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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第三章『女王の神剣』
38/126

幕間の日(1)

「おーいおい……なんだなんだ、何が起きたんだ……!?」


アクセルとブレイドが城に辿り着いた時、そこには既に城の面影は無かった。瓦礫の山の上、リインフォースを突き刺して月明かりの下で佇むリリアとその周囲に倒れる夏流たち。敵の姿はどこにも無く、ただ吹き抜ける風の中で少女は振り返った。


「リリアちゃん、何があったんだ? すげえ光が見えたけど……」


「うむ。まあ、私が力を貸したのだから当然だ。おい、剣士。そこで無様に転がっているゲインの娘を連れてオルヴェンブルムに引き返せ。メリーベルが対処法を知っている」


「へ? り、リリアちゃん? どうしちゃったんだ? なんか……偉そうだけど?」


「偉そうではない、偉いのだ。一国の王相手に何を戯けた事を……。もう良い、急げ! 私はこの救世主バカを連れて行く。聖騎士団との約束の時間に間に合わなければ意味がないからな。さて、どっこいしょ……む、流石にこの身体で男を背負うのは辛い物があるな」


一人で夏流を背負い、森の中へ消えて行くリリア。その足元に転がって気絶しているメリーベルとゲルトを抱きかかえ、アクセルは踵を返した。

月明かりさえ届かぬような闇に包まれた森の中、小さな影は救世主を背負って疾走する。その口元には溜息を浮かべ、しかし嬉しそうに微笑んで。


「世話の焼ける奴だ……。おい、フェイトの娘! どっちに行けば良いのか判るか? ……ああ、そうか。ふん、判っている、手荒には扱わないさ。こいつはお前の大事な男なのだろう? ああ、そう喚くな。私たちは一心同体――目的も常に同じ。そうだろう? 相棒にして我が主――そして我が奴隷よ」


リリアは大地に足を着き、角度を変えて跳躍する。夜の森を突き抜けた空、月を背に小さな身体は輝きを帯びながら闇に消えて行く――。



⇒幕間の日(1)



「……魔王、ロギア?」


「うむ。それが私の名だ。生前はそうだな……ザックブルムの王をしていた」


俺を森から連れ出したリリアは突然俺にそんな事を口走った。

確かに俺が覚えている記憶はリリアが魔力解放をする瞬間までの物だ。その後何があったのかはわからない。気づいたらリリアに背負われて森の中を走っていた。今は何とか一緒に移動しているが、正直頭がはっきりしない。

そうでなくても連戦でくったくたなんだ。わけわかんないこと言って俺を困らせないで欲しい……。


「どうした? ここはもっと盛大に驚くところであろう、救世主」


「……って言われてもなあ」


偉そうな口調で話しているとは言え、ちっこいリリアさんの身体のままだし、顔もそのままだし……。正直、威厳というか迫力に欠けるよな……。

深々と溜息を漏らす。しかしリリア――自称魔王は捻くれた視線を俺に送り、口元に笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。その仕草は確かにリリアとは違って大胆不敵だ。しかし結局身体つきがちっこいままなので迫力はない。ないのだ。


「ふん、まあ構わん。おまえがそういう人間である事は把握している」


「その自称魔王が一体なんでまたリリアの中に入り込んでいるんだ?」


「リリアの中身に入り込んでいるわけではない。私はあの男の剣――リインフォースに封じられているのだ。十年前、私の居城ごと一人で破壊したあの馬鹿は在ろう事か自分の剣に敵の大将である我を封じたのだ。ふん、全く愚かしい」


「ってことは、なんだ? リリアが背伸びして喋っているのではなく、マジで魔王なのか?」


「おまえは私をなんだと思っているのだ!? そんな子供みたいなことするか! ばか!」


いや、だから見た目は子供なんだが……。


「だったらリリアは今どうなってるんだ? まさか、お前に身体を乗っ取られたとか言うんじゃないだろうな」


「それは違う。おまえ、何か私を誤解していないか? 別に私はこの娘をどうこうするつもりはないし、出来る限りこの子の力になりたいと思っているくらいだ」


何を言っているのかちょっとわからない。整理してみよう。腕を組んで考え込む。

えーと、リリアの聖剣リインフォースは、十年前魔王大戦で親父であり勇者であるフェイトが使っていた剣だ。それは今リリアに引き継がれ、リリアは何故か封印されているこの剣を後生大事に持ち歩いていた。

