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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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邂逅する運命の日(2)


日が暮れて夜になっても、気持ちはざわついたまま落ち着く気配もない。

学園祭の夜は明るかった。中庭に多く配置されたベンチの一つに腰掛けていても、近くを沢山の人が通って行く。その誰もが楽しそうなのに、自分は全く楽しくない事がちょっとしたイレギュラーに感じられた。

夕暮れの街。今から数時間前の事だ。ゲルトの枯渇衝動の悲惨さを目の当たりにした俺は、餌を与えるという作業が終わった後も半ば放心状態にあった。

大人しくなって気を失ったゲルトは口から涎を垂らしながら汗だくの顔でぐったりと鎖にぶら下がっていて、部屋の外にリリアを呼びに行くと、そこにはメリーベルが立っていた。どうやらリリアが呼んで来てくれていたらしく、俺は力なく道を譲り、彼女に後の事を任せて部屋を出た。

廊下に出て壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込む。リリアは俺の前に立ち、小さな声で言った。


「……どうしてあんな事に」


俺は答えなかった。魔女化の影響があることくらいわかってた。でも、今まで全然そんな兆候はなかったじゃないか。

たまに血は上げていたけど、ゲルトは普通だった。つい昼間には一緒に戦って、リリアと手をつないで笑っていたじゃないか。それがどうしてこうなるんだ? そんなの、俺が聞きたいくらいだ。

わかってたのに、理解していなかった。ヤバいってわかってたのに、楽観視していた。ここまでじゃない、それほどじゃない。メリーベルは普通だったからその苦しみも堪えられる程度なのだと思っていた。思いたかった。

でも現実は今俺の目の前に横たわり、気高い勇者を血に貶める。鎖につながれた獣のような姿は今の彼女にはよく似合い、そしてそれを受け入れたくない自分が居る。


「……俺のせい、なのか」


呟きにリリアが眉を潜める。息を呑む。そう、ゲルトはあそこで死ぬはずだったんだ。俺が、あそこに居なければ――。

魔物の呪いを飲み干して、しかしそれは身体に適応する前にゲルトの身体を破壊してその命の火は完全に燃え尽きる事になる――そのはずだった。でも、そこに俺は居た。居てしまった。自分の血という、彼女にとっては喉から手が出るほど欲しい物を……命の対価そのものを持つ俺が、それを安易な考えで与えてしまった。

彼女は俺の願いどおりに命を永らえた。しかし命の尊厳は失ってしまったのだ。同時にかけ離れたその二つは俺の手の中で揺らぎ、自分でも何を掴めばいいのかさえ判らない。

魔性の存在に身を窶してまで、ゲルトは生きたいと願っていたのか? 救いたいなどという安易な考えが呼んだ結末が今――。あのまま俺が余計な事をせず、『死なせてあげていれば』良かったのではないか。そんな風にさえ思える。

そう、これから一生あの呪いと向き合って生きて行くというのか。それは……それは、あんまりだ。あんまりにも辛い。俺はそれに、耐え切れるのだろうか。他人の命を救い、生きながらえさせたという事の意味を。

メリーベルはあの時迷っていた。命を一時的に救うことは出来る、しかし――。そこから先の言葉を俺は聞かなかった。きっと彼女も俺と同じく楽観視していたのだろう。彼女にいたってはそれも仕方のないことだ。自分という前例があり、それと長年向き合ってきた。だから、ゲルトも同じ程度だろうと思っても仕方がない。

俺は何の経験もなく、知識もなく、ただその時救いたいというだけで彼女の尊厳に血を落とした。その一滴がその身体を汚し、プライドを砕いていく事に気づきもしなまま。


「…………なつるさん……」


「俺は、ゲルトを助けたかった……ただそれだけだった。でも……そうじゃなかったのか……?」


アイオーンは言った。そんな甘さを許してくれるほど、この世界は優しくはないのだと。

それは俺に対する警告だったのだ。そう、俺の行いは――安易過ぎる。他人を救う? それがどれだけ難しいことかも判らないまま、この世界に骨を埋める気もない子供の俺が――?

