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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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始まりの日(4)


覚えているのは、雪が降っている景色。

夜の闇の中、月明かりを浴びて輝く白い絨毯の上、彼女は俺の手を掴んでいた。

恐らくそれは彼女から俺に対する最後のメッセージだった。だというのに俺はその手を振り解き――そして、今――。


「っつうっ!?」


弾丸が胸を穿つ。それがただの銃弾ならば今の俺には何の意味も持たない攻撃だ。しかしそれは電撃を帯びた、魔力そのものの弾丸。命中と同時に爆発し、電撃が全身を迸る。

銀色の電流――。それがあいつの持つ属性だというのならば、話は早い。同じ属性を持つ人間同士ならば、多少のダメージは堪えられる。

吹き飛ばされ、しかし足を踏ん張って体勢を立て直す。血が吹き出る傷も、自己修復で完治させられる。俺は気持ちを切り替え、拳を構えた。


「ほお〜。こっちに来てまだ三ヶ月の癖になかなかやるじゃねえか? それに、まさかバトルスタイルが格闘とはな……。暫く見ないうちに性格まで変わったみてえだな、オイッ!!」


再び放たれる弾丸を拳で受ける。秋斗は引き金を何度も引き、銃弾を連射しながら駆け寄ってくる。


「秋斗――! 本当にお前なのかっ!?」


「何寝ぼけた事を言ってやがるっ!!!! 俺様が他の人間に見えんのかよ、テメエ!」


銃身で殴りかかってくるその攻撃を腕を十字に構えて防ぐ。銃弾以上の威力の篭った格闘の一撃に眉を潜め、壁を蹴って空へ。

狭い路地から広い屋根の上へと移動する。あんな場所では銃弾を避ける事さえ難しい。今は兎に角逃げられる空間に移動しなければ。

俺を追って来た秋斗は片手に銃を構え、ゆっくりと迫ってくる。一体何がどうなっているのか――。本当にあれは、本物の秋斗なのか?


「ナツル様、今は考えている場合ではありません。彼を迎撃しなければ」


「だが……」


「昔のご友人だというのは承知の上です。しかし、ここで何もしなければ――貴方はここで彼に討たれる事になる」


ナナシの真剣な言葉に目を閉じる。そして直ぐに開き、腕の術式に火を灯す。


「秋斗……!! どうしてお前と戦わなきゃならないんだ!?」


「理由なんて今更問うてんじゃねえよ!! 身に覚えがねえとはいわせねえよ、夏流っ!!」


放たれる銃弾を手の甲で弾き、駆け出す。銃弾を左右に細かくステップして回避しつつ、一気に懐に潜り込む。

屈んだ姿勢から一気に顎目掛けて足を振り上げる。天に向かって射抜くような一撃を紙一重で回避し、秋斗の銃口が俺を捉える。

至近距離での攻防戦が繰り広げられた。拳と銃が何度もぶつかりあい、顔面目掛けて放たれる銃弾は時に頬を掠めて行く。秋斗の動きは素早く、拳も蹴りも当たらない。勿論銃弾も俺には当たらないが、一瞬の内に繰り広げられた攻防に確信する。これは幻なんかじゃないのだと。


「やるじゃねえか……嬉しいぜ。直ぐに死なれちゃ張り合いってもんがねえ」


「……冬香の事か!? お前もそれでこっち側に居るのかっ!?」


銃身と拳が打ち合う。あいつの銃は至近距離では完全に鈍器扱いか。それにあの銃のデザイン――どこかで見覚えがある。

距離を離した隙に秋斗は銃身に魔力を込める。危険を察して俺も同様に魔力を備えた。その時お互いの武器に浮かび上がった紋章は同じ――。


「――テオドランドの紋章――? まさか、グリーヴァの……」


「行くぜオイ? 上手くかわせよ」


銃身に魔力が収束されていく。銀色の電撃を帯びた銃口が閃光し、光の矢が放たれる。それは一直線に俺目掛けて飛来した。

術式で相殺――レーヴァテインも――撃っている暇がない。とにかく出鱈目に早い。チャージから放出までの隙が――。


「くっ!!」


横に跳んで回避する。しかしそんな俺を追うように太い閃光の線は街をあちこち破壊しながらついてくる。走る俺を追いかけて横に街を薙ぎ払う閃光を横目に、空中を回転しながら足に術式を込める。