その実、この剣はリリアの力を封じるために存在する。鎖を巻くことによりリリアの高い魔力と才能を剣が封じ込めるのである。つまり聖剣は封印のキーでもある……確かにまあ、筋は通っている。魔王だかなんだか知らないが、リリア以外が封印されている事もありえなくはない。だが問題はその後だ。どうしてその世界を滅ぼそうとまでした魔王が、リリアに協力する?


「疑うのは構わんが、無駄な事だぞ。わたしは嘘は付かん。一国の王であったのだ、そんな陳腐な真似はせん」


「それじゃあ、えーと……ロギア。リリアはどうなってる? お前は剣に封じられているんだろう?」


「その通りだ。我が身は十年前にとうに滅んでいる。残っているのは僅かな魔力と私の意識……。リリアは私と常に一つだった。彼女の身体を動かすくらいの魔力は残っているのだ。当の本人は身体を酷使しすぎて気を失ってるよ。さっきまでお前に乱暴するなとか無礼を働くなとか頭の中で喚いていたが、ようやく寝静まったところだ。子守は疲れる……おまえの心中も察しよう、救世主」


優しげな笑顔を俺に向けるロギア。一体全体どうなってるんだ? なんで世界を滅ぼそうとした魔王と一緒に走ってんだ俺……?

とにかくどうやらリリアは無事らしい。むしろその動けないはずのリリアの身体を回復し、傷ついた精神を休ませてくれているとのこと。そのリリアが眠っている時間を使ってロギアは俺に接触を図った。


「おまえは聖剣に鎖を巻けばどうにかなると思っているようだが、そういう事ではないのだ。あれは一度破られてしまった以上意味は成さない。逆にお前が鎖を巻いていると、私がこの娘をサポートできなくなり非常に不便だ。是が非でも止めてもらいたいな」


「ちょ、ちょっとまて!? お前を封じる為の鎖じゃないのか!?」


「それは違う。もっと事情はややこしいのだ。そうやって短絡的に考えて他人を思いこむな馬鹿者。器が知れるぞ」


ぐっ……。なんだかいい事を言われている気がするのだが、リリアの顔で言われると妙に納得いかねえ。

それを判っているのか、ロギアは悪戯っぽく笑っていた。二人して森を抜け山道を登っていく。この分なら余裕でバズノク国境沿いに到達できそうだった。


「それで……? 魔王がどうしてリリアを助けるんだ? リリアの暴走とリインフォースは関係ないのか?」


「助ける理由などない。この娘が死ねば私も死ぬのだ。一心同体、言っただろう? 私はこの娘の魔力総量を食らって生きながらえている。それが封印されているようにも見えるのかもしれないがな。自分の身だ、自分で守るのは当然の理だろう」


「それでフェンリルを倒したっていうのか?」


「ふははっ! あの小僧一人前に強くなっておったわ! だが相手がこの娘だったからだろうな、手加減しておった。ふん、舐めおって……。殺してはおらん。何、そのうちまた出向いてくるだろう」


何なんだ。滅茶苦茶すぎる。まともな人間の考え方じゃない。フェンリルも手加減していた? だったらアイツの本気は……。だめだ、考えないようにしよう。今は危機を一先ず乗り越えたんだ。それを良しとしなければ。

頭の中が混乱しっぱなしだった。聖剣と中に封じられた魔王? リリアの暴走と剣は無関係? フェンリルの目的は? っていうか魔王はどうしてリリアに加担するのかっていうかなんで聖剣に封印されたのか……わからない。わからないわからない。わからなすぎて俺は考えるのを止めた。


