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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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信じる心の日(3)

「ぐうすか……」


というのは、勿論ヤツの……へこたれ勇者様(白)の寝言である。口元をむにゃむにゃさせながら気持ち良さそうにリリアはベッドの上に転がっていた。

色々あって疲れたのだろう。まあだからって合流したとたんに砂浜にぶっ倒れて寝始めるのもどうかと思うが、思えばリリアは最近やたらと眠たげだった。それが無理して何日も起きっぱなしだったのだ。張り詰めていた緊張感が緩み、一気に崩れたのだろう。

カザネルラで合流した俺たちは一先ずリリアの実家で厄介になる事にした。尤も、ここの主であるヴァルカン爺さんは今はまだシャングリラにいるのか、家は完全に無人だったが。

ベッドの上までリリアを運び、涎を垂らして寝る頭の悪そうな勇者の顔に脱力する。なんというか……うん、まあ、こうなることはわかってたんだけどね。

元々そこはリリアの部屋だったらしく、部屋的にもきちんと女の子の部屋といった様子だった。あんまりじろじろ見るのも悪いと思い退散すると、二階の廊下から吹き抜けになっている一階の様子を見下ろす事が出来た。

皆一階でお互いの戦闘の傷を癒すやら、食事の用意をするやらでばたばたしている。冷静に考えると、リリア以外のメンバーが作る料理に若干寒気がするのだが、これがなんでもないただの気のせいである事を信じたい。


「どうだ、リリアの様子は?」


「……先生。あいつなら大丈夫です。今はムカツクくらい幸せそうに寝てますよ」


「はっはっは! まあ、リリアはそれくらいじゃないとな! ところで、ちとお互いに情報を交換しておくべきだろう」


一人で階段を上がってきたソウルの言葉に同意し、俺たちはお互いの身に起きた事を話し合った。

何でもソウルと一緒にリリアを追うはずだったゲルトは一人で大聖堂に事の真相を確かめに行ってしまったらしい。なんというか、ゲルトらしい行動だ。勿論任務を怠るわけにも行かず、ソウルと残りのメンバーはリリアを追跡したのだという。

この潮風の吹く街で起きた事、フェンリルの正体……そして秋斗の存在と、ヨトの預言書の所有者の話。アクセルが大聖堂の暗殺者で……色々と受け入れるには時間のかかる事もあった。だがそれはこっちの話も同じ事だ。


「そうか、あの八がなあ……生きてやがったのか。流石にしぶといぜ、ブレイドさんの仲間はよ」


「それにしてもこの場所が良くわかりましたね」


「ん? ああ……まあ、ちょっとな。昔から決まってたんだよ。俺たち、フェイトの仲間たちがもしもはぐれてしまったら……その集合場所は、この街だってな。だからなんじゃねえかって時々思う事がある。ヴァルカンの爺さんが、この街を離れないのは……」


そう語るソウルはいつになく辛気臭い顔をしていた。腕を組み、それから目を閉じ、過去に想いを馳せる。俺は手摺にもたれかかったままそんなソウルの隣で皆を見下ろしていた。


「まぁ、色々と大変だが……要は気合と勇気だ! なんとかなんだろう!」


「楽観的な……。それよりいいんですか? 仮にも逃亡者である俺たちと行動を共にして」


「おう、気にすんな。教師の役目は生徒を助ける事だ。ま、大船に乗ったつもりでどーんと構えてな!」


うーん、逆に不安になってきた……。どう考えても泥舟じゃないか。ソウルに任せちゃだめだ……自分で考えて行動せねば。


「ま、俺は構わないんだがな……。全員が全員、そういうわけにも行かねえだろう。正直な話、状況は厳しい。抜けたいと言うやつが現れてもおかしくはないし、幸い今ならまだ顔が知れている面子以外は引き返せるからな。そういう結果も覚悟しておけ」


当然の事だ。何だかんだで、ここにいるメンバーの殆どには罪を共に背負うような必要などないのだから。成り行きで行動を共にしてきた物の、中には立場のある人間も少なくはない。戦力不足は確実なのだが、だからといって皆を巻き込むわけにもいかないだろう。

