駆け抜ける戦意の日(2)
聖神城リア・テイル――。
この世界にまだ神が存在した頃、この城には女神が住んでいたと言う、由緒正しいクィリアダリアの中心地である。
その大きさはもう半端ではなかった。見上げる限り城、城、見渡す限り城、である。とにかく城だ。サクラダファミリアもビックリである。
神様が住んでいた場所云々というのは事実かどうかは怪しいが、その女神の由縁あってこの国を治めるのは常に女王――女性であるらしい。聖騎士団に女性の騎士が多いのも、女性社会的な部分の名残だという。
アリア・ウトピシュトナ……昨日俺が遭遇した女の子はこの城に住むお姫様であり、女王マリア・ウトピシュトナの一人娘だという。女王は先の大戦時には自ら戦地に赴き、剣を手に戦った勇敢な女性だそうだ。
この国で絶対的に女王への信頼が厚いことには、聖騎士団を率いて実際に戦ったという功績があるからこそ。故に今でもその威信は加速するばかりで、衰える事を知らない。
そのマリア女王に呼び出しを食らったのが三十分ほど前の事。俺たちは慌てて準備を済ませ、城に向かった。というのも、迎えに来たマルドゥークが異様に急かすのである。
「女王のお手を煩わせるな、うつけ! 速やかに準備を済ませ、謁見仕る!!」
とのことで、呼び出しを食らった俺たち――俺とリリアとゲルトの三名は城にしょっ引かれる事となった。
別に悪い事をした覚えは無いが、女王が用があるというのだから仕方ない。深々と溜息を漏らし、礼儀作法について五月蝿く説明しながら歩くマルドゥークの言葉に適当に相槌を打ちながら城の門を潜る。
そこは豪華絢爛、まさに神代の城――。女神の城というだけはある。紅い絨毯の上を歩き、ひたすらに広すぎて反響しまくる足音と自分たちの声に違和感を覚えながら突き進む。
状態は騎士たちが行き交う異常な空間だった。どこもピリっとした空気に包まれ――戦時中ということもあるのだろうが――出歩く人間全員が偉そうに見えてくる。
城内を数十分歩き続け、ようやく巨大な扉の前に立つ。謁見の間の扉を開こうとしたらマルドゥークにその手を叩き落された。
「阿呆か貴様は。女性を先に行かせるものだろうが」
「……そうなんだ。知らなくてすいません……」
「反省すればいい。いいか、礼の仕方はこうだ、こう。両手の指を組んで、手の甲を上に! 背筋は真っ直ぐに、両手を組んだまま胸の前で固定! 頭は軽く下げたまま、女王の許しが出るまで頭を垂れるのだ! 違う、このうつけ!! 礼の仕方もわからんとは、貴様それでもクィリアダリア国民か!?」
扉の前でマルドゥークにぼろくそに言われながら礼の練習をする俺。何でこんなことしなきゃならないんですか……。くそう、学校じゃこんなん教えてくれなかったぞ……。
リリアとゲルトは余裕らしく、二人とも俺を見ながら各々の反応を浮かべている。何笑ってんですかリリアさん。ゲルトも昨日は泣きそうな顔してたくせに……くそ、偉そうに。
「そうだ、そう! 礼だけなら猿でも出来る! 大切なのは親愛なる女王陛下に対する心遣いだ! いいか、礼が終わったら右膝を着き、左手を大地に着き、うやうやしく女王のご機嫌を伺うのだ。空いている手をぶらぶらさせるな! 言われずとも胸の前でそろえるくらいやってみせろ、木偶が! 貴様の根性はどうなっているんだ! ヨト神に土下座でもしてこい!!」
「あの、マル様ー……。そろそろ時間が……」
「……ハインケルか。まあいい、貴様も霊長類ならば勇者二人を見習って行動出来るだろう。ほら、さっさと行け……馬鹿が! 女性が先だと言っただろう!!」
散々な目に合いながらようやく扉が開かれる。俺は女性二人に続き、ゆっくりと歩き出した。女性が先……成る程、これなら少しは二人を真似て行動すれば……。
入った直後、広い直進通路に出た。女王の謁見まではまだ遠いらしい。左右に長槍を構えた騎士たちがずらりと並び、一糸乱れぬ動きで槍を打ち鳴らす。それがアーチを描き、俺たちはその間を進んで行った。
