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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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信じる心の日(2)

こうしてこの謁見の間に入るのは二度目の事で、勿論慣れているわけではない。だが緊急事態である事もあり、特に緊張するという事はなかった。

世界が夕闇に包まれ始めた空、ステンドグラスたちから差し込む光を歩き、女王の前に立つ。マルドゥークの仲間の騎士、ハインケルとグランが人払いをしてくれたり、タイミングを見て呼んでくれたお陰で無事誰にも遭遇せずにここまで辿り着く事が出来た。

二人の騎士は一礼して下がり、出入り口を封鎖してくれている。そんな中、白い幾重にも重なるベールに顔を隠した女王は前回とは違い、生身で俺たちの前に姿を現した。

純白のドレスに、身体の幾つかの場所には鎧のような装甲を纏っている。腰には細身の剣を携え、女王というよりは美しい騎士のような印象を受けた。彼女は玉座の前に立ち、それから自ら段差を下り、俺の前に立って見せる。

女王の前だ、流石に頭を下げるべきだろうと思い、全員でそうしようとすると女王は片手で行動を制した。それからベールを脱ぎ、栗毛色の美しい髪を靡かせ静かに微笑んだ。


「良いのですよ、楽になさい。長旅、ご苦労様でした。いかに力ある戦士とは言え、この強行軍……さぞ疲れた事でしょう」


「……女王マリア様。突然の訪問を許してください。どうしても貴方に、直接お伝えしなければならない事があるんだ」


俺の図太い態度がマルドゥークは気に入らなかったようだが、話がややこしくなるのをわかってか誰も文句は言わなかった。仲間を下がらせ、一人で女王と向かい合う。

素顔を見るのは初めてだが、本当に綺麗な人だ。思わず見惚れてしまっても、多分誰も文句は言えないだろう。だが今はそれに感動している場合でもない。


「話とは、アリアの事でしょうか?」


「それもあります。でも最も重要なのは、貴方の命が狙われているかもしれないという事です」


俺たちはアリアを救出に向かったこと、そこでブレイド盗賊団と会ったことまで全て正直に告白した。一つでも嘘を付けば即座に見破られる……そんな力強い目で見られたら、嘘も誤魔化しも出来ない。

この人には何より嘘を付きたくなかった。ただ正しい事を、きちんと正義を振りかざしてくれる人だと思える、そんな魅力があった。一見しただけでそんな事を思うのだから、この人は本物なんだろう。

だが、結局女王はこの状況になるまで大聖堂を抑え切れなかったというのか。俺に言わせれば、もっと何とかする方法はあったはずだ。自分の娘が拉致られるまでそれに気づかないっていうのも、馬鹿げた話だ。

逆に気になってしまう。何故これほど聡明な人が、今の今まで大聖堂を放置したのか。俺の疑念さえ彼女は話の中で感じ取ったのだろう。申し訳無さそうに視線を伏せ、マリアは全てを聞き終えて囁いた。


「誠に嘆かわしい事です……。これも全てはわたしの力不足が原因……。娘一人さえ守れぬようでは、母としても、王としても失格でしょう」


「……あんたは、大聖堂に命を狙われているかも知れない。これは確実に、とは言えない。でも、大聖堂の司祭が魔物に成ったのは確かなんだ。この手で倒して……女王、これを」


取り出したのは司祭が手にしていた聖書だった。それを見た瞬間、女王の表情が明らかに曇った。俺からそっとその本を受け取ると、女王は悲しげに目を細めた。


「……これは、ヨトの預言書……その四散したと言われる断片を含む聖書です」


「ヨトの、預言書?」


「……それは、神であり絶対的なるこの世界の創造主と言われたヨト神が記した、『この世界の設計図』とされる物……。救世主夏流、貴方の持つ『ナタル見聞録』と同じく、この世界の理を司る物です」


「ナタル見聞録……? いや、どうしてあんたがそれを……」


思わずどきりとしてしまう。俺が持つ本と言えば……原書、この世界のオリジナルとなった本だけだ。だが、それは基本的に誰かに見せた事はないし、ましてや女王なんかがその存在を知るはずもないのだが。