そう考えると、全員で一緒に過ごせるのは今日が最後かもしれない。全員が休んだら、後は次の行動に移らねばならないのだから。今晩、たった一夜だけ……。俺たちが仲間で居られるタイムリミットにしては、短すぎる。

それにしても本当に厄介な事になった。クィリアダリアという国にはもう居られないのかもしれない……。女王の言うとおり、ほとぼりが冷めるまで別の国に逃げる必要があるのだろうか。


「何に先んじてもまずは腹ごしらえだ。勇者部隊には女も多いようだし、これは期待してもいいんだろ?」


「…………なんとも言えないっす……。あの面子の顔ぶれを見てから自分で考えてください」


そうだ、今までだって本当にギリギリの所を何とかやってきた。たまたまうまくいっただけというシーンだってあっただろう。

これから先、敵が大聖堂だというのならば、このクィリアダリアという国そのものを相手取る事になる。そんな無謀な戦いに皆を巻き込んでしまっていいのか。

決断しなければならないことは山積みで、どうにも心の整理が出来そうにもなかった。それに考えたい事も……当然、山ほど残っていたから。



⇒信じる心の日(1)



案の定悲惨な事になった夕飯を何とか乗り越え、俺は一人で夜の砂浜を歩いていた。理由は当然一人になりたかったからであり……ある程度リリアの家から離れた岩場で俺はうさぎに問いかける。


「それで、一体どういう事なんだ? この原書……ナタル見聞録が、現実の世界にあったっていうのは」


うさぎは肩から飛び降り、砂の上を何度かぴょこぴょこ跳ねる。それから人間の姿へと変身し、相変わらずのキザな格好で俺と向かい合った。


「秋斗はヨトの預言書を持っている……それはあいつが持ってたもう一つの原書で間違いないだろう。完璧な預言を可能にするあいつの預言書とは違い、俺の原書は預言書ではないとお前は言ったな。それはつまり、ナタル見聞録の存在を知っていたという事なんだろ?」


あいつと俺は全く同じ存在というわけではないらしい。まず秋斗の方が先にこちらの世界に来ているという事実があり、そして所持している武器、連れているうさぎの色、そして原書の存在……。似通っているように見えて、俺の持つ見聞録とヤツの預言書は本質的に異なる物だ。

だがとにかく問題は、その二つの原書が一体いつ、どこで、どうして俺たちの手に渡ったのか、という事。二年前まで原書は大聖堂に保管されていたという。それを奪ったのは秋斗だとするのならば、あいつはわざわざ俺の元へ、あの古ぼけた館の屋根裏部屋に見聞録を移動したとでも言うのだろうか。

冬香が俺に残したものは、原書ではなかったのか……? ナタル見聞録、異世界の書物をあの場所に置く事が出来たのは俺以外には秋斗しか存在しない。あの手紙を受け取るより前に、秋斗は秘密基地に立ち入っていた事になる。そこであいつは、何かを見たのだろうか。

こちらの世界では二年前、現実の世界では一月ほど前から異世界で活動していた秋斗。つまり奴も俺と同じく何らかの手段で異世界へと移動した事になる。俺はその手段は、冬香が残していたもう一冊の原書の力か何かではないかと漠然と考えていた。

しかし実際の所、原書そのものに異世界へと渡る力はあるのだろうか? 何か俺は思い違いをしていたのかも知れない。原書はこの世界の書物……神の行いを記したもの。それを俺に渡す為に態々あの場所に設置したのは、冬香ではなく秋斗だ。

だとすれば、冬香が俺に伝えようとしていたものっていうのは一体何なんだ……? 何だかもやもやと胸のうちに引っかかるものがある。この世界に俺を誘ったのは、冬香なのだろうか。それは何よりもこのうさぎの男が知っていることだろう。


「お前は案内人……そうだったな。だが、お前は……ナタル見聞録、つまり原書とは何の関係もないのか?」


「――関係がない、というわけではありませんが、直接的には繋がりのない者です。いえ、それは『意図されていなかった』とでも申し上げましょうか。確かにナツル様の言うとおり、ワタクシは原書とは基本関係のないものです」


