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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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裏切りの日(2)

「「「 帰りたくないぃ? 」」」


八が夕飯の支度をしている間に、俺とブレイドとマルドゥーク、三人声を揃えて叫んでしまった。

とりあえずアリア姫は無事だった。怪我一つないし、むしろここに誘拐されてよかったと思っているくらいだという。その結果が上のセリフに繋がるのであった。


「そ、帰りたくない!」


「ひ、姫……それは、どういう……?」


動揺していたのはマルドゥークだ。救助に来たメンバーの中で一番アリアを心配していたのだ、当然だろう。しかし当の本人は彼の気持ちなど知ったことではない。

腕を組み、そっぽを向くアリア。城の中に閉じ込められていたアリアにとって、この広大なアンダーグラウンドシティは興味深い物だったのかも知れない。元々脱走を繰り返していたくらいなのだ、まあその気持ちはわからないでもない。

しかし、アリアを連れ帰る事が俺たちの任務であり、はいそうですかとアリアを放置していくわけにもいかない。だからといって強引に連れ帰るというのもどうかと思う。困り果てて溜息を漏らすと、アリアは俺たちに向き合って言った。


「この街の人たちを見た? 皆クィリアダリアに住む場所を追われて仕方がなくここに住んでるの。それなのに、ここの子供たちは皆前向きで明るくて……兎に角、アリアは帰りたくない! もっとここで皆の手伝いがしたいの!」


「そんな、こんな闇都市の人間の手伝いなど……!」


「だーかーらー! そういう差別思想が国を汚しているのよマルドゥーク!! ここの人たちとちゃんと話したの!? 悪い人なんかいないんだからっ!!」


「し、しかし……。ここは無法者の集落で……」


結局この二人の主張は全くかみ合う事はなく、その後俺が八から話を聞いている間もマルドゥークは姫と話を続けていた。

元老院の野望とかなんかそういう大事そうな話をしている横で、マルドゥークに襲い掛かるアリア姫の叫び声がずっと聞こえていたのは内緒である。

何はともあれそんなわけで、マルドゥークは姫様にぼこぼこにされて部屋から出てきた。同席していたブレイドも何やら半笑い状態で俺から視線を反らす。

どうやら説得は失敗したらしい。激しく落ち込んだ様子で肩を落としている神官に溜息を漏らす。さて、いよいよどうしたものか……。

リリアを解放してもらうにはアリアを連れ帰らねばならない。しかしアリアは帰りたくないという。この街の人々が悪いやつだとは言い切れないが、クィリアダリアを追われた犯罪者の町だとすれば、大聖堂に報告すればどうなるかは火を見るより明らかで。

つまり八方塞だ。全てを生かす方法はもうないと言えるだろう。自分にとって優先すべきもの……それを優先しなければならない。

こういう方法は取りたくなかったが、仕方が無い。俺は一人で勝手に決意し、部屋の中に入る。アリアは部屋の隅っこに立って枕やら何やらを俺にホイホイ投げつけてきた。


「アリア、悪いがお前の我侭に付き合っている時間はないんだ」


「何よ!! 救世主だからって、王女であるアリアにそんなこと言う資格あるわけ!?」


「資格とかそういう事じゃない。俺の目的の妨げに成る行為をとるなら、俺はお前を強引にでも連れて帰らねばならないんだよ」


こっちはリリアの処分がかかってるんだ、こんなところで子供の我侭に付き合っている場合じゃない。そうでなくとも時間をかけすぎているのだ、出来るだけ急がねば。

アリアの投げつける物を片手で弾き飛ばし、首根っ子を掴んで持ち上げる。じたばた暴れるアリアを掴んだまま部屋を出ると、俺の前にマルドゥークが立ち塞がった。


「待て! アリア様が……アリア様が、どうしてもここに残りたいというのならば……私はそのご意思を尊重したいと思う」


一番お堅いはずの奴が言い出した言葉に流石に驚かずには居られなかった。しかしマルドゥーク本人も苦渋の決断だったのだろう。顔色は決してよくはなかった。


「勿論この場所を認めたわけでも、任務を放棄するわけでもない……。だが、アリア様は……アリア様は、国を……世界を背負っていつかは立たねば成らないお方なのだ。その姫がこの街の人々を救いたいというのであれば……私は、その姫の気持ちに応えたい」