が、隠し通す事は出来ないように見えた。仕方が無くナナシの帽子から原書を取り出し、それを女王に差し出す。


「そう、これこそがナタル見聞録……。英雄神ナタル・ナハの記したと言われる、神の書物です」


そうして彼女は二つの神書がどういった存在であるのかを教えてくれた。

ヨト神とは、所謂ヨト信仰により崇拝される絶対神の存在である。だがその神様が一体どういう存在なのかはさっぱり俺は知らなかった。

そもそもこの神話とはどういった内容であるのか。話は単純にそこまで遡り、そしそれは一言で纏められる。


「それは、世界創造の神話です」


ヨト神とは、完全なる無であったこの世界を創造した女神である。それはこの世界に大地を作り空を作り海を作り、そして人を生み出した。

彼女が紡ぐ全ての物語、この世界の基礎、そうしたあらゆる情報を一点に集約させたものがヨトの預言書と呼ばれる物であった。それが何故預言書と言われるのか? それは厳密には預言書ではなかったという。


「ヨトは自らの作る世界の構造を全てその本にまず記したのです。ですがヨトの生み出した世界は最後まで紡がれる事はなく、ヨトは残りの世界を人間に託し、この世界を見守る存在になったと言われています」


「つまり、ヨトの預言書は……」


「ええ。神がこの世界にこれから起こすはずだった、あるいは作るはずだった存在、出来事、全てを最後まで記す世界の設計図なのです」


それは必然的に預言に近い効果を持つ事になる。途中までは全て神の手により生み出された完璧な世界だったのだ、それが途中で人間に管理が渡されたとしても、世界という大きな流れはそうそう変わる事はないだろう。

故に預言書。預言書というのはそれそのものの目的ではなく、それと同じ効果を持つからこそそう呼ばれる遺産であった。


「ですが、預言書は二年前に大聖堂より何者かに奪われてしまいました。貴方ならば、それを奪ったのが誰なのかもうお分かりでしょう?」


「……秋斗、か」


「奪われたのは預言書だけではありませんでした。ナタル見聞録……ヨトが人間の中より選定したと言われる英雄の神が文字通りその生涯で見聞きした情報を記した遺物もまた奪われる事になったのです。そしてそのナタル見聞録こそ、この一冊の本」


だが、それはおかしな話だ。俺はこの本を現実世界で発見した。そんなところにこっちの世界の本があったりするものなのか? なによりこれは、この世界で起きる出来事を予見して見せたではないか。

ヨトの預言書とも違う、ナタル見聞録……。それが一体どんな意味を持つのか。考えても答えは簡単には出そうにもない。


「預言書と見聞録、一体何が違うっていうんだ?」


「最大の相違点を挙げるとすれば、それは本が何冊存在するか、でしょう」


ヨトの預言書は所謂『聖書』である。この世界の全てを記したとされる預言書は勿論全てを公表される事はないが、一般でも一部を記されたものが市販されているという。

だがその聖遺物を一つだけおいておく事を良しとしなかった大聖堂は、それを全て書き写した書をいくつか用意したのだという。これは勿論大聖堂内部のごく一部、神格の高い人物のみが所持する事を許されたという。


「元老院を形成する老師ともなれば、この預言書の複写本ならば持っていてもおかしくはないでしょう。そしてこの本には一部、本物の預言書のページが使われているのです」


この世界の森羅万象を記した聖書――。そこには当然正義と悪が存在する。

それはこの世界の全てであるからして、絶対的な正義であるヨトとは対照的に、絶対的なる悪も存在した。その悪意を淡々と記した聖書の一部を、大聖堂は切り離したのである。


「聖書から切り離された『悪意』は幾つかの複写本に移植されました。その悪意はこの本の中にも記されているでしょう。古の大聖堂は恐らく悪意を断片とすることで、各々神格の高い人間が浄化する為に持ち続けようとしたのでしょう……しかし、今はそれだけでは済まなくなっているようです」


