邂逅する運命の日(3)
「ディアノイアの学園祭、か。ふん、つまんねえなオイ」
人ごみの中を歩く一人の少年の姿があった。ウェイブした金色の前髪の合間、鋭い視線で世界を覗き見る。
その背後には彼が別に何を言うでもなく続く、白いタキシード姿の女性の姿があった。シルクハットんの影から覗く表情は笑顔を作り、少年は女を返り見て歩く。
「シロガネ、あっちの様子は判るか?」
「ええ、勿論わかりますともマスター。彼らったらとても面白い事をしているようですわ。ワタクシも参加したいくらい」
「へえ。成る程成る程。そいつは――邪魔する甲斐もあるってこった」
白い歯を見せて笑う少年の正面、彼らの行方を遮るように無数の執行者の姿が現れる。執行者は有無も言わさず剣を構え、二人を取り囲んだ。
しかし二人は全く動じる事も無い。取り囲んだ執行者の一人が先走って少年に襲い掛かると、彼はその剣を素手で弾いて蹴りでカウンターを叩き込む。
首筋に直撃した一撃は執行者の首を圧し折り、口から血の泡を吹きながら倒れるその頭蓋を踏みつけ少年は片手を翳して笑う。
「――ハッ! 大聖堂に伝えときな! 雑魚を寄越しても死体を増やすだけだってな。ま――誰か一人でも生きて帰れたらの話だけどなあっ!!」
上着の下、太股にくくりつけたホルスターから抜き去ったのは巨大な銀色の拳銃だった。銃身に紋章を浮かべ、銀色の雷を生むそれを手に、少年は執行者に照準を合わせた。
街中でそんな騒動が起こっているとも知らない夏流はその頃学園の校庭に設置された特設ステージの前に立っていた。一応参加者という事で最前列でミスコンを観賞する事が出来たのだが、彼は今自らの位置にひたすら困惑していた。
背後には想像以上の観衆がぞろぞろと集まっていた。生徒だけではなく一般人まで、そして更には男女問わず人が集まっている事が勇者部隊の人気を物語っているのだが、まさかそこまでとは考えていなかった夏流にとって最前列の席で待たされるのは苦痛以外の何者でもなかった。
沢山の視線を受けながら夏流は絶える。隣に座ったブレイドとアリアがポップコーンを食べながらステージの幕が上がるのを待っている。夏流もまた、ポップコーンを片手に溜息を漏らした。
「うーん……そういえばアクセルの奴はどこに行ったんだか」
昨日の今日でこうしたイベントがあるのもどうかと思ったが、以前から決まっていた事でもあり仕方が無いとも考える。その気分は夏流以外も同じ事であったが、リリアは何とかゲルトがなだめ、メリーベルは気持ちを切り替えて望んでいる。自分もそんな彼女たちから逃げてはならないと考え、心して見る事を決意する夏流であった。
「アイオーンもベルヴェールも時間通りに来たしなあ……意外とみんな乗り気なんだろうか」
「見つけましたよ、アリア様……ッ!! また一人でこんな所に抜け出して!!」
振り返ると背後の席との間を歩いてくるマルドゥークの姿があった。逃げ出そうとするアリアを背後から捕獲し、席を飛び越えて俺たちの前に出てくる。
「ぎにゃー! マルドゥークのばかー!! 変態ロリコン!!」
「誰が変態ロリコンですか!? 私はロリコンでは無くシスコンです!」
「いや、その発言もどうなのかと思うんだが……」
「ナツル、またお前か。まあアリア様の御身を守っていてくれたのだろうから、とやかくは言わんが……やれやれ、つくづく奇妙な縁だな」
