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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
32/126

駆け抜ける戦意の日(1)


オルヴェンブルム攻防戦は凡そ三日間続いた。俺たちはその間に六回出撃し、六回とも無事生還する事が出来た。

死傷者の数は数百に昇り、ようやく魔物の攻撃を凌ぎきる事が出来た頃には殆どの生徒が疲弊し、戦線は瓦解寸前まで追い詰められていた。

しかし何とか持ち直した聖騎士団が撤退する魔物の群を追い、バズノク領へ進軍する頃、俺たち生徒には一時の休みが与えられた。この後どうなるのかはまだわからないが、少なくとも少しは気が抜けるというものである。

城下町には結局敵は一匹も入れる事が無かった為、住民に被害はない。俺たちはアルセリアからの指示書を受け取り、このまま暫くオルヴェンブルムに滞在し警備を担当する生徒のうちの一人として行動することになった。そういう事も在り、一先ず街に宿を取り、今は休憩している。

聖騎士団には城と教会という巨大な拠点があり、専属の医術師も山ほど居るので持ち直すのは早かった。俺たちが疲れて休んでいる間にも、戦線は拡大していく……。

バズノクとクィリアダリアの国境周辺は酷い激戦区となり、今この瞬間も戦闘が繰り広げられていることだろう。そんな時に休んでいいといわれても気持ちは落ち着かない。一人でベッドを見上げる時間に終わりを告げ、部屋を後にした。

白い壁、白い床……世界の全てが純白ではないかと思うほど白一色の街、オルヴェンブルム。どこか厳かな雰囲気のある宿の中、階段を下りてフロント前にある談話室に足を踏み入れた。

他の生徒たちがなにやら話しこんでいる横を通過すると、生徒たちが勝手に挨拶してきた。俺は適当にそれに応えて宿を出て、青空を見上げる。


「空はこんなに青いのに……心はどんより、か」


こうしていざ戦地に来ると、なかなか仲間とあっている暇はなかった。皆それぞれ準備で忙しいのだ。それにリリアはまた寝ているし、他の連中も気ままどこかに行ってしまっている。飯くらいは外に出て食べた方が健康的だと判断し外に繰り出してみたものの、戦闘直後の街は当然活気もなかった。

そんな中こちらに歩いてくるブレイドの姿を見つけて声をかける。相変わらずリリア並にちっこい少年は駆け寄ってくると元気良く挨拶を返してくれた。


「おいっす! ニーチャン、昼飯?」


「ああ。ブレイドもか?」


「うん。あ、聞いた? それぞれのパーティーで今後の対応を話し合うらしいよ? ソウル先生がパーティーのリーダーは後で大聖堂に顔を出すようにってさ」


「ああ、わかった。つーか取りまとめてんのあいつかよ……大丈夫かなあ……」


「まあ、あれでも一応教師じゃん? 平気でしょ。リリアはまだ寝てんの?」


「そうらしい。あいつここのところ暇さえあれば寝てるからな。疲れてるんだろう、ほっといてやろう。アクセルは一緒じゃないのか?」


「さっきまで一緒だったけど、また剣が折れそうだからいい武器屋がないか探すってさ。ベルヴェールは相変わらず人助け。メリーベルは……寝てるんじゃない?」


意外と全員の行動を把握していた。ゲルトは多分リリアと同じ部屋に宿泊していたはずだから、一緒に寝ているか何かしているのかもしれない。

まあとにかく今こうして暇そうにしているのは俺とブレイドだけってことか。まあいい、食事にしよう。


「一緒に行くか? 配給食飽きたろ。何か奢ってやるよ」


「マジ!? やったあ、ニーチャン太っ腹だね! そうと決まれば善は急げ! ほらほら、行こうぜ!」


無邪気にはしゃぐブレイドに手を引かれ、オルヴェンブルムの街を歩く。なんというか、俺はいつもこう子供の相手ばっかりしているような気がするなあ……なんてことを考えながら。



⇒駆け抜ける戦意の日(1)



