幕間の日(3)
「いい度胸ね、ナツル……。何も考えずに学園に顔を出すなんて……ッ」
結局、あれから考えてみたがいい答えは見つからなかった……。
そもそも学園祭なんて俺には向いていないんだ。しかし役員になってしまった以上は顔を出さざるを得ない。俺は会議室でベルヴェールにこってり絞られていた。
正座をさせられ、言われるがままに頷く救世主。他の生徒から見てどうなんだろう、これは……。まあ俺が悪いのは間違いないのだから、ここはちゃんと話を聞こう。
「ったく、しょうがないわねえ……。今日は一緒に行動するわよ。サボってないかチェックしてあげるわ」
「……お手柔らかに御願しますよ」
そんなわけで二人して町に繰り出した俺たち。その背後にはブリュンヒルデと呼ばれていたメイドがとことこ着いてきている。
流石に戦場では一緒にならなかったものの、このメイドはそれ以外では常にベルヴェールと行動を共にしているらしい。背後一定距離を保ち着いてくるのだが、微妙にその視線が気になった。
しかし当の主は気にもかけない。まあ当然か。ベルヴェールにとって、彼女は後ろに突っ立っていて当然の存在なのだから。
「それで、何一つ考えなかったの?」
「色々考えたんだけど……言うだけ無駄だと思うぞ」
「一応聞いてあげるわよ。言って見なさい?」
「……読書会」
何とも言えない空気が流れた。なんだか照れくさくなって視線を反らす。
「しょうがないだろ、これでも一生懸命考えたんだから……」
「…………アンタ、へこたれ勇者とかといつも楽しそうにしてるから、楽しい人間なんじゃないかと期待してたのに……蓋を開ければこんなもんね」
額に手を当てて溜息を漏らすベルヴェール。自分がそう面白おかしい人間だとは思っていないから仕方ないが、いかんせんちょっと申し訳がない。
「ま、いいわ。どうせなら、アタシたちにしか企画出来ない出し物にしましょう」
「俺たちだけにしか……って、例えば?」
「アンタ判ってないわねえ。勇者部隊っていう特殊部隊として一度は共に戦った仲でしょ? そのコネを利用しない手はないわ! ほら、行くわよ! ボサっとしない!」
ベルヴェールに手を引かれ、俺は強引に急かされて歩く。さて、一体どうしたものか。それでも今は、彼女の根拠のない前向きさがありがたかった。
⇒幕間の日(3)
「じゃ〜〜ん! どう? 可愛いでしょ?」
公園で待たされる事数十分。どこかへ行ったきり戻ってこないベルヴェールを待ち続けていると、遠くからどたばたと走ってくる姿が見えた。そんな彼女が袋から取り出したのは、ハンガーに吊るされた無数の水着だった。
色とりどりなそれらを眺め、俺は首を傾げた。確かに可愛い水着だ。でもそれがどうしたっていうんだ?
「学園祭と言えば、ミスコンは定石でしょ? せっかく勇者部隊には学内でも有名な美少女が揃ってるんだから、それを利用しない手はないわ」
「ミスコン……? あの連中が参加してくれると思うか? 個性豊か過ぎて協調性皆無のへこたれパーティーだぞ……?」
「そこを説得するのがリーダーの役目でしょ? それにアンタ、確かあのアイオーン・ケイオスと仲良かったわよね? アイオーンも何とか参加させなさい」
「アイオーンッ!? それこそまず無理だ! あいつはそういうタイプじゃないだろうっ!?」
あの氷の笑顔を持つ女、炎の魔術師アイオーン・ケイオスがミスコンで水着披露……あ、ありえない……。あーでもだめだ、誘ったら意外とOKしそうで怖い……。
ベルヴェールはまあ、自分に自身があるのだろうから構わないが、メリーベルは面倒くさがりそうだし、ゲルトはそういう衆目に晒されるのは嫌うタイプだ。リリアは水着着てもしょうがなくねえか?
