裏切りの日(3)
船を使い、大聖堂に戻る最中、声をかけてきたのはアイオーンだった。
既に日は高く昇り、しかし未だオルヴェンブルムは遠い。穏やかな波を眺めながらその言葉に耳を傾ける。
「本気で大聖堂に歯向かうつもりなのかい?」
「別に歯向かうわけじゃない。あいつらが嘘を付いて居ないかどうかを確かめるだけだ」
「一体どうやって確かめるというのかな? 君には他人の嘘を見破る術も使えなければ、我々には大聖堂が女王暗殺を目論んでいるという証拠も無いというのに」
アイオーンの指摘は全く持って正しい。もし本当に大聖堂が悪人なら、はいそうです、私たちは悪者です、何て馬鹿なことは言わないだろう。
ではどうすればいいのか。正直そこまで考えていなかった。だからもしかしたらアイオーンはそこまで俺の気持ちを見透かしていたのかもしれない。
「どっちみち殴って吐かせるつもりだったのだろう? 君は」
「……参ったな。確かにあんたの言う通りだ。これじゃあ……そうだな。歯向かう事になるか」
元老院のやり口はそもそも気に入らなかったんだ。どうにかしてリリアも奪い返す腹積もりだった。それは元々そういうつもりだったのだ。
アイオーンはそんな俺に尋ねる。大聖堂に歯向かう積もりか、と。潮風を受け、自らの拳をじっと見詰める。
「大聖堂がそんなふざけた事を考えているなら……救世主としてやるべき事は一つ、だ」
しかし俺の言葉を聞き、アイオーンは複雑な表情で眉を潜めた。その意味が判らずに俺は首を傾げる。
「あんたは反対なのか? 元老院を問い詰める事は」
「……君の決めた事だ、反対はしない。だが、賛成はしかねる。大聖堂は聖騎士団を抱え、単独でも圧倒的な戦闘力を誇る大聖堂騎士をも抱えている。この世界で最も危険な組織だ。それに喧嘩を売ることになれば、君とて無事では済むまい」
確かにアイオーンの言うとおりだ。俺にもそれが危険な事であるというのはわかっている。そうした結果、どうなるのかはわからなくとも。
『原書』はついに、未来を示さなくなった。完全に次に何が起こるのか、俺には予想がつかなくなった。そうなったのはあの日、秋斗と接触した時から……。二つの原書が接触した瞬間、俺の原書は未来を指し示す事がなくなった。
どういう事なのかはわからない。ただ、この原書には自分が経験した事はあとから現れる。原書に現れる文字と、現実との順序が逆転……いや、奇妙な話だが、現実の速度が加速し、まるで原書を追い抜いてしまったかのような、そんな印象を受ける。
兎に角、頼りの綱だった原書は意味を失った。元々大して原書の内容を変えられたわけではないのだから、今更臆する必要もないのだろうが。
「君にとってあの勇者はそこまでするだけの価値がある存在なのかい?」
「……さなあ。でも約束したんだ、裏切らないって。信じてもらいたいんだ。俺が彼女を信じているように。いつか、彼女にも……」
俺の言葉にアイオーンは腕を組み、ただ黙って目を閉じていた。アイオーンの考えている事はわからなかった。でも、それでも構わなかった。
どちらにせよやる事は決まっている。今更引き返す事も出来ない。原書なんて要らない。俺は神様でも英雄でもないし、この世界の人間でもない。
だからこの世界を救う事なんて出来ないかも知れない。でも、一人の女の子くらい――救い出せなければ意味がないじゃないか。
船が港に着くと直ぐに俺たちは駆け出した。草原を駆け抜け、行きよりも何倍も早い速度でオルヴェンブルムを目指した。オルヴェンブルムに到着して直ぐに、俺たちは大聖堂に飛び込んだ。
そこで見たのは、大聖堂に転がる執行者の死体だった。礼拝堂の真ん中で、誰かが戦っていた。その人物に背後から執行者が襲いかかろうとした時、俺は反射的にそいつを庇って背をあわせた。