「いやぁー、食った食ったあ……! ご馳走さん、ニーチャン」


「そんなちょっとでいいのか? リリアなんかお前の五倍はぺろりと平らげるぞ」


「それは、あのネーチャンがちょっと普通じゃないだけじゃん……。ていうかそれ、胃袋どうなってんの? 身体の体積的に考えて無理があるんじゃないの……」


身体に入った瞬間消化されて栄養分になって吸収されて代謝されてんじゃないの? としか俺には言えない……。

何はともあれ一時の平和を取り戻したオルヴェンブルムのカフェテラスで昼食を取り終え、今は食後のティータイム。これまた綺麗な銀色のカップで紅茶を飲みながら街を眺めている。

それにしても流石はヨト信仰の中心、聖職者っぽい外見の人間が目立つ。そうでなくても騎士団が集まっていてヨト教の紋章が目立つというのに、この街はまるで宗教一色と言った感じである。

ブレイドはナプキンを器用に折って花のようなものを作っていた。得意げにそれを量産するブレイドを眺め、ふと沸いた疑問を訊ねる。


「そういえばブレイド、お前って何科なんだ?」


「んー? 冒険者レンジャーだけど? あれ、言ってなかった?」


「冒険者って言われてもな。そういえばお前、武器とかどうしてるんだ?」


ノックスで龍と戦った時、こいつは最初は斧を振り回していた。しかし次の瞬間には槍に持ち替えて戦っていたし、気づけばそれも消えていた。

オルヴェンブルム防衛戦闘では剣を使っていたようだし、いまいち何を得物としているのかわからない。そんな俺の疑問に応えるため、ブレイドは手の上にナプキンの華を乗せた。


空間魔法スペースって知ってる? おいらが唯一使える魔法で、得意魔法でもあるんだ」


俺の目の前に花を翳し、ブレイドがそこに魔力を込めると手に吸い込まれるように花はどこかへ消えてしまった。そうして目を丸くする俺の目の前でもう片方の手を翳し、そこに魔力を込める。


「空間魔法の中でもちょっとややこしいんだけどさ。おいらの一族に伝わる継承魔術で、物体を出し入れさせる事の出来る特殊な魔法空間を持ってるんだよ」


手に花が現れ、ブレイドはそれを俺に差し出した。それから掌からナイフやナックル、宝石や薬瓶など様々なものを取り出し次々にテーブルに並べて行く。


「勿論、槍とか剣とか斧も収納できる。そこはおいらだけが自由に開閉出来る空間で、自由に出し入れが出来るわけ。弓とか杖とかも入ってるよ、あんまり使わないけど」


「へぇ〜。便利な能力だな。でもそんな沢山の種類の武器を使いこなせるのか?」


「こう見えても手先は器用だからね! それに、おいらの持ってる武器は皆魔剣や聖剣の類なんだ。それそのものが強い力を持ってるから、腕が未熟でもまあそこそこ戦えるわけ」


「魔剣聖剣の類をいくつも持ってるのか?」


「んー、大体……二百? くらいはあると思うよ」


「にひゃくう!?」


リインフォースやらフレグランスやら、あんな化物染みた武器が二百個もあるのか!? そんなのアリか!?

当たり前のような顔をしながらオレンジジュースを飲んでいるブレイド。流石にランキング二位の称号は伊達ではないらしい。


「っていっても、自分で集めたんじゃないんだよ。おいらの親父が世界中から掻き集めたもんでさ。昔勇者と一緒に戦ってた時、敵とかから奪って集めてたらしいんだよね」


「そうなのか? ってことはお前の親父って……」


「勇者のパーティーの一人だったらしいね。担当は、盗賊! フェイトにボッコボコにされて手下にされたって聞いたよ。盗賊王ブレイドって言うんだけど、知らない? おいらその二代目なんだ」


なるほど、ブレイドというのは彼の名前でもあり同時に称号でもあるということか。それにしてもつくづく勇者に縁のあるパーティーだな……。

勇者見習い二人は勇者の娘。ベルヴェールは勇者の協力者だった商人の娘。ブレイドは勇者の仲間の盗賊王の息子、か。ここまで来るとメリーベルやアクセルの親もなんか関係してそうな気がする。いやしてなきゃ逆に空気読んでないだろ。