腕を組んで考え込む。だが無理かどうかはやってみないとわからないか。それに他に自分で出来る事もないのだ、手を貸すくらいしなければ意味がない。
「……わかったよ、やるだけやってみる。ただし成功するかどうか保障はしないぞ?」
「そうそう、それでいいのよ! 他の企画は兎も角、『ドキッ!? 水着だらけの勇者部隊☆ポロリもあるよ』を成功させるのが先決!」
そんな名前のミスコンはねえんだよ。ていうかポロリもあるって聞いたらだれも参加しないだろうが。いやもういいや……馬鹿なんだよコイツ……。
なにやら他の企画もあって忙しいというベルヴェールから水着だけ受け取り、俺は立ち上がった。仕方が無い、一先ず手堅い所から当たるとしよう……。
水着を片手にリリアの部屋に移動する。ノックをするとクロロが扉を開けてくれた。部屋に上がるとリリアは寝ぼけた様子でベッドの上に座っていた。
「よう、お目覚めか?」
「うぁい……。あ、師匠……どうしたんですか?」
「どうもこうもないんだが、とりあえずこの水着を着てくれないか?」
「へっ?」
目をぱちくりさせながら身構えるリリア。俺はリリアでも着られそうなサイズの水着を選んで取り出し――スタイル良過ぎる人間がいるから水着もそういうのが混じってる――それをリリアに突きつけた。
「後生だ、着替えてくれ」
「え? え? なに? なにがっ!?」
「いいから着替えてくれ。いいだろちょっとくらい、減るもんじゃないし」
「減りはしませんけどっ!? え、や、やああっ!! 師匠のえっち〜〜〜〜っ!!」
こうしてリリアを強引に着替えさせ……別に俺が着替えさせたわけではないが……水着姿のリリアを立たせてじろじろと眺める。
やっぱりリリアは白だろうなー……しかし俺には水着の良し悪しが全くわからん。さて、これはどうしたものか。
「し、師匠……? もういいですか? は、恥ずかしいですよう」
「いや、待ってくれ。ちょっと外に出よう」
「外!? これでですか!?」
「ああ。周りの人に見てもらわないと意味がないんだ」
「意味!? 意味ってなんですか!?」
「いいから来い」
「やああああああもうっ!! 師匠のばああああかあああああっ!!」
大騒ぎになり外に連れ出すのは断念した。まあ、俺の主観的に言えばそこそこ可愛い……綺麗ではない、あくまでも可愛い……から、問題はないだろう。
そういわれてみるとリリアって可愛かったんだな。何となく今まで気づかなかった真実に到達した気がする。成る程、ミスコンも悪くないか。
「ふえええん、師匠が変態さんになっちゃったよーう……! 鬼畜えろすで十八禁なんですよーう……!」
「誰が変態だ誰が……。リリア、お前学園祭でミスコンやらないか?」
目をぱちくりさせるリリア。学園祭での企画に困っていること、ベルヴェールからミスコンの提案を受けた事などを説明する。
「そんなわけで参加してほしいんだが」
「そ、それはもしかして……あのう? 師匠が、リリアの事……か、かわいいと思ってるから、ですか?」
「当たり前だろ。可愛くなかったら駄目なんじゃないのか?」
「そ、そうですけど! えへへ、そうなんですかー。師匠ったらもう〜! そうならそうと早く言ってくださいよっ!」
なにやら身体をくねくねさせながらヘラヘラ笑うリリアさん。首を傾げていると目をきらきらさせながら俺の両手を握り締めた。
「勿論参加しますよ! リリア・ライトフィールド十五歳! 師匠のために、優勝を目指しちゃうのですよっ!! えへへっ」
との事。なにやらとてもやる気になってくれたのだからありがたい。一先ず勇者部隊の目玉である勇者は一人確保できた。というか、勇者が居なかったら勇者部隊のミスコンではなく普通のミスコンになってしまう。別にそれは面白くはないだろうしな。
