この世界の日(3)
ディアノイアをぐるりと囲む門の外、武装した生徒たちの先頭に立つリリアの姿があった。
聖堂騎士団を警戒していた仲間から、いよいよ攻撃が始まるかもしれないという報告を受けた生徒達は各々守るべき物の為に戦いを始めようとしていた。
誰もが子供であり、不安は隠せない。緊張の色も濃い。そんな中、リリアとゲルトは落ち着いた様子で先頭で肩を並べる。
「シャングリラがこうまで広いと全域は防御出来ませんね」
「うん。やっぱりディアノイアだけでも守らないと。街は壊れたらまた作り直せばいいけど、人はそうはいかないから」
「……ええ。こんな馬鹿げた事で、誰かの命が失われるような事があってはならない」
魔剣を握り締めるゲルト。そう、戦争など誰も望んではいない。仕方が無くおきてしまうから、仕方が無く戦わなければならないから。
しかし生徒達の多くは今己の人生に後悔などは抱いて居ないだろう。むしろ感謝……これでよかったのだという自己への肯定が昂ぶっている。
そう、力があるから、己を鍛えてきたから今こうして守る為の戦いが出来る。それがどれだけ素晴らしい事か。今正にこの瞬間の為に、彼らはこの町で生きてきたのだから。
それはリリアもゲルトも同じだった。学園に存在する二人の勇者、最愛の友。背後を預けるのにこれ以上に相応しい相手など存在しない。故に、二人に不安はなかった。
隣に、後ろに、彼女がいてくれるのならば負ける気などしない――。そんな絶対的な、無根拠でも関係なく相手を思える純粋な気持ちが二人の力と成っていた。
「……リリアは、本当に強くなりましたね」
「へっ? き、急にどしたの?」
「いえ……。貴方と出会う事が出来て、本当によかったと今思っていた所です」
「そうなの? だったらリリアとゲルトちゃんの気持ちは繋がってるね。リリアもおんなじこと考えてたもん」
柔らかく笑うリリアの笑顔に顔を赤らめるゲルト。それから目を閉じ、気を取り直して正面を見据える。
戦闘開始までもう時間も無い。出来るならば一人でも多くの仲間を救いたい。一人でも多く、犠牲を出したくない。
誰もがそう願い、覚悟を決めた時だった。ふと、どこから聞こえてくるのだろう。耳にした事のない不思議な旋律が街を包み込み始めていた。
「……なんだろう? 何の音?」
リリアがそう呟き、振り返った時だった。大地が激しく振動し、生徒たちの間に動揺が広がって行く。リリアとゲルトは顔を見合わせ、同時に地面を見つめた。
その二人が見つめる先、遥か地中ではアイオーンが今正にプロミネンスシステムを起動させようとしていた。学園……いや、シャングリラという街そのものが激しく躍動する最中、夏流はよろめくメリーベルを抱きとめ、眉を潜める。
「爺さん、何が起きてるんだ!?」
「プロミネンスシステムが発動しようとしてんじゃねえか」
「そもそもそのプロミネンスシステムってなんなんだ!?」
「あん? まあ、見てれば解るだろ」
アイオーンの演奏に伴い、管理室の中に無数の映像が映し出される。それは外の映像を無数に映し出し、その中にはリリアたちの姿もあった。
学園真上からの映像を目にして夏流はその目を疑った。シャングリラ全域が激しく振動し、今正に突撃をかけようとしていた聖堂騎士団たちも不意を突かれ慌てふためいていた。
その騎士たちの足元に魔方陣が浮かび上がり、そこへ巨大な塔が大地から伸びて行く。それは一箇所だけではなく、学園の各所に巨大な塔は天を目指して伸びて言った。
魔術文字をびっしりと刻まれたそれらは高々と聳え立つと、同時に光を発して全ての柱を繋げて行く。眩い閃光はシャングリラ全体を包み込み、そして同時に学園もまたその形を変えようとしていた。
