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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
58/126

信じる心の日(1)


「……消えちまった。一体なんだったんだよ、あのおっさん……」


思い切り脱力した様子でブレイドが呟く。戦いの後に残されたのは、中身だけがすっぽりと消えてなくなってしまった司祭の服と彼が手にしていた聖書のみ……。

歩み寄り、その聖書を手にした時、俺は一つの事実に気づいてしまった。慌ててそれを上着に仕舞い、立ち上がる。


「大司祭が化物だったなんて事になれば大変な騒ぎになるな……。兎に角、ここにはリリアは居ないらしい。こうなっちゃ問い詰めるも何もあったもんじゃないな」


「リリアがここに居ないと成ると……。確か、彼は暗黒騎士に奪われたと言っていました。わたしの知る限り、そんな珍しい役職に就いている人間はそう多くはないはずです」


暗黒騎士……そんな役職は実在しない。故に何らかの通り名のようなものなのだろう。闇の騎士という言葉のイントネーションから、どこぞのあの野郎を直ぐに連想してしまうのは俺だけだろうか。


「一先ずここを出よう。外でまだマルドゥークとアイオーンが戦っているはずだ」


三人で同時に部屋を出ようとすると、ばたばたと大人数で騎士たちが中に入ってくるのと鉢合わせてしまった。騎士たちは俺たちの背後に大司祭の抜け殻が落ちている事に気づき、槍を構える。


「貴様ら! そこで一体何をやっている!!」


「めんどくさいことになったな……。ニーチャン、こっちだ!」


ブレイドはなんでもない天井に穴を開ける。そこを跳躍して飛び抜けると穴はすぐに閉じてしまった。出たのは大聖堂の礼拝堂で、そこには大量の騎士に取り囲まれるマルドゥークとアイオーンの姿があった。

二人に駆け寄り、取り囲む騎士たちに武器を向ける。俺達の姿に気づき、二人とも距離を詰めてきた。


「勇者はどうだったのだ!? 司祭は!?」


「リリアはいなかったし、司祭は倒した。ハムラビは化物だったんだよ」


「化物……? 何を言っている!? どういうことだ、説明しろ!!」


「そんな場合じゃないだろっ!! 来るぞっ!!」


槍を構えた騎士たちが一斉に襲い掛かってくる。戦いは避けられない――そう覚悟した時だった。彼らの背後から漆黒の魔法弾が同時に飛び交い、騎士たちを背後から撃ち抜いて行く。

倒れた騎士の背後に立っていた男に俺は見覚えがあった。若い錬金術師のその男はマントを翻し、俺たちへと歩み寄る。


「あ、貴方は!? どうして貴方がここに……!?」


剣を構えたゲルトが斬りかかりそうになるのも無理はなかった。その男はゲルトを誘拐し、魔女化させる原因となった張本人――グリーヴァ・テオドランドだった。

グリーヴァは俺達の前に立つと、以前と変わらない不敵な笑みを浮かべる。それから俺の上着の下にある聖書を指差し、眉を潜めた。


「どうやらちゃあんと聖書は奪ってきたようだね……。いいだろう、こちらも不本意だが、君たちを逃がす手伝いをしてあげよう」


「……一体どういう風の吹き回しだ? どうしてあんたが俺たちを助ける?」


「勘違いをしないでもらいたいな、救世主。別に僕はお前たちを助けるつもりなんて微塵も無いさ。だが、元々こういう計画だったんだ……予定が狂うのは、僕が何よりも嫌う物でね」


口元に手を当てて笑いながら男はマントを翻す。入り口に迫っていた増援目掛けて複数の魔法瓶を投げつける。爆炎で通路が包み込まれる中、男は背を向けて言った。


「大聖堂から逃げ切りたいのであれば、僕に着いて来い」


「罠でない確信はない」


「だが、逃げ切れる自信もないだろう? お互い神の怒りを買った大逆の徒、だ。仲良くしようじゃあないか、ふふっ! ふふふふっ!!」


笑いながら男は炎の中を駆け抜けて行く。迷っている時間はない。少なくとも囮くらいには使えるはずだ。俺は頭を振って振り返った。


「追うぞ。今はあいつの言うとおりにしよう」


「しかしっ!!」


「大聖堂と正面からやりあえばいずれはやられるぞ!! あの化物みたいな司祭が一人だけとは限らないんだっ!!」


そう、あのミノタウロスだけが大聖堂の魔物とは考え難い。あいつ以外にも同じように魔物の力を持った奴がいるかもしれないんだ。それに取り囲まれでもしたら間違いなく俺たちは全滅する。

