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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
30/126

集う力の日(2)


「その……神威双対は、これ以上強くはならないのか?」


「強くなる」


俺の決死の願いにあっさりと応えながらメリーベルは欠伸を浮かべた。

アイオーンとの戦いで装甲が砕けてしまった神威双対はボロボロだった。どちらにせよ自分では修理が出来ない以上、メリーベルに頼むしかない。アイオーンの術式を受けて砕けてしまったのは俺の不手際もあるのだが、もう少し強くする事は出来ないのか? そんな風に欲が出てしまった。無理ばかり言っているのに申し訳なかったが、どうしても直ぐにでも強くなりたい理由も出来てしまったから。

手甲を手に取り砕けた装甲をじろじろと眺めるメリーベル。それからしばらくして溜息を漏らし、『まあこんなもんか』と小さな声で呟いて手甲を作業台に置いた。


「ナツルは、この武器を装備してどう?」


「どう……って、力が増す感じだ。実際この武器がなかったらあんなにアイオーンとも闘えなかったろうし」


「一つだけ勘違いをしているようだから言って置く。ナツル、この武器はナツルの魔力を上げるような代物じゃない」


首を傾げる。だが実際神威双対を装備すると力があがるのだ。実際素手でフェンリルに殴りかかった時の手ごたえは殆どなかった。手甲があってこそ、防御も攻撃も可能になる――それが俺の見解だった。しかしメリーベル曰くそれは間違っているという。


「神威双対は、あくまで魔力を制御する効果しかないの。むしろ、これを装備すると強引な魔力制御のせいでナツルの魔力そのものは下がってさえいると思う」


「そう……なのか?」


「ナツルは誰にも追いつけないほどの魔力を持っている。でもそれはあんたの周りをふわふわ漂う水蒸気みたいなもの。ふわふわ、そこらじゅうに撒き散らされて形にならない。神威双対はその水蒸気を集めて水にして、それを氷にして腕の周りに留めるだけ。救い切れない魔力は消滅してしまうし、実際それだけでナツルは厳密には強くなったわけじゃない」


「でも、神討つ一枝の魔剣レーヴァテインは?」


「それも殆ど何もしてない。ただ集めた魔力を放出できるっていう術式を組み込んであるだけ。必殺技と呼ぶにはちょっと物足りない、ただの魔力パンチだから。それでもあれだけの威力が出るのは、文字通りナツルだから。一般人が装備した所で、この武器はちょっと頑丈な手甲くらいの意味しかもたない」


それを俺はまるで凄まじい武器を手に入れたように思っていたわけか。そう考えるとちょっと恥ずかしいな。しかしそれだけ膨大な魔力を凝固させる力を持つこの武器そのものは高い技術で作られている事は間違いない。

要は俺に足りないのは自らを律する能力なのだ。それがないから武器に頼って制御するしかない。制御だけに術式を使うから、それ以上のものは付加出来ない――。それがメリーベルの返答だった。


「この武器は魔剣や聖剣の類とは異なる、非常に回りくどくて初歩的な武器。ナツル以外では全く意味がない」


「でもこれを装備してからこう、電気とか出せるようになったんだが」


「あえてこの武器の優良点を上げるとすれば、この武器を装備して魔力制御を常時行っていれば、飛躍的にその技術を高める事が出来るって事。呼吸するように常時身にまとって無意識に制御を行っていればナツルの身体がそれを覚えこむ……。電撃が出せるようになったのは武器の効果ではなく、ナツルが成長したから」


両手を合わせ、ゆっくりと離す。手と手の間に走る電撃は既に意図的に制御できるまでに至っていた。神威双対が無くても出来るのだから、実際その通りなのだろう。

メリーベルは俺の苦手な面と俺の得意な性能を理解してその両方に対処できる武器を作ってくれたということなのか。そう考えるとなんとも頭が下がる。全く持って俺向きの、俺以外には意味のない装備だったんだな。


「魔剣、聖剣の類は刀身を魔石や精霊石の類の物で構築しているか、教会で何日もかけて聖儀礼式を行っている洗礼物。通常存在する武器とは格式が違いすぎる。ナツルの言う強化が聖剣、魔剣に匹敵する物に、という意味であるならば、現段階では不可能と返答するしかない」


