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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
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幕間の日(2)

「学園祭実行委員? 俺が?」


話が飛び込んできたのは急だった。尤も、ここの所俺の身に降りかかる出来事は全て唐突だった気もする。

夏休みも終わり、学食で一人昼食を食べていた時だった。駆け寄ってきたベルヴェールとそのメイド……久しぶりに見たな……兎に角二人、いやメイドは後ろに立っているだけだったがじいっと見られているので気になってだな……兎に角突然言われたのだ。

戦争の薄気味悪さはまだ残っているし、色々と疑問は尽きない。だが人は腹が減れば飯は食うし眠くなれば寝るもの。日々を過ごせば少しずつその違和感は消えていくだろうとそんな風に考えていた矢先である。まさか自分自身にお門が回ってくる事になろうとは。


「お前、実行委員なんてやってるのか?」


「ええ、そうよ! だって他に誰も立候補しないんだもの。隣いい? いいわよね」


勝手に返事も聞かずに席に着くベルヴェール。俺は適当に飯を食いながらその話を聞いていた。

何でもディアノイアの学園祭は完全に生徒主導であり、予算も完全に生徒任せ。学園が敷地を解放する日取りは決まっている物の、実際に何をやるのかさえ全て現在未定だという。


「って、ちょっと待て……。学園祭まで一週間だぞ。間に合うのか?」


「間に合わせるのに人数が足りてないから誘ってるんでしょ? 馬鹿ねー」


お前にだけは言われたくない。


「ま、いいわ! 兎に角手を貸しなさいよ救世主」


「何で俺なんだよ……。こういうイベントは、アクセルとかのほうが向いてるだろ。俺は騒ぐのはそんなに得意じゃないんだ」


「何言ってんのよ、勇者部隊ブレイブクランのリーダーでしょ? それに噂の救世主候補が参加してるほうが、盛り上がるに決まってるじゃない!」


そういえばすっかり忘れていた。女王マリアにそんな事を言われたせいで、ちょっとした有名人になりつつあるのだった。今も周囲から視線が浴びせられているが、これはどちらかといえば俺の隣に居る女への視線だろう。

学園祭なんてもの、向こうの世界でだってやったことないのに上手く行くわけがない。俺は基本的に他人と関わるのは苦手なのだ。そんな事を考えながら肩を竦めていると、ベルヴェールは俺の手を握り締めて立ち上がる。


「そうと決まれば善は急げよ! ほらほら、委員会に顔を出すわよ!」


「ちょっとまて、まだ俺は何も言ってな……」


「ブリュンヒルデ! こいつを会議室まで連れて行きなさい!」


「畏まりました、お嬢様」


「おい、だからちょ――どういう力だこいつっ!? うわあああああっ!?」


首根っ子をつかまれ、メイドに引き摺られる。そのまま俺は片手にスプーンを持ったまま会議室へ連行されるのであった。

思えばこれが、三日間に及び繰り広げられた学園祭での俺の苦難の始まりだったのではないだろうか。いやまあ、理由を考えるだけ、無駄なのだろうが――。



⇒幕間の日(2)



「……はあ、大変な事になった……」


廊下を歩きながら頭を抱える。強引に役員に決められてしまった挙句、しかも一つ出し物を考える事になってしまった。

それもこれもベルヴェールのせいだ。どうしてこう、イベント事であんなにハキハキした奴が居るんだ? 俺の学校じゃ学園祭なんてみんなダラダラやってたのに……。つくづく委員長というか。

いや、嘆いても仕方がない。兎に角自分で何かを考えなければいけなくなったのだ。しかも明日までってどうなってんだよ。くそっ、引き受けさせられたからにはなんとかせにゃならんのだが……。