そういって彼女は俺が司祭から奪った聖書を開いた。その中の一ページ、そこだけ一枚真っ黒な紙に紅い文字で記されている、いかにも禍々しい様子の部分が存在していた。そこから滲んだ文字は聖書全体を汚し、もう完全に乾いているはずのペンキはまだ瑞々しく、不気味に潤っている。


「本に移植された『悪意の断片』はこうして聖書全てを侵食し……持ち主である司祭をも呪う物となったのかも知れません……」


「つまり、こういうことか……? 聖書に存在したオリジナルの『絶対悪』のページが幾つかに別たれ、そこに記されているはずだった魔獣やら何やらが司祭にとりついた、とか……?」


「詳しい事はわたしにも判りかねます。ですが、貴方達が見た物は恐らく……『預言されし者マリシア』の一つなのでしょう」


思わず全員黙り込んでしまった。何でまたそんなわけの判らない化物が大聖堂の司祭に宿っているんだ……? 何だかんだ言いつつ、司祭はそのマリシアとかいう化物を使いこなしていたように見えた。無理矢理やらされているという感じではなかったが……。

戸惑う俺たちを見渡し、女王は目を閉じて首を横に振る。そうして小さく息をつき、ナタル見聞録――俺の原書を返してくれた。


「この見聞録は、預言書と違い一冊しか存在しません。この書についてはあまり多くの情報も無く……。ですが、英雄の記した書、何か貴方にしか判らない意味があるはずです。どうか、大切にお持ちなさい」


「……いいんですか? そうとは知らずに持っていたけど、これは大切なものなんじゃ?」


「いえ、良いのですよ。これは貴方が持つに相応しい……。大聖堂の許可は得られませんでしょうが、わたしは貴方にこの書を託したい」


改めて本を持つ俺の手に自らの手を重ね、マリアは微笑んだ。これで正式に英雄に選抜されてしまったような気がするのは俺だけなんだろうか。

何はともあれ、あらためて本の事が少しだけわかった。だが、どうしてこれが現実世界にあったのか、冬香がこれを俺に渡そうとしたのではなかったのか……色々と疑問はあるが、一先ずは目先の事情だ。


「……それで、わたしの暗殺という話でしたね。少なからずそれは事実なのでしょう。わたしも、そのような噂を耳にした事はありますから」


「じゃあ、どうして……?」


「……とても、お恥ずかしい話になってしまうのですが、宜しいですか?」


女王は自らの胸に手を当て、それから切なげに目を潤ませて語る。


「わたしは代々この城を守り、この城と共にある民を守るために存在するリアの後継者です。ですが、元々この国はヨト信仰という一つの宗教に支配された国……。古来より、政を司るのは大聖堂、並びに元老院と老師、司祭たちでした。自らの事をこう称するのは余りにも国民に対して無礼なのでしょうが、わたしはまるで『お飾り』……。どんなに心で願っても、現実になる事は多くはありませんでした」


マリアはリアの継承者――。つまり、リア・テイルを守る存在だという。嘗て神のものであったというこの城は、ヨト神の教えを残す大切な古代遺跡でもあるらしい。

代々政治を行うのは元老院、民を率いて戦争をこなすのは女王と役割は裏で決められてきた。女王は勿論、王であり国を指揮する存在だ。だがその行動の一つ一つに元老院の許しが必要であり、むしろ役割は国民を励ます事、教えを広める事、そして戦線に立ち兵士と共に敵と戦う事――。早い話が、求められているのは『カリスマ』なのである。


「わたしの母も、祖母も、リアの継承者としての儀式を受け、そして元老院に見初められて来ました。わたしはもうこの役割を二十年は続けていますが、結局わたしに出来る事など多くはないのです……」


「……そうだったのか」


「ですがだからこそ、ここを離れる事も、民を裏切る事も、絶対にしては成らないとわたしは考えます……。戦場に立ち剣を振るってから早くも十年の時が過ぎ去りましたが、国民は皆まだ争いの傷を癒せずに居ます。もしわたしが暗殺されるような事があれば、皆に大きな負担をかけることになるでしょう……」


