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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
31/126

集う力の日(3)

「勇者になる上で、どうしてもリリアが覚悟しなければならない事が、一つだけある」


幼き日、カザネルラの砂浜に立つ黒き勇者は言った。


「勇者とは戦う者だ。戦いとは命の奪い合い。どうしても、仲間や敵の死と向き合わなきゃならない。勇者はね、リリア。凄く難しいんだ」


「……むずかしい?」


「うん、とてもね。僕は勇者としては、ちょっとばかし覚悟が足りなかったらしい。だから今でもこうしておめおめと生き残ってる……君のお父さんを助けもしないで、ね」


リリアの前に腰を落とし、小さな身体に似合わない練習用の剣を握り締める少女の頭を撫でるゲイン。優しげな男はにっこりと微笑み、リリアをまるで自分の娘であるかのように扱った。

だからリリアだけはわかっていたのだ。この世界の全ての人が彼を罵っても、彼の優しさを。暖かさを。まるで本当の父親のように思ったその人の事を、信じていられた。

父を見殺しにしてしまったと何度も語るその人は、悲しげな眼差しでいつも遠くを眺めていた。そこには天国も地獄も無く、ただ世界だけがある。隔たりの前に人に出来ることは決して多くない。後悔はその人間が出来る数少ないものの一つでもある。


「仲間が沢山死んだ。沢山沢山死んだ。敵を沢山殺した。数え切れないくらい。そうしているうちに死に慣れて行く……それを勇気と呼んでいいのかはわからない。でも僕たちは少なくともそれを覚悟しなければならない」


「かくご?」


「そうだよ、リリア。君はいつか仲間を失うかもしれない。その手で誰かの命を奪うかもしれない。そんな時、泣いたらだめだよ? いいかい、リリア。戦いの中で命を落とした人の事を悲しむのは、後回しにするんだ。嘆いたり悲しんだりしている間に一つまた一つと守れるものが無くなっていく。掌から零れ落ちてしまう。そしたらもっと後悔する」


「……ゲインは、こうかいしてるの?」


「ああ、そうだね。後悔してるのかもしれない。君には同じ想いを味わって欲しくないんだ」


「……リリア、ゲインのこと、すきだよ? ゲイン、そんな顔しないで」


「ありがとう、リリア。参ったな、子供に心配されてるようじゃ、勇者なんて名乗れないな」


困った顔で笑いながらリリアを抱き上げるゲイン。その優しい微笑みの意味も、その時彼が言っていた言葉も、今のリリアには理解出来る。

でもまだ判らないことはある。どうしてゲルトではなく自分なのか。その疑問にゲインは結局、一度も答えてはくれなかった。

夕闇の中、リインフォースに鎖を巻き、その刃をじっと見つめて悲しげな表情を浮かべていた黒い勇者の事を、リリアはずっと覚えている。その瞳はきっと今を映してはいなかった。きっと思いは遥か彼方、今はもう取り戻せない場所に向けられているのだ。


「ゲルトの事を、お願いしてもいいかな」


「う?」


「あの子は引っ込み思案だから。僕に似て、どうにもしゃきっとしないだろう? ああ、でも母親に似れば、勝気な性格になるかも。どっちにせよ、僕はもう長くないと思うんだ。だからゲルトの事を、君に任せてもいいかな?」


「うん、いーよ。ゲルトちゃんは、リリアがずうっと守ってあげる。だからゲインもそんな顔しないで? ゲルトちゃん、寂しがってるよ」


「……ああ、そうだね。本当に僕は父親失格だ。彼女にもっと、沢山良い思い出を残して上げられたらいいのに。でも、わからないんだよ」


「わからない?」


「わからないんだ。もうね、僕たちの両手は汚れすぎていて――。君たちのような、優しい命にどう触れたらいいのか、わからない。だからゲルトは君が抱きしめてあげてほしい。君の優しい手で、君の優しい声で、君の無垢な瞳で、その心で。彼女を抱きしめてほしい」


「うん、いーよ! リリアね、ゲルトちゃんより、おねえちゃんだもん! ゲルトちゃんはね、リリアがまもってあげる!」


「そうだね。リリアは立派なお姉ちゃんだよ。きっとゲルトも、いつか君と――手を取り合って戦える日が来る」


「うんっ!! 約束しよ! 約束っ!」


つないだ指先。満面の笑顔を前に、ゲインは何を思っていたのか。

何年経って思い返しても、それはリリアには判らないままだった。



⇒集う力の日(3)