女王マリアがどんな人物なのか気になっていたのだが、彼女の周囲には暗幕がかかっていてお姿を拝見する事は出来ないようだった。その傍らに馬鹿でかい十字架のような武器を構えた女性が立ち、俺たちに笑顔で手を振っている。
「リリア・ライトフィールド、ゲルト・シュヴァイン・ホンジョウナツル三名、女王のご拝命によりこの場にお連れ致しました」
「ご苦労様、マルドゥーク」
女王の声にマルドゥークが頭を下げる。十字架の騎士の反対側に立ち、女王を守るようにして俺たちの前に立ち塞がる。言われたとおりに礼をして俺たちは女王の許しを得て膝を着いた。
それにしても流石にリリアとゲルトは慣れてるな……。リリアがずっこけるんじゃいかとヒヤヒヤしたが、どうにか無事辿り着けた。問題はむしろ俺の方か……。緊張してはいないが、居心地の悪さは尋常ではない……。
「リリア、ゲルト。二人とも、戴冠の儀以来ですね。その身の無事を喜ばしく思いますよ」
勝手に話が進んでいる。というか俺は何故呼ばれたんだ。混乱する頭の中、周りで槍を構える騎士の視線が痛い……。そりゃそうだ、どう見ても俺はこの場で浮きに浮きまくっている。
突き刺さる視線の矢の中、俺はひたすらに耐えていた。暫く女王は世間話に近いやり取りを勇者と交わしていたが、本題に入るにつれその声色は優しげな物から緊張感のある物へと変化していった。
「黒白の勇者よ。貴方たちを呼び出したのは他ならぬこの戦乱の世の為です。貴方たちも知っての通り、今この世界は大きな混乱の最中にあります」
その声は威圧的というよりは悲しげだった。何となくこの女王は……そう、多分、本当にこの世界の混乱を憂いているのだと思う。姿さえ見えない暗幕の向こう側でも、その気持ちは俺たちにも伝わってきた。
「バズノク王は周辺諸国と一斉に蜂起し、我らの神ヨトを地に貶めんと剣を手にしてしまいました。残念ですが、降りかかる火の粉は払わねば成りません。クィリアダリアは、バズノク王国を駆逐する事を決定しました。これは、長老議会の決定でもあります」
やばいもう何いってんのか全然わかんない。リリアとゲルトの表情も後ろからじゃわからないし、俺はどんな顔をしてこの話を聞けばいいんだ。
「未だ未熟なその身ですが、良くぞ魔物の軍勢を打ち払ってくれましたね。貴方たちの活躍は、わたしの耳にも届いて居ます。特に――そう、貴方。本城夏流の噂はかねがね」
「……え、俺……っと、私でありますか?」
「ふふふ、そう畏まらなくてもいいのですよ、夏流。貴方の事情を知る者――アルセリアから話を窺っていると言えば、ご理解いただけますか?」
「……あんたも、俺の事を?」
思わず立ち上がってしまった上にあんた呼ばわりしてしまった。直後、周囲の騎士から槍が突きつけられる。拙い事をしてしまったと反省するよりも早く、マルドゥークの指示で騎士たちが後退する。
「本城夏流。貴方に、バズノク王の討滅を命じます。聖騎士団に同行し、勇者二名と共に見事諸悪を討ち取って見せなさい」
「……お言葉ですが、女王。俺はただの素人です。貴方とてそれはご存知でしょう?」
「だからこそ……いえ、貴方ならば。運命とて変え得るかもしれません。その救世主の力、クィリアダリアのために役立ててはくれませんか?」
女王が救世主という言葉を口にした瞬間、場がざわめいた。厳粛な場であるというのに騎士たちも黙っていられないほどの衝撃がその言葉には秘められていたらしい。
マルドゥークが場を沈めると、残ったのはリリアとゲルトが振り返って俺を見る視線だけ。居心地の悪い中、腰に手を当てて溜息を漏らした。
「本城夏流。貴方をこの瞬間、簡略的ですが救世主に認定します。今は見習いですが、同じく見習い勇者の二人と共にその力をわたしに示して下さい。良いですね?」