なにやらダイエットするとの事で、訓練着に着替えて走りこみに出て行ったリリアを見送り踵を返す。さて、お次は――メリーベルとゲルトか。
研究室の前の通りを歩いていると、メイド服のままフレグランスを素振りしているゲルトの姿が見えた。真剣な様子で汗を額から流しながら打ち込んでいる。
「おーい、ゲルト」
「ひゃっ!? ホンジョウナツル……!? は、背後から声をかけないでください!」
「そんな事より水着を着てくれ」
目を真ん丸くしているゲルト。訓練の途中で声をかけたせいか、顔が真っ赤だった。
「色々あるから好きなの選んでいいぞ。時間がないから早く脱いでくれ」
「え……? な、にを……貴方が言っているのか、わたしにはさっぱり……」
「兎に角お前の水着が見たいんだよ。そうしなきゃ俺の準備が整わないの」
「俺の、準備……?」
何故か俺の下半身を見て口をぱくぱくさせるゲルト。フレグランスが手から零れ落ち、頭を抱えて視線を反らす。首を傾げているとゲルトは壁にごつごつ頭をぶつけ出した。
「お、おいっ!? 何やってんだ!? 魔女化の影響か!?」
「……落ち着け、わたし……落ち着け、わたし……落ち着け、わたし……」
「ゲルト!? ゲルトォオオオオオッ!!」
気を失いかけたゲルトを慌てて研究室に運び込む。額から血を流しながらぶつぶつうわ言を言っているゲルトを見て流石のメリーベルも驚いた様子だった。
「何があったの?」
「いや、俺はただ水着を着てくれと言っただけなんだが……急に壁に頭をぶつけ出して……」
「――何故そうなるのかよくわかんない。とりあえず最初からちゃんと説明してくれる?」
先ほどリリアに説明したのと同じ会話を繰り返す。するとメリーベルは腰に手を当て首を横に振った。
「とりあえずナツルは、自分がどういう立場の人間なのかを理解すべき……」
「え? あ、うん……? ごめん?」
「そういう事らしいから、ゲルト? 別にナツルはゲルトを水着に着替えさせていやらしい事をしようとしていたわけじゃないんだって」
「め、めりーべるっ!! 余計な事を言わないで下さい!! 変な勘違いをしていしまって今激しく自己嫌悪中なんですから……」
「なんだ、そんな事考えていたのかゲルト。うっかりさんだなぁ」
「ああああ、貴方にだけはっ!! そんなことは言われたくありませんっ!! そもそも、勇者部隊のリーダーとしての自覚が余りにも希薄すぎるっ!!」
そう言われても勇者部隊がこのまま継続して構成されるかはわからないわけだしな。もう戦乱が起こらなければ俺たちが共に戦う事もない。というか、行き当たりばったりで急遽リーダーになった奴にそこまで期待されても。
「……はあああ。でも、仕方がありませんね……。コンテストには参加します」
「いいのか?」
「ええ。貴方には借りがあると言ったでしょう? 義には義を以って返す……騎士道を歩む人間として当然の事です」
「ありがとう、助かったよゲルト。メリーベルは、」
「参加するわけないでしょ馬鹿……。他人の見世物になるなんて死んでも嫌」
まあ、そう来るよなあ。こっちのネコミミアルケミストさんは基本的に引きこもり主義だからな……。ゲルトだって彼女の言う義理ってものが無ければ参加はしてくれなかっただろうし。
そっぽを向いたままつーんと両目を閉じて腕を組んでいるメリーベル。ゲルトに救いを求めて視線を送ってみたが、彼女がメリーベルにどうこう言える立場でないのはわかっているし、どうしようもない。さてどうしたものか。
「頼むよメリーベル……。俺の為だと思ってさ」
「そうやって直ぐ人に頼み事をしないの。そもそも、あたしの水着姿を見ても誰も喜ばないでしょう」
