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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第一章『二人の勇者』
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始まりの日(2)


「っとと……。帰って来たのか……?」


気づけば俺は現実の屋敷に戻ってきていた。急激に誇りっぽくなった空気に思わず咳き込み、一息付く。

隣には相変わらずいけしゃあしゃあとした様子でナナシが本棚から本を取り出し眺めていた。どうしてこいつはこう、最初から居ましたよ、みたいな顔でここにいるんだ……。


「どうでしたか? 物語に干渉したご感想は?」


「……って、言われてもなぁ。まあ、とりあえずあの子が無事に儀式を終えられて良かったよ」


「そうですか。じゃあ良かったじゃないですか」


何でお前他人事なんだよ。お前のせいでこうなってるんじゃなくて?

ナナシは本を閉じると一つしかない椅子の上に腰掛ける。それから本を俺に手渡し、シルクハットを胸に抱きながら微笑んだ。


「おさらいでもしましょうか?」


俺はしぶしぶ頷いた。ここいらで少し状況を整理しておかないと、後々ワケの判らない事になりそうだ。

本城夏流……つまり俺は、先ほどあの本の中の世界に入った、という事。その本は妹の本城冬香が作ったもので、冬香が生み出したストーリーに俺は干渉している、ということ。

俺の行動により登場人物の結末が変化し、世界も変わっていく。その案内人となるのがこの本……『原書』であり、そしてこのタキシード男件うさぎのナナシであるという事。


「……で、いいのか? まだちょっと正直よく判らないで混乱してるんだが」


「いえ、充分です。それにしても本当に落ち着いて居ますね? もう少しこう……な、なんで僕がこんな事しなきゃいけないんだ!? とか、そんな感じで喚くシーンではないですか?」


そんな事を言われても困る。正直ここに来たのは高校が冬休みで暇だったからという理由もある。勿論本命は……いや、それは考えないようにしよう。

理由はともあれ、別段ここから立ち去るような理由もまた見つからないのが事実。それに、冬香が作ったものに俺が興味を持たない方がおかしな道理だろう。

腕を組み、少々考え込む。しかしどちらにせよそう悪い状況であるようには俺には思えなかった。ナナシを正面から見つめ、俺は首をかしげた。


「喚こうが騒ごうが現実は変わらないだろ? お前は最初、『ゲームのつもりで楽しめばいい』と言った。俺はその通りだと思った。それ以上に理由がいるか?」


俺の言葉にナナシは微笑を浮かべて応えた。こいつが何を考えていたのかは……ぶっちゃけ謎である。

溜息をついて携帯電話のディスプレイを確認する。時間は先ほど本に入った時から数分しか経過していなかった。その様子を見て、慌ててナナシが付け加えた。


「ああ、中での時間はこちらにはほんの僅かにしか影響しません。中で何日も経過したところで、こちらでは関係のないことです」


「じゃあ、中で色々やってたら冬休み終わってましたハイ残念ってことにはならないんだな」


「そういうことですね」


なんともご都合主義だ。しかしまあそれくらいでないと面白くはないか。

振り返り、ナナシを見つめる。それから原書を手に取り、ページを捲った。


「次のシナリオが出てきてないぞ?」


「ああ、そうですね。それも含めてもう一度物語に干渉してみませんか? 色々説明しなければならないことはありますが、それは追々実際に見ながらした方が遥かに分かりやすいでしょうしね」


確かにそれもそうだ。ここでこの物語の設定だけ聞かされてもわけわからん。

というか、何故俺はこの本の事を忘れてしまっているのだろう。ついさっき読んだはずなのに、内容がぴくりとも頭の中で動こうとしない。

リリア・ライトフィールドが主人公であるという事以外、この世界の事について何一つ思い出す事が出来ないのは、俺がこの本をきちんと読んでいなかったからなのか。

いや、どちらでも構わない。そんなに気負う必要はない。俺はただ、知りたくてここに来ただけなのだから。


「どうすればいいんだ? 何も書いてなくても普通に入れるのか」


「ワタクシが同行していれば問題ありません。では、共に参りましょう。ホンジョウナツル様」


胡散臭い発音で自分の名前を呼ぶ男。その手を取り、俺は二度目の干渉を開始した。



⇒始まりの日(2)