「そうか……そうだよな」


現段階で出来る全力を尽くしてくれたのだ。強くなれる可能性はあっても、そう今すぐ強くする事は難しいだろう。

元々そこまで期待していたわけではないが、落胆は少なくなかった。武器に頼る考えが既に甘いのだろうが、実際に戦争が起きてしまった今となっては少しでも力の底上げがしたかったのだが。

そんな俺を前にメリーベルは部屋の隅にあったトランクを拾い、それを作業台の上に乗せた。黙って椅子の上に腰掛け、崩れた手甲の修理に取り掛かる。


「そのトランクの中身は夏流にあげる」


「中身は?」


「見てのお楽しみ。修理にとりかかるから、少し外してくれる?」


「ああ。時間はどれくらいかかる?」


「四時間もあれば充分」


俺は頷いてトランクを手に取る。重苦しい外見とは異なり、トランクは驚くほど軽かった。

メリーベルの真剣な横顔を眺めてそれに背を向ける。兎に角今は時間がない。俺は彼女に後の事を任せ、研究室を後にした。



⇒集う力の日(2)



『現在の戦況は、正直な所芳しくありません』


学園に急に呼び戻された俺たちを待っていたのは、現実味の無い急激な戦況だった。

南に行っていた俺たちにはあまり自覚の無い事だったが、世界は大きな混乱の中にあった。北の都市では既に何箇所かが反乱軍に占領され、数千単位の死傷者が出ているのは間違いないらしい。

反乱軍というのは急遽名称付けられたもので、実際は北の小国バズノクを先導者とする、幾つかの小国の一斉蜂起である事がわかった。南にあるのは海だけなので、南の方から敵が来ることはないものの、クィリアダリアは完全に戦火に包まれつつある。

元々その傘下に様々な国を加えていたクィリアダリアの国土そのものはそう大きくはないが、自らの国を囲むように無数の支配下にある国を点在させている。その支配下の国が謀反を起こし――尤も、影の支配力は強かったが実際は独立した別国――反乱軍と名づけられた軍隊は聖都オルヴェンブルムへと一斉に進軍を開始した。

各地に点在する騎士団が応戦してはいるものの、突然の戦争に皆浮き足立っている。当然だ。十年もの間、誰もこんな戦乱が起こることを考えてはいなかったのだから。聖騎士団に匹敵する戦力が現れる事など、完全に想定外――。

嘗ての血みどろの争いを知っている熟練した騎士の多くは死に絶え、今は学園から排出された人と人との戦争を知らない聖騎士が殆どである。そういう騎士にとって嘗ての魔王と同じ軍隊を相手にするのは余程の苦労だろう。

そう、敵は魔王と同じ戦略を取っていた。武装した魔物の騎士を行軍させ侵略し、強引に物量で捻じ伏せる方法……。一体一体の戦力は聖騎士には及ばないものの、数倍の戦力で畳みかけ、押し流して行く。


『敵の物量は甚大ですが、一つ一つは所詮魔物です。学園の生徒なら撃退は可能。要するに、こちらも頭数を揃えれば勝利は不可能ではないのです』


実際他の国からの援軍も次々と到着しつつある。この戦乱は時間さえかければクィリアダリアが反乱を鎮火させて幕を閉じるだろう。だが、オルヴェンブルムが堕ちれば話は別だ。


『敵軍は他の主要都市には目もくれず真っ先にオルヴェンブルムに進軍しています。あの城を落とすのは時間がかかるでしょうが、落とされればそれでクィリアダリアの威信は地に落ちる。あの街はただの城下町ではなく、ヨト信仰という神の大義名分を抱く場所でもありますから』


敵の軍勢は未知数――。だが、膨大な数の魔兵を用意するのには当然膨大な時間がかかるという。つまりこの戦争は非常に計画的な、時間をかけて練りこまれた『力押し』……。


『魔物そのものは問題ではありませんが、それを指揮する何名か腕の立つ者がいるようです。百戦錬磨の戦闘力――リーダーさえ落とせば群は瓦解するでしょうが、それが問題でしょうか』