「……じゃあ、ロギア。お前は俺たちの味方……で、いいんだな?」


「勘違いをするな救世主。私は私の味方であるに過ぎん。おまえらが死にそうになっていようが居まいが、助けるつもりはない」


「でもリリアを救ってくれたんだろ? 死に掛けたら回復して、ヤバかったら魔力を貸してた。お前がリリアを助けてたんだな。ありがとう」


ロギアは俺の礼を言う言葉に目を細める。それから苛立たしく舌打ちし、それから目を閉じた。


「闇の総大将に礼を言う救世主がどこに居る……。その言葉、高くつくと覚えておけ」


「そうするよ」


山を駆け上がり、その山頂から見下ろす景色。何時間もロギアに運ばれていたせいか、既に夜明けは近い。水平線の向こうから日が昇ってくる景色を眺め、ロギアは腰に手を当てて笑う。


「良い物だ。この世界は美しい――。誰にも支配されぬからこそ美しい物もある。動乱の世もそう悪くは無かろう」


「……お前、案外ロマンチストなんだな?」


「ふん、ほざけ。さて、リリアがそろそろ目を覚ます。この娘の御身はおまえが責任を持って送り届けろよ。私の身体でもあるのだ、無礼は赦さぬ」


偉そうに俺を指差して笑う勇者件魔王様。俺はその答えに頷く。そうしてロギアが目を閉じると同時にその小さな身体が俺に倒れこみ、それを抱きとめて溜息を漏らした。


「何がどうなってんだよ……。なあ、リリア……」


リリアは答えなかった。そうして暫く朝日を浴びながら俺は小さな勇者の身体を抱きしめていた。

その時俺はその身体に背負わされた沢山の宿命のうち、たった一つにようやく触れる事が出来たのだという事を、まだ知らないままだった――。





そう、この世界を支配している沢山の誰かの意思や。


冬香が死んでしまわなければならなかった理由や。


俺がこの場所に召喚された意味や。


そして、俺が彼女と出会った先に在る未来の事も――。



全員幸福なまま終わる事の出来る物語なんて、現実には在り得ないと判っていたけれど。


それでも、俺は――――。




虚幻のディアノイア




子供の頃、俺はいつでも冬香と一緒だった。

なんというか、双子だというのに俺たちは全然似ていなかった。冬香は明るくて元気で、活発な女の子。かくいう俺は……内気で人見知り。外で遊ぶなら読書をしている方が好きなやつだった。

そんな俺たちにはもう一人、幼馴染の男の子が居たが、そいつ以外に俺には友達と呼べる子なんていなかった。そもそも遊んでいる時間があるなら立派な大人になるために勉強しなさいというのがご両親の考えで、その考えに猛反発して家に寄り付かない冬香と言われるがまま成すがままの俺と、その間にあるものはきっととても大きな壁だった。

ある日俺はいつものように日曜の午後、春うららかな日差しが差し込みふわふわと舞うカーテンを横目に勉強をしていた。まだ小学生だというのにご苦労なことだ。日差しの向こうにはいつも森があって、その森は我が本城家と俗世とを隔てる結界のようでさえあった。

俺はそんな結界の中で一人でぼんやりと考え込んでいた。俺は誰かに想いを伝えるのが苦手極まりない。だから友達もいない。そもそも、生まれる前までは一つだったと豪語する妹とでさえ解り合えないのだ。

そんな妹が突然窓から入り込んできた時、俺は『またか』と思った。頻繁に自分の部屋を抜け出し、廊下を歩いているとメイドに見つかるからと言って壁を移動してくる妹はたなびくカーテンを翼のように輝かせて俺の前に飛び降りる。


「あーそぼっ!」


「……ふーちゃん、勉強しないの?」


「しないの。子供の仕事は遊ぶ事だって、先生も言ってたもん」


そんな事を言われてもどうにもならない。勿論俺がそんな事を言ったところでふーちゃんは聞きもしないのだが。

ふーちゃんこと本城冬香。名前の読み方はトウカなので、とーちゃんが正しい。だがこれを言うと本人は激怒するという事実を認識している俺は、口を滑らせることさえもなかった。

