋全体を覆いつくすまでになっていた。
炎に取り囲まれ、飲み込まれ押しつぶされるように消えて行く夏流の影を見下ろしながらナイアーラは声高らかに笑っていた。
同じ頃、地下ではリリアとゲルトがハシェムと戦闘を繰り広げていた。前後から同時に斬りかかる二人を相手に巨大な剣を振り回し対応するハシェム。
その剣圧は凄まじく、触れれば体を千切るだけでは済まされないだろう。その威力を前に攻撃のテンポがつかめず二人は苦戦を強いられていた。
石柱の影に隠れながら小柄な体を生かし、何度も奇襲を仕掛ける。しかし刃はハシェムの鱗を通る事もなく、弾かれた刃の後に空しい身を隠す行動の繰り返しが待っていた。
『どうしたどうしたあっ!? 弱すぎんぜお前ら! それでも勇者なのか、ああん!?』
石柱から石柱へと飛び移り、上空からリリアが斬りかかる。空中でリインフォースとハシェムの大剣がぶつかり合い、激しい衝撃を伴って二人は弾かれた。
びりびりと痺れる掌を強く握り締め、リリアは剣を構える。真正面から斬りあえば恐ろしい力を持つ敵であることは既にわかりきっている。リリアは静かに呼吸を正し、魔王の力を呼び覚まそうとする。
しかし正面から突撃してくるハシェムの牙が迫り、結局それが出来ずに居た。ゲルトに側面から助けられ、ハシェムの動乱な刃からなんとか逃れる。
「ご、ごめん……! あれ、おかしいな……。この間は直ぐに魔王もーどになれたのに……」
「無理をしてやらなくても構いません! 訳の判らない力に頼りすぎるのはよくない傾向です!」
正面から振り下ろされるハシェムの剣を二人は互いの剣を交差させるようにして受け止める。ぎりぎりと押し合う二人の勇者と蛇であったが、二人の力をあわせてもハシェムには力負けしてしまう。
防戦一方、なおかつ容赦なく暴れるハシェムのせいで部屋全体がいつ崩れるのかも判らない状況が続いていた。迫る焦りと剣への恐怖、二人の心は乱れていた。
「つ、強い……! 全く反撃の糸口がつかめない……っ!」
「うん、強いね……。うう、どうして魔王モードが出ないんだろう? ロギア聞いてる? ロギアー!」
「幻に話しかけないで下さい! 今はそんな事をしている場合ではないでしょう!?」
「そうだけど……うわっとっ!?」
横一閃、ハシェムの刃が水路を吹き飛ばしながら迫ってくる。跳躍して背後の瓦礫の山に降り立った二人だったが、状況は好転しない。
二人は肩を並べ、剣に魔力を込める。どんなに最悪な戦況でも、お互いが居れば諦めない。くじけない。そんなパートナーがいるからこそ、冷静に考えられる。
どうすれば勝てるのか。どうすれば勝利できるのか。自分より明らかに各上の相手を、どう倒すのか。
「……リリア、わたしが囮になります」
「……お願いしていい? あれを一発で倒せるのって、やっぱりリインフォースしかないと思うから」
頷き合い、二人は駆け出す。石柱を蹴って飛び移り姿をくらましたリリアを見上げているハシェムの背後、低い姿勢からゲルトが遅いかかる。
しかしハシェムはそれに気づいていた。振り返ると同時にゲルトの胴体を真っ二つに両断する。その死体が地面に落ちるのを見届けた刹那、ハシェムの背後から痛みが走った。
見れば今斬ったものは花弁の塊……。ゲルトの幻影は無数にハシェムを取り囲み、全員同じ構えで同じ言葉を口にする。
「偽りの舞踏会」
幻影が全方向から同時に斬りかかる。それを腕を振るって薙ぎ払うハシェムだったが、幻影に紛れ、ゲルトは剣に魔力を帯びさせ、必殺の突きを放つ。
腕を串刺しにしたその一撃を引き抜き、ゲルトは後退する。
「今ですっ!!」
声をあげ、ゲルトが呼びかける方向を向くハシェム。しかしそれはフェイントだった。ゲルトの背後、剣を構えたリリアが思い切り刃を振り上げていた。
「鳴り響け!! 断罪……ッ!! 共鳴剣――ッ!!」
光の剣が振り返っている無防備なハシェムにたたきつけられる。それは魔物の装甲を打ち砕き、一撃でハシェムを両断するほどの威力を持っていた。
破壊することのみ特化した必殺の一撃は惜しみなく効果を発揮する。迸る閃光と魔力の波の中、歯を食いしばりリリアが止めを刺そうとした瞬間だった。