「……やっぱりそうか。勘違いしてた。原書の力で俺はこっちの世界に来てるんだとばかり思ってたが……違ったんだ。この世界とあっちの世界を繋いでいるのは、ナナシ――お前の魔術なのか」


何やらいくつかの誤解があったらしい。原書は本来こいつが意図したものでもなければ、こいつの主が置いたものでもなかった。ナタル見聞録をわざわざあの場所にまで送り込んだのは冬香でもナナシでもなく、秋斗なのだ。そして原書の力が異世界への扉ではないのだとすれば、秋斗が急に行方不明になった理由も想像出来る。

例えば……そう。異世界への扉を開くという超高度な魔術を行使できる存在に、『召喚』された、とか――。ナナシのやっていることと大して差はないのだ、全く不可能というわけではない。そう、俺だって同じだ。俺はナナシに、召喚されたのだから……。


「ってことは、逆だったのか。お前が俺の使い魔なんじゃなくて……」


「そうでしょうね。貴方がワタクシの、使い魔なのです」


なんということだ。そう、確かにナナシは腰が低い上に……完全に腰が低いとは言えないが……見た目が既に紳士と言った様子であり、うさぎに変身するなど使い魔っぽい部分がある。しかし実際、俺をこの世界に導いたのがこの男だとすれば、この男のいう『主』というものは俺ではないのだという事実と照らし合わせれば、気づくはずだったのだ。


「だったら、俺の質問にお前が答えなければならない必要もない、か……。お前の方が立場は上だったわけだ」


「まあ、そこは気にせずとも良いでしょう? ワタクシの目的はこの世界へご案内した貴方を見守る事ですから」


そう、だからこその案内人……。こっちの世界のことなんてろくすっぽ説明しやがらねえくせに何が案内人なのかと思えば……こいつが俺を呼んでいたんだ。

だとすれば、秋斗が二冊の原書を大聖堂から奪った事実も、俺にそれをあいつがわざわざ残したという事実も確実となる。そうなってくると余計に判らなくなるのは……そう、冬香が本当は何をしようとしていたのか、ということだ。

原書は俺の引き出しに入っていた。だがカラッポだった冬香の引き出しにも、本当は何かが入っていたのだろうか……? それを知っているのはもうこの世界には秋斗しかいない。冬香が本当に俺に残そうとしたものがなんなのか、あいつから聞き出さねばならないのだ。


「ってことは待てよ、この原書……見聞録はなんでまた俺の手に渡ったんだ? 秋斗は何考えて俺にこいつを残したんだか……?」


「真相は彼に訊くしか確かめる方法はないのでしょう。ですが貴方ならば少しくらい想像はつくのではありませんか?」


まあ、確かにそうだ。言われずとも俺は何となく考えていた。あいつが俺に、わざわざ見聞録を寄越した理由。

出来る限りフェアな状況を設定しようとしたのだろうか。あいつはそういう、変なところで真面目なのだ。何より正面から俺と力比べをして勝つ事を望んでいるのだろう。恨みを晴らす為ならば卑怯な手を使えばいいだろうに、そういう事が出来ないのだから変なやつである。

つまるところこいつはヤツからの挑戦状とでも受け取ればいいのだろう。一先ず見聞録が意味不明なのは変わらないから、考えるのは後回しだな。


「成る程な……。やっと自分の置かれた境遇が判って来た。やらなきゃならない事は、思った以上に多そうだ」


「ええ。しかしナツル様はよくがんばっていますね。最初の貴方に比べれば、褒めてあげても良いくらいです」


「余計なお世話だ。それよりお前、つくづく何者なんだ? 異世界から人間を召喚する……これは口で言うほど簡単じゃないはずだ。秋斗がつれていたうさぎがあいつを呼んだのだとすれば、お前ら一体何なんだ?」


これだけの力を持つ存在であるというのに、どの組織にも、国にも、思想にも所属しない中立の存在……。その強大な力は計り知れない。こちらの世界において絶対的な魔力を誇る俺の力を封じているのだ、当然その俺よりも莫大な魔力を持つのだろう。