「正気か? ブレイド盗賊団、だぞ? 盗賊団、だ。仕切っているのが盗賊の町に、一国の王女を置き去りにするつもりか?」


それは別に八やブレイドの事を非難しているわけではない。ただ客観的な事実として、それは問わねばならないことだ。

マルドゥークの立場や、俺たちの任務……そうしたものを考えれば、当然の事だと言える。だから誰も言い返すことはしなかった。マルドゥーク本人、ただ一人を除けば。


「……私は正直、元老院の話も半信半疑だ。女王との仲がよくないのは事実だが、だからといって暗殺に乗り出すほど急ぐ理由も解せない。ナツル、私は一度大聖堂に戻り、ことの真相を問いただしたいと思う」


「お前、それは……」


「わかっている。もし事実ならば、私の命は無いかもしれない。だが、それでも……。それでも、なのだ」


騎士はじっと、俺の腕からぶら下がった猫みたいな状態の姫を見つめる。そうして目を閉じ、今度は迷いの無い眼差しを浮かべた。


「私はずっと、女王陛下に仕えてきた聖騎士だ。もしその話が事実だとしたら……否。僅かでも危険性があるのであれば、アリア様をそれに晒すことは避けねばならない。女王の身に危険が迫っているというのであれば、私はそれを取り除かねばならない」


「それが聖騎士としての役割だから、か?」


「……その通りだ。勿論、それだけではない。私情も混じっていると言えるだろう。本音を言えば、信じたくは無い。だが――それでも、だ」


俺がアリアを降ろすと、マルドゥークはアリアの前に跪く。そうしてその小さな手を取り、にっこりと微笑んだ。


「戦争など民は望んで居ない……。我々聖騎士団の力は、何かを守る為の物だと私は信じています。だからこそ、姫……貴方はここに残って下さい」


「……マル。ほんとにいいの?」


「勿論です。マリア様の安否も、私が確かめて参ります。八とやら」


マルドゥークの騎士道精神たっぷりな動作に何やらうんざりした様子の八。肩を竦めながら呼び声に応える。


「しばしの間、姫様を預けても良いか? 貴様を信じるわけではないが……やはり、適任は貴様なのだろう。それにもし元老院の話が事実なら、貴様は姫を守ってくれた事になる」


マルドゥークは眉を潜め、それから意を決して頭を下げた。それは全員驚いた。プライドの高い聖騎士が――しかもその副団長ともあろう人間が、落ちぶれた盗賊に頭を下げたのだから。


「どういうつもりですかい?」


「姫様の目は硝子よりも透き通っておられる。確かにこの街の人間と私は言葉を交わしたわけではなく、そして貴様は恩人でもあるのだ。貴様に全てを譲り、全面的にこちらの非を認める事は出来ないし、当然貴様らの存在を認める事も出来ない。だが、礼は礼……少なくとも私はそう思う事にした」


「マル……」


「勿論、これは私の我侭だ。だから、貴様らに迷惑をかける事になる……。だが、それでも私は……」


マルドゥークの申し訳なさそうな表情に溜息を漏らす。まあ、そこまで言われては仕方が無い。俺も……できれば強引なやり方などしたくはない。

そもそも、大聖堂のやり口は気に入らなかった。真実を確かめるためにも、一度連中に発破をかける必要はあるのかもしれない。


「……わかったよ。大聖堂に戻ろう。真実を確かめるんだ」


皆で頷く。そう、兎に角このままにしておくってわけにはいかないんだ。

確かめなければ。そうでなければもう前には進めない。だから確かめに行く……。だが、俺はその時気づいていなかった。

俺たちの中、ただ一人。紅い髪の女だけが、浮かない表情で視線を反らしていた事に……。



⇒裏切りの日(2)



