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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
36/126

覚醒する力の日(2)


死んでしまえばいいと思った。

他人を傷付ける人間なんてこの世界から居なくなってしまえばいいと思った。

目の前で泣いている女の子を助ける為なら、多少の犠牲は必要だと思った。

死んでしまえばいいと思った。

この世界にある悲しみや憎しみを生み出すものは全て悪だと思った。

どうして人を殺し笑っていられる人がこんなに沢山居るのだろうと思った。

死んでしまえばいいと思った。

返り血を浴びて笑っていた父親。戦う事に喜びと意味を見出した勇者たち。

大切な友達を何回注意しても泣かせる子供たち、街の人、世界の法則。


「…………でも、こんなの……」


幼き日、消し去ってしまいたい記憶。

リリアの足元に転がる今はもう動かない子供たちの亡骸。血にぬれた手。握り締めた聖剣。

何故こうなってしまったのか。悩んでも答えは見えない。ただ首を傾げ、リリアは不思議そうに動かない子供に剣を突き刺した。


「こんなの、リリア……したくなかったんだよ――」


死んでしまえばいいと思った。

でも、殺してしまいたいなんて思わなかった。

思わないままで、いたかったのに。



「な……にが、起きた!? はあ、はあ、はあ……っ! ば、化物か……化物、ば、化物……ひ、ひひひひ……っ」


炎の森の中、男は悲鳴を上げながら笑う。胸は焼け焦げ、斬りつけられたような傷跡が残る。男は倒れたゲルトを担いだままその場から離れようと走り出す。その正面に聖剣を手にしたリリアが待ち伏せていた。


「どうした? どこへ行く……。逃げ場など存在しない。おまえの終わりはこの場所だ。潔く死に絶えろ。醜くのた打ち回り、散ってみせろ……!」


銀色の髪の化物は揺らぐ炎の景色の中剣を引き摺り真っ直ぐに歩いて来る。その歩みから逃れる術を男は持たない。目の前に迫る死の恐怖に歯軋りし、男は手にリインフォースを構築する。


「諦めが悪いのは良い事だ。家畜のような悲鳴を上げて私を楽しませろ――」


「す、素晴らしい……! 傷は癒え、今や猛々しく荒れ狂う魔力に包まれている。不老不死――君は奇跡のような存在だったのじゃあないかっ!!」


男がリリアに切りかかる。少女は剣の一振りでリインフォースの紛い物を粉砕し、男に剣を突き刺した。しかし刺されたまま男は起き上がり、引き抜いた聖剣をリリアに投げつける。

両手に込めた魔力が紋章を描き、リリアに放たれる閃光。炎の矢を受けしかしリリアは微動だにしない。焼け付く森の中、剣を砕き傷を癒して顔を上げる。その姿は正に人外そのもの――化物と称する以外に術を持たない。