彼女の誘いを断るのはいつものことだった。だが今回はそうは行かなかったのだ。カーテンを乗り越えて来たのは一人だけではなかったから。


「よっと! 久しぶりだな、ナツル!」


「……シュート。わざわざ来たの?」


「へへ、俺様にとっちゃこんな所、庭みたいなもんだぜ!! そんな事よりお前また勉強してんのか? それ楽しいのか?」


そんな事を言いながら笑う少年が居た。彼の名前はシュートこと、如月秋斗きさらぎしゅうと。同い年で、森の向こうに住んでいる一般人であった。

常に強気で冬香以上に喧嘩っぱやい、所謂不良少年である。しかしなにが楽しいのかたまに俺の部屋に飛び込んできては強引に結界の外側に引き出そうとするのである。

彼らの来場で勉強出来る環境ではなくなってしまった。俺は溜息を漏らしてノートを閉じた。しかし俺は窓から出るなんて事はしたくないし、どうせなら外よりも室内で遊びたい。


「サッカーやろうぜ! 俺様シュートって呼ばれてるだろ? サッカーの天才である可能性が極めて高い!!」


「……君、野球少年じゃなかったっけ?」


「手か足かの差だろ? 細かい事は気にすんなって」


そんな事聞いたら全国のサッカー&野球少年が怒り出しそうだ。


「待ちたまえシュート君! 彼は外での遊びには慣れてないのだよ。まったくこれだから君は」


「女の癖に偉そうに……。じゃあなんだよ? 他に何して遊ぶっていうんだよ?」


「それは……じゃーんっ!! これでーす!」


冬香が手にしたのは先ほどまで俺が勉強をしていたノートだった。二人して顔を見合わせ、俺たちは妹の妙な提案に耳を澄ませる。


「これからお絵かきをしま〜す」


「え〜!? そんなの女の遊びだろ……。俺様はサッカーしたいんだよ」


「僕もそれは困るよ……。勉強用のノートだし。それは字を書くものだよ、ふーちゃん」


「ああもう、細かいこと気にしないの! じゃあなっちゃんは字を書けばいいじゃん」


「字……っていわれても」


「ほら、わたしが絵を書くから、なっちゃんは字、書くの! ね? 面白そうでしょ? ねーねーやろうよー! ねーってばー!」


冬香が一度こうなるとテコでも動かない事を僕らは知っていた。だから仕方が無く賛同する事にしたのだ。

タイトルの無い、ノートの後ろの方に記された文字と絵。僕らは当時憧れていたのだ。ヒーローとか……そう、勇者みたいなものに。

剣の刺さった丘の上、僕らはそこに自らの英雄を作りこんだ。そこに居たのはそう、魔王を下す勇者の姿――。


「ねえ、ふーちゃん。いきなり魔王をやっつけちゃったけど、これ、魔王は何をしたの?」


「え? そこまで考えてなかった。シュートは?」


「え、俺様かよ。そうだな……あれだ。ほら、あれだよ。愛だよ」


「「 愛? 」」


二人して声をそろえる。その視線の先、自慢げにシュートは目をきらきらさせて呟いたのだ。

その、死にかけた二人に纏わる物語を――。



「――――っ」


目を覚ました時、ゲルト・シュヴァインが初めて目にしたのは自らの体の上に乗る猫の尻尾だった。

メリーベルの部屋で目を覚まし、猫に乗られた身体を起こす。猫たちは暫くゲルトの膝の上でごろごろしていたが、やがてどこへともなく散っていく。ぼんやりする頭で周囲を見渡すと、無人の研究室の中、自分の姿だけがそこにあった。


「……わたしは……」


記憶が思い出せない。曖昧になったままはっきりとしない景色。オルヴェンブルムに勇者部隊ブレイブクランとして出向いた所までは覚えているが、その街で何かが起きて、急にここに眠っている。

頭を抱える。ずきずきと痛む感覚に歯を食いしばった。とにかくじっとしているわけにも行かず、立ち上がって部屋を出る。シャングリラの街は既に平穏を取り戻しており、街は以前通り、ゲルトの知るシャングリラへと移行していた。