神討つ一枝の魔剣レーヴァテインその力を我は担うコールライトニング――!」


魔力を溜めた常態で民家の屋根を蹴り、一気に秋斗目掛けて跳躍する。当然追尾してくる光線に歯を食いしばり、全身全霊の力を込めた蹴りを放った。


障害を討ち滅ぼす者ウルスラグナッ!!」


金と銀、二色の雷が交わる。秋斗の閃光を切り裂くように食い込んだ爪先が光線を真っ二つに引き裂きながら秋斗目掛けて繰り出される。

全身全霊、魔力障壁貫通効果付与のキックだ。相手の力がどれ程であろうと、障壁を貫通して直接ダメージを与える。その蹴りを銃身で受け、秋斗は後方へと弾き飛ばされた。

光線の止んだ今、屋根の上は綺麗に抉り取られるようにして焼け焦げていた。俺の脚も同様に焦げ付き、討ち滅ぼし切れなかった衝撃を物語っている。

白い煙を巻き上げる足の痛みに顔を顰めながら前に進む。秋斗はウルスラグナを受けて、しかし平然と正面に立っていた。


「ふん、まあ三ヶ月じゃこんなもんか……。プレイ時間が俺とお前じゃ違いすぎるもんなあ、夏流」


歯を食いしばり、肩膝を着く。秋斗を倒せないのか……? いや、そもそも何故秋斗がこんな所に居るのか。

俺に届いた手紙。本は一冊だけだったんじゃないのか? 一体何がどうなっているのかわからない。このままおめおめと殺されてやるわけにもいかない。だが――。


「師匠――ッ!!」


リリアの声が聞こえて俺は顔を上げた。リリアは屋根の上を跳びながら背後から秋斗に駆け寄っている。秋斗が振り返り、リリアに銃口を向けるのを見て俺は駆け出した。


「来るなリリアッ!!」


俺の制止を振り切り、リリアは秋斗にリインフォースを振り下ろす。だがそれは銃身で受けられ、左に大きくそらされてしまった。リインフォースはリリアの手を離れ空中をくるくると舞い、そして秋斗の手がリリアに伸ばされた。

リインフォースを弾き飛ばした? リリアはあの怪力で剣を握っているのに、それ以上の力で吹き飛ばしたのか? 沢山の思考が頭の中を駆け巡る中、足を止めずに術式に魔力を込める。

しかし俺の思考は秋斗の意外な行動で完全に真っ白になってしまった。奴は銃を握ったまま、リリアの手首を掴んで強引に引き寄せると、その唇を奪っていたのだ。

何が起きているのか。何も判らなかった。ただリリアの動揺する瞳と、俺を横目に笑う秋斗の瞳が対照的に俺を捉えていた。



⇒始まりの日(4)



「……ん、んん〜っ!!」


秋斗を突き放し、後退したリリアは口元に手を当て、眉を潜める。それは不快感からか、動揺からか。どちらにせよ不適に笑う秋斗を前に俺たちは固まっていた。


「何ビックリしてんだよ、夏流? お前だって本当はこうしたかったんじゃないのか?」


「――――何だと」


「図星突かれたからってキレてんじゃねえよ、あ? テメエだってこいつ見て思ったんじゃねえのか? 『ああ、これで冬香とやりなおせる』ってよ」


少なからずその言葉は衝撃だった。心臓の鼓動が高鳴り、怒りがこみ上げてくる。俺が、リリアを冬香の代用品にしていたっていうのか。


「はん、だから何キレてんだよ。別にいいじゃねえか。こんなもん、俺たちが作った架空の世界だろうが? ゲームの中のキャラクターに何しようが、俺たち異世界人には関係ねえだろ?」