全てを救う事は出来ない。何かを手に取れば何かを零してしまう。そんな事はわかっていたつもりだった。でも――。

ゆっくりと顔を上げる。リリアは悲しげな表情で俺を見下ろしていた。リリアに心配されているようじゃ、どうしようもない。本当に――どうしようも。


「手間をかけさせたな……。戦いに誘ったのも、安易にあいつに血を与えたのも俺だ。全部今回は……俺が引き起こした事だ」


「…………」


「恨んでくれて、いい……。本当に……悪かったと思ってる」


「それは違うんです、師匠。そうじゃないんです、師匠は……」


リリアはそう呟いた。その言葉の意味は良くわからなかったが、遮るようにしてメリーベルが扉を開いたことで自然とその続きは俺の意識から消えてしまった。

部屋に入ると鎖から解放されたゲルトがソファの上に寝かされていた。リリアが俺たちを押しのけて駆け寄り、ゲルトの手を取って祈るように頬を寄せる。

俺の隣に立ったメリーベルは溜息を漏らし、前髪をかきあげながら言った。


「……予想以上に適応力が高い。甘く見ていた……。これはもう……勇者として、絶望的過ぎる欠陥と言える」


「そんな……。うそだろ? じゃあもうゲルトは勇者になれないっていうのか!?」


「……勇者は、ヨト信仰の洗礼を受けた神に選ばれし戦士――。教会と女王からの任命を受けねばならない。でも、教会は異端を徹底的に排除する組織……。魔物を宿した魔女である事が発覚すれば、その場で首を落とされる」


余りにも悲惨な事実に声も出なかった。いや、気づくべきだった……。血を飲ませた時に覚悟すべきだったんだ。どちらにせよ俺は、この子を殺すことになるんだと。その人生を、壊す事になるんだということを。


「ゲルトは様態も良かったし、無理さえしなければ日常生活に支障はない……。戦闘に関しても、魔力を使いすぎない限りは問題ないはずだった」


「じゃあ、使いすぎだったんじゃないか? 必殺技を一応使ったわけだし……」


「ゲルトの魔力総量の何割まで消耗すればこうなるのかはわからないけど、多分、ニ、三割消耗すれば抑え切れなくなる……。そもそも、必殺技を一度も放てない勇者に存在意義があると思う?」


「それは――っ」


「あのっ!! だったら、教会で洗礼を受ければいいじゃないですかっ!!」


リリアの発言は尤もな事だった。そう、全ての魔を掃う聖剣リインフォース。それを生み出したのは教会であり、同じ洗礼技術を施せば、ゲルトの呪いだって……。


「全て説明すると難解だから簡単に説明するけど、魔物の呪いというのは身体そのものに癒着するものなの。そうしていくうちに人間の身体そのものと置き換わって行く。たとえ魔物だけを浄化する聖剣による攻撃や洗礼儀礼を受けたとしても、魔物化した肉体の大部分は蒸発し、生存に致命的な欠陥を被る」


「……死ぬ、って事……ですか?」


「……それで解決するなら直ぐにリリアに斬らせてる。でもそうじゃない。それに仮に教会であたしの知らない儀式や術式があったとしても――救うと思う? あの大聖堂聖騎士団が、呪われた勇者なんかを」


その事実を口にするメリーベル自身も辛いのだ。言い返すことはただの八つ当たりに過ぎないことはわかっていた。

だから、黙り込む。三人して沈黙する。何とかこのまま騙し騙しやっていけると思っていた。そんな希望を抱いていた。でも、そうじゃない。そうじゃなかったんだ。


「今回の様子を見ていると、まだ身体に完全に魔物が定着していないんだと思う。だから肉体が摩り替わって行くのに多大な魔力を消耗し、より多量の食事を欲する事になる」


「魔力を消耗すれば、魔女化を促進していくって事か?」


「そうなれば最終的に、ゲルト・シュヴァインという人間の概念が消えてなくなって……『ゲルトの姿をした何か』に成り果てる」


最悪のイメージが現実になった。それも、それは俺たちが考えていたよりもずっとずっとずっと凄まじい速度で発展し、恐ろしい速さで迫っている。

ゲルトがゲルトではなくなってしまう――。そんなのって、アリか? そんな事になるなら、救ったって意味がないじゃないか――っ!!