一体倒すだけでもあの様なのだ。魔獣に取り囲まれるだの追い掛け回されるだの、想像もしたくない。今は一刻も早くここから脱出したいし、オルヴェンブルムを離れねばならないだろう。

そのためにグリーヴァが手を貸してくれるというのならば喜んで借りなければ。何しろ俺たちはここで死ぬわけにはいかない。俺は……俺は、リリアを救わねばならないんだ。

俺が走り出すのを合図に全員同時に移動する。正面で行動を妨害する騎士を適度に弾き飛ばし、後方から追いかけてくる執行者には後続のマルドゥークたちが魔法で牽制する。

グリーヴァは大聖堂の入り口前を包囲していた騎士たちを剣で切り伏せていた。俺たちが追ってきている事を確認し、グリーヴァも走り出す。しかし錬金術師が目指すのは門ではなく、リア・テイルへと続く階段だった。


「おい!! そっちは城に続く道だぞ!?」


「言われなくとも判っているよ。全員、リア・テイルの中に入るんだ。理由を訊ねる暇があるなら走る事をおすすめするよ、救世主君」


何だかよく判らないが、策がある様子だった。男の後に続いて城へと続く長い長い階段を駆け上がり、途中で振り返って魔力を込めた蹴りを階段に叩き込む。轟音と共に崩れる階段に足を縺れさせる追っ手を一瞥し、城内へと続く扉を開け放った。

まだ大聖堂の騒動はここまで届いて居ないのか、城内は静けさに包まれていた。グリーヴァは振り返って扉を前に魔力を開放し、その片手を正面に向け、目を瞑る。


「汝は風、大いなる光よ。我らが敵の魔手から我らを守り、その光で傷を癒す。我は望む、予ねてよりの契約の時は来た! 汝、風にして大いなる光よ! 我らが居城を守り給え!!」


大地に魔方陣が浮かび上がる。瞬間、俺たちに今まで気づく事も無かった事実を知らしめる。

城の中、至る場所に同じような小さな魔方陣が浮かび上がったのである。それは線と線で結ばれ、城の内側の壁を覆うように光を広げて行く。

一目見ただけでもわかる。素人に俺にも感じ取れる、絶対的な障壁の光……。門は硬く閉じ、それからもう二度と開く事はなかった。あれほど押し寄せていたはずの兵士たちの声も、一切ここには届かなくなった。


「……そんな。設置型の外界拒絶魔法……。いつ、そんなものを設置したのですか、貴方は」


「おや? 城落としの術式は見破れたのに、こっちには気づかなかったのかい? まあそれも無理の無い事だ。城落としは急ごしらえの術式だったからね。恥ずかしながら、僕の作品の中では不出来極まりなかったのだから」


肩を竦めて笑うグリーヴァ。こいつ、一体どういうつもりだ? 確かにあの時、城落としの術式を見つけた俺たちは城には行かず、マルドゥークたちに城の事は任せたはずだった。だからそう、城に何があるのかは確認はしていなかった。

だがここにあったのは城を崩す為の術式ではなく、城を守る為の術式だった。グリーヴァは一体どういうつもりで二つの術を仕掛けたというのか――。その疑念には、あっさりと彼本人が答えてくれた。


「本当ならば、外側に設置してあった城落としでこの城以外は全て焼く予定だったが、君たちのお陰でそれは失敗に終わった。まあ、この城を隔離できただけでも良しとしよう」


「……おい、一体何の話をしているんだ? そもそも城の中に立てこもっても仕方ないだろうが。城の聖騎士だって俺たちを追うに決まっているし」


「他に女王のお目にかかる機会もないだろう? 多少強引で前倒しだが、女王に君たちは事実を告げるべきだ。外の騒ぎなら聡い彼女の事だ、もう気づいているだろうさ」


「貴方は、一体……っ!」


歯軋りするゲルト。確かにこいつは間違いなく俺達の敵だ。だが言っている事は間違っては居ない。こうなった以上、大聖堂が反乱をたくらんでいるかどうかは兎も角、何かを隠しているのは紛れも無い事実だ。そのことだけはせめて女王マリアに伝えねばならない。

