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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
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覚醒する力の日(3)

「いいかい、リリア。聖剣の鎖を解いてはならない。君はこれから一生、この剣と折り合いをつけて生きて行かなければならない。君の一生は、常にこの剣と共にある」


ゲインが死ぬ数日前。リリアの前に現れた彼は彼女にそう言い聞かせた。


「聖剣の封印が解かれた時、君は自分の行いに恐怖するだろう。だから僕は、出来る限りの手段で君を少しでも聖剣に見合う人間に育てたつもりだ。それでもまだ、全然足りない。全く足りない。いいかい、リリア。聖剣を使ってはならないよ。たとえそのせいで勇者に成れなかったとしても、諦めるんだ」


「どうして? どうして聖剣を使っちゃいけないの?」


「その剣は、人を殺す剣なんだ。剣だから当たり前なんだけどね。でもリリア、君がもしその剣の力を必要とし、解放せざるを得ない時が来たら――。その時は見つけなさい。君を縛る鎖と成る人物を。僕はもう、この鎖を封印し続ける事は出来ないから――」


疲れた表情でリリアの頭を撫でるゲイン。その身体が既にボロボロであり、見た目とは異なり命が死に瀕しているのだということ、その時のリリアは理解出来なかった。

そうしてある日、使ってしまった。ゲルトを虐める子供たちに勇者の剣を見せて、追い払おうとした。だがそれだけでは済まなかった。一向にゲルトへの虐めを止めようとしない子供たちに、その親に、リリアは思ってしまった。願ってしまったのだ。その瞬間聖剣は主に問い掛ける。


『――殺してしまいたいか?』


少女の手には収まりきらない程の巨大な刀身。ゲイン無き今、オルヴェンブルムの街で彼女を保護してくれる人などいなかった。


『殺してしまえばいい。その力がお前にはあるのだから』


だからそれは必然だった。ゲインが傍に居たからたまたま彼女は普通の人間として生きてこられただけ。短い平穏が終わりを告げ、少女は興味本位で鎖に手を触れてしまった。


『良いぞ、人間。我が名を呼ぶことを赦す。我が身を呼ぶのだ。『化物』と――』


「――――行かなくちゃ」


鎖の落ちる音がした。

夜の闇に沈んだ山道の中、気絶していたリリアが目を覚ます。回復魔法をかけていたベルヴェールの制止も聞かず、よろめきながら歩き出す。

その足取りは不確かで、どこか、何か、誰かにせかされて。力を持った代償として、覚悟をしなければならないこと。一度は約束を破り、聖剣を使ってしまった。その両手が血の赤で真っ赤になったとき、恐怖で慌てて剣を封じた。

ならば探しなさいと。ゲインの言葉を思い返す。自らの鎖となる人物を――。でも、今はそんな事を考える余裕がなかった。今はただ、友達を虐める敵を、叩きのめさなければならないから――。

古城の中、夏流とグリーヴァの戦いは続いていた。お互いに一歩も引けを取らない戦闘――。あれだけの連戦を繰り返したにも関わらず錬金術師の術式には一部の狂いも無い。夏流はその事実に焦りながら、回復しきらない傷の痛みに耐えていた。

倒れたままのゲルトに駆け寄り、メリーベルはローブの内側から薬を取り出す。それは彼女が常時服用してきた、呪いの効果を軟化させる秘薬――。完全に治しきれず、毎日のように研究を繰り返し、それでも手にした八年間の成果――。


「まさか、仲間に使う事になるなんて。ねえ、ゲルト……」


ゲルトの口に白い液体を含ませる。放出される魔力は一瞬収まった物の、しかし彼女の容態はよくはならなかった。

そこでようやく結論に至る。やはり自分が受けた呪いとは純度が違いすぎるのだと。それに何より、ゲルトは魔物の力に適応しすぎている。剥離する事が出来ず。薬の拒絶反応で体内の呪いが暴れ狂い、ゲルトは悲鳴を上げて頭を抱えた。