『があああああああっ!!』
獣のような叫び声と共に、ハシェムの瞳が輝いた。次の瞬間リリアの攻撃は停止し、思わず飛び退いたリリアの手の中、聖剣にありえない事態が発生しようとしていた。
「り……リインフォースが……?」
見ればリインフォースの白い刃はひび割れ、石のように変質してしまっている。いや、それは石のようになったのではない。本当に石となってしまったのである。
それが強力な呪詛の類である事に気づいたゲルトが咄嗟にリリアを抱えて石柱の影にもぐりこむ。ハシェムの瞳が輝いた瞬間、周囲は全て灰色の石と化してしまったのである。
「石化の呪詛……。バジリスクですか、あれは……っ」
「げ、げげ、ゲルトちゃん……。リインフォースが……石にっ!!」
「落ち着いて下さいリリア……。リインフォースを持っていなかったら今頃貴方が石になっていました。リインフォースの魔法無効化能力を持ってしても防ぎきれなかったほどの呪い……なんて恐ろしい」
ぽろぽろと崩れるリインフォースの刃に涙を浮かべるリリア。勇者の証でもある聖剣が今や半分以上石になってしまったのだ、それは泣くのも無理はなかった。
「本当に厄介です……! 恐らく視界に入っただけで石化させられるような呪詛……。もう、手の打ちようが……」
放心状態に陥っているリリアを連れ、ゲルトは音もなく走る。石柱の影に隠れたマリアの傍に腰を下ろし、剣を構えて影からハシェムの様子を窺う。
乱立する石柱と広すぎる空間にハシェムは二人を見失っているように見えた。だがしかし見つかるのは時間の問題……。舌打ちするゲルトの傍、目を覚ましたマリアが二人の頬に手を伸ばしていた。
「……リリア、ゲルト。わたしのことはもういいから……。早く、ここから逃げるのです」
「女王陛下……」
「うう、ぐすん……。リインフォースがぁ〜」
「……こら、リリア。こんな時に泣いている場合ではないでしょう? それは聖剣とはいえただの剣……勇者に必要な物は、剣ではなく勇気なのですから」
そう囁いてリリアの頭を優しく撫でるマリア。二人を抱き寄せ、マリアはゆっくりと体を起こす。
「わたしも、手を貸しましょう……。大事な大事なわたしたちの娘を、こんな穴倉で潰えさせるわけにはいかないから……」
傷だらけの体に鞭を打ち、必死で立ち上がるマリア。力を振り絞り、ゲルトとリリアに支えられながらも凛々しく微笑んで見せる。
その美しい姿に二人は思わず放心してしまった。そうなるのも無理ないほど、マリアは美しく、そして気高かった。
「いいですか? 貴方たちにはこれから、大変な戦いが待っているかもしれません……。ですが、決して心の中の勇気を消さないで。必ず……生きなさい」
二人をぎゅっと抱きしめ、マリアは目を閉じる。僅かな時間の抱擁が終わり、二人は何故か自然とマリアのいう事を素直に聞いて行動していた。
「良いですか? リインフォースを信じるのです、リリア。その剣は……今だ本当の力を眠らせたままです。わたしが合図をしたら、一息にあのマリシアを倒すのです」
「……うん、わかりました。あの……マリア様?」
「なんですか?」
剣を片手にリリアは振り返り、じっとマリアを見つめる。
「マリア様のにおい……優しくてあったかくて、大好きです。なんだかお母さんに会えたみたいで……少し、リリア嬉しいです」
その言葉にマリアは一瞬悲しげな表情を浮かべ、それから満面の笑みを浮かべた。リリアも同じように笑い、二人は別々の方向へと歩き出す。
マリアはその時どんな気持ちでリリアを見ていたのか。子を思う気持ちで自らの限界を超えた体を突き動かし、自らハシェムの前に姿を晒す。
「バジリスクの魔獣よ! わたしはここです!! クィリアダリアの女王、マリア・ウトピシュトナは逃げも隠れもしない――っ!!」
ハシェムの視線がマリアを捕らえた瞬間、マリアは片手で障壁を展開する。高い錬度で展開された結界障壁の影、もう片方の手を翳し、拘束呪文を発動する。
無数の鎖が石化しながらもハシェムへと撒きつき、ひび割れ脆くも崩れながら何とかその動きを拘束する。それと同時にマリアの両足が石化を初めていく。