「もう、走れない……」


朝が近づく中、リリアは草原の真っ只中で膝をつき、そう漏らした。

フェンリルと共に逃亡し、草原を駆け回って数時間。その間魔力を放出し続け、ずっと高速で動き回っていた所為もあり、リリアは完全に息が上がっていた。

追っ手である執行者たちも、アクセルの姿も見えなくなった。しかしどこまでもどこまでも続く、膨大な大陸の陸路をひたすらに街を迂回して走り続け、自分たちがどの辺りに居るのか、それさえもリリアはわからなくなっていた。

泥に塗れ、埃に塗れ、汗に塗れ、疲労困憊し剣を支えにやっと立ち上がるリリアとは対照的にフェンリルは涼しげに振り返る。

あれだけの膨大な量の魔力を放出しておいて尚、フェンリルは余裕の様子だった。リリアはただ、もう何がなんだかわからないまま我武者羅に走り続け、気づけば両足が動かない。

ただただ疲れ果て、何もかもがどうでもよくなってきた。考える事を放棄した頭のまま、ただばったりとその場に倒れこむ。

リインフォースを視界に入れたまま、リリアはずっと様々な事を考えていた。どうしてこんな事になってしまうのだろう? 疑念と行き場の無い悲しみだけが頭のなかでリフレインする。

罅割れた刀身に映し出される自らの顔。浮かない表情。ただ溜息を漏らし、そっと目を閉じる。


『諦めたのか?』


フェンリルの問い掛けの声にも答えない。そんな気力はもう残っていなかった。

大切な友人に追われ、帰る場所さえなくなった。自分を助ける為に出て行った夏流たちも、この事実を知ればきっと自分を見損なうだろう。

様々な考えに取り付かれ、ただ疲れていた。足音が近づき、リリアの腕を掴み、フェンリルは強引にリリアを立たせる。


『立ち上がれ。じっとしていれば追いつかれる』


「……ほっといて、ください……。もう、どうでもいい……。疲れ……ました」


手を離すフェンリル。リリアはようやく静かになった世界の中、目を閉じた。兎に角眠たかった。眠ってしまいたい。それでも聖剣は朝日を移しこみ、眩く輝いてリリアの目をこじ開けさせる。

風が吹きぬけ、それと同時に草木を揺らして行く。その漣にも似た音に囲まれ、少女はぼんやりと剣に移った朝焼けを見つめた。


『立て。立って歩け』


「……無理です。もう、いいです……。リリアに構わないでください……」


『…………』


フェンリルは暫く黙ってその場に立ち尽くしていた。しかしリリアがもう一度目を閉じようとした時、その小さな身体を両手で抱き上げた。

リリアが驚いていると、フェンリルはリインフォースを引き抜き、リリアを抱えて歩き出す。その不思議な情景に、リリアはただポカンを口をあけて顔を赤らめていた。


「な、何してるんですか?」


『……お前をここで見殺しにするわけにはいかない』


「……リリアは、貴方の敵なんですよ……?」


『その壁は誰が決めた』


フェンリルの問い掛けにリリアは応えられなかった。ただ目を細め、朝焼けの景色に目をやる。


『敵だの、味方だの……。そんなものは主義主張によって異なる。厳密な意味ではこの世に正義も悪も存在しない。あるのはただ人の心と、決め付ける意思だけだ』


「…………」


『オレは……戦争で沢山の命を奪った。数え切れないほどの命だ。倒したのは魔物だけではない。ザックブルムの兵士を、目に付くあたり殺しまわった。その時俺は、何も考えてはいなかった。何も考えないまま……そう、聖騎士として当たり前だと信じて戦った』


魔王は悪魔の化身。魔王は神を冒涜する存在。故にその軍勢は全てが悪に染まった悪鬼羅刹の群集であり、全て打ち滅ぼして然るべき――。大聖堂は世界中の人々に言った。それは、崇高な目的を持った聖戦だった。

悪魔から世界を守る戦争……しかしその実、蓋を開けてみればそこにあったのはなんでもない、ただの人と人との醜い争いだった。ただ主張と主義が異なり、信じるものが違っただけ――。相手は魔物でもなければ悪魔でもなく、ただ人間だった。


『正しいと信じていられる内は、まだよかった。だが戦えば戦うほど、返り血を浴びれば浴びるほど、わからなくなっていく。自らの信じる神というものが、本当に正義なのか……。わからなくなっても、それでも殺した。何故だかわかるか?』