「想像以上に厄介な事になってるんだな……」


学園は騒々しさに包まれている。学園だけではない、シャングリラという街そのものが武装状態に入っているような錯覚さえ覚える。

各地には武装した生徒たちが出張り、騎士が護衛についている。学園内は忙しそうに戦闘準備を進める生徒たちが行き交い、混乱した状況下、こうしてアルセリアの説明をロビーで受けている俺たちが居る。

巨大な騎士の説明を受け、俺たちは息を呑んだ。実感がわかない……現実味のない言葉。戦争――? 現実の世界で生きていたなら絶対に自分の身に降りかかるはずの無い重さだ。

いや、絶対なんてない。多分きっと、そんなアンバランスな綱渡りをしながら俺も生きている。決して該当しないわけじゃない。誰でもそこから足を踏み外す可能性を持ってる。でも――いや、割り切るんだ。そうするしかないじゃないか。


『本城夏流。貴方には勇者二名を率いてオルヴェンブルムに向かって貰います。たった今この瞬間より、簡略的ですが階級を設け、貴方を小隊長に任命します』


「お、俺が!?」


『貴方が望むだけの戦力を集め、前線を切り開く特殊部隊としてください。部隊名は――そうですね。勇者部隊ブレイブクラン、ということで』


「ま、待ってくれアルセリ……いや、学園長! オルヴェンブルムに向かえって……いや、勇者部隊? なんでその小隊長が俺なんだ!? 俺はド素人だぞ!」


『決定は覆りませんし、結局勇者を最も効率よく運用出来るのは貴方でしょう、夏流。その為にここに居る事を忘れないでください』


連絡事項だけ淡々と俺に告げてアルセリアは背を向ける。他の生徒たちに呼び止められ、てきぱきと指示を下しているようだった。勇者部隊……? そんな事を言われても、俺が集められる『仲間』なんて――後ろに居るみんなくらいしかいないじゃないか。


「その、みんな……話、聞いたろ? 何か俺、小隊長になっちゃったみたいなんだ……。力を貸してくれないか? 信じられる仲間っていうと、今の所お前らしか俺にはいないんだ」


「安心しろよ、ナツル。俺たちも付いていく。フェンリルは『国を壊す』って言ってたよな? 直後この戦争だ……。前線にはあいつも出てるかもしれない」


アクセルの言うとおりだった。それは恐らく全員が共通して思っていたことだろう。故に誰も俺の言葉に反対はしなかった。願ったり敵ったり――ヤツに正面から挑めるチャンスなのだから。


「それじゃ、その……みんな準備もあると思うから、出発は明日にしよう。今日は全員疲れを癒して戦闘に備えてくれ。俺は他にもちょっと声をかけられるやつがいないか当たってみる」


みんなと別れ、リリアとゲルトだけが俺の前に立っていた。ゲルトは相変わらず浮かない様子で、リリアはそのゲルトの様子を心配そうに見つめている。


「ゲルト、大丈夫だ。魔剣は俺たちが取り戻してみせる。だからそんな顔するなよ」


「……取り戻すって……あのフェンリルともう一度刃を交えるつもりですか? 実力が違いすぎて、この間は全員でかかっても手も足も出なかったのに……?」


「ああ。次でダメならまた出直すさ。何度でも挑んで必ず取り返してやる」


ゲルトの肩を叩き、リリアに視線を向ける。リリアは優しげに微笑んで応えてくれた。ゲルトは両手を胸に当てながら、辛そうに眉を潜める。


「どうして……そんな事を? 貴方には、わたしの事なんて関係ないはずなのに……」


「ああ、関係ないな。でもお前はリリアの友達だ。大事な勇者の仲間だ。仲間を助けるのに、理由は要らない」


「……」


「――なんてな。本当は俺があいつをぶっ飛ばしてやりたいだけだ。だから別にお前のためなんかじゃない。自惚れるなよ、ゲルト?」


「なっ……! あ、貴方はっ!! ああもう、いいですよ! 好きにすればいいじゃないですか! 貴方、もう一度殺されてしまえばいいんです!!」


「おぉ、こわいこわい。その方がゲルトらしいぜ。な、リリア?」


「うんうんっ! ツンツンデレデレ、ツンデレデレ♪」


二人してにやにやしていると、ゲルトは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。リリアがその手を握り締め、俺に振り返る。


