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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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学園祭の日(2)


「はああああっ!!」


リリアの振り下ろすリインフォースが猛々しい魔力を帯びて俺目掛けて叩き込まれる。それは回避するだけでも精一杯であり、避けたとしても俺の身体を斬り付けて傍を通り抜けて行く。

大地を砕く程の威力を込めた凄まじい怪力。その一発一発が正に必殺の威力を秘めている。俺はそれをひたすらに避け続ける。リインフォースの攻撃は全て障壁を貫通する特殊効果を以って相手を滅するのだ。防御する選択肢は存在しない。

片手を正面に翳し、電撃で周囲を明るく照らす。その光にリリアが目を細めた瞬間、身体を捻って鋭く蹴りを放つ。聖剣で受けられたその衝撃で高々と金属音が鳴り響き、聖剣は背後へと仰け反った。

互いの視線がぶつかり合う。リリアは小さく微笑み、剣を振り下ろす。しかしそれが俺に届くよりも俺の拳の方が早くリリアを吹き飛ばす。そのはずだった。

左右から飛んで来たのはアクセルの刃だった。それは同時に俺に襲い掛かり、左右に手を翳して障壁で弾き飛ばす。直後リリアの剣が振り下ろされ、しまったと思う瞬間には既に刃が俺の身体に触れようとしていた。

それを阻止したのは背後から魔剣を伸ばし、聖剣を受け止めたゲルトだった。その隙に後方へ跳躍し、ゲルトの隣に並んで体勢を立て直す。


「すまん、助かった」


「礼には及びません。全てはチームの勝利の為ですから」


正面で聖剣を構えるリリアの顔立ちからは初めて会った頃の気弱な感じは見て取れない。今実際に戦って判る事がある。それは彼女が――そう、きっと彼女こそ、俺の最強の敵なのだという事。

刃を構えるアクセルとリリア。二対ニのチームバトル。勇者の聖剣に対抗出来るのは同じく勇者の魔剣のみ。ゲルトがフレグランスを片手で構えて前に出る。それに応えるように同じく前に出たリリアが微笑みながら言った。


「こうして剣を交えるのは二度目だね、ゲルトちゃん」


「そうですね。一勝零敗で今はわたしの優勢です」


「点数なら引っくり返して見せるよ! ゲルトちゃんには――負けたくないからっ!」


「それはわたしも同じ事です、リリア。正々堂々、正面から貴方を迎え撃つ――!」


笑いあう二人の剣に紋章が浮かび上がる。大きな一撃を放とうとしている。俺はゲルトの攻撃を妨害しに出てくるであろうアクセルを迎撃する為に正面に駆け出した。

空中から風を帯び舞い踊るように刃を振り下ろすアクセル。独特の重力を無視するようなふわりとした動きに拳が空ぶる。隙だらけの俺の動作にアクセルは素早く的確に切りかかってくる。やはり技量で言えばアクセルの方が上なのだ。


「ナツル……! 今日という今日はお前を倒すっ!!」


「くそ……! だからって、はいそうですかってやられてやるわけには行かないんだよっ!!」


ナックルと剣がぶつかり合い、火花を散らすその背後でリリアとゲルトの必殺剣が放たれようとしていた。

さて、なぜこんな事になってしまったのか。それは今から数日前、まだ学園祭が始まる前に遡る――。



⇒学園祭の日(2)



「うおおおおおっ!! 死ねえっ!! ナツルゥウウウウウッ!!」


「ひいっ!? な、なんだなんだっ!?」


それは学園祭の準備も大詰めにかかったある日。学園の装飾を手伝っていた俺の背後から風を帯びた剣が飛んで来たのである。

首筋を狙っていた明らかに殺意の在る投擲コースに驚いて慌てて回避する。しかしそれはまるで俺に狙いを定め意思を持つかのようにくるくると空中を旋回し、再び俺目掛け襲い掛かる。