「そんな事は無いだろ。とりあえず着替えてみろよ。お前夏休みも参加しなかったしな」
「ちょっと……だから、そんな事言われても……」
「頼む! 引き受けちまったからには何とかしなきゃならないんだよ。学園際中に借りは返すからさ! な?」
「…………本当に、強引なやつ……」
文句を言い、呆れたような笑顔を浮かべつつもメリーベルは水着を手にして台所に歩いて行った。ほっと一息ついていると、ゲルトが困ったような笑顔を浮かべて近づいてきた。
「貴方はメリーベルに信頼されているんですね」
「え? どうしてだ?」
「彼女は自分が信じた人間以外には感情を見せません。いえ、それに何より……貴方と居る時のメリーベルは、無理をしていない。気を張らずに自然な態度で貴方に接している……。信頼の証としてはこの上ない事でしょう」
「そう……なのかな。自分じゃあよく判らないが。しかし、そんな事を言うなんて随分丸くなったもんだな、ゲルト」
腕を組み、微笑むゲルト。その仕草は以前からは想像もつかないほど優しいものだった。自然な態度が表に出てきたのはメリーベルだけじゃない。ゲルトも以前は常に肩肘張っていたというか、周り全てを敵だと認識して全てに噛み付いているようだった。けれど、今はもう違う。重い過去を背負っている事は変わらずとも、それと優しく向き合える女の子になった。
二人でそうしてしばらくメリーベルの水着を待っていた。台所と部屋を隔てている本棚の向こうからひょっこりとメリーベルの顔が覗き、困ったような視線を向けてくる。
「……どうしても出ないと駄目?」
「とりあえず水着を見てから考える」
「はあ……」
水色のパレオの着いた水着を選んだメリーベル。透きぬけるような白い肌とスレンダーな体躯に目を奪われる。こんなに肌を露出させているメリーベルを見るのは……初めてではないが、珍しい。
「へぇ……。ほっそいなー」
「食費も研究費につぎ込んでいるから、ダイエット効果アリ」
腰に手をあてそんな事を呟くメリーベル。ゲルトと俺は頷き合い、メリーベルに駆け寄った。
「充分だよ。もともと顔は綺麗なんだから、全然問題ないって。なあメリーベル、頼む!」
手を握り締めて迫る。メリーベルはいつに無く目をぱっちり開き、それから普段どおりやる気なさげに目を閉じ、小さく頷いた。
「しょうがない。考えてみれば、あたしもナツルには借りがあったし」
ああ、例の兄――グリーヴァの事か。まあ確かに借りといえば借り、口止めされているわけだしな。でもそういう事じゃない。メリーベルと俺は、そういう関係では居たくない。
だからそれはきっと彼女も同じ事で。隣に居るゲルトへのいいわけである事は直ぐに判った。俺が苦笑を浮かべると、メリーベルは片目を開いて俺の手を握り返す。
「ナツルだから出るんだからね。そこ、覚えておくコト」
「うん? ああ、わかったよ。兎に角これでベルヴェール含め四人……! あとはアイオーンに駄目元で掛け合ってみる。それじゃ、詳しい事はベルヴェールに聞いてくれ!」
俺は二人に背を向けて研究室を飛び出した。メリーベルも出てくれるとなればそれなりに形になってきた。あとはゲストとしてアイオーンが参加するかどうかだ。
しかしアイオーンを探そうにもやつがどこにいるのか全く判らない。一先ずディアノイアに戻った俺は校内を走り回って探してみたものの、アイオーンの姿は見当たらない。
「こういう時、都合よく後ろに立ってるのがアイオーンなのにな……。ったく、どこ行ったんだか」
結局アイオーンの姿は見つからなかった。とりあえず、勇者部隊に関しては開催出来る事が決まったんだし、今日は良しとするか。
ベルヴェールに報告する為に会議室に顔を出す。その場で作業を進めていた生徒に尋ねてみたが、ベルヴェールの居場所はわからないらしかった。