「……どうして、ですか?」


『もうそれ以外の生き方が見つからなかったから、だ。そうして戦う以外に、もう自分のあるべき姿はないと思い込んだ。自分が正義である事を疑いながらも、それ以外の道を模索する事を諦め……ただ、目を閉じた』


もしも――。もしも、あの戦争の最中、自らが別の道を選んでいたらと思い返す事がある。

過去があるからこそ今があり、今があるからこそ未来は続いている。それはわかっている。でも、今の自分の全てが正しいのだと、何を根拠に信じられるというのか。

そしてそれが信じられないというのであれば――自分は何をよりどころにして生きて行けばいいのか。何を目指し、何の為に……。


『諦めた瞬間、オレの人生は英雄……大量殺戮者として確定した。諦めこそ自らの未来を閉ざし、決められた誰かのレールの上を歩く行為だ。諦めればもう手段は何もなくなる。自らの進路を、他人に託す事になる……』


「…………あのう? もしかして……その、リリアを励ましてるんですか?」


『……そういう事になるのかも知れんな』


フェンリルはそれだけ呟き、あとはもう何も口にしなかった。リリアも同様に何も口にせず、ただ朝焼けを眺めていた。

そうしてどれくらい歩き続けたか。時間の流れも分からずに、日が昇り切った頃、リリアはフェンリルに問い掛けた。


「今でも、後悔……してるんですよね?」


ふと、フェンリルが足を止めてリリアを見やる。少女は男の腕から降りると自らの手でしっかりとリインフォースを握り締めた。


「どうしてリリアに親切にしてくれるんですか?」


男はリリアと向かい合い、何も答えない。ただじっと勇者の目を見つめ、黙り込む。


「もし、誰かの敷いたレールの上を歩く事が嫌になって、その過去を後悔しているのなら……。今、貴方が手にしたいと願う、自らが歩きたいと願い道は……一体何なんですか?」


男は目を閉じ、それから草原を見渡す。腰から下げた剣の柄に片手を当て、風を受けて髪を靡かせる。


『オレの歩く道は、今でも昔と変わらない。やはり誰かに敷かれた、レールの上なのだろう』


そうしてゆっくりと息をつき、それから空を見上げる。


『だがそれでも、オレは……後悔しながらでも、この道を往くと決めた。この道を敷いてくれたのは、一人ではない。フェイトやゲイン、そしてあの時代を共に戦った全てがオレの道となっている』


「だから……立ち止まれない?」


『……そうだ。ここで止めてしまえば、それこそ過去の全てを否定する事になってしまう。それは、フェイトやゲイン……仲間への裏切りに等しい。オレたちは別々の道を選んだ。もう、交わる事は無いかもしれない。それでも今の自分を……たとえどんな自分でも、信じる事。それが、仲間と自分を繋げている、唯一の架け橋だ』


風を受け、暫く男はそうして遠くを眺めていた。流れる白い雲、青空、眩しい光、漣のような草木の音色……。紅いマントを棚引かせ、騎士は黙って空を仰ぎ見る。それは、遠い日の彼と何一つ変わる事は無い。

まだ若く理想に燃えていた自分も、信じるべき正義を見失い、迷った自分も。今こうして、リリアの隣を歩く自分も、そのリリアと剣を交える自分も……矛盾する全てさえ、それは自分自身。


『……オレの話など聞いてどうする? お前には、関係のない事ではなかったのか?』


「……関係、ないですけど……。でも……うん、安心したかったのかも知れない」


『……安心?』


勇者は頷き、それからリインフォースを握り締め、フェンリルを見据える。


「私のお父さんの仲間だった人だから……。だから、本当は信じたくなかった。貴方がただ、何も考えずに暴力を振るうだけの人だなんて」


『暴力に善悪などない。力はただ力……だ。抱いた憎しみを抑える必要は無い。恨むのならば、恨む事が自然なのだ』


「うん。だから別に、貴方を許したわけじゃないよ。今でもゲルトちゃんにしたことや、リリアの仲間にした事……全部許したりなんか出来ないよ。そういう気持ちは捨てられないし、捨てるようなものじゃないと思う。でも……」


