表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
54/126

交わる時の日(2)

「……ん、意外とアッサリ片付いたな」


大量に襲い掛かってきたガーディアンマシンの残骸を前に俺は手を叩いて腰に手を当てる。

流石に量が量だけあって苦戦したが、こっちが全滅するとかそういう状況ではなかったらしい。ブレイドもマルドゥークも充分に強い……いや、並外れた戦闘力を持っているのだ。三人揃えばこの程度の状況、特に問題ではなかった。

いかんせん疲れはしたが、ちょっとした怪我ならばマルドゥークが回復魔法で治してくれる。ブレイドの手当てを終え、マルドゥークはいよいよお目当ての機械人形に近づいた。


「やれやれ、酷い目にあったものだ……。おい、動くかどうかを確かめてみる。少し周りの警戒を頼むぞ」


「了解、了解」


振り返って周囲を見回す。しかしあれだけの数のガーディアンだ、流石にもうこれで頭打ち……だと思いたい。

ブレイドは大量に取り出していた様々な種類の武器を魔法で格納し、疲れた様子で肩を落としていた。俺たちでも疲れるんだ、十三歳のブレイドが疲れないはずもないか。


「しかし、相変わらず便利な能力だよ」


「ん? おいらにとっちゃ当たり前なんだけどな。生まれた時からこうだったし」


そういえば魔法の類は一子相伝。親から子へとその扱いと経験を継承するものだという。生まれた時から空間魔法が使えたのは、きっと先代ブレイドから術式を受け継いだからなのだろう。

ゲルトもリリアも当たり前のように魔法を使えるのに、俺は未だに魔法が一つも使えない。親から受け継ぐ物……そういわれても、魔法が使えるような非常識な親は残念ながら俺にはいないわけで。


「自分で勉強するべきなんだろうか……」


「ん? ブレイド盗賊団の一員であるニーチャンにならやり方教えてやってもいいぜ?」


「マジ?」


「おう! えっとな、こう……手の間に魔力をグアーっと集めて、グイっとこう、ドーンってやるんだ!! へへ、簡単だろ?」


うん、学園に戻ったらルーファウス先生あたりに聞いてみよう。

そんなくだらない事を考えていると、背後でマルドゥークの呼ぶ声が聞こえた。ブレイドと二人で駆け寄ると、機械人形の身体がぴくりと震える。


「動きそうなのか?」


「電源が切れていただけらしいな。魔力を補充したから、損傷がなければこれで起動するはずだ」


三人でまじまじと少女の機械を見守る。機械人形はゆっくりと目を開き、それから身体の動作を確認するように、肩、腕、指、ゆっくりと一つ一つのパーツを動かして見せる。

そうして顔を上げた少女のガラスのような瞳が俺たちを映し、人形は立ち上がろうとして……しかし起動したばかりだからか、それが出来ずに尻餅をつく。


「おおー! 動いてるよー!! こりゃ間違いなくお宝ゲットじゃん!!」


「……おはようございマス。お久しぶりです、マスター」


三人同時に目をぱちくりする。言っている意味がよく判らない。見れば少女は俺を見上げてじっと見つめているではないか。左右に立ったブレイドとマルドゥークが同時に俺を見る。


「いやいや、何もしてねーから……。えーと、あんた名前は?」


「はい。ワタシはコードネーム、白蓮はくれん……。どうやら、ワタシが眠りについてから著しく時間が流れてしまったようデス」


「白蓮? 悪いが俺は君に見覚えはないし、こんな所に来た覚えも無いんだが。君のマスターってやつは、もうとっくに死んでるんじゃないかな」


ちょっとデリカシーのない発言だったかもしれない。だがこれだけ年代ものの遺跡となれば、少なくとも主は生きていないだろう。俺と主を間違えたのは、もしかしたら生まれたばかりのヒヨコが初めて見た物を親だと思うのと同じような理屈なのか……。

またそんなくだらないことを考えていると、少女は再び立ち上がった。白い髪の、小柄な少女……服装はどこか和服チックで、その辺りに転がっている機械人形のデザインとはかなり雰囲気が異なる。

白蓮は相変わらずまだ動きなれていないという様子で、しかし俺をじっと見つめる。その瞳が動き、音を立てて眼球が輝いた。


「魔力波長の一致を確認。マスター、あなたは間違いなくワタシのマスターです」


「いや、だから俺は君のマスターじゃないんだよ」


「……いいえ。ワタシの身体に異常は見られません。マジックスキャニング能力は通常通りのポテンシャルを発揮しています。貴方は間違いなくマスター……ナタル・ナハ様です」


「「「 え? 」」」


三人同時に呟いた。そりゃ、驚きもするだろう。一体なんでまた、その名前が出てくるんだ?