身体を押さえ込み、様々な薬品を投薬する。だがまだ足りない。それでも治せない――。判りきっていた事だ。自らの身も救えぬというのに、何を救えるというのか。


「――ナツル、時間がない! 彼を――倒すっ!!」


メリーベルの声に応え、後退する夏流。立ち上がった少女は自らの全身を覆っていたローブを投げ捨て、その両腕を肩まで覆う巨大な紋章武具が姿を現した。

その両腕に漆黒の魔力が宿る。以前夏流が目にしたそれとは違いすぎる。今度こそ正真正銘、少女の本気――。


「あたしは自分で戦う事は出来ない。身体は呪いに蝕まれ、魔力総量もそう多くはない。でも――あたしは錬金術師。あたしの役割は、戦う者じゃない」


剣を手に駆け寄るグリーヴァ。その瞬間、メリーベルは手に宿された術式を大地に叩き付ける。炸裂する魔力と同時に、大地からグリーヴァが持つものよりも一回り大きく、より鋭く、破壊的な剣を想像する。


追尾効果付加ホーミングブレイド――対象の戦闘力より三割上昇させた術式、限定発動」


生み出された刃に光が灯る。同時に剣はその形を変え、岩から生まれた物だとは思えないほどの鋭さを得る。剣を受け取った夏流の手の中、それは何もせずとも勝手に身体を動かし、全く無駄のない動作でグリーヴァの剣を圧し折って見せた。


「――何っ!? 限定強化術式付与の――武装構築術式、だとっ!?」


「グリーヴァアアアッ!!」


夏流が振り上げた巨大な剣が襲い掛かる。障壁で防御を行うグリーヴァの正面、少女が両手を翳して目を閉じる。


障壁貫通効果付加ブレイクブレイド――。対象の障壁要素を構成し以後その術式を破壊する。限定発動……」


剣が輝きを帯びる。その形状を変化させ、鋭い鎌のような形へと変貌を遂げた。それは一撃で紙でも切り裂くようにグリーヴァの障壁を貫通し、その胴体に深々と突き刺さって見せる。


「が……っ!? ば、かな……。相手よりも、確実に味方を強くする術式……だと!? そんな、反則な物があってたまるか……!!」


「別に、難しくはない」


少年の背後、少女は両手を輝かせながら瞳を開く。


「そのためだけにこの八年を使い切って来た。昼も夜も関係なく、ただこの時の為に……。貴方を、殺してあげる為に」


「――――気には、なっていた。その、術式……。救世主が腕に装備するのは我がテオドランドの家紋……。やはり、君だったのか。メリーベル――我が妹よ」


鎌を引き抜き、夏流はそれをくるりを回転させて構えた。その背後、メリーベルは眉を潜めて兄をじっと見つめる。兄妹の視線は確かに交錯していた。ただお互いを見つめ合い、そして兄は眼を閉じる。


「八年前に別れてから、君がどれだけ力をつけたのかは知らないが――。兄に妹が勝てるとでも思っているのか?」


「思っているわ。言ったでしょう? あたしは戦わない――。戦うのは苦手だから。だから、戦うのは彼の仕事。あたしは一人では戦わない。一人では勝てないと知っているから」


