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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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この世界の日(2)


この世界の事を、どんな風に思えばいいのだろう。

この世界の事を幻だと、虚幻だと思うのは、きっと俺がこの世界の事を本当は知っているからだ。

あの日、ナナシと出会った日。冬香の手紙と、原書。いくつもの思いが交差する場所で俺は一度本を手に取り開いた。

けれど気づけばその内容は頭からすっぽり抜け落ちて、それ以外の事も忘れてしまったのだろうか。

リリアは可愛い。一生懸命で、一緒に居れば俺も強くなれるような、そんな気がする。いつも笑って頑張っているのが素敵なのは、リリアだけに限る話ではない。

あの子は似ている。冬香にそっくりだ。言動や顔だけではなく、その魂というか、根本的な部分で酷似している。

その姿を自分の都合よく解釈し、他人の影を重ねる事はただの侮辱に他ならない。誰かの代用品……秋斗に言われた通りの行動を、俺はただ行っていただけなのかもしれない。

秋斗や冬香はきっと俺の事を誤解していた。冬香の傍に俺が居なきゃいけなかったんじゃない。俺の傍に、あの子が居てくれなきゃ駄目だったんだ。

駄目だったのはあいつらの方じゃない。俺の方だ。一人では生きていけない。一人では頑張れない。一人でそこに居る事に、どんな意味があるというのか。

子供の頃、まだずっと幼かった頃、俺の傍には当たり前のように双子の妹である冬香の姿があった。

冬香はどちらかというと男の子のような元気な子で、彼女はいつも俺を導いてくれた。幼い頃、秋斗と俺を引き合わせてくれたのも彼女。全部彼女だ。

でも多分、それが当たり前だった俺はだんだんと自分が嫌に成っていったのだろう。中学生になった頃には、彼女と一緒に居る事に疑問を覚えるようになっていた。

冬香は優れた人間だ。そこを行けば俺は凡人で、彼女とはつりあわない。彼女は俺を置いて行けばどんな高い所へでも飛べるのに、何度も何度も振り返って俺の所に走ってくるから、先に進めない。

俺のペースに巻き込んでしまう。それでどこにも冬香が行かないのだと思うと安心する自分が居て余計に嫌になった。何をしているのだろう。自問自答を繰り返した。


「何だ、そんなチンケな事で悩んでんのかてめえ? 相変わらずくだんねえこと気にする奴だな〜」


というのは、相談を持ちかけた秋斗の言葉だ。秋斗は俺がどれだけ深く悩んでいるのかわからなかったのだろうか。無神経なその態度にイラついたのを覚えている。


「誰かと誰かが一緒で居る事に意味とか理由とかそういうモンを求めようと持ってくるからゴチャゴチャすんだよ。てめえが冬香と一緒に居たくて、冬香がてめえと一緒に居てえっつーんならそれでいいだろが」


「…………だけど、俺たちは一生一緒に居られるわけじゃない」


俺の言葉に教室の机の上に両足を投げ出して漫画を読んでいた秋斗も顔を上げる。そう、俺たちは永遠に一緒に居られるわけじゃない。

二人は兄妹だ。双子とは言え、今はもう全く別の命。だからいつかは全く別の道を歩かなければならない。それが自然なんだ。いや、それはもう始まっていて当然なのに、あの子は一向に俺から離れようとしない。

不自然なんだ、それは。俺たちは一緒に居られないんだ。なのにどうして冬香は俺から離れない? 俺が彼女の限界を作ってしまっているのではないか。足枷なのではないか。


「確かにな、永遠なんてモンはない。だからいつかどうしても対立したり擦れ違ったりする。人間なら当然の事だ。いつかそれが来るのが解ってるなら、今はそうじゃないってだけで別にいいんじゃねえのか」


「そんないつくるのかどうかも判らない終わりなんて俺は嫌だ。終わらせるなら自分でちゃんと終わらせたい……」


「は〜、本当にめんどくせーなお前。あのな、人間の一生なんて予測不能でエキサイティングなくらいが丁度いいんだよ。そもそも何でも思い通りになるわけじゃねえし、思い通りになることの方が少ないんだよ。お前、相当我侭言ってるの解ってるか?」