「関係ないだと……? そんなわけがあるか。リリアはリリアだ、冬香じゃないしこの世界はこの世界だ」


「へえ。世界を作った側の人間がよく言うぜ。お前のやってることは気色悪ぃおままごとと同じだ。いつまで夢見てんだテメエ。そんな歳じゃねえだろが」


秋斗を鋭く睨みつける。その俺の敵意を心地よく感じているのか、奴は白い歯を見せて笑った。


「しっかし滑稽だよな、夏流……? どういう因果か知らねえが、テメエは冬香に救世主として選ばれた。最後までお前に救いを求めていたあいつの遺志そのものだろう? そう、あいつはお前をヒーローに見立てていたんだ。自分を救う、そして世界を救う英雄になる事を願っていた。あいつの願いがここには詰まってる……お膳立てされた悲劇! 喜劇! その全てがお前を英雄にする為のただの演出なんだよっ!!」


「秋斗……! それ以上この世界を馬鹿にするのは許さない! ここは俺たちの為の世界じゃない!」


「いいや、違わないね。テメエは趣旨を履き違えてんだよ。ったく、テメエの方の『うさぎ』は何も教えてくれないみたいだな」


秋斗が腕を伸ばすと、そこを歩いて屋根の上に降りる白いうさぎ。それはナナシがそうするように人の姿へと変身していく。現れたのはまるでナナシと色を引っくり返したかのような服装の長身の女性だった。

ナナシ同様どこか怪しい雰囲気を放ち、シルクハットを片手に恭しく頭を下げる元・うさぎ。その視線を受け、ナナシも又人の姿へと変身を遂げた。


「こいつらが何の為に存在するのか、そもそも何者なのかもテメエはわかってねえ。まあ仕方のないことだ。こっちの登場人物と仲良く友達ゴッコしてるテメエには救世主としての役割も意味を成さないだろうからな」


「どういう事だ……!? 何が狙いだ秋斗!! 俺への復讐なら、別にこの世界でなくたっていいだろう!?」


「復讐なんて事に興味はねえよ。俺はただ――やりなおしたいだけだ。そして冬香の願いを叶える……! そう、そこの勇者の小娘を使ってな」


俺たちの視線がリリアに向けられる。リリアは先ほど秋斗を突き飛ばした位置で何故か固まっていた。固唾を呑んで俺たちの会話に耳を傾けていたリリアは、自分が見られている事に気づいて慌てて剣を構えようとするが、それはまだ遠くの屋根に突き刺さっている。


「おい、リリア。お前、俺と一緒に来い」


「え……?」


「勇者に成りたいんだろ? この世界を救いたいんだろ? そこの甘ちゃんと一緒に居てもテメエに未来はない。あいつの持ってる予言の書は未来を大して予知出来ないが――俺の原書は終末までの全てを予言する。俺に付いたほうが得だぜ?」


リリアは後退する。警戒心を見せるその瞳に秋斗は肩を落とし振り返って俺を見た。


「ま、こうなるだろうとは思ってたけどな。だがな、夏流……。リリアは大事な要素だ。こいつは冬香の生まれ変わりみてえなもんだからな。いずれは俺様が貰っていくが、一先ずはテメエでなんとかしてみろ」


「ま、待て!! お前は……お前は、リリアを勇者にするつもりなのか!?」


背を向ける秋斗に投げかける疑問。しかしそれは別に返事をする必要があるような疑問でもなかった。

何故なら俺たちは同じく救世主であり目的は一つ。そして彼女が冬香の生き写しだというのならば――守るのは俺もアイツも当然の事だ。


「――テメエにも役に立ってもらうぜ、夏流。お前のためじゃない。冬香の為に、お前はお前の役割を果たしてもらわなきゃ困る……。直ぐに次の試練はやってくるぜ? せいぜい足掻いて乗り越えてみせろ」


「秋斗!! 秋斗っ!!!!」


走り去っていくその姿を追いかける気力は沸かなかった。そんな事より今はリリアだ。リリアに駆け寄り、その身を案じて手を伸ばす。

しかし俺の手はリリアに拒絶されていた。無理も無い。あんなわけのわからない話を聞かされて、俺を信じられるはずもない――。

だが、それは誤解なんだ。別に俺はリリアは代用品にしようとしていたわけじゃない。それにこの世界の事だって大事だって思ってる。仲間を守らなきゃ、リリアを勇者にしなきゃいけないと思ってるんだ。