流石に英雄の二代目たちは強いのか。学園の中でもずばぬけた実力を持っているのも頷ける。実際、ブレイドは強い。まだ十三歳だというのに、将来の恐ろしいやつだ。


「おいら、将来は盗賊になって親父みたいに世界中の宝物を集めるのが夢なんだ! でも、盗賊科なんてないじゃん? だからしょうがない、冒険者名乗ってるんだよ。学園的にも流石に盗賊志望の生徒を育てるのはまずいんだろうし、しょうがないけどね」


「……そ、そうか。立派な盗賊になれるといいな」


「おうっ! そしたらニーチャンも手下にしてやろっか? 今のうちに予約しといたほうがいいぜ! 聖騎士団にも負けない盗賊団を作り上げるんだ!」


立ち上がり、目をきらきらさせながら語るブレイド。時々こいつの純粋な気持ちについていけなくなる時がある……。うん、適当に流していつか幸せになってもらおう。


「あ、そういえば親父はフェイトに負けちゃったんだよなー。よーし、そのうちリリアにリベンジしよっと! 勝ったら勇者を手下にしてブレイド軍団を作るんだぜ!」


「そうか。そうなったら俺は副団長にでもしてもらおうかな、ハハハ」


そんな話をしながら紅茶を飲み干し立ち上がる。会計を済ませてカフェを離れると、やる事が無くなってしまった。

二人してくだらない話をしながら街中を適当に歩いていると、迷路のように入り組んだ街の中で何故か迷子になってしまった。細い通路を二人でしばらく進み、どうにもその事実に気づいて振り返る。


「ブレイド、迷子になっちゃだめだろう」


「ええ、おいらのせいっ!? ニーチャン大人げねえよ、子供のせいにすんなって!」


「うーむ、久しぶりにツッコまれた気がする……。お前みたいなツッコミ型が居てくれると俺の負担が減って助かるよ、うんうん」


うちのパーティー変なのばっかりだから疲れるんだ。ありがとうブレイド。君は希望だ。


「変なところでしみじみしてないでよ……。しょうがねえなあ、もう! ダッシュで戻るか……」


二人して元来た道を引き返して走り出す。俺の前を走るブレイドが曲がり角で突然停止し、俺はその背中に激突した。


「おわっ!?」


ブレイドが悲鳴を上げる。俺が押し出してしまったせいで止まれなかったらしい。曲がり角で出会い頭、通行人と激突してしまったようだ。倒れこんだ二人の子供――そう、ブレイドがぶつかったのは白いドレスに身を包んだ小さなお嬢さんだった。