振り返り、仲間たちの意見を伺う。しかし全員同じ気持ちだったのか、同時に頷いて応えてくれた。もう後戻りは出来ない。女王に直接真実を伝えよう。


「僕はここで待っているよ。あ、ちなみに僕が居ないとここからは出られないから忘れずに声をかけてくれよ? ふふ、くれぐれも勝手に居なくなったりしようなんて考えないように」


「……わかってるよ」


俺たちは全員で移動を開始した。すると正面に見覚えのある全身甲冑の騎士が二人立っている事に気づいた。


「……グラン、それにハインケルか」


「マル様、任務ご苦労様です! 外が騒がしかったみたいですけど、どうかしたんですか?」


「……話せば長くなる。グラン、女王陛下は?」


「アリア様をご心配なさっております。して、姫様は?」


マルドゥークは眉を潜め、首を横に降る。まさかあの堅いマルドゥークが任務を果たさぬまま戻ってくるとは思わなかったのだろう、騎士二人は互いに顔を見合わせていた。


「今は時間が惜しい。グラン、ハインケル……お前たちはここに残れ。私は……大聖堂に反旗を翻してしまった」


「何と……。それは確かなのですか?」


「聖堂騎士たちが追っていたのは我々だ。我々と共に居れば、お前たちも謀反者にされてしまうだろう……。せめて道を開けてはくれないか? 私はお前たちと戦いたくはないのだ」


「そんな! そんなの当然ですよ、マル様! あのちょ〜堅物のマル様のことですから、きっと何か理由があるんでしょう? 見れば救世主様ご一行も一緒の様子ですし……。女王陛下の謁見の間までご案内します! 城の者に見つかりさえしなければ、問題はないのでしょう?」


二人の騎士はあっさりと協力を約束してくれた。マルドゥークが目を閉じ、小さな声で礼を言う。俺たちも互いに顔を見合わせて思いもよらぬ協力者たちに礼を言う事にした……。



⇒信じる心の日(1)



リリアとフェンリル、二人が長い逃亡の果てに辿り着いたのはリリアの故郷、カザネルラであった。

行く宛も無く、たださ迷い歩いているのだと思い込んでいたリリアにとってその結果は意外だった。フェンリルはリリアの問い掛ける視線を無視し、坂道を下っていく。

大きな風車が並ぶ坂道で、リリアは風を受けて夕日を眺めていた。漣の音と風の音が懐かしく、潮の香りが涙を誘った。なんだか突然悲しくなって、寂しくなって、目尻に浮かんだ涙をごしごしと袖で拭う。