前々から謎ではあったが、いい加減胡散臭さもヒートアップしてきやがった。まあそれを訊いたところでどうせこいつは教えてはくれないんだろうが。

ここまで俺の頭の中を整理するのを手伝ってくれただけでもありがたいと感じるべきだろう……。うん、そう考えよう。


「ナツル様」


一人で腕を組んで頷いていると、ナナシは腰に手を当て微笑みながら言う。


「貴方は確実にこの世界の真実に迫りつつあります。貴方ならばきっと、自らの手でトウカ様の想いへと辿り着く事が出来るでしょう。ワタクシはそれを信じます」


「…………あのなあ、それでもうちょっとヒントをくれるとか、そういう優しい気持ちはないのか?」


「ええ、ありませんね。ふふふ、ワタクシはただ、貴方を見守る存在ですから」


本当に役に立たないやつだ。だがまあ、ここまで色々あったが常に肩やら頭やら荷物やらに載せて一緒に行動してきたんだ。多分これからも、最後まで……一緒に居る事になるんだろう。

こうなると腐れ縁という言葉が正しい気がする。兎に角秋斗に問いただすべき事がまた幾つか増えたようだ。次にあいつと会った時、それが疑問の払拭される日だと信じたい……。

話を終え、うさぎに戻ったナナシを頭の上に乗せて砂浜を歩く。しばらく進んだ所で波打ち際に立ち、ぼんやりと海を眺めているゲルトを見かけた。


「おーい、何してんだ?」


「ひゃあっ!? 何故貴方はいつも唐突に背後から現れるんですか!?」


「いや、別にそんなことはないと思うんだけど……」


考え事でもしていたのだろう。声をかけられてゲルトは大層驚いた様子だった。気まずそうに顔を紅くしているその隣に立ち、彼女が見ていた物を見る。

穏やかな海辺に映り込んでいたのは淡く輝く白い月だった。きらきらと輝く波間を眺め、思わず息を付く。ゲルトは俺を見上げ、それから向かい合って呟いた。


「……弱音を吐くつもりではないのですが……わたしたちはこれからどうなってしまうのでしょうか」


それは弱音じゃないというのはちょっと辛くないか? まあ、突っ込むとうるさそうだからほっとくけどさ。


「まあ、今まで通りって訳にはいかないんだろうな……。俺はリリアを守りたい。だからあいつを安全な所まで逃がさなきゃならない。ここに居たんじゃ、カザネルラの住人にも迷惑がかかるしな」


「……そうですね。でもわたしが気になるのは、マリア様の事……それにアクセル・スキッドの事もです。何より、リリアが遭遇したという、もう一人の救世主という物について……


ゲルトの目は戸惑っていた。俺を疑っているのかも知れない。それはそうだろう。俺とあいつは境遇が似すぎている。手にしているものが奪われた二つの原典であるという事も、どこからともなくやってきたという事も。

こいつはうっかりへこたれ勇者だが、それでも頭はキレる。元々俺の事を信用はしていなかったのだろうが、今回の件は流石に看過出来るものではないのだろう。


「貴方は、彼の事を知っているのでしょう……? 大聖堂より奪われた二冊の神書、そのひとつを持つ貴方は、充分に異質な存在です」


「そうだな。言われなくても判ってるさ……。確かにお前の言う通り、あいつは俺の……友達だ」


「友達、ですか?」


「あっちがどう思ってるかはわかんないけどな。でも俺は……少なくとも俺にとっては、友達なんだ」


色々な事があって、今はこうして一緒には居られないけれど……。あいつと俺は同じ想いを共有した、たった一人の友達なんだ。

俺たちの間にあった大切な物が壊れてしまって、それから多分、何かが狂ってしまった。それは俺のせいなのかもしれない。でも、だからこそ……友達でいたいと思うのは、やはり俺の我侭なのだろうか。


「……友達、ですか。仲間、とは言わないのですね」


「信じてもらえないかもしれないけど、あいつはそんなに悪い奴じゃないよ。でも、今は理由があって敵対してる……。いつかちゃんと話せたらいいと思うけど、今は皆には話せない」