若干強引だが、仕方ない。断るわけにも行かず、俺はマルドゥークに習ったヨト教の礼をして、小さく呟いた。
「御心のままに――」
目をぱちくりさせながら俺を見上げる二人の勇者の驚いた様子が、ちょっとばかり滑稽だった。
⇒駆け抜ける戦意の日(2)
「「 ナツルが救世主になった!? 」」
声をそろえる我が仲間たちを前に俺は肩を竦めた。
堅苦しい城の謁見の間から開放された俺たちはオルヴェンブルムの宿に戻った。その時の事を色々と説明しているうちに、そんな話になってしまったのだ。尤もそれを口にしたのは俺ではなくリリアだったが。
「ナツル、お前マジで救世主だったのか……」
「おいおい、信じるなよ……。なんだアクセル、フェンリルが言ってたからってお前も知ってたじゃないか」
「敵の戯言と女王陛下のお言葉じゃレベルが違うだろ……。救世主、かあ。救世主っていうと、確か……」
「英雄神ナタル・ナハ……。ヨト神が人の中から選定したと言われる、神話上の人物です」
腕を組んだゲルトが冷静な表情で語る。どうもヨト教の中では救世主とはナタル・ナハの代名詞であり、相当ありがたいもんらしい。
この場でナタル・ナハを知らなかったのはブレイドのみ。それ以外は全員――アクセルでさえ知っている事だった。流石にヨト信仰の中心地、クィリアダリアである。
「でも見ての通り俺は別に神様でもなんでもないぞ」
「それはそうでしょう。あくまで女王は貴方に比喩としてナタルの面影を重ねたのですから。ですが、その比喩としてナタルを引き合いに出す事が既に異常なんですよ!」
ゲルトがにじり寄ってくる。俺は適当に苦笑を浮かべながら後退した。そんな風に言われても、困る事しか出来ない。俺はこっちの世界には縁のない人間なんだからな……。
「でもよ、ゲルト? ナタル・ナハってのは、確か悪鬼魔龍の類だったろ? 人間じゃあなかったはずだぜ」
「よくご存知ですね、アクセル・スキッド……意外です。ええ、ナタル・ナハは元々は『この世ならざるもの』……龍や鬼の類だったと言われています。ですが一説にはナタルのその人外というのは、ナタル自身が持つ人の身にあまる魔力総量の為だといわれているんです」
「人外レベルの魔力総量……じー」
全員が俺を見つめた。そんな風にじろっと見られても困る……。
「ナツル、アンタたしか電撃得意だったわよね? レーヴァテインとかいうあの術式も雷だし……」
「それがどうかしたのか?」
「どうかしたっていうか、ナタル・ナハは雷神なのよ。なるほどね、女王がアンタを救世主と呼んだのも頷けるわ……」
全員が頷いている。だから、そんな揃って納得されても困るんだけど……。
「も、もういいだろ。そんな神話上の人物に俺を例えられても困る……。フェンリルにだって勝てないのに、神様であるわけがないだろが」
そんなこんなで一先ずこの話題は打ち切りになった。気持ちを切り替え、今後の方針について語らなくてはならない。
俺たち勇者部隊はこれからマルドゥーク率いる聖騎士団と共に戦地に赴き、バズノク王国を攻める事になった。その事をまずは説明しなくてはならない。
「勇者部隊はマルドゥークに同行してバズノクを落とす事になった。現在既に聖騎士団はバズノク国境を押えている状況にある。つまり俺たちはバズノクにトドメを刺す為の増援、というわけだ」
オルヴェンブルムを列車にて移動し、北へ進軍する。途中からは徒歩でバズノク国境を越え、バズノク首都ズエルカルブへと攻め入る。
こちらは魔術、武術に長けた聖騎士団五百名による進軍――。俺たちの出番があるとは思えないが、命じられた以上は戦わねばならないだろう。
「ズエルカルブは山に囲まれた街らしい。オルヴェンブルムよりも大分小さな拠点だが、周囲の森林地帯や山岳地帯が難所だ。山越えには気をつけないといけないな。それと理不尽な話だが、勇者部隊には他に増援は無し……。他の生徒はオルヴェンブルムの防衛に半分ほど残し、残りはもう撤退するそうだ」