私服のマルドゥークは眼鏡を指先で押し上げながら溜息を漏らした。アリアは昨晩ブレイドの部屋で夜を明かし、その間もマルドゥークは必死にアリアを探していたのである。一晩中走り回った後だからか、グッタリした様子で夏流の隣に腰掛ける。
「ふう……。全く、護衛も着けずにシャングリラまで来るとはどういうおつもりですか?」
「だってぇ〜……。護衛とかついてると、ぜーんぜん楽しくないんだもん。どこに行くにも危ないって言われるしさ」
「当然です。このような人の多い場所に安全な場所など存在しません」
「ううううっ!! ばか! マルドゥークのシスコン!!」
「シスコンの何が悪いというのですか!」
「だから、堂々と胸を張って言うことじゃないんじゃないか」
そうして騒ぐアリアたちの様子を遠目に眺める騎士たちの姿があった。その先頭に立つ私服のエアリオが片手を上げると騎士たちは頷き無言で去っていく。せっかくの学園祭なのだから、少しくらいは遊ばせて上げたいというエアリオの計らいであった。
その後、アリアの元に近づくとアリアはマルドゥークの手を離れエアリオに飛びついた。笑顔でその頭を撫でる姉の姿に弟は肩を落とす。
「姉上……。あまりアリア様を甘やかさないでください」
「あらあら、いいじゃない? たまにしか城の外には出られないんだもの。それに、お姉さんとマルドゥーク、それに救世主ちゃんがいれば、護衛としては充分すぎるでしょう?」
「それは……確かにそうですが」
アリアを膝の上に乗せて座るエアリオ。夏流とブレイドは彼女と挨拶を交わした。
「こんにちは〜、夏流ちゃん。それで、これはどんなイベントなのかしら?」
「えーと……ミスコン……水着審査アリの……」
「あらあらまあまあ? とっても楽しそうね〜。お姉さんも参加しちゃおうかしら?」
「そんな破廉恥な真似はさせませんよ姉上!! 貴方なら、うっかり水着がポロリする可能性が高い!!」
「もー、マルドゥークったら心配性ねえ。そんなことしないわよ〜」
しかしその言い訳には何一つ信憑性が無い事をその場の誰もが気づいていた。無言で話をスルーしていると、ようやくステージの幕があがろうとしていた。
⇒邂逅する運命の日(3)
『さぁ〜〜〜〜やって参りました!! ミス・ブレイブクランコンテスト!! 実況はこんな時しか出番の無いマイクでお送りいたします!』
歓声の中、俺は一人でポップコーンを齧りながらドキドキしていた。それは別に水着を想像して待ちきれずに興奮しているのではなく……そう、この企画そのものの安否を案じているのである……。
俺の知る限り、うちのパーティーには普通の女の子というやつが一人として存在しない。全員どこかおかしいというか、集団行動に適さないやつばかりなのだ。
集めてしまったのは俺なので最後まで見届ける責任はあるとは思うが、あの面子がミスコンなんてマトモに出来るとは思えない……。頼むから勇者部隊の醜態を晒すような事にはしないでくれー。
『さてお集まりの皆さんは既に勇者部隊、ブレイブクランについてはご存知の事でしょう! 女王から救世主と呼ばれた男、本城夏流率いるエリート学生部隊、それがブレイブクラン! 先のオルヴェンブルム攻防戦では先陣を切り他の生徒を導き魔物を撃退する大活躍を見せ、校内でも密かに人気が沸騰しつつある特殊部隊です!!』
そうだったの?