俺が異世界の人間だ、何て事になればただでさえややこしい状況が更に面倒になることうけあいだ。それに……誰かに知られてはならないっていうのが一応ルールだったしな。

まあ、今となってはそんなルールをご丁寧に守る意味はないのかもしれないが、やはり異端である自分の存在を皆に明かす事は出来ればしないほうがいいと思う。これは多分、これからも変わらないだろう。

ゲルトは俺をじっと見つめ、それから眉を潜めて溜息を漏らした。そうして腕を組んでそっぽを向くと、月明かりに輝く海を長めながら、


「……貴方の事を、信じています。勿論、全てを容認したわけではありませんが……でも、貴方がリリアの為に戦った事実は消えない。わたしは彼女と共にあり続けたい……そして、出来れば貴方も、リリアと共にあって欲しい。だから今は、これ以上は問いません」


「ゲルト……。悪いな、なんか……」


「いえ、良いのです。言い辛い事の一つや二つ、誰にでもある事ですから。それでも貴方がリリアを裏切ったりしたら、その時は……」


「わかってるよ。俺にとってあいつは特別だ。だから、最後まで一緒に居る……あいつを守る。約束する」


俺の言葉にゲルトは苦笑を浮かべていた。それから再び俺と向かい合い、正面で手を組んで何やら気恥ずかしそうに俺を見た。


「あの……それは良いのですが、わたしとの約束も忘れては居ませんよね?」


「……あ」


そういえばそうだった。何やらばたばたしていて失念していたが、ゲルトは魔女化の影響を受けている。外部から魔力を摂取しないといけなかったはずだ。

だが今思い出すまでゲルトは普通にしていたように見えた。なんというか、慣れたのだろうか……? 地下での例の魔獣との戦いの後なのだ、どちらにせよそろそろ摂取しておかないとやばいことになるのだろうが。


「あー、ごめんな気が利かなくて……。でも今度からは素直に言ってもらわないと、忙しいと時々忘れそうになるから……」


「わす……!? 人が一生懸命我慢してるのに、貴方は何言ってるんですか!」


「え? 我慢してたのか?」


「あ…………。と、兎に角! 早くしてください……。人が来てしまったら、その……嫌ですから」


もじもじしているゲルト。うん、確かに早めに済ませたほうがよさそうだ。こんな様子のゲルトを見たら……うん、何か皆色々誤解しそうだ。

とりあえずゲルトの持っている魔剣でどっかざっくりしないと駄目だな〜なんて事を考えてじっと刃を見ていると、ゲルトは新たな提案を繰り出して来た。


「毎回貴方が自傷行為を繰り返すのを見ているとこちらも忍びないので……。今回から、方法を変えましょう」


「ん? 別に回復魔法もあるんだし構わないけど……まあそっちが気を使うのか。いいぜ、どうするんだ?」


「……口で説明させないでください。あの、とりあえずもう少し屈んでもらえますか? 貴方、無駄に背が高いんじゃないですか……」


無駄にってなんだ無駄にって。別にそんな……うーん、まあ確かに背は高いほうなのかもしれないが……アクセルのほうがでかいような。いや同じくらいか。

そんなどうでもいいことを考えながら砂浜に膝を着き、屈んでみせる。ゲルトは何故か俺の肩に手を伸ばし、それから瞳を潤ませながら身体をそっと密着させた。

抱き合っているといって全く間違いのない状況の中、ゲルトは耳元で小さく何かを囁いた。直後、鋭い痛みが首筋に走る。まさかとは思って耳を済ませると、ゲルトは首に噛み付いて血を啜っているようだった。

所謂吸血鬼式血液摂取方である……。うーん、なんというか。多分、血を飲んでいる時の顔を見られたくないのだろう。その気持ちは確かに判るし、この状態なら暴れ出した時拘束しやすい事もあり、考えてみると意外と効率的である。

背中に爪を立てながら必死に色々な物を我慢して血を啜るゲルト。その頭を撫でながら俺は目を閉じる。こんな事、本当はしたくないだろうに……。そう思うと悲しい気持ちがまたぶり返してくる。だからといって、落ち込むわけにはいかないのだが。

