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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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折れない心の日(2)

それから、俺たちの短い旅が始まった。

列車を使っても時間のかかる道程を、人目を避けるために徒歩で行く。それには何日もの時間が必要で、シャングリラの修行に引き続き俺はソウルの特訓を受け続けた。

自分で言うのもなんだが、俺は自分自身の戦闘能力にそれなりの自信があった。勿論、ソウルやフェンリルといった連中に敵うとは思って居ない。だが基礎的な部分は毎日怠らずに鍛えてきたという自負がある。

そもそも、現実の世界でだって師範せんせいにさんざしごかれたんだ、元々それなりに武術には心得があった。だが、ソウルとの特訓は俺に新しい事をたくさん気づかせてくれた。

自分自身の強さ、力の本質、戦う術、そして何よりも自分よりも数段格上との本気の組み手は実戦に匹敵する密度で休息に俺の力を引き上げる。

現実では怪我をしてしまったら直ぐには治らない。だからどうしても手加減したり、休んだりしなきゃいけない。だがこっちの世界でなら多少無理な鍛え方も出来る。あいにく魔法が使える仲間は何人もいるのだ、疲労もダメージも直ぐに回復してしまうから休む間などない。

皆がノンビリ歩いている間も、俺たちは少し離れた場所で組み手をしながら移動していた。これがまた奇抜な光景なのだが、戦闘中に皆に置いていかれないように気を配りながら戦っていると、戦闘のペースやリズムのようなものが見えてくるのだ。

具体的にソウルに教わった事はそう多くはなかったが、単純に戦闘を繰り返すというこの一瞬一瞬が俺にとっては何よりも必要な経験だ。戦えば戦うほどわかってくる――。ソウルは、強い。


「お前はそろそろ武器を変えた方がいいな」


休憩がてら、アイオーンに傷を治してもらいながら歩いているとソウルは水を飲みながらそんな事を口にした。

こっちはもうくたくただっていうのに、ソウルはいつでも余裕の表情だ。まるで相手になっていないのはわかっていることだが、何だか悔しい。筋肉バカに負けるのはちょっとな……。


「おら、聞いてるか? お前の武器……あー、なんだっけ? まあいいや、とにかくこのナックルは装備品としてはお遊び程度の能力しか持たない。そりゃお前が魔力操作がヘタクソなのを補う事しかしないからだろ? お前はそろそろ自分の力をきちんと自分でコントロールして、武器はお前の武器になるものを選んだほうがいい」


「……生身でも魔力をコントロール、か」


確かにここ数日素手での組み手を繰り返し、それにもだいぶ慣れたと思うが神威双対を装備している時ほど上手くやれている自信はない。そう考えると以下にこのナックルが俺の力を支えていてくれたのか……。

戦う度に無茶な使い方をして毎度壊しそうになってるけど、本当に大事な思いいれのあるナックルだ。出来ればコイツを生かしてやりたい……そう思ってちらりとメリーベルを見ると、溜息を漏らしながら片目を瞑っていた。


「……作れと?」


「……だ、だめか?」


「…………はあ。まあ、いいよ……。神威双対をベースに改造を施せばいいんでしょ? どうせリミッターを外すだけみたいなもんだし……」


「すまん! 恩に着るっ!!」


両手を合わせて頭を下げる。早速改造の考案をするらしくナックルを手に一人でぶつぶついいながら歩き出すメリーベル。アイオーンの回復魔法で傷が完治すると、直ぐに俺は皆から離れ始めた。

ふと、皆を挟んで反対側で剣と剣が交わる甲高い音が聞こえてくるので目をやる。そこでは俺のほかにももう一組、組み手形式で特訓をしているヤツがいた。黒白の大剣を振り回し、大地とかをぶっとばしながら戦っているのはリリアとゲルトだ。

二人の進んできた道にはっきりと戦闘の痕が残ってしまっているのだが、いいんだろうかこれは……。まあ、こんな線路からも大きく外れた広大な大地の上、あの痕跡を発見するのは難しいのだろうが。


「もう少し手加減するように言ったほうがいいかな……」


二人とも疲れるとばったり倒れこみ、その度にマルドゥークが回復魔法をかけて騎士二人が背負って歩く。そんな事を繰り返しているのを見ていると自分の訓練が生ぬるい気がしてくる……。