言葉を交わす事もなく、俺はそこに居るのが誰なのか判った。黒い髪を揺らし、漆黒の魔剣を握るその勇者は少しだけ俺へと振り返り、一瞬視線を交わす。
「ゲルト!? 何やってんだ、こんな所で!!」
「……ナツル? 詳しい話は後です! 手を貸してもらえませんか!? リリアを奪取します!!」
一体何がどうなっているのか。わけがわからないが、俺たちを取り囲む敵たちとゲルト、俺がどちらを優先して信じるのかなんてことは決まっている。
強く頷き、拳を構えた。執行者たちはまさかの増援の到着に怯み、一瞬後退する。その瞬間、マルドゥークとアイオーンの放った魔法が炸裂し、礼拝堂の長椅子ごと爆風が敵を吹き飛ばした。
「マルドゥーク! アイオーン!!」
「……ああ、くそっ! やってしまった……!! こうなってしまったらもう、とことん真偽を見極めてやる……っ!!」
「ここでおしゃべりをしている余裕はないだろう? さあ、リリアを救いに行くんだ」
アイオーンとマルドゥークは敵の攻撃から俺とゲルトを守るように立ち塞がる。二人の事も心配だが、ちょっとやそっと襲われたくらいでやられる二人ではないだろう。
ゲルトの手を引き、地下へと向かう通路を走る。しかし門は閉じられどうにもこじ開ける事も無理そうだった。レーヴァテインでぶっ壊そうか悩んでいると、背後から手を伸ばしたブレイドが空間魔法で道を作り出す。
「こっちでいいんだろ? 案内してくれれば、道は作ってやる! 急ぐぞ、ニーチャン!」
本当に便利な能力だ。三人で地下へと進む道を駆け下りて行く。扉は全てブレイドが文字通り筒抜けにし、すぐに封印室に辿り着く事が出来た。
「リリアッ!!」
扉を開け放つ。しかしそこには既にリリアの姿はなかった。代わりに立っていたのはハムラビとかいう俺たちを呼び込んだ司祭だった。
突然俺たちが部屋に飛び込んできたのにも関わらず、司祭は全く動じる様子も無い。むしろ笑みを湛え、ゆっくりと俺たちへと振り返った。
「これはこれは……どうしたことですか? 一体なんの騒動です?」
「……ハムラビ、リリアを何処にやった?」
「質問しているのは私ですよ、救世主……」
「うるせえっ!! リリアを何処にやったのか訊いてんだっ!! てめえに質問する権利なんてねえんだよっ!! とっとと答えろ小太り野郎がっ!!」
突然の怒声にゲルトもブレイドも、勿論俺自身も驚いていた。ついここに来るまで、冷静で居られたはずなのに。
でももう、リリアを封印しようとしていた魔方陣と鎖を見た瞬間急激にはらわたが煮えくり返るような気持ちが湧き上がってきた。こんなじめじめした場所に女の子を鎖に縛り付けて封印するなど、正気の沙汰ではない。
何が司祭だ。コソコソ女王暗殺なんてセコいマネしか出来やしねえくせに、何偉そうに話しているんだこいつは。リリアを隠しやがって、話も違いすぎる。
「いいから喋ってくだばってろよてめえ……。さっさと答えろ! リリアをどこにやった!!」
「……ふん、新しい救世主は口の利き方がなって居ないらしいですね。リリア・ライトフィールドならば、術を発動していた執行者を殺してとっくにここから脱出しましたよ。今は追撃部隊が追っているはずです」
「嘘だな」
即答した。こいつが何を言っているのかさっぱりわからないが、とにかく嘘に違いなかった。
「何故そういえるのです? 証拠は?」
「ない。だが、信じている。リリアはそんな事をする子じゃない。信じているから、信じたいから……証拠も理由も意味も知った事かよ」
拳を構え、魔力を収束する。そう、リリアはそんなことはしない。だったらしたのはこいつらの方だ。何かこいつらがしたって、リリアは人殺しなんてしない。
目の前で人が死ねば一々落ち込んで人知れず泣くような馬鹿な勇者なんだ、あいつは。だからそんな事をするはずがない。暴走だってしない。ロギアは悪いやつじゃなかった。あいつが目覚めたなら、もうリリアは人殺しなんてしない――!