早すぎてキャッチする事は難しそうだったので手甲で弾くと剣は大地に突き刺さった。それを引き抜いて構えているのは涙目になったアクセルだった。


「ナツルゥウウウ……! 何か言い残す事があれば聞いてやる……!!」


「何がだっ!? ちょっと待て、お前ホントどうかしてるぞ! 仲間に向かって投擲する速度じゃなかったぞ!!」


「五月蝿い黙れ!! 仲間だったのも昨日までだっ!! 色々な女子と仲良くしているのはまだいい……だがなナツル!! レンだけはお前の魔手には渡さないっ!!」


「レン!? お前の妹がどうしたっていうんだよ!?」


「とぼけるんじゃねえ!! レンと……レンと、デートする気だろお前ああああああああっ!!」


両手に構えたサーベルを振り回しながら迫ってくるアクセル。その怒涛の勢いに必死で背を向けて逃げ出した。


「お前が死ねば全てが丸く収まるんだ!! ここでレンのために死ね!!」


「何がだああああああっ!! そんな事言った覚えはねえええええっ!!」


「この期に及んで言い訳か!? そうやって女子と誰でもイチャイチャしてるからこうなるんだ!! お前におにいちゃんと呼ばれる筋合いはねええんだよっ!!」


「俺にもねえよ!! うわあああああっ!? ほんっきであっぶねえっ!! 死ぬ! 殺されるうっ!!」


周囲の建造物を衝撃波で切り裂きながらアクセルは泣きながら追いかけてくる。本気で自らの死を覚悟していたら正面を眠たげに歩くリリアの姿を発見した。


「リリアアアアアアアアッ!!!! 助けてくれええええええっ!!」


「あ、ししょー……ぉぁぁおおおおおおっ!? 何がっ!? 何が起きてんですかあっ!?」


「あああああああああああっ!!」


最早わけもわからずリリアに駆け寄る。俺と並んだところで一緒に走り出したリリアの背後、見境無く全てを切り裂きながら迫るアクセルの姿がある。

リリアは完全に目が覚めた様子で、青い顔をしながら苦笑を浮かべてアクセルを見つめている。後ろを見ながら走っているので壁に激突しそうになっているリリアの手を取り、路地を曲がる。


「こっちだっ!!」


「ししし、ししょっ!? 何をしたんですか!? 何をすればっ! ああなるんですかあっ!?」


「知るか!! 馬鹿なんだよ馬鹿!! 馬鹿すぎんだよ!!」


「大人しくくたばれやあああああ!!」


路地を剣で切り裂きまくりながら迫るアクセル。これはもう笑い事じゃないぞ。リリアを抱きかかえ、足に魔力を込めて跳躍する。路地を上まで抜けて民家の屋根に着地すると、背後から風の魔力を帯びたアクセルが飛ぶように迫ってくる。そういえば空中戦はあいつの得意分野だった……。


「ナアアアアツゥウウウウルゥウウウウウ……!!」


「リリア!! リリアーッ!! リインフォースだ!! リインフォースでぶった斬れ!!」


「うぇえええええっ!? それ死ぬんじゃないですか!?」


「あいつの障壁見ただろ!! 並の攻撃じゃ弾かれる!! お前がやらないなら俺がやるっ!!」


「ひ、人の聖剣を勝手に仲間の血で汚さないでくださいっ!! 追われてるの師匠だけなんでしょ!? 師匠だけ死ねばいいじゃないですかあ!!」


「そうやって俺を見捨てるんだな!? そういうんだな!? あーそういうんだ!! 勇者として今まで面倒みてやったのにそういうんだ!!」


「知らないですよそんなの!! そもそも師匠が何かしたのが悪いんでしょう!? リリアを巻き込まないでくださいっ!!」


とかなんとか言い合っているうちにアクセルが迫ってくる。投げつけられた剣をリリアがリインフォースで吹っ飛ばす。その隙にレーヴァテインを放ってみたが、アクセルは風を集めて雷を吹き飛ばしてしまった。


「うおおおおっ!? うぉぉぉおおおおっ!?」


「……う? あれ? 師匠の必殺技、あんな簡単に破られる程度の威力でしたっけ……?」


「そんなわけねーだろっ!! 余裕でグリーヴァにだって直撃するつーのっ!! うわああああっ!!」


リリアを抱きかかえて跳躍する。腕の中でじたばたもがいているリリアを道連れに屋根から屋根へと飛び移る。

どうすればいい? どうすればアクセルを停止出来る? というか、こうして追われて初めて気づいたがやっぱりあいつ普通じゃない!! 普通じゃないよおおお!!

最早神にも祈る気持ちで考える。神にも祈る? 神にも祈ればいいんだ!! そうだ、その手があった!!