そういえばあいつ、昨日も何してたんだか。サボるなとかいって置いて本人がサボってやがったら流石に俺も怒るぞ……。
「くそ、携帯電話くらい復旧しててほしいよな……。メイドロボいるくらいなんだからさ……って、メイドロボ?」
思い出した。そういえば、受付に居る機械人形たちは学園内の生徒の居場所を検索できるシステムがあったんだった。
学園の敷地内限定だが、学園にいるのかどうかわかるだけでも充分だ。そんな説明を確か最初にアクセルが言っていたのに、俺はすっかり忘れていた。
受付に走り、ずらりと並ぶメイドロボの一人に声をかける。アイオーンとベルヴェールの居場所を検索してもらうと、二人とも校内に居る事がわかった。
「アイオーン・ケイオスはラ・フィリアの学園長室に。ベルヴェール・コンコルディアは、実習校舎の屋上にいらっしゃいます」
「……んん? 二人とも変なところに居るな……ありがとう、助かったよ」
学園長に何か用事なのだろうか? まあ、アイオーンの方は後回しにしたほうがよさそうだな。一先ずはベルヴェールだ。
実習校舎まで走って移動し、階段を上って屋上に出る。青空の下、ベルヴェールはフェンスの向こうに見える街並みを眺めていた。
「あいつ、こんなところでサボってたのか……ベルヴェ――」
声をかけようとして慌てて物陰に引っ込んだ。見ればベルヴェールは一人ではなかったのだ。その隣には見知らぬ男子生徒が立っていて、何やら一方的にベルヴェールに話しかけているように見える。
一体何をやっているのか。しかし学校の屋上で男女が二人きりで一方的に男が話していたら、まあなんにせよほいほい邪魔しに行っていい状況ではない。俺は二人の様子に首を傾げ、来た道を引き返した。
階段を下りて一階へ。さて、アイオーンが下りてくるのをエントランスで待つべきか。暫く廊下をゆっくりと歩きながらそんな事を考えていると、正面でソウル先生と話しているアイオーンの姿が見えた。
二人は俺の姿に気づき、手を挙げた。駆け寄るとソウルは相変わらず暑苦しい筋肉ムキムキの腕で俺の肩を叩き、白い歯を見せて笑う。
「おう、元気そうだな救世主!! ちゃんと飯食ってるか?」
「その台詞確実に八十年代ですよ……。っと、何かあったんですか? アイオーンが問題起こしたとか」
「あん? いや、そういうことじゃあねえよ。そもそもアイオーンが問題起こすのはいつもの事だからな! 俺は知らん! ハッハッハ!!」
だからそれでいいのかあんた。
「んー、まあお前は全くの他人事ってわけでもねえしな。教えておくか」
ソウルの話を聞いて少なからず俺は衝撃を受けた。
先の戦争――バズノクからの魔物の軍勢によるオルヴェンブルムへの侵略。その戦闘の中、少なからず生徒の命が落とされた事を俺たちは知っている。その後俺はグリーヴァを倒し、フェンリルを何とか撃退する現場に立会い、さらに聖騎士団と共に燃える国を見ている。
そうした俺にしてみれば、その話は確かに他人事なんかではなかった。話の内容というのは、あの戦争で俺たちの敵として行動していた人間のことである。
「この学園にはお前たちみたいに腕の立つ生徒も多い。中には現役の聖騎士よりも強い奴も居る――お前らみたいにな。そういうお前らに、教会の査問会から使者が来るらしい」
「……っと、それはどういう……?」
「敵の中に、ディアノイアの生徒だった人間が確認されたんだ」
敵軍には何名か、魔物の軍勢を指揮するリーダーが存在していた。実際の戦闘に関与したのはオルヴェンブルム攻防戦のみだが、実際には他の国の軍が増援としてやってきたりと、オルヴェンブルム以外でも他の部隊が事を構える事は何度もあった。そんな中、彼らからの情報提供で明らかになった事実だった。