まあ、こっちは魔力コントロールが第一なんだ。戦闘中でも柔軟に、かつ迅速にコントロールできるようにならなければ意味がない。ソウルに教わった術も使えるようにならないと。


「ほらほら、さっさと再開するぞ! シャングリラに着くまでにモノにしねえとな!」


「……はいはい、わかってますよ……。筋肉バカだな、ホント」


俺が戦って俺が守らなきゃならないんだ。俺が秋斗を倒さなきゃいけないんだ。

何よりそう、負けたくないのならば。もっともっと、強くならなければ――。



⇒折れない心の日(2)



「やっと見えて来たぜぇ〜っ!! シャングリラ……帰って来たなあ!」


というブレイド君のはしゃぐ声で俺たちはようやく目的地に辿り着いた事を知った。しかしその喜びと安心は直ぐに悪い予感に切り替わる事になった。


「シャングリラが……燃えてる?」


ぼんやりとしたその呟きが誰の物だったのかはわからない。ただ、その言葉の意味を俺は目の当たりにしていた。

シャングリラを取り囲む大聖堂の聖堂騎士団……。砲台がずらりと設置され、絶え間なく攻撃が続いている。砲弾はどうやらシャングリラの結界を攻撃しているようで、騎士たちは出入り口から次々と中に押し寄せていた。


「な……!? どういう事だ!? なぜ大聖堂がシャングリラに攻め込んでいる!?」


「ま、マル様あれ!!」


見れば出入り口を固めているのは聖堂騎士ではなく聖騎士団のようだった。白い甲冑の聖騎士団と紅い甲冑の聖堂騎士団、本来ならば同じく国を守るはずにある二つの騎士団がシャングリラの門の前で争っているではないか。

ますますわけがわからなくなってくる。ここ数日の間に一体何があったというのか。戸惑う俺たちの中、リリアがリインフォースを担いで前に出た。


「聖堂騎士団を襲撃します。聖騎士団はシャングリラを守ろうとしてる……助けなきゃ」


「……そうだな。シャングリラは学園があるとは言えただの町だ。住人みんな戦えるわけじゃない……なのに、容赦なくバンバン砲弾ぶちこみやがって……。行くぞリリア、連中を蹴散らしてやる」


気持ちは全員同じだった。全員が全員武器を構え、リリアを見る。先頭に立った俺とリリアはうなずき合い、リリアの掲げる聖剣の輝きに目をやる。


「――――行くよ! 勇者部隊ブレイブクラン……出撃!!」


合図と共に駆け出すリリアに続き、皆も敵目掛けて走っていく。そんな中、ソウルが俺を呼び止めて二人で足を止めた。


「目指すのはディアノイアだ。だが、そこに行くまでに……」


「わかってる。出来るだけ多くの人を助けるんだ」


「それでいい! 今回は俺も付いてるんだ、任せておけ!」


胸板を叩いて笑うソウルに溜息を漏らしながら同時に走り出す。すでに門周辺ではリリアたちが戦っていた。突然現れた俺たちに聖騎士団も戸惑っている様子だったが、共に聖堂騎士団と戦う存在だと気づき、魔法などで援護してくれた。

何だかんだ言っても俺たちは強い。あっという間に門を制圧し、聖堂騎士団のムカツク砲台を破壊して聖騎士団と合流した。


「き、君たちは一体……!? って、マルドゥーク副団長!? 何故貴方がここに!?」


「事情を訊きたいのはこちらも同じだ! 一体何が起きている!? 何故大聖堂と戦っている!?」


マルドゥークと聖騎士がそんなやり取りをしていると、街中から悲鳴が響き渡った。いち早くそれに反応したリリアが市街地に走っていく。


「何人かリリアについていってやれ! ゲルト、それから……ベルヴェール! リリアと合流して市街地を奪い返せ!」


「わかりました!」


二人は命令を受けてリリアのあとを追って門を潜っていく。俺たちもぐずぐずしている場合ではない。


「マルドゥークは聖騎士団を纏めてくれ! この乱戦じゃ他がどうなってるかもわからん……! ブレイドはマルドゥークと一緒に防衛戦だ。壁を出すのは得意だろ?」


必然的に残りのメンバーは俺と一緒に内部に入る事になる。市街地の奪還もあるが、状況を把握しないことにはどうにもならない。ブレイド、マルドゥークと分かれ、門を潜った所で学園の生徒たちが倒れているのが見えた。