ナタル・ナハ――。ヨト信仰における救世主にして英雄神。嘗ての世界に存在したと言われる、伝説上の人物である。それが実在するなんて、多分誰も思っちゃいないだろう。

だが目の前の、途方も無い時間を越えて俺たちの目の前に現れた人形は俺をナタルだという。彼女はまるで、ナタルが実在して当たり前という顔で、俺がナタルであって当然という顔で、そう呟いたのだ。

どう答えていいのかもよく判らずに途方に暮れる。ブレイドは何やら目をきらきらさせながら俺を見ていてマルドゥークは口元に手をあてシリアスな顔で考え込んでいた。俺はというと、どちらでもなく。


「……俺の名前は本城夏流だ、白蓮。お前のマスター、ナタルじゃない」


「……改名したのデスか?」


「いや、そうじゃなくて……とにかく、そのナタルってやつとは顔も格好も全然違うだろ?」


「ハイ。ですが、あなたの持つ魔力は紛れもなくナタル・ナハ様……。ワタシは覚えています。あなたが最後にワタシに下した命令を達成するのに、とてもとても長い年月がかかってしまいマシた」


そう言って白蓮は彼女がもたれかかっていた巨大な山を作っている機械人形の残骸を見上げた。そうして機械とは思えぬ、何とも言えない憂いを帯びた表情で呟く。


「任務は達成しまシタ。マスターの言う通り、戦闘用機械人形、二百二十三機――。ご覧の通り、迎撃いたしマシた」


にわかには信じられない言葉で彼女は頭を下げる。その背後に積まれた、自称二百二十三機撃墜分の残骸――。何の武器も持たない少女は、ゆっくりと顔を上げて俺に微笑みかけていた。



⇒交わる時の日(2)



「……はあ、こいつぁたまげた。まさか本当に動く機械人形を連れて戻ってくるとは……」


というのは、戻ってきた俺たちを見た八の第一声だった。何でもこのダンジョンはまだ未開の場所で、彼らも中がどうなっているのかはさっぱりわからなかったらしい。

そもそもこの地下空洞はまだ殆どの部分が未開の地。実際に何があるのかは八たちにも判らないのだ。だから彼も適当にダンジョンを見繕い、適当に俺たちを向かわせた。それで何か儲けになればそれでよし、何も無くても別に構わないつもりだったのだという。

ところがどっこい俺たちがまさかのお宝を発掘してしまった為、八とその仲間たちは大騒ぎになっていた。一先ず俺たちはアンダーグラウンドシティにまで戻り、部屋の中で落ち着いて話をする事にした。

ブレイドが別室に大量の機械部品やら発掘品を置きに行っている間、俺は八と白蓮、三人で話をしていた。マルドゥークはどうもアリアの事が心配でさっさと出て行ってしまったらしい。アイオーンと執行者たちもそっちにいるだろうから、ついでに呼んでくるように頼んでおいた。

問題はこの白蓮という機械人形だ。ナタル・ナハという名前を口にした事や、自称二百機以上の機械人形を迎撃したなど、謎が多い。さっさと引き渡してしまうのも可哀想だとは思ったが、何より本人が俺から離れたがらなかった。


「ふーむ……。こりゃまた珍しい話ですねぇ……。英雄神ナタル・ナハなら、あっしも少しは聞いた事のある有名人でさぁ。それに仕えていたという機械人形、ですかい」


「ナタルは神話上の人物だったんじゃないのか? まさか本当に神様が実在したってわけじゃないんだろう?」


「いや、何とも言えないところですわ。勿論普通ならそんな神話上の出来事や人物を実在すると信じる輩はいないでしょうね。ですが実際、一体誰が、いつ、何のために作ったのか判らない、神代の遺跡から出てきたこの子が言うんですから、全く嘘っぱちってぇ事もないでしょう」


