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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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勇者の資格の日(3)

大聖堂の中を駆け抜ける黒い影。それは近づく者を次々に音もなく斬り伏せ一人地下へと向かう。

城のように巨大であり迷宮のように入り組んだ大聖堂の構造を全て知り尽くしたかのような動きで一直線、リリアが囚われている封印室へ向かうフェンリル。階段を下り、長い礼拝堂を抜け、閉ざされた部屋の扉を開け放つ。

そこにはリリアを取り囲み儀式を続ける執行者たちの姿があった。突然の侵入者の存在に呆気に取られている彼ら目掛け、フェンリルは剣を降ろして片手を翳す。


『恨むならお前らの神を恨んでくれよ』


掌から同時に放たれた闇の矢が薄暗い部屋の中を縦横無尽に駆け巡り、十人以上いた術者の頭部を正確に射抜く。一瞬で全員の命を奪い去ったフェンリルは剣でリリアを吊り上げている鎖を断ち切り、その身体が落ちる前にそっと抱き寄せた。

足元の封印の術式は術者を失って尚禍々しく輝いている。それに剣で傷跡を刻み込み、術式を破壊して元来た道を引き返す。

死体を飛び越え、大聖堂の窓から跳躍して飛び出す。見事に闇の中で着地し、リリアを抱えたままオルヴェンブルムの街を駆け出した。

夜の市街地を駆け抜けるフェンリルを執行者の影が追う。四方八方、街中は彼らの庭であり、オルヴェンブルムの城壁がフェンリルの脱出を拒んでいた。


『……ちっ。本当に世話の焼ける娘だ』


上空、民家の屋根から屋根へと飛び移る執行者たちが放つ無数の短剣。それを片手で握った剣で叩き落し、狭い路地へと身をよじる。壁を蹴って屋根の上に顔を出し、その直ぐ傍にいた執行者の首を刎ねる。

血飛沫が身体にかかる前に反転し、跳躍する。通りを挟んで反対側の屋根に着地し、正面から迫る三人の執行者の放った短剣を剣を納めた手で掴み、すぐさま投げ返す。顔面に短剣を刺されて一人が死に、切りかかった一人の剣を蹴りで圧し折り、身体を捻って踵をガードの上から叩き込む。筋肉と骨がちぎれる音が響き渡り、執行者は遥か彼方へ吹き飛んで行った。


『数が多いな』


鞘から再び剣を抜き、魔力を込める。あらゆる場所から迫る執行者目掛けて剣を横に大きく揮う。その刀身から放たれた漆黒の光があらゆる位置の敵を追い続け、串刺しにした。一頻り追っ手を始末すると、フェンリルは悠然とした態度で門の前に立つ。

本来ならばオルヴェンブルムの城壁は執行者や聖騎士団と戦闘行動を行った者を通す事は無い。そうした特殊な結界――リア・テイルから放たれる選定の守護結界により守られている。だがフェンリルは平然とそれを素通りし、門の向こう側に広がる草原を走り出した。

特に何か結界破りの術式を発動したわけでも、結界に不備があったわけでもない。ただリア・テイルの選定が彼を外に出す事を許可したというだけの事であった。

月夜の草原を走るフェンリルに抱えられたまま、リリアはふと目を覚ました。厳密には目は覚めていたが、封印の術式で意識が朦朧とし続けていたのである。ようやくはっきりとしてきた所、目の前に宿敵の顔があったのだからリリアも流石に驚いた。


「フェン、リル……!? な、何してるんですか!?」


『目が覚めたか。見ての通り、お前を抱えて草原を逃げている』


「な、何からですか!?」


『大聖堂だ。馬鹿かお前は? 自分が捕まっていた場所も判らんのか』


「な……! は、放せーっ!! 何勝手に連れ出してるんですか!? 誘拐ですよ、ゆーかい!!」


『知った事か……。せっかく助けてやったと言うのに随分な言われようだな』


「助けたって……何からですか?」


『大聖堂だ。馬鹿かお前は? 自分を捕らえていた連中も判らんのか』


「わかります!! そうじゃなくて、だから、なんで助けた事になるんですか!?」


『もういい加減口を閉じてろ。あんまりぎゃあぎゃあ喚くと捨ててくぞ』


「にゃーっ!! 師匠ーっ!! なんでこうなるんですかああああっ!!」


じたばた暴れながら叫ぶリリア。しかしフェンリルは歩みを止める事もせず、リリアを手放す事も無い。

ただ月明かりに照らされながら、執行者たちから逃げ切るために草原を駆け抜けるのみであった。



⇒勇者の資格の日(3)