「逆に墓穴を掘ったな、司祭。リリアをどうしたのか知らないが、その嘘があんたらの不審さを強く後押ししてくれた。早く本当の事を言えよ。でなきゃ力ずくで吐かせてやる」
司祭はついに表情を変えた。余りにも俺が一方的にリリアを信じ、大聖堂を信じないのだからそういう顔にもなるだろう。自分でも滅茶苦茶を言っているのはわかっている。それでも……。
この不確かな世界の中で、自分の信じたいもの、守りたいものくらい、俺が好き勝手に決めていいだろう? 世界全てを守ってやる義理も、理由もない。
リリアを救う為に他の何かと戦わなければならないのならば、俺は魔王にだってなってやる。一歩一歩司祭に歩み寄ると、ハムラビは溜息を漏らして聖書を手にした。
「仕方の無い人だ……。やれやれ、確かに私は嘘をつきました。リリアは、忌々しいあの暗黒騎士に奪われたのです」
「暗黒騎士……?」
「ええ。まあ、それももうどうでも良いことでしょう。ここまで立派に大聖堂に攻め入れば、お前たちの反逆は最早疑うまでも無い……。大聖堂に逆らい、国を転覆させようとした貴様ら謀反者を殺したところで、女王も騒ぎはしないだろう」
男が聖書を翳す。するとそこから眩い光が溢れ、男の身体を包み込んで行く。
眩しすぎるその輝きに手を翳し、堪える。薄っすらと光の中で凝らした瞳が捉えたのは、変色し変形していく男の身体だった。
ハムラビと名乗っていた神官の身体は激しくうねり、まるで粘土のようにぐねぐねと変形する。そうしてやがてたった一つの丸い塊に変化し、もはやそれは人間の形をしていたとは信じがたい。
球体にぼんやりと術式が浮かび上がり、背後で扉が閉じる音が響き渡った。大地に刻まれた魔方陣が光を放ち、男の身体は一つの化物へと変化した。
そこに神父の面影は既に無かった。神父は巨大な牛のような怪物へと姿を変えていたのだ。二本足で俺たちへと歩み寄り、前のめりの姿勢で四つある角を振るうように、頭を揺さぶりながら大地を足で叩く。
魔方陣から飛び出してきたのは巨大な鉄槌だった。それを両手で構え、男は口から白い息を吐きながらゆっくりと迫ってくる。見た事の無い状態の化物と化したそれに思わず後退する。
「ニーチャン、なんだありゃ!? 司祭が魔物になったぞ!?」
「知るか……。しかし、なんだかやばそうだな……」
感じる魔力が普通ではない。特に何をするでもなく普通に歩いているだけだというのに、常に殺気めいた物が全身へと突き刺さる。背後の扉をブレイドが開けようとしてみたが、物理的にも魔術的にも開く事はなかった。
意を決したゲルトが魔剣を構える。俺も溜息を漏らし、拳を構えた。もうこいつを倒すしかない。何となくそれだけはわかる。
『救世主ナツル……。貴方はこの地下で朽ち果てて行くのです。国の反逆者としての汚名を被せられたまま、誰にも真実を知られる事も無く……』
「……差し詰め、ミノタウロス、という所ですか。伝説上の魔獣と合間見える事になろうとは……っ!」
「ううー、しかも大聖堂の司祭、だもんなあ……っ!! 仕方ねえ、上等じゃねーか! やってやる……くそうっ!!」
二人が武器を構えて前に出る。俺もそれに続き、鉄槌を振り上げるミノタウロスに向かって真っ直ぐに駆け出した――。
⇒裏切りの日(1)
初撃、鉄槌は大きく空振り大地に突き刺さった。その衝撃は三人を同時に転倒させる。三人とも、ただ大地が揺れて足を縺れさせたわけではない。大地を打った鉄槌には、どうやらそういう術式が込められてらしい。
