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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
28/126

夏休みの日(3)

「フェイトの死の真相は、今となっては全て闇の中だ」


古い洋館の一室。錬金術師は語る。


「彼は聖なる者ではなかった。我々もまた然り……。故に我らの行いに正義は無く、この世の中に平穏も無き。その手を血で汚して得られる物など、所詮は限られている。そこに夢や願望を持ち込むのは人間の勝手な理屈だろう?」


「この世界に生きる限り虚幻とは目を反らさずには居られまい。それは拙者も同じ事……君はどうだ? 君は君の幻想を超えられるのか?」


草原の上、太刀を携え剣士は語る。


「我々の行いは所詮輪廻転生、神の掌の上だ。森羅万象また然り。では我らの行い一つにどんな意味がある?」


「師匠が結局何を求めていたのか、だって?」


学園の教師、炎の戦士は語る。


「さあな。それを考えるのも、多分俺たちに出された宿題なんだろうぜ」


「では、貴方は世界を壊して満足ですか?」


大聖堂騎士、巨大な鎧の向こうで彼女は語る。


「貴方の望む答えは、そこにあるのですか?」



⇒夏休みの日(3)



勇者の放った剣の輝きは大地を吹き飛ば木々を吹き飛ばし美しい花畑を吹き飛ばし、一瞬で炎で包み込む。熱に浮かされるような幻想的な景色の中、勇者は聖剣を握り締め鋭い眼差しで騎士を見た。

フェンリルはリリアの視線の彼方、肩に手を当て佇んでいた。その手の内側からは血が滲み、折れた甲冑の隙間から痛々しい傷口が露出している。


『…………聖剣の力か』


傷口を癒す回復魔法。フェンリルは腰に携えていたロングソードを抜く。リリアはそれを待たずに駆け出し、銀色の光を帯びた剣を騎士に叩き付けた。

轟音が鳴り響く。突風が吹き荒れる中心地で二人は剣を交えていた。リリアは空中で剣を振り回しながら回転し、体重ごと剣で斬りかかるような猛々しい動きでフェンリルへと怒涛の猛攻を仕掛ける。

その一撃一撃に込められた圧力は半端ではない。以前リリアがゲルトとの決闘の時に見せた力の倍――いや、それ以上の力が込められていた。燃え盛るような魔力の流れを惜しむことなく放出し、衝突する度に閃光する剣戟――しかしフェンリルは片手でそれをいなしていた。


『火力だけは大したものだが……技術が伴わない』


剣をいなし、無防備になったリリアの腹部を蹴り飛ばす。


『意思が伴わない』


よろめくリリアの顔面を鷲掴みにし、大地に叩き付ける。


『決意が伴わない』


頭部から噴出した血がリリアの顔を伝う。空中に放り投げた小柄な身体を前に、フェンリルは魔力を込めた蹴りを放つ。


『何より――――圧倒的に実力が伴わない』


「うあっ!?」


深々と靴がリリアの胸に突き刺さった刹那、炸裂した力がリリアの身体を遥か彼方へと吹き飛ばす。

空中を旋回し、崖から落ちそうになるリリアをゲルトが抱きとめる。衝撃を殺しきれず二人してもみくちゃになりながら地面を転がり、ぎりぎりのところでかろうじて停止する事が出来た。

血を吐くリリアの髪が銀色から栗毛色に戻り、苦しそうに呼吸を乱す。リリアがあそこまでの力を発揮した事も驚きだったが、何よりもゲルトは目の前の仮面の男が恐ろしかった。

禍々しい、全てを憎しみ食らうような魔力。それはあのリリアでさえ一瞬で撃退し、たった片手に構えた一振りの剣で――魔剣でも聖剣でもない、どこにでも売って居そうなただの剣で、しかもそれさえ使わずに格闘だけでリリアを下したのだ。

力のレベルが違いすぎる。しかし何よりも恐ろしかったのは――その男が放つ殺意にもにた魔力に、覚えがあったから――。


『――ちっ。安物の剣では持たないか』


フェンリルの手にしていた剣に亀裂が走り、バキンと音を立てて砕け散る。剣を投げ捨て、フェンリルが一歩前進する。ただそれだけで怖くて仕方が無くて逃げ出したくなった。

リリアだけは殺させない――決意にも似た心が自然とリリアをぎゅっと抱きしめた。気を失っているリリアに回復魔法をかけるまで気は回らず、しかし動転した状態でもしっかりとその手は離さない。