「自白したわけじゃなく、倒した敵の中に生徒が混じっていたらしい。身元を査問会が洗った所、現役のディアノイア生徒だった事が判明した」
「まさか……!? 国に反旗を翻したのが、この学園の生徒だっていうのか……?」
「まだわからねえから誰にも言うなよ? だが、学園の生徒が密かに謀反に手を貸していたとなれば、事は重大だ。査問会が直ぐにでも執行者を派遣してくるだろうな」
「執行者……?」
「単体で高い戦闘能力を持つ秘密裏に存在する聖騎士だ。ヨト信仰の障害となる存在、あるいは王家の敵となる者を闇討ちするアサシンだよ」
この学園祭でそこらじゅうから人が集まる中、オルヴェンブルムから暗殺者が送り込まれてくる――。しかもそいつらは生徒を疑っていて、つまりそれは力のある俺たちを疑っているということなのか。
いや、違う。俺たちはずっと戦っていたし、派遣されていた生徒の中に裏切り者が居るとは考え難い。勿論居ないとは言い切れないが、少なくともブレイブクランは全力で戦ったのだ。その後城に招かれた事もあり、信頼されていると見ていいだろう。
だが、そうでないとすれば誰を疑っているのか。俺の視線は隣で黙り込んでいるアイオーンに向けられた。
「まさか……執行者はアイオーンを……?」
「そうなるだろうな。学園の教師に匹敵する戦闘力を持つアイオーンの噂はオルヴェンブルムにも届いているだろう。戦闘に参加しなかった事もあり、執行者に狙われる可能性は高い」
「ちょっと待ってください! アイオーンはそんな事をする奴じゃないっ!!」
「わーってるから落ち着け! 兎に角、そういう事になってるのは事実だ。だから学園長と相談して何とかしようって動いてんだろうが」
確かに一度は俺だって疑ったくらいだ。アイオーンは闇の魔術にも長けているし、底が知れない魔力の持ち主だ。彼女があの魔物の軍勢を操っていたリーダーだったとしても全くおかしくはない。でも……。
アイオーンは俺たちの様子に眉一つ動かさなかった。彼女はどう思っているのだろうか? 自分に疑いの目が向けられていること……執行者という教義に反する人間を暗殺する人間に目をつけられているという事。
彼女はそんな人間じゃないと信じている。でも、それを証明する事は出来ないんだ。だから困っている……俺に言われるまでもない。熱くなりすぎてくだらないことを口にしてしまった。
「……すいません。でも、学園祭ですよ? そんな人目のある場所で暗殺なんてそうは起きませんよね?」
「行き成り背後から首をはねるって事はないだろうよ、そりゃな。だが連中は殺す事を何とも思わない神の下僕だ。正直俺は好きじゃねえからな……保障は出来ねえ。衆人観衆の前だろうがなんだろうが、殺る時は殺るのがルールだ」
何故か忌々しそうに吐き捨てるソウル。彼は俺とアイオーンの肩を叩き、ニッコリ笑って言う。
「ま、大丈夫だ! 脅して悪かったな。生徒に手出しはさせねえ……少なくとも俺はそのつもりだ。さて、俺は忙しいからもう行くぞ」
「はい。すいません、ソウル先生」
ソウルを見送り、アイオーンに視線を向ける。アイオーンは別に当たり前という様子で俺を見つめ返している。その態度が気に入らず、俺はその手を握り締めた。
手を引いて中庭に移動する。流れる水路の前に立ち、人気がないのを確認して俺は振り返った。
「どうして言い返さないんだ? あんたじゃないんだろ?」
「そうだね。だがしかし言い返した所で話が通用する人間ではないだろう?」
「そういう事じゃない! 無実の罪で疑われるなんて、そんなのはあっちゃいけないだろうが……」
「……夏流は優しいね。でも、それは愚かだ。ボクを本当に信用できるのか? その根拠は? 理由は? 君には肝心なものが欠けている。信じるべきものは、信じるべき由る者で判断した方がいい。それが君の為だ」