「つまり、ここにいる面子だけで戦えってワケね。ま、アタシたち強いしそんなに問題ないんじゃない?」
確かにこのメンバーはパーティーバランスもなかなか良好だし、何よりもう既に何度か実戦を経験して戦闘にも慣れている。こう何度も乱戦に放り込まれれば、嫌でも慣れるというものだ。
それになにより実力的に他の生徒よりも優秀な事が素晴らしい。特にリリアの成長は目覚しく、この分なら充分主力として運用出来る事だろう。
「基本的に俺たちの役割は聖騎士団のおこぼれ頂戴だ。むしろ今までの戦闘と比べれば楽だろうな。フォーメーションはオーソドックスな前衛後衛での分配にする。特に他に目立った決定はないな。質問はあるか?」
「……なあ、ナツル。質問ってわけじゃないんだけどさ。なんつーか、敵さんの撤退の速さが気になるんだよな」
アクセルの言うとおり、たった一週間ちょっと攻め込んできただけで、魔物は撤退してしまった。なんというか、戦争と呼ぶには少々お粗末が過ぎる。他の国々も殆ど制圧が進んでいるし、問題は残す所バズノクのみだ。
首謀国を完膚無きまでに叩き潰し見世物にする意味でもこの聖騎士団の行軍は必要だが、正直俺たちが出撃しなければいけないほどの状況には思えない。不意打ちならば兎も角、人数も揃い足並みも万全の今の聖騎士団の敵ではないだろうに。
「まあ、そこは向こうの都合だからな。何とも言えない」
それに気になるのは……この数日の戦いで、敵のリーダーらしき人間とは一度も刃を交えていない事か。
寄ってくるのは魔物ばかりで人間の兵隊は一人もいなかった。各地に時々現れて聖騎士団を抑えていたと言われるリーダーの行方が判らないのが今は不気味ではある。それがもしフェンリルだとしたら……俺たちの前に現れてくれなければ困るのだが。
「兎に角やるだけやってみよう。出発は明日になるそうだから、今日中にみんな準備を進めてくれ」
全員同時に頷いた。さて、これでやるべき事はやった。あとは明日に備えるだけだ……というその時、宿の扉が開いて何名かの騎士が俺たちの傍に歩み寄ってきた。
そのうち二人――図体のでかい中年の騎士とその隣に立つ小柄な青年騎士には見覚えがあった。確か、マルドゥークと行動していた聖騎士二名だ。ついさっきも謁見中にその姿を見受ける事が出来た。
それで思い出す事が出来たのだが、二人の前に立つ穏やかな微笑を浮かべている女性にも見覚えがある。マルドゥークの隣に立っていた、確か――。
「聖騎士の……エアリオ?」
「あらあら、覚えていてくれて嬉しいわ、夏流ちゃん」
頬に手を当て微笑むエアリオ……さん。さん付けしよう、この人は……。
馬鹿でかい十字架を誂えた鉄槌を片手にするエアリオさん。全身をごつい聖甲冑で覆い、顔だけちょこんと鎧の中から出ているような、そんな印象を受ける。そんな彼女は俺たちの姿を見渡し、両手をぽんと叩いて言った。
「あらあら、まあまあ! なんて素敵な偶然なんでしょう〜! まるで運命の巡り合わせね〜」
「……な、何が?」
「だって、全員わたくしの顔見知りなんですもの」
「「 え? 」」
俺たちは同時に声を上げた。エアリオさんはずっと閉じていた瞳を開き、きらきらした澄んだ瞳で俺に顔を近づけ、じっと瞳を覗き込んでくる。
「貴方は変わらないわねぇ、夏流……」
「……ど、どこかでお会いしましたか?」
顔が凄まじく近い。なんだかよく判らないが甘い香りが鼻をくすぐる。花……? 何かの花のような香りだ。どこかで、覚えがあるような……。
「リリアちゃんに、ゲルトちゃん。ブレイドちゃんに、メリーベルちゃん。貴方は……うん、ベルヴェールちゃんね。それと、懐かしいわー。アクセルくん」
「……ど、どもッス……」
気まずそうな表情で応えるアクセル。一体どういう関係なのか知らないが、二人は明確に知り合いのようだった。
「夏流ちゃん、あのね。わたくし、今年で二十五歳になるのよ〜」