秋斗と俺は違う。この世界をモノだなんて思っていないし、俺はリリアを裏切るつもりもない。なのに、どうしてなんだ……? どうして俺は、リリアを……。


「師匠、さっきの人は誰ですか……?」


「……リリア」


「さっきの人と師匠、なんのお話をしてたんですか……?」


「違うんだ、リリア」


「『トウカ』って、誰ですか――?」


答えられなかった。ただ俺は視線を反らし、絶句した。

リリアは黙り込んだまま、悲しげに俯く。それから背を向けて走り去っていくその姿を、俺は黙って立ち尽くして見送っていた。


「違う……。そうじゃない……でも……」


それは、事実なのか?

この世界の人間ではない俺。そうだ、作った世界で遊んでいるだけだと言われても仕方の無い事だ。

ここでならやりなおせる……そう思わなかったわけじゃない。こっちにはリリアがいる。リリアがいるんだ。冬香がもう居ない世界とは違う。そう確かに思った。

世界が大事で仲間が大事で、でもそれは自分が大事だからに他ならない。悲劇も喜劇も全ては俺の為に用意されている……。それはきっと事実だ。そう、俺がこの世界に混乱を呼び込んでいる。

どうして秋斗が原書を手にしてうさぎを肩に乗せて救世主を名乗るのか。それはまるで俺と全く同じだ。だというのに、どうしてだ……? どうしてここまで違う?

いや、驚いているのか。それとも、怒っているのか。判らない……。


「どうなってるんだ……なあ、ナナシ? どうして秋斗がこっちに居るんだ!!」


振り返り、ナナシに叫ぶ。しかしそんな事をこいつに今言っても仕方が無い。だからこれはただの八つ当たりだ。


「あいつの持ってる原書の方が完璧? リリアを冬香の代わりにする? 何なんだよ、どうなってるんだよ! 何とか言えよてめえっ!!」


「ナツル様……」


「くそ……っ! どうなってるんだよ……どうなってるんだよ!! これも冬香が仕組んだことなのかよ……! 俺とあいつに、戦えって言うのかよっ!!」


絶叫した。混乱が頂点を向かえ、自分でもわけのわからない心境にあった。

でも、なんとなく俺は気づいていたんだ。全てが俺だけの為にあるわけじゃないんだ。この世界の意味も、この世界に俺がいる理由も、最初からわかっていたじゃないか。

なのにどうしてこんなにも入れ込んでしまったんだ。出てくるなら、夢を覚ますならもっと早く出てきてくれよ。そうでなきゃ――割り切れないだろう――?



「冬香が――死んだ?」


その電話を受けたのは、俺がこの世界に来る一ヶ月程前の事だった。その電話を受けても俺は暫く信じる事が出来なかった。

何故ならば俺はつい数日前、冬香と会っていたからである。そしてその時彼女は至極普通だったし、特に変わった様子なんてどこにもなかったのだ。


「おいおい、冗談だろ親父? いくら俺の事が嫌いだからって、ついていい嘘といけない嘘があるぞ」


しかし現実は変わらない。葬式やらなにやらの日程を事務的に伝え、親父は電話を切った。俺はそれから暫くの間受話器を耳に当てたまま馬鹿みたいに立ち尽くしていた。


「そうか……冬香が逝ったか。明るくてめんこい女子だったのにな」


というのは俺が厄介になっている親戚の家のおっさんであり、同時に俺の師匠でもある男のセリフだった。夕食時、師匠と二人で食卓を囲み、彼は味噌汁を飲みながらしみじみと言った。