「わ、わ、わっ!? ゲルトちゃん、が、学園の中に避難っ! みんな、撤退ー! にーげーてー……わにゃああああああっ!?」
「リリアッ!? 何故そこに引っかかるのですか、貴方は!?」
仲間に指示を出していたリリアの足元の床が競りあがり、凄まじい勢いで上へ上へと伸びて行く。果てしなく伸び続けるその柱にゲルトも飛び乗り、服が引っかかってどこまでも連れ去られて行くリリアを追う。
学園の大地が開き、城壁は競りあがり、大地に無数の出入り口が解放される。そこから全方向に数え切れぬほどの砲台が顔を出し、同時に無数の機動兵器が顔を出す。
周囲の坂道は幾重ものバリケードで封鎖され、学園の校舎も変形し、ラ・フィリアの塔の周囲に展開して行く。その大きな流れの中、ゲルトはリリアを救出して動いている校舎の屋根の上に着地する。
柱は光の結界を展開し、シャングリラを覆いつくして行く。ラ・フィリアの周囲に光の輪が浮かび上がり、膨大な魔力を展開するその光は二重、三重の結界となって街を覆って行く。
光の粒が雪のように降り注ぐ幻想的な風景を生徒達は唖然として眺めていた。変形した学園は一つの巨大な要塞となり、何人たりとも立ち入る事を許さない絶対防御都市となった。
その変形の様子を一部始終眺めていた夏流たちは完全に唖然としていた。アイオーンの演奏が終了すると、地下管理室はエレベーターで地上へと引き上げられ、学園長室の隣に競り上がる。シャングリラを一望する場所に登ってきた管理室に屋根から屋根へと飛び移ったゲルトが飛び込み、夏流たちと視線が交わった。
「ナツル、これは一体……!?」
「よ、よう……。なんか、スゲー事になったな……」
『ご苦労様でした、ナツル。これで学園は暫く安全でしょう』
アイオーンが台座を階段で降りてくる。不敵な笑みを浮かべるアイオーンに夏流もゲルトもリリアもただ呆けていた。
「プロミネンスシステム、四割程度解放しておいたよ。これからはこのシステムを発動するのはこの奏操席からに成るから、よろしく」
「……いや、何が? 何がよろしく?」
困惑する夏流を見つめ、アイオーンは楽しそうに笑っていた。
⇒この世界の日(3)
シャングリラの超変形が終了し、俺は今や学園の一番下から一番上へと位置を変えた奏操席の傍に立っていた。
見下ろすシャングリラはもう何だか凄い事になっていた。シャングリラを防御する結界魔法柱と防御障壁の列はまだわかるが、ディアノイアはもう元の面影が感じられないくらいに変形してしまった。
魔法砲台の列に結界障壁、更には数体の大型ガーディアンマシン……。これは確かに学園の生徒が何もしなくても安全そうだ。というかこんなところに攻め込むのは余程勇気が要るだろうなあ……。
俺なら絶対に相手にしたくない超要塞へと変形したディアノイアの学園長室に集まり、俺たちは今後の話をする事にした。とはいえ、ここも学園長室の裏側に繋がってるから学園長室みたいなものなんだが。
「それで……これがプロミネンスシステムってやつなのか?」
『これはシステムの一部に過ぎませんが、プロミネンスの力の一端ですね。かつてはロギアが使用した拠点であり、一度はフェイトに落された城でもあります』
フェイトはこの要塞を攻撃したのか……。が、がんばったなあ。というかこんなのを使っていたとなると、魔王軍ってのはやっぱり強力な軍隊だったんだな。
とりあえず解った事……。アイオーンはこのプロミネンスシステムを操る事が出来る唯一の存在であるらしい。プロミネンスユニット、通称『奏者』……それがアイオーンの正体だった。