確かに言う事は判る。アイオーンの言っている事は正しい。でも、納得は出来ない。
「……アイオーン。俺があんたの身の潔白を証明できないか? 仮にも救世主なんだ、俺にはそれくらいの力があるはずだ」
「それは余計なお世話というものだよ、夏流。君の言っている事は何でもかんでも自分の我侭で信じて救いたいという事だ。そんな風には行かないんだよ。世界はそこまで優しくないし君の我侭を受け入れてくれるほど甘くも無い……。君はヨト信仰というものをまるで理解していない」
「何……?」
「あれは他の宗教を滅ぼし、踏み潰し、疑わしき者の首を斬り落とし、罰し、罪を背負わせ咎を打ち付け、全てを力ずくに神の名の下に滅ぼしてきた究極の軍隊だ。君のその考えは彼らには通用しない」
アイオーンのその言葉はまるで後悔しているかのような口ぶりだった。まるでそう――そうして命を奪ってきたのが自分であるかのように。
そうして彼女は最後にいつもどおりの微笑を浮かべ、俺の下から去って行った。ミスコンの話なんて完全に忘れていた。今はアイオーンもそれどころではない。それに俺も……アイオーンの言葉に悩んでいた。
「アイオーンを信じたい……。でも、それは俺の甘さなのか……?」
無実を証明する方法も思いつかない。結局俺はこういう時何もしてやれないんだ。
原書にはアイオーンのことなんて記されないし――って、そうだ。最近ページを捲る事もしていなかった。いや、一先ずは目先の事を何とかするか……。
アイオーンに追いつくために走り出した。今彼女とちゃんと話をしなきゃいけない気がする。何よりも俺が気に入らない。だってそうだろう? 彼女にはまだ、俺は負けっぱなしなんだから――。
〜ディアノイア劇場〜
*もう40部か……。何かの記念事に特別版やってるといつまで立っても普通の解説とかにならないなあ、編*
夏流「というわけで、今回はへこたれ勇者二名の出番はなしということで」
リリア&ゲルド「「 え? 」」
〜設定資料集その4〜
*久々に人物説明*
『本城 夏流 (レーヴァテイン)』
テオドランド家に伝わる術式紋章レーヴァテインを刻まれた武具で武装した夏流。
本来ならば術式の発動に使うはずの紋章を自らの魔力コントロールにあてている。その為これといって強力な術式は発動出来ないが、魔力制御が向上している。
夏流が持つ高すぎる魔力は未だに本人だけでは制御が難しく、武器に頼っている。装備がナックルなのは本人が素手での格闘に慣れている為。が、剣も使えないわけではない。
過去文学少年だった夏流は家を出た後身体を鍛え、武術を学ぶ。元々何かに打ち込む性格であり家の中に閉じこもっていた反動か、腕っ節はかなり強くなったらしい。
神討つ一枝の魔剣という自らの魔力を拳に乗せ、電撃を放出する術式が唯一の放出攻撃だったが、最近は魔力操作により電撃を生む事も可能になった。
足に装備した神威双対と連携する武具、『天覧双対』は神威双対とは異なり、敵の防御術式を砕く蹴りを放つ『障害を討ち滅ぼす者』という技の術式が刻まれている。
勇者部隊として戦う事で、他の生徒からの信頼も勝ち取り救世主としてようやく歩き出した。まだまだ未熟な部分は多く、仲間に頼る面が大きいが、彼の心境も変化してきているようだ。
『メリーベル・テオドランド(レーヴァテイン)』
テオドランド一族に代々伝わる特殊武装構築術式レーヴァテインを刻んだ武具を装備したメリーベル。
魔物の呪いに犯された身では立ち回りも戦う事も限界があり、彼女自身が選んだ自分の戦い方は他の人間を強化する一点に尽きる。
戦闘相手を解析し、そのデータを元に最も相手に対して有効な効果を持つ武器を周囲の魔力から構築し、一時的に相手に対して最強の武器を生み出せる。