オルヴェンブルムを取り囲むように展開される戦闘は既に何日も継続されていた。騎士たちは皆疲弊し、しかし無限に襲い掛かってくる魔物の群れを街に入れまいと必死に抵抗を試みる。

しかし戦力不足は明らかだった。泥沼試合になりつつある戦闘状況の中、未だ衰えを見せぬ一団の姿がある。


「戦況は!?」


「東が押されているようです! 確かあっちはまだ新兵ばかりだったかと!」


「ち……っ! グラン! ハインケルの隊を連れて東に向かえ! こっちは私と姉上の部隊で充分だ!」


「しかし、それではこちら側はマルドゥーク様だけで孤立する事に……」


「構わん、私を甘く見るな! 新兵をむざむざ殺させるわけにもいかんだろう!? 構わん、行けっ!!」


図体の巨大な甲冑の騎士は斧で近づく魔物を薙ぎ払い、頷く。男が手を翳し合図をするとマルドゥークを取り囲んでいた騎士たちが後退していく。

マルドゥークは魔術書を開き、片手を翳す。正面に放たれた光の魔法が大群を薙ぎ払い、騎士は一人戦地を走り出した。


「姉上っ!! 姉上ーっ!!」


マルドゥークが目指す先、女騎士数名と共に戦線を維持する一人の美しい女性の姿があった。長い柄の先端に巨大な十字架をあつらえたような特殊な形状の打撃武器を振り回し、華奢な外見からは想像も出来ないほどの怪力で一気に魔物を肉片へと変えて行く。

女騎士は弟の接近に気づき、十字架を一振りして戦線を開ける。指示を出すと女騎士たちが剣を構えて前線に走って行き、二人は合流した。


「どうかしましたか、マルドゥーク?」


「東が押されています! 部下は援護に向かわせました。私は姉上の部隊の指揮下に入ります」


「あらあら……。そうなの〜? とっても大変ねえ……。グランさんは〜?」


「グランも行かせました。援軍が来るまで南門は我らで守りきりましょう」


悲鳴が上がり、振り返る。女騎士の首が跳ね飛ばされ二人の足元に転がった。巨大な図体の騎士が血まみれになった斧を引き摺りながら騎士たちに迫り、一薙ぎで騎士たちの身体を両断していく。


「エアリオ姉様……!」


「わかってるわ。ちょっとだけ、大ピンチ?」


「ちょっとだけ大ピンチ!? なんですかその文法は……! 来ますよ!!」


雄叫びを上げながら大地を震わせ駆けてくる魔兵。振り下ろされる斧が空を切り裂きエアリオに振り下ろされる。十字架でそれを受け、両手で構えて深く股を広げて力を込め、自らの図体の三倍はありそうな巨体を一気に押し返す。


断罪の槍ジャッジメント・ランス! はああっ!!」


詠唱を終えたマルドゥークが怯んだ巨体に貫通呪文を放つ。光の矢は巨体の腹を食い破り、貫通する。悲鳴を上げるその頭上に十字架を振り上げたエアリオが飛翔していた。


「えい」


情けない声と共に振り下ろされた十字架は巨体の頭を叩き割り、身体を胸辺りまで強引に捻じ切った。大量の鮮血が撒き散らされる中、その一滴さえ浴びずにエアリオは踊るように後退する。

二人は背中合わせに構えた。周囲は大量の魔物で囲まれ退路もない。これでは防衛さえ満足に果たせているとは言えないだろう。焦りと不安が二人の心を曇らせて行く。


「流石に数が多すぎる……! 姉上、傷はありませんか?」


「ぴんぴんしてるわ〜。元気百倍! とは行かないけど……でもちょっとお姉ちゃんおなか空いちゃったかも」


「生きて戻れたらなんでもご馳走しますよ……ッ」


二人が覚悟を決めた時だった。緊迫した表情のマルドゥークの肩をエアリオが叩き、マルドゥークは振り返る。


「マルドゥーク、列車が来るわ〜」


「何を言っているんですか姉上……。こんな時に列車なんてくるわけが……」


振り返ったマルドゥークが目にしたのは敵陣を突き進んでくる学園からの列車の姿だった。悲鳴を上げながら姉もろとも横に跳ぶ二人の傍を列車が通りぬけ、魔物を弾き飛ばしながら急停車する。