「いてえっ!?」


何故こっちに来る時、まともな状態で目覚める事が出来ないんだろう……。

完全に背中から落ちた衝撃でまだ息苦しい……。しかしいつまでも倒れているわけにもいかないので身体を起こすと、そこには見た事の無いほど巨大な街が広がっていた。

それは完全にファンタジーの街並みだった。中央に聳える巨大な塔、それへ向かっていく上り坂にビッシリと立てられた建造物。石畳の上に尻餅を付いたまま暫くポカンと口を空けたまま停止した。

人通りはかなり多いが、誰も俺が無様にすっ転んでいるのを気にしたりはしなかった。それが多分都会というものなのだろう。そのあたりの乾いた心は現実と変わらないのか、とか考えながら立ち上がり、ズボンの埃を叩いて落とした。


「どこだよここ……。ナナシー? ナナシいるかー?」


ナナシの姿が見当たらない。案内人が居ない事に気づき、冷や汗が頬を伝う。

というか、なんだ。こんな所に行きなり放り出されても、俺一人じゃ何をどうすればいいのかサッパリわからないぞ……。


「な、ナナシー! どこいきやがったーっ!?」


やばい、まさか……高校生にもなって迷子!?

いくらなんでもかっこ悪いぞ……。というかなんであいつは案内役の癖に俺の傍に居ないんだ? 馬鹿なのか? それじゃ存在する意味がねえだろうが。

街は広すぎてわけわからないし、そもそもここがどこなのかもわからないし、ナナシはいないし、皆ガンガン歩いていって俺のことなんか眼中にないし……。

あれ、これ本当に迷子なんじゃないか? だんだん冷や汗が止まらなくなってきた。こんな所で俺、まさかこのまま永遠に……?

そんな不安を抱えながら腕を組み振り返る。するとすぐ目の前に見覚えのある知性の無い目がぱちくりしながら俺を見上げていた。


「うわ、ビックリした……」


「うわぁ? びっくりしましたか?」


口元に手を当てながら首を傾げたこの物語の主人公、リリア・ライトフィールド。ついこの間勇者の儀式を受けた彼女だったが、今でもどうやら元気そうだった。元気というかこう……成長してなさそうだった。

上から下までじっくりと舐めるように見やる。しかし色々な意味で成長していなさそうだった。


「あの〜……? 一ヶ月くらい前に、戴冠の儀式の時、勇者の指輪を拾ってくれた人……ですよね?」


一ヶ月前? つい数分前のような気がするのだが、どうやら時間の経過は現実世界とイコールではないらしい。

いや、当然か。俺は時間の概念は関係なく、物語そのものにアクセスしている状態にある。介入地点が違う以上、時間の経過は等価でなくて当然か。

等等考え込んでいるうちにリリアの顔は本当に目と鼻の先にまで近づいていた。慌ててのけぞると、リリアはにっこりと微笑んだ。


「やっぱりそうですよね? あの時の人とおんなじにおいがしますよ〜」


においで人を判別する主人公ってどんだけ。

まあ、隠すような事ではないし、隠したところで別に特はない。俺は素直に縦に首を振った。すると少女は目をきらきらと輝かせ、ぺこぺこと頭を下げ始めた。


「あの時は本当に本当にありがとうございました! お陰でなんとか……なんとか勇者になる事が……うぅぅ、もう死にたい……」


しかし途中でそのまま俯いてその場に両手を着いて落ち込んでしまった。何が起きたのかわからなかったが、恐らくあの短い一行の中で少女の心境に大きな変化が生じたのだろう……。


「そんな行き成り目の前で落ち込まれても困るからさ……せめて大通りではしゃんとしようよ」


「そうですね……そうですよね。こんな所にいるだけ私、迷惑ですよね……。リリアの存在が通行人の健やかな日常を阻害しているんですね……はうっ!」


面倒くさくなったので襟首を掴み、ずるずると狭い路地に連れ込んだ。そのままぐいっと引っ張ってその場に立たせ、顔をぐにゃぐにゃいじってしゃんとさせる。


「にゃ、にゃにをしゅるんでしゅか〜!?」


「そんなウダウダしててもしょうがないだろうが……。というか、こっちはそれどころじゃないんだよ、忙しいんだ。お前、この辺でこう……シルクハットを被ったうさぎを見なかったか?」


「え、そんな可愛いうさぎ居ませんよ〜。ファンタジーじゃあるまいし〜」


お前この話の趣旨理解してる?