一歩一歩、騎士はゆっくりと近づいてくる。伸ばした指先が巨大な悪意のように見える。捕まったら殺される――否、それよりももっと、恐ろしい事になる――。


「う……っ! ううっ! うわああああああっ!!」


魔剣を手にゲルトは駆け出した。リリアだけは殺させない。リリアだけは傷付けさせない。リリアだけは絶対に守りたい――。願いを込めて振り下ろした剣、しかしそれはなんの防御動作も取らないフェンリルの肩に当たって情けない音を立てて沈黙した。

刃先は一ミリだってフェンリルを傷付ける事はない。甲冑さえ砕けず、ただフェンリルが常時纏っている魔力の障壁に当たってそれで終わりだった。魔剣はうんともすんとも答えない。残ったのはただどうにもならない状況と、激しい自分への絶望だけだった。


『魔剣が使えないのか』


フェンリルは魔剣の刃を握り締める。ゲルトの腕を蹴り飛ばし、魔剣を自らの手で構えた。瞬間、フレグランスに魔力が灯り激しく魔力を渦巻かせ、大気を焼くような闇の魔力が迸った。

契約者でもないはずのフェンリルが手にした魔剣――しかしそれはゲルトの知る魔剣よりもずっとずっと激しく昂ぶっている。その事実にゲルトは涙を流しながらただ震える事しか出来なかった。


『――――ちっ。下らんガキめ……死んでゲインに詫びろ』


魔剣が振り上げられる。ゲルトが悔しげに唇を噛み締めながら目を閉じたその瞬間だった。遥か彼方より飛来した矢が魔剣を弾き、凍てつかせる。

フェンリルは直ぐに継続されている矢による攻撃に気づき、片手で矢を弾き飛ばす。しかし魔剣を大地ごと氷結させる弓矢の攻撃に忌々しげに舌を鳴らした。


「ゲルトォオオオオ――――ッ!!」


ゲルトの名を叫びながら駆けて来るのはアクセルだった。その後方から断続的に矢を放ち牽制するベルヴェール。先行するアクセルの後方、走るブレイドの姿があった。

氷の壁がゲルトとフェンリルを分断する。片手を翳し、矢を魔力障壁で完全消滅させるフェンリルに、アクセルが斬りかかる。

二対の刃が交互でフェンリルに襲い掛かる。風を帯びた鋭い剣筋をフェンリルは魔剣で受け続ける。


『ほう。ガキにも腕の立つのが居るようだな』


「挟撃するぞニーチャン! うおおおおおおっ!!」


切り結ぶアクセルの後方からブレイドが大剣で斬りかかる。その剣を片手で受け止めつつ、フェンリルはアクセルを相手にする。その場から一歩も動かず、アクセルの素早い攻撃をすべて片手で弾いていた。


「何やってんのよアクセルッ!! 片手で遊ばれてるわよっ!!」


「知るか! こいつ腕が尋常じゃねーんだよっ!!」


大剣ごとブレイドを持ち上げ、それをアクセルに叩き付ける。片手で一瞬で詠唱を終えると、フェンリルの掌には黒い球体が生まれていた。

放たれる闇の弾丸は大地を根こそぎ削りながら全ての物を吸い込み続ける重力球。よろめく戦士二人の前に出たベルヴェールが詠唱を行い、魔術障壁を発生させる。

一枚張った障壁が一瞬で崩れ、もう一度シールドを張りなおす。それもまた時間が過ぎて消滅し、三枚目のシールドを張った時、その壁を破ってフェンリルの蹴りがベルヴェールの顔を捉えていた。