秋斗の言うとおりだ。だが……。それでも……。いや……。違うのだろうか。


「夏流、秋斗〜! 一緒にかーえろっ!」


振り返ると渦中の人物が駆け寄ってくるのが見えた。秋斗は漫画を鞄に突っ込んで立ち上がり、俺の肩をたたく。


「別にいいじゃねえか。人間の一生なんて幻みたいなもんだ。永遠はない、なんていったけどな……お前たちは例外。続けようと思うなら、ずっと続けられる。夢もみられる」


「それが間違っていたとしても、か?」


「はっ! 間違いとか正解とか、人間の行動にそんなもんをつけてる時点でお前は温いんだよ。男ならてめえの采配を信じろ」


「う? 何二人で内緒話してんの? なになに、なんか私に関係のある事?」


「あーん? てめえがイチャイチャしすぎっからコイツが困惑してるってだけの話だよ。な〜?」


「ちがっ! 何言ってんだてめえ!」


「ひゃははははっ! そんなキレんなよ♪ ダチだろ俺様たちはよ〜」


「それとコレとは別問題だっ!!」


身軽な動作で俺の手を掻い潜り教室の中を駆け回る秋斗。振り返ると冬香が柔らかい笑顔で俺たちを見ていた。

なんだか悩んでいる事も馬鹿馬鹿しくなってくる。溜息を漏らし、二人と一緒に帰り道を歩く。毎回こうやって三人で肩を並べても、話しているのは冬香がメインだ。

冬香はよくしゃべる。一日学校であったことをこれでもかというくらい俺たちに聞かせる。お陰で俺も秋斗も立派な聞き上手になってしまった。


「それでね、国語の伊藤が女子の胸元ちらちら見てたからね、先生! 女子の胸ばっかり見ないでください! って言ってやったんだ〜」


「……伊藤、悲惨だな」


「胸くらい俺様だって見るぞ? ほら、今擦れ違った女結構デカかったし」


「秋斗が変態なのは別にもういいかな」


「何がいいのか俺にはわかんないが、まあ言っても無駄なことだけは明らかだ」


「おうよ! んで、伊藤はそれでどうなったんだ? まさかそれで終わりってわけじゃねえんだろ?」


「うん。どうしても見たいなら私のを見なさいって言っといた」


二人してずっこけた。そして同時に立ち上がり、同時に左右から冬香の頭を叩く。


「阿呆!」


「ボケ!」


「いったあ〜い……!? ひどい! なんで同時に叩くの!? 馬鹿になっちゃったらどうするの!?」


「お前は最初から馬鹿だ! ああ、馬鹿馬鹿、馬鹿すぎる!」


「つーかてめーホント馬鹿だな。アホだな……ホント馬鹿だな」


「なーんでそんなこといわれなきゃなんないのさーっ!! 他の女子の胸元見られるくらいなら、私の胸元見て満足してくれればそれで解決するじゃん! 誰も傷つかない、唯一の素敵な解決方法なんだよ」


「普通はお前が傷つくんじゃないのかそれは……」


「…………あー、くだんねえ。伊藤は後でシメとこうぜ、夏流。駄目だあいつ。人間として駄目だ」


「やめてよーっ!! 二人が番長みたいな事するから、冬香が一生けんめ〜に庇ってるんだよ!? 今時中学生で番長とか流行らないんだよーっ!!」


冬香と秋斗と俺と三人、多分この頃は最高に仲が良かった。別に何を言うでもなく一緒だったし、それはこれからもずっと続くと思っていた。

多分それは俺だけではない。冬香も、秋斗も、同じ事を考えていたのだろう。でも、やっぱり秋斗の言う通り永遠なんてものはなかった。

それは誰か一人でも『続けよう』という気持ちをなくしてしまえば、当たり前のように崩壊する。そう、それこそ正に、虚幻のようなものだから。



⇒この世界の日(2)