「リリア――ッ!!」


少女の視界に入る少年の姿、眉を潜める勇者の脇を抜け、男はゲルトを連れて走り去る。追いかけようとするリリアの手を掴み、夏流は顔を近づける。


「何やってんだお前!! 今――何をするつもりだった!!」


魔力の込められた聖剣を片手で抑え、夏流が叫ぶ。そんな事は言われるまでもない。逃げ去る敵を背後から――聖剣の一撃で森ごと駆逐するつもりだったのだ。


「ゲルトが一緒にいるんだぞ!? お前、まさか……!」


リリアの空いた手に魔力が込められている事に気づき、飛び退く。放たれた閃光を片手で捻じ伏せ、夏流はその腕に巻かれた鎖を外し構える。

その鎖を目にしてリリアの表情が変わった。剣に魔力を込め、大気を揺らす。しかしその足元にベルヴェールの放った氷の矢が着弾し、リリアの両足を凍結させた。

刹那、夏流の放った鎖が聖剣に巻き付けられる。そのまま聖剣をリリアの手から手繰り寄せ、封印の術式に魔力を流し込んだ。

勇者はそれで停止した。小さく笑みを浮かべ、直後ばったりと倒れこむ。その身体をベルヴェールが抱きかかえ、無事を確認して振り返る。


「無事よ! でも、今のなんだったの!?」


「説明は後だ……! ゲルトを追う! リリアを任せたぞ!!」


「あ、ちょ……ナツルッ!! ああもう、どいつもこいつもおっ!!」


夏流がゲルトを追う最中、草原ではアクセルと鶴来が刃を交えていた。

疾風怒濤の攻防戦は刃の軌跡だけを残し二人の間にある大地を切り裂き、大気を震わせて激突する。飛び散る火花の雨の中、二人はまばたきもしないで攻め続ける。


「ふむ……。ブレイドの息子か。どうした、お前もかかって来て構わんぞ?」


「って、言われてもなぁ……」


二人の攻防は早すぎてブレイドには全くついていける類のものではなかった。両手に構えた短剣を空しく握り締め、後退するアクセルと並ぶ。


「夏流たちはどうした?」


「先に行ったよ。それにしてもニーチャンよくあんな剣に対応出来るな……もしかし強かったりすんの?」


「さぁ、どうだろうな。とりあえず俺も両手が痺れて来た……ブレイド君、代わってくれない?」


「無理無理! つーか、喋ってる場合じゃないんじゃ!?」


二人が刃を構えるのを前に、鶴来は刃を鞘に収めていた。不可思議な行動に首を傾げる二人に背を向け鶴来は片目を開いて微笑む。


「楽しみはまたに取っておこう。給料分の仕事はこなした――。後は君たちの好きにするがいい」


風が吹けばその姿は既に消えていた。目を丸くするブレイドとアクセル。すぐに先に進んで行った夏流たちの後を追い、走り出す。

森を抜けた山岳地帯を夏流は岩から岩へと飛び移っていた。遥か正面にはゲルトを抱えた男が跳んでいる。空中に跳躍しながら両手を翳し、電撃を放つ。男の足元を砕いた雷に敵もまた振り返り、影の矢を夏流に放つ。


「そう何度も同じ手でやられるかよ……! 神討つ一枝の魔剣レーヴァテイン……それを、正面で――拡散させればっ!!」


手を開いた状態で魔力を込め、放出する。金色の雷の壁が近寄る影を全て打ち落とし、燃やし尽くして行く。術式が発動し、金色に輝く拳を崖に叩き付けると崩落した大地が男を飲み込んだ。


「ゲルトォオオオオッ!!」


「――ちっ!! しつこい子たちだ……!」


男が片手で瓶を放つ。しかし夏流は慌てずに両手に魔力を込める。溢れる電撃の力を収束し、両手を左右に突き出した。

街で瓶を封じた時に感じた手ごたえ――。魔法は魔法であり魔力である以上、同じ魔力を当てれば相殺出来る。自らの頭上から閃光が降り注ぎ、無数の爆発夏流には届かない。電撃を帯びながら加速する少年はついに男に追いつき、その顔面を蹴り飛ばした。


「ぐっ!? だが、こっちには人質がいる――!」


男が鎖を引く。しかしその鎖は途中で夏流に握り締められていた。魔力を込め、電撃を流すと同時に鎖に皹が入り、それを握り砕く夏流。絶対強固であるはずの鎖を容易に破壊する規格外の魔力に目を疑った。


「ゲルトは返してもらう。あんたが何を目的としているのかは知らないが、これ以上人の仲間に手出しはさせねえ……」


ゲルトを引き寄せ、両手に抱えて夏流は着地する。上下に交錯する二つの視線。男は歯軋りし、舌打ちして自らのローブを投げ捨てた。

その様子と装備に夏流は見覚えがあった。軽装に両手を覆う――紋章武具ルーンナックル。その術式が漆黒の輝きを描き、男の手の中に杖が出現する。


「――武装構築の術式……それがあんたの能力ってわけだ」


「そういう君のはただ魔力を放つだけのどうでもいい素人術式のようだ。だが――成る程、得心が行ったよ。君の魔力は規格外にも程がある。興味深いな――」


両手で構えた杖をくるりと躍らせ大地に突き刺す。崖の斜面に浮かび上がった巨大な魔法陣から魔力が杖へと収束し、杖の先端に集まった力は光の刃を成す。

長大な刀剣へと姿を変えた魔杖に夏流は身構える。両腕がゲルトの保護に使用され、手出しが出来ない以上今は撤退するしかない。だが迂闊に動けば切捨てられる――。額を汗が伝い、緊張感で身体が震えた。