『さて、美しい女性が揃っていることでも有名な勇者部隊に今回はあの『精霊狩り』、『龍殺し』、『不死身』、『死術使い』、『限界突破者』などなど、様々な通り名を持つ紅き魔術師、アイオーン・クロックも参戦している!! これは一体どういうことなんですかね? 解説のアクセル・スキッドさん』
思わず転びそうになった。顔を上げてステージを食い入るように見つめると、マイクの反対側には何故かアクセルが立っていた。胸元には『勇者部隊代表解説』というプレートがぶら下がっている。
『えー、うちの部隊のリーダーである救世主はアイオーンとも仲がいいんですよ。以前アイオーンから指名を受けて闘技場で行った決闘がフリーバトルだったにも関わらず満席だった事は記憶に新しい事件ですね』
『成る程、そのコネを使ってアイオーンを呼んだと。いやあ、流石は救世主! 顔が広いですねえ!』
狭すぎて一部にのみ広まってる気がするのは俺だけか。
『というわけで、早速コンテストを開始しましょう! 審査は通常審査と水着審査の二回に大きく分かれます! その通常と水着両方で約五分間のアピールタイム、その他にインタビューなどが行われます! 投票は客席の皆さんのお手元にあるボタンと、それから特別審査員三名によって行われます! 特別審査員三名はディアノイア学園の教師陣三名です!!』
見ると、特別審査席にはソウルとルーファウス、更にアルセリアが座っていた。アルセリアだけ大きすぎてスペースに収まらず身体の半分以上はみだしてしまっている。
三人が客席に手を振る中、いよいよコンテストの幕が開かれようとしている。俺はもう心臓が止まりそうなくらい緊張していた。頼むからヘマしないでくれ、特にリリア……。
『それではエントリーナンバー一番! メリーベル・テオドランド!』
拍手と歓声の中、メリーベルが歩いてくる。一先ずは私服という事で、普段通りの研究服で登場したようだ。
歩いてきたステージ上のメリーベルと視線が合った。しかし彼女は直ぐに視線を反らす。まあ、メリーベルなら特にヘマはしないだろう。
『えー、メリーベルさんは錬金術師という事で、普段から怪しい研究をしているという情報があります。チャームポイントは実験失敗でついてしまったネコミミで、普段から猫を引き連れているそうです。今日も足元に猫が集まってますね』
そういう情報はどこで手に入れるんだ?
『メリーベルはあんまり表に出ないから知名度低いですけど意外とマニア受けしててアングラでは有名な美少女っすね。最近はちょくちょく外にも出るようになってファンも増加傾向にあるんだなあ。ちなみに性格的にはS方向で、うちの女性陣を虐めて楽しんでます』
アクセル、お前――――。
『えーというわけで、メリーベルさんにインタビューです! 今回のミスコンの意気込みを一言!』
「とりあえず、アクセルは後でシメる」
歓声が沸き起こる中、アクセルはへらへら笑っていた。うん、捕まらない自信があるんだろうな。あいつ足早いし。
『自分のチャームポイントはここだ! っていう所ありますか?』
「ねこみみ」
『本日はどういった理由で参加を決めました?』
「ナツルに頼まれたから」
『では最後に、この晴れ舞台を一番見てもらいたい人は?』
淀みなく無表情に返答していたメリーベルが停止した。少し考え込み、それから客席に居る俺を見つめる。
「うちの救世主に」
歓声が沸きあがる。隣に座っているエアリオさんが何か言っていたが俺は聞かなかった事にした。何やら周囲からの視線が痛い……。
『ありがとうございました! では五分間のアピールタイムです!! どうぞ!!』
マイクがステージの端に去って行くと、メリーベルはその場に立ったままポケットから小さな笛を取り出した。一体何事かと思いながらじっと眺めていると、メリーベルの笛の音に誘われるように猫たちがあちらこちらから飛び出してきたではないか。
口に笛を咥えたままメリーベルは猫たちに指示を出す。笛の音色に沿って猫たちはステージの上で舞い踊り、綺麗に声をそろえて鳴いていた。
「……大道芸じゃねえか」