「学園の地下にある古代遺跡の起動プログラム?」


部隊の準備も整いきらない最中、アルセリアに呼び出された俺たちに告げられたのは不思議な単語だった。

ラ・フィリアの学園長室の中、先頭に立つ俺にアルセリアは古ぼけた短剣を差し出した。洋風の所謂両刃の短剣だが、そこには俺にも見て取れる漢字が記されていた。


「……『天照』……?」


『それは、プロミネンス・キーと呼ばれる物です。この学園都市ディアノイアのプロミネンスシステムを起動するのに必要となります』


何でもこの剣のようなものの中に起動プログラム他この学園の古代遺跡を動かす為に必要な物が全て詰まっているという。

アルセリアの話は単純だった。この鍵、プロミネンス・キーをラ・フィリアの地下に持って行き、学園が本来備え持つ防衛システムを起動してほしいとの事であった。


『元々シャングリラは要塞都市として建造されました。本来のシャングリラのシステムが起動すれば、生徒や一般人に犠牲を出さずとも持ちこたえる事が可能になるでしょう』


防衛に戦力を割かずに済む事、それは即ち攻めに転じる足がかりともなるだろう。成る程、確かに理に敵っている。出来れば生徒だって戦わせたくはないのだから。

未だに大規模な攻撃は行われて居ないが、聖堂騎士団もいつ痺れを切らして攻め込んでくるかわからない。皆脅えているし、不安がっている。戦闘経験がなければ、一般人なら尚更だ。

勿論俺はそれを引き受ける事にした。この剣一つでこの学園を守れるのならばやってみるだけの価値はあるだろう。

しかし、マルドゥークだけはあまり賛成しない様子だった。プロミネンスシステムという単語を耳にして眉を潜めている。他の連中はプロミネンスシステムに詳しくはないのか、皆きょとんとしていた。


『キーの修復にはアイオーンの手を借りました。封印の解除に時間がかかってしまいましたが、今なら問題無いでしょう。それと、地下のシステムに不備が無いように、数日前からヴァルカン・ライトフィールドが地下システムの修復作業に当たっています』


「え? おじいちゃんが、ですか?」


『地下でヴァルカンと合流し、プロミネンスシステムを起動させてください。詳しい話はアイオーンから』


「わかった。それじゃあ早速システム起動に向かう」


『あ、ちょっと待ってください』


何だか可愛い声で呼びとめられてしまった。威厳ある態度にすぐに戻ったが、多分言い忘れたことか何かがあって慌ててたんだろうな……。


『地下には修復技能のある人間を連れて行ってください。それと、地下では魔物や防衛システムが暴走している可能性もあり危険です』


「成る程……。それじゃあ俺とアイオーンと……メリーベル、頼めるか?」


二人とも同時に無言で頷いてくれた。残りのメンバーはいざ地上で何かあった時のためにも残しておくべきだろう。この間のダンジョンと同程度の警備なら、三人も居ればなんとかなる。

とりあえず俺が離れるとなると、現場の指揮を誰かに託さないと。アイオーンは一緒に行ってしまうだろうから、マルドゥーク……いや、こいつはこいつで騎士団を纏めるのに忙しいのか。じゃあ……。


「んー……リリア、ゲルト。勇者部隊ならびに生徒部隊のまとめ役を頼めるか?」


「解りました。貴方は気にせずその……ぷろみねんす? というものを起動してきてください。わたしとリリアが居れば大丈夫です…………リリア?」


リリアを見やる。リリアは俺と目があうと見る見る顔を真っ赤にしてゲルトの後ろに隠れてしまった。小首を傾げる皆。俺は無言でリリアに近づく。

俺が近づくとリリアはゲルトの影に隠れる。リリアを追いかけて俺もゲルトの周りを回る。リリアは逃げる。俺は追う。ゲルトは目を丸くして周囲をうろうろする俺たちを見ていた。


「……ニーチャンたち、リアルに何してんの?」


「いや、何だかよくわからないんだがリリアが逃げるんだよ」


最終的には逃げ切れないと踏んだのか、ゲルトの胸にしがみ付いて顔を押し付けてぷるぷるしていた。でもぷるぷるしているのはゲルトもで、まさかのリリア突然の抱きつき行為に顔を紅くして目をきらきらさせていた。大丈夫かこいつら。