だからどうというわけではない。この女が只者じゃないというのは前々からわかっていた事で……。だが、それにしたってまさかこういう事になるとは予想だにしなかった。
『アイオーンは暫くの間はここでシステムの操作を御願します。貴方が居ないとこの学園は動きませんから』
「ふう、仕方が無いな……。ずっとここに立っているのは退屈なんだけどね、まあ仕方ない……一時の辛抱だ」
退屈とかそういう問題なのか? とは言わなかった。アイオーンの野郎、いや、野郎じゃないけど、まったくなんというか……ええい、もういいや。
「それにしてもすっごいですね〜! ディアノイアがこんな変形を持っていたなんてリリアびっくりですよ!」
「ハッハッハ、直したのは俺だぜ? すげえだろ?」
「おじいちゃんすごーいっ!」
「ハッハッハッハッハッハッハ!!」
なにやらライトフィールド家の不思議な光景が繰り広げられているが無視する。話が進まない。
「問題はこれからどうするか、だ。とりあえず俺は……女王マリアを救出すべきだと思う」
そういえばこの話はまだ皆は知らなかったんだったな。女王マリアは今、大聖堂に捕らえられているという。
このまま長くほうっておけば、アリアも捕まってしまうだろう。ブレイド盗賊団の連中がそんなにヤワだとは思えないが、兎に角急ぐに越した事はない。
リリアをこの中に閉じ込めておけば確かに安全だ。だが、状況は好転しないだろう。兎に角今は攻める時だ。連中がシャングリラの変形にビビってる間に行動しなければ。
「腕の立つ生徒で大聖堂を強襲、オルヴェンブルムからマリアを奪還するしかない」
「強襲、奪還、か……。果てしなく力任せだな」
マルドゥークの突っ込みは痛かった。だが、もう他に方法もない。この混乱を利用しなければこっちに動くタイミングはもう無いし、何より大聖堂を攻め落とすわけじゃない。腕の立つメンバーなら行って帰ってくるくらいは不可能じゃないはずだ。
こっちにはオルヴェンブルムに詳しい聖騎士のマルドゥークもいるし……確かに力任せなのは解るが、どうしようもない。
「それに確か、聖堂騎士団と聖騎士団はオルヴェンブルムの中で内部分裂して市街地が戦場になってるんだろ?」
それはこの場所に聖騎士たちが居たことから伝わった情報だ。
元々彼らはオルヴェンブルム内部の戦闘に関わっていたらしいのだが、聖堂騎士団が学園を攻撃する事を知り、生徒を守るためにきてくれたのだという。
「市街地が戦場になっているなら、混乱に乗じて突破も出来るはずだ。それにマルドゥークたちだって加勢に行くつもりだったんだろ?」
「ん……。まあ、そうだが」
そうなれば、突入はやりやすくなるだろう。どうせ連中がマリアを捕らえている場所とくれば、リリアと同じく封印術式のある部屋のはず。マリアは強力な戦士でもあったはずだ。だとすれば普通の部屋に閉じ込めておくとは思えない。
だが、封印術式はこの間の突入時、部屋ごと俺たちが滅茶苦茶にしてしまったはず。とすれば、他の封印室を使うか、それか修理をしているのか……。
「どっちにしろ、同じような部屋を探せばいいんだろ?」
「マリアを救出するのは構いませんが、帰りはどうするのですか? 相手には足の速い執行者も多い。ここまで無事に戻れなければ意味がありません」
腕を組んでそんな事を言うゲルトの背後、アイオーンが手を挙げた。
「だったら学園にあるヴィークルを使うといいよ。地上に出しておくから、それならばすぐに行けるはずだ」
「ヴィークル?」