夕暮れ時、漁から戻る漁船が水平線の上で踊る景色を背景に二人は町外れにあるヴァルカンの家に到着した。その扉を開き中に入り、無人の家の中でフェンリルは振り返る。


『一先ずオレの役目はここまでだ』


「……え? それは、どういう?」


『お前をここまで送り届ける事……それが一つの区切りだと言う事だ。流石に丸二日間魔力放出状態で走り続けたのだ、疲れも溜まっているだろう。ここならば少しは休める』


そう告げてフェンリルは出て行こうとする。その手を背後から取り、リリアは首を横に振った。


「それは、貴方も同じはずです。少しくらい休んでいってください」


『……ふん、大人が居なければ不安か? 子供だな』


「そういうことじゃないです! それに、ほら……ずっと何も食べてなかったから、お腹がすいちゃったんですよ」


『それがどうした』


「ゴハンはひとりより、ふたりのほうがずっと美味しいんです」


首だけ振り返ってリリアを見ていたフェンリルであったが、リリアの言葉を耳にして身体ごと向かい合った。それからじっとリリアを見つめ、黙って席に着く。

リリアは聖剣をテーブルの傍に置き、早速台所に立って料理の支度を始めた。その後姿を眺め、フェンリルは一度席を立ち、それから黙ってもう一度席に着いた。

ここにいるべきではないと考え、しかしそのリリアの料理を食べてみたくもなった。矛盾する自らの心境に溜息を漏らし、窓の向こうを見つめた。

そこにはくるくると回る風車と、ゆったりと動く漁船の影が見える。南の木々は風に揺れ、並は夕焼けに染まって紅く燃えていた。

美しい景色だと思った。それは何年も前から変わらない。ずっとずっと、変わらないもの。ここに来ると気持ちが落ち着く。同時に、寂しくもなる。

感傷だといえばそれまでだろう。だがしかし、そこにある思いは確かに揺らいでいて、それは決して偽りではなく、自分がまだ人である事を教えてくれる。


「フェンリルは食べられない物とかないんですか?」


『……選り好みはしない』


「うーん、でも魚は新鮮なのがないんですよねえ。リリア、とってこようかなあ……」


『……なら、オレが行こう』


席を立つフェンリルを見てリリアは目をぱちくりさせ、それから口元に手を当てて笑った。


『……? 何がおかしい?』


「だって、フェンリル……。魚なんて獲れるんですか?」


『獲れるさ、馬鹿にするな。どれくらいの量があればいい? 種類は?』


「何でもいーですよ。この辺のお魚なら、何でも美味しく出来ますから。食べたいだけ、食べたい物を、で。釣竿とバケツと……必要なものはセットで家を出て直ぐの倉庫にありますから。リリアはここで他のお料理の下ごしらえをしていますね」


無言で頷き、フェンリルは家を出る。夕焼けの中、釣竿とバケツを持って騎士は坂道を登る。以前もここで、釣りをしたことがある。その時は確か、勇者部隊の仲間たちと全員で釣り大会を催した。

結局優勝したのは地元民であるフェイトで、大人げも無くそれを自慢していた事を思い出す。ゲインが悔しそうにそれから夜まで釣りを続け、負けず嫌いなメンバーはそれに釣られて一晩中釣りを続けていた事も会った。


『……変わらないな』


苦笑し、竿を振る。崖の上、フェイトから教わった釣りスポットで釣り糸を垂らす。釣りは忍耐でも根性でもなく、才能だとフェイトは言っていた。だが、フェンリルはそうは思わない。才能や直感で物事を片付けるのは、昔から苦手だった。

どちらかといえば待ち続け、忍耐強く……。遠回りなそのやり口では、フェイトには勝てなかった。だがそれでも吊り上げた魚は大きく、決して無意味ではなかった。楽しい思い出も、悔しい気持ちも、まだ鮮明に色づいているのだから。

波間に思い出を浮かべながら釣り糸を垂らし続けるフェンリル。しかし背後に人の気配を感じ、釣りを継続したまま振り返った。片手に竿を持ち、もう片方の手をロングソードに伸ばす奇妙な格好の暗黒騎士の前に立っていたのは、かつての同僚とリリアの仲間たちだった。


『……ソウルか』


ソウル、そしてメリーベルとベルヴェール。三人のうちソウルが真っ先に前に進み、釣りをしているフェンリルの直ぐ傍に立った。


「……リリアはどこだ?」


『良くここがわかったな』


「当然だろ……。俺を誰だと思っているんだ。俺はお前の……フェイトの仲間だぞ」


二人の男は見詰め合う。それからフェンリルはロングソードへと伸ばしていた手を引っ込め、魚のかかっていた竿を一気に引き上げる。

釣り糸の先には元気よく動く新鮮な魚が食らいついていた。手際よくそれを外し、バケツの中に放り投げるとフェンリルは改めてソウルと向かい合う。


「いや……お前、相変わらずなんかマイペースじゃねえかオイ」


『釣りは釣り、話は話、だ。ふん、そっちには見覚えのある顔もあるな……』


「おかしいとは思ってた。リリア一人で脱出出来たかどうかと言えば、そりゃ難しいだろうからな。誰かが手引きしたんじゃねえかとは、考えてた。まさかお前だとは思わなかったがな――――ルーファウス」


ソウルの言葉に生徒二人は目を丸くした。しかしフェンリルはただ黙ってその言葉を受け、自らの顔を覆っていたフェイスガードを外す。

そこから現れたのは確かにディアノイアの職員であり、魔術学科担当である男、ルーファウスであった。ルーファウスはゆっくりと目を開き、それからソウルと向かい合う。

紅い風が吹く中、二人は黙ってそうして立ち尽くしていた。ソウルにだけは、絶対に隠しとおす事は出来ない……ルーファウスはそれを理解していた。だからこそ、仮面を外した。