駆け寄ると、どうやら怪我をしているようだが命に別状はないらしい。しかし辺りにはもう手遅れになっている生徒や聖騎士の死体が転がっている。民間人も生徒も騎士も無差別に攻撃を繰り返しているんだ……。


「大丈夫か?」


「……ああ、平気だ。さっき勇者が助けてくれたから……。それより、学園に行ってくれ! あそこに住人を避難させてるけど、どれくらいもつか……」


腕に傷を負っている剣士の少年は都市の中心部を指差す。成る程、確かに激戦区は中央――ディアノイアのようだ。彼の仲間らしき杖を持った魔術師の少女が駆け寄ってきて傷を見ながら俺に言った。


「あの……勇者部隊ブレイブクラン、ですよね?」


「あ、ああ」


「よかった……。やっぱり来てくれた。みんな、貴方達の帰りを待ってたんです! 早く行ってあげてください! 学園内には、まだ戦えない生徒も多いんです!」


二人だって危険な状況だろうに、仲間のために早く行けと言う。確かにここの外側はブレイドとマルドゥークが確保している……。そう危険な場所という事もないだろうが。

だが、ほうっておくわけにも行くまい。背後で待機しているメンバーに先に行くように促すと、怪我をしている少年の傍に屈む。


「ここまで良く頑張ったな……。遅れて悪かった。一体何があったんだ?」


「はい、実は――」


そうして魔術師が語ってくれたのはにわかには信じられない事実の連続だった。

大聖堂は昨日シャングリラへと進軍し、ディアノイアとその生徒含む全ての人間に傘下に入るように命令したという。学園長アルセリアはその命令を跳ね除け、結果連中は民間人が残っているにも関わらず攻撃を開始した。


「彼らの狙いは、学園施設と学園が抱える生徒だったようなんですが……。結局、事情も良く判らないまま巻き込まれて」


「そうか……。じゃあ皆、何か命令を受けて戦ったとかそういうわけじゃないんだな」


「はい。みんな自分の身と、友達と……。思い出のあるこの町を守ろうとして自主的に。けど、そのせいで統率が取れていなくて……」


学園長は何をしているんだ? ソウルとルーファウス、二名も教師が離脱しているのも確かに痛手ではあろうが、指揮を執れる人間も居るはずだ。アルセリア自身が指揮をとってもいいわけで……。

それさえもままならないほどの乱戦なのか……。回復が終わって立ち上がった剣士の少年の様子を見て俺も立ち上がる。


「ナツルさん、俺見たんだけど……」


「ん?」


「なんか、わけわかんねーけど……生徒同士で戦ってる奴らがいるんだ。大聖堂側に付いたやつも少なくないみたいで……。だからみんなお互いの仲間、個人のパーティー単位でないと動けてないんだ」


成る程、それで指揮系統が滅茶苦茶なんだ。数名のPTでしか行動できないから、誰が誰にどう指揮を執ればいいのかも明確じゃないんだ。

いや、となるともっと拙い状況が想定出来る。あのリリアのことだ、生徒に襲われたら反撃なんて絶対にしないぞ……。


「大体わかった、ありがとう。二人とも一緒に中央区に避難するか?」


「いえ、私たちは……。はぐれてしまった仲間が居るんです。皆一緒に揃ってから、学園に避難しますから」


「そうか……わかった。気をつけてな」


市街地へ走っていく二人を見送り、俺も仲間の後を追う。どうせ全員目指している場所はシャングリラの中心部――。巨大な塔、ラ・フィリアを取り囲むディアノイアのはずだ。

坂道を登って学園に近づけば近づくほど、悲惨すぎる戦況が露になってくる。敵の死体も味方の死体も民間人の死体も、容赦なく道端にバタバタ転がっている。魔法戦闘の痕跡が大地を吹き飛ばし建造物を倒壊させ街中で火の手と黒煙が昇っていた。

ついこの間まで学園祭なんて楽しげな事をやっていたのに、どうしてこうなってしまうのか……。大聖堂は一体どういうつもりなんだ? 何が狙いでこんなことをする?