夏流の持つレーヴァテイン術式はメリーベルのものとも共鳴し、高い相乗効果を生み出す。対グリーヴァ戦では二人の魔力を掛け合わせ、聖剣リインフォースを上回る剣を一瞬だけでも創造する事に成功した。
彼女に呪いを飲ませた本人である兄を追っており、その兄の研究を止めさせる事、そして彼の呪いを打ち破る事が当面の目標である。
直、同じ呪いを受けたことからゲルトの世話をしており、姉のような気持ちを彼女に抱いている。
『リリア・ライトフィールド(ロギア)』
魔王ロギアを聖剣から引き出し、その身に宿したリリア。暴走しているのとは違い、この状態ではリリアにも意識は存在する。
ロギアに身を明け渡しているとは言え、その発言や言動はリリアの根本にある意識が元である。つまりリリアのもう一つの人格であり、彼女の根本にある心の代弁者であるロギアが表層に出ている状態。
それにより、暴走で仲間を傷付ける事もなく、冷静に敵に対処する事が出来る。その力は暴走状態をさらに上回り、的確な力で敵となる存在を駆逐する。
勇者フェイトにはまだ遠く及ばないものの、その力はフェンリルと互角かそれ以上にまで引き上げられる。文句無しに勇者として堂々たる戦闘力を発揮する。
ロギアにチェンジしている間は髪色が銀色に変色し、リインフォースに浮かび上がる紋章が変化する他、所有属性が変化する。
『マルドゥーク・アトラミリア』
ヨト信仰を守る聖騎士団員にして副団長。十九歳。
美形の青年で、常に神官装束と騎士の甲冑を合わせたような装備を纏っている。基本的に剣術は使わず、神官魔法により戦う。
アトラミリアという代々聖騎士団に強い影響を持つ神官の一族の息子であり、父である大神官はかつては勇者フェイトとも共に戦った過去を持つ。
その才能を引継ぎ、非常に高い魔力を持つ。学園の生徒とは異なり、オルヴェンブルムで騎士に揉まれて育ったせいか、実力は勇者部隊よりも上である。
非常に固い考え方の持ち主だが、その実市民の事を思っており、命が散る事を良しとしない義理高い男。ただしきっちりするところはしないと赦さない。
武器はヨト信仰の教えがつまった聖書。そこに記された魔力術式を発動し、戦闘する。剣と槍も一応使えるが、回復魔法と蘇生魔法を魅力に感じ、神官職についている。
直、極度のシスコンであり姉のエアリオを常に心配している。彼女の面倒を見るのが彼の役目でもあり、夏流同様苦労人。
『エアリオ・アトラミリア』
聖騎士団戦乙女部隊隊隊長。二十五歳。
マルドゥークの実の姉であり、聖騎士団団長であり大神官である男の娘。しかし団長の座はマルドゥークに継がせる気なので彼女は普通の隊長である。
戦乙女部隊と呼ばれる女性騎士のみで構成された部隊を率いる武人であり、長大な戦斧であり十字架でもある特殊な武装を運用する重騎士。
動きは重いが圧倒的な魔力障壁と一撃で大型の魔物を滅する聖戦斧を振り回し、聖騎士団の道を切り開く切り込み隊長でもある。
その勇敢な戦いぶりは聖騎士団だけではなくオルヴェンブルムの街でも有名であり、初代勇者パーティーの英雄たちに戦い方を仕込まれた過去を持つ。
重武装のわりにはおっとりした性格で常に笑顔を絶やさない美女。自主的に孤児などの面倒も見ており、アクセルにとっては育ての親であり、姉であり、複雑な想いを寄せる人物でもある。
極端にとぼけた性格の為、アクセルもマルドゥークも常に気の休まる瞬間がない。そういえばアクセルとマルドゥークはどこか似ている気もする。
リリア「本編でも出番少ない時なのに、ここでも出られないんじゃどうしようもないよ!」
ゲルト「わたしは……そこそこ出番ありましたけど」
リイア「じー……」
夏流「次回に続く」