「馬、みたいなものかな。何機か動くものがあったはずだから、それを使えば直ぐに戻ってこられる」
そんなわけで実際にそれを見てみないと話にならないので、アイオーンを残して皆で螺旋階段を降り、武装したメイドロボが並ぶホールを抜けて中庭……だった場所、階段と障壁が織り交じるバトルフィールドに降りた。
どうも中庭は移動して学園の中に格納されたらしい。まあそっちのほうが安全だからいいんだが……一瞬自分がどこ歩いてんのかわかんなくなるなこれ。
「これがヴィークル……?」
そこにはすでにアイオーンが出してくれていたのか、黒光りする鋼鉄の……三輪バイク、があった。
どうやら魔法的な力で動いているようだが、三輪バイクだ。しかも結構な大型である。二人くらいなら余裕で乗る事が出来そうなそれが、十二機ほど並んでいた。
『魔力で操作する乗り物です。動かし方は簡単で、速度は馬よりも速いでしょう』
というアルセリア。まあ確かにバイクかっとばせば人間じゃ普通は追いつけないと思うが、俺たちくらいの魔力の人間なら走ってもバイクくらいの速さは出るような。
それより早い速度が出るんだろうか。まあ、アルセリアとアイオーンが言うんだから相当なもんなんだろう。突入はこれでいいか……。
「……よし、それじゃあ早速出発しよう。さっきまで戦闘準備してたんだ、直ぐに戦えるだろ? 何人か腕の立ちそうな生徒を集めてくれ。協力してくれそうなメンバーで出撃する」
皆が準備に取り掛かる中、ヴィークルを見ていたリリアの肩を叩いた。
「それからリリア」
「はい?」
「今回はお前は留守番だ」
多分、俺が何を言っているのか一瞬理解出来なかったんだろう。リリアは目をぱちくりさせながら小首を傾げている。
「何故ですか?」
「何故って……。とにかくお前は今回は留守番なの」
うっかりこいつが捕まってしまったら余計に大変な事になってしまう。それこそ本末転倒だ。
リリアは勇者で魔王でお姫様、なんだから……それじゃあコッチの作戦は失敗になる。本人にその自覚がないのが一番厄介だが、説明するのも面倒だな。
それにそれは俺が教えるようなことなんだろうかと考えてしまう。今はまあこんな時期だし、伝えるのは後でゆっくりでもいいだろう。
「今回の出撃にはゲルトを同行させるから、お前は学園内で待機な」
「……り、リリア要らない子になってしまったですか!? 戦力外通知ですかっ!?」
「ナツル、その命令にはわたしも賛成しかねます。リリアのリインフォースは預言されし者に絶対的な威力を誇る切り札……。リインフォース無しでは作戦成功率も大きく低下してしまう」
ううむ、ゲルトは正論だ。だけど連れて行ったらリリアがやばいと知ったらこいつも俺に賛成するんだろうな……。まあ、知らないんじゃ仕方ない。
だがどうだろう。確かにマリシアが出てきたら俺たちだけでは手に余る。リインフォースがあれば、圧倒的な退魔能力で連中も叩きのめせるだろうが、俺たちの攻撃は殆ど通用しない敵だ。
「うわーん、リリアがんばって夏流の足引っ張らないようにするからつれてってーっ! 一人で仲間はずれとか寂しくて死んじゃうよーっ!」
「こら、ひっつくな! ああもう……っ! わかったよ、わかった! 連れてきゃいいんだろがっ!」
「わあい、ありがとー! やっぱり夏流は優しいのですよ〜すりすり」
すりよってくるリリアをひっぺがしポイっと投げる。まあ、正直俺たちの中で一番強くなりつつあるリリアはそう簡単にやられはしないだろうし、マリシアもリリアなら叩きのめせる。万が一リリアがやばかった時は、それは俺が守ればいいだけのことだ。