いきなり何スか。
「だから、十年前にはもう戦争に参加してたの〜。うん、この意味わかってもらえるかしら? 判ってくれないと、お姉ちゃん泣いちゃうわ〜」
「え? え?」
なんだ? 十年前の戦争に参加してた……十五歳でか? まあリリアどころかブレイドみたいな子供もいるのだから、俺たちも人の事は言えないんだが。
腕を組んで考え込んでいると、エアリオさんが目に涙を溜めながら唇を噛み締めていた。これはやばいと思って必死に頭を回転させる。
「――あ。つまり、フェイトと面識があるんですか?」
「そう、そうなのよ〜! うふふ、嬉しいわぁ、判ってくれて。リリアちゃんもゲルトちゃんも、わたくしが前に会った時は、こ〜〜〜〜んなに小さかったのに」
彼女は人差し指と親指の間に豆粒程度の大きさの隙間を作り、笑顔で語る。そんなに小さかったゲルトとリリアは是非知り合うのを遠慮したい。
「まあ、皆は忙しいから会えなくて寂しいのは我慢できるわ。でも、アクセルはたまに手紙くらいくれたっていいんじゃないかしら?」
「いやあっ! すいません、なんか俺もバイトとか色々忙しくて! はは、ははは……!」
いつに無く戸惑っているアクセル。その後暫くエアリオさんはわけのわからない言葉を残し、俺たちに背を向けた。
「明日からは、戦地で一緒に頑張りましょうね。それじゃあみんな、ばいば〜い」
「「 ばいば〜い…… 」」
全員あの人の毒気に当てられてしまった。あほみたいにへらへらしながら手を振り返す。騎士二名が頭を下げ、俺たちは二人の普段の気苦労に想いを馳せた。
にしても、綺麗な人だったな。マルドゥークの姉だったろうか。戦地でそんなことを言っていた気がするが……。不思議な人だった。
「……師匠? 何にやにやしてるんです?」
「え? 別にそんなことないけど」
「嘘ですね、ナツル。貴方は今、にやにやしていました」
振り返るとリリアとゲルトがじいっと俺を睨んでいた。何で? 俺が何をしたっていうだリリアさん。ゲルトさーん……。
「そ、そんな事よりアクセル! お前、エアリオさんと知り合いだったみたいだけど」
「ナツル、俺に振って逃げようって魂胆だな……。まあいいや。別に隠すことじゃないからな、うん」
そうしてアクセルは語り出した。エアリオとの接点は、彼が元々この街に住んでいた事に由来する。
「俺は前の戦争で両親を殺されて、自分も魔王軍に殺されかけたんだ。でもまあ、なんつーか……うん、勇者のパーティーに命を救われたんだよ。それで、この街の孤児院で育ったんだ。エアリオはその時よく俺の面倒を見てくれた、まあ皆のお姉ちゃんみたいなものっていうか」
この世界では魔王戦争による孤児は珍しくはないのだろう。しかし明るいアクセルの過去にそういう事があったというのはちょっとだけ驚きだった。それにその命を救ったのは、また勇者……。つくづく勇者縁の部隊だなあ。
「エアリオはあんな性格だから、結局こっちが構ってるようになるっていうか、良くわかんない人だろ? 今でも会うとちょっと苦手なんだよ」
「ふーん……。アンタにも苦手なもんってあったのね」
「ベルヴェール、それどういう意味っすか?」
二人が笑いあっているのを見て一先ず会話は中断する事にした。話すべきことは話したし、あとは準備を進めるだけだ。
支度を整える為に解散するメンバーを眺めていると、一人残ったゲルトが俺の隣に立ち、そっぽ向いたまま何かを言いたげにしている。
「なんだ、何か用か?」
「用、というわけではないのですが……。一応隊長に報告しておこうと思って」
何でも、ゲルトは新しい剣を調達することにしたらしい。とは言え、このオルヴェンブルムにはゲルトの実家、シュヴァイン家がある。新たに購入するのではなく、シュヴァイン家の武器庫に武器を取りに行くという話である。
「魔剣を取り戻すのを諦めたわけではありませんが、武器が無い事には戦えません。後方支援では、その……勇者として、戦えませんから」