年頃はブレイドと同じかそれ以下だろうか。転んだ時に打ったらしいおしりを擦りながら立ち上がり、ブレイドを睨みつける。


「ちょっとお! 何すんのよー! ちゃんと前見て歩きなさいよ!」


「おいらのせいじゃないんだけど……」


ブレイドが恨めしそうに振り返る。俺は両手を合わせて苦笑しながら頭を下げた。


「やば、モタモタしてたせいで追いつかれた! ちょっと、匿って!」


「えぇ!? 匿うって、何が!?」


「いーいーかーらー! 奥に入れて! そこで突っ立ってるのも!」


俺はとりあえず頷く事にした。ブレイドと二人で道に塞がり、女の子が木箱の後ろに隠れたのを確認する。しばらくすると聖騎士の一団が走ってきて目の前を通り過ぎて行った。

聖騎士たちはどうも少女を探していたらしい。あちこちを覗き込みながら走り去っていく。一先ず安全を確認し、振り返って木箱の裏の少女を覗き込んだ。


「もう大丈夫だ」


「……ほんと? ありがとう、助かったわ」


女の子はドレスの裾についた泥を叩いて落としながら立ち上がる。無邪気な笑顔を浮かべる少女のは俺を見上げ、じっと顔を見つめる。


「見ない顔……。もしかして、ディアノイアの生徒?」


「もしかしなくてもそうだが」


「え、ほんと!? あっちのちびも?」


「ち、ちび!? ちびってなんだ、ちびって!! こう見えても毎日牛乳飲んでるんだぞっ!!」


何がこう見えてもなのかわからなかったが、どうも自分の背が低い事は自覚しているらしい。涙ぐましい努力だが、結果はどうなるのか……。


「ちびはちびじゃない。でも、匿ってくれた事に免じてぶつかった無礼は許してあげるわ、ちび」


「だから、ちびじゃねえええっ!! ニーチャン、こいつ性格ワリーよ!!」


「落ち着けち……ブレイド」


「今ちびって言いそうになったろ!? ニーチャンなんでおいらの目をみないんだよ!! こっちちゃんと見ろコラアッ!!」


すまんブレイド、ニーチャンお前とちゃんと向き合えそうにないよ。

そんな俺たちのやり取りを見て女の子は笑っていた。ブレイドは腕を組んですねた様子でそっぽを向いたが、それほど気にしているわけではないようだ。


「それで、聖騎士に追われてるみたいだったが」


「そう、そうなの! だからしばらく一緒に行動して、アリアを守りなさい! これ、命令だからね!」


「アリア……?」


ブレイドと俺は二人して顔を見合わせる。アリアという少女は白いドレス――かなり高級そうな――を身に着けている。栗毛色の長い髪の毛を背後で括り、ぱっちりと開かれた丸っこい目で俺たちを見ている。どうにもこの見た目と名前がどこぞのへこたれ勇者さんに似ているような。


「えーと、アリア? 白の勇者って知ってるか?」


「うん? フェイト・ライトフィールドのこと?」


「いや、そうじゃなくて……うん、多分勘違いだ。変なこと聞いて悪かったな」


アリアは小首を傾げていた。それにしてもよく似ている。リリアがもっと強気な女の子だったらこんな感じになっていただろう。

何はともあれ困った事になった。ブレイドは俺の意見を求めるように見上げてくる。まあ暇だし、特にこれといって異論はないが。

聖騎士団に追われているというのが気になるな。まさか犯罪者って風貌でもないが……。


「わかったよ。それで、どこに行きたいんだ?」


「別にどこってわけじゃないの。あのね、ただ学園の生徒がたくさん着てるって聞いたから、それを見たかったの。だから一先ず目標は達成ね」


俺とブレイドとの遭遇でいきなり目標は達成されてしまったらしい。要するに、他の生徒を眺めながら街を歩いて俺たちから話を聞きたいということだろうか。

まあ、悪い子には見えないし、別にそれくらい構わないか。そんな事を考えているうちに、ブレイドの手を取ってアリアは表通りに走っていく。


「に、ニーチャン! た、助けて!」


「諦めろブレイド。丁度暇だったんだ、別に構わないだろう?」


三人で表通りに出る。流石にアリアの格好は目立つが、この町じゃ俺たちみたいにみすぼらしい格好をしているほうが珍しい。聖職者か貴族ばかりのこの街で、逆に浮いているのは俺たちの方だった。

アリアは俺たちの前を歩き、街行く学園の生徒に片っ端から声をかけて行った。ただ挨拶するだけで満足なのか、アリアは嬉しそうに町を歩いている。


「それにしても、学園の生徒はみんなみすぼらしい装備してるわねー。洗礼済の鎧と槍で武装してる聖騎士団と比べると見劣りするわ」


「あのな、俺たちは正規軍じゃないの。だからみんな貧乏学生だし、基本的には武器も市販のヤツなんだよ」


「ふーん……ねえ、ディアノイアってシャングリラにあるんだよね? ラ・フィリアには上ったことある?」


「ラ・フィリア?」


それは確か、学園の中心部にある塔の名称だったか。どこかで聞いた覚えはあるが、あそこは基本的に立ち入り禁止だ。学園長の居座っているフロアまでしか階段も続いていないし、そこから上がどうなっているのかは永遠の謎である。