出撃できるのが嬉しかったのか、リリアはヴィークルの周りをうろうろしていた。暫く笑顔で腕を組んでそれを眺めていたゲルトが急に振り返り、俺に駆け寄ってくる。
「いいい、今っ、リリアが貴方を呼び捨てにしていませんでしたか!?」
「え? ああ、してたな」
「えっ!? な、何故っ!? 何がっ!?」
いやお前が何を動揺しているんだよ。
「ううううう……っ! リリアちゃんが……リリアちゃんが、ナツルにとられたああああ〜〜っ!!」
何だかどこかで聞いた事のあるセリフを残してゲルトは走り去って言った。あー、なんていうか……作戦時刻には戻ってきてね。
そんなこんなでバタバタしているうちに作戦準備は整った。俺はヴィークルに跨り、背後にリリアを乗せてバイザーを装備する。
魔力を注ぎ込むとエンジンがかかり、成る程確かに簡単に動かせるらしい。ヴィークルを乗せたリフトが地下へと移動し、列車が止まっているはずの線路へと移動する。
『聞こえるかい、夏流』
各ヴィークルの正面部分にアイオーンの映像が移りこむ。こんな機能もあるのか……便利だな。
『オルヴェンブルムの座標はセットしておいたから、迷う事はないだろう。これから外部に続く列車用の出入り口を解放する。長く開けておくわけには行かないから、素早く駆け抜けてほしい』
「了解した。アイオーン、学園の事は任せるぞ」
『こちらも了解。武運を祈るよ、夏流』
「そうしてくれ。勇者部隊、出るぞッ!!」
合図と共にヴィークルを加速させる。すると異常なまでの急加速で動き出し、一瞬狭い線路の中壁に激突しそうになる。
しかし、円形の壁をヴィークルは難なく走り、ぐるりと上下左右を一周して線路に戻る。それだというのに加速の重さも風も感じない。何の壁もないのに、どうやら魔力障壁で守られているらしい。
これならば多少の無茶は押し通せる。さらに加速し、僅かに開いた地上への出入り口を目指し、一気に突き抜けた。
急に飛び出してきた俺たちに驚く聖堂騎士団の連中の頭上を跳び越え、草原に着地する。そのまま障害物の無い草原を走りぬけ、一息にオルヴェンブルムを目指す。
「わああ、すっごい早いっ!! 馬車よりも列車よりも、全然早いですねーっ!」
「早すぎて事故ったら死にそうだけどな……この分ならオルヴェンブルムまで直ぐだ。心の準備はもう整えておけよ」
後ろからしっかりとしがみ付くリリアの体温を感じながら走り抜ける。僅かな時間ですでに見えてきたオルヴェンブルムの出入り口目指し、一気に飛び込んで行く。
門は閉じられている。が、問題はない。街を覆う巨大な防壁、その段差を前にヴィークルを回転させ、壁にタイヤをあわせて駆け上る。垂直だろうがなんだろうが、ヴィークルはしっかりと吸い付くようにして俺たちを進ませてくれる。
全てのヴィークルが壁を走る中、それを確認して一気に門を跳び越える。遥か上空に投げ出されたヴィークルにしがみ付き、眼下で騎士たちが戦うのを見下ろしながら大聖堂の巨大なステンドグラスを突き破り、礼拝堂に着地する。
焦げ付くタイヤの匂いが鼻を突く中、すでにリリアは飛び降りて内部で混乱している聖堂騎士たちと戦っていた。次々と各所からヴィークルが礼拝堂に突入し、仲間たちが聖堂騎士を倒して行く。
「全員無事か!?」
「貴方ほど無茶なルートで突入したメンバーは他には居ませんでしたからね」
ヴィークルを降りたゲルトがバイザーを外して走ってくる。突入のメインンメンバーは俺とゲルトとリリア……。残りのメンバーはマルドゥークの指揮の下に聖騎士団を援護する手筈になっている。
何人かの生徒を引き連れ、俺たちはリリアの後を追う。リリアは既に礼拝堂の敵を殲滅しており、余裕の表情で振り返った。