コースを切り替えて街中に降り立つ。暴風そのものになったアクセルが近くを通過するだけで人々が悲鳴を上げる。そんな中、俺が目指したのはボロアパートの前――。アクセルの部屋の前、花壇に水を撒いているレンだった。


「レエエエエエンッ!! たっ! たすけっ!! 助けてくれえっ!!」


「え? 救世主様……じゃなくてお兄ちゃんっ!?」


「レン、こいつを使えっ!!」


リリアの手からリインフォースを引ったくり、レンの足元に投擲する。大地に突き刺さった聖剣を引き抜き、まるでバッターのように剣を構えるレン。その横を通りすぎ、アクセルが彼女に迫った時。


「この……っ!! 馬鹿兄――――ッ!!」


文字通りホームランショット。聖剣の刀身でぶっ叩かれたアクセルは口から血を吐いて遥か彼方、シャングリラの空へと飛んでいってしまった。

それをリリアと二人して目を真ん丸くして見送る。兎に角生存できた……。その安堵感から、へなへなとその場に膝を着いてしまうのであった。


「ほんっとうに、申し訳ありませんでした……!」


完全に気絶して口から血を流しているアクセルの足を掴んでレンが引き摺って戻ってきたのがつい先ほど。アクセルをその辺にポイ捨てして転がし、レンは俺たちに頭を下げた。

俺はもう疲れていて何も言う気にならなかった。リリアは風で髪の毛がボサボサになり、目の下にくまを作ったまま涎を垂らしてボケーっとしていた。相当やばい事になっているが、いきなりああなればこうもなるだろう……。


「うう……リリアが何をしたっていうんですかー……」


「それは俺のセリフだ……」


「本当に、本当に申し訳ありません! ほら、お兄ちゃんもさっさと起きて謝って!!」


「ひぎいっ」


本当に痛そうな悲鳴を上げるアクセルを何度も蹴り飛ばし、口から泡を吹いている兄を強引に立たせる妹。リリアが口元に手を当てて目を涙ぐませながらそれを眺めていた。


「ほらさっさと起きる!! その程度で倒れるなんてそれでも剣士ですかおにいちゃんは!!」


「おれは……レンのためを、おもって……」


「誰がそんな事をしてくれと頼んだのよ、この馬鹿っ!!」


更にバケツを投げつけられ、水浸しになってよろけるアクセル。もうやめてー! アクセルのライフはもうゼロよ!

二人してその壮絶なアクセルの不幸を眺めること数十分。死にそうな顔で立ち上がったアクセルが死にそうな目で俺を見つめていた。


「うう〜……レンがぁ〜……。レンがナツルにとられたぁ〜……。ううっ、ううううっ……」


「何言ってんだお前……。そんな事をした覚えはないしそもそもそうだとしても妹がそうなったくらいで泣くな……」


「妹を嘗めてんじゃねえぞナツル!! その発言は全国一億五千万人の妹属性の男子に対する侮辱に他ならないっ!! 血が繋がっている? そんなの関係ねえ! がキャッチコピーのアクセルです!!」


意味不明にも程がある。リリアはもう見ていられないのか両手で目を覆って小さく蹲ってぷるぷる震えていた。余りにも見るに耐えない惨状なのはもはや言うまでもない。いよいよ何を言っているのか自分でもわからなくなってきたことだろう。