「それで夏流、お前は実家に戻るんだろ?」


「……いえ、師範せんせい。まだちょっと、考えているんです」


「考えるって何をだ? 双子の妹さんが亡くなったんだ、悩むこたなかろう?」


「師範は知ってるだろ? 俺は両親の期待が重荷で家を飛び出した馬鹿息子なんだ。それが今更顔を出すっていうのもな……」


「勘当食らわせた息子にわざわざ電話してきたんだ、せめて葬儀には顔だせという事ではないのか?」


「……かも、知れない。でも、冬香の葬式なんて……俺は」


兎に角箸の進まない夕飯だった。師範は溜息を漏らし、あとは無言でいつもどおり全部食事を平らげた。俺は……飯を残すと怒られるという生活習慣から、やっぱり全部平らげた。

夜中まで道場の掃除をしながらずっと考えていた。どうして冬香は死んだのだろう? と。親父は自殺だと言っていたけれど、イマイチ俺にはそれが信じられなかった。

だって冬香はこの間まで笑っていたんだ。わざわざ遠く離れたこの町まで珍しく遊びに来て、丸二日間も一緒に居た。両親には内緒で来たなんて言いながら悪戯っぽく笑って俺の手を取って歩いたんだ。

それがどうして自殺する? いや――もしそれが前兆だったとしたら? 俺は彼女のサインを見逃していたのかも知れない。そもそも冷静に考えてみれば、真面目なあいつが無断でこんな所まで会いに来る事自体、おかしな話だ。

両親の言う、約束された将来を持つエリートになりたくなくて家を飛び出してもうどれくらい経ったか。他に頼る人も居ない俺を快く受け入れてくれた……家事などを俺が担当するのを条件にだが……師範。外に出て、身体を鍛えて、色々な人と会うことで自分は変わったのだと思うしそれなりに充実した日々を送ってきた。

でも遠く離れた故郷で妹が何をやっているかなんて知らなかった。たまにこっそりかけてくるあいつの電話を待つばかりで、俺は自分から電話をかけてやることすらしたこともなかった。

年に一、二回、こっそりとどこかで会うこともあった。そういう時は丸一日喋り続ける冬香に付き合うのが大変で、でも元気にやってるんだって事がわかって嬉しかった。

兄と妹の関係なんて多分そんなもので、遠く離れてしまえば会う事もない。生まれた時は一緒だったとしても、別の人間、別の人格なのだから、双子だってずっと一緒なんかじゃない。

だから当たり前のように離れて、当たり前のように別々の幸せを見つけて、当たり前のように未来に進んで行く。多分俺は、そんな事を漠然と考えていたのだ。


「冬香が自殺、か……」


俺の所為ではないかと考えた。

家を出てきてしまったせいで、彼女に本城家の全ての重荷を押し付けてしまったのだから。自由奔放が存在意義のような彼女を籠に閉じ込めたのは紛れも無く俺だ。

けれどもだからといって死ぬほどのことだろうか? それなりに彼女はうまくやっていたし、少なくともそれが俺よりも上出来だったことは保障できる。そもそもあいつは優秀なんだ。だから本城家を任せられて親父もお袋も安泰だったはず。

冬香だって、会ってもそれが嫌だなんてことは一言だって漏らさなかった。だから平気だと思ってた。でも、平気じゃなかったのか?