「何なんだ、この遺跡みたいな建造物は……?」


薄暗闇を一列に進んで行く。階段は人一人が通るのがやっとの狭さで、結果的にそうなってしまうのだ。

どこまで続いているのかもわからない闇を下りながら、背後を進むマルドゥークに声をかける。眼鏡の秀才はすぐに俺の疑問に応えてくれた。


「もしかしたら魔王が建造した施設かも知れないな」


「魔王って……ザックブルムのロギアが?」


「ロギアは魔術、特に様々な召喚技術に長けていたと言われている。魔物と呼ばれる化物を生み出したのも魔王の所業だ。ザックブルム国内には、戦時中ロギアが建造させた召喚施設など魔術的な意味を持つ建造物が幾つか存在するという話は聞いている」


「ってことは……ここは魔物の生産プラントかよ……」


「そうとは限らんがな。それに、魔物の巣窟ならば盗賊は根城にしないだろう」


まあ確かにマルドゥークの言うとおりだ。表に居たのは明らかに見張りであり、その先には彼らが危機を警戒しなければならない理由があるはず。

しばらく階段を下るとようやく明かりのような物が見えてきた。慎重にそこへ進んでいくと、地下に果てしなく広がっている巨大な空間へと繋がっていた。

それこそ地上に出ていた部分はこの埋もれるように崩れ落ちた神殿の一部に過ぎないのだろう。果てなく広がる空洞を風が吹きぬけ、ところどころ陥没した安定しない足場で俺たちはようやく一列ではなくなった。


「何なんだこの広さは……? この様子じゃ、山の麓にまで繋がっててもおかしくないな……」


「――山の麓まで、か。案外貴様の言うとおりかも知れんぞ」


つまり、街の連中はグルかもしれないって事か? そんな壮大な事になってるようには思えないが……。そもそも街の連中がグルなら、もうとっくに俺たちがここに来るという情報は漏れているはず――。


「って、マズった……。もしかしたら逃げられたか?」


同じ事を考えていたらしいマルドゥークは頷き、俺たちは全員同時に駆け出した。しかしその悪い予感とは裏腹に、大勢の足音が空洞の奥から聞こえてくる。

全く遮蔽物の無い広々とした空間では隠れる場所も存在しない。俺たちは意を決し、武器を手にして出迎えを待つ。


「そう身構えなくとも、襲い掛かったりはしませんぜ。武器を下ろしてくだせえ」


闇の中から姿を現したのは一人の男だった。しかしその背後には仲間が大勢待機しているのだろう、鋭く尖った殺気のようなものを感じる。しかし見るからに男は無防備と言った様子で両手をあげたままこちらへ歩み寄る。

ダークスーツ姿の細身の男だった。髪をオールバックに固め、大きな傷のある左目を閉じたまま、うっすら片目を開いて俺たちを眺めている。不気味な雰囲気の男だった。勿論警戒を解くわけには行かず、それを男も理解してか、5メートルほどの距離を開いて停止した。尤も、この程度の距離、本気になれば間合いの中も同然だが。