火花を散らしながら停車する車輪。開かれた座席から一斉に武器を構えた生徒達が戦場に降り立ち、一気に周囲の魔物を駆逐していく。そんな怒涛の乱戦の中、夏流たちの姿もあった。

列車から降りた夏流が近くに居た魔物を殴り飛ばす。アクセルとブレイドが近くに居た魔物に切りかかり、夏流は周囲の生徒たちを前に手を振り上げた。


「バラバラに行動するなっ!! 前線を構築する! 腕に自信がある生徒は前へ!! 勇者に続けええええっ!!」


聖剣を構えたリリアが敵陣に切り込んで行く。一振りで数多の敵を駆逐する破魔の刃の煌きは他の生徒を導く灯火となる。右も左も判らないこの戦場の中、生徒たちが信じられるものはそう多くはない。未熟な彼らなりに希望を見出し、泥沼の戦地を切り抜けるために聖剣は格好のシンボルだった。

魔力を込め、リリアが回転しながら大剣で敵を薙ぎ払う。触れただけで木っ端微塵になって行く魔物の群れを前に、リリアは聖剣を翳して声を上げた。


「オルヴェンブルムに近い敵勢力から順次迎撃します! 御願します、ついてきてくださいっ!!」


リリアを守るように左右にアクセルとブレイドが続く。三人の猛然とした勢いに乗り、次々に武器を構えた生徒達が魔物を押し返して行く。そんな中、ゲルトの隣に立った夏流はベルヴェールとメリーベルの肩を叩き、指示を出す。


「後方支援を頼む。傷ついた生徒が居たら無茶はさせないようにしてくれ。いざとなったら列車で脱出させる。ゲルトも回復と魔法で援護だ。いいな?」


「は、はい!」


「戦士科何人か俺と一緒に来てくれ! 囲まれてる聖騎士団の救助に向かうっ!! 弓兵アーチャーと魔術師で戦線作れ!! 授業でやったろ、急げ!!」


次々に魔物を撃退する勇者に続く戦士科の生徒を弓や杖を構えた生徒が一斉に砲撃を行い援護する。断続的に降り注ぐ大量の矢と攻撃呪文に魔物が後退する中、それを追撃するようにリリアが剣を揮う。

その想像以上に統率された勇敢な戦いぶりにマルドゥークは完全に呆気にとられていた。彼の近くに居た魔物を蹴り飛ばし、夏流が正面に立つ。


「あんた……確か、マルドゥーク? 元気そうで良かった」


「貴様は……ノックスの時の!? ということは、やはり学生部隊か……!」


「正規軍ほど上手くはやれないが、やれるだけやるさ。指揮執れるヤツ、積極的にパーティー組んで行動しろ! 一人で戦ってる馬鹿が居たら混ぜてやれ! 斬り込むぞ、続けぇっ!!」


夏流の声に頷き戦士たちが何人か集まって敵を撃退し始める。生徒達の参戦により戦況は明らかに劣勢から救われようとしていた。

何よりも、脅え竦んでいるはずだったリリアが聖剣を翳して率先して前線に立つ事が夏流にとっては驚きだった。しかし勇者は英雄のシンボルであり、この世界の誰でも――学園の生徒ならその言葉の重さを誰もが知っている。リリアの実力が自分たち以下だと思っていた生徒たちも、その力強い戦いぶりを見て一瞬で理解したのだ。『勇者』とは、己の身を省みず、前線で果敢に戦う彼女のような人間の事を言うのだと。

リリアの事を気にしつつ、夏流は何人かの生徒と一緒に前線へ向かう。斬りかかって来る魔物の剣を拳で砕き、近づく魔物を格闘で次々に撃退していく。

両手の拳から放つ雷が周囲の魔物全てを焼き尽くす。放った神討つ一枝の魔剣レーヴァテインが大量に密集した闇の騎士たちを貫き瓦解させ、焼け焦げた大地の上を失踪する。

その背中を眺めながら、マルドゥークは口元に笑みを浮かべた。エアリオも又十字架を構え、頷く。戦況は覆せる――。騎士たちも生徒たちに続き、猛然と雄叫びを上げながら敵へと走って行った……。