「戦争が……終わってる?」


ぼんやりとそうして一人で立ち尽くし、通り過ぎる人の波を眺めていると肩を叩かれた。そこには買い物袋を片手に担いだメリーベルの姿があった。

二人は一度研究室に戻り、メリーベルの淹れたコーヒーを口にして一息つく。猫たちに餌を食べさせるメリーベルの背中にゲルトは疑問を投げかけた。


「あの……。何がどうなって、わたしはここに?」


「やっぱり前後の記憶が不確かに成ってるか……」


立ち上がったメリーベルはビーカーに注がれたコーヒーを飲み、静かに語る。

突然街中で戦闘になった事。そしてその後、ゲルトはグリーヴァに拉致され、呪いを自ら口にして死に掛けた事。

そうして一つ一つを丁寧にメリーベルに語られ、彼女はようやく記憶を明確にしつつあった。そうなればこそ、余計に疑問は膨らんで行く。


「何故それで、わたしは生きているのですか……?」


「理由その一。あたしがその呪いの研究を行う錬金術師であり、作用を軟化させる薬を持っているから。理由そのニ。ゲルト自身が、闇の魔力に対する強い適正を持っていたから。理由その三は……多分、あたしの口から言わない方がいいと思う」


「な、なんですかそれは……?」


問い詰めるゲルトの前でメリーベルは台所に向かう。そこから持ち帰ってきたのは、布に巻かれ丁寧に手入れがされた魔剣フレグランスだった。

受け取ったゲルトは懐かしい魔剣の感触に目を細める。あの戦いの後、瓦礫の山からブレイドが拾って持ち帰ったものだった。それを大切に抱き、ゲルトは目を閉じる。


「一つ注意点。まだしばらく魔力は使わない事。一つだけ覚悟をして。これからあんたは、一生をかけてその呪いと付き合っていかなければならない。それは死ぬより辛い事だってあたしが保障してあげる」


「……はい。それでも、わたしは……生きていた方が、いいのだと思います」


ゲルトの言葉に頷くメリーベル。それから彼女は呪いと付き合っていく上で必要な幾つかの決め事をゲルトに伝えた。

まず、メリーベルが調合する薬を定期的に服用する事。次に極力魔力は使わない事。そして三つ目の条件は、ゲルトに大きな衝撃を与えた。


「人を食らう事――です、か?」


「残酷な話だけど、今ゲルトは半分魔物で半分人間――そうね、魔人とでも言おうか。いや、うん。『魔女』、かな。兎に角、身体に適応してしまった魔物と折り合いをつけなきゃ成らない。魔物は人間を食べたがる。その衝動は当然ゲルト……あんたにも襲い掛かるわ」


ごくりと息を呑むゲルト。今までとは全てが違ってしまう。人ごみに出れば、それを食べてみたいと思ってしまう。そんな残酷すぎる、当然過ぎる欲求。それに耐える為に、これから死に物狂いで努力をしなければならない。

それがメリーベルが部屋に一人で居たがる理由。一生をかけて何とかしなければならない病を研究しながら、彼女は人ではなく猫と付き合う。もしも猫ならば――衝動に耐え切れずに食らってしまっても、心の傷が浅くて済むから。


「もう、まともな人付き合いは出来ないと思って。これはもう、かわいそうだけど、変えられない。何とかする薬は、これからもあたしが作ってみる。でも、いつになるかわからない。いつ直るか判らないこの呪いと向き合うのは……とても、辛い事」


それを体験したからこそ、メリーベルはゲルトにその残酷な宣告をする事が出来る。二人は薄暗い部屋の中、黙り込んでいた。ゲルトは拳を握り締め、眉を潜める。


「……それは、どうしても……食べなければ、ならないんですか?」


「試してみる? どれだけ長い間我慢できるか。でもね、それはずっと寝るなっていうのと同じ。一生何も口にするなっていうのと同じ。ずっとそれを続ければやがて身体に異常を来たす。死に至る……」