「夏流、こっちは大丈夫だよ!」
「よし、マリシアが出てくる前に突入するぞ! 地下を探索し、マリアを見つけ次第脱出する!」
リリアとゲルトの大剣は狭い通路だと効果を発揮できない。故に先陣は俺が斬り、迎撃に出てくる聖堂騎士を倒して行く。
だが、やはり外での聖騎士団との戦いにてこずっているのか、護衛の数は決して多くはない。以前リリアが封じられていた封印室に飛び込むが、やはりそこは壊れたままで放置されていた。
「こっちじゃない……! 同じような部屋が他にもあるはずだ!」
リリアとゲルトを引きつれ、地下を移動する。やがてその地下が一階だけではなく、遥か下まで続いている事に気づく。相当巨大な地下構造が大聖堂には存在するのだ。
三人で移動を続け、辿り着いたのは地下に存在する地上のものよりもさらに巨大な礼拝堂だった。冷たい空気が頬を撫で、不気味な雰囲気が広がっている。明かりは乏しく、部屋の各所に灯る不思議な松明の光のみ……。そんな部屋の正面に、誰かが立っていた。
「あら? こんな所にまで侵入者が辿り着くなんてビックリ……。地上の騎士たちは何をしていたのかしらねぇ」
振り返ったその姿は女だった。豪勢な赤い司祭の服装に身を包んだ若い女だ。だが、見た目は若そうだがなんというか……不思議と威厳のような物を感じる。
俺が反応するよりも早く勇者二人が剣を構えた。俺にもわかる。あの女の持つ力は凄まじい。疑い様も無い事実に、思わず歯軋りする。
「預言されし者か……」
「よくその名前を知ってるわねえ? あら、もしかしてそっちのちいさい女の子……お姫さんだったりするのかしらあ?」
ぞくりと、背筋が凍るような笑顔だった。俺は咄嗟に二人を庇うように前に出る。
「ゲルト、リリアを連れて先に行け! あいつは俺が何とかするっ!!」
「え? し、しかし……」
「俺たちの目的はマリアの救出であってマリシア殲滅ではないっ! 大丈夫だ、適当に相手をして逃げればいい……っ!」
そんな甘い考えが通じるような相手ではないのだろうが、仕方ない。こうでも言わなければゲルトもリリアも動こうとはしないだろう。
二人は顔を見合わせる。しかし、リリアは俺を見て微笑んだ。リリアは信じてくれている。俺のこんな強がりでも、この子は信じようとしてくれる。
「いこう、ゲルトちゃん」
「……はい。ナツル、必ず戻ります」
「ああ、気をつけてな」
二人が地下へと走って行くのを女は普通に素通りさせてしまった。不自然なその態度に思わず眉を潜めると、女は台座から階段を下りて近づいてくる。
「どうして行かせたのか不思議、って顔してるわねえ。どうしてだか教えてあげましょうか?」
「…………」
「ふふ、だってあの下にもマリシアはいるもの。それにねぇ――アタシ、女の子より男の子の方が好きなのよ。貴方見れば結構イケてるじゃない? だから――アタシがここで一生奴隷にしてあげるわっ!!」
女の周囲に魔方陣が浮かび上がり、炎が揺らめく。圧倒的な魔力に既に部屋全体が高温に熱され、肌を焼くような痛みが全身を襲う。
魔力を研ぎ澄まし、自分の力にするんだ。障壁を厚く、正確に……。相手がマリシアなら、マトモにやりあっても勝ち目はない。どうする――?
「大聖堂の司祭ってのはみんなそうなのか? どいつもこいつも趣味悪そうで……最悪だ」
「うふふっ! さあ、燃やしてあげるわ……アナタの恋心を! 『元老院』大司祭、ナイアーラ・レグリス! アタシの美しい名前を魂に刻んで死になさい!」
激しい熱風の中笑う女。俺は両腕に魔力を点火し、電撃を帯びた拳を固く握り締めた。