「はあ……き、きついな……」


もう何時間も戦った気がする。実際に二時間程度は戦場に居たようだが、一分居るだけでも凄まじく神経をすり減らすあの場での疲労は慣れない限り暫く俺たちの身体を蝕む事だろう。

強固な城壁に守られたオルヴェンブルム城下町。その街は酷い有様だった。傷を負った騎士や兵士、学園の生徒たちで溢れている。各地を忙しそうに医術師が駆け回る中、俺は民家の前の段差に腰掛けていた。

傷は負わなかったが相当な連続戦闘に身も心もクタクタだ。途中リリアたちがどこに行ったのかもわからなくなって、あとはもうがむしゃらだった。いつ終わるのか判らない戦いの中、必死に敵を倒した。数を数える事が出来ないくらいの敵を倒したところで、やっと魔物の群は後退して行った。

何とか一時撃退できた事により、短い休息の時間が与えられた。とは言えいつ再び襲撃が始まるのかもわからない以上、心の底から気を抜く事は許されないが。

泥と血塗れになった両手をじっと見つめ、黙って神威双対を布で拭いた。それにしても、本当に酷い有様だ。優勢だったとは言えこちらも無傷ではない。きっと戦死者も出ただろう。所々、学友の死を嘆いて泣き崩れている生徒の姿が見える。それを見ているのが辛くて俺は目を閉じた。

戦争という言葉を実感した。いや、まだどこか俺は他人事だ。自分の世界じゃないからまともでいられる。でも本当にこの世界の人たちにとって全ての命は在るべくして在り、現実そのものだ。だからその嘆きも本物で、俺はそれを全て見つめる勇気がなかった。

立ち上がって周囲を見渡す。まだ戦いは終わっていない。第二派が来る前に体制を立て直さないと。一先ずみんなと合流する為に、オルヴェンブルムの街を歩き出した。

オルヴェンブルムはどこかシャングリラに似ている。しかし建造物が全て白一色で染め上げられていたり、学園の代わりに巨大な城と教会があったりと、物珍しいものは沢山在る。こんな場合じゃなければ、みんなで色々見て回って楽しむ事も出来たのだろうが。

仲間の姿を探していると、リリアの姿を見つける事が出来た。リリアは民家の壁を背にリインフォースを抱くようにして眠っていた。すやすやと泥だらけになって眠るリリアの笑顔は見ているこっちの気が緩む程子供染みていて油断と隙だらけだ。


「ったく、こんな状況でも寝られるとはな。よっぽど疲れたのか……」


リリアの寝顔を眺める。かけてやる布さえここには不足しているのだ、仕方が無い。しかし暫くそこに立っていると、布を持った女生徒が走ってきた。


「あれ? さっきの戦いで、前線に居た人……ですよね?」


「ああ、そうだけど」


「あの、これリリアちゃんにかけてあげてください。それと奥で教会から食事の配給があるみたいですよ」


「そうなんだ。ありがとう、行って見るよ」


女の子は頭を下げると走って行った。全く見ず知らずの生徒に声をかけられた事に驚いたが、それからも生徒たちはリリアの前を通ると、その様子を心配げに眺めながら通り過ぎて行く。中には足を止め、自分の着ている服やら何やらをリリアにおいて行く者も居た。

あの戦いの中、真っ先に敵陣に躍り出たのはリリアだった。そして誰よりも敵を倒し、誰よりもみんなを導いた。だからリリアの事はきっとみんなが見ていたんだ。傷だらけになりながら戦う小柄の少女と聖剣の導きに、誰もが感謝していた。

もうここにリリアを弱いという人はいないだろう。何となくその力が認められた事が嬉しくあり、寂しくもある。リリアの前に膝をつき、眠る頬にそっと触れる。すやすやと眠るへこたれ勇者様の姿に息をつき、立ち上がった。