これはこれで面白い見世物だったが、だからってアピールが出来たとは思えない。自分の両腕を伸ばし、そこにびっしり猫を乗せたメリーベルは案山子のような格好のままステージ裏に帰って行った。みんながどんな顔をしているのかが怖くて振り返る事が出来なかった。
『いやあ、メリーベルさん面白いアピールでしたねえ』
『……まあ、メリーベルと言えば猫、猫と言えばメリーベル……本人も猫みたいな奴ですから、ステージの上に立ってるのに飽きたのかもしれないっすけど』
それは俺も同意する。腕を組んだまま苦笑を浮かべていると、次の参加者が姿を現した。
『エントリーナンバー二番! ベルヴェール・コンコルディア!』
おしとやかにモデル歩きで登場したベルヴェール。なんだかこういう舞台にも慣れた様子で、平然と観客に手を振っている。
『ベルヴェールさんは、コンコルディア財閥の一人娘のお嬢様でもありますね。ジョブは弓兵! その他にも様々な魔術に精通しているオーソドックスな後衛タイプです』
『あいつは基本的に頭悪いので、自分で企画したのに参加してきちゃいましたね。まあそこがいいという人もいるんでしょうけど。ちなみに学内では有名な話で、出資者である父の恩恵で学園でも悠々自適な生活を送っているとか。あとつれてるメイドは可愛いです』
だからアクセル、お前……。
『ではインタビューに入りましょう! 今回の参加にあたり、意気込みを一言!』
「誰がバカよ、誰がっ!! アクセルは後で殺すわ!!」
『えー……と、チャームポイントは?』
「アタシという存在全てね!」
『本日参加の理由は?』
「理由? んー、そんなの考えた事も無かったわ!」
『そうですか。では最後に一番見てもらいたい人は?』
「ナツルね! 見てなさいナツル! アタシの企画が見事に成功する様を!!」
思い切り指差されてしまった。恥ずかしくて仕方が無い。俺が冷や汗だらだら流している間にアピールタイムに入り、ベルヴェールが小道具として取り出したのはヴァイオリンだった。
ミスコンの会場で思い切りクラシックな演奏を始めるベルヴェール。育ちのいいお嬢様である事はわかるのだが、だからってここでそれはないと思う。
演奏は五分間続き、拍手の中礼儀正しく頭を下げてベルヴェールは去って行った。なんというか……バカだから仕方ないか。
『演奏はお上手でしたねえ。流石はコンコルディアの一人娘! 気品の感じられるアピールタイムでした!』
『でも多分ここに集まってる人は気品は求めてないと思うんだなあ。逆にちょっと下品なくらいのお色気がないと意味ないんじゃね?』
うん、同意する。確かに趣旨的にそうだろうな……。
『エントリーナンバー三番! リリア・ライトフィールド!!』
「はーいっ!!」
元気のいいお返事と共にとことこ走ってくるリリア。ああ、本命がきやがった。心配だ……心配すぎる。
転ぶなよー頼むから転ぶなよーと思っていたら目の前で思い切りずっこけた。ぶっ倒れたリリアに会場から笑いが起こり、俺は頭を抱えて項垂れていた。
『だ、大丈夫ですか?』
「あー、平気ですよ? リリアいつも転んでるから顔面が頑丈なんです!」
『そ、そうですか……。リリアさんと言えば、三ヶ月前のメリーベル戦での鮮烈な闘技場戦がわたくしの中では印象的ですね。最近では前線を切り開いた功績やその明るい人柄が密かに人気を呼んでいます』
『ドジっ子天然力ですね。転ばなくなったらもう魅力は半減っすよ。ちなみに男性より女性に人気が高いのが現状です。完全に子供扱いっすねー。でも良く見るとかなり可愛い顔立ちしてるんですよ。いつも怪我してますけど』
……アクセルは女性陣を良く見てるんだなあ、と感心すべきなんだろうか。
『それではインタビューに入りましょう! 今回参加の意気込みを聞かせてください!」
「うん、とりあえず、アクセルくんは後でどうにかしなきゃなって思うんだ?」
『あ、あはは……。リリアさんのチャームポイントは?』
「え? チャームポイントは〜…………チャームポイントが、ないところっ!! えへへ、ちょっといいこと言ったかも」
『え、えぇ? 本日の参加の理由は……?』
「師匠に誘われたからです! 師匠〜見てますか〜!? リリア、がんばってまーすよーうっ!!」