へらへらしているリリアは何故か立っているだけで幸せそうだ。こういうお脳に生まれる事が出来たら俺もさぞかし幸せだったろうが、なりたいとは思えない。

兎に角今はナナシと合流しなくてはならない。それが最優先であって当然だ。こんな所に一人放置しやがってあの野郎……絶対あとで耳引っ張りまわしてやる。

というか……今更ながらに気づいた。目の前にこの世界の住人がいるじゃないか。わからないならこいつに訊けばよかったんだ。

物凄く単純な事に気づき、俺は一人で勝手に納得して頷いた。小首を傾げているリリアの肩を叩き、表通りを指差した。


「リリア、ここってどこなんだ?」


「ここはどこ、って…………へっ? どこだかわからないのに道端でお昼寝してたんですか?」


こいつ……。俺が倒れてたところから見てやがったのか……。

ていうか昼寝じゃないし……こいついつまでそのネタ引っ張るつもりなんだ。ああ、こいつふざけてるんじゃなくて至って真面目なのか。俺が間違ってるのか。


「ここは学園都市シャングリラですよ? 英雄学園ディアノイアを中心に構成される、聖クィリアダリア王国が誇る要塞都市です」


行き成り横文字の地名が三つ出てきて俺は眉間に皺を寄せる。その俺の態度が怒っているかのように見えたのだろう。リリアは急に口をぱくぱくしながら目を涙で潤ませた。


「なんで怒るんですかー……。リリア、質問に答えただけですよぉう……」


「怒ってない……怒ってるんじゃなくて、何だかわからないんだよ……。つーかそんなことでいちいちビビって泣くな! 勇者だろうが!」


「ふぁ、ふぁい……ひぐ……っ」


ああもう! いらいらするっ!

こんなナヨナヨした奴が主人公? 勇者? 何を考えてこいつを生み出したんだ、冬香は……。こんな奴どうやったって途中で挫折して終わりじゃねえか。

何かを決めて貫くのにはそれ相応の強さがいる。こんな奴が勇者じゃ、この世界の行方は暗澹が立ち込めているな……。

こっちがいらいらしている間にもリリアは涙を袖で拭い、唇を噛み締めてじっと我慢していた。場所が場所だけあって、まるで俺が苛めているみたいな状況になってしまったが……。


「あ〜。不良が女の子苛めてる〜」


背後からの声にどきりとして振り返ると、シルクハットにタキシードの胡散臭い男が俺を見ながらニヤニヤしていたので何も考えずに蹴り飛ばした。

男が石畳の上に転がると、その頭を靴で踏みつける。その様子があまりにも怖かったのだろう、リリアはまた涙を流しながら壁にすがり付いて首を横に振っていた。


「ぎにゃ〜〜っ! なんでそんな通行人をいきなりしばくんですか〜〜!?」


「しばくって……つーかこいつ俺の知り合いだから。おいナナシ、てめえよくも人を放置してくれたな……」


「いえ、だから……色々下準備が、ですね……。あなた本当に救世主やる気あるんですか……? 無力な人間を踏みにじって楽しいですか……?」


確かにこのままで会話もままならない。足を退けるとナナシは立ち上がり、顔面に靴跡をくっきりと残したまま深々と溜息を漏らした。


「全く、ナツル様はもう少しおおらかな心を持つべきだとワタクシは考えます」


「なつ、る? 不思議な名前ですね?」


確かにリリアの言うとおり、こっちじゃ妙な名前だろう。そもそも向こうでだってそう居る名前じゃないだろうしな。

それになんというか……女みたいであんまり好きではない。腕を組んで背を向けると、リリアはにこにこ笑いながらもう一度俺の名前を口にした。


「なつるさんっ」


「何だよ……」


「えへへ、なつるさんって女の子の名前みたいで可愛いですね!」


思い切り睨み返すと、リリアは笑顔のまま停止した。体が小刻みに震えている様子を見ると、あまりの恐怖に硬直してしまったらしい。

眉間に手をやり首を横に振った。どうしてこんなやつに会ってしまったのだろう。そればかりが疑問として頭の中で繰り返される……。


「で、ナナシ……。下準備って何してたんだ?」


「ええ、まあ。それは移動しながらお話しましょう。ここから見える街の中心部、ディアノイア目指して真っ直ぐ行きますよ」


英雄学園ディアノイア、だったか? 天高く聳える塔、それがその学園だというのだろうか。とりあえず振り返ってリリアを見ると、路地の隅っこに膝を抱えて丸くなっていた。多分本人なりの自衛なのだろう……。