「お兄さんたちはクィリアダリアの聖騎士団絡みとお見受けしやす。目的はアリアの姫さんの事、ですかい?」


「貴様ら……! やはり賊の根城かっ!! アリア様を即刻返してもらうっ!!」


「マルドゥーク、落ち着け……。一応人質に取られてるんだぞ」


俺の言葉にマルドゥークは歯軋りし、一歩下がった。しかし俺たちの態度とは裏腹に男はポケットに両手を突っ込んだまま、首を横に振った。


「人質なんて滅相もない。あっしらは別にあの姫さんをダシにお兄さんたちを脅したりはしませんよ」


「賊の言う事などに耳を貸すとでも思うのか!?」


「だからな、マルドゥーク……。すまんアイオーン、ちょっとこいつ抑えといてくれ」


「おい、ナツル貴様……むぐぐーっ!!」


アイオーンに背後から羽交い絞めにされもがくマルドゥークを放置して話を進める。男は俺を見て何やらニヤニヤ笑いながらゆっくりと間合いを詰めてくる。


「お兄さんは後ろの騎士の兄さんより少しは話が出来そうだ」


「誘拐なんてするからには目的があるんだろう? 俺たちはアリアを助けたいだけだ。別にあんたたちを全滅させなきゃいけないわけじゃない」


「成る程、まったくおっしゃる通りで。それじゃあ交渉のテーブルについてもらえると考えてもいいんですかね?」


「誘拐した理由くらいは聞いてやる。ただその後どうなるのかは保障しかねるが」


男を睨みつけるが、向こうは俺の視線を受けてもひょいと交わすように笑う。つかみ所の無い奇妙な男だった。男は踵を返し、闇の中へ進んで行く。どうやらついてこいという意味らしい。

俺たちはその男の案内に続いた。闇に包まれた遺跡の中は俺たちでは全く以って一寸先は闇と言った状況である。ただ男の足音とかすかな影だけを頼りに歩みを進める。

やがて自分たちがどうやって進んできたのかもわからなくなった頃、辿り着いたのは比較的保存状態のいい地下に存在する街のようなエリアだった。そこには驚くほど沢山の人たちが生活を営んでおり、それは街のような、ではなく街そのものだった。

勿論全体を通してながめても裕福な都市であるとはお世辞にも言えないだろう。崩れかけた建造物に暮らしている時点で既に立派とは言えない。しかし巨大で、とにかく人口の多い街だった。

男は俺たちを案内し、その街の中にある一つの崩れかけた施設の中に足を踏み入れた。中は改装されており、手製感溢れるぼろぼろの家具が陣取っている。そこにある木製の大きなテーブルの周りに並べられた椅子に腰掛け、交渉は開始された。


「申し遅れやした。あっしはハチと申しやす。この街の――町長? みたいなものでしょうか」


「俺は本城夏流。女王より救世主メサイアに任命されてる。以下、俺の部下だ」


厳密には部下ではないが、まあそういう話にしたほうが早いだろう。マルドゥークは何やら反論したがっている様子だったが、アイオーンが見事封じてくれた。


「ほう、成る程。噂に名高き第二次勇者部隊ブレイブクランのリーダーさんでやしたか。こいつは失礼。顔くらいは知っとくべきだった」


「……前置きはいいから本題に入るぞ。アリアを誘拐したのは……あんたたちなのか?」


俺の話によれば、マルドゥークが目撃したのは黒い仮面の騎士――外見的特長から判断するにフェンリルだとばかり考えていた。しかし蓋を開けてみればまるで奴とは関係のない謎の都市に来てしまったわけで。

まず、本当にアリアを誘拐した犯人が彼らなのかどうか、その疑問から払拭したかった。男はその質問に恐らく正直に答えてくれた。


「あっしらはただ受け取っただけ。姫さんを拉致したのは、昔の知り合いですね」


「……フェンリルか」


「フェンリル? んー、いや……ああ、最近はそう名乗ってるんですかねえ。兎に角、実行犯は彼……後はあっしらのお仕事ですわ」


「フェンリルは何でアリアを誘拐したんだ? というか、あんたはアリアをどうするつもりなんだ?」


何でもフェンリルは港の近くでこの八とかいう胡散臭い男にアリアを任せ、自分はそそくさ引き返したのだという。つまり実行犯であるフェンリルはこの大陸にすらいないことになる。

全く正反対の方向に来てしまったことになるが、アリアは実際にここにいるというのだから全くの無駄足というわけでもないか……。


「あっしらはただ、お兄さんの言うフェンリルって男に姫さんを丁重に保護するようにとだけ依頼されてる人間でしてね……。詳しい事はどうにも」


「何だそりゃ……。ってことは、あんたらは別にアリアを誘拐する意味はないのか?」


「意味ならありますぜ? それがあっしらの仕事ですわ。そんなわけで、力ずくと来られてもあっしらもそう易々返す訳にも行きませんでね。ここはお引き取り願えませんですかねえ?」