「両腕が防がれた状態で僕を相手に出来るかい? さあ、どこを斬られたい――? 腕か足か、それとも首か――!」


男が駆ける。振り上げる光の刃のリーチは長く、受ければ切断される圧縮された力。夏流はそれを横にかわし、岩の上に着地する。

近くに掠っただけのはずの右腕が焼けるように痛む。呪いを凝縮した刃は近づく者触れる者に見境なく悪意を振りまく邪悪な刃……。舌打ちし、夏流は諦めたように体の力を抜いた。


「死ぬ覚悟が出来たのかい?」


「――違うな。あんたの事を考えていた」


夏流の両足に電撃が流れ込む。溢れる魔力に揺れる髪の合間、少年は笑みを浮かべる。


「あんたを倒してしまったら、どこの所属なのか吐かせられなくなる――」


「はっ!! 戯言をォッ!!」


杖を振り上げ迫る男。夏流はその男の刃に対し、自らの足を持って受け止めていた。

何の武装もなく、ただ足で受ける――。それは受けるのではなく斬ってくれと自ら願い出るような愚行。しかし夏流の足を切断する所か魔杖の刃は刃こぼれし、光の粒となって空に消えて行く。


「――悪いな。あんたは俺の武器が両手だけだと思っていたらしいが――そいつは勘違いだ」


呪いを受けて燃え出したズボン。その下から顔を覗かせたのは、神威双対と同じ紋章を持つ、紋章武具――。

爪先の先端から巨大な刃が構築される。両足の正面を覆うように現れた刃は呪いを受け、しかし黄金に輝いて光を放つ。

神威双対と同じく、作者はメリーベル。彼女が夏流の力の増幅を考え手渡したトランクの中、この武具は息を潜めていた。

ただ放つだけの術式しか刻まれていない神威双対とは異なり、『雷を刃と成す』術式を刻まれたこの具足は、高出力の魔力を吸い込んで全てを叩き斬る破壊を生み出す。

足で受けた杖を蹴り飛ばし、身体を捻り、男を蹴り上げる。男が落下してくるのに息を合わせ、両目を閉じて術式を発動する。


神討つ一枝の魔剣レーヴァテインその力を我は担うコールライトニング――」


男は落下しながら障壁を作り出す。強固な闇の魔力結界。しかし夏流は瞳を見開き、雷を込めた蹴りを、一息に男目掛けて放つ――!


障害をウルス――討ち滅ぼす者ラグナッ!!」


音の壁を貫通する轟音と衝撃。炸裂した電撃は一撃で障壁を貫通し、男の身体に深々と突き刺さる。激しく迸る雷撃は男の身体を遥か彼方に吹き飛ばし、崖を一直線に駆け上って行く。

夏流は振り上げた電撃を帯びた足を下ろし、眠ったままのゲルトの顔を見て安堵の息を付いた。ウルスラグナの直撃を受けた男の軌跡をなぞるよう、壮絶な威力を物語るように黒煙が立ち上っていた。



⇒覚醒する力の日(2)



「っとと……。足場が脆いな……」


不安定な姿勢からウルスラグナを放った影響で足場はぐらぐらと崩れかけていた。

焼け付く傾斜を見上げ、眉を潜める夏流。確かに障壁を貫通し、上位魔法に匹敵するだけの破壊を与えたはずだった。木っ端微塵に砕けてもおかしくない身体で、しかし男は立ち上がる。

まるで何の痛みも感じないかのような不気味な笑顔――。男の露出した上半身は焼け焦げ、しかし同時に既に回復を始めていた。見下ろす男の視線に夏流は身構える。普通ではない――最早確実となった悪寒にも近い感触が全身を支配していた。


「成る程、大した威力だ……。ニ、三回は殺されたか。クッ……ククッ! 面白いな君達は……興味深いよ」


「……おいおい、何で生きてんだよ……? 手加減した覚えはないんだがな……」


男は答える代わりに目を細めて笑う。その手に再び武器が構築されようとした瞬間の事だった。男の背後に立った影がその肩を叩き、行動を制止していた。


「そこまでだ、グリーヴァ。帰りが遅いから心配したぞ」


「――フェン、リル……」


歯軋りする夏流の視線の彼方、男は髪を靡かせながら佇んでいた。フェンリルの言葉に錬金術師は頷き刃を下げる。魔剣を握り締めたフェンリルは気絶するゲルトを見下ろし、肩を竦める。