中央部に近づくと、戦闘の音が激しくなってきた。坂道を昇りきった先、ディアノイアの門の前で見たのは信じられない惨状だった。

生徒同士が剣をぶつけ合い、魔法が激しく飛び交っている。聖堂騎士と聖騎士もお互いに部隊を組織して激突し、夥しい量の死傷者が発生していた。

その中心部で戦闘を中断させようとリリアたちが戦っているのが見える。しかし俺たちだけでは全く手が足りない。見ればディアノイアを取り囲むこの門全ての前で同じ光景が繰り広げられているのだから。


「リリア!」


背後からリリアに襲いかかろうとしていた聖堂騎士を蹴り倒し、その背中で拳を構える。俺の存在に気づいたリリアは背中合わせに剣を構え、一瞬振り返って言った。


「師匠、これは何がどうなって……っ!? どうして生徒同士で戦ってるんですか!?」


「わからない……! でも止めさせなくちゃ!」


二人で頷き合い、周囲の戦闘を中断させていく。戦う意思がない人間は学園の中に避難させればいいのだが、襲い掛かってくる聖堂騎士や生徒はどうにもならない。

かといって同じ学園の生徒を攻撃するのには勿論ためらいがある。聖堂騎士の連中はぶっ飛ばしてやっても問題ないんだが……。いや、贅沢は言っていられないか。


「ナツル!! 数が多すぎる! 適当なところで中に逃げ込むぞ!!」


ソウルの叫び声が聞こえた。他のメンバーも承知したのか、全員戦いながら門に向かって移動して行く。門の内側からは魔法や弓で敵を牽制しながら呼んでくれている生徒の姿があり、俺はいつまでも戦っているリリアの手を引いてそこに飛び込んだ。

背後で一斉に魔法戦闘が始まった音が聞こえる中、頭を低くして中庭を進む。そこは既に一種の野戦病院になっており、すぐ傍が戦場だというのに溢れ返る負傷者を手当てする生徒の姿で一杯だった。


「ひどい……。どうしてこんなことを……」


「ぐずぐずしてる暇はないな……。こっちからも少し打って出ないと持ちこたえられないぞ。ブレイドとマルドゥークもまだ門で戦っているだろうし、ほっとくわけにはいかない」


仲間を集合させ、PTの様子を再確認する。特に全員これといって目立つ怪我は無く、幸い五体満足であった。

そんな中一人だけ傷を負っていたソウルが俺の前に立ち、深々と溜息を漏らす。


「……どうやらどうにもならない状況らしいな。俺は外に出て市街地で逃げ遅れた連中をどうにかしてみる」


「一人で、ですか?」


「単独行動は得意分野だからな。それよりお前らはここの生徒と協力して戦うんだ。それと……ナツル。学園長と接触して状況を確認しろ。お前がリーダーだ、しっかり頼むぜ」


仕方が無い。大分予定とは異なる状況になってしまったが、まずはアルセリアと接触する事から始めよう。門を飛び越えて外に突っ込んで行くソウルを見送り、振り返って仲間に指示を出す。


「とりあえずは門周辺を奪い返すぞ。アルセリアを探しに行くのは……リリア、俺とお前だ」


リリアは目をぱちくりさせていた。確かにただアルセリアを校内で探しに行くだけならばリリアも一緒に来させる必要はないだろう。だが、この子は……敵になった生徒まで救おうとする。だから、それでは危なすぎる。


「他の皆は外で戦闘だ。ヤバくなったら逃げていい。統率は……アイオーン、頼めるか?」


「いや、ボクもアルセリアに会いに行くよ。色々と野暮用もあるからね。指揮はゲルトあたりに頼んでくれ」


そう言ってアイオーンは俺の隣に並んだ。学園内部の探索に三人……多すぎる気もするが、アルセリアの話を聞いて戻ってくるだけだし、ここは守るだけだ。だったら残りのメンバーだけでもなんとかなるだろう。