俺よりもショックを受けていたのはリリアだった。その場にがくりと膝を着き、呆然と虚空を眺めている。そんな姿にメリーベルは首を横に振った。


「……この世界に、魔物の呪いを研究する学術書は存在しないの。そうなった人間は殺すのが基本……。ほうっておけば魔物になる。だから、判らないことの方が圧倒的に多いの。まさかこんなに進行が早いタイプがあるなんて思わなかった……。あたしの判断ミス、ね」


違うとわかっているのにそう言えなかった。ただただ黙り続ける。多分誰のせいでもないんだ。誰にもよく判らないし、誰にも相談できない。仲間内だけで解決しなければ教会にゲルトは殺されてしまう。でも、俺たちだけじゃどうしようもない――。

八方塞の状況に思わず逃げ出したくなる。正面から見つめたら押しつぶされてしまいそうだった。リリアは、特に――物事を斜めに見られないから、重く圧し掛かってくるその現実に壊れてしまいそうだった。

声を殺してその場に崩れたまま泣き出したリリアを何とかなだめ、彼女を寮まで送り届けた。リリアは心の底から打ちのめされたように涙を流していた。無理はない。だってようやく、二人は自分たちの夢に向かって手を取り合って歩き出そうとしていた矢先なのだから。

クロロにリリアを任せ、俺は夜の街に繰り出した。でも、もう何もする気が起きなかった。自暴自棄になっているわけではないと思う。でも――何をすればいいのかわからない。

正しいと思っていた。それで救えると思っていた。でも、そうじゃなかったんだ。俺は自分のエゴで一人の人間の夢を、生きる意味を壊してしまった。それは、許されることなのか?

中庭のベンチに座って長い間そんな事を考え続けていた。どうしようもないくらい何も考えられない真っ白の頭の中、この世界での出来事が過ぎっていく。

涙は流れなかった。でも、自分のしてしまった事に脅えていた。目を覚ましたゲルトになんていわれるだろう。どう、許してもらえばいいのだろう?

何も考えられないまま、俯く。そんな狭い視界の中、誰かの靴が見えた。顔を上げたそこに立っていた黒いアーマークロークの勇者は魔剣も持たずに一人、夜の闇の中で俺を見つめていた。



⇒邂逅する運命の日(2)



「先ほどは、お見苦しい姿を晒してしまいました……。申し訳ありません」


「いや、そんな……。でも、もういいのか?」


「はい。さっき沢山血を貰いましたから……調子はすこぶるいいんです」


隣に座ったゲルトはそう言って微笑んだ。俺は――どんな顔をしていただろう? 泣いていたのか? 怒っていたのか? 多分どれも正解じゃない。何も考えられず、ごちゃごちゃしたまま、無表情に頷いていたんだと思う。

ゲルトはそれから暫く黙り込んでいた。俺も何も言えなかった。謝らなきゃいけないのに、何も言えない……。謝って済むことじゃないから。

それなのにゲルトは当たり前のように俺の手を握り締め、肩を寄せて恥ずかしそうに苦笑していた。その香りにも体温にも、嫌というほど先ほど触れたはずなのに、その感触はきっと、全然違っていた。


「あの……そんな顔をしないでください。こっちまで気が滅入ってしまうじゃないですか」


「……そうだな。ごめん」


「いえ、そうではなくて……。ああ、もう! だから、そんなに気にしないでください。別にわたしは、気にしていないんですから」


「――――気にするな? そんなのは無理だ……っ」


俺は首を横に振り、立ち上がっていた。腕を振るい、歯を食いしばって目を閉じる。


「俺の所為で君をそんな身体にしてしまった……ッ!! 君を救いたかったのに、俺はただ君の人生を殺してしまっただけだっ!! 何もしちゃいない、自己満足でただ救った気になって悦に浸っていただけ……!! 気にするな? そんなのは無理だっ!! ゲルトだってそうだろう!?」