両手をブンブン振るリリア。俺は泣きたくなりながら手を振り返した。
『何だか皆さん同じようなコメントですね。それでは今回参加にあたり、一番見てもらいたい人は?』
「勿論大好きな師匠ですっ!!」
『ありがとうございました! それでは五分間のアピールタイムです!』
マイクが下がるとリリアは前に出た。それから当たり前のように俺に微笑みかけ、胸に片手を当てて目を閉じる。
「リリアが一番得意なのはお料理なんですが、ここでは出来ないので――――歌を歌います」
俺はそれを止めたくて仕方が無かった。リリアの歌? そんな特技聞いたことねえよ。頼むから変な即興特技を作らないでくれ。
頭を抱えてはらはらしながらそれを見守っていると、リリアの第一声で会場は静まり返った。マイクもスピーカーも通さないただの素の声が、青空に鋭く響き渡った。
身体を突き抜けるようなその高らかな歌声は優しく、力強く会場を包みこむ。聞いた事の無い言語の、聞いたことの無い歌。それはこの世界でも珍しい物なのか、誰一人口を開くことなくそれに聞き入っていた。
歌声が聞こえる。それはこの世界の全ての時間を止めるような神々しい時間だった。予想外の完成度に空いた口が塞がらずに居るとあっという間に五分が過ぎ去り、リリアは途中で歌を止めてしまった。
『こ――れは驚きましたね。聖歌……でしょうか?』
『やっぱりミスコンのアピールとしてはどうかと思いますけど、いやーすごかったっすね。リリアちゃんかわいいなあ』
割れんばかりの拍手の中、リリアは転びながら去って行った。その歌声に驚いて黙り込んでいると隣に座ったマルドゥークが俺の肩を叩く。
「ナツル、彼女はどこであの歌を?」
「どこって……さあ? お前は知ってるのか?」
「――――創世の聖歌、だよ」
声を上げたのはエアリオの膝の上に座ったアリアだった。何やら真剣な眼差しで立ち去って行くリリアを見つめるアリア。結局あの歌がなんだったのかを確かめる前に会場はまた騒がしくなってしまった。
『エントリーナンバー四番! ゲルト・シュヴァイン!!』
リリアとは正反対に凛々しい表情で姿を表したゲルト。それは以前と同様、所謂ゲルトの『外面』である。民衆の前では凛としていようとする彼女の覚悟みたいなものだ。
『いや〜、男女問わず人気がありますゲルト・シュヴァイン。言わずもがな、学園のアイドルであります』
『ゲルトについては多くを語る必要はないっすねー。うちのパーティーの中では恐らくリリア以上のへこたれ勇者で、昨日もナツルと一緒に花火見てましたし、意外と気弱な所があって一説には百合ではないかという話もあります』
『えーと……? とりあえずインタビュータイムです』
「アクセル・スキッドは後で魔剣の威力をもう一度味わわせてあげましょう」
『まだ何も言ってないのに……。えーと、チャームポイントは?』
「そんなものはありません。わたしは勇者ですから」
『今回参加に至った理由は?』
「恩返しです。それ以上でも以下でもありません」
『そ、そうですか……。それでは最後に、一番見てもらいたい人は?』
「別に見てもらいたい人は居ませんが、一番見たいのはリリアですね」
『はっ?』
「いえ、なんでもありません」
ゲルト、多分かなり緊張してるな。冷静をなんとか装ってはいるものの、自分でももう何を言っているのかわかっていないんだろう。
一瞬救いを求めるように俺を見たが、俺は首を横に振った。悪いがゲルト、そこに立ってしまった以上、俺にはどうしようもない。
『それではアピールタイムです! どうぞ!』
「え? アピール……? アピール……アピール……」
腕を組んで考え込むゲルト。暫くそうして悩んだ後、意を決したように魔剣を構えてポーズを取り出した。
何度かポーズを変え、中には中々刺激的な体勢もあった。しかしどうしてまたこんなミスコンっぽくきちんとアピールしてくるのか、ゲルトの性格的に謎ではある。
ウィンクしながら魔剣を片手でぐるりと回転させ、肩に担いで去っていくゲルト。舞台の裏に彼女が消えるのを見送り、俺は解説を求めてアクセルを見る。