「何をしているんだグリーヴァ。オレが必要としているのはあっちの勇者ではない」


「そうなのかい? でも、確か魔力の低い方だと言っていたと思ったのだけれど」


「ああ、その通りだ――と、成る程。短期間でゲルトを上回っていたか、リリア・ライトフィールド――」


フェンリルの視線の先、ベルヴェールの肩を借りながら追いついてきたリリアの姿があった。フェンリルを見上げ、敵意をむき出しにする少女。その態度にフェンリルは剣を下ろして首を傾げた。


「どうした? 既に随分と息が上がっているようだが」


「うるさいっ!! 魔剣を返せ、この――いぬっ!!」


「……犬ではない、フェンリルだ。何だお前は……もう一度痛い目に合わんと判らんと見える」


フェンリルが魔剣を構える。その刀身に渦巻く花弁が浮かび上がり、竜巻のを纏うかのように空を抉り、大地を引き裂き、猛風は夏流たちに襲い掛かる。


「リリアッ!! 聖剣を――! ゲルトの使っていたアレだ!!」


「――っ。フレグランスの――! 相殺します、下がって下さい!」


「馬鹿か? そんな暇与えるわけないだろうが」


フェンリルの放つ深刻と花の螺旋が崖を削りながら広範囲を巻き込んで夏流に迫る。それを庇うように強引に前に出たリリアの全身を竜巻が切り刻み、血塗れになって吹き飛ばされる。

仮面の騎士は容赦なく迫っていた。ゲルトを抱きかかえたまま技によろける夏流に斬りかかる。ゲルトを切らせまいと背を向けた夏流の身体を刻み、膝を着いた少年を蹴り飛ばしてゲルトの腕を掴み引き上げる。


「どうしたリリア? お前の大事なお友達は目の前だというのに、また手も足も出ないか」


「……っつう……っ!! フェンリ……リル……ッ!!」


切り刻まれた体で剣を振り上げるリリア。ベルヴェールが制止するよりも早く、リリアはフェンリルに斬りかかった。

ゲルトを片手で担いだまま、フェンリルは魔剣を巧みに操りリリアの剣をいなす。前回の焼き直しのような光景が繰り広げられ、リリアがよろめいた瞬間魔剣はリリアの身体を貫いていた。

串刺しになり、持ち上げられるリリア。そのまま剣を揮い、リリアは投げ飛ばされる。傾斜の上で何度も叩きつけられ、血痕を残しながら転がり動かなくなる少女。暫くフェンリルはその様子を見守っていたが、ある事実に気づいて舌打ちした。


「救世主……。リインフォースを封じたか」


「ぐ……っ! リイン、フォース……? それがお前に何の関係がある……!」


「関係も何も、その剣の重要性を理解していないのは貴様の方だ。仕方ない――。その鎖、断ち切ってからもう一度リリアを殺すとしよう」


「させ――ねえええええっ!!」


背中から血を流しながら立ち上がる夏流。満身創痍の身体で拳を構え、その姿にフェンリルは血に染まった剣を下げる。


「……グリーヴァ、神殿に戻るぞ」


「待ちやがれっ!! 俺と戦え、フェンリルッ!!」


「自分の身体を見てからそういう事を言うんだな、救世主。勇ましさと無謀な行動とは意味が違う……。取り戻したければ追って来い。日は暮れ世界は闇に支配される。その時こそ逢魔が時に相応しい」


「待てっ!! フェンリル、てめえっ!!」


背を向け、走り去るフェンリルとグリーヴァ。二人を追いかけようとした夏流が膝を着き、流れる血の量に眩暈がし始めた頃ベルヴェールが駆け寄りその身体に回復魔法をかける。