「……読書会」


一人でぼそりと呟いてみた。絶対に面白くないイベントだ。ていうかこれなら一人でも出来る。むしろ家に篭って一人でやった方がいい気がする。

何をやればいいんだ? 剣と魔法の世界で学園祭? そんなもの考えた事もなかった。こんな時自分の社交性の無さに嫌気が差す。でも普通考えないよなあ。


「しかし、ベルヴェールも無責任だな……。俺に任せていなくなるとは」


あいつ、途中まで俺と一緒に企画を練るからという条件でしぶしぶ俺に了承させておいてすかさず居なくなりやがった。ちょっと用事があるから、とか言われても困る。

さてどうしたものか。そもそもこういうのは俺よりも絶対他の面子の方が向いている。というわけで、早速俺はアクセルがバイトをしている喫茶店に顔を出す事にした。


「アクセル先輩ですか? 今日はお休みですけど?」


店に入って以前リリアに水をぶっかけたことのある店員に訊ねてみたが、どうやら留守らしい。俺は礼を言って店を出る事にした。

さて、本格的に困った。心のどこかでアクセルに頼ればいいと思っていた自分が居たのも驚きだが、いざというときいないとは使えない男だ。

こちらの世界での交友関係は狭い。一先ずゲルトの様子を伺う意味も込めてメリーベルの研究室に向かう事にした。

研究室の扉をノックする。暫くすると扉が開き、ゲルトが顔を覗かせた。思った以上に元気そうだったのでそれはよかったのだが、何故かまたメイド服である。


「いや、これは……違うんです……」


「……いや、いいんじゃないか……? 俺は、いいと思うよ……」


「違うんですうううう!!」


俺を突き飛ばし、ダッシュで街へ走り去って行くゲルトを見送り室内へ。メリーベルは俺の来訪に気づき、片手を上げて挨拶した。


「ゲルトがすごい勢いで家出してったが、構わないのか?」


「どうせ行く所も無いし、そのうちすごすご帰ってくる。それでどうかした?」


メリーベルは例の一件以来ずっとゲルトと同居しているらしい。居候させて薬を分け与える代わりに家の中で助手としてこき使っているのだろう。しかしだからってまたメイドか。多分ゲルトをいじめて楽しんでいるんだろうな……。


「あー、どうかしたってわけじゃないんだけど……ちょっと相談が」


「今度は何? 武器? 薬? 何でもあたしに頼らないでよね、もう」


「うぐ……っ! そ、それは感謝してるって……」


慌てる俺の様子にメリーベルは笑顔を浮かべた。あれから少しだけ彼女の態度は軟化したような気がする。その僅かな差に気づいているのは俺だけかも知れないが。

一先ず今自分の置かれている状況を説明する事にした。学園祭の実行委員に選ばれてしまったこと。企画を一つ練らなければ成らない事。それらを伝えるにつれ、メリーベルはニヤニヤと笑い出した。


「なんだよ……?」


「いや。ナツルの困っている心境を察したら楽しくなってきただけ」


「相変わらず性格悪いな……。あんまりゲルト泣かすなよ? ああ見えてリリアと同じくへこたれ勇者なんだから」


「あたしのいじめは飴と鞭――。限度は理解しているつもり。それにゲルトはこれから大変だから、少しくらい気丈になってくれないと困る」


「その果てにお前みたいになられても困るぞ? 女の子としてはどうなんだ、その性格は」


腕を組み、メリーベルは両目を閉じて笑っている。気の置けない仲なのはいいが、表情が読めないのは困ったものだ。面白いかどうかで動くという判断基準も、判っていても翻弄されるし。

しかしそんな彼女の性格を決して嫌だとは思わないのは不思議なところだ。結局の所恩人であり、もうこっちでは長い付き合いだ。ゲルトを任せられるのも、やはり彼女しかいないと思っている。

グリーヴァと彼女の関係は俺しか知らない二人だけの秘密になった。その過去に何があったのかはとても気になったが、それを聞いてしまったら今まで通りの関係とはいかなくなる気がしてどこか気まずかった。グリーヴァをあれで倒しきれたのならば知らないままも悪くない。でも、もしもう一度戦わねばならなくなったら……その時はちゃんと聞かなきゃいけないんだろうな。

ふとメリーベルに視線を向ける。グローブをつけていない手を見つめ、それから俺はその手を取ってじっと見つめた。以前彼女の身体に浮かび上がっていた痣のようなものは今はきれいさっぱり消えている。


「なあ、お前……呪いに犯されてるんだよな?」


「それがどうかした?」


「どうかするけど、いや……この間見た痣っていうか、模様? なくなってるからさ」


「あれは魔力を使ったり気持ちが高揚したりすると反応して浮かび上がるの。以前下着姿を覗いた時もなかったでしょ?」


言われて見ればそうだ。ということはコイツの無表情さは呪いを制御するためでも在るということなのか。なんだか色々大変なんだな……。


「わかったら手、放してくれる? あんまりそうやってじっと見られてると、模様浮かぶかもよ」


「ん? 何でだ? まあいいや、悪かったな」


手を放す。何故か肩を竦めて眉を潜めているメリーベル。何か粗相でもしただろうか。普通に手を拝借しただけなのだが。

まあ、こいつが何考えてるのかわからないのは今に始まった事ではない。ソファに腰掛け、溜息を漏らした。


「兎に角今は学園祭だ。何をしたらいいのかなんて全然わかんないよ。去年は何をやったんだ?」


「知らない。あたしずっとここに居たし」


ああ、そういえばそういうやつだった……。完全に訊く相手を間違えたな。かといって他に頼れるやつもいないし、途方に暮れる。

しばらくそうして二人の時間を過ごしていると、慌てた様子でゲルトが走って戻ってきた。メイド服で街中を出歩くのはそりゃあ恥ずかしいだろう。ふりっふりのドレスだもんな、うん。