転んでもしばらく両足は動かない。倒れたまま、一番近い位置に居たゲルトへミノタウロスは身体を回転させ、下段から打ち出すように槌をゲルトに叩き込んだ。
魔剣でそれを受け、障壁で防御もした。しかしゲルトの身体はピンボールのように天井へ激しく叩きつけられ、天井は亀裂が走りみしりと体中が軋む音を立てた。角の魔獣は振り返り、槌を振るう。
巨体に似合わず振り回す槌は恐ろしく早い。それは竜巻のように狭い空間内に風を巻き起こし、俺たちは全員吹き飛ばされた。風に煽られて再び体勢を狂わせる俺たち目掛け、牛は雄叫びを上げて突進する。
かろうじてそれを回避すると、牛は壁を角で鋭く貫き、岩の壁引き剥がし、頭を使って投げつける。岩の塊を俺が蹴り砕き、その背後からブレイドが弓矢を構え、一撃を放つ。
光の矢はミノタウロスに直撃したが、何の防御動作も取らないその怪物の前に砕けて散った。あまりの防御障壁の硬さに唖然とする三人は一度後退し、体勢を立て直す。
「弓きかねえっ!! 何あの障壁!?」
「貫通効果のある攻撃じゃないとかすり傷も与えられないか……。大丈夫か、ゲルト?」
「……なん、とか……。ですが、もう一度受ければ意識を保っていられる自信は……」
たった一度の接触で三人とも息が上がっていた。それだけミノタウロスは早く、強く、硬い。その屈強な肉体が元々は司祭の太った体だとは誰にも思えないだろう。
「二人とも、障壁貫通効果のある技は持ってるか?」
「んんー、武器にもよるなあ。まあ、数打てばなんとかなるかな」
「こうなってしまっては並の攻撃は通じないでしょう。全員同時に、仕掛け、滅多打ちにして倒しましょう」
「かなり強引な作戦だな……いや、最早作戦と呼べるのかそれは」
「手段を選んでいる場合ではないでしょう? 時間をかければ追い詰められるのはこっちの方です……」
確かにゲルトの言う通り、悔しいがあの司祭の力は普通じゃない。最早魔物そのものに成り下がったと言って良いだろう。
リリア以上の怪力に、アクセル並の速さで、グリーヴァ並の不死身っぷりだ。今まで戦ってきた連中の誰よりも化物染みている。いや、もう化物か。
とにかく倒さない事には話が進まない。長期戦になれば体力的に劣るこちらが不利。ゲルトも負傷しているし、全員あの一撃を食らえば万策尽きる。
「やるしかない、か……!」
三人で頷く。再びミノタウロスが角から突っ込んでくる中、中心に立って俺はあえてそれに身構える。二人は左右に回り込む中、両手両足に全身全霊、ありったけの魔力を込めた。
湧き上がる光が体中だけではなく部屋全体を包み込んで行く中、角で俺の身体を貫こうと迫ってくる怪物のそれを両手で掴み、力を振り絞って受け止める。
「――――んの、野郎ぉおおおおおおおおっ!!」
勿論ミノタウロスを止める事は出来なかった。だが、それでも構わない。引き摺られながら、部屋の反対側の壁付近まで移動しつつ、壁にたたきつけられても俺はその角を離さなかった。
化物と力比べをする事になろうとは考えた事もなかったが、とにかく今は停止させるしかない。歯を食いしばり、骨と筋肉が軋むくらい力を込め、一気に押し返す。
「止まったな……! くらええっ!!」
ブレイドが空間魔法を発動し、両手に斧を二対装備する。空中からミノタウロスへと背後から襲い掛かり、斧を突き刺した状態のまま、直ぐに次の武器を取り出す。
「うおおおおっ!!」