「お、ナツル! やっぱ無事だったか」


「アクセルか。そっちも無事でよかった」


アクセルは俺にパンを投げ渡す。ありがたくそれを受け取りかじりつくと、自分が思っていた以上に空腹状態であった事に気づいた。

リリアの隣の腰掛けたアクセルはリリアが布でくるまれている事に目を丸くしていた。俺が事情を説明すると、納得した様子で頷く。


「リリアちゃん、最前線で戦ってたからな。どんどん強くなるよ、この子は。何人もの生徒の命を救ったんだ、感謝してるやつは多いさ」


「そうだな……。アクセル、どれくらいやられたと思う?」


「ニ、三割ってところか……。死亡は一割くらいだろ。重傷者がこれから戦死者に加わる可能性はあるけど、戦闘未経験者も含むと考えれば上出来すぎる数字だ」


「三割か……。本当にそうか? 俺たちはもっと何かを守れたんじゃないか……。もっと仲間を救えたかもしれない。やりきれないよ」


肩を竦める俺の様子にアクセルは溜息を漏らして同意した。二人して傷だらけの生徒達を眺めていると、ふとアクセルが呟く。


「でもお前とリリアちゃんは良くやったよ。勇者部隊ブレイブクランだけじゃなくて、他の生徒もひっぱってた。お前よくあんなに動けたな。正直びっくりしたよ」


「……ああ。浮き足立ってるのはみんな同じだからな。誰かが声を上げないと皆怖いだろうし。騙し騙しだよ、授業でやった事を後はみんながきちんとこなした……それだけだ」


「そうか……。まあともかく、お前は臨機応変に動いた方がいいのかもな。リリアちゃんの護衛は、俺とブレイド君で充分だ」


「そのブレイドたちはどうしたんだ?」


「ベルヴェールとゲルトは怪我人の手当てだ。ブレイドは飯食ってんじゃないかな。ま、やりきれない気持ちは判るけど、気持ちを切り替えて行こうぜ? なあ、救世主君」


「お前……それ、なんだ?」


「フェンリルがそんなこと言ってたろ? それに勇者部隊を任されるなんて、救世主っぽいじゃん? つか、お前元々結構救世主っぽかったよな」


「救世主っぽいってなんだよ……ったく、変な呼び方はやめろよな」


アクセルは俺の言葉に笑っていた。その場でリリアを任せて暫く街を見回る事にした俺は寝ているリリアの頭を優しく撫でてその場を後にした。

騎士も生徒もみんな傷ついた。みんな死んだ。敵が魔物だったからまだ戦えた。これから人間も相手にするかもしれない。そうなったら俺は躊躇無く倒せるのか?

リリアを守る為だと思えばそれも出来るだろう。人間だろうがなんだろうがこの両手で薙ぎ払える。そうしなきゃ守れないからだ。覚悟は決まってる。でも……。

そう、でも。アイオーンの言うとおり、俺はリリアが人を殺す所なんて見たくない。それは俺のわがままだ。みんなだって同じ事を思うだろう。でもちゃんと戦ってる。俺一人だけまだそんな事を考えている事そのものが、裏切りのようでさえあると思う。

でも、それでもいやだ。リリアに返り血なんて似合わない。皆だってそうだ。本当ならこんな場所俺たちには似合わない。でも居なきゃいけない。やらなきゃいけない。だからやる。リリアは誰かを守る為なら命を賭けるだろう。今日のように敵を薙ぎ払うだろう。でもその度に一歩ずつリリアが遠くなっていく気がする。それが不安だったのかもしれない。


「なあ、ナナシ」


「はい?」


「原書には、こんな戦争の事は書いてなかった。それってさ、まるで……この世界にとってこの争いは些細な事みたいに思えるよな」


「実際そうなのでしょう。リリア・ライトフィールドにとって重要なのはこの後にある聖騎士団への就任――。この争いが彼女に与える影響は少なくはないでしょうが、だからといって態々歴史として記すほどのことではないと」


それはまるでこれからもっともっと血みどろの戦いが始まるみたいだった。そんな事にはならないでほしいと今は本気で思う。願える。

どうか、リリアを戦いから遠ざけて欲しい。なのに俺は未来の事を考える余裕もなくて、目先の戦いで生き残る事で精一杯。救世主なんていってもフェンリルには勝てなかったし、力不足で毎日悩んでる。