心配そうな顔でゲルトを見つめるリリア。そんな視線を受けて少女は魔剣を片手に自らの胸を軽く叩いて微笑んだ。


「こちらは任せてください。他の生徒の協力を募って切り込みますから」


「ゲルトちゃん……気をつけてね? それから、あの……」


「大丈夫です。出来る限り、生徒は傷つけませんから」


それは難しい注文だとリリアもわかっているのだろう。だが相手を傷付ける事を恐れて手出しが出来なくなるリリアより、ある程度ダメージを与えて行動不能にする意思があるだけゲルトの方がいくらかマシだ。

メリーベル、ベルヴェール、ゲルトとその場で別れ、学園の内部に走っていく。中に入って直ぐにエントランスに並んでいるメイドたちが全部破壊されている事に気づく。彼女たちもどうやら武器を手にして戦ったようだが、ここに残骸が落ちているとなると既に敵には侵入されているのか?

真上を見上げると頭上に聳える螺旋階段が目に付く。アルセリアがいる場所はいつも決まってあの学園長室――。今は塔を上るしかない。

三人で階段を駆け上がり、学園長室の扉を開け放つ。するとそこには無残にも大量に転がる聖堂騎士や執行者、はたまたエントランスに転がるメイドたちのような機械人形たちの死体が山のように転がっていた。その地獄のような景色の中、鎧を返り血に染めて学園長は巨大すぎる剣を携えて振り返った。


『……貴方達でしたか。話は概ね理解しています。今の学園について――ですね?』


「あ、ああ……。しかし、すごいなこりゃ……。あんた一人でやったのか?」


『はい、一人でやりました。第一波は大体迎撃する事が出来たのですが、大聖堂に組する生徒たちが内部分裂を起こし、今はそちらの方が問題になっているのです』


剣を片手にアルセリアは迫ってくる。相変わらず巨大な身体だ。大聖堂騎士という事もあり、当然大聖堂側だと思っていたのだが、この聖堂騎士の死体の山を見る限りそういう事でもないらしい。

学園長アルセリア……。正体不明の鎧の騎士。全長およそ3メートルの女……。謎が謎を呼ぶ人物ではあったが、いよいよ彼女は何に属する存在なのかわからないな。

特にそのまま彼女は襲い掛かってくる事もなく、巨大すぎる剣を大地に突き立て、鋭い威圧感と共に俺たちを見下ろす。至近距離で見ると本気ででかい……。


『貴方達が大聖堂に反逆し、逃亡したという話も当然聞いています。生徒の中にはその事実をきっかけとして大聖堂に組する者も居るようです』


「……そう、ですか」


落ち込んだ様子で項垂れるリリア。しかしアルセリアは言葉を続けた。


『しかし、多くの生徒は……リリア、貴方がそんなことをするはずがないと信じて今も戦っています。大聖堂の不当な要求にも応えず、自主的に民間人を守って……』


生徒たちは俺たちを守ろうとこの中に引き入れてくれた。待っていてくれた。『やっぱり来てくれた』と、魔術師の少女は言っていた。

待っていてくれた……。信じてくれた。その事実がどれだけ素晴らしいことか。リリアは拳を握り締め、歯を食いしばりながら目を瞑る。


「どうして……。どうして、信じてくれるんですか……」


「――学園の生徒にとって、同じ学園の生徒というのは見過ごせない存在だ」


アルセリアの言葉を代弁するようにアイオーンが腕を組んで語る。


「君は一度、皆の命を救おうと戦った。君が努力する姿を、傷つく姿を、皆知っているから。このシャングリラという街は、宗教国家であるクィリアダリアにおいて尚、『夢』の途切れぬ場所……。ここの生徒たちは、皆夢を持っている。自分の信じるべきものは、神ではなく自分で選ぶ事が出来る……。生徒たちは、大聖堂という組織からの宣言よりも、自分たちの目で見て確かめた者を信じた。ただ、それだけの事だよ」


アイオーンの言葉にリリアはすっかり打ちのめされたように泣きながら崩れ落ちてしまった。きっと、本当に嬉しかったんだろう。嬉しすぎて……だから、こんなに辛いんだ。

どうして仲間同士で戦う事になるのか。信じてくれずに誰もが自分に刃をむけるのであれば、まだ割り切れる。でも、そうじゃない。信じてくれる者と信じてくれない者の対立という構図を生み出してしまっている。