『いや〜、ゲルト・シュヴァインさすがですね。撮影には慣れているようです!』
『シュヴァイン家復興のために出来る限り勇者として目立ちたいというのはゲルトの考えにありますからね。ちなみにゲルトは以前から幾つかの雑誌のモデルや校内パンフレット、生徒新聞などで写真撮影を受け付けていますし、現役のモデルでもありますから』
成る程、芸能人パワーってことか。しかしそういわれないと信じられないな。俺の中のゲルトのイメージはもうそんなお高いもんじゃないし……意外な一面を垣間見てしまった。
『さてさてエントリーもラストを迎えました! ナンバー五番! アイオーン・ケイオス!!』
ステージ上に燃え上がった炎の中からゆっくりと姿を現すアイオーン。その派手な演出に誰もが驚く中、アイオーンはいつもどおりの不適な笑みを観衆に向けた。
盛り上がっていたのは男性よりも女性だった。あちらこちらから黄色い悲鳴が上がる中、マイクはまだ燃え残る小さな炎を避けながらアイオーンに駆け寄る。
『アンリミテッド・アイオーン! いやあ、素晴らしいですねー! 男性よりも女性から圧倒的な支持を受ける正にカリスマ参戦であります!』
『アイオーンは一部女性ファンの中では『アイ様』と呼ばれ崇拝されてるそうですよ。ちなみにアイオーンは男性だけではなく女性も普通に好き、という表立った両刀発言も有名です。まあそんな事よりおっぱいデカイですね』
なあアクセル、お前本当に怖い物知らずなんだな――。
『それではアイオーンさん、参加の意気込みを一つ!』
「そうだね……。色々と言いたい事はあるけれど、まあそういう事もある。ボクはこう見えても寛大な心の持ち主だからね、フフフ」
『ハ、ハハハ……。ええーと、チャームポイントは?』
「んー……。胸、かな? 挟むも揺らすも自由自在さ」
『……。えー、参加の理由は?』
「勿論夏流に誘われたからさ。大事な救世主様に誘われたのじゃあ断るわけにもいかないだろう? それに個人的にボクは彼が好きだからね」
『…………お、おほん。では、勿論一番見てもらいたい人は?』
「夏流だね。そういえばこの後逢引する事になっているんだし、冷静に考えてみれば特にここにいる必要もないのだけれど」
なんだ、背後から複数の殺気を感じる……。気のせいであってくれ。気のせいであってくれ。
『それではアピールタイムです! どうぞ!』
「んー……とりあえず魔法でも撃つか。天地を焦がせ龍の息吹でも」
不吉な事を言い出したアイオーンに教師陣が動き、アイオーンは笑顔のままずるずると引き摺られて舞台裏に連れ込まれた。そこまで警戒しなくてもアイオーンだって本気で観客席に龍滅魔法は撃たないだろ……たぶん。たぶん。
そんなこんなで第一幕が終了し、数十分の休憩時間となった。一先ず何事もなく――あったけどあれはもう俺の中ではさほど驚くようなことではなくなりつつあるという自分の麻痺した感覚――終了し、皆の様子を窺おうと思って舞台裏に顔を出す事にした。
「おーい皆――……」
俺はそこから目を反らした。床の上に転がったアクセルを女性陣がボッコボコにしていたのである。もう見ていられない。アクセルは悲鳴を上げながら女性陣に許しを請うが、まるで止める気配は見えなかった。
どうして捕まったんだろう? とか考えていたが、見ればアクセルはベルヴェールに凍らされた上で更にリリアの鎖につながれていた。あんなん逃げられるわけがねえ。
静かに両手を合わせ、アクセルの冥福を祈る。そそくさと舞台裏から去ると、背後から誰かが駆け寄ってきた。そこに居たのは頬についた返り血……アクセルの……を拭うリリアだった。
「師匠、どうかしたんですか?」
「俺は何も見て居ない」
「い、行き成りどうしたんですか……? それより師匠! 結局他の人全員師匠が誘ったってどーいう事ですか!? 師匠はリリアが可愛いからミスコンに参加してほしいって言ったのに〜!」
「ん? それがどうかしたのか?」
とりあえずこの場にいるのはよくないと思い、地獄絵図に背を向けて歩き出す。リリアは俺の隣を歩きながらほっぺたを膨らませて拗ねていた。
「師匠は見境無さすぎですよう。アイオーンさんまで口説いてくるなんて……」