しかしそんな事を知っているとは随分博識な少女だ。とりあえず知らないことを応えると、彼女は不満そうに唇を尖らせた。


「ちぇえ、つまんないのー。ラ・フィリアって魔王が作った建造物なんでしょ? 興味あったのになー」


「え、そうなのか?」


「シャングリラに住んでるのに知らないの?」


「ブレイド、聞いた事在るか?」


「ないない。ふーん、あの塔って魔王が作った物だったのかー」


俺たちが関心を示していると、アリアは得意げに両手を腰に当てて笑っていた。どうも俺たちが知らない事を知っていたと言うのが鼻が高いらしい。


「なーんだ、あんたたち何もしらないのね! 前の戦争の事だったら、お城の前に終戦記念館があるから勉強してったら?」


アリアの言葉に二人して頷いてしまった。そんな事をしているとアリアの背後から聖騎士が迫ってくる。


「アリア、後ろから来てるぞ」


「え? ああっ! グランにハインケル……め、めんどくさいのがきたー……。は、反対方向に逃げよっ! いいから早く!」


アリアは俺たちの背中をぐいぐい押しやる。しかし俺の目の前にはマルドゥークが迫っていた。諦めて振り返ると、マルドゥークに気づいたアリアが青い顔をしていた。

騎士三名に囲まれたアリアは流石に諦めたのか、その場で溜息を着いて停止した。マルドゥークがアリアに駆け寄り、俺たちを押しのけてその手を掴む。


「探しましたよ、姫! 全く、また稽古の時間を抜け出したそうですね!」


「ぶー……。マルドゥークの真面目バカ。ちょっとくらいいーじゃん」


「ちょっとではないでしょう、貴方は! これで私が貴方を捕まえるのは七十二回目です! 全く、戦時中くらい御身の大事さを自覚してください!」


俺とブレイドの目の前で繰り広げられるよく判らない会話。駆け寄ってきた全身甲冑の二人の騎士がアリアを囲み、アリアは諦めて俺たちをみやった。


「捕まっちゃったからお城に戻るね。二人とも、また会ったら一緒にお出かけしようね!」


「……ていうかお前、お姫様だったの……?」


アリアはブレイドにウィンクを残して去って行った。残ったマルドゥークが振り返り、俺を見つめて肩を竦めた。


「どうにも姫が捕まらないと思ったら、貴様が隠していたのか……。まあ、貴様が一緒だったのならば危険は無かったとは思うが」


「マルドゥーク、あいつって?」


「あいつではない。アリア・ウトピシュトナ王女様だ。次期女王に対して『あいつ』呼ばわりは許さんぞ」


「……本当にお姫様だったのか。それは悪かったな、隠しちまって」


「なんだ、知らなかったのか!? 全く、貴様は戦闘以外にももう少し見識を広めるべきだな……。仕方ない、私がこれからみっちりとクィリアダリアの成り立ちについて説明を……」


「お、俺たち急ぐからまた今度な! ブレイド逃げろ!」


「おい、ナツル!? どこへ行くっ!!」


まともに相手をしたら長そうだ……。俺はブレイドの背中を押して一緒に逃げ出す事にした。

しばらく走った後、二人して溜息を漏らした。なんだか疲れた……。マルドゥークが真面目バカなのはアリアに同意するが、アリアがおてんばなのはマルドゥークに同意するよ……。

しかし七十二回城を抜け出す王女っていうのもどうなんだろうな。それをいちいち真面目に捕まえるあいつもあいつだが。ふとブレイドに視線をやると、自分の手を見つめながら顔を紅くしていた。


「どうかしたのか?」


「いや……女の子の手って柔らかいんだなーって思って……」


「…………ブレイド、相手は考えた方がいいぞ。一応あれでもお姫様だし……」


「なな、何いってんだよ!? そーいうんじゃねーって!! ああもう、ニーチャンと一緒にいると疲れるよ! おいら戻って休むから、じゃあね!」


そそくさと逃げて行くブレイドを見送り苦笑する。まあ確かに可愛い女の子だったし、ブレイドは相当やんちゃな男の子っぽいからな……同年代の女の子と話す事もないだろうし、無理もないか。

それにしても、ラ・フィリアが魔王の作った塔だとか色々余計な事を聞いてしまったせいで変に気になってしまった。アリアが城の前に記念館があると言っていたのを思い出し、俺は振り返って歩き出した。