考えても考えても答えは出ない。思い出すのはついこの間やってきた冬香の事だ。その日は確かそう、丁度クリスマスイブの日だった。

クリスマスだっていうのに態々兄貴に会いに来る妹というのもどうかと思うし、相変わらずスカートは履かずにジーンズがお気に入りの冬香は明るい笑顔で俺を驚かせた。


「こんにちはーっ! なっちゃんいますかー?」


なんてのはいつも突然やってくるあいつの口癖だ。師範も追い返してくれていいのに、わざわざ客間に上げてお茶菓子まで出すご丁寧っぷりだ。なんだか申し訳ない。


「クリスマスくらい、地元で過ごせばいいだろ? お前モテるんだから、引く手数多だろうが」


「そりゃあモテますとも。でもね、クリスマスを一人で寂しく迎えているかも知れないなっちゃんの事を考えたら、いてもたっても居られなくなったのですよ」


「はいはい、そりゃありがたいこって」


「えへへ、そんな怒んないでよー。突然きちゃったのは謝るから。ねっ?」


結局そうしていつも付き合わされるのだ。でもそれは決して嫌ではなかった。冬香がこの世界のどっかでまだ生きている……それを信じられる瞬間だったから。

でも始まりは多分この時だった。いや、もっとずっと前かもしれない。でもこの物語の始まりはどこかと聞かれれば、恐らくこの時だった。


「ねえ、なっちゃんは覚えてる? 昔――秋斗と三人でさ――」


それはただの昔話なんかじゃなかった。

どうして忘れていたんだろう。

それは、俺に助けを求める彼女の声だったのに。



一人、シャングリラの町を歩いていた。あれだけの騒ぎがあったのだ、人が集まるのは早かった。しかしそれに構う事も無く俺はその場を立ち去った。

考えたい事が山ほどあったし、どうにも誰かと話すような気分でもなかったからだ。人ごみに紛れてしまえば俺を見つけ出せる奴なんて居るはずもなく、俺は一人でシャングリラを彷徨い歩く。

冬香の残した世界と俺たちに届けられた原書。二匹のうさぎと二人の救世主。果たすべき役割と、リリアという存在。

のめりこめばのめりこむほど、この世界と自分の存在の矛盾に生まれる摩擦が心を磨耗させていく。どうしようもないジレンマを抱え、一人立ち止まって空を見上げる。


「ナナシは、知っていたのか……?」


肩の上のうさぎに問い掛ける。うさぎは答えなかった。知っていたのかもしれないし、知らなかったのかもしれない。


「どっちにせよ、あいつは俺の敵なのか? それとも味方なのか?」


「……救世主という同じ立場の人間としては、味方であると言えるでしょう。少なくとも彼の目的は貴方と同じはず」


「俺と同じ、だと? 俺は……違う。ただ知りたかっただけだ。冬香がどうして死んだのか……その理由を」


「理由を知れば、その結末をどうにかして変えたいと願うのではありませんか?」


うさぎは俺の頭の上によじ登る。そうして語るのだ。


「一つを得れば二つを欲する。二つを手にすれば三つに目が眩む。人は何かを得ればもっともっとと次を欲しがる生き物です。貴方がそうであったとしても何の罪でもなく、そして自然な事」


「理由を知ったら過去を変えたくなる……。やりなおしたくなる、って言いたいのか?」


「それは貴方の心のみぞ知ることでしょう。今のワタクシを貴方が信じられるかはわかりませんが」


「……ナナシ、教えてくれ。お前の主人は、冬香なんだろ? 俺をこの世界に呼び寄せたのも、秋斗をこの世界につれて来たのも、全部冬香なんだろ? なあ、この世界に冬香はいるんじゃないのか? 実は生きてて、俺に復讐してるんじゃないのか!?」


自分でも荒唐無稽な事を言っているのはわかっている。でも……でも、どうしたらいいのかわからない。


「俺は……俺のしていることって何なんだ……? 何の為にここに居るんだよ。救世主って、何なんだよ――っ!!」


どんな顔をしてリリアに会えばいい? それ以前にあんな話を聞かされて、リリアがそれを皆に広めないはずもない。

俺が異世界の住人だと知れ渡れば、どうなってしまうのか。所詮他人事であることは紛れも無い事実、俺はこの世界の住人ではない。この世界の人間に何か言ったところで、その言葉は意味なんて持たないんだ。

そんなことはわかってる。最初からわかってた。いつかはこうなるはずだったんだ、それがただ早まっただけだ。なのに、リリアの遠ざかっていく姿が目に焼きついおて離れない――。


「やり直したかったわけじゃない……」


ただ、この世界の皆が……。


「俺は……自分のエゴを押し付けていたつもりじゃなかった……」


でも、それは確かに事実で……。


「ごめん、リリア……」


目を閉じ、振り返る。うさぎは俺の手に原書を手渡す。

いつでもどこでもリタイアは出来る。それは始めた時から聞いていた。そしてうさぎは言っていた。俺は選択を迫られると。

深呼吸する。現実世界への扉を開く。この世界を見渡し、それから俺は本の中に吸い込まれるように、この世界を後にした――。


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