いつまでもあれに構っていては話が進まない。俺はもうどうでもよくなったので、ナナシの背中を押して路地を出た。


「あの子、ほっといていいんですか?」


「いいよもう……。それよりお前、こんな所まで連れてきておいてくだらない理由だったらぶっ飛ばすからな」


俺達はリリアを置いて歩き出した。ディアノイアへと続く大通りは一本道で、ひたすらに真っ直ぐ坂道を登っていく。

街を覆う巨大な城壁も、中心に聳える塔も、その街並みは全て俺にとっては未知の存在だった。自分が全く知らない世界の中に居るという事を実感すると、少しだけ気分がわくわくしてくるのを感じる。

ナナシと共に歩き続け、たどり着いたのは巨大な塔を囲むように存在する文字通りの学び舎だった。沢山の生徒たちが出入りする門の前に立ち、ナナシは腰に手を当て振り返る。


「さて、何から説明したものでしょうかね」


「とりあえずこの街が学園都市シャングリラで、ここがその中心部の学園ディアノイアだってことはわかった。他に説明する事はあるか?」


「では、この学園がどういった学園なのか説明しながら歩くとしましょう」


英雄学園ディアノイア。

聖クィリアダリア王国が誇る、兵士養成学校。

この世界に存在する様々な技術を学び、様々な分野で秀でた人材――所謂後世に名を轟かせるほどの名誉を持つ人物、英雄を生み出すのがこの学園の目的らしい。

様々な学問と様々な武芸に通じた一流の教師たちによる超エリート学校。この学園から誕生した英雄は数知れず、この世界に存在する教育機関の中では図抜けたレベルを誇る。

そんな話を聞きながら学園内の中庭を歩いていく。塔の周辺に作られた水路が学園中に張り巡らされ、木々は生い茂り古びた校舎の壁を侵食している。

光を浴びた水しぶきが生徒たちの姿を霞ませ、吹き抜ける風が頬を撫でて行く。まるで御伽噺の世界に迷い込んだような――いや、実際その通りなのだろう。文字通りその場所は、自然に囲まれた美しい学園だった。


「俺をここに連れてきたという事は……」


「ええ。お察しの通り、この英雄学園ディアノイアはリリア・ライトフィールドが通う場所でもあるわけです。彼女はここの勇者学科で日々鍛錬しています」


「そんな学科があるのか。まるでファンタジーだな」


「まるでではなくファンタジー、ですよ」


校舎に入ると巨大なエントランスに出た。そこから伸びている螺旋階段を上り続け、最上階にまで移動する。

そこには扉が一つだけぽつんとあり、両開きな巨大なそれを開くと、そこには塔からの眺めが広がっていた。

遥か彼方まで続く草原と吹きぬける風が生み出す緑の波。街中で巨大な風車が回転し、ゆっくりと風羽の軋む音が聞こえてくる。

穏やかなメロディのようなその音色の中、正面にあるデスクに全身を甲冑で包み込んだ人物が座っていた。ナナシは帽子を脱いでその人物に小さく会釈した。

鎧の人物は席を立ち、こちらに歩いてくる。ずんずん歩いてくる。そこでようやく俺は違和感に気づいた。


「……いや、なんかさ……でかくねえか?」


余りにもこの最上階が広すぎて気づかなかったのだが、遠くから歩いてくる鎧はとても大きかった。2メートルは余裕で飛び越えてしまっている巨大な図体の鎧……恐らくあの机も物凄く巨大だったのだろう。遠いと判らないが、近づいてくると思い切り見上げ無ければ成らないほどだった。

完全に圧倒され、表情が引き攣る俺。それに対し、ナナシは全く以って余裕と言った表情だった。二人は知り合いなのか、会釈だけで挨拶を済ませてしまった。


『貴方が、本城夏流ですね?』


更に俺が驚いたのは、その声がとても可憐な少女のものだったということだ。でかい鎧の見た目からは怪物みたいな図体の巨漢しか想像出来ないのだが、聞こえてきたのは俺よりも年下なのではないかと思えるほど幼く、そして優しく威厳の在る不思議な声だった。