「わかったから落ち着け……。兎に角お前の言う事は全部誤解なんだよ」


「それは……何割誤解なんだ?」


「全部誤解っつってだろボケッ!! 人の話を聞けっ!!」


「うるさいうるさい! お前、勇者部隊の女子みたいにレンも侍らすつもりなんだろ!? そうなんだろ!! うあああああんっ!!」


「……うん、でもその発言についてはリリアも同意します」


「何でここに来てまさかの裏切り!? え、リリアさん!?」


「そもそも師匠は見境無く女の子と仲良くしすぎなんですよう……。最近全然構ってくれないもん! かまってかまってかまってー!!」


二人してじたばたし始める。そのどうしようもない状況に頭を抱えてその場でもがいていると、見かねたレンが手を挙げた。


「兎に角、全ては誤解なんです。それは確かに、救世主様と一緒に学園祭を周る約束はしましたけど……」


「誤解零割じゃねえかナツル!!」


「それはデートとは違うだろ!?」


「……なつるさん? あれ、リリア誘われて無い気がするんですけど、どういう事ですか……?」


しがみ付いてくるアクセルと冷ややかな視線で笑いながら迫ってくるリリア。二人にもみくちゃにされながら困っていると、またレンが割って入った。


「兎に角誤解なんです! 貴方たちも勇者部隊の人間なら、救世主様に迷惑をかけないでください!!」


「がーん!? ぜ、全然見ず知らずの女の子におこられたー……。うう、へ、へこたれる〜……」


「レンは騙されてるんだっ!! ナツルてめえ……!! 既にレンを丸め込みやがって! 人として恥を知れ!!」


「恥を知るのはお前らの方だろうが!? 俺普通に生きてるよ!? 今までに無いくらい無個性な主人公だよ!?」


「師匠が何を言っているのかはわかりませんけど、兎に角リリアはもう怒ったのですよ……」


二人が武器を構えて迫ってくる。その様子に完全に気圧された俺は、在ろう事か余計な事を口にしてしまった。


「だ、だったら学園祭までこの勝負はお預けだ!! 学園祭でチームマッチバトルがあるっ!! そこでお前ら二人でかかって来い!!」


二人は互いに顔を見合わせ、がっしりと手を取り合って俺を睨んだ。そうして二人は各々捨てセリフを残して去って行く。


「首を洗って待ってろ、ナツル……! レンは俺の手に取り戻して見せる!」


「師匠はそろそろ女性関係で痛い目に会ったほうがいいんです……。リリアがたっぷり虐めてあげるから楽しみにしていてくださいね」


こうして取り残された俺は途方に暮れてその場で膝を着いた。変な笑いがこみ上げてきたが、同時に涙も流れてくる。あは、おかしいね。

何故か学園祭のチームマッチに参加する事になってしまった俺。ああ、あの二人相手に勝てる気がしないよ……どうしよう。


「あの……本当に兄がすいません。でも、救世主様なら大丈夫ですよね?」


「え?」


立ち上がるとレンが両手を合わせ、目をきらきらさせながら俺を見つめていた。


「例え二人が相手であろうと、勇者であろと剣士であろうと、救世主様が負けるはずがありませんから!」


「いや……。あの、俺もまだ、救世主見習い……」


「何も言わなくて結構です! 当日楽しみにしていますね! 兄は多少やりすぎなくらいボッコボコにしていいですから! それでは失礼しますねっ!」


「あ、ちょっと……」


やはり兄妹、人の話は全く聞かない。一人取り残された俺はその場で途方に暮れた。涙さえ溢れそうな心境だ。

何故だ……? 俺が何をしたっていうんだ? そりゃ確かにさえない救世主だ。あんまり活躍してませんよねとか言われても仕方が無いと思う。でもこれはない。こんなのはあんまりだ。


「俺が……俺が何をしたって言うんだあ――――ッ!!!!」


空に向かって叫んだのが数日前。結局準備に急かされるようにして時間はあっという間に過ぎ去り、学園祭初日――。

学園祭は三日間続けて行われる。この期間中は学園も殆どのエリアが一般解放される、非常に珍しいイベントでもある。シャングリラの街全体がお祭り騒ぎになり、あらゆる場所で騒ぎが起こる。この街にとって学園祭は生徒だけのお楽しみではないのである。

それに伴い観光客が劇的に増加する。それによりタダでさえ人の多いシャングリラは人でごった返していた。右を見ても人、左を見ても人……。こんな状況じゃ、執行者なんて見つかるわけも無い……。

学園へと続く門をぞろぞろと人が通過して行く。学園周囲の通りさえここぞとばかりに金を稼ごうと生産職に就いている生徒たちが店を並べている。それこそ学園の教育成果の発表の場であり、生徒にとっては生活のかかった一大イベントでもある。


「うん、なかなかナツルも頑張ったわね! いい感じの飾り付けになったじゃない!」


そんな出店の中に紛れ、俺はくたびれていた。結局今日の今日までベルヴェールにこき使われてしまったのである。まさか当日までこき使われるとは思わなかった。

あの後アイオーンとも会っていないし、彼女がどこにいるのかもわからない。とりあえずは初日の予定を消化しつつ、何とかアイオーンを見つけ出さなければ。

初日の予定は……午後にチームマッチバトルか。これには参加しないわけにはいかない。参加しなかったら闇討ちされそうだ。暗殺くらうくらいなら正面から抵抗したほうが大分マシだろう。


「さて、それじゃあ見回りもよろしくね、ナツル」


「はっ? これで終わりじゃないのか?」


「何言ってんのよ実行委員になったからには学園祭三日間はずっと手伝ってもらうわよ? この時期はハメを外しすぎて暴れる馬鹿とかいるし、外部から人も沢山くるから問題は必ず起こるのよ。そういうのに対処するのもアンタのお仕事」


ってことは、なんだ? 俺にこの三日間安らぐ瞬間はないってことか?