世界の歴史が始まるよりずっと昔から存在する古代遺跡から、人々はそこに神の世界を想像した。

かつての世界で何が起き、どんな風に世界が生まれたのか――。人々はその唯一絶対の神という存在をヨト神と呼び、それに纏わる事柄を神話とした。

ナタルもその神話の登場人物であり、所謂聖書にもその活躍は記されている。ヨト神もそう、その神話の中では実在する人物だった。だが今この世界にヨトという神はいない。それは神話だから当然だと思っていた。


「まあ、この世界の全てを知っている人間なんていやしないでしょう? 過去に何があっても不思議何て事ぁありゃしませんがね。しかしこれ、いくらで売れるんですかねえ?」


「……うーん。アリアを返してもらうにはこいつはあんたにやらなきゃいけないしな……」


とりあえず状況が全くわかっていない様子の白蓮が問題だ。彼女は俺が長い間眠っていた彼女を迎えに来たのだと思い込んでいるらしく、俺たちの会話の内容がさっぱり理解出来ていない様子だった。

しかし、俺は彼女を迎えに来た彼女のマスターでもなんでもない。それに彼女はアリアの代わりに彼らに売り飛ばさねばならないわけで。とにかく俺は自分が彼女のマスターではない事を必死に説明しようとした。だが――。


「マスターは、ナタル様ではないのデスか?」


「そうなんだよ。だから、俺は君とは一緒に居られないの。そんな猫や犬とは違うんだから……」


「……しかし、あなたはナタル様と同じ魔力を持っていマス。そんな人間は、絶対に存在しないのデス。あなたは必ず、ナタル様と何らかの共通項が……」


「うーん、だからな? ナタルって奴はもうこの世界には居ないんだよ……」


一生懸命説明しているのだが、どうにも空回り感が拭えない。戸惑う俺を見て八は憎らしげに笑う。


「随分と兄さんはその嬢ちゃんに好かれてるみたいですねえ」


「ほっとけ……。ほら、白蓮? 俺じゃなくてあっちの胡散臭いおっさんに懐こうな?」


「胡散臭いって……酷いな兄さん。でもまあ、どっちみちその子を連れ帰るわけには行かないんでしょう? 兄さんの言うとおり、犬や猫とは違いやすから」


「……ああ、その通りだ。俺は正直今でも手一杯で、他の女の子の面倒なんて見ている場合じゃないし……」


「他の――というと、兄さん他に女がいるんですかい? そりゃあ連れ帰っちゃ穏やかじゃあない……。わかりやした、あっしがこの街で預かって置きやしょう」


意外な提案だった。八は何でも元々この子を売り払うつもりなどなかったのだという。機械人形は、彼らが取り扱う商品としては不十分らしい。


「元々、孤児やら行き倒れやら、そんなろくでなしが助け合って成立する町でさぁ。たとえ人間じゃなかったとしても、身売りなんて下種な真似はしたかねえんです」


「……そうか。なんかあんた……良くわかんない人だな」


肩を竦めて笑う八。しかしそうなると、俺たちは身代金に匹敵する金を彼に払う事が出来ないのでは? そう考えている俺の目の前に、部屋に入ってくるアリアたちの姿が。

八に視線を向けると、男は煙草をふかしながら椅子の上に座り、足を組んで首を横に振る。


「意地悪をして申し訳なかったですねえ、兄さん。元々あっしらは、アリアの姫さんを使ってどうこうしようだの、クィリアダリアを困らせるだの、そういうつもりは無いんでさあ」


「……どういう事だ? クィリアダリアを恨んでるんだろ?」


「恨みがあるから、やられたから……だからやり返してもいいってぇのは、ちょいとガキの理屈が過ぎる。あっしらはこれでも義賊を自負してんですわ。それにそんな事をすれば、ここに暮らしている沢山の行き場のねえ連中がお縄になっちまう。いや……掃討作戦、なんてオチでしょうからね」


確かに八の言う通り、その通りだろう。だが逆に判らなくなる。ならばどうしてそこまでして、アリアの誘拐なんて手助けしたんだ?