「そんな……!? フェンリルが……ルーファウス先生っ!?」


「……そうですよ、ベルヴェール君。オレが……私が、フェンリルだ」


「どうして……なんですか? どうして、リリアを……?」


フェンリルは眉を潜め、それから背を向ける。


「お前たちは、嘗ての勇者の仲間たちがどうなったのかを知っているか……?」


突然の問い掛けに二人は顔を見合わせた。フェンリルはその答えを待たず、言葉を続ける。


「中には、大聖堂に組し、他の国へと戦いを挑んだ者がいた。中には、聖騎士として女王を守る立場へと変わった者も居た。だが、それだけではない。中には逆徒として大陸を追われた者も、オレのように、あの戦争の中で見つけられなかった答えを探してもがいている者も居る……」


「……お前はまだ、クィリアダリアを憎んでいるのか?」


「当然だろう、ソウル? 魔王の城に増援を送り込むと言っておきながら、やつらはオレたちごと『プロミネンス』を発動した……。増援は結局来なかった。それでもフェイトは戦って、魔王を倒して……。プロミネンスから俺たちを守ろうと戻ってきたゲインは、結局その炎に焼かれて……」


「ちょ、ちょっとちょっと!? 何の話してるわけ!? アンタたち勝手に話を進めないでよ!! リリアはどこなの!? アンタは何がしたいわけ!?」


勿論、それは生徒である二人にはわかるはずもない話だった。フェンリルは鋭い眼差しで剣を抜き、それをソウルに突きつける。


「オレたちは……オレたちは! 散々自分たちの手で斬り殺してきた物こそ、守りたかった! 散々見殺しにしてきた物こそ、救いたかった!! 得たかったものはこんな未来ではない……! こんな、何も変わらない世界などでは!!」


「だからってクィリアダリアを壊すのか!? 世界を支配するクィリアダリアが倒れればまた新たに争いが繰り返される! 結局そんな事をしても何も変わらねえんだよ!! 俺たちが、何の為に生徒を育てているのかを忘れたのかっ!!」


腕を振るい、ソウルは前に出る。生身の拳でロングソードの刀身を握り締め、自らの手に血を滲ませながら眉を潜める。


「俺たちは、次の世代を育てなければならない……! もう二度とあんな戦争が起こらないように、正しい心と力を持つ子供を育てなきゃならないんだっ!! ディアノイアは俺たちの希望だ! その生徒を戦争にまで巻き込んで……許されるとでも思ってんのか!?」


「そのディアノイアも、所詮アルセリアという大聖堂騎士オルヴェナ・イラに監視される組織に過ぎない。あそこには夢など無い……。在るのはただ、生徒を戦争の道具に仕立て上げようという意思だけだ」


風が吹き、決定的に意見を交えることの無い二人を隔てるように間を通り抜けて行く。剣を手放し、ソウルは拳を構える。フェンリルもまた剣を構え、その足元にあったバケツに足が当たって倒れ、せっかく吊り上げた魚も草の上を跳ねる。

二人の間にある想像を絶する殺気と衝突する激しい魔力に生徒は最早立ち入る事は出来なかった。圧倒的な迫力――英雄と呼ばれた人間同士が構えた時、並みの人間は全てそれを固唾を呑んで見つめる事しか出来ない。

今にもぶつかり合いそうな二つの魔力……しかしその間に投げ込まれるものがあった。大地に深々と突き刺さり、夕日を映して輝くのは白い聖剣、リインフォースだった。


「フェンリル……ルーファウス先生っ!!」


坂道を駆け上がってきたリリアは息を切らし、二人の間に割ってはいる。剣は地面に突き刺されたまま、庇うように両手を広げて向かい合ったのは、ソウルの方だった。

フェンリルは自らの前に立つリリアを動揺しながら見下ろしていた。その少女は首だけで振り返り、フェンリルを見上げる。


「やっぱり、先生だった……。先生、だったんですね」


「……やっぱり、だと? 気づいていたとでもいうのか?」


「だって、『におい』が似てたから……。それに、昔の話をする時の目……。先生に、そっくりだった」


その言葉はフェンリルに衝撃を与えた。完全に仮面を被り、自らを偽ってきた。どちらが本当でどちらが嘘なのかもわからなくなるような途方も無い年月が過ぎた。自分でも判らなくなった二つの名前を、勇者はつなげてしまった。