「……ナツル」


「なんでそうやって普通みたいな態度を取るんだよっ!! 何で気を使うんだよ!? 俺は……っ! 俺は、君に許されていい人間じゃないんだ……」


肩を落とす。何で俺はゲルトに当たってるんだ? 馬鹿馬鹿しすぎて泣けてきた。大声を出した所為で滅茶苦茶人に見られているし、ああ、本当に恥ずかしい。

でも、そんなのを気に出来るほど余裕はなかった。それなのにゲルトは俺の手を握り締め、強く強引に引っ張るのだ。


「一緒に来てください。ここでは、人目がありすぎますから」


逆らう事も出来ずにただついて行く。言われるがままに辿り着いたのは、学園の屋上だった。わざわざこの一番盛り上がっている時にこんな所に来るやつは居なくて、普段から基本的に人の出入りが禁じられている事もあり、見事二人だけの空間が成立した。

ここならみっともなく取り乱しても、俺を罵倒しても誰の目にも着かない。ゲルトは俺に文句を言うためにここまでつれてきたのだと思っていた。でも彼女は一向にそんな事をする気配も見せず、ただシャングリラの町を眺めるばかり。


「ゲルト……?」


その沈黙に耐え切れずせがむような声を上げると、ゲルトは真剣な表情で俺をじっと見つめ、それから先ほど切ってしまった俺の手を取り、目を細めた。


「わたしは貴方に感謝しています。生き延びる事が出来たのも、今こうして自分がいるのも、貴方のお陰なのですから」


「そんなこと……」


「貴方がわたしの事で思い悩み、苦しむ事をわたしは望んでいません。さっき、リリアにも説明してきました。わたしは、まだ勇者を諦めるつもりはありませんから」


真っ直ぐな笑顔で、強気な表情で。いつもどおりのゲルト・シュヴァインで彼女は語る。俺はそれが信じられなかった。今までの彼女からすれば、異常なくらいの――前向きさ。


「正直、この身体の事で思い悩んでいるというのは事実です。でもだからといって全てを諦めたわけではない……。わたしはわたしの魂にかけて誓ったのです。彼女リリアと共にあり、背を預けられる騎士になると。その夢は、こんなことで諦められるほど容易い輝きを放つものではないから」


「……ゲルト」


「――だから、そんな顔をしないでください。むしろ、貴方に縋らなければならないのはわたしの方だから……。謝らなければならないのは、わたしの方です」


「そんな事はないっ!! 全然いいんだ、そんなのは! 俺が君をそんな身体にしてしまった……だから、君の面倒を見るのは当たり前なんだ。そんなの、当然過ぎる――」


ゲルトは照れくさそうにあさっての方向を向きながら頷いた。俺もなんだか気恥ずかしくなって視線を反らした。

どうして、ゲルトは諦めないんだろう。諦めないでいられるその理由はきっとリリアの姿を見て、そして俺たち仲間と言葉を交わしたからなのだと思う。その答えに辿り着いたとしても、それでもゲルトは頑張っている。必死で自分を変えようと努力し、この状況を打開する見えない希望を探し続けている。

それは荒野でダイヤを探すよりも難しい事。そのたった一粒の輝く希望の欠片を探す旅路を、少女は自ら選択したのだ。


「貴方には失礼な事も沢山言ってしまいましたね……。でも、あれは、その……」


「ああ、いいんだよ。いいんだ。ゲルトの気持ちは俺が受け止める。どんな気持ちも、無理しないで吐き出していい。欲しがって良いんだ。それに応えるくらいしなきゃ、救世主なんて名乗れない――」