「そこの救世主にそれだけの価値を見出しているとでも言うのか……!? 忘れたのかメリーベル。君の呪いを解く為に、僕は――!」


「覚えているわ兄さん。だからもうそれを終わらせに来たの。貴方の悪い夢を覚まさせてあげる――。あたしの悪夢で」


メリーベルの隣に立った夏流が眉を潜めた。しかしメリーベルは口元に人差し指を当て、小さく微笑んでみせる。


「約束、したでしょ? 何も言わずに一緒に戦うって」


「……わかってる。そうじゃない。ただ――」


鎌を揮う。メリーベルを守るように。月下、夏流の手の中で刃は輝いて殺意が男を映し出す。


「指示をくれ、錬金術師。あいつを確実に倒せる手段を、俺に授けてくれ」


背後から夏流の手に自らの手を重ねる。そうして少女は夏流と身体を絡めるようにして両腕に込めた術式を発動した。


聖剣効果付加フォースブレイド――」


グリーヴァは不死か否か。答えは否である。

彼は不死ではないからこそ不死の法則を探していた。そう、目の前で死に掛けている実の妹の為に。

ならば殺して殺せないはずはない。ただの回復能力と、事前にかけた継続回復魔法リジェネレーション。そして魔物の力を借りた闇魔法――。確かに強固な不死の模造品。ではそれをどうやって駆逐する?


「それが魔法である限り、全てを貫く聖なる剣――」


夏流の腕の中にある剣が黄金に輝き始める。形状を変え、巨大な両刃の刀剣へと姿を変えて行く。


「ナツルも力を貸して。リインフォースとまでは行かなくてもいい。あの呪いの障壁を突破し、一撃で彼を貫く剣が欲しい」


夏流もまた目を閉じる。二人は手を重ね、魔力を一つに連ねる。夏流の身体から息苦しくなるほどの魔力がメリーベルへとなだれ込み、一気に術式は加速する。

そう、魔法と名のつくものを一撃で貫く聖剣――あのリインフォースのように。いつか憧れた、嘗ての英雄たちの剣のように。子供の頃、絵本でみたあの物語のように。無いなら作ればいい。錬金術師の八年間を、形にするだけなのだから――。


「あんたたち兄妹の間に何があるのかは知らない――。だが、悪いな……これは私怨だ。大事な勇者をやられて、黙っていられるほど俺は大人じゃない」


救世主の腕の中、電撃を帯びた巨大な剣が姿を現した。夏流の武具同様、テオドランドの紋章を刻み込まれたその魔剣は光の刀身を持ち、掲げた夏流の腕から補充される魔力を吸い取って黄金に、夜の闇を切り裂き全てを染め上げるほど、ただただ黄金に輝く。


「「 神討つ一枝の魔剣レーヴァテインその力を我は担うコールライトニング 」」


二人の声が重なる。霹靂の魔剣を手に、救世主は駆け出した。正面に剣を構え、突きの体勢で突撃する。それを迎撃しようと錬金術師の放った呪文は悉く魔剣の前に蒸発した。

既に彼の実力を凌駕するだけの魔力が込められているのだ。龍であろうが鬼であろうが、一刺しで殺す事が出来る。魔法を貫き、呪いを焼き尽くし、中途半端な不死なら消し飛ばす――。


「それが……君の八年間か、メリーベル……」


男は両手にリインフォースを模造する。二対のリインフォースを前に、霹靂の魔剣は唸りを上げる。


「おおおおおっ!! 貫けえええええええっ!!」


自動追尾が付加された魔剣は一瞬で聖剣を圧し折る。模造されたそれでは今の救世主の剣には敵わない。砕け散る聖剣の残骸の中、嬉しそうにグリーヴァは目を細める。

その身体を貫いた剣は光を放ち、不死を形作っていた術式を一撃で破壊する。突き刺さった剣を握り締めたまま、夏流は雄叫びと共にそれをを横に振りぬく――!

閃光が城の壁を貫き、夜空を一閃に切り裂いた。炸裂する魔力の中、男は崩れる城と共に落ちて行く。メリーベルは消えて行く男の影を。額に手を当てて見送っていた。


「さようなら、兄さん……。良い、夢を……」


生み出された魔剣が空中で光となって霧散し、夏流は男に背を向けて目を閉じた。



⇒覚醒する力の日(3)



焼け焦げた夜空の下、夏流は静かに息を吐いた。既に敵の姿は無く、全身の魔力も殆ど絞りつくした。振り返るとメリーベルは既にゲルトの手当てに移っていた。実の兄を倒したというのに、少女は微塵も動揺してはいなかった。