「あくまで剣を手に前に出たいわけか。まあいいだろ、一人で取ってくればいいじゃないか」
「……それは、そうなんですが」
ゲルトは腕を組み、何だか気まずそうな顔をしている。そういえば昨日の口ぶりだと、ゲルトはシュヴァイン家そのものとは仲がよくないのかもしれない。母親はシュヴァイン家を盛り返すのに必死で、ゲインのことなんて覚えていない――。そんなあてつけのような事を俺にも愚痴っていたし。
「自分の実家に戻るのに遠慮なんか要らないだろ? どうしても気が進まないなら、リリアでも……」
「リリアはだめです! 母は、フェイトを憎んでいますから……」
なるほど、それで俺ってわけか。他のメンバーを誘おうにも、忙しそうだしな。ゲルトの指名をもらえたというのは、他のメンバーより少しは気を許してもらえているのだと自惚れてもいいのだろうか。
「……わかったよ。シュヴァインの武器庫に行ってすぐ戻ってくるだけ、だろ? しょうがねえなあ」
「貴方と一緒、というのは、不本意なのです。不本意なのですよ? それを誤解されては困ります。本当は、貴方になんて頼りたくはないんですよ?」
「はいはい、わかってるわかってる」
「な、ほ、本当にわかってるんですか!? なんですかその態度は! 仕方なく貴方なんですよ! 他にいないから!」
「だからそれ、俺だから選んだって言ってるようなもんだぞ」
ゲルトは顔を真っ赤にして仰け反った。襲い掛かろうにも、この場には魔剣もモップもない。拳をわなわなと震わせ、ゲルトは先に宿から飛び出していってしまった。
一部始終を遠くで眺めていたリリアが階段を三段飛ばしで下りてくる。そうして俺の隣に立つと、ぐいぐいと宿の外に押し出そうとする。
「師匠、ゲルトちゃんをちゃあんとエスコートするんですよ! ゲルトちゃんにもしもの事があったら……その時は……」
リリアさん、髪の毛が銀色になりかかってるんですけど。リリアさーん。
そんなわけでリリアに釘を刺されつつ、俺は宿を後にした。外に出るとゲルトは宿に背を預け、腕を組みながらちゃんと俺を待っていてくれた。
かくして二人でシュヴァイン家の館へ向かう事になったのだが……。
「で、でかい……」
見上げる巨大な館に思わず足が止まる。ゲルトは当たり前のように門の前に立っているが、俺の家だってここまでゴージャスじゃあないぞ……。
「ほら、急ぎますよナツル」
「あ、うん……ごめん、俺普通の服で着ちゃったんだけど、いいの?」
「何とぼけた事を言ってるんですか貴方は……! わたしが許可するのですから、いいんです!」
そう言ってゲルトはずんずん歩いて行く。俺は溜息を漏らし、その後に続いてシュヴァイン家を訪問するのであった……。
〜ディアノイア劇場〜
*コンビニに夜中毎日通ってたらすっかり店員と仲良しで話しこんでしまう編*
アイオーン「やあ、こんばんは。昼間に読んでいる良い子はこんにちは。好きなものは男性の悲鳴、アイオーン・ケイオスです」
ゲルト「え……? え? わたしも何か面白い事を言わなければならないんですか?」
アイオーン「いや、構わないんじゃないかな? 君はそのままでも面白いし」
ゲルト「というか、どうして貴方が? リリアはどうしたんです?」
アイオーン「うん、まあ、アンケートの結果を察してもらえればこの組み合わせも理解してもらえるだろう? さて、今回から何度かに分けてボクがこの世界の魔法について説明しよう。嫌がっても結構だよ? その読者の嫌そうな顔がボクには堪らないのさ」
ゲルト「そ、そうですか……え? わたし、いる意味あるんですか?」
〜設定資料集番外編〜
アイオーン「まず、魔法とは何か。魔法とはこの世界に生きる人間ならば誰でも所持している『魔力』を使って行う神秘の事だ」
『魔法と魔力』
魔力とは生命力でもあり、人間だけではなく命在るものならば究極的な話草木でさえ所持している。魔力の所持容量を魔力総量と呼ぶ。