それはリリアが望んだ事ではない。俺たちが望んだ事でも、戦ってる連中が望んだ事でもないんだろう。でも今実際にそうなって、それで血が流れているなら……泣いている暇なんてない。


『夏流、わたしはこの場所を離れる事が出来ません。いざという時この場所を死守出来なければ、生徒達の努力は全て水の泡になってしまいます。故に、貴方たちに指令を下しましょう』


アルセリアの言葉にリリアが顔を上げる。涙を袖で拭い、リリアは強い瞳を見せた。それは、沢山の事を覚悟して背負っている目……。


『本城夏流。リリア・ライトフィールド並びに勇者部隊、そして学園の生徒と協力し、大聖堂騎士団の攻撃を退けて下さい』


「……了解しました」


リリアは振り返り、それから俺をじっと見つめ、とことこ出口に向かって走っていく。早く戦いたくて仕方が無いんだろう。早く……誰かを助けたくて仕方が無いんだ。

振り返り、アルセリアを見やる。どうやらアイオーンも彼女と話があるらしく、ここは一先ず退散するとしよう。アイオーンとアルセリアを残し、俺はリリアと共に階段を下りた。

その途中、リリアは俺の手を握り締め、嬉しそうに微笑んだ。何が言いたいのかはわかっている。俺もその手を握り返し、笑った。


「信じてくれる人がいる。だから、信じて戦おう」


「――はい。何だか少し……。少しだけ、勇気が沸いて来ました。まだリリア、戦ってもいいんですね」


「当たり前だろ。守るんだ、その為の力なんだから」


階段を降りきるとリリアは身体を止せ、額を俺の身体に当てて数秒間祈っていた。それから身体を放し、いつもどおりのほんわかした笑顔で笑った後、聖剣を片手に戦場に走っていく。

リリアは戦うだろう。戦って戦って、信じてくれる者が僅かでも居る限り、戦うだろう。それはきっととても勇者として当然の事なのだと思う。俺もきっとそう、誰かを信じて誰かに信じてもらえる限り――心は絶対に折れたりしない。

校庭に出ると沢山の生徒が武器を手に俺たちを待っていてくれた。ずらりと隊列を組んで俺たちを見る傷だらけの生徒達……。皆を戦わせる事なんて、本当はしたくない。でも――。


「俺たちだけじゃ聖堂騎士団は追い出せない……。皆、力を貸してくれ! 一緒にシャングリラを、取り戻すんだっ!!」


全員押し黙っていた。誰も俺の声にわあわあ騒ぐやつは居なかった。でも一人一人が仲間と見つめ合い、覚悟を決めていた。剣を抜き、槍を携え、盾を掲げ、誰もが皆戦う気力に満ちていた。

そう、守るのは学園、自分たちの街。自分たちの仲間……。一緒に夢を追い、一緒に何度も死に掛けた仲間たち。だから戦える。一人じゃないのなら、戦える――!


「リリアは……私は、皆の気持ちに応えられるような勇者じゃないかも知れない。ホントは正しいのは、大聖堂なのかもしれない……。みんなと一緒に戦うなんて、そんなことする権利、無いのかもしれない。でも、一人では戦えないから……守らせて欲しい。付いてきて欲しい」


リインフォースを掲げ、その輝きの下でリリアは笑う。


「だから皆――死んでも死なないで下さい」


それはリリアの心からの願いだった。しかし余りにも間抜けなそのセリフに失笑がちらほらと浮かぶ。皆笑って、まるでちょっと、そこで買い物があるから――そんな柔らかい表情でリリアを見つめる。

その笑顔の中、リリアもまたへらへらと苦笑を浮かべていた。それから気持ちを切り替えるように目を閉じ、再び開く時そこには立派な勇者の姿があった。


「全軍、出陣! 大聖堂騎士団を迎撃しますっ!! 私に続けっ!!」


「「「 おおおおおおおおっ!! 」」」


俺たちの戦争が、幕を開けた。


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