「だったら早く逃げたほうがいい。それか、護衛を固めるとか……色々手段はあるだろ?」


俺の言葉に女王は申し訳なさそうに微笑む。しかしそれは俺たちにへりくだっているわけではなく、もう決めてしまっているから、絶対的な覚悟を前提としているからこそ、悲しげなのだと思える。


「わたしは城を離れません。この城を守るのがわたしの役目です。アリアが戻らないというのであれば、それはまた一つの方法なのかも知れません。八さんなら、アリアを任せても問題はないでしょうから」


「え? あのおっさんと知り合いなのか?」


「ええ。勇者の仲間でしたら、顔は皆覚えています。いえ、それだけではなく……戦争の為に死んで逝った人々の事ならば、何一つ忘れてはならないのですが」


それは流石に無理ってもんだろう。だが気持ちだけでもそうありたいと、理想を語ってくれた。

確かにこの人は甘い。だが、これは彼女の一つの覚悟なのかも知れない。自分で一つ決めたのだから、もう引き返す事は出来ない……。頑固なのだ。きっと。


「わたしが至らぬばかりに、貴方達には要らぬ手間をかけさせてしまいましたね……。元老院の追跡は激しくなり、貴方達を匿う事は、恐らく私にも難しいでしょう」


「……自分で選んでやったことだ、後悔はしてない。それにあんな化物みたいなのにこきつかわれる救世主ってのも締まらないですよ」


「ふふふ……。貴方のその強がりをとても頼もしく思いますよ、夏流。ですが今は、どうか逃げて下さい。国を出さえすれば追跡は弱まるでしょう。貴方達のような力こそ、未来には必要な物なのです」


「……あんたを置いて逃げろっていうのか? いつ殺されるかも判らないのにか?」


「……安心してください、わたしが殺される事はまだ、ないでしょう。アリアが捕まってしまえば考えられない事も在りませんが……。少し、時間を下さい。わたしも自分の力で元老院を問い正し、出来る事ならば武力ではなく対話のテーブルで問題を解決したいのです」


そんなの無茶だ。わけもわからない俺たちに行き成り襲い掛かってくるような連中だぞ? 話なんかまともに聞いてくれるはずもない。

だがきっと、そんなことはこの人には関係ないのだろう。彼女だってそれはわかっているはずなんだ。それなのに、笑ってそんな事を言うのだ。

それはもう、覚悟なのだろう。だから俺たちが何を言っても無駄なのだろう。この人はあくまでも人を信じる。信じて、裏切られると判っても信じて、そうして相手も自分を信じてくれる事を祈っている。


「…………。判りました。俺たちはリリアを探します。もうディアノイアにも戻れませんから」


「……その、リリアの事なのですが……」


何やら言い辛そうにしている女王陛下。その心中を察してか、マルドゥークが他のメンバーを引き連れてぞろぞろと部屋を出て行く。

一緒に出て行こうとするゲルトを女王が呼び止めると、結局三人だけが広い空間に残される結果となった。


「リリアが大聖堂に反旗を翻したという事実を、夏流は信じて居ないのですね」


「はい。リリアはそんな事をする奴じゃありませんから」


「……そうですか。貴方の存在に心から感謝を述べましょう。どうか、リリアと共に生き延びて下さい」


強く頷くと、女王の視線はゲルトへと向けられた。それから自らゲルトの元へと歩み寄り、その頭を撫でる。


「ゲルト・シュヴァイン……ゲインの娘にして黒の勇者よ。こんな時で申し訳ありませんが、ずっとずっと、貴方とは話をしたいと考えていました」


「は、はい……っ? な、なんでございましょうか?」


流石に女王になでなでされて焦りまくっているのか、ゲルトは挙動が若干おかしい。そんなゲルトの手を取り、女王は静かに目を瞑る。


「……貴方の父上に対する数々の仕打ち……。謝って済む様な事では無いと存じますが、それでもどうか彼の冥福を祈らせてください。彼は、わたしが殺した様な物ですから……」