剣で切り裂き、槍を突き刺し、連続で踊るように武器を突き刺して行く。最期に鎖に杭のようなものが付着した不思議な武器を取り出し、壁にそれを突き刺し、ミノタウロスの武器をくるりとくくりつけ大地に穿つ。
流石に連続で攻撃を受け危険を感じたのか、ミノタウロスは俺を頭にくっつけたまま大きく頭を振り回して振り返る。しかし鎖はただ壁に杭が少し打たれているだけだというのに、ミノタウロスの怪力にも応じない。
空中へ投げ出される俺と後退するブレイドと擦れ違い、花弁を舞い散らせながらゲルトが前へ出る。花吹雪に紛れるようにして姿を消したゲルトは次の瞬間ミノタウロスの腹部を切り裂いていた。
渦巻く花の中でゲルトは何度も何度もミノタウロスを滅多切りにする。滅茶苦茶にこれでもかというくらい斬られているのに、ミノタウロスは倒れる気配がない。
「渦巻く闇の花弁……! はあっ!!」
削岩機のように全てを木っ端微塵に砕く必殺の突きを、ミノタウロスは片手で受け止めていた。剣は引き抜く事も出来ず、がっしりとミノタウロスにつかまれている。ゲルトが目を見開き、しまったと感じた瞬間、ブレイドが弓矢を放っていた。
ブレイドの放った矢はミノタウロスの瞳を的確に貫いた。しかしそれでも奴は魔剣を放さなかった。ブレイドに目配せし、俺はブレイドが召喚した剣を空中に投げ出し、それを魔力を込めて蹴り飛ばした。
鋭い矢のように放たれた大剣がミノタウロスの腕に突き刺さった瞬間、ゲルトはそれを力いっぱいに引き抜いた。左右に魔剣の二刀流を備えたゲルトはその場で跳躍し、思い切り敵を切りつける。
血飛沫が舞い散る中、ゲルトは剣を携えて後退した。あれだけ連続で攻撃を浴びせたのだから少しくらい怯むかと思いきや、奴は全く倒れる様子もなく歩み寄ってくる。
「ば、ばけものですか……っ」
「見ればわかるだろ、化物だ化物……」
「うがー!! 何であれで死なねーんだよっ!!」
三人してたじろいでいると、ミノタウロスは鼻息荒く笑った。そうして壁に繋がれていた槌をようやく引き抜き、俺たちに向けて構える。
『無駄な事だ……。私は神を敬愛を受けている。ヨト神に授かりしこの神の力、人間風情に破れる等とは思わぬ事だ……』
「ヨト神から授かった力、だと? その姿のどこが神の力なんだよ。鏡を見て出直してきたほうがいいぜ、魔物が」
『神の使徒と魔物の区別もつかぬとはつくづく哀れな救世主ですね。だが、それももう終わりだ……。無駄な抵抗をすれば、苦しむだけですよ』
言いたい事を言いたいだけ言って牛は雄たけびを上げる。三対一……それにこっちは全員相当な腕の持ち主だというのに、どうしてこうまでも倒せないのか。
頑丈すぎる。それこそ正に神の守護でも受けているかのようにしか思えない。思わず歯軋りする。一体どうすればいい……。
「……わたしのフレグランスに、リインフォース並の力があればよかったのですが……」
「……絶対障壁貫通能力を持つ聖剣、リインフォースか……。そんな都合のいい反則武器、手元にあるわけもないしな」
ふと、思い出す。いつだったか、同じようにリインフォースの力を必要としたシチュエーションがあった。
その時はどうしただろうか。確か、一人では不可能だった。どうやって作ったのか。危機的状況下である事実が思考を鈍らせる。兎に角今は、やれるだけやるしかない……。
「ああもう、しょうがねえなあ……本気出すか、本気……!」
ブレイドの一言で俺たちは苦笑した。そうだな、本気を出そう。こんなところで時間を潰している場合じゃない。リリアを追わねばならないのだから。
「そんなわけだ……。ナナシ、少し本気を出すぞ」