巨大な鎧は俺の前で肩膝を着く。しかしそれでも俺よりも高さがあるというのが驚きだ。鎧の中の様子は全く窺う事が出来ないが、とりあえず俺の事は知っているようだった。


『大丈夫、私は貴方の味方です。貴方がこの世界の外から来た救世主であるという事も、貴方がリリア・ライトフィールドを救わねばならないという事も、既に聞き及んでいます』


「それは……いいのか?」


ナナシに視線を向けると、頷いて歩き出す。二人が知り合いならば、俺の存在を知っていても別におかしくはない……おかしくはないのだが。

二人に続いて机まで移動する。するとやはりそれは超巨大だった。同じく巨大な椅子の上にどっかりと腰掛け、鎧は腕を組んで俺たちを見下ろす。


『自己紹介が遅くなりましたね。私はこの英雄学園ディアノイアの学園長、アルセリア・バフラム。貴方の協力者です』


「……知ってるみたいだけど、本城夏流だ。残念ながら肩書きはただの高校生だよ」


『件、救世主……そういう自覚が芽生える日もそう遠くはないでしょう。単刀直入に本題だけお伝えしたいのですが、宜しいですね?』


頷いた。どっちみち、うだうだ説明されてもわからないだろうし。

鎧……いや、彼女は頷いてすぐに話を始めた。それは俺にとっても興味深い話だった。


『この世界は本城冬香という一人の人物の手で生み出された……その事実を知っているのは、恐らく私とそこの彼くらいのものでしょう。そして夏流、貴方は私たち以外の人間にそれを知られてはなりません』


まあ、当然だろう。異世界からやってきた人間……世界の創造主の兄にしてこの世界の運命を変え得る存在。言い換えればそれは神にも等しい。

そんな存在が居る事が分かれば、どんな影響を齎してしまうのかも判らない。この世界で生きるのが現実である彼女たちにとって、その混乱は望ましくないものだろう。


『貴方は他の誰にも感づかれず、リリアを勇者として一人前に育てなければならないのです。その為に手っ取り早く、貴方はディアノイアの生徒の一人になってもらいます』


「まあ、そうなるよな」


学園の生徒に一番効率よく近づくには同じ学園の生徒がいいのは当然の事、ここに居ればこの世界の事ももう少し判ってくる事だろう。

それに何より事情を知っている人間の膝元で行動できるのはありがたい。学校に通っている事がわかれば、当ても無く『なんとか立派にする』何てわけのわからない手段ではなく、『立派に学校に通わせる』とか、もう少し具体的にやるべき事も見えてくるはずだ。


「それにしても、一つだけ訊いてもいいか?」


『何でしょう?』


「俺がリリアを立派に育てられなかったら、その時はどうなるんだ?」


結局、その質問にアルセリアが答えてくれる事は無かった。

だがまあ、大体の想像は付く。そういうルールのゲームなら、それが叶わない時点で決まっている結末は一つだけだ。

協力を約束してくれるというアルセリア。彼女の協力を得て、俺は少しだけこちらの世界での活動がしやすくなったことになる。

もうじき学園への編入手続きが終わり、俺も自由に学園を出入り出来るようになるだろう。そうすればまた、こちらの世界に馴染みやすくなる。

坂道に広がった芝生、風車の膝元に寝転がって俺は空を眺めていた。広い、青い、空。傍らにナナシは立ち、俺に問い掛ける。


「なんだか浮かない表情ですね」


「……まぁな」


何だか全てが上手く行き過ぎている気がする。

いや、問題はこれからか。あの弱虫な女の子をどうにかして立派な勇者に育てる。

育てる、か……。そんな偉そうな事をする資格が、俺にあるのだろうか。

ごちゃごちゃ考えていても仕方がない。頭を振り被り、立ち上がる。


「で。俺は次に何をすればいいんだ? 案内役」


とりあえず今はこの話を楽しむだけだ。

それ以上の事は……あとで考えればいい。俺はそう自分に言い聞かせ、原書を手に取った。

そうして胸の中にしまいこんだ幾つかの疑問が、後の自分を苦しめる事になるとは知らない

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