「え……?」


「ですが、これだけは信じてください。共にゲインと戦った者ならば、誰一人として彼を臆病だと言う物は居ないでしょう。真に勇敢な、彼は立派な……そう、勇者の名を冠するに相応しい戦士でした」


ゲルトは完全に動揺していた。身体は震え、思いは言葉にならずただ黙り込む。そんなゲルトを見つめ、女王は笑う。


「わたしもまた、彼に幾度と無く救われました。国民の前で彼の擁護をする事は、どうしても……出来なかったのです。彼の思いも、勇敢さも知っていたのに、わたしは何も出来ずに……」


「…………いえ、いいんです。平気ですから……。そう、仰っていただけただけで、わたしは……」


「……つくづく痛感するのです。わたしは何故、守りたい物を守れぬのかと……。弱さや未熟さ、きっとわたしがもっともっと聡明ならば、この国を変える事が出来たのでしょう。悲劇を繰り返さずに、いられたのでしょう……。ですが、そうは出来なかった。本当はリリアも貴方も、二人とも勇者に……以前の二人のように、手を取り合って。この世界に起こる悲しみと戦ってほしかった」


だが、その願いは叶わなかったという。女王は二人とも勇者になれるようにと必死に元老院を説得しようとした。しかし、裏切り者のレッテルを貼られた男の娘に勇者になる資格などないと一蹴されてしまったのである。

それでも彼女は引き下がらなかった。だから、リリアとゲルト、優れている方が勇者になる――そんな風に話が纏まったという。それでも納得するしかなかった。せめてその権利だけは、ゲルトから奪いたくなかったから。


「その結果貴方とリリアがお互いを憎しみ合う様な事になっているのであれば……わたしは、余計な事をしてしまったのかも知れませんね」


「いえ! そんな、違います! わたし、嬉しかった……。勇者になれるんだって、それだけで……すごく。すごく、救われたんです……」


ゲルトは目尻に涙を浮かべながら笑っていた。そんなゲルトを優しく抱きしめ、マリアは頬を寄せる。


「わたし……リリアの事が大好きです。だから、頑張れます……。女王陛下だけでも、判ってくれていると思えれば……頑張れますから」


「ありがとう、ゲルト……。どうか、勇気を捨てないで下さい。貴方が父上から受け継いだ尊く気高いその魂を、どうか忘れないで下さい」


「はい……。はい……っ」


ゲルトとマリアはしばらくそうして抱き合っていた。長い抱擁が終わるとゲルトは涙を拭い、ふかぶかと頭を下げて背を向ける。俺もこうしてはいられない。さっさと行動しなければ。


「夏流……。二人の勇者、貴方にお任せします。どうか、大切に大切に、扱ってあげてくださいね」


「え? は、はい」


「どうにも貴方は何というか……そう、女心には疎そうですから」


「は?」


女王の最後の言葉はよくわからなかったが、兎に角こうして二度目の謁見は終了した。

よく判らない事が山ほど増えてしまったが、得られたものも少なくは無かった。通路を歩きながら嬉しそうに笑い、それから泣いているゲルトの横顔が、多分それを俺に教えてくれたのだと思う……。



⇒信じる心の日(2)



さて、それからどうしたのかというと……。

グリーヴァの元に戻ると、奴は突然俺たちが謁見中に仕掛けていたらしい魔方陣を発動した。それは空間転移魔法だったらしく、一瞬で俺たちは見覚えのある場所に転送されていた。