二人に駆け寄る。メリーベルは様々な薬品を試しながら、額に汗を浮かべて歯を食いしばっていた。必死に救おうと、今までに無いほど真剣な顔でゲルトを見つめている。


「メリーベル……お前」


「黙ってて! 今は、何も言わないで……。お願い、ナツル……」


泣き出しそうな声に言葉を失った。そう、悲しくないはずが無い。心の中では沢山の感情が渦巻いているのだろう。それでも彼女は知っているのだ。この呪いをほうっておけば死に至る事を。そしてそれを救えるのが今自分しかいないことも。

救えるのなら救いたい。誰だって同じ事だ。どんなに冷静を装っても、どんなに冷たく心を冷やしても――それでも救えるなら救いたい。後悔はしたくないのだ。だから目を反らす。痛みを背負いたくないのだ。だから手を離す。でも、それで救えるのなら。救える可能性があるのならば。


「どうして……。あたしの力じゃ、ゲルトを救えないの……!?」


苛立ちながらもあらゆる手段を尽くした。それでもゲルトは苦しみながらただそれを受けるばかりで時間だけが過ぎ去っていく。

泣き出したかった。今のゲルトは昔のメリーベルとなんら変わらない。自分が一番、この地獄の苦しみを理解している。

体中の内側から刃で突き刺されるような。体中の臓物が熱で溶かされていくような。どうにも成らない誰にも救ってもらえない地獄の苦しみ。死んだほうがマシだと思う夜が何度も繰り返された。それを今、その地獄から今、仲間を救いたい――。


「何か……なんでもいい、なにか手段が……! どうして救えないのよ……そんなのって無いでしょ。やめてよね、悪い冗談は……!」


「メリーベル……」


「嫌なのよ、救えないなんて……。誰も守れないなんて……。せっかくこうして今まで生きながらえたんだから、誰かに命をつなげなきゃ。そうじゃなきゃ意味がない……意味、ないよ……」


涙を流し、笑いながらゲルトの手を握り締めるメリーベル。夏流は居た堪れなく立ち上がり、その場をウロウロと歩き回る。落ち着いてなど居られなかった。魔力の抜ける速度は落ちたものの、ゲルトの容態は悪化するばかり。


「兎に角魔力の放出だけでも抑えないと――。それから……ああ、もうっ!! 落ち着け、あたし……冷静になれ、あたし……っ!!」


「魔力を制御する……? め、メリーベル!! これ!!」


自分の腕を突き出しメリーベルに見せる夏流。慌てた様子で立ち上がり、錬金術師は自らの製作物を取り外し、少女の消えかけた命をそれで包み込む。


「手足だけじゃ足りない――!! 夏流、手伝って!! 魔力の放出を抑える布か何か……魔力が足りなくて作れないの!! お願い!!」


「判った!!」


二人は手を重ね、術式を構築する。夏流が魔力を搾り出し、メリーベルがそれを紡ぐ。そうして出来た白い布束でゲルトの身体を巻き、苦しげな呼吸が少しだけ落ち着いた事に二人はため息を漏らした。


「まだ、出来る事がある……。夏流、ゲルトを救える方法が一つだけ思いついた」


「本当か!? 今すぐやってくれ!」


「でも、それには夏流の力が必要……。それに、急場しのぎでしかない。救えたとしても、安定するかどうかは……」


「関係ねえ! 出来るなら今やってくれ! 後悔したくないんだっ!! お前だって本当はそうなんだろ!?」


夏流の声に頷くメリーベル。その手に短剣を構築し、夏流の掌を深めに切って見せる。血があふれ出し、流れるそれを零さぬように直ぐにゲルトの口元に移し、小さな口の中に垂らして行く。


「お、おい……?」


「いいから! 血が止まったらどこでもいいから切って出して! 今から魔力を転移させる術式を組むから……! それに魔物は他の生命体の魔力を食べる事で安定するわ。血を飲めば少しは落ち着く」