城の前にその記念館は存在した。白い景観の中に紛れ、寂しく聳え立つ館……。俺はその門を潜り、中に足を踏み入れた。

そこには様々な国の歴史や先の大戦での出来事が記された書物が並べられ、同時に戦争に纏わるアイテムなどが展示されていた。国の歴史にはそれほど興味がなかったが、今なお厳格な雰囲気を残す武具の類は見ていて興味をそそる。

勇者の一行について詳しく記されている勇者記念スペースに足を踏み入れた時、正面に飾られた肖像画に目が行った。そこには若いアーマークロークを着た白の勇者フェイトの姿がある。リリアと同じ栗毛色の髪の、なかなかの美形だった。リインフォースを携えて立つ勇者の姿を眺めていると、背後に人の気配を感じ取った。

俺以外誰も存在しないと思っていた静かな記念館の中、振り返るとそこにはゲルトの姿があった。彼女も俺の姿を予想していなかったのか、驚いた様子で歩みを止める。


「……ナツル。どうしてここに?」


「お前こそ……。いや、まあ、以前の勇者に興味があったんだよ。お前もそんな所か?」


「まあ、そんな所です」


二人して並んでフェイトの姿を見上げる。この記念館には人の気配が殆ど無い。戦闘中でオルヴェンブルムへの人の出入りが制限されている事も勿論理由の一つだろう。だがこの街の人々にとってすでに勇者への興味、大戦への興味は薄れているのだろう。

展示品にはリインフォースの模造品もあった。本物と比べると流石に見劣りするが、展示品としてはいい作りの剣だ。そうした物を眺めていると、ゲルトが寂しげに呟いた。


「どこにもないんですよね……ここには」


その言葉の意味には俺も気づいていた。

この展示コーナーには、一つとしてゲインの名前が存在しないのだ。取り上げられているのはフェイトばかりで、ゲインの活躍は一つも残っていない。

それがかつて彼が浴びせられた汚名によるものであることは明白であり、俺は何も言えなくなった。ゲルトが見つめているのは、父の記憶を消された場所……。ただじっとフェイトを見つめ、彼女は拳を握り締めていた。

展示品の中には勇者たちの集合写真も存在していた。そこにはヴァルカンの姿も、あのフェンリルの姿もある。ただ今より十年も前である所為か、二人とも若く見えた。フェンリルはフェイスガードのせいでよく判らなかったけど。

集合写真の中からゲインを切り抜くのも不自然だと考えたのかもしれない。その一枚の写真にだけは、フェイトの隣に並んで立つゲインの姿が残されていた。ゲイン・シュヴァイン……。どこか優しげな、剣など似合わぬ穏やかな笑顔が印象的な青年だった。ゲルトはその姿を見つめ、辛そうに眉を潜めている。


「……お父様の記憶は、この世界からいつか消えてなくなってしまう」


ゲルトの呟きに振り返る。彼女は自分の手をじっと見つめ、そっと指を握る。


「お母様も、シュヴァイン家を盛り返すのに必死でお父様のことなんて覚えてないから……。この場所からも、世界からも、ゲイン・シュヴァインの記憶が消えてしまう……。それをつなぎとめる事が出来るのは、自分だけなんだって、そう思ってたんです」


「……そう、なのかもな。お前が勇者になれば、確かに親父さんの不名誉は報われる」


「ええ。だからわたしは勇者になりたかった。勇者になって世界を見返してやりたかったんです。でも……今は魔剣だってない。お父様とわたしの間にあった絆が消えてしまったみたいで、今はよく判らないんです」


「勇者に成る理由か?」


ゲルトは小さく頷いた。それはフェンリルに魔剣を奪われる前から彼女の悩みだった。でもこうして実際に力を失い、その悩みは加速したようだ。


「リリアの勇敢に戦う姿を見て、どんどんわからなくなるんです。あの子は恐ろしい速さで強くなるのに、わたしは足踏み……。そんな自分に焦って、どんどんダメになる気がして……」