「構わないのですか?」
「一瞬でいい。攻撃する瞬間だけ第二封印――お前の方のセーブを解いてくれ。直ぐに封じれば問題ないだろ」
「……中々難しい事を平然とおっしゃりますね。まあ良いでしょう……ワタクシも手を貸しましょう」
頷き、両手を合わせて魔力を込める。ブレイドは大地に手を当て、空間魔法を使用した。
「開け、盗賊王の城……!!」
ずらりと、大地から現れたのは巨大な砲台だった。全てが一斉に砲弾を吐き出し、爆風がミノタウロスの姿を一瞬で覆い隠す。その瞬間、俺とゲルトは駆け出していた。
ミノタウロスは砲弾で怯みつつも、真っ直ぐに走ってくる。しかし白い煙の中から突然現れたのは、分厚く屈強な城壁の一部だった。
ブレイドが召喚した壁に激突し、怯むミノタウロス。瞬間、消え去った壁の向こうからゲルトが現れ、剣を両手に構え、身体を低く構える。
「リリアの見よう見まねですが……。連続暗黒剣! はあっ!!」
剣先から放つ魔力を加速装置に、ゲルトはその場で回転しながら跳躍する。リリアの力技を真似た強引な剣でまるで回転する一陣の風のようになり、魔獣を滅多斬る。
着地と同時にゲルトが突き刺したフレグランスを背後から突っ込んで蹴り飛ばす。魔獣を貫通して向こうの壁に魔剣が突き刺さると同時に、俺は自らの足に魔力を込めた。
「神討つ一枝の魔剣我はその力を担う――」
普段なら片足に構築するだけで精一杯だった。だが今この瞬間だけ、一瞬。魔力の全てを解き放つ。両足へと全ての力が流れ込み、弾けるような雷が大気を鳴かせる。
「うおおおおおおっ!!」
ウルスラグナは通常、一発放てばそれで全身の魔力を使いきってしまう大技だ。しかし今は通常時の何倍もの魔力を練る事が出来る。それはコントロール未熟な自分自身の身体をも焼き、引き裂きながらも繰り出される。
一撃、ニ撃、三撃四撃。連続で身体を捻りながらウルスラグナを放ち、これでもかという程に力を込め、魔獣の身体を打ちつける。屈んだ姿勢から一気に顎を真上に蹴り上げ、自らの腕にこの空間にある魔力全てを込めるように、目を閉じる――。
脳裏に浮かぶ物は様々な思い。リリアのリインフォースなら、この魔物を打ち払えるだろうか。それよりも勝るメリーベルの生み出した剣ならば、この魔物を滅せるであろうか。
心の中に思い描く倒す為に必要なプロセス。救世主ならば、英雄の神ならば。この程度の魔獣程度に負けているわけにはいかない。そう、だから――。
「ナタル・ナハ……あんたが俺と同じなら、力を貸してくれ――!!」
至近距離で拳を牛の腹に叩き付ける。刹那、雷撃が迸り、身体が吹っ飛ばされそうなその衝撃を真正面に、拳に、指先に収束し、その鋼のような身体を、討ち抜く――っ!!
拳の先から現れたのは巨大な刃だった。魔力で形成された雷の紋章の剣。それは音を立て、出現したと同時にその身体を貫いて吹き飛ばす。その刃が現れたのは一瞬だけで、次の瞬間には光に溶けて消えてしまった。
しかしその剣が貫いた敵の傷は確かに残り続ける。胸を穿たれた牛の獣は悲鳴を上げながら背後へと倒れ、光の中でのた打ち回る。
『馬鹿、な……。神の力を得た、使徒が敗北する事など……ありえ……在り得ぬ……っ!!』
「…………馬鹿はお前だ。その神様だって倒すのが救世主だろうが」
『ぬ……! があああああああっ!!』
司祭は光になって消えて行く。断末魔の叫びを聞きながら、俺は目を閉じて息をつく。痺れて感覚の無い右手を、ぎゅっと握り締めながら……。