「ゲルトちゃんと準備を進めます。師匠、それじゃあまた明日」


「ああ。二人とも、忘れ物しないようにな。今度のは遠足じゃあないんだぞ」


二人の頭を両手で同時にぐりぐり撫でる。二人とも別々の反応を返し、去っていく。一人残った俺はポケットに両手を突っ込み、溜息をついて振り返った。


「いるんだろ、アイオーン」


「おや? 驚いたね、気づいていたのかい?」


アイオーンは目の前に突然現れた。こいつは多分、気配を消してるとかじゃない。普通に自分の姿を不可視にする魔術を使っているだけだろう……インチキ眼鏡め。

腕を組みながら俺の前に立ち、アイオーンは普段どおりの胡散臭い笑顔を浮かべる。全く、こいつの性格の悪さにもそろそろ慣れてきてしまった。魔力察知能力が上がった自分のお陰かな。


「アイオーンはどうするんだ? 今回の戦い、参戦するのか?」


「生憎ボクにはお呼びがかかっていないからね。基本的に、教師はボクに指図出来ないのさ。色々と事情があってね、ふふっ」


全く何者なのかわからないがもうこういうもんだと思うことにしよう。考えるだけ無駄だ。


「ていうかお前、この間の約束破ったろ。世界の滅亡がなんとか、世界の秘密だとか……そういうのお前、何も教えてくれないじゃないか」


「ああ、そういえばそんな約束だったね。ふふ、そうだなあ……一緒に食事でもしてくれたら考えてもいいよ」


「お前、この間も同じ事言って煙に巻きやがったろ……。ま、別にいいぞ。一緒に食事、するか?」


アイオーンは鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。何を驚いているのか知らないが、俺は首を傾げながら続ける。


「お前が嘘つきなのは、見抜けなかった俺にも問題はあるし。それにあの戦いは俺にとっては無意味じゃなかった。だから感謝してアイオーンと一緒に食事してもいいなって思ったんだ」


「――――どういう風の吹き回しだい? 君はボクの事を怪しんでいるはずだ。今回の反乱に何か加担しているのではないか、何て事を疑ったりはしないのかい?」


「しない」


アイオーンはそういう人間じゃない。多分だけど、そう思う。そもそもこの間の課外授業の時、アイオーンが街に着くより前に騎士は魔物になっていた。何かできるわけがないんだ。

だってそれまでアイオーンはずっと俺と一緒に話していて、俺の前を歩いていた。だからアイオーンの姿を見失った瞬間なんてなくて、彼女が何かをする時間もなかった。

今思えばアイオーンは俺に大切な事を気づかせようとしてくれていたのかもしれない。こいつの言葉がなかったら、リリアとの間にあった矛盾は今もどっかりと居座って判りあう事を邪魔していたと思うから。


「お前が胡散臭いのはわかってるし、もう一々行き成り現れても驚かない。でも俺はお前の事が嫌いじゃないから、一緒に食事するくらい構わないんだよ。この間は手加減までされちまったしな」