悲鳴と共に吹き飛ぶ少女の背後で守られていた二人に魔剣が迫る。アクセルが剣を十字に構えて魔剣を受けた瞬間、サーベルは二つとも砕け散り二人は吹き飛ばされた。


『こんなものか……今の勇者の仲間パーティーは』


落胆した声でそんな事を呟き、フェンリルはゲルトに視線を向ける。ゲルトへと歩み寄ろうとその足が動き出した瞬間、電撃がフェンリルに襲い掛かった。

魔剣でそれを相殺するフェンリルの正面、いつの間にか近づいていた夏流の拳が迫る。何の武装もしないただの拳に魔力を込め、フェンリルの鎧に叩き込んだ。

吹き飛ばされ、しかし空中で体勢を立て直し見事着地するフェンリル。回復しきらない血だらけの姿で夏流はゲルトを守ろうと両手を広げた。


『そんなに死にたいか、救世主』


「言ってろ……。これ以上もう、一歩だってゲルトには近づけさせねえ……っ!」


『力の伴わない言葉はただの虚勢だ。命をもう少し大事にするように生きるべきだったな』


ゲルトを庇い、その身体を抱きしめて背を向ける夏流。しかしフェンリルの繰り出したフレグランスは二人を切り裂く事は無く、制止していた。


『…………いや、或いはお前が……』


フェンリルは小さな言葉で何かを呟いた。しかしそれは夏流にもゲルトにも聞こえていなかった。フェンリルは剣を引き、鎧を鳴らして背を向ける。


『その命、次の邂逅まで預ける。お前はお前のやり方で、運命に抗って見せろ』


フェンリルは去っていく。夏流はそれを見届け、ゲルトを抱きしめたまま気を失った。ただ一人だけ意識を保ったままその場に残されたゲルトは血だらけの夏流の倒れた姿を見つめ、ただ呆然と立ち尽くす。


「フレグランスが……」


フェンリルが手にしたまま、この場にもうその魔剣の姿はない。


「フレグランスが……っ」


嘆きの叫びを聞き届ける人間も、この場には最早存在しなかった。



「目が覚めた……?」


意識が戻ると、近くにベルヴェールの顔があった。その頬にはガーゼが当てられていて、女の子だというのにかわいそうに顔は酷く晴れ上がっていた。

恐らく散々泣いたのだろう。目を真っ赤にして萎れた様子のベルヴェールは身体を起こした俺を見て黙り込んでいた。自分がどこに居るのかを確認し、一先ずリリアの実家まで生きて帰る事が出来た事を知る。

俺の身体にはいたるところに包帯が巻かれており、上半身は裸になっていた。それを認識した瞬間現金に全身に痛みが走り、苦痛に歯軋りしながらゆっくりとベッドに倒れこむ。


「無理しないほうがいいわよ。アンタ、一番重傷だったんだから……。ほんと、何されたらあんなボロボロになんのよ……」


「……ははは。笑うしかないな……。ベルヴェールも、無事でよかった……いや、無事じゃないのか。ごめん」


「……ふ、ふん。まあ別にこんなの痛くも痒くもないけどね!」


強がりながら涙を拭うベルヴェールの様子に苦笑する。それよりも今は状況の確認が優先だった。


「アクセルとブレイドの怪我は大した事ないわよ。本当にずたぼろにやられたのはあんたくらいのもんね……。リリアは自分で自分に回復魔法かけてあっという間に元気になっちゃったし。あの子何者なの……? あの回復速度、普通じゃないわよ」


「さぁな……。ゲルトは……? ゲルトはどうしてる?」


ベルヴェールは気まずそうな様子で瞳を閉じ、首を横に振った。まさか、守りきれなかったのか。思わず飛び起きると全身に痛みが走り、慌ててベルヴェールが身体を支えてくれた。


「だから、無理しない! あの子自身は無事よ! ただ……」


ベルヴェールの話を聞き、俺は上着だけ羽織って部屋を飛び出した。隣の部屋に篭りきりになっているというゲルトに声をかけドアをノックする。しかし当然返事はなかった。きっと今彼女は勇者の資格を取り上げられ、どうしようもないほどの悲しみに呑まれているはずだから。

何度も彼女の名前を呼んだ。でも答えてくれない。結局守ってやれなかった。俺はまた、ドアをノックするだけなのか。情けない自分自身に苛立ち、拳を握り締める。


「だーかーらーっ!! 無理すんなって言ってんのがわかんないわけアンタ!? 丸一日寝てたんだから、急に動かないでよ!!」


「ま、丸一日……? くそ、他のみんなが倒れてないわけだ。俺はバカか……っ」


「だから、どうしてアンタそうなのよ!? 皆アンタの心配してたの判んないの!? 少しは……大人しくしててよ……ばか」


悲しげに呟いたベルヴェールの言葉に冷静さを取り戻し、気まずい空気が流れる。ゲルトは応えてくれない。だが無事なら一先ずはそれでいい。他の皆の事のほうが気になる。

二人で一階に下りると、リビングにはアクセルとブレイドが席についていた。流石に二階であれだけ騒いだのだから俺が起きた事は知っていたのか、何とも言えない申し訳なさそうな表情で手を挙げて迎えてくれた。