それはあっけなくフェンリルの心を揺さぶった。剣が手から零れ落ち、フェンリルは力なく項垂れる。その様子にソウルも拳を下げ、悲しげに目を細めた。


「……リリア。お前が大聖堂を裏切り、クィリアダリアに反旗を翻したという話を聞いた」


「……はい」


「お前はフェンリルに連れられ、無理矢理ここまでつれてこられた……そういうことなんだな?」


「はい。でも、違うとも言えます」


首を横に振り、リリアは澄んだ瞳でソウルを見る。


「私は私の意志で歩きました。大聖堂の司祭よりも、この人の方がずっとずっと信じられる……。それは、ソウル先生だって同じ事なんじゃないですか?」


「…………リリア」


「本当は、友達なんですよね? 仲間なんですよね? だったら! 一番信じてあげなきゃいけないのは、ソウル先生のはず! 一番信じたいって思ってるのも、先生のはずですっ!! その気持ちを……偽ったりしないでください」


リリアの叫びを受け、ソウルは目を閉じる。それから溜息を漏らし、リリアの頭を大きな手でくしゃくしゃと撫でた。


「まさか、師匠の娘に説教される事になるとはな……。だがリリア、お前の言う通りだ。俺は……お前たちを信じたい」


「先生……!」


「判っていた事だ。大聖堂がどんなに汚いやり口だって自分たちの為ならば躊躇わず実行する事くらい、前の戦いの時からな……。それでも俺は、生徒が大事だった。子供たちに俺たちのような大人になってもらいたくなかった。だが……それは少し、過保護ってもんだったのかもしれねえな」


肩を叩き、それからリリアを押しのけるソウル。フェンリルとソウル、二人は向かい合う。


「どうしてこうなったのか、話してくれないか? 俺も学園の教師として、できる事はやらなきゃならねえ。子供たちに、カッコ悪い大人だって指差されるのだけはカンベンだからな」


「……お前は相も変わらず、か。まあ、良いだろう……確かにお前たちには、知る権利くらいはあるだろうな」


大聖堂が女王を暗殺し、王座をアリアに引き継がせたがっている事、そしてそれに纏わる様々な事情……。フェンリルは知り得た事をその場で話し始めた。

侵略を求める大聖堂と、和平を主張する女王派……。その二つの対立と、そしてその計画が実行される事を何ヶ月も前から知っていたという事……。


「オレはある男と手を組んでいる。その男は……大聖堂から奪われた『原典』のうちの一つを所持している」


「……まさか、『ヨトの預言書』か!?」


「ヨトの……預言書?」


小首を傾げるリリアたち。生徒を前に教鞭をとる教師のように、二人は前に立って説明する。


「古来より存在する古代遺跡より発掘されたといわれる、ヨト神が今後世界に起きる『滅び』までの出来事を記したとされる伝説の聖遺物だ。大聖堂が長年保管をし続けてきたものだが、二年ほど前に何者かの手によって奪われたものだ」


「だが、原典は二つあったんだろ? ヨトの預言書と……確か……」


「お前はもう少し戦闘以外の能力もわきまえた方がいいな。奪われたもう一つの原典は、『ナタル見聞録』だ」


ヨトの預言書とナタル見聞録――。それは、二人の神が記したとされる各々の直筆の書であり、それぞれが得た力や知識を封じた魔術書でもある。

その二つの本を原典と呼び、その原典を書き写した物を新典と呼ぶ。大聖堂の中で最も重要とされるその二つの遺物の損失は、大きな衝撃を与えた。


「だが、犯人は捕まる事はなかった。まるでどこかへ消えてしまったかのように、なんの魔術も使わずにその犯人は人々の目の前から消え去ったそうだ。そう、まるで……どこか他の世界に消えてしまったかのように」


「原典を奪った犯人は未だに大罪人として追われているはずだったぜ。まさか、その原典を持つ人間と接触していたとはな……って、そうか、それで……」


「ああ。ヨトの預言書には、良くない未来が記されている。その未来に立ち向かう……『滅び』を打ち払う力は……リリア、お前に託されている」


「え? リリア……ですか?」


「お前の持つリインフォースがこの世界を導く光となるだろう。今のオレに、目的と言える目的があるとすれば、それは……」


「リリアを勇者にする事、だろ?」


どこからとも無く聞こえてくる声。それに誰もが戸惑い周囲を見渡していると、フェンリルの背後、崖の下から人影が浮かんでくる。

両手をポケットに突っ込んだまま浮かんでくる少年の姿に誰もが仰天した。しかし少年はそのままゆっくりと大地の上に着地すると、銀色の銃を肩の上のうさぎの帽子から取り出し、それをソウルたちに向ける。