流石にそれは聞き入れられない。しかし男が指を鳴らすと重武装の怪しい男たちがぞろぞろと部屋に入ってくる。まあ別にだからどうというわけではないが、交渉はやはり当然のように上手くいかなかったらしい。

仕方ない、武力で何とかしようかと考えた時だった。ふと、つい先ほどまで細かった男のキツネのような目がぱっちりと開かれる。その驚きの視線の先には椅子に座ったブレイドの姿があった。


「……坊ちゃん、失礼ですが……あんたもしかして、ブレイドの旦那のせがれさんですかい?」


男の一言に周囲のいかにもごつい男たちが同時にざわめいた。ブレイドは何がなんだかよく判らないまま頷き、八は唖然とした様子で苦笑を浮かべた。


「いやあ、大きくなりやしたね。最後に見たのはまだ坊ちゃんが赤ん坊の頃でしたんで……いや、どこか旦那に似ているとは思ってたんですけどね。こりゃ妙な運命もあったもんですわ」


「あんた、ブレイドの父親と知り合いなのか?」


「知り合いというか何と言うか……ええ。あっしらは元ブレイド盗賊団――その団員ですわ」


あっけらかんとした態度の男の発言に俺たちは黙り込む。そんな中一人、机を両手で叩いてブレイドが叫んだ。


「なんだそりゃあっ!!」



『ここまでくれば、追っ手も振り切れたろう。が、まだ確実とは言えない。しばらくはこの森でやり過ごす』


リリアを森の中に降ろし、フェンリルはそう告げた。何がなんだかわからないままここまでつれてこられたリリアはじっとフェンリルを睨みつける。

しかしフェンリルは全くそんな物を意にも介せずに倒れた木の幹に腰掛けた。リリアはそれでもじいっとフェンリルを見つめ続ける。しばらくすると仮面の男は溜息を漏らし、肩を竦めた。


『突っ立ってないで座ったらどうだ。休める時に休まなければ後が持たないぞ』


「……後、って……。あの、いい加減教えてくれませんか? どうしてリリアを攫ったりしたんです?」


『理由などどうでもいいだろう』


「よくないですっ!! まるでリリアが脱走したみたいになっちゃってるじゃないですか!!」


『……ああ、成る程。そういう考え方もあったか』


「何今気づいたみたいな事言ってるんですか!? ああもう、兎に角力ずくで貴方を倒してリリアは大聖堂に帰りますからっ!!」


リインフォースを構えるリリア。フェンリルはその刃先を見つめ、それから立ち上がる。


『オレを殺す気なら、構えからやり直す事だ。お前は聖剣の力に頼りすぎている。構えるという事は魔力をコントロールするという事だ。お前の一見派手で威圧感のある剣術は我流でその実非常に非効率的だ』


「……ううう! こんな時にそんな事を言われても……」


『魔法と剣を別々に使うものだと考えているからそうなる。二つの本質は同じ物だ。考えて使うな。自然と呼吸をするように出来るようになるまで使いこめ。そんな素人構えで襲い掛かられても困る』


森の中に落ちている木材などを拾い集めながらフェンリルが口にする言葉。リリアは最初こそそれに反発するようにそっぽを向いてみたが、いざ自分で試してみるとその指摘の鋭さに息を呑む。

まるでずっとリリアを見ていたかのような、的確な意見だった。確かに自分でも認識していた聖剣に頼りすぎているという事実――。敵に指摘されるようでは、やはり腕など高が知れている。

落ち込むリリアの前でフェンリルは焚き火を作っていた。しばらくふらりと森の中に消えたと思えば、巨大な肉の塊を担いで戻ってくる。そうして一人で肉を焼き、木の幹に座ったままリリアに言う。