他のメンバーがグリーヴァ以外全員転倒する中、俺は見事に着地を決める。流石にこう何度も何度も転送されてりゃなれるってもんで。

お尻を打って涙目になっているゲルトを助け起こし、他のメンバーの様子も見るが一番着地に失敗したのはゲルトだったらしかった。まあ……あれだ。いいけどね。

潮風の中で顔を上げると、どうにもそこは見覚えがあるはずだった。夏休みに来たカザネルラ……リリアの故郷、その砂浜だった。お陰でそれほど皆ダメージはなかったようだ。


「ぐ、グリーヴァ! もう少し優しく転送出来ないんですか!?」


「うん? ははは、そんなに怒る事はないじゃないか。ちゃあんと砂浜に下ろしただろう?」


「そうだぞゲルト、あんな転送優しいもんだ。逆様じゃなかっただけマシだろう」


「な……。何ですかそのチームワークは……!? ううー! うううっ!」


「どうでもいいけど、僕の役目はここまでだ。君たちは無事にカザネルラまで送り込んだし……後は救世主君の活躍にお任せするよ」


そう言って小さく笑い、グリーヴァは俺たちに背を向けて砂浜を歩き出す。その男が作り出す足跡を見つめ、それから俺は顔を上げた。


「グリーヴァ」


男は何も言わずに振り返り、小首を傾げる。その嫌な奴の顔を見て、俺は頭を下げた。


「ありがとう、助かった」


「……成る程、彼が君を嫌う理由が何となくわかった気がするよ」


と、意味の判らない言葉を残し、錬金術師は風が吹くと消えてしまっていた。本当に神出鬼没な奴だが、実際あいつのお陰でここまで逃げ延びる事が出来たのだ。礼くらい言ってもバチはあたらないだろう。