無責任な事を言って去って行くベルヴェールを恨めしげに見送り、盛大に溜息を漏らす。本当に俺が何をしたっていうんだ……厄日だ。厄日三連続だ……。

肩を落としながら歩いていると、確かにいつもよりも騒いでいる生徒が目に付く。騒ぎすぎれば大問題に発展するのは当然の事だ。何しろ学園の生徒は一人一人がなんらかのスペシャリストなわけで……。


「おいうさぎ、ちょっといいか?」


「はい?」


「お前……アイオーンを探しておいてくれ」


「それは構いませんが、貴方はどうするのですか?」


「俺は……とりあえず見回るよ。怪我してる奴とかいたら大変だろ?」


俺の言葉に頷き、うさぎは人の姿に変身した。タキシード姿のナナシは人ごみの中に走っていく。さて、これで俺は心置きなく学園の平和に貢献できるってわけだ。くそ。

というか、午後になったら俺の寿命がやばいんだった。せめてパートナーくらいは午前中に発見しておかなければ話にならない……と考えていたところ、目の前をゲルト・シュヴァインが通過した。俺は有無を言わさずその手を引いて人ごみから抜け出した。


「なな、なんですか急に!?」


「ゲルト、俺と一緒に戦ってくれ」


「はいっ!?」


俺は事情を兎に角説明した。もう頼み込むしかない。リリアの聖剣に対抗できるのは魔剣フレグランスの使い手であるゲルトしかいないのだ。

聖剣に対して魔力障壁は無意味……。いくら頑丈な神威双対でもどれくらい持つかわからない。それにまた壊してしまってはメリーベルに何を言われるか……八方塞にもほどがあるだろ。

話を聞いてゲルトは呆れたように口元に手を当てて目を閉じていた。しかし呆れられようがなんだろうがこっちだって命がかかっているんだ。引き下がるわけにはいかない。


「はあ、仕方の無い人ですね……。貴方が殺されてしまっても困る。わたしでよければ手を貸しましょう」


「そうか! 恩に着るよ、ゲルト!! お礼に何でもするからさ、何でも言ってくれよ!」


「何でも……ですか?」


きょとんと目を丸くするゲルト。それから周囲をきょろきょろ眺め、腕を組んで目を閉じる。


「覚えておきましょう。貸し一つ、ということで……」


「よし、じゃあ早速作戦会議だ! 午後には二人を倒さなければならないんだ、時間が惜しい。一緒に行くぞ」


「行くってどこにですか!?」


「見回りだよ!! ほら、急げ!!」


ゲルトの手を引っ張って走る。人ごみを抜けて、あちこちを周って。

中庭は大道芸人や演奏者による楽しげな音で満ち溢れていた。そこらじゅうで人々が歌い踊り、それを眺める人たちの笑顔が溢れている。

彼女もやはりそうしたものが珍しいのか、時々足を止めてそれらを眺めては子供のように無邪気に笑っていた。俺がそれを見ている事に気づくと直ぐにそっぽを向いてしまうのだが、それもまたゲルトらしい。

学園祭はシャングリラ全体を盛り上げている。人々が楽しそうに過ごしている。こんな中に執行者が紛れているなんて考えたくもない。人々にしてみればディアノイアに立ち入れるのは年に一度、この期間だけ。学園の中の様子を感慨深げに眺める人も居た。

そうして一般人も混じった学園はまた一味違って新鮮だ。何よりも面白いのは、ゲルトと一緒に歩いていると、


「あ! ゲルト・シュヴァインだ!」


といってゲルトに迫ってくる人々が居る事である。そういえばすっかり忘れていたが、ゲルトはシャングリラの中ではアイドルのような立場。人目に付けば目立つのは当然だった。

それを嫌がって走って逃げるゲルトと手をつなぎ、あちこちを逃げ回る。それもまた俺にとっては新鮮で楽しかった。ゲルトはそんな俺の様子に苦笑を浮かべて無言の抗議をしていた。

あちこちをうろうろしているうちに時間はあっという間に過ぎて行く。勿論ただサボっていたわけではない。監視もきちんと行った。ただ、そんなマナーの悪い客に会う事はなかったが。

昼も近づくと、流石に腹も減ったので一緒に出店で売られているものを食べ歩く事にした。そんな事をしている内に完全に遊びモードになってしまい、午後への緊張感が薄れた頃。


「ナツル様、こちらにいらっしゃいましたか」


人の姿の……流石にうさぎモードでは踏まれるだえろ……ナナシが駆け寄ってくる。その姿に足を止めて振り返ると、ナナシは困ったような顔で言った。


「アイオーンの姿が見当たりません。もしかしたら祭りの会場には居ないのかも知れませんね」


「学園に来て無いってことか? ったく、あいつどこで何やってんだか……」


「アイオーン・ケイオスを探しているんですか? どうしてまた……?」


首を傾げるゲルト。そういえば他の誰にも事情を説明していなかった。でもまあ、ゲルトには話してもいいかもしれない。

俺はゲルトに事情を説明するために人気の無い場所へと移動する事にした。まだまだ始まったばかりの学園祭、俺の苦労はまだまだ続く……。


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