「口説いた覚えはないぞ……? でも、ちゃんと見てたんだからいいだろ? リリア、上出来だったよ」
「ほんとですかっ? えへへー」
時々リリアが出す『ほめてほめてオーラ(俺命名)』を感じ取り、その頭をぐりぐりなでる。満足げに笑うリリアに溜息を漏らした。
「それにしてもあんな歌どこで覚えたんだ? 何語?」
「う? それは全然リリアにもわかんないですよ〜。ずーっと昔、どこかで教えてもらったんですけど……。リリア、歌うのとか好きなのですよ。師匠も今度一緒に歌いましょうよ」
「俺はいいよ……。お前のあれ聞かされた後で一緒に歌いたくなるほど無謀じゃない」
二人してそんな話をしながら歩いていると、俺の視界を何かが横切った。それがなんなのかを判断するよりも前に俺の足はそれに導かれるように方向を変える。
周囲を見渡して影の正体を探る。それは狭い路地の中へ消えて行く、白いシルエット――。うさぎ。うさぎだ。うさぎが跳ねている。
「師匠? どうかしたんですか?」
「……リリア、戻ってろ。ちょっと気になる事があるんだ」
「え? 師匠……あ、ちょっと!」
リリアを振り切って駆け出した。勿論俺の視線は肩の上のうさぎ――黒いうさぎに向けられている。ナナシは何も言わずに俺の肩にしがみ付いたまま、遠ざかっていく白いうさぎを見つめていた。
「ナツル様、あれは――」
「ああ。なんなんだ? 明らかに俺を呼んでる……」
声が聞こえたわけではない。目があったわけでもない。ただ俺に対して発せられる、『ついてこい』というメッセージ。
それに続いて行くと、そこは薄暗い路地の果てだった。どこに出口があるのかも判らない、光も届かないシャングリラの闇――。その最中へ消えて行くうさぎを見つめ、足を止める。
「…………誰だ、そこにいるのは」
誰かが倒れている。それに気づいて声をかける。だが返事が無い事に直ぐに気づいた。雲の切れ間から太陽の光が降り注ぎ、闇の中に浮かび上がったのは折り重なった死体、死体、死体――。
死の匂いと血の赤の中、そいつは俺に近づいてくる。死体の山を踏み越えて、舞い降りる。俺と同じく、白いうさぎを肩に乗せた、見ず知らずの少年――。
「――よう、夏流。懐かしいじゃねえか、ん? 中々どうして――素敵な運命の巡り合わせだ」
闇の中から歩いてくる少年。その声に俺は聞き覚えがあった。そう、俺は彼を知っている。見ず知らずなんかじゃない。何故なら、俺は――。
「いや、運命なら決まっていた事だ。俺様とお前――二人の救世主の出会いもな」
自分に銃を向ける少年の顔を見て俺は絶句していた。ありえない――そんな五文字が頭の中でグルグルと渦巻いていた。
「……秋斗、なのか……?」
前髪の合間、鋭い視線が俺を射抜く。途端に脳裏を過ぎる、彼と俺とそして彼女の記憶――。
幼き日に別れそれから一度も出会う事もなく、そしてこの世界に存在するはずもないあちら側の人間。俺の幼馴染――。如月秋斗。それが何故か今自分に銃を向けている。
「覚えてたか。まあ、忘れられるわけもねえよな、夏流……。テメエが殺してテメエが奪った、冬香の事も……。勿論、俺様の事もよおっ!!」
自分の過去が今目の前に追いついてきた。清算しきらなかった罪はどこかで裁かれる。
頭の中で冷静に考えている自分がいた。そうだ、当たり前じゃないか。俺が救世主ならば、『こいつだって救世主で当たり前』なんだ。
身構えるより早く放たれた銀色の弾丸が身体を撃ち抜く。自らの身体から溢れる血を眺めながら、俺は自分の過去に想いを馳せていた――。
〜ディアノイア劇場〜
*やっと出てきた人編*
『救世主二人』
秋斗「中々素敵な運命じゃねえか、夏流――!」
夏流「お前はバカかっ!? いや、バカヤロウッ!!」
秋斗「おぶうっ!?」
夏流「タダでさえ救世主目だってないとか、出番ないとか、ヘタレとか、色々言われてるのに二人になったら俺の主人公としての存在意義が問われるだろうがああああああっ!!」
秋斗「え? いや、俺様それでも別にいいんだけど……敵だし……」
夏流「バカヤロウッ!! このバカヤロウッ!!!!」
秋斗「ぐはあっ!?」