「……気づいてたんだね」


「当たり前だろ、限界突破者アンリミテッド。つーか、そうだな。一緒に食事しよう。自分から誘ったんだ、まさか断らないだろうな?」


「えっ? いや、ボクはその……夏流、あれは冗談で……」


「うるさいな。強くなりたいんだよ、俺は。強くなるコツを教えてくれ。飯はホラ、奢るからさ」


「な、夏流! ちょ、ちょっと……!」


アイオーンの手を取り強引に歩き出す。しばらくすると諦めたのか、アイオーンは俺の手を握り返して隣を歩き出した。


「君は少々強引過ぎる」


「なりふり構ってられない理由が出来たんだ。なあアイオーン、実際戦ってみてどうだった? 俺のその……ダメなところとかさ」


「そんな事を急に言われてもボクは分析者ではないし教師でもない。君の望むような応えは出せないと思うけれど」


「いいんだよそんなのは。ちょっと一人で特訓しても煮詰まってるんだ。ランキング一位の意見ってやつを聞かせてくれよ」


慌しいシャングリラの街。殆どの店が閉まってしまっていて、結局どこでも飯なんて食うところはなかった。

たまたま営業していた公園の小さなカフェでサンドウィッチとコーヒーを購入し、ベンチに腰掛けて齧る。アイオーンと二人で食事というのはどうにも妙な光景だ。

アイオーンは黙っていれば絶世の美女。流石に注目を集めるのか、道行く人は男も女も全員振り返っている。その視線を受け、アイオーンは平然とコーヒーを飲んでいた。


「なんか悪いな。こんなのしか売ってなくて」


「ボクの方こそ年下に奢られるとは思わなかったよ。君、これといって特に経済状況が安定しているわけでもないんだろう?」


「痛いとこ突くな……。まあ絶対金はなくならないが、必要分しかもらえないというか……」


「仕送りかい?」


「いや、そうじゃない。まあ色々あるんだよ。アイオーンは?」


「ボクは働いているよ。シャングリラの南に、ユーフォニウムっていうバーがあるんだ。そこでピアノを弾いてる」


「……お前が?」


「何だいその顔は……? こう見えても、歳は君たちよりは上でね。歌も歌ったりするけど、ボクは演奏する方が好きだな」


そう言って穏やかに微笑むアイオーンは普通の女性のように見えた。どこかあどけなく、子供っぽい横顔。何だかこっちも嬉しくなって笑ってしまった。

コーヒーを飲み干し、立ち上がる。午後の太陽は暖かくて、この世界が戦乱に飲み込まれつつある事なんて信じられなかった。


「戦争になれば、人を殺さなきゃいけないんだよな」


「そうなるだろうね」


「……嫌だな。自分がするのもそうだけど……その」


「リリアが人を殺す姿を見たくない、かい?」


見透かすような言葉に文句を言う為に振り返った瞬間、アイオーンの顔が目の前にあった。

アイオーンは俺の顔を両手で掴んで押えると、一瞬で唇を重ねる。何が起きたのかさっぱりわからないまま呆けていると、彼女は唇を離して怪しげな笑顔を浮かべた。


「やはりこういうのは性に合わないな。こういう健全な他人との付き合いは、ボク以外の人間にしてあげるといい」


「あ、あいおーん……。お前今、何しやがった……」


「キスだけど?」


口元を押えながらうろたえると、彼女は満足そうに笑いながら背を向けた。紅い服と髪を棚引かせ、燃えるような色合いだけ残して去っていく影。確かにそうだな、こんな子供っぽい付き合い方はあいつには似合わない。もっと孤高としていて、ぎらぎらしていて、胡散臭くて……。多分そんなアイオーンでいいのだと思う。


「って、話し聞きそびれた……。上手い事動揺を誘って逃げたな、あいつ……」


深々と溜息をつき、残りのパンを一気に平らげる。日はまだ高い。とりあえず、午前中にメリーベルにお願いしておいた神威双対を受け取りに行く事にしよう。

公園を抜けて研究室へ。メリーベルの研究室の扉を開くと、彼女は作業台の上で眠っていた。傍らには修理された神威双対が転がっている。


「……あちゃー……。無理言っちまったかな……。悪いな、メリーベル」


小さな声で謝ると、メリーベルは机に突っ伏したまま身じろいだ。神威双対を手に取り眺める。ばっちり元通り、もう魔法を無理に受け止めるのは止めるようにしよう……。毎回壊してちゃメリーベルに申し訳ない。

鎖につながれたそれを作業代に置き、メリーベルを抱きかかえてソファに移動させる。いつだったか一人で悩んでいた時、メリーベルに甘えさせてもらったのを思い出して苦笑が浮かんだ。

何だかんだでいつもこいつには頼りっぱなしだ。武器の事も、それ以外の事も……。思えば一番最初にリリアと向き合ってくれたのもメリーベルだった。俺たちの最初の仲間……は、アクセルなのか? 兎に角もうそれなりにいい付き合いだと思う。

ソファの上に転がし、タオルケットをかける。仕方の無いやつだ。部屋を見回すと既に散らかりまくっている。ゲルトがメイド解約してからそれほど日にちは経っていないはずなのだが、どうしてこう散らかるのか。

溜息を一つ漏らして片付けることにした。これくらいしてやらなきゃつりあわない。足元をぞろぞろ移動する猫たちが俺を見上げてくる。少しだけ静かにしてくれと言い聞かせながら片づけを終え、メリーベルの枕元に立った。