「ゲルト」


顔を上げるゲルトの頭を撫で、首を横に振る。


「そうやって思いつめるな。魔剣は取り戻すって言ったろ? それとも俺の――いや、リリアの言葉が信じられないのか?」


「そ、そういうわけじゃっ!」


「…………結局さ、俺やリリアがお前に何を言っても気休めに過ぎない。だから言える事は凄く少ないと思う。でもな、ゲルト」


いつだったか、全く同じ言葉を俺はリリアに口にした。

誰かの望む勇者ではなく、自分自身が望む勇者になればいいと。それが無責任である事も、なんの解決にもなっていないことはわかっている。でもきっとそうするしかないのだ。

それに俺は魔剣を自分の剣にしようとしていないともゲルトに言った。ゲルトは本当はどうしたらいいのかわかっているのだろう。でも、そうできない。心の中にあるリリアへの遠慮や、この世界の中で生きることへの諦めが彼女の答えを遠ざけているのだ。


「だからな、ゲルト。本当にもう嫌だって思うなら、勇者なんてやめちまえ」


「そんな、簡単には……」


「いかないか? でもそうするのが一番だ。お前だったら嫁の貰い手なんていくらでもいるだろ。適当に結婚して子供産んで幸せになるってのもアリだろ」


「……お嫁、ですか? 考えた事も、無かったですね……」


驚いた表情で俺を見つめるゲルト。そう、こいつは考え方が偏りすぎなんだ。色々な可能性や現実があり、取捨選択した未来で俺たちは生きている。辛いなら逃げてもいいんだくらいの気持ちで向かったほうがいいこともある。


「学園の教師になるってのも悪くない。兎に角未来は一つじゃないんだ。勇者にならなきゃいけないとかいう風には考えるな。そんなもん、なりたいからなるもんであって、無理になるもんじゃない」


「…………言っている事はわかりますが」


「答えも焦らなくてもいい。無理に今すぐ何とかしようとするな。お前はのんびり構えてれば、あとは俺がフェンリルをぶっ飛ばしてやる。それから答えを出したって遅くはないだろ?」


「…………はい」


ゲルトは浮かない表情で頷いた。どうにも俺が何か言っても聞いてくれるような気がしない。

溜息を漏らし、ゲルトの肩を叩く。見捨てられた子犬のような目をした女の子に別れを告げようと思ったが、どうにもほうっておくわけにもいかないようだ。

帰るのを諦め、俺は再びフェイトの肖像画に目をやった。俺の隣に立ち、ただ黙って考え込むゲルト。そうして俺たちは暫くの間、何をするでもなく人気の無い記念館の中で立ち尽くしていた。



〜ディアノイア劇場〜


*アンケート作りました編*


リリア「というわけでアンケートを作ってみましたーっ! もう投票してくれた人、ありがとー! してない人は早くしやがれ♪」


ゲルト「行き成りなんですか貴方は……」


リリア「うんっ! まあちょっと宣伝しとこうと思って……。作ったばっかりでも意外と見てくれてる人がいるみたいなんだよ!」


ゲルト「まあ、ユニーク600前後ですから……何人かは投票してくれるんでしょうけど……」


リリア「あ、ちなみに基本的に作者が今後の方針を考えるのに使うから常時結果は公表してないのですよ! でもまあ纏まったらそのうち発表してもいいかな?」


ゲルト「ご協力感謝いたします」


リリア「アンケートで人気だった人はそのうち番外編か何かで丸々一話使うみたいだから、どんどんリリアに組織票&連打票してね!」


ゲルト「……いいんですか?」


リリア「いいの! メインヒロインなんだもん、いいのいいのいいのー!!」


ゲルト「そうですか……。まあ、組織ぐるみになるほどたいした物ではないですからね」


リリア「でもみんな作者にしか見えないからってコメントぶっちゃけすぎだよ♪ ゲルトちゃんへの投票理由、『ツンデレ』とか」


ゲルト「……一言で済まされた……」


リリア「そんなわけで、アンケートの宣伝でしたー!」


ゲルト「あの、この『犬』ってなんですか?」


リリア「察してね♪」


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