夏流「ただでさえキャラクター多いのに暫く死にそうにもない顔しやがって!! ここで大人しくくたばっておけっ!!」
秋斗「そんなに目立ちたいのか!? 目立てればいいのかよ、テメエッ!!」
夏流「リリアにも票で置いてかれてるんだよ俺はあああああっ!!」
『不遇』
アクセル「なあ、どうして俺ってこんなにこの作品の中で不遇なんだろう?」
ブレイド「それをおいらに言われても困るよ……」
アクセル「ほら、ナツルは最近ゲルトとイチャイチャしてるし、他の女の子ともイチャイチャしてるし、なんかここの所戦わないでイチャイチャしてるし、おかしいと思うんだ」
ブレイド「別に主人公なんだからいいんじゃないの?」
アクセル「主人公だからって全然目立たないのに特に救世主っぽいことはしないで女子といちゃいちゃしてるだけってどうなんだよ!! ていうかブレイド君だってお姫様と仲いいじゃんか!!」
ブレイド「……ニーチャンにはほら、妹がいるだろ? よかったじゃないか」
アクセル「言われて見るとそうだな」
ブレイド「……バカでよかった」
『フラグいろいろ』
リリア「むむむ……。まさか救世主が二人もいたとは」
秋斗「いや、連載開始時から普通に出る予定だったんだぜ? 救世主っぽい働きを始めるというか、この世界の事情に慣れるまで引っ張ってたけどな」
リリア「そういえばどっかでシュート君でてたよね」
秋斗「もう読者も覚えてねえようなところでな。ま、読者が覚えてないようなフラグなんて山ほどあるだろうし忘れられてる方がいい事もあるぜ?」
リリア「逆になんで今まで師匠は自分の過去に触れなかったのか謎ですね」
秋斗「順番ってもんがあるのさ!」
リリア「じゃあ信じてもいいんでしょうか? リリアの順番も、そのうち周ってくるんだって――」
『芸能人』
リリア「ゲルトちゃん、そういえば芸能人なんだよねー!」
ゲルト「……なんですか、芸能人って。時々貴方この世界の言葉じゃないものを何故か使いますよね」
リリア「そんな事はどうでもいいんだよっ! ねえねえ、雑誌の表紙とかにも出てるんでしょ? そういう雑誌ないの?」
ゲルト「ええ、まあ……そういえば関係者から貰ったのがありますけど」
リリア「わー! かわいいねー!! ゲルトちゃんは学園のアイドルだねー!!」
ゲルト「ど、どうしたんですか? 今までそんな事全く触れなかったのに……というか、そういう設定なのは初期からですよ。あまり役立ってない設定ですが」
リリア「ゲルトちゃんは学園のアイドルだから、『メインヒロインはゲルト』とか言われてるんだよね?」
ゲルト「え――?」
『悪役の日常』
フェンリル「ただいまー。ふう、疲れたなー。母さん夕飯は出来ているかい?」
鶴来「はいはい、もうすぐ出来ますよ。もうお父さんったら、食事中は仮面をとって下さいっていつも言っているでしょう?」
フェンリル「ああ、すまないねえ。つい仕事の癖で……。こら、グリーヴァ。食事中にテレビなんて見てるもんじゃないぞ」
グリーヴァ「他の家じゃみんなご飯食べながらテレビ見てるもん!」
鶴来「他所は他所、うちはうちです。そんなに他所がいいなら、他所の家の子になってしまいなさい」
ベルヴェール「っていう、生活してるんじゃないかしら。どうせ凡人だし騎士団に追われてるわけだし」
リリア「なるほどー!」
ブレイド「いや、ネーチャンたち……? それ本気で言ってるのか……?」
『中身は?』
リリア「それにしてもびっくりしましたねー……。学園長の鎧の中身がからっぽだったなんて」
夏流「じゃあどうやって動いてるんだあれ? 声も中から聞こえるし……」
リリア「多分、あれは何者かが操る人形なんですよ。遠隔操作している本当の学園長が学園のどこかにいるはずなのですよ!」
アルセリア「わたしの中身がどうかしたのですか?」
リリア「あ、学園長こんにちはー。ちょっと中を覗き込んでもいいですか?」
アルセリア「ええ、構いませんよ」
夏流「いいのかよ!? あ、リリアずるいっ!! 俺も見たい!!」
リリア「ま、まさか中があんな風になっていたなんて……」
夏流「な、何がいたんだ?」
リリア「――中に誰も居ませんよ」