「おいリリア、作戦聴いてたか? 現場の指揮はお前らになるんだぞ? おーい?」


「夏流、リリアに何か嫌われるような事をしたんじゃないですか?」


「してねえよ……。して、ねえはずだ。してねえよな?」


腕を組んで考え込む。うーん、気づかないところで怒らせてしまったんだろうか。良く判らないが、リリアの様子が変な事だけは確かだ。


「……いや、あのう。どうしてついさっきあんな事した後なのにそんな平然としてるのかリリアには謎なんですけどぅ」


「あ、あんなこと……?」


ゲルトが俺を見る。何を考えているのかわからんが、なんかこう……変な誤解を受けている気がする。

しばらくゲルトは俺を見たまま固まっていた。そうしてだんだんわなわなと震え出し、魔剣に無言で手を伸ばす。


「待て待て待て! 何が起きたっ!?」


「貴方は一度、死んだ方がいい……」


「なんもしてねえからっ! ただちょっとキスしただけじゃんっ!?」


場が静まり返ってしまった。我ながら墓穴を掘った。

全員固まっているうちに行動しよう。腹を抱えて笑っているアイオーンと遠いところを見ているメリーベルの手を引き、部屋の外に向かって走る。

学園長室の扉が閉まった瞬間、背後でゲルトが魔力解放したような気がしたので全力で螺旋階段を駆け下り、地下の入り口を気合でこじ開けてそこに飛び込んだ。


「はあはあはあはあはあ……危なかった」


「あははっ! あははははははははははっ!」


「笑うな!!」


「…………もうあたし、夏流が何をしても驚かない事にするわ」


二人とも各々の態度で俺を見ている。くそう、今更さっきのは冗談ですとも言えないしなあ……。

とりあえず気を取り直して地下に続く階段を見下ろす。狭い通路だから一人ずつしか通れそうにもない階段……。長年誰も通って居ないのか、手摺も崩れかけている。

ヴァルカンはこの下に居る。冷たい風が吹き上げてくる学園の地下目指し、俺たちは移動を開始した。

地下へと続く階段を下りるとやはり前回同様広い空間が広がっていた。しかし例に北方大陸の地下ほどではなく、進むべき道もはっきりしている。一本道で向かい側に見える扉の左右、様々な機械が転がる通路が続いている。

三人でそこを歩きながら左右を眺めると、やはり北方大陸の遺跡に近いものを感じる。だがあそこよりもなんというかこう……もっと最近まで動いていたような、そんな印象を受ける。最近とは言え年代のスケールが違いすぎるのだが、少なくとも何年、何十年か前にはここには人が居たような、そんな感じである。


「ところでアイオーン、お前はプロミネンス・キーってやつについて詳しいのか?」


「うん? さぁ、詳しいと言えば詳しいのかも知れないね。ボクは様々な術に精通しているから、今回は封印の解除作業を手伝っただけだけれども」


「そもそもこの古代遺跡のプロミネンスシステムってのは何なんだ?」


ネーミング的に何かの機械のような気がするが、この世界に機械的な文明能力はさほど存在しない。だとすると、そのプロミネンスシステムもやはり嘗ての世界の遺産なのだろう。

だが、学園の地下に存在する防衛システム、プロミネンスとは一体何なのか。それが有用である事はわかるが、どんなものなのか想像がつかない。

俺の隣を歩きながらアイオーンは上着のポケットに両手を突っ込み、目を細めて笑いながら答える。


「この学園都市が建造される前、十数年前。ここには魔王ロギアに対抗する為の一つの遺産があった。それがプロミネンスシステム……ラ・フィリアに隠されたもう一つの力だ」


「……この建造物は魔王が建築したんじゃないのか?」


「元々この世界にあったものさ。ただその扱いの方法を見出したのは魔王ロギアだった。勇者フェイトたちによってこの施設はクィリアダリアに奪還され、以後は魔王大戦でも高い効果を発揮したのさ」


「……噂に聞いた事がある。確か、魔王が扱うのと同じ魔物……機械の軍隊を制御する機能があるとか」


メリーベルの発言にアイオーンが頷く。成る程、プロミネンスというのはこの地下に眠る機械の軍隊を操作するものなのだろうか。確かに地下遺跡のガーディアンマシンが仲間になってくれればシャングリラの防御は容易くなる。


「だったら最初から機能させときゃよかったんじゃねえか? 鍵に封印施して放置して……。つーか、ヴァルカン爺さんが修理してるってことは、一度壊れたのか?」


「壊された、というのが正確だね。大戦が終了した直後、この地下のプロミネンスシステムは一度破壊されたんだ。勇者ゲインの手によってね」


予想していなかった名前に驚く。勇者ゲイン――ゲルトの父によって破壊された? 何故勇者であるはずのゲインがプロミネンスシステムを破壊するんだ?