「おいフェンリル、ちょっとばかしおしゃべりが過ぎるんじゃねえのか?」


「あ、貴方は……」


「よう、久しぶりだな……冬香の器さんよ。何だ、あのヘタレは一緒じゃねえのか? ったく、相変わらずやる事が手ぬるいっつーか……なんつーか」


リリアは剣を引き抜き、秋斗に向かって構える。殺気を容赦なく放つリリアに対し、秋斗は銃を降ろして肩を竦める。


「はん、勇者の癖に救世主様に歯向かうつもりかよ? 無駄無駄、やめとけって! お前ら全員纏めてかかってきても俺様には勝てねぇよ!」


「ふざけるな……っ!! 何が救世主だっ!! 救世主はナツルさんだ! お前は救世主なんかじゃない!!」


「あぁ? 別にそんなもん、なったモン勝ちだろ? ったくそれにしてもつれないやつだな……。俺様はお前の為に、色々と試練を用意してやったり、助けてやったりしてるっつーのによ……ククッ、まああいつと一緒か。平然と恩を仇で返すのはお前らの流儀なんだろ?」


無言で駆け出し、斬りかかるリリア。その刃を銃身で受け止めて片手でリリアを弾き飛ばす。秋斗は空中に再び舞い上がり、フェンリルを一瞥した。


「おい、あとはグリーヴァがうまくやんだろ。俺たちは撤退だ」


「……そうだな。役目は既に終わっている」


「フェンリル! ルーファウス……先生っ!!」


剣を鞘に収め、フェンリルは背を向ける。それからリリアたちを一瞥し、静かに目を閉じた。


「大聖堂に気をつけろ。奴らは……神の力でこの世界を滅ぼすつもりだ」


「神の力……? フェンリル! 待って!!」


リリアが手を伸ばした瞬間、フェンリルと秋斗の身体は光に包まれて消え去っていた。高度な空間移動術式を前に、追う手段など誰も持ち合わせてはいない。

残されたリリアたちはただ目の前から消え去ってしまった男の言葉を心の中で反芻し続ける。


「神の、力……? それに……リインフォースが、立ち向かう力になる……?」


じっと刀身を見つめるリリア。しかし聖剣は答えを映し出すことはない。映し出すものと言えばただ戸惑い、揺れる彼女の瞳だけだった。



〜それいけ! ディアノイア劇場Z〜


*ショートストーリーを書きましょう*


リリア「うぼぁー」


ゲルト「どうしたんですか?」


リリア「Wiiを買ったんだけど」


ゲルト「はい」


リリア「最初にやったゲームがフラジールでもう死にたくなっちゃった……」


ゲルト「……」


リリア「気を取り直して! なんだか久しぶりの劇場だなあーとか思ってるそこの貴方! 前の話の三回分のあとがきでなんかやるよ! 多分!」


ゲルト「そうなんですか?」


リリア「そうだよ! 多分……」


ゲルト「そういえば本編が色々と複雑な事になっているようですが」


リリア「カオス極まりないね。今ならコスモスもやっつけられる気がするよ」


ゲルト「ウボァー」


リリア「うーん、しかしこの妙な展開はなんなんだろうね。ついこの間まで作品内時間的には学園祭とかのんきにやってたのにね」


ゲルト「そういえば水着審査とかはどうなったんでしょうか」


リリア「水着審査なんてなくなればいいと思う」


ゲルト「え?」


リリア「なんでもないよ、ちょっと本音が漏れただけだから」


ゲルト「えーと……そうですか。急展開の連続しか存在しないこの話ももう六十部行きそうですよ」


リリア「キルシュヴァッサー追い越すのはもう近いね! 読者数的にはもう超えたけどね!」


ゲルト「…………」


リリア「…………」


ゲルト「ま、まあいいじゃないですか、うん」


リリア「そうだね……。でも最近楽しげな事してないからそろそろしないと読者的に息が詰まる気もする」


ゲルト「じゃあ番外編で明るいのやればいいんじゃないですか?」


リリア「そうだね! というわけで、なんか追加されてるかもしれないのでたまにチェックしてみてね!」


ゲルト「それではまた来週」

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