八は立ち上がり、それから白蓮の頭をポンと叩いて笑った。


「あっしは、子供が泣いてるのを見るのが何よりも嫌なんですわ。もう長い事この世界で生きてやすが、それだけはどうにも慣れねえ。試すような真似をしちまったが、兄さん……あんたになら教えてやってもいい。アリアの姫さんを、ここに連れ込んだ理由を」


「……理由、だと?」


「話せば長い事になるんですがねえ。まあ、その話は夕飯でも一緒に食べながらにしやしょう。皆さん、晩餐の用意を手伝ってもらえますかね?」


顔を見合わせ、頷く俺たち。すっかりここに来た時の焦燥感や緊張感のようなものは薄れてしまった。リリアの事を忘れたわけではないが、もし理由があるなら……それはちゃんと知っておかなければならないと思った。

もう少しだけ、リリアを待たせる事になる。でも、直ぐに戻って……この事件の、フェンリルの真意に触れる事が出来たなら、俺たちは……。



「リリアが……大聖堂から逃げ出した?」


ディアノイアでもリリアが大聖堂で封印処理を受けていた事を知るのは、ごく一部の人間だけだった。

勇者部隊の中でもゲルトとメリーベル程度しか知れ渡っていなかったその情報が、教師であるソウルの口から聞かされる。それは既に話が学園に伝わっている事を意味していた。

ディアノイアの校舎の中、会議室に集められた勇者部隊のメンバーに告げられる事実。リリア・ライトフィールド――白の勇者は、封印の儀式中に執行者十数名を殺害し、逃亡した、と。

勿論その場に居る誰もがそれを信じてはいなかった。しかし大聖堂から極秘に、しかし正式に通達されたその事実は疑い様もない。何かの間違いであって欲しい……拳を強く握り締め、ゲルトは顔を上げた。


「そもそも、一体どうしてリリアが封印処理なんて受ける事になったんですか!? そんなのおかしいじゃないですか!!」


「……色々と事情が複雑なんだよ、あの子は……。兎に角、大聖堂から大規模な追撃部隊が出撃しているらしい。事が事だけに、大事になる前に収集をつけたいらしいな。それで学園にもリリアの捕獲命令が出る事になった」


本来ならば生徒全員に通達すべき命令――それを態々先にゲルトたちに伝えたのはソウルの独断だった。ルール違反と言ってもなんら遜色ないその行動は、しかし生徒であるリリアが本格的に反逆者になる前に身内で処理したいという優しさでもあった。


「俺はこれからリリアを探しに行く。シャングリラに戻ってきて居ない事は既に確認済みだ。あとは手当たり次第、周辺地区の捜索になる」


「ちょ、ちょっと待ってください……! ナツルたちも戻ってきていないのに……?」


「そこまで時間がないんだ。猶予の間にリリアを捕獲できなければ、国総出で反逆者として追う事になる……。奴らは今、北方大陸に行っているらしい。戻るのはどんなに早くても二、三日かかる」


「そんな……。そんなこと……。じゃあ、わたしたちにリリアを追えって言うんですか……?」


「捕獲は生死を問わず、だ……。生かして捕まえられるのは多分俺たちだけだ。どうしても俺たちが見つけて、リリアを説得しなきゃいけない。これ以上問題が大きくなる前に、だ……!」


ソウルの言うことが正しい事はわかっていた。しかしゲルトはそれでも納得出来なかった。

リリアは優しく、そして強い少女だ。少なくともゲルトはそう信じているし、誰かをそんな簡単に殺してしまうような人間でもない。大聖堂の命令がどれだけ正しいものであるのか重々承知していても、それを易々と受け入れる事は出来なかった。


「せめて……せめて、理由だけでも……。戦う理由だけでも……教えてもらえませんか?」


ソウルは難色を示した。勿論それは機密事項であるし、ゲルトたちブレイブクランでも知ってはいけない事実――。そう、勇者の中に魔王がいるなど、そんな事が知れ渡れば――勇者部隊は瓦解してしまう。

特に同じく勇者であるゲルトにとってその事実は余りにも酷だ。そして魔王の存在がリリアの凶行に信憑性を持たせてしまう。実際ソウルとて、魔王がリリアの中に居る事を知らなければ何かの間違いに過ぎないのだと胸を張って言えただろう。しかしその事実を知ってしまえば、『辻褄』があってしまう。

勇者リリアは、魔王を宿す邪悪な存在であり、その魔王が封印の儀式の際に暴走し、執行者を皆殺しにした――。そんな筋書きが簡単に浮かんでしまう。だからこそ、それを伝える事は躊躇われた。