「二人とも無事か……良かった」


「それお前が言うかね……? しかしそっちも死にはしなかったみたいで良かったよ」


「ニーチャン、ごめん……。おいらたち、何も出来なかった……」


二人の申し訳無さそうな態度を見て俺も悲しくなった。謝りたいのはこっちのほうだ。俺は二人の一番近くにいたのに何もしてやれなかった。何一つ……。


「リリアは……?」


「リリアちゃんは朝早くにどこかに出かけたまま戻ってきてない。でも、少し一人にしてあげたほうがいいと思って放って置いてる」


「そっか……。そうなんだな……」


椅子に座り、俺は深々と溜息を漏らした。四人揃って暗い表情を浮かべ、そして俺は思った事を素直に口にした。


「俺たち……負けたのか」


その言葉が決定的に俺たちの状況を表していた。俺たちは敗北した。たった一人の騎士相手に何も出来なかった。ただ無様にやられて、ただ見逃してもらっただけ……。ヘタをすれば全員死んでいた。殺されていた。そんなのってあるのか?

あんな化物染みたやつが勇者の仲間……? じゃあフェイトやゲインはどのくらい強かったんだよ。いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。どうして勇者の仲間が俺たちに剣を向ける? どうしてそれと戦わなきゃならない? わからない……わけがわからない。

俺は椅子を吹っ飛ばして立ち上がった。じっとしていられなかった。みんなが俺を呼び止めるのも振り切って家を飛び出し、海に沈む夕日を見て今が夕暮れなのだと初めて気づく。


「リリア……っ」


砂浜を駆け回り、彼女の姿を探した。丘を駆け上がり、草原を走り、フェイトの墓の前へ。そこにも居ないリリアの姿に踵を返し、痛む傷に耐えながらリリアを探した。

リリアは昨日の戦いの痕の前で膝を抱えていた。夕日を浴びながら背を向けるリリアに駆け寄り、俺は背後で呼吸を乱しながらリリアを見つめる。


「リリア……!」


振り返ったリリアは笑っていた。いつもどおりのリリアだった。それに安心している自分とそうじゃないんだって叫んでいる自分、二つの気持ちがごっちゃになる。

リリアは照れくさそうに言葉を無くして胸の前で手を組んでいた。俺はそれを見て、笑い返すべきだったのか。今までの俺ならそうしたかもしれない。でも今の俺はそんな風に問題を先送りにはしたくなかった。


「泣いていいんだ、リリア」


顔を上げるリリア。夕日を浴びながら、瞳の中に朱色を溶け込ませながら、彼女は俺を見ていた。

近づいてその両肩に手を触れる。震えるその身体を掴み、じっと見つめる。俺は首を横に振り、彼女は身体を震わせながら、笑って泣いていた。

笑いながらただ涙を流し、黙って俺の前に立つ。その身体を強く抱きしめると、リリアは堪えていた物を一気に破綻させるかのように泣きじゃくった。

しばらくの間、俺たちはそうして抱き合っていた。夕焼けを背にリリアは大地に膝を着き、彼女が吹き飛ばした大地を眺めながら語る。


「どうして……お父さんの仲間と戦う事になるんでしょうか」


「……」


「どうして……どうしてなんでしょうね。笑っちゃうくらい、弱くて……。リリア、思ってなかったですよ。こんなこと……」


悔しそうに拳を握り締め、それを大地に叩き付ける。


「弱いって事が、こんなにも悔しいなんて……ッ!! 全然、思ってなかったんですようぅぅぅっ!!」


「リリア……」


「弱いから、守れない! 弱いから、何もっ!! 何も……何も、何もっ!! 悔しいよおおおっ!! 勝ちたいよおおっ!! 負けたくない! 負けたくない! 負けたくない、負けたくないぃいいっ!!」


何度も何度も拳を叩きつけ、血の滲むそれを気にもせず、リリアは小さな背中を震わせていた。俺はその傍に立ち、リリアの嘆きを聞いてあげることしか出来ない。

零れ落ちる大粒の涙が大地に吸い込まれて染みになって行く。リリアの血もまた同じ。傷跡はじくりと痛み、昨日の痛みを俺に思いださせる。でも何よりも痛いのは、仲間を守れずに無様に倒される自分自身なんだ。