「……ゲルト。慌てない、焦らない。模様、浮かんでるよ」


「は……っ? す、すみません。ええと、どうすれば……?」


「気持ちを落ち着けて。まだ慣れてないんだから、無闇に身体を動かさない事。ゆっくり呼吸して」


ゲルトの頬に触れ、メリーベルは指示を出す。ゲルトの首筋には黒い模様が浮かんでいた。メリーベルとは違う形の、しかし確かに同じ呪い……。あの日の出来事がまだ終わっていないのだという事を再認識させられる。

しかしこうしてみていると二人は姉妹のようだ。そういえばメリーベルはゲルトより年上だろうし、態度も随分落ち着いている。胸に手をあて深呼吸しているゲルトの様子を見つめ、微笑むメリーベル。案外いいコンビなのかもしれないな。


「……ナツル。その、この間は……」


「ん? ああ、そういえばそうだったな。勝手な事をしたか?」


「いえ、そんなことはありません。感謝しています……ありがとう」


ゲルトは半分魔物の魔女になった。魔女があの状態から回復するには誰かの血肉が必要となる。しかしメリーベルのように同じく汚染されたものでは摂取出来ない為、消去法であの場に居た俺が彼女に血肉を与えた事実に辿り着いたのだろう。

今はここでメリーベルと一緒に生活をしながら少しずつ欲求の抑え方を学んでいる。生き物から魔力を摂取出来れば何でもいいらしいが、やはり純度も量も人間が一番らしく、結果人間から摂取するのが被害を最小限にする手段らしい。

こうして見る限りゲルトは以前と変わらないし、メリーベルはずっとそれを隠してこられたのだ。慣れさえすれば以前どおりの生活が出来るかもしれない。俺は密かにそう期待している。


「今はどうしてるんだ? 食人衝動とかは」


「う……。随分直接的な言い回しですね。まだ慣れないのでそういうデリケートな問題にはあまり口出しをしないでもらいたいのですが……」


「ああ、そっか。でも別に猫を食ってるわけじゃないんだろう?」


俺の質問に二人は笑顔で停止した。猫の数を数える俺。だめだ、増えているのか減っているのかわからない。なんだこの空気……大丈夫かこの部屋……。


「元々、それほど毎日のように衝動がかかるわけじゃない。あたしだったら何ヶ月かは耐えられるようなもの。でもゲルトはあたしよりずっと純度も適応度も高いから、数日に一度くらいは摂取が必要。我慢できても一週間が限度でしょうね」


成る程、それでか。あれから半月寝たきりだったゲルトに、俺は定期的に血液提供の為にメリーベルに呼び出されていた。何度も体中を斬りつけては回復薬で回復する日々……。ゲルトはそれを知っているのだろうか。まあ知らないなら知らないでいいだろう。他人の血を寝ている間にどばどば飲まされていたとは彼女だって思いたくないはずだ。


「それじゃ、適当に補充しなきゃならないのか……」


「元々人間の血液とかは魔法具店には触媒として売っている所もあるし、どうしても生で行きたくなったらその辺の人にお金を払って飲ませてもらうとか、手段は色々ある。あたしもそうしてきたし」


「……そ、そのへんの人の、ですか……? かなり抵抗があるんですが……」


「だったらナツルに貰えばいい。というか、これがお奨め。色々な血の味を覚える前にナツルだけで我慢していれば、他の人を見ても食べたいとは思わなくなるかも。少なくとも欲求はナツルに向けられて、それ以外に対しては薄れるはず。その為に時間かけてきたんだし」


ということは、あの半月の間にゲルトに血を分け与え続けた俺の味をゲルトは覚えているから、俺を見ると食べたくなるって事なのか?