馬鹿みたいだな、俺。あっちの世界に居た時は、こんなに一生懸命生きてなかったのに。ゲームのつもりで迷い込んだこんな果ての果てで、自分自身の馬鹿馬鹿しさに笑えてくるなんて。


「ゲルトはどうして、『自殺』なんてすることになるんだろうな」


「魔剣の事が関係しているのかもしれません。ですが、未来を変えたいのならば今から努力すればいいだけのことです」


「でもリリアもゲルトも両方構ってる余裕がないんだ。自分の事で精一杯だ。こんなこと、お前に言っても仕方ないけど……。世界を変えるのって、難しいよ。すごく……」


うさぎは応えなかった。弱音を吐いている自分が嫌になる。うさぎは俺の肩から飛び降りると、目の前で人の姿に変身した。

そうしてじっと俺を見つめると、シルクハットを脱いで頭を下げる。そうして自らの胸に手を当て、真面目な表情で俺に告げた。


「嫌になったのならば戻る事も出来ましょう。貴方が望む、帰るべき場所へ。この世界は確かに貴方にとっては残酷すぎる世界……。大切な人を傷つけずに居る方法はまずないと言ってもいいでしょう。そんな世界に貴方を導いた存在として、ワタクシは貴方の願いをかなえる義務があります」


「……戻りたくなったわけじゃないさ。むしろ、今は戻りたくない……。でもさ、ナナシ」


この世界は、冬香が作ったのかな。本当に、あの子がこんな事を望んでいたのだろうか。

俺に望まれた救世主という役割。それは俺が冬香にとって救世主そのものであったことを意味している。彼女を救えなかった俺に、また同じ想いを味あわせて苦しめようというのなら、まだ話はわかる。


「でも、あいつは……優しい女の子だったんだ。こんな傷だらけの世界、あいつが望んだとは俺には思えない」


「……ナツル様」


「悪いな、変な事言っちまって。お前はただの案内役……俺が何か言った所で答えられないのは判ってるのにな」


「いえ、構いませんよ。ワタクシは常に貴方の御心の傍に……。それこそトウカの望んだ願い。貴方が一人になってしまわぬよう、ワタクシは最期の瞬間まで貴方の傍に在り続けます」


「なんかお前にそういわれると気持ち悪いな」


「何気に酷いですね。やれやれ、貴方という人は常に意地が悪い」


うさぎに戻ったナナシは頭の上に飛び乗った。重くなった頭に溜息を漏らし、歩みを再開する。

しばらく歩いていると給仕が行われている教会前に出た。巨大な聖堂が立ち並ぶ広場の中、聖騎士たちが慌しく行き交っている。その中で指示を飛ばしている一際若い騎士がこちらへ振り返り、歩み寄ってきた。


「おい、貴様!」


こんな呼び方をするやつは一人しか思い当たらない。魔道書を片手に歩み寄ってきたマルドゥークは俺の前に立つと頭の上に乗っているウサギを凝視した。


「それは、貴様の趣味か?」


「いや……趣味ではない。というか、貴様と呼ばれる筋合いもない。普通に夏流って呼んでくれ」


「ふん、そうか。ではナツル……先の戦いのことだが」


又何か文句でも言うつもりなのだろうかと腹を括っていると、マルドゥークは徐に頭を下げた。


「命を救われたな。騎士を代表して礼を言おう。ありがとう、ナツル」


「……え? あ、ああ。いや、困ったときはお互い様っていうか……なんだ、変なカンジだな。あんた、学園の生徒が嫌いなんじゃなかったのか?」


「ああ、今でも嫌いだ。お遊び気分で戦場に出てくる子供など、見ていて気持ちのいいものではないだろう? それに……そういう子たちが目の前で死ぬのなど、もっと気持ちのいいものではない」


腕を組み、眼鏡を中指で押し上げるマルドゥーク。それは彼なりのプライドと気遣いだったのだろう。別にただ生徒を毛嫌いしているわけでもただ偉そうなわけでもないらしい。思えばこいつは部隊の足並みが揃っていないというのに、ノックスの人々を助けるために少人数で突撃したりもしていた。見た目はつんけんしているが、そう悪い男ではないのかもしれない。