「アンタほんっとバッカじゃないの!? 何回死に掛ければ気が済むわけ!?」


「お、俺のことよりも……先に、リリアを……」


「あっちはメリーベルが行ったわ。アンタを治したら、あっちも直ぐに診るから!」


ベルヴェールの声を聞かず、夏流は立ち上がる。冷や汗の零れ落ちる額。目を閉じ、片手を身体に押し当てて魔力を解放する。

背中に焼きつくような痛みが走った。電撃が体中を駆け巡る。痛みと同時に背中の傷は塞がり、血だけは停止する事が出来た。

目の前で起きた出来事にベルヴェールは息を呑む。電撃属性の魔法に、回復する術式は存在しない。だというのに目の前の少年はただ魔力を消費するだけで傷を癒して見せたのだ。それは脅威以外の何者でもない。

しかしそれではまだ傷そのものが消えたわけではないことを彼女は理解していた。立ち上がった夏流は口元の血を拭い、痛みを堪えながら振り返る。


「ベルヴェール、リリアを頼む……。俺は、あいつらを追う……」


「……アンタ、どうしてそこまで……」


「わかんねえよ……。でも、そういうもんじゃないか? 仲間とか、友達っていうのはさ」


苦笑を浮かべ、走り出す夏流。その姿を見てベルヴェールではなくメリーベルが駆け出した。二人の少女は視線で意思疎通し、夏流を追ったメリーベルに代わり、ベルヴェールがリリアの身体に回復魔法をかける。

胴体に大剣を突き刺され、即死していてもおかしくないはずの重傷である勇者はしか意識を失っただけで生きながらえていた。見れば、魔力を帯びて聖剣が小さく震えている。聖剣の輝きを浴びた傷口は既に塞がりかけていて、放って置いたとしても時間をかければ回復するかのようにさえ思える。


「ホント、規格外ばっかりね……うちのパーティーは……っ」


森を抜け、山道を抜け、辿り着く場所は古に撃ち捨てられた古城――。

日の沈み夜の闇が世界を包み込む中、今にも消えそうな暮れないに照らされ、城は存在感を誇っている。山々の合間に存在するそれを前に夏流は息を切らし、肩で呼吸をしながら歩いていた。

その背中に追いついたメリーベルが無言で夏流に肩を貸す。それと同時に歩きながら薬瓶を取り出し、片手で手早く治療の準備を進めた。


「お前みたいなのが居てくれると助かるよ……。俺は、戦う事しか出来ないから……」


「少し、痛む。我慢して」


「っつう!」


背中に薬を塗りこみ、血を拭って手早く手当てするメリーベル。その手の動きが止まり、少女は視線を伏せて少年に問い掛ける。


「……本当に、彼らに勝つつもり?」


「……当然だ」


「レーヴァテインもウルスラグナも、まだ彼らを倒せるほどの力を持っていない。並の相手じゃないことは直ぐにわかった。それでも戦うの?」


「ああ」


「死ぬかもしれないのに?」


「そういうもんなんだよ。諦められねえんだよ、俺は……っ」


今までずっと諦めてきた。沢山のものを諦めてきた。でもそうして諦める事を一番嫌っていたのはほかならぬ夏流本人だった。

救いたくて、逃げたくなくて、守りたくて、どうしたらいいのかもわからず迷い、苦しみ、こんな世界の果てにまで来てしまった。それでもまだ救えないまま守れないままで、そんな自分が堪らなく嫌だった。


「だからもう馬鹿になる事にした……。考えても、答えが見つからないから……あとの事は、やるだけやって考える……!」


「ナツル……」


「……俺、間違ってるかな? リーダーとして、役目を果たせてないよな」


「……ううん、それは違う」


首を横に振り、微笑むメリーベル。


「そんな貴方だから、あたしたちは着いてきた。これからも、そう。だからあたしは、貴方を支える」


二人は頷き合い、城を目指す。

巨大な城門を前に足を止めた二人。夏流は身体を支えてもらうのを止めて自分の両足で大地に立った。ふらつく救世主の足取りを不安げに見つめ、メリーベルはその手を握り締める。