ゲルトを見つめる。彼女はさっきから俺の事は全く見ようとしていなかった。視線を反らされたままなのは食べたいからなのか。思わず背筋が寒くなった。


「どちらにせよ魔力の高い人間の方がいい。ナツルは魔女にとってはこれ以上無いほど最高の餌だから、お奨め。次はリリアとかかな。まあ餌の確保は自分でがんばるべし」


「うう、が、がんばります……」


肩を落とすゲルト。思っていたよりも元気そうで安心した。もっと落ち込んでいるかと思ったが、以前よりむしろ元気になったような気さえする。

ゲルトは振り返り、ようやく俺と目を合わせた。照れくさそうに顔を赤らめ、眉を潜めながら俺に近づく。


「わたし、色々考えて見たんですが……やっぱり答えは見つかりませんでした。魔剣を手にしても、何かが劇的に変わるわけではない。逆に思ったんです。魔剣や勇者の境遇なんて、本質的にはわたしにあまり関係のないことなんだって」


「……そうだな。自分を創るのは自分自身だ。境遇やモノはただそれだけに過ぎない。自分がどうしたいのかは、これからゆっくりと考えればいいさ」


「……貴方には、色々と借りを作ってしまいましたね」


そう言って笑うゲルトは以前と同じとまでは行かなかったが、強気な彼女だった。その僅かな違和感も何れは溶けて消えるだろう。


「一度死に掛けて理解しました。わたしはもっともっと強くならなければ。それが仲間を救う事にもなり、そして自分を肯定することにもなる。リリアに追いつけるように……いえ、あの子が背を預けるのに相応しい人間になるために、もう少し試行錯誤してみます」


「そうか。うん、その意気だ。あー、そうだ、そのうちリリアのところにも顔出してやってくれないか? あいつお前の事一番心配してたから」


「その件ですが、リリアは今どうしているのですか?」


その疑問には一言では答えられない。別にリリアがどうかしたわけではないし、今でもあいつは普通に生活している。ただちょっと魔王の事とかは人には言えないし、あいつは最近寝てばかりで授業にもたまにしか顔を出さなくなった。勿論起こせば普通にリリアなので何とも言えないところだが……。


「兎に角自分で会って話して見てくれ――っと、ゲルト。そういえば参考までに訊いてもいいか?」


先ほどメリーベルに説明したように学園祭実行委員の事を話す。するとゲルトは目を輝かせ、自らの胸に手を当てて微笑んだ。


「成る程、困っているのであれば初めからそう言って下さい。貴方には借りがある……。その仕事、是非手伝わせてください」


「いや、遠慮しとく」


俺が即座に首を横に振るとゲルトは笑顔のままフレグランスを振り上げた。おお、使えるようになってるじゃないか。魔剣に魔力が――。

背を向けて一目散に逃げ出した。ゲルトはそもそも魔剣なんて使おうとしちゃだめな身体じゃないか。病み上がりなのに彼女を刺激しては悪い、ここは退散しよう。

背後で何か喚いているゲルトから逃げ出し、街へ到達して一息ついた。ゲルトが提案する学園祭……残念ながらそれは多分面白くはないだろう……俺が言うのもなんだけどさ。

しかしこれでいよいよ頼れる相手が居なくなってきたな。肩を落としてとぼとぼ街を歩いていると、正面に一人迷子が見えた。

何故迷子なのかというと、見慣れない教会のクロークを着用して、地図を片手に人波の中できょろきょろと挙動不審に周囲を見渡しているからだ。右往左往しながら口元に手をあて、困った様子でうろたえている。


「……どこに行きたいの?」


声をかけると迷子は――教会の少女は顔を上げた。怯えた様子の視線に少しだけ気まずくなる。やたらと肌の白い、髪の長い少女。シャングリラの人の多さに戸惑っていた所に行き成り声をかけられたらおびえても仕方はないか。


「あー、こう見えても怪しいもんじゃないんだ。何て言えばいいのかな……」


「……救世主様、ですか?」


「そうそう、人呼んで救世主夏流……って、どうしてそれを?」


「本物、ですか……? わあっ! 救世主、本城夏流様! すごい、本物です……」


目をきらきらさせながら飛びついてくる少女。今度は俺がうろたえる番だった。訳もわからずに首を傾げていると、少女は自分ではしゃいでおいて具合悪げに咳き込んだ。

口元を手で押さえ、眉を潜めながら笑う少女。なんだか具合がよくないようだったので通りを抜けて公園に連れて行く事にした。ベンチに腰掛けて少女は咳き込んでいたが、しばらくすると落ち着いたのか顔を上げて頭を下げた。


「すみません、なんだか急に……」


「確かに急だったけど、どうかしたのか?」


「ああ、いえ……その、救世主様を生で見られて感動したというか……すみません、ご迷惑でしたよね」


恭しく頭を下げる少女。そこまで畏まられると困ってしまうのだが……。


「申し遅れてしまいました……。私はレンと言います。オルヴェンブルムに住んでいるシスター見習いです」


「そのシスターがどうしてシャングリラに?」


「ええ……。近々学園祭があるというので、お暇を頂いて遊びに来たんです。でも、まさか憧れの救世主様にこんなに早く出会えるなんて……これも全ては神の思し召し、ですね」