「そんな……」


「別に、生きた人間一人を丸ごと食らう必要はない。だからこれから一緒にどうやったら生きていけるのか、勉強して。ゲルトを一人にはしない。あたしがついてる」


ゲルトの手を握り締め、メリーベルは優しく囁いた。ゲルトは無言でその手に縋り、ただ黙って俯いていた。



リリアは一人、部屋のベッドの上で眠っていた。静かに一人、ただただ睡眠を貪り続ける。その傍らに座っていた夏流が席を立ち、静かに息をついた。

部屋を出た夏流は暖かい日差しの中、学園へと向かう。門を潜り中庭を抜け校舎へ入りエントランスで上へと伸びる螺旋階段を上る。

学園長――アルセリアの部屋。そこに入った少年は正面に立つ巨大な騎士に臆することなく歩み寄る。


「アルセリア、進展はあったか?」


『いいえ、夏流。相変わらず世界は平和です』


「……そうか。じゃあ――バズノクを滅ぼしたのが誰なのかも、判らず仕舞いって事か」


あの日、聖騎士団と合流した夏流が進軍して見たのは、燃え盛るバズノクという国と、人一人存在しない街だった。

無残に朽ち果て焼け落ちたその街に死体は一つとして存在しなかった。国はとうの昔に滅び、国民は一人残らず闇に葬られていたのである。

戦争は誰を駆逐するでもなく終結した。中途半端な戦果で引き返した聖騎士団は、不可解な事件を追い行動を継続している。戦争は終わった……しかし、何者も倒すことなく終わったそれは、不気味な余韻を残して世界を包み込む。


「あの夜、バズノクに何が起きたのか……。誰も居なかった街の意味は何なのか。聖騎士団はまだつかめてないのか?」


『ええ……。一晩にして消え去った街の人々、燃え尽きた王国……。では、戦争を仕掛けてきていたのは誰だったのか。一体何と戦ったのか……』


不可解な事は重なる。あの後、夏流はフェンリルとグリーヴァの死体を確かめに古城に引き返した。しかし死体は見つからないまま。倒した確証も得られず、そして彼らの所属も目的もわからないまま。

何もかもがわからなかった。そのまま既に半月が経過し、こうして夏流は時々アルセリアに捜査の状況を確認に足を運ぶ日々が続いていた。


「薄気味悪いな。全然終わった気がしないよ」


『結局全ての段取りが狂ってしまったようですね。リリアの騎士就任の儀式も先送り……貴方もそうなるはずだったでしょうに』


「それは構わないよ。学園での生活は気に入ってるから。でもな……」


夏流の脳裏を過ぎる二つの不安要素。今は目前の敵よりも、二人の勇者の事が気がかりだった。

魔王を内包する勇者、リリア。そしてその魔王ロギアはリリアと意思を同じくし、あろうことか自らを殺したはずの男の娘に手を貸している。

封印されたリインフォースと過去の戦争での謎……。それは今もフェンリルや鶴来を動かし、夏流を翻弄し続けている。

それらを全て知ったリリア自身の気持ち、過去……。何よりもリリアは眠っている時間が格段に多くなり始めていた。今では二日に一度程度、殆ど丸々一日寝ている事も珍しくはない。