「その後、プロミネンス・キーはアルセリアの手によって厳重に保管されてきた。今回この判断を下すのも彼女にとっては余程の覚悟を必要としただろうね」


「……プロミネンスシステムはそんなに危険な物なのか?」


「それは君が見て判断すれば良い事じゃあないかな? それに物とは、扱う人間によってその意味を変える。君がその鍵を正しく使う事が出来れば、プロミネンスシステムは人々の脅威にはならない」


そうは言うが、危険な物は危険だ。成る程、プロミネンスが危険な存在の手に渡れば当然危険は降り注ぐ。故に封印……。ゲインが破壊したという言葉がいまいち引っかかるが、その気持ちもわからないでもない。

もしこの戦争に使われた強力な防御システムが起動したら、この町を守れるのだろうか。だが、それは同時に戦争の時代へと世界を休息に引き戻すような行為だ。戦乱の世が、広がって行く……。そんな不安を覚える。

他に打開策がないのもわかっている。だがアルセリアのいう『滅びの戦争』というものが近づいているような、そんな形にならない予感。プロミネンスシステムを起動させる事は正しい行動なのだろうか。


「……考えている場合じゃないか」


今だって地上では戦闘が発生しているかも知れない。仲間でありまだ子供である学園の生徒たちが戦っているかも知れない。俺がここでうだうだ言っている場合ではないんだ。

三人で通路の最奥に辿り着く。その部屋には何も無く、床に巨大な魔方陣が描かれていた。全くどうしようもない状況に道を間違えたのかと悩んでいると、手の中のプロミネンス・キーが反応を示していた。

淡く紅く輝くそれを魔方陣に翳すと、床が同時に四方に開き、地下へと通じる隔壁が次々に開いて行く。まるで厳重に封印されていたものの鍵を開けてしまったような、そんな不安が過ぎる。


「……これは、梯子で降りろってことなのか?」


「そのようだね」


「そうか……。じゃあ、俺が一番最初、にっ!?」


背後からメリーベルに頭部を叩かれてしまった。俺が痛がっている間に二人はサクサク梯子を降りて行く。何が……なんでだ? リーダーだから最初に降りたほうがいいと思ったのに、なんだこいつら。

三人でぞろぞろと長い階段を下りると、そこにはさらに異質な空間が広がっていた。壁や床に果てしなく描かれた魔術文字、刻印……。薄く輝くそれらは今でも魔力を通し、解き放たれるのを時遅しと待っているかのようだ。

激しい威圧感のようなものを感じる。だが見ると壁などに併設されているびっしりと魔術文字が記されたコードなどの配線は一度断裂し、修理した痕跡があった。ヴァルカンは近いのだろう。


「しかし、なんだこの施設全体を覆っている莫大な魔力量は……。一体どこから供給されてるんだ」


これだけの巨大な施設全体の魔力を供給するなんて並大抵の事じゃない。一体何がどうなっているのか……見当も付かないほどの建造物だ。

ラ・フィリアは雲をつきぬけ遥か彼方まで延びている塔だ。その全体に魔力を供給する何かがこの地下に存在するのか。そう考えると思わず息を呑む。

何の障害も無く、ただ不思議な回廊を抜ける。すると通路の道端で大掛かりな工具を脇において修理をしているヴァルカンと遭遇した。どうやらいじっているのは扉らしく、俺たちの気配に気づいて振り返る。


「やあっときやがったか。大方修理は終えちまったぜ」


「爺さん、一人でここに篭ってたのか?」


「ん? ああ、ここ何日かはここにずっとな。外はどうなってるんだ? アルセリアのヤツが、近いうちに戦闘になるだろうとか言ってたが」


この爺さん何も知らないでここにいたのか。仕方が無いので外の状況を伝えると、特に驚く様子も無く頷いた。どうやら予想済だったらしい。


「それでお前がキーを預かってきたわけか。まあ、お前だからこそって事もあるんだろうけどな」


「……? それで爺さん、何か他に手伝う事はあるか?」


そんな会話をしていると背後から人の気配を感じて振り返った。するとそこには意外な人物の姿があった。

ヴァルカン同様、全身を汚した格好で歩いてきたのは何とクロロだった。相変わらず腕のないクロロは俺たちを見てぺこりと一礼した。


「クロロ!? なんでお前が!?」


「やっぱり知らなかったのか? クロムロクシスはラ・フィリアのコントロールガーディアンだ。前の戦争の時、ゲインに引き取られたわけだったんだがな」


「クロロがラ・フィリアのコントロールガーディアン? その、コントロールガーディアンっていうのは……?」


「ああ。この塔の管理システムの一部だ。尤も、この塔が封印された時に大半のクロムナンバーズは廃棄されたんだがな」


クロロが塔の管理システムの一部……? 何だか妙なめぐり合わせだが、イマイチ信じられないな。だってこいつ、道端で転がってたような駄目ロボットだぞ……?