そうだ、救わなければならないのはこれからじゃないか。誰かを救える者になりたいなら、絶望的な世界の中で希望を探していかなければ。

じゃなきゃ嘘だ。そんなのは救世主じゃない。俺は別にこの世界を救いたいわけじゃない。でも、手の届く場所くらいは守りたい。守れるものなら、その全てを。

だから諦めちゃいけないんだ。こんなところでへこたれているわけにはいかないんだ。ゲルトが頑張るっていうのなら、俺はそれを全力で応援しなければならない。それが命を救って業を背負わせた俺が果たせる責任なのだから。


「……ありがとうゲルト。本当に、折れそうだった……。君は優しい女の子だな。心配してあげなきゃいけないのは、俺の方なのに……」


「べ、べつに貴方のためではありません。ただ、自分の所為で周りが傷つくのが嫌なだけです」


腕を組んでそんな事を言う少女を俺は心から助けたいと思った。ああ、それでいいのだろう。一度通すと決めた無茶なら、こんな所で挫折なんて笑えない――。


「誓うよ。俺は君を汚し続ける――。そんな君を受け入れる。君のために出来る努力を惜しまずする。君を救う――その未来を見つけ出せるまで」


自分の罪なら背負う。それを見ていてくれるのならば誇る事さえ可能だろう。ならばこのまま生きていこう。この世界で、希望を見出せるまで。

手を差し伸べる。握手のつもりだったその手を取り、ゲルトは何故か口付けをした。そうして自らの胸に手をあて、跪く。


「契約を交わしましょう、ナツル。貴方がわたしの命を永らえさせるのであれば、わたしは貴方のために力を惜しまない。貴方がわたしを受け入れ、その為に出来る努力を惜しまないのならば、わたしも同じ事を貴方に誓う」


「……ゲルト」


「わたしたちは共犯者です、ナツル。教会にも、学園にも、誰にも――そう、仲間さえ裏切ってでも、この罪を背負って行く。共に悪鬼羅刹の旅路を行くには少々心許ないですが、一人であるよりは幾許かましでしょう」