『ここなら光は外まで漏れないだろう。すぐそこに川もある、飲める水だ。今のうちに少しでも休んでおけ』


「……あのー?」


『何だ?』


「貴方、悪い人ですよね?」


『そうだな』


「前の戦争でも、暗躍してたんですよね」


『よく判ったな』


「そりゃわかりますよ……。あんなにボコボコにされましたし……」


『手加減はしない主義でな』


「……そういうの大人気ないんじゃないですか。いや、そうじゃなくて……悪い人なのに、何で、その……」


魔法で焼いた肉をリリアに差し出す。封印されていた間からずっと何も口にしていなかったせいか猛烈にリリアは空腹だった。肉の塊を見ただけで口の中が涎でいっぱいになるが、敵の手から食事を受け取るというのにどうにも抵抗があった。

ごくりと生唾を飲み込み、フェンリルの様子を窺うリリア。別に何も毒が盛られている様子はなく、肉もただの肉である。その香ばしいにおいに耐え切れず、リリアは肉を受け取って齧りついた。


「……あ、おいしい」


『魔力コントロールが上達すれば火加減などお手の物だ』


フェンリルの隣に座り、焚き火を眺めながらひたすら肉を頬張るリリア。フェンリルは前のめりに腰掛け、ただ焚き火の炎をじっと見つめていた。

それは何かを思い出す作業のようであり、時間を紛らわせる為の儀式でもあり……。不思議なその横顔をじっと眺め、リリアは眉を潜めた。


「あのーう?」


『何だ』


「どうしても理由は教えてくれないんですか?」


『しつこいガキだな。教えん』


「いいじゃないですか別に減るもんじゃないし……」


『……減るとかそういう問題ではないだろう。まあ、黙っていると五月蝿そうだからな……。強いて言うのならば』


「ならば?」


『お前を勇者にしたくないだけだ』


二人の間に沈黙が流れた。リリアはしばらく考え込み、それからほっぺたを膨らませる。


「それ、ただのいじめじゃないですかあああああっ!!」


『うるさいな……』


「うるさいなじゃないですよ!! そんなろくでもない子供のイジワルみたいな理由でこんな所まで拉致られてたまるかーっ!!」


『大声を出すな……。完全に巻けたとは思うが、一応警戒中なんだぞ』


「リリアはここですよーう!! 執行者の皆さん、早く助けに来てくださーい!!」


騒ぎは暫く続いた。フェンリルは座ったまま微動だにせず、ひたすらに炎を眺め続ける。その炎の傍らに座るリリアに無言で毛布を投げ渡す。

毛布を受け取ったリリアはそれをじっと見つめた。フェンリルはやはり微動だにしない。溜息を漏らし、リリアは毛布に包まって目を閉じた。

フェンリルは許せない敵――それは今でも変わらない。ただ今この瞬間だけは、敵同士という間柄を捨ててもいいのではないかと思えた。

信じられるわけではない。ただ、その行いには僅かな優しさが感じ取れた。理由を話さず、勇者にしたくないからと語るフェンリル。その態度は全くリリアに対して優しくはない。ただ、どこか思い遣りのようなものがあり、それを隠すように男は黙っている。

仮面に覆っているものは顔だけではなく、その思いや言葉もそうなのかもしれない。そんな不思議な事を考えながら、リリアは炎の暖かい光の中でそっと眠りに落ちて行った。



ブレイド盗賊団――。それは、まだ魔王大戦が世界中を飲み込んでいた戦乱の時代に生まれたという。

団長である初代ブレイド・ブレッドは、元々戦争孤児であり、同じく戦争孤児である子供たちの為に軍相手に戦う義賊だったらしい。それは別にザックブルムやクィリアダリアといった括りに関係なく、ブレイド本人が悪だと判断した物から奪い、それを必要とする人に分け与えるという独善的なものであったらしい。

彼はその筋では有名な日和者と呼ばれ、高価な調度品など目もくれず、ひたすら武器だけを自分のコレクションとし、残りの金銀財宝は全てばら撒いて歩いていたという。

そんな変わり者の盗賊王が人生で初めて敗北した男、それがフェイト・ライトフィールドだった。フェイトはブレイドを倒した後、その彼の持つ洗練された武器コレクションを全て没収しようとしたという。命よりも大事なコレクションを強奪されそうになったブレイドは、止むを得ずフェイトの手下になったらしい。