「それってゲルトが魔物になったってことか!? おいっ!」


「いいから落ち着いて!! 今は他に手段がないのっ!! ナツルの血は大量の魔力を含んだ貴重な源泉……! これなら間に合うかも知れない――!」


ゲルトの身体に手を当て、メリーベルは必死で術式を構築する。そんな時間が暫く続き、ゲルトの容態は一応の安定を見せた。

二人は安堵し、溜息を漏らす。しかし喜んでいたのは夏流よりもメリーベルの方だった。両目に涙を一杯に溜め込み、縋りつきながら笑っている。その姿に少年もまた微笑み、全身の力を抜いて座り込んだ。


「ありがとう……ナツル」


顔を上げるとメリーベルが笑っていた。今まで見た事が無かったその笑顔に、少年は首を横に振る。


「お礼を言うのは俺のほうだ。お前がいなかったら俺は何も出来なかった。ありがとう、メリーベル」


二人の間、額に汗を浮かべたままのゲルトがいる。一応容態が落ち着いたとは言え、完全な状態には程遠い。まだ安心は出来ない――立ち上がった夏流の背後、揺らめく影の姿があった。


『グリーヴァを下したのか、救世主……。意外だな、奴ほどの腕の男、そうそう倒せるはずもないのだが』


振り返った夏流の背後、魔剣を片手に携えたフェンリルが立っていた。メリーベルはゲルトを庇うように身を乗り出し、夏流は拳を構えようとして――気づく。今の彼に武装はなにもなく、魔力さえも尽き果てた。戦えるはずが無い――気づくのは遅すぎた。フェンリルの振り上げた剣が、少年の身体を両断しようとしたその時だった。

側面から跳んできた小さな影がフェンリルを蹴り飛ばす。体勢を崩さずに着地する男に斬りかかったのは血塗れのリリアだった。聖剣と魔剣が激しく激突し、二人の戦いは一瞬で激化する。


「リリアッ!!」


夏流の声は届かない。リリアは倒れたゲルトに一瞬目をやり。それから聖剣にありったけの魔力を注ぎ込む。振り下ろした一撃は大地を叩き割るほどの威力があったが、それでもフェンリルには及ばない。


『どうした勇者――。連続での戦闘には不慣れか? ならば慣れろ! お前にはこれから、散々戦い通しになってもらうのだからなっ!!』


「っづう! う――あああああっ!!」


剣を受ける度両腕に痛みが走る。それでもリリアは歯を食いしばり痛みに耐えて前進する。足場は平ら、相手は一人。集中すれば直ぐにやられる事はない。自らに言い聞かせ、必死で剣を振る。

激しく火花を散らす黒白の剣。それは嘗ての勇者たちが刃を交える光景さえも彷彿とさせる。先ほどよりも今、今よりも次の刹那にはまた強く。リリア・ライトフィールドはフェンリルの剣技を恐ろしい速さで吸収していた。見開かれた両目はその動きを見極め、覚え、やがては到達する――。


『ほう。俺の速さに追いついてきたか。つくづく異常な才能だよ、お前は』


「強くなってみせる……! お前なんかには負けない! 負けてやらないっ!!」


剣戟の速さは加速し続け、既にそれを見る者にも見極められない速さにまで到達していた。二つの剣がぶつかり合う度に轟音が鳴り響き、大地が抉れる。それを片手で受けていたフェンリルが舌打ちし、ようやく両手を使ってフレグランスを握り締める。


『この速さと力……。聖剣を封じられているのにそれか』


「師匠っ!! 聖剣をっ!!!!」


後退したリリアが叫び声を上げる。夏流は迷っていた。しかし今は他に手段がないのも事実。何より目の前の女の子が、むざむざ殺される所だけは見たくなかった。

夏流の傍に着地したリリアが大地に剣を突き刺す。夏流はその剣に巻きつけられた鎖に力を込め、聖剣を解放する。


「聖剣――解放」


鎖はまた巻けばいい。その考えが甘かった。聖剣の鎖を解放した瞬間、鎖は二つに砕けて大地に落ちた。直後、リリアの全身から膨大な魔力があふれ出し、聖剣はその刀身に大量の紋章を浮かべる。