「……ああ、そうだな。その通りだ。嘘でもいい、貫き通そう……。なに、いつかホントにしちまえばいい。なあ、ゲルト・シュヴァイン――」


彼女がそうしたように俺もまた跪いて手に口付けをする。その白い手を手繰り寄せ、小さな身体を思い切り抱きしめた。

ぐりぐりと頭を撫で、俺は多分泣いていた。笑いながら、泣いていた。ゲルトはどうだったろう? 照れくさそうな顔で、ぶつくさ文句を言いながら――そうだな。


そう、多分きっと――――彼女だって、泣いていた――――。


「当面の目標は、リリアに迷惑をかけないことです」


屋上に膝を抱えて座ったゲルトはそんな事を呟いた。隣に座った俺はただ町を眺め、その言葉に苦笑する。


「リリアにあんなみっともない姿は見せられませんから」


「なんだ? 仲良し勇者になったんじゃなかったのか?」


「それとこれとは別です! わたしには勇者としてのプライドがある! 彼女にだけは、あんな……あんな、恥ずかしい姿は……う、うううう……っ」


思い出してしまったのか、顔を真っ赤にしながら頭を抱えて蹲るゲルト。なんというか、時々大人っぽく見えても結局子供だな。

まあそんなのは俺も同じことだ。結局こうして誰かと手を取り合わなければ前にも進めない――。でもだからこそ、大人になる前にやらなきゃならないことがある。


「リリアだって魔力は高いんだから、リリアから血を貰えばいいだろ?」


「だ、だだ、だめですっ!! そんな、ふ、不埒な事は……っ!!」


「不埒って……。別にしょうがないだろ。じゃあ俺の血を飲むのは不埒じゃないのか?」


「――――〜〜っ!!!!」


「ああ、わかった、ごめんって……。あ、そういえば昔聞いたんだけど、血を飲むって言うのは性行為の暗喩らしいぞ」


「あ、貴方という人は――っ!! 本当に、どうしようも――――?」


言葉を遮るように、空に花火が鮮やかに咲き誇った。それらは次々に夜空に輝き、儚い一瞬に全てをかけて燃えて尽きて行く。

感慨深くそれを眺めると、ゲルトは子供のように目を輝かせ、うっとりしながら呟いた。


「――とても、きれい」


同意はしなかった。声をあげればこの綺麗な少女の横顔は消えてしまう気がしたから。それはちょっと無粋だし、何より俺は――もう暫く見ていたい。

花火を瞳に写し込み、笑う少女の横顔を。俺が救う事が出来た、たった一つの命を――。

勿論そんなことは言わなかった。言えばこの子は照れるだろうから。そんな事を考えながら苦笑を浮かべて時間を過ごした。



さて、翌日――。学園祭二日目。


「うううううう……。ゲルトちゃんが……ゲルトちゃんがうあうあ〜〜……」


と、わけのわからない事をぶつぶつ言いながら涙ぽろぽろ流しながら肩を落として歩くリリア。

学園祭二日目――。昼過ぎにはベルヴェールの設定したミスコンがある。その前にリリアの様子を見て置こうと思って顔を出したのだが、想像以上に酷い状態でリリアは部屋から出てきた。

泣きはらしたのか〜というか、そもそもまだ泣いているんだが……目は真っ赤になり、鼻水だらだらで身体をぷるぷる震わせながらのたのた歩いている。時々盛大に転ぶ。転ぶと顔を地面につけたまま死んだかのようにピクリとも動かなくなる。

だんだん鬱陶しくなってきたので首根っ子を掴んで強引に引きずって行く。その間もリリアは『ゲルトちゃんが〜』といい続けていた。


「いい加減シャキっとしろ! ゲルトは諦めてないって言ってたんだろうが!!」


「でも……でも、ゲルトちゃんが可哀想で……うわあああああんっ!! この世界作った奴、出てこおおおいっ!!」


ジタバタ暴れながらそんな事をほざく勇者。言えないよなあ、その創造主の兄ですとも、その創造主はお前そっくりだよ、とも……。

リリアを引き摺ったまま歩いていると、校門あたりでゲルトの姿を発見した。それに敏感に気づいたのか、突然立ち上がったリリアは俺が首根っ子を掴んでいるにも関わらず、俺を引き摺って猛ダッシュする。


「ゲルトちゃああああああんっ!!」


「リリア・ライトフィールド……ふぎゅっ!?」


そうしてリリアはゲルトを轢いてぶっとばした。校庭をゴロゴロ転がって水路に落ちて行くゲルトを見送り、俺は唖然としていた。なんか前にもこんなことあったような気が……。


「ああああ、ゲルトちゃんがっ!!」


「お前……もう少し加減を覚えろよ」


「ぶはあっ!! な、何をするんですか突然!? 貴方は手加減ってモノを知らないんですか!?」


俺と全く同じリアクションを取りながら戻ってくるゲルト。そのまま走ってきてリリアの頭に手刀を叩き込もうとしたが、リリアは右手の人差し指と中指でそれをピタリと停止させ、泣きながらゲルトに抱きついた。


「うわーん、ゲルトちゃーんっ!!」


「なな、なんですかいきなり!?」


「ゲルトちゃん、ゲルトちゃんゲルトちゃん、ゲルトちゃ〜〜〜〜んっ!!」


人だかりが出来てきた。引き摺られたせいで汚れたズボンの土を叩いて落としながら立ち上がり、泣きじゃくるリリアと困った様子でそれを見つめるゲルトを眺める。

うん、この二人は本当に仲いいなあ……。しみじみと思っていると、ゲルトが救いを求めて手を差し伸べてきた。


「た、助けてください! 共犯者でしょう!?」


「それとこれとは別だろ」


「ゲルトちゃん、リリアはゲルトちゃんの味方だよー!! ゲルトちゃんらぶらぶらぶ!! 愛してるからああああっ!!」


「何を言って……、り、リリアちゃーん!! もうやめてえええええっ!!」


完全に参った様子で人だかりの中で泣きそうになっているゲルト。そんな二人を眺めながらやっぱり将来が不安になってきた俺なのであった。

えーと……ミスコンに続く……。


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