「……駄目だ。何も聞かずにリリアを連れ戻すしかない」


「先生っ!!」


「駄目なんだ! 兎に角、情報が混乱していて俺にも事実はわからない……。実際にリリアにあってみない事には、どうにもならん」


「……っく……」


「……俺はこれから直ぐにシャングリラを出る。リリアは何とかして連れ戻してみるつもりだ。事が大きくなる前に収集をつけたい……。無理にとは言わない。手を貸してくれるやつは一緒に来てくれ。一人より人数が多いほうがずっといい」


ソウルの言葉にメリーベルとベルヴェールは頷いた。しかしその場にアクセルの姿はない。


「あの……。アクセル・スキッドは……?」


ゲルトの言葉にソウルは眉を潜める。その態度がゲルトの中に嫌な予感を過ぎらせた。不安と混乱だけがただ積もっていく心の中、ゲルトは目を閉じて歯軋りした。


「リリアちゃんが、そんな事するはずがない……。絶対に、何かの間違い……。そうだよね、リリアちゃん……?」


ゲルトの呟きはリリアには決して届かない。どこまでも続く草原の中、リリアはフェンリルと共に息を切らして走っていた。

背後からは執行者の影が無数に迫ってくる。これで追撃をかわすのは何度目か……それさえもわからなくなった。もうずっと戦い続けている。休めた時間など、本当に僅かなものだった。

森を焼かれ、燃えるその炎の渦から脱出したのも束の間、執行者たちは執拗なまでに二人を追ってくる。初めはリリアも救助が来たのかと思っていた。しかしそれは甘い考えなのだと直ぐに思い知らされる。

執行者の投げる短剣をリインフォースで弾き、剣を構えながらブレーキをかける。リリアが停止するのを見計らい、三方向から襲い掛かってきた執行者を前にリリアは歯軋りする。


「はあああああっ!!」


大地ごと根こそぎ抉るリインフォースの一閃。それは足元を一撃で吹き飛ばし、執行者たちを退ける。あちらこちらから飛んで来る魔法を障壁で受けつつ、先を走るフェンリルを追って駆け出した。


「どうして襲ってくるんですか……!? リリア、何にもしてないのにっ!!」


『オレが連れ出したのを切欠に、お前を殺す事にしたんだろうな。いや……元々連中はお前の存在をどうにかしたくて封印なんてしようとしていたんだろうが』


「大聖堂が……!?」


『奴らはお前の勇者としての血筋と魔王の力を使って、また戦争がしたいんだよ。封印の術式なんてただの方便だ。あれは――洗脳術式というものだ』


術をかけられた人間を意のままに操ることの出来る術式――。その中で意識は薄れ、やがて限りなく希薄になった自意識は術者の声に従順になっていく。そんな術式がかけられる一歩手前、フェンリルはリリアを連れ出す事に成功したのだ。


『意のままにならないのなら、特に俺と接触したのなら、今の話をお前に聞かされる可能性が高いだろう。だからもう奴らにとってお前は邪魔なんだよ』


「そんな……」


『追っ手は全員お前を殺しにかかってくるぞ。手加減なんてしないで戦え! 自分の身は自分で守れ!!』


「そんな――そんなこと、言われたってえっ!!」


剣で切りかかってくる執行者の一撃をリインフォースで受け止める。魔力を込めてそれを弾き返し、正面から降り注ぐ魔法の雨を聖剣の力で一蹴する。

その力は追いかける執行者の側にも危機感を抱かせた。魔王という化物を抱えた勇者――その力は本物で、並の執行者では歯が立たない。だから、危険――より危険と、判断する。

弓から放たれる矢がリリアに迫り、それを剣で弾いてフェンリルが背後からリリアを庇うよに身を前に出す。そのマントの中にリリアが入り込んだ瞬間、音もなく高速で近づいていた一撃がフェンリルに襲い掛かった。

リリアを庇い、不自然な姿勢で攻撃を受けたフェンリルは無傷とは行かなかった。脇腹を斬られ、血を流しながらリリアを抱えて後方に跳躍する。


『……上物が追ってきたか』


「フェンリル……ど、どうして……!?」


どうして、庇ったの――? その言葉は言葉にならなかった。リリアの正面に向かってくる一陣の竜巻――。そこから放たれる無数の目にも留まらぬ高速の剣が四方八方から襲い掛かる。