「戦争か……。なあ、猫たちよ。お前たちはどう思う?」


我ながら馬鹿げた事を口走っている。猫たちは俺を見上げ、わけがわからないといった様子で首を傾げている。まあ当然か。


「お前らのご主人様にもう少し部屋を片付けるように言ってくれないか? それから昼夜逆転生活をどうにかするように、ってな」


腰を落として猫たちに語りかける。猫はそっぽをむいてあちこちに散って行った。全くつれないやつらだ。

立ち上がって一息つくと、メリーベルが寝返りを打った。そうしてタオルケットを掴みながら、寝言を呟く。


「お……にい、ちゃん……」


メリーベルは泣いていた。その理由はよく判らない。ただきっとこいつにも色々あるんだろうと思う。

カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、一人でこいつは泣いていたのだろうか。そんな事を考えるとなんだかとても寂しい気がした。

自分の手をじっと見つめる。お兄ちゃん、という言葉に何かを思ったのかもしれない。眠っているメリーベルの頬に手を伸ばし、指先が涙を拭った瞬間、メリーベルは目を開いた。

俺が固まった状態でいると、彼女も動かなかった。至近距離で見詰め合ったまま無言で俺は手を引っ込め、それから苦笑いを浮かべる。


「わ、悪いな……。起こしちゃったか?」


「…………別に」


身体を起こし、メリーベルは自分で頬に触れ、涙に気づいた。それから顔をシャツの袖で拭い、深々と溜息を漏らす。


「どうしてここに?」


「武器を受け取りに来たんだよ。寝てたみたいだったから、勝手に移動させた。まずかったか?」


「そんなことはないけど……ふわぁ。今、何時くらい?」


「そろそろ夕暮れだな。疲れてるのか?」


「ん……まあ、少し。ちょっと急ピッチで作業を進めすぎたかな」


隣に腰を落としながら質問すると彼女は頷いて応えた。相変わらず表情の読めない顔。それが少しだけ恥ずかしそうに朱に染まり、メリーベルは目を瞑って問い掛ける。


「……もしかしてあたし、何か言ってた?」


「え?」


「寝言……とか」


しばらく考え込んだ。別に頷いても問題はないのだろう。ただなんとなく、ここは彼女のプライド的に首を横に振るべきだと思った。

メリーベルは俺の反応に一安心したのか、立ち上がってカーテンを開いた。斜陽が差し込む中、身体を伸ばして息をつく。


「そっか。なんかよく寝言言ってるから、また言っちゃったかと思っただけだから」


「そうなのか。って、あれ? そういえば猫たちがいない……」


「気を使ってくれたのかもね」


「何にだよ?」


「二人きりの空間を、ロマンチックに演出。夕日の差し込む研究室で、二人は見詰め合うのであった」


「ないない」


俺が肩を竦めるとメリーベルも笑った。そうして武器を受け取り、部屋を去る事にする。


「例のトランク、開けてみた?」


「ああ。あれなら確かに理論上俺は強くなるな」


「ん。倍になるはずだから。でも、あたしの言ったことを忘れないで」


武器はあくまで制御のみ。俺は武器に自分の魔力を食われている、ということか。

力のコントロールが出来るようになればもっと強くなれる。今はまだこのメリーベルのくれた力がなければ満足に戦う事も出来ないけど、でもフェンリルにもいずれは追いついてみせる。


「そうだ、メリーベル。俺たちオルヴェンブルムに向かう事になったんだ。よかったら手を貸してくれないか?」


「戦闘は専門外だけど?」


「そうだけど、武器とかアイテムを修理したり調達できるやつがいると楽だろ? いつシャングリラに戻ってこられるかもわからないんだし」


「んー……。まあ、考えとく。でもあんまり頼りにされると重いんだけどな」


「そう言うと思ったよ……。ったく、感謝の言葉は言わないほうがいいな」


「なになに? 言ってご覧?」


「いーわーねーえー」


「照れやさん」


「うるせえよ。じゃ、そういうわけで邪魔者は退散しますよ」


メリーベルが小さく手を振る。アイオーンも誘うつもりだったが、あいつは来ないだろうなあ……。

何はともあれ準備はまだまだ必要だ。出来れば防具も新調したいし。俺は夕暮れの町を一人歩き始めた。

これから起こるであろう、悲しい現実を覚悟しながら――。


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