話題の中心にいるクロロは機材をヴァルカンの傍に置き、俺に歩み寄った。相変わらず無表情な少年だが、そういえばもう暫く顔を見ていなかったっけ。


「久しぶりだな。お前まさか、ここんところ爺さんと一緒にここにいたのか?」


「肯定します。クロロはここで修理を行っていました。ヴァルカンは信頼できる人物です。プロミネンスシステムの修理作業を共にする事を許可出来ると判断しました」


「……お前、プロミネンスシステムにかかわりがあったのか。全然そんな風には見えないけどな」


そういえばこいつ、なんで腕をなくしたんだったか。中々思い出せないが……もしかして、こいつはプロミネンスシステムにかかわりがあるから腕を失ったのか?

そしてゲインとも関わりのあるリリアの傍にいた……そう考えるのは俺の都合が良すぎる妄想だろうか。いや、だが今実際こいつはヴァルカンとも知り合いで……。うーむ。

まあ、詳しい話は後回しだ。二人が扉を修理する作業を終えると先ほど鍵で開いたものと同じ魔方陣が扉に浮かび上がった。キーを翳すと扉は四方に開き、次々に隔壁が上がって行く。


「うし、丁度いいタイミングだったな。おら、システム本体に会いに行くぞ。いい機会だろ、丁度いい」


「……うん? ああ、わかった」


良くわからなかったが、長い長い通路を前に進んで行く。その最深部にある扉を鍵で開くと、眼前に広がる巨大すぎる空洞に思わず圧倒された。

壁中にびっしりと浮かぶ魔術文字、大量のモニター画面に映される学園全域の様子。まるでSFのような光景に圧倒される中、部屋の中心部にある巨大な機械の塊が目に留まる。


「あれがプロミネンスシステム……?」


「の、中核だ。言わばクロロの真上に位置する上位システムってとこか。お前の持つ鍵で封印は解除される。ほれ、行け」


「お、おすなよ……。鍵で、開ければいいんだな」


機械の塊の正面には『天照』という文字の下に、『PROMINENCE』と記されている。

プロミネンスシステム、その中核となる機械にはきちんと鍵穴が存在した。その鍵穴にキーを差し込むと、眩い光が部屋中を奔る。

轟音と共に蒸気が放たれ、部屋を満たして行く。そうして開かれた場所に在ったのは、一つの椅子だった。


「これが……プロミネンスシステム?」


困惑する俺たちの中、前に出たアイオーンが両手をポケットに突っ込んだままにそれを見上げる。


「……さて、懐かしい席だ。久しぶりに役目を果たすとしよう」


その台座へと続く階段を昇り、アイオーンは機械に手を翳す。その指先が空をなぞると、そこには光の鍵盤が出現した。幾重にも折り重なるその光は交わり、楽器のような形を形成する。

光の中、アイオーンは指先で鍵盤へと触れる。まるで共鳴するようにアイオーンの真紅の髪が輝き出し、部屋全体の魔力が通って行く。


「アイオーン……!? 一体何が……っ!?」


「アイオーン・ケイオスってのは、ある男が名づけた名前でな。あいつには元々名前ってモンが無かった」


なにやら懐かしげにそんな事を語るヴァルカン。訳がわからず混乱する俺を見やり、男は言った。


「あいつが長年、教師でもないのにこの学園の中で高い自由と発言力を持っていたのか疑問に思った事はないか?」


「……それが、どうしたんだ?」


「だから、簡単な話だ。いっちまえばこの学園は、あいつそのものなんだよ。『プロミネンスシステム』の――制御ユニットのな」


爺さんの言っている言葉の意味がイマイチわからなかった。

アイオーンがプロミネンスシステムの制御ユニット? なんだ、そりゃ……。

光の鍵盤に手を伸ばし、アイオーンが戦慄を奏でる。学園全てに響き渡るかのように振動したその衝撃は、シャングリラに眠る力を目覚めさせる、まるで序曲だった。


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