二人は同時に剣を構え、背をあわせてその攻撃を弾いた。疾風の中、風の音を引き連れてリリアの前に姿を現した少年は、その手に二対の剣を手にして顔を上げる。


「……アクセル、くん――?」


夜の月の光を浴びて、刀身は銀色に輝く。しかしその剣にリリアは見覚えなどなかった。

アクセル・スキッド――。勇者部隊の剣士であり、同時にリリアにとっては掛け替えのない友人であり、兄のような人物……。そのアクセルはリリアの前で見覚えの無い姿で立っていた。

黒い執行者の装束を身に纏い、銀色の剣を手にして何の表情も浮かべずにリリアを見つめるアクセル。二人の間に言葉はなく、時間が停止したようなその情景に執行者たちもアクセルの背後へと後退する。


「どうしてアクセルくんが……? 聞いてアクセルくんっ!! リリアね、何にもしてないのっ!! だから――っ」


「リリアちゃんがそんな事をする子じゃないっていうのは、俺が一番よく判ってるよ……」


悲しげなアクセルの呟き。言葉を飲み込み、リリアは瞳を揺らす。アクセルは目を閉じ、風を纏って告げる。


「でも、しょうがないんだ。仕方が無いんだよ、リリアちゃん。俺は君に隠していた事が、三つある……」


両手に構えた剣を鞘に収めるアクセル。そうして正面からリリアと向き合い、草原の草が光を浴びて光沢を描きながら波打つ。


「俺は、戦争孤児だ。魔王大戦の時、故郷を失った。そんな俺が生きて行くには、大聖堂の執行者に成るしかなかった。知ってるか、リリアちゃん? 今俺の後ろに居るのも、執行者はみんな……ただの戦争孤児だ……」


戦乱の世界の中、ただの子供が生きていけるほど世界は優しくはなかった。だから、戦うしかなかった。生きるために、やらなければならなかった。

生きるために剣術を学び、生きるために大聖堂の指示の元、どんなに辛い訓練も、任務もこなしてきた。アクセルは生粋の執行者――大聖堂の敵を討つ、影の剣に他ならなかった。


「だからリリアちゃん、仕方がないんだ」


「そんな……。でも、アクセルくん……? リリア、アクセルくんと戦う理由なんて――」


「理由ならあるさ……」


アクセルの全身から魔力が解き放たれ、風の渦が巻き起こる。その光の中、アクセルは空に手を伸ばす。


「俺たちの家族は、故郷は、魔王に消されたんだ。リリアちゃん、その意味が判るか? 君はその責任を――魔王という存在を生かす事の意味を、きちんと考えたのか?」


「考えたよ……考えてるもんっ!! リリアだって、こんなのやだよ! 魔王なんて知らない!! なりたくてこうなったわけじゃないっ!!」


「だから仕方ないんだ。誰のせいでもない。でも俺は君と戦わなきゃいけない。君を倒して、大聖堂に連れ帰って……それが、君を生かすたった一つの手段だから……。だから――」


黒い装束の内側に手を伸ばし、マントを投げ捨てるアクセル。そのマントの内側に仕込まれていたのは、合計十本の銀色のサーベル。

それは空中で風を受けてくるくると回転し、アクセルの周囲に輪を描くように突き刺さる。一つ一つが教会の洗礼儀式を受けた聖剣であり、アクセルが役目を果たす時以外は決して使われる事のなかった十二の刃――。


「君にだけは隠し事は無しだ。ずっと黙っていたけどね――リリアちゃん。アクセル・スキッドは……『十二刀流』なんだ――」


両手を広げるアクセルの周囲を剣が踊る。その内の二つが吸い込まれるようにアクセルの手に収まり、荒れ狂う嵐のような魔力を前にリリアは脅えながら剣を構える。

アクセルの放つ殺気は本物だった。今まで感じた事もないような、背筋が寒くなるような、本物の殺意――。戦わなければ殺されてしまう。でも戦っても――仲間を殺すことになってしまう。

リリアの手は震えていた。震えは止まりそうにもなかった。がくがくと揺れるその剣先は大きくぶれ、アクセルはそれを見て眉を潜める。


「行くぜ、白の勇者――! 神の代行者にして執行者、アクセル・スキッド……参る!」


風と共に襲い掛かるアクセル。リリアはただ声にならない声を上げながら、振り上げたリインフォースでそれを迎え撃った――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://49.mitemin.net/i69272/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