「ゲルト! リリア!! 行きなさいッ!!」
マリアの叫び声。ゲルトは剣を振るい、花弁の嵐を巻き起こす。それをハシェムが片腕を振るって吹き飛ばすよりも早く、リリアは石化した聖剣をハシェムにたたきつけていた。
その腕と剣が激突し、衝撃が走る。マリアは聖剣を信じろと言った。だからリリアは信じる。それはとても自然なことのように思えた。
聖剣とハシェムの拳とが激突し、見る見るリインフォースは石化した部分から崩れて行く。それでも信じる。聖剣は折れたりはしないと。聖剣は、常にリリアと共にあるのだと。
花の嵐の中、光が溢れた。崩れ去った聖剣の刃、石化して無残に破壊されたその刃の下、輝く何かがそこで解放されるのを長い間待っていたのである。
「――――あ……あああああああああっ!!」
全力の魔力を込め、振りぬくリリア。その光の刃はまるでバターを裂くようにあっさりと腕と胴体を両断し、ハシェムを切り伏せてみせる。
光の溢れるその剣は風を巻き起こし、周囲の花弁を吹き飛ばしながら輝く。聖剣の刃の下から出てきた物――それは、刃の下に隠れた本当の刃だった。
黄金の魔術文字が浮かび上がるその聖剣にリリアもゲルトも目を奪われていた。青白く輝く光の刃を展開するリインフォースに浮かび上がる文字。
「……神剣、フェイム・リア・フォース――?」
聖剣の輝きはゆっくりと静まって行く。それが正常な状態に戻った時、リリアもゲルトもようやく振り返った。
背後、両足を石化され、衝撃で両足が砕けて倒れこむマリアの姿があった。そのマリアとリリア、二人の視線が交わりあい、地下に叫び声が響き渡った。
〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜
*最近読者数が増えてるのか減ってんのかマヒしてわかんなくなってきた編*
リリア「だってなんかもう、良くわかんなくなってきたんだもん……」
ゲルト「……いきなりなんですか」
リリア「それはともかく、そろそろアンケートの受付を停止するのですよ。近日中に消滅するのです!」
ゲルト「思いのほか多数の貴重なご意見ありがとうございました。中には本当に参考になる意見も多くて励みになりました」
リリア「もっと改行しろ、とかね!」
ゲルト「……でも、アンケートなくなったらここのネタに困る気もします」
リリア「いいんじゃない? ネタ切れたら失くす方向で」
ゲルト「うう……。で、でもここは何だか読者との貴重なコミュニケーション空間のような気が……」
リリア「そうだねー。お客様は神様だもんねー」
ゲルト「何だか嫌な言い方ですね……。あ、あのう、ちゃんと皆感謝してるから見捨てないでくださいねっ」
リリア「それにしてもさ、大聖堂のキャラの色物っぷりはどうにかなんないのかな」
ゲルト「作者、多分あの手の変態染みたのを書いてるのが一番楽しいんですよ」
リリア「倒しても心が痛まないしね!!!!」
ゲルト「またぶっちゃけた話を……。それにしても本編は本当に滅茶苦茶ですね」
リリア「学園が変形したり〜、聖剣の中から剣出てきたり〜」
ゲルト「大聖堂編はそろそろクライマックスです。いよいよあらすじにしか登場しなかった魔王軍が動き出しますよ」
リリア「前々から思ってたけど、あらすじが殆ど次回予告っていうアレ」
ゲルト「あってるようなあってないような予告ですけどね。意外ときちんと見ている人も居るので気をつけたほうがいいと思うんですが」
リリア「てか、新規の人には意味不明だよね!!!!」
ゲルト「……リアルタイムであらすじを見て意味が判る人、ちょっとだけ他の読者よりもこの小説を楽しめていますよ〜」
リリア「そして、リリアと夏流にはなんとグラフィックがつきそうです! 思い切って掲示板でイラスト依頼してしまったのですよ!」
ゲルト「『みてみん』にて掲示依頼中なので、興味のある方は要チェックです」
リリア「……まあ、ここであんまり騒ぐとプレッシャーだから少しだまってよっか」
ゲルト「え!? 貴方から話振ったのにですか!?」
リリア「次回に続くっ!」