風が渦巻き、光が聖剣を中心に迸っていた。少女の髪は銀色に染まり、開いた瞳はフェンリルを捉え、憎しみの色に染まっている。


『来たか、聖剣――! この瞬間をどれだけ待ち望んだか――! 力を解放した今、お前を砕いてしまえば――ッ!!』


フェンリルが魔力を解き放つ。今までにないほどの膨大な量の魔力が二つ衝突し、二人は刃を構えて激突した。

その直前、夏流はメリーベルとゲルトを抱えて城の外に飛び出していた。衝突の刹那。城の上部は吹き飛んで消えた。立ち上った光の柱が城を砕き、雲を突き破り月よりも明るく世界を照らす。

眩い閃光の中、リリアは剣を手にする感覚だけでふわふわと浮かんでいた。体中から力が抜け、全ての感覚が溶けて行くような光の中、少女の目には確かに見えたのだ。


『――殺してしまいたいか?』


光の中、自分の目の前にいた人物。白銀の鎧を纏い、長い銀髪を靡かせて微笑んでいる。


『殺してしまえばいい。その力がお前にはあるのだから』


ゲインの死後、少女はずっとその声を無視し続けてきた。でも、今はその声が堪らなく愛しい。

大切な人を守れないのも、世界が変わらないのも、全ては無力な所為。でも声は言ってくれる。お前にはその力があるのだ、と。


『良いぞ、人間。我が名を呼ぶことを赦す。我が身を呼ぶのだ。『化物』と――』


両手が差し伸べられる。頭の中に過ぎる映像。夕暮れの空。崩れ去った城。その頂点に立つ、聖剣を携えた男の背中。

それは、剣で貫かれて膝を着いていた。勇者の前に跪いていた。だが、殺しきれなかった。それを殺せなかった勇者は突き刺した聖剣の中に、その存在を閉じ込めた。


『私に身体を寄越せ、勇者の娘よ。代わりに貴様に授けてやろう――。大地を百万の軍勢で埋め尽くし、数多命を貪る我が術式を――』


幻想が消え去った後、リリアの身体には無数の紋章が浮かび上がっていた。少女は顔を上げ、声高らかに笑いながら片手で聖剣を構える。引き攣るような笑顔に対峙するフェンリルは無言で剣を構える。


『――ロギア』


「ふっ! ふはっ! ふはははははははっ!! 十年ぶりだな、フェンリルッ!! フェイトについて回っていただけの餓鬼が、でかくなったものだ! なあっ!!」


剣先がフレグランスに激突した瞬間、その火力に耐え切れずフェンリルの身体は弾き飛ばされた。城壁を突き破り、空中に魔力で足場を形成し、停止する。フレグランスに残った衝撃の後が刀身を軋ませた。

再び跳躍し、空中から舞い降りながら術式を組み上げる。空に浮かび上がる無数の巨大な槍――。それが雨のように城に降り注ぎ、城は一瞬で崩落した。その瓦礫の山に剣を構えながら落下し、当然のように顔を出したリリアに剣を振り下ろす。

聖剣ではなくただ片手でそれを受け止めたリリアが笑い、横に聖剣を振るう。フェンリルの胴体がざっくりと切りつけられ、大量の血が噴出した。


「ん? なんだ、おまえ……もしかして弱くなったか?」


ふらつきながら着地するフェンリルの胴体に指先を触れるリリア。放たれた魔力の塊が何の術式を形成するでもなくフェンリルに直撃し、その身体が大きく宙を舞った。

血飛沫の中、リリアは舌で唇を舐めながら目を細める。瓦礫の中に混じった聖剣を封じる鎖がきしりと音を立て、小さく砕け散った。


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