血を飲んだ後もゲルトはしばらく呼吸を乱してぐったりしていた。その身体を抱いたまま、砂浜の岩にもたれかかる。血を飲んだ後は体内の呪いが一瞬活発化するらしく、痛みや衝動が激しくなるらしい。俺は近くに居ても何もしてやれる事はないので、ただ黙って身体を支えていた。

しばらくすると呼吸も落ち着いてきたのか、びっしょりと汗をかいた状態でゲルトは身体を離した。瞳が月明かりを浴びてぎらぎら光っているようにも見えたが、それも時間の経過と共に落ち着いたようだった。


「……今回は、何とか……。暴れずには、済んだようです」


「大丈夫か? 汗びっしょりだぞ」


「ええ……。慣れないと、辛いですね……。少し、休んでから……戻ります」


その場にずるずると座り込み、ゲルトはぐったりした様子で小さく息をしていた。どう見てもほうっておける状態ではなかったが……今、彼女の傍に人間が居るのは残酷でしかないのかもしれない。


「……じゃあ、先に戻ってるぞ」


「はい……。すぐ、戻りますから……。ありがとう、ナツル」


俯いたままのゲルトに背を向け、その場を後にする。こればかりは彼女にしかどうにもできない事……。多分今、自分自身を必死で抑えようと努力しているのだろう。

これからずっとあんな事を続けさせるわけにはいかない。幸い、グリーヴァという呪いを生み出した張本人が生存していたという吉報もあるのだ、まだ希望は全て潰えたわけではない。

首筋に手を当て、傷口をなぞる。だが、なんというか……こっちも慣れないとなあ。

そんな事を考えながら家に戻ると、何やら全員集まって話し合いのようなものが始まっていた。寝ていて夕飯を食い逃したリリアが目をうるうるさせながら一人で自分用の料理を作る中、他のメンバーは真剣な表情を浮かべている。

まあ、そりゃあそうだろう。今はそういう時期だ。皆でこれからの事を話し合わねばならない時期だろう。だからこれから大事な話を始めなければならない……そう考えていた時だった。


「あ、そうだ。リリア、皆に言わなきゃならないことがあったのですよ」


エプロンを付け、包丁を片手にリリアは振り返ってけろりとそんな事を言う。何かと思って全員が視線を向けると、リリアはごく当たり前と言った様子で、料理の片手間に言った。


「リリアの中には、実は魔王ロギアが同居しているんです」


全員黙り込む。何を言っているのかわからないといった様子だった。俺もわからない。わからないぞ。

何やら一人で納得してにっこりと微笑み、リリアは料理を再開した。トントンと小気味良いリズムの包丁の音が静かに響く中、全員同時にテーブルをぶっ叩いて立ち上がった。


「「「「 なんじゃそりゃあっ!? 」」」」


その中には勿論、俺も交じっていた。びっくりした様子で振り返るリリアに全員の視線が突き刺さる。

こいつ、そんな……。そんな、大事な話を……。料理の片手間に、するなあああああああああああっ!!!!


波乱の予感が、俺の中に迫っていた……。


〜それいけ! ディアノイア劇場Z〜


*六十部だ*


リリア「ろっく! じゅう! ぶっ!!!!」


ゲルト「……もう六十部ですか。早いものですね」


リリア「早すぎだよ!! こんなペースで進めてて100部前に終わるのかな……」


ゲルト「うーん、当初の予定では100部行かないはずでしたからね」


リリア「うーん……まあ、なんとかなるでしょう」


ゲルト「そ、そうでしょうか……」


リリア「いやー、それにしても六十部かあ。こんなに長いのにここまで読んでくれてる人が居るっていうのがすごいよね」


ゲルト「冷静に考えてみるとそうですね。態々ここまでお疲れ様でした」


リリア「お礼にゲルトちゃんが脱ぎます!」


ゲルト「え!?」


リリア「やだなあ、冗談だよ〜。あは、あはははは!」


ゲルト「……うん、今後どうなってしまうのでしょうね」


リリア「明日はどっちだ!」


ゲルト「というわけで、今後とも宜しく御願します」

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