「学園の生徒、見事な腕前だった。まだまだ鍛錬の余地はあるし、統率も成って無いが――次第点だろう。むしろ正規軍である我らより勝っていたら、それこそ面子が無い」


「はは、そうだな。でも本当によかったよ。間に合って」


優しげに微笑むマルドゥークに釣られて俺も笑った。戦いの中で得られるものは全く無いわけではない。リリアしかり、マルドゥークしかり。知らなかった新たな一面が俺たちの心をつなげていく。

沢山の力や想いがこうして集い、物語を生み出していくのならば――冬香。そうだろ? この戦いだって無意味なんかじゃない、大切な一ページなんだ。


「あの勇者の少女――リリア、と言ったか? 彼女にも伝えて欲しい。恐らく彼女は先の戦闘一番の功労者だ。少しくらい労ってやりたいのだが、生憎席を外せないのだ」


「わかった、伝えとくよ。あんたも大変だな……頑張れよ」


「ふん、言われるまでも無い。貴様の方こそ、慣れぬ戦で首を落とされぬよう、せいぜい気をつける事だ」


マルドゥークはマントを翻し騎士たちの中に戻って行った。てきぱきと指示をくだし、騎士たちが動き出す。あいつはあいつで色々大変なようだ。

それにしても色々あって疲れた。マルドゥークの言葉じゃないが、少しは休んで気をつけなければ。俺はその場で彼らに背を向け、リリアたちの下へ向かい歩き出した……。


〜ディアノイア劇場〜


*もう30部か……遠い所に来たもんだ編*


リリア「さんじゅうぶ〜♪ さんじゅうぶ〜♪ ふんふふんふふ〜ん」


ゲルト「早いものですね。連載開始から一ヶ月もたたないうちに三十部も書く事になろうとは全く予想していませんでした」


リリア「更新速度のペースが鬼のようだね! それだけ作者が暇だって事でも在るんだけどね!」


ゲルト「何はともあれ早くも三十部。読者の皆様本当にありがとうございます」


リリア「わかってないなあゲルトちゃん。そういう時はもっとこう……ね? あるでしょ?」


ゲルト「……べ、別にいつも読んでくれて嬉しいわけじゃないんだからね!」


リリア「GJ! これで全国のツンデレ好き読者の心を鷲づかみだよー!」


ゲルト「そんな簡単にいけば誰も苦労はしませんよ」


リリア「よーし、じゃあ脱ごっか!」


ゲルト「何が!?」


リリア「この小説に足りないもの……それはラブコメっぽいちょいエロシーンなんだよ! 下着姿にになってるゲルトちゃんにうっかり転んだ夏流さんが倒れこんでおっぱい揉んじゃうとかそういうことになれば読者数が行き成り十二倍になったりすることうけあいです!!」


ゲルト「意味不明だし笑えない! それで人気でても感想やメッセージが全部「おっぱい」になってしまうではないですか! そんな方法でメッセージ増えても嬉しくないでしょう!?」


リリア「それもそうだねー。ちぇー」


ゲルト「はあはあ……ところで何だかいつもより長いですね」


リリア「うん、今日は三十部記念特別版! なんだよ〜! というわけで、最近のシリアス展開についてどうなのかなって話をしようか」


ゲルト「……ずっと序盤の緩いノリで行くと思って楽しんでいた読者は『対の勇者の日』あたりで『ん? なんだこれ?』ってなって既に撤退してると思いますよ」


リリア「いよいよ酷い事になってきたもんね……。もうちょっとすればまた学園の日々に戻ると思うけど、暫くは戦争してるわけだし」


ゲルト「ラブコメバトルファンタジーだと思って読んでいたのに裏切られて絶望した! という読者がいたならばここでお詫びいたします」


リリア「多分そういうのは作者的に無理があるから割り切ってあげてね!」


ゲルト「ではせめてこういうどうでもいいところで少しでも明るい話題を話しましょう」


リリア「あ! ねえねえゲルトちゃん、リリア連載直後に比べると強くなったよね!」


ゲルト「強くなりましたね。もうまるで別人のようですよ」


リリア「えへへ、もうへこたれ勇者なんて言わせないもんねー」


ゲルト「だというのに、わたしは弱くなる一方で……」


リリア「明るくない!? え、えーと……お後が宜しいようなので、今日はここまでで! 皆さん、読んでくれてありがとーっ!」


ゲルト「うう……。欝だ、死のう……」

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