魔法は魔力を消耗し、神秘現象を発生させる事が出来る。魔法には大きく分けて放出型と蓄積型が存在する。
アイオーン「魔力を魔法とした時点で魔力総量を消費してしまう為、魔法を放てる回数は魔力総量に左右される。勿論、どの程度強力な魔法を放てるのかも総量によるのさ」
ゲルト「自らの魔力を上回る魔法の使用は命にかかわります。魔法を使う時は自分の限界を把握して行いましょうね」
アイオーン「放出と蓄積は後衛と前衛に例える事が出来るけど、実際に戦地に立つならば両方出来ないと厳しいだろうね。例えば夏流の神討つ一枝の魔剣は蓄積の後、放出を行っている。この二つが円滑の行える事が魔法戦闘の勝敗を大きく左右するんだ」
ゲルト「蓄積では主に身体に魔力障壁を発生させたり、武器や自らの身体に魔力を収束させ、攻撃力を上乗せするのに使います。一度放出し、魔法として発動したそれを留めておくのも蓄積技能ですね」
『攻撃力』
魔力を消耗することで物理ダメージを上乗せする事が出来る。魔力を持つ人間による攻撃力の計算は、例えばリリアであれば以下の通り。
聖剣攻撃力+筋力+蓄積魔力=物理攻撃力
逆も然り。これにより、子供でも魔力の才能に恵まれていれば凄まじい怪力を発揮する事が出来るし、大剣だろうがなんだろうが片手で振り回す事も可能である。
直、さらに武器そのものが特殊な効果を持つ場合はそれを上乗せするため、単純に武器の良し悪しは攻撃力に大きく影響すると言える。
アイオーン「ちなみに男性より女性の方が魔力総量は多いと言われているんだ。これが女性の騎士でも男性に負けない力を発揮できる理由とされているが、同時に女性に後衛職が多いのも頷けるだろう?」
ゲルト「男性のほうが体格的には圧倒的に有利ですからね」
アイオーン「魔力は何時間か休む事により自然と回復する。ただし回復するペースは休む環境や体調などによりある程度前後する。魔法を使った後はちゃんと睡眠をとるようにしよう」
ゲルト「次は魔法の発動についてです」
『詠唱と無詠唱魔法』
詠唱とは魔法を発動するのに使用する特殊な術式発動コードである。
自らの中で魔法と成す前に蓄積し、形を形成するに至る魔術工程を補佐する効果を持つのが詠唱であり、本来魔法の発動に必要な『魔法発動に必要な魔力のイメージ及び実体化』を補佐する効果を持つ。
炎を発生させる魔法を発動する時、人は魔力によりその炎が発生するという工程を擬似的に生み出し、世界に具現化する。詠唱はその擬似工程をサポートする効果を持つのである。
つまり魔法を発生させるのに明確なイメージと確実な魔力操作を持つ人間は詠唱なしで魔法を発動出来るのである。
直、必殺技も大きく分類させれば魔法であり、強力な魔法であればあるほど術式も難解になり、詠唱が必要となる。詠唱が無くとも術式を発動できたとしても、己のイメージを発動するトリガーとして術式の名前を口にするのは効果的である。
ゲルト「別に意味もなく技名叫んでるわけじゃないんですよ!」
アイオーン「君は渦巻く闇の花弁をリリアに放つ際無詠唱で行ったね。不完全な術式と成ってしまったのも仕方のないことだ」
ゲルト「……うっかりぶっ刺しちゃったのは、それとは関係ないんじゃ……」
アイオーン「どんな大魔術師でも、発動トリガーでもある魔法名くらいは口にするものだよ。尤も、魔法名を口にしたところで詠唱の段取りや擬似再現工程が正確であり、なおかつ魔力が足りていなければ発動はしないものだ」
ゲルト「自分に合った魔法の発動スタイルを無理なく選んでくださいね」
『今回のまとめ』
魔力は生命力。
魔法には放出と蓄積の二種類がある。
詠唱はしてもしなくても構わないが、したほうがいい。
アイオーン「次回は属性と必殺技について説明する予定だよ」
ゲルト「あの……またわたしなんですか?」
アイオーン「それは読者と神のみぞ知ることさ、フフフ」