本当に嬉しそうに微笑み、祈りを捧げる少女。なんというか……リリアとはまた違った空気読めなさがあるな。

対応に困っていると、俺の視界に彼女の持っている地図が飛び込んできた。


「その住所に用があるのか? よかったら案内するよ」


「宜しいのですか!?」


「そ、そんなビックリすることじゃないだろ。それにこの場所ならすぐ近くだしな……立てるか?」


「はいっ! ありがとうございます!」


元気良く答える少女。身体が弱いのかもしれない、すこし気を使ってゆっくりと歩く事にした。

そうして彼女の持つ地図の指し示す場所に辿り着いた俺。そこはメリーベルの寮よりも更にボロいアパートだった。唖然としながら階段を上り、地図にメモられた部屋へ向かう。

リリアならうっかりぶち抜きそうな立て付けの悪い扉をノックして待つ事数分。どたどたと慌しく住人が迫る音が聞こえ、扉が開いた時俺は思わず目を丸くした。


「……アクセル?」


「お? ありゃ、どうしてナツルがここに――って、レンッ!? どうしてここに!?」


「……え? あの、お知り合いなんですか?」


三者三様の反応をする俺たち。互いに顔を見合わせ、それから一息ついて状況を整理する。


「……えーと、ここはアクセルの部屋?」


「お、おう……。ナツルはレンとどういう関係だ?」


「道端で迷ってたから案内してきたんだよ。お前こそレンの何なんだ?」


「何って……兄貴だよ、兄貴。レンは俺の妹」


「何っ!?」


驚いて仰け反る俺。そういわれてみると……同じく金髪だったりと、確かに共通点はある。しかしこのがさつを絵に描いたような男の妹が、この虚弱体質なシスターさんなのか!?


「に、似てねえ……っ!」


「何言ってんだよ! 俺にそっくりで可愛い妹じゃないか!! お前レンを馬鹿にするとマジで殺すぞ!!」


「やめてよお兄ちゃん……! 救世主様に失礼な事言わないで! は、恥ずかしいでしょ……!」


「救世主様って……。レン、それどこで聞いたんだ?」


「オルヴェンブルムじゃ有名な話だよ……? この間の戦闘で大活躍したんだって。それに噂どおり、凄くかっこいい人だし……」


なにやら目をきらきらさせながら俺を見ているアクセル妹。アクセルは俺をぎろりと睨みつけ、今まで見た事のないような表情で俺に掴みかかった。


「ナツル……まさかお前、この僅かな時間で既にレンに何かしたんじゃないだろうな……」


「何もしてないからっ!! どうやって道端歩きながらするんだよ!?」


「そ、そんな破廉恥な事をレンの前で言うんじゃないっ!! 馬鹿!! 教育に悪いだろう!?」


「だからっ! 何にも言ってねえっ!!!!」


アクセルに振り回されながら全力で叫ぶ。その俺たちの様子を見かねたレンは背後からアクセルの頭を牛乳瓶で殴りつけた。

その瓶はアクセルが飲んでいるものなのか、廊下に並んでいたもの。それを拾い上げて即兄の後頭部に叩き付けるという発想が凄まじい。

粉々に砕け散った瓶を投げ捨て、レンはアクセルの首根っ子を掴んで俺から引っぺがす。妹に殴られたアクセルは白目を向いてぐったりしていた。


「本当に申し訳ありません……! うちの兄はちょっと……頭がちょっと病気なんです……」


「うーん、それはそれで正解な気もするけど……今のは大丈夫なのか? ピクピクしてるけど……」


「救世主様? 兄は頑丈な獣みたいなものですから。ちょっと叩いたくらいでは無意味です。背後から即一撃……これ以外に兄にダメージを与える手段はありません。ああ、ヨト神よ……愚かな兄を赦したまえ……」


神に祈りを捧げる妹。気絶したアクセルをずるずる引き摺って部屋の中に押し込み、慌てて戻ってきた。


「あの……ありがとうございました、救世主様。兄が動けないように色々と準備があるので、とりあえず失礼しますね」


「あ、うん……あの、死なないようにしてあげてね……?」


彼女は答えずに笑顔だけ浮かべた。さて、これはどういう返答だと受け取るべきなのか……。

バタンと閉じられた扉の向こう、アクセルの悲鳴が響き渡ったが俺は何も聞かなかった事にしてボロアパートから走り去った。何も聞いてない。うん。聞いていないとも――。


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