だがそれはそれ、これはこれ、である。ゲルトの身体をあんなにしやがった張本人だ、次に会った時はもう敵同士……確実にぶっ倒して……って、しまった……。


「くそ、あいつもしかして魔女化を阻止する薬とか知ってたんじゃ……」


「――! そう、ですね……。彼以上に詳しい人は居ないでしょうし……。リリアのことばかり考えていて、すっかり失念していました……」


「相変わらずのリリアマニアっぷりだな」


「……貴方にだけは言われたくありませんよ。なんですか、あの地下での憤慨っぷり。そんなにリリアが大好きなんですか?」


「……一人前に言い返すようになったじゃねえか」


「別に言い返してませんよ! 貴方の事なんてどーでもいいですから!」


「んだとてめえ……! もうアレやらねーぞ!!」


「アレって……アレとか言わないで下さい! なんか……なんか嫌ですっ!」


そんな子供染みたやり取りをしていると、呆れて溜息を漏らしながらマルドゥークが間に割って入った。眼鏡を光らせ、俺たちを引き離して睨みつける。


「何を馬鹿なことをやっているのだ……? 子供ではないのだぞ、二人とも」


「だってこいつが……」


「でも、この人が……」


「だってもでももない! この危機的状況下で何を声を揃えているのだ、貴様らは!」


ゲルトと顔を見合わせ、溜息を漏らす。全く五月蝿いやつだ……。お前は俺たちの保護者かっつーの。

まあ、こんな風にゲルトと言い合えるのも少し心に余裕が出来たからだろう。ゲルトは少し先ほどの幼稚なやり取りが恥ずかしかったのか、顔を赤らめてそっぽむいていた。


「まあ、仲が良い事は悪いことじゃないさ。だが、一応ボクらのリーダーなんだ、君にはしっかりしてもらわないとね」


「……なんだ、リーダーは俺なのか? こういう状況なら、実際に騎士団を率いていたマルだかアイオーンのほうがいいんじゃないか?」


「いやぁ〜、マル様がリーダーだと色々口うるさいから止めた方がいいっすよ〜」


全員同時に視線を向ける。砂浜には不似合いな甲冑の騎士がそこには二名立っていた。なぜかそこにいるグランとハインケルにマルドゥークはすっかり唖然としていた。


「お前ら、なんで……」


「我らはマル様と常に共にある者……。貴方が大聖堂と戦うというのであれば、我々も手を貸しますぞ」


「そうですよ〜。どーせマル様一人じゃ騎士団的に浮くんですから! 側近がいなきゃ、救世主の仲間には馴染めませんって!」


「馬鹿者、余計なお世話だ! 全く……! どうなっても知らんぞ!」


頷く二人の騎士。どうやら俺たちに手を貸してくれるらしい。二人の事ならば信用も出来るし、仲間は多いに越した事はない。

二人は俺の前に立つとお互いに兜を外し、微笑んだ。そこでようやく気づいたのだが、ハインケルはどうにも女だったらしい。


「改めて自己紹介っす! あたしはハインケル・ヴァロー。そっちはグラン・ヴィルヘイム! 二人とも聖騎士団の部隊長っすね」


「君の噂は我々の耳にも届いているよ、救世主。オルヴェンブルム攻防戦ではマル様を救ってもらったな。感謝する」


「い、いや……。っていうか、いいのか? 隊長クラスがマル含め三人も抜けて、聖騎士団はどうなるんだよ……?」


「救世主様、敵の心配してるなんて余裕っすね〜! ま、マル様のお守りは必要でしょ? 正直救世主様だって手を焼いてるくせに〜」


「ハインケル、調子に乗るなよ……?」


「わわ、怒られた……。まあいいや、兎に角短い付き合いになるかもしれないけど、宜しくね!」


「あ、ああ……。こちらこそ、宜しく」


二人と順番に握手を交わす。また二人とも兜を被ってしまったので、どうにも中身は想像出来なくなった。うーむ。

とにかくこうして仲間が二人増えてしまった。しかし何でまたこんな辺鄙な所にグリーヴァは俺たちを転送したんだろうか。そんな事を考えていると、背後からぞろぞろとリリアと残りの勇者部隊ブレイブクランメンバーが集まってくるではないか。

全員が全員の顔を見渡し、それから声を上げた。勿論お互いに鉢合わせする事なんて考えてもいなかったわけで……。


「なな、なつるさん!? なんでここに!?」


「おま……何してんだよ!? ソウル先生も一緒って、どういうことだ!?」


「こっちも色々あった。でも、そっちも色々あったみたいね」


「色々ありすぎても〜くたくただぜぇ……。なあニーチャン、マリシアの事は話さなくていいのか?」


「ああ、そうだったな……いや、それ以前に兎に角……リリア」


皆が静まり返る中、リインフォースを抱いて俺を見つめるリリアの前に進む。そうしてじっとその瞳を覗き込み、俺は確信した。

こいつは反乱なんてやってない。だから無実の罪で追われている事になる。それは、なんとかしなきゃいけない。だから、救世主としてやるべき事はもう決まってる。


「話したい事が沢山あるんだ。聞いてくれるか?」


「リリアも、師匠に聞いてもらいたい事がいっぱいいっぱいあるですよ……」


俺が微笑むと、リリアもにっこりと笑ってくれた。なんだかついこの間までギクシャクしまくっていた気もするが、なんというか……離れている間にお互いに心境が変化したのだろうか?

正面からリリアを抱きしめると、リリアもぎゅっと俺の身体を抱きしめた。なんだか久しぶりに会う気がする、その懐かしい感触に思わず溜息を漏らす。

そんなことをしていると背後からゲルトがフレグランスで突き刺してきた。何が起きたのか判らずに倒れる俺を仲間たちが蹴る事蹴る事……。


「貴方はいきなりなにやってんですか!!」


「ちょ、ま……俺別に何もしてな……っ! うわああああっ!?」


な、なんでこうなるの……? せっかく仲間と再会できたのに、こんなのねえよ……。

夕焼けに照らされる波間を逃げる俺、剣を構えて追ってくるゲルト。うっかり刺されたとかそういうレベルで済む間に、何とか説得する手段を考えねば――。

そうして暫くの間、俺たちは砂浜を駆け回っていた。これから大変な事が続くかもしれないのだ、少しくらいはこうして――ゆっくり、時間を使いたいと思う。

そしてその予感は外れる事もなく、俺たちはまた新しい戦いに巻き込まれていく事になる。そう、それは……俺の持つナタル見聞録も、無関係ではない戦いに……。

まあ、そんな事は今はどうでもいいのだ。今は兎に角、逃げ切らねば……。

夕日が……まぶしいなあ……。

そんな事を考える、夕暮れ時なのであった。

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