そして相変わらず魔物の呪いに犯されたままのゲルト。生きるために他人を食わねばならないという宿命を得てしまった少女……。

頭を悩ませる理由は一つ二つではなかった。複雑に絡み合う疑問の断片が繋がりそうで繋がらない。その感覚に苛立ちながら夏流は背を向ける。


「兎に角何か判ったら知らせてくれ」


『ええ、そうしましょう。話は変わるのですが、夏流?』


「ん? どうした?」


『戦争で皆気持ちがまだ落ち着かないようなのです。学園祭の予定を一月繰り上げて行う事が決定したようですよ。貴方も気持ちを少し入れ替えては?』


「……考えてばっかでもわからないものはわからない、か。ありがとう学園長。少し肩の力を抜いてみるよ」


そうして部屋を去って行った夏流を見送り、アルセリアは腕を組んで世界を見渡す。学園を貫く塔、ラ・フィリア。そこから覗く世界は、いつでも変わらない。


『…………物語は動き出した。貴方の持つ原書が打ち勝つか、それとも……』


立ち上がってアルセリアは暖かい日差しを見上げる。鳥が光を遮り影を生み、その景色を彼女は穏やかな心で見守っていた。



〜ディアノイア劇場〜


*いよいよ中盤に差し掛かりそうです編*


ゲルト「こんばんは。アンケート投票理由『メインヒロインだから』、ゲルト・シュヴァインです」


リリア「……………………ゲルトちゃん?」


ゲルト「わ、悪いのはわたしではなくて、投票する人ですから……」


リリア「……ゲルトちゃん好きな人はリリアも好きっぽいけど、アイオーンさんが好きな人は何故ほぼ全員リリアが嫌いなのかな」


ゲルト「『ぺたんこだから』では?」


リリア「ペたんこっていうなああああっ!!」


ゲルト「何はともあれもう第三部です。ここまでがプロローグでした、的な雰囲気で次へ進むようです」


リリア「長! プロローグ読むのに七百分弱かかるって……。あちこちややこしくて全然終わる気配ないもんね。長期連載で七十部以上書くのって初めてじゃない?」


ゲルト「レーヴァテインが続編も含めれば百超えてましたけど。まあ、どれだけ続くかは人気次第ですけどね」


リリア「というわけで、In The 魔王とかで色々ごちゃごちゃしててゲルトちゃんはリリアをかじかじする事だし、ひとだんらく着いたから何かぶっちゃけ話でもしましょう!」


ゲルト「無限の剣製アンリミテッドブレイドワークス


リリア「うん、そういう一言で既にヤバイのはやめようね。でも今読み返すと似てるね」


ゲルト「ちなみにメリーベルの能力は『相手の武器を上回る武器を模造する』にするのか、『周囲にある物から武装を模造する』のか、ギリギリまで悩んだそうです」


リリア「でも後者は鋼の――」


ゲルト「他にぶっちゃけた話ありますか?」


リリア「ギャルゲーみたくなってきたってのは?」


ゲルト「それは別にディアノイアに限った話ではないでしょう。それにもっとギャルゲーっぽいのだったら、異世界ものはいくらでもあるじゃないですか。例えば――」


リリア「ぎにゃあああああ!! 本当にやばいからそういうのは止めて!!」


ゲルト「ディアノイアは、あくまでも健全です。お父さんお母さん、十八歳未満のお友達にも是非薦めて下さいね」


リリア「でもアンケートと占い意外とやってくれる人がいてびっくりしたよね」


ゲルト「ヘタしたら全く誰も反応しないかと思っていたくらいですから。というか、アンケートとか意外と応援してくれている人が居る事がわかってやる気あがりましたね」


リリア「なーんでかなー? 他の異世界小説はほいほい感想来るのに、うちは固定読者様だけだもんね。誰とは言わないけど……あくまでも言わないけど」


ゲルト「それは、ほら……。感想書き難い小説だからですよ……。展開滅茶苦茶だし。あるいは単純に不人気」


リリア「でもここまで読んでるマメな読者さんはきっと応援してくれてる人に違いないんだよっ! 愛してるー! あーいーしーてーるー!」


ゲルト「そういえば『死亡フラグ立ちすぎだからもう少し生存させろ』って意見がありましたが」


リリア「うん、それさ……。作者のほかの長期連載読んだ人はみんな言う気がするんだけど、どうしてかな……」


ゲルト「皆死ぬのが当たり前みたいになってますね。作者も読者も」


リリア「なんかただのメッセージ返になってきてるような。まあ無計画にいつもここ書いてるから別にいっか」


ゲルト「そういえば、Fa〇eよりも参考にしているゲームがありますよね」


リリア「うん。元々この作品のモデルはファイナルファンタ〇ー8なんだよ〜!」


ゲルト「誰も信じないと思いますけど……。他に参考にしているゲームと言えば」


リリア「デュ〇ル〇イ〇ーとか、後はガ〇トのアト〇エ系とか〜」


ゲルト「面白いのでお奨めです。判る人いるかわかりませんけど」


リリア「さて、そんなわけで! 何はともあれ次からまた新展開なのです!」


ゲルト「サブキャラメインだそうなので、わたしたちの出番は目立たないかも知れませんね」


リリア「そうだねーってゲルトちゃんそれメインヒロインの発言じゃ……」


ゲルト「では、またどこかで」


リリア「ゲルトちゃん? あれ、ゲルトちゃーん?」


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