目を閉じ、風を受けて考える。それでも……それでも、それはいいのではないか。今ではそんな風に思える。

信じられない気持ちも、愛せない気持ちも、許せない気持ちも、自分の中にあるわだかまり全てが、本当は自然で、無駄なことなんて一つとしてない、大切な気持ちだから。

その心に嘘はつけない。人は疑い、そして愛せない物だから。それでも一生懸命に信じようと、愛そうと、ただただ無為だとわかっていても努力する事が……自分のその道を信じる事が、真に美しい行いなのだから。

己の中にある迷いを否定してはいけない。大切な人を信じられなかったとしても、その迷いを抱えてそばを歩かねばならない。それはお互いの身体を棘で傷付けあうような、辛いやり方だろう。しかし、それならば……何一つ、嘘など要らない。


「でもね、ホントは誰も憎みたくなんかないんだ。誰も、裏切ったりしたくない。ホントは、みんなみんな笑ってられたらいいなって思う。憎しみも疑心も消せないけど、でも少しずつ歩み寄る事は出来る。相手を知る事は出来る……。それって当たり前だけど、凄く素敵なことだと思うから。だから――」


フェンリルにリインフォースを向け、リリアは微笑んだ。


「貴方はいつか、ぜったいぜーったい、リリアがやっつけます。憎しみも恨みも、ぜーったいいつか、晴らします。だけど……ただ憎んで、ただ否定する事は、もうやめます」


『……受け入れるというのか? このオレを』


「受け入れられるかはわからない。それは貴方次第だから。でも、そうするための努力を止めたくは無いから。だから、いっぱい我慢して、いっぱい辛い思いして、それでも諦めたくないから……」


剣を降ろし、青空を見上げる。仲間と戦う事になった事、追われる事になった事……。信じられなかった、夏流の事。でもそういう気持ちは嘘では誤魔化せないから。

少しずつ歩み寄りたい。遠く離れてしまっても、その気持ちは薄れる事はなくむしろ強くなる一方だから。だからこそ、悲しくて、辛くて、それでも諦めずにいられる。


「……ちゃんと話せば、きっと分かり合える。分かり合えないかも知れないけど、それはとても難しいかも知れないけど、でも、それでもそう信じたいんです。自分が信じたいと、そう覚悟して決めた事ならば……きっと私は、その結果を受け入れられると思うから」


リリアの微笑を見て、フェンリルは歩き出す。おいていかれまいとそれについていくリリアに、フェンリルは溜息交じりに言った。


『成る程な……。ちゃんと、あの人の娘だ』


「ほえ? どういう意味ですか?」


『そのままの意味だ。その破天荒な偽善……フェイトそっくりだよ』


「そ、そうなんですか?」


『ああ、そうだ。嫌なところばかり、意味もなく似る――』


そうして二人は肩を並べて歩き出した。しばらく草原を行き、リリアはフェンリルを見上げる。


「それじゃあ、貴方に勝ちたいのでどうやったら勝てるか教えてください」


『……馬鹿か。教えるわけあるか』


「ハンデだと思えばいいじゃないですか。そもそも、十年以上英雄やってる人に敵うわけないじゃないですか。子供相手に本気にならないでくださいよ」


『…………余計なお世話だ』


「いいじゃないですか! いつかぜーったい、ぜえええったい、やっつけてやりますからね!」


『上等だ。また仲間ごと返り討ちにしてやる』


「そしたら魔王モードでやっつけるもん……」


『……魔王モードって、お前……馬鹿だろう』


「うう! 直ぐに馬鹿っていうな、この犬っ!!」


『犬ではないと何度言えばわかる……この馬鹿』


二人の背中は遠ざかっていく。ただ、太陽の照らす中、青空の下、まだ諦めずに、希望を捨てないままで――。

二つの距離は絶対に近づく事はないだろう。しかしそれでも、それ以上に離れる事もない。憎しみや悲しみをそのまま受け入れた時、新しい景色が見えてくる。

少女はただ、息をして歩く。今はただその事実が、この上なく嬉しく思えたから――。


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