「一つだけ約束して……。一人では戦わないと。何も言わず、あたしと一緒に戦って欲しい」


突然のメリーベルの願いに困惑する夏流。しかし彼女が今まで見た事のないほど真剣な表情を浮かべている事に気づき、少年は頷いた。


「判った。一緒に戦おう。お前が頼みごとをするなんて珍しいしな。それに――借りを少しくらい返しておきたい」


「ありがとう。それじゃあ、あたしの言う通りに――」


門を開き、二人は通路を駆ける。メリーベルの言い出した言葉に驚いた夏流だったが、今は彼女を信じる他ない。

城内の広間の中、崩れかけた壁の向こう、顔を見せ出した月が輝いている。その光を浴び、グリーヴァはゲルトの首を背後から抑えながら待ち構えていた。


「やはり来たか……。通すのは勇者だけと言われていてね。君たちをこの先に進ませるわけにはいかないんだよ」


「……グリーヴァ、だったか……? ゲルトを人質に取る必要はないだろう。正々堂々俺と戦え!」


「そんな馬鹿はいないんだよ、救世主君。ふん、まあいい……君の愚かな目にもこれが見えるだろう?」


グリーヴァの手にしていたのは黒い液体を注がれた小瓶だった。それを気絶しているゲルトの口元に当てる。どろどろと渦巻く魔力の塊を目に、男は口元に笑みを浮かべた。


「ナツル――。あれは駄目。あれは、人が飲めば死に至る物……」


「どういう事だ……?」


「あれは、魔物の種――。錬金術で生み出された、大量の魔物を凝縮し、液体化した物。飲めば体中で魔物が暴れ狂い、身体を蝕む悪意は呪いとなって身体を蝕む……」


「……お前、どうしてそんな事を――? って、まさか……」


少年の脳裏を過ぎった景色。かつて少女の肌を見た時、そこには漆黒の模様が浮かび上がっていた。蠢くような、その身体を蝕むような黒い泥――。目の前にあるものが何であるのか、メリーベルにはわかっていた。その身体を蝕む呪いと、その瓶の中身は同義なのだから。

驚いている余裕はなかった。その泥を飲ませられればゲルトは死に至る――。その決定的な事実に身動き一つ取れなくなった。グリーヴァは高笑いを上げながら目を見開き、救世主に剣を向けた。


「くははっ!! こういう戦闘は僕向きじゃあなくてね……! 悪いけど、正々堂々正面から不意打ちさせてもらうよ!」


剣が宙に舞い、夏流に向けられる。その刃が救世主を貫く事が確定した瞬間、ゲルトの小さな声がこだました。


「――わたしに構わず、戦ってください……」


誰もがその視線をゲルトに向けた瞬間、少女は自らの手で瓶に手を伸ばし、泥を一気に飲み干した。

そうして微笑を浮かべ、目を閉じる。直後、少女の全身を呪いが襲い、魔力が勝手に暴走して溢れ出す。


「馬鹿が……っ!? 自分から魔物の呪いを――!?」


「グリーヴァアアアアアッ!!!!」


夏流が跳びかかると同時に剣を手に取り受けるグリーヴァ。弾き飛ばされた錬金術師を脇目に夏流はゲルトを抱き寄せる。

勝手に魔力が放出されたまま全身から見る見る力が抜けて行く少女の身体――。口元からは血があふれ出し、全身は痙攣して目は虚ろ。猛然とした速さで死に向かっている事が明らかな状態に、夏流は歯を食いしばり前髪の合間から覗く鋭い眼光で男に殺意を向ける。


「メリーベル、どうすればいい……!? ゲルトを救うには!! くそ、どうして自分で飲み干しやがったんだ!?」


そう口にした瞬間、夏流の脳裏に原書の内容が過ぎる。

ゲルト・シュヴァインの『自殺』――。それは、リリア・ライトフィールドが騎士になる事により発生する出来事だと考えていた。

だが一つのページに記されていた出来事の前後は彼には判らない。もし仮に、この出来事が――。ゲルト・シュヴァインの自殺が、リリアを騎士へと導くのだとしたら。

人質を失った今、絶対優勢を崩されたグリーヴァを下す事は不可能ではないだろう。手柄を持ち帰ったリリアはその力を認められ、一人だけになった勇者候補は騎士となり、そして――。


「――――そういう事なのかよ……! 俺は……! 俺はまた、守れなかったっていうのかよっ!! くそおおおおおおおおっ!!!!」


夏流の叫びが城内に響き渡る。剣を構えたグリーヴァが迫り、少年は流れる涙もそのままに立ち上がった。


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