ろくでもない勇者フェイトの手下になってしまった団長に続き、彼らも同じようにフェイトの傘下に付き、戦乱の世を駆け抜けたという。団長である初代ブレイドは死に、現在は副団長であったこの八という男が団を取りまとめているらしい。

そんな昔話が終わると俺たちはもうここに何をしにきたのかよくわからなくなっていた。八という男は話を終えて満足そうに腕を組み頷いている。


「いやあ、坊ちゃん立派になられて……。先代も生きてればさぞ喜んだことでしょう」


「いや、おいらまだ見習いだけど……」


「それにしても、やはり勇者部隊の手下扱いになっているとは、親子揃って運が無い。坊ちゃんも妙な勇者に好かれちまったタチですかい? はっはっは!」


明るく笑い飛ばす八。しかし俺たちは全く面白くない。別にそんな昔話をしにきたわけではないし、そもそも敵だと思っていた連中が実はブレイドの父親の部下でしたとなればまた話が一段とややこしくなる。


「えーと、八? おいら、全然おっさんに見覚えないんだけど」


「そりゃあ、あっしらは旦那が処刑されてっからすぐに北方大陸に逃げ延びやしたからね。本当は坊ちゃんの傍に居て差し上げたかったんですがね、こんな筋モンばっか周りを取り囲んだとなっちゃあ、坊ちゃんの人生によくない影響も出てしまうんじゃないかと」


「どっちみちおいらは盗賊になりたがったと思うけどなー」


「ああ、そうそう。奥方は元気ですかい? 旦那が処刑された後、女手一つで大変だったでしょうに」


「あー、かーちゃんは死んだよ。なんか普通に過労だったみたい」


「なんと。そいつぁ気の利かねえ質問しちまいやしたね」


「別に気にしてないぜ? かーちゃんは最後までかーちゃんらしく生きたしな。それで八、アリアの話なんだけど」


「いくら坊ちゃんの頼みでも、あの姫さんを返すわけにゃ行きませんぜ。一応こちとらこれが仕事でしてね……。それがこの街に住む連中の為でもあるんでさあ」


この街は元ザックブルム領土の地下に存在する、アンダーグラウンドシティと呼ばれる場所らしい。クィラダリア人の近寄りたがらない北方大陸を利用した、無法者の街だそうだ。

街にいる連中はみんな何らかの理由でクィリアダリアに追われたり恨みを持っている連中ばかりだという。さらには先代ブレイドがそうしていたように、戦争孤児もここで引き取って育てているという。


「クィリアダリア政府ってえのは、ザックブルムの人間をえらく弾圧するんですわ。本当に従順な態度を取っている一部以外は、皆殺しにして当然だと思っている。そういう可哀想な連中は地下に逃げるしかないですわ。当然、あっしらも同じ事」


先の大戦でブレイド団は勇者と共に魔王と戦った英雄的な存在であるはずだった。しかし今彼らはクィリアダリアには住めない状態にあるという。


「聖騎士団のお尋ね者になっとるんですわ。前の戦争の時は散々手ぇ貸し手やったと言うのに、世知辛い世の中です……そうは思いやせんか?」


「だからってアリアを拉致っていい理由にはならんだろう」


「腹の中をそのまま出せば、あっしらは正直クィリアダリアってぇ国が大嫌いなんですわ。だからそのお姫様も返してやりたくはない……そう、ささやかな嫌がらせみたいなもんです。ですがまあ、坊ちゃんのお願いでもある。いいでしょう、あの姫さんを帰してやってもいい」


ただし――。八は人差し指を突き出し、そう付け加えた。


「あっしの提案するちょっとしたゲームに参加してもらえるのならば――という条件付で。お兄さんたちにとってもそう悪い条件じゃあないと思いやすけどね?」


八はにやりと笑う。それは本当に、そう……長年日の目を浴びずに過ごしてきた人間の不適な笑みだった。

しかしそれを断れる立場に俺たちはない。力ずくで――というのも、ブレイドの関係者となると気が引ける。仕方が無い。悪い条件も何も……断る事など出来ないのだから。

かくして俺たちは八――元ブレイド盗賊団副団長と、ゲームをすることになった。勿論その内容など知るべくもなく、俺たちはとんでもない事に巻き込まれる事になるのであった――。


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