「強くなりたいよおおおっ!! 強くなりたい! 強く、もっともっと強くなりたいっ!! 助けてよなつるさん……ねえ、どうしてこんなにリリアは弱いんですか!? どうして! どうしてっ!」


「お前だけが悪かったわけじゃない……」


「――――ッ! 気休め言わないで下さいっ!! ゲルトちゃんはリリアが守ってあげなきゃいけないのに! あの子はいつも一人ぼっちだから、リリアが救ってあげなきゃいけないのに!! リリアのせいじゃない……!? 何言ってるんですか師匠!!」


俺の胸倉に掴みかかり、リリアは俺を激しく揺さぶる。その表情は見るに耐えないほどボロボロで、俺は思わずきつく目を瞑った。


「師匠は、いいですよね……。師匠は、強いから……。師匠はそうやって、いつも! ねえ、そうですよね!? 師匠はいつも他人事なんだ! 師匠はいつも心が痛まないんだっ!! だからそうやって気休めなんか言えるんでしょう!? ねえ、何か答えてよっ!!」


「俺は……」


「どうしてそうじゃないって言ってくれないんですか! どうしてお前が弱いからだって殴ってくれないんですか!? ねえ、叱ってよ! 冷たい言葉でリリアも罵ってよ!! どうして優しくしたりするんですか!? どうして!!」


「違う……」


「そうやって師匠はいつも、リリアに触れてくれない……。いつもそうやって遠ざかる……。おかしいですか? 私がこうやってバカみたいにもがいている姿を見て、笑ってるんでしょう!?」


何も言えないまま、ただリリアは笑いながら泣いていた。夕日がその涙を輝かせ、気づけば俺も泣いていた。

零れ落ちる涙を止める術は何も思いつかなかった。ただリリアは俺の涙を見て力なく手を放し、それから両手をぶらりと垂れ下げて頭を俺の胸に押し当てて黙り込む。


「強く、ないんですよ……。覚悟しても決意しても簡単に砕けちゃう……。大事な物ばっかり崩れてしまって、壊れた硝子を一生懸命集めてるのに、両手ばっかり切り裂くんです。どうしたら痛みと一緒に歩けますか……? ねえ、なつるさん……教えてよ」


「ごめんな――リリア」


俺は今彼女に何もしてやれない。ゲルトもリリアも同じなんだ。何かを堪えて涙を堪えて必死で自分の勇者という立場を演じている。

世界が生み出したダンスステージで滑稽に踊り続ける糸で吊るされた人形のように。ただ顔に笑顔を貼り付けて嘆く事も忘れて、必死に強くなりたいと願っている。

そんなこの子にして上げられる事は何もなくて、俺はただ自分の無力を痛感させられる。守れなくて、届かなくて……。


「俺……もっともっと強くなるから……。お前だけ戦わせたりしなくて済むように、強くなる……! お前に信じてもらえるようになるからっ!!」


リリアは目に一杯の涙を溜めながら俺の言葉を聞いていた。俺はもうこれ以上何も出来ない。ただ今こうやって決意する事くらいしか出来る事はないんだ。


「だから……だから、お願いだから一人にしないでくれ。一人にならないでくれ……。俺を置いて行かないで……」


両足に力が入らなくてその場に崩れ落ちる。どうしようもないくらいリリアが遠ざかっていくのを感じてそれが怖くて仕方がなかった。リリアは膝を着く俺の頭を抱きしめて泣いていた。俺は彼女の小さな身体に縋るようにして泣いた。

自分の力不足に。この世界にある事に。リリアやゲルトが抱えている絶望に。どうにもならなかった昨日に。

ただ今は何も考えられないくらい悲しくて、ただひたすらに泣いていた。そうしているうちに日が暮れて、星が出て。月を見上げながら二人して倒れ込んでただ時間が過ぎていくのを感じていた。

花畑に倒れこみ、リリアと指を絡めたまま月を見上げる。風車の回る音と漣の音、静かな夜の空気が荒れた心を癒して行く。枯れ果てる暗い涙を流した後に残ったのは、ぽっかりとした喪失感と少しだけ晴れた空だった。


「師匠、あの……ごめんなさい」


「ん?」


「リリアの事……嫌いになりましたよね」


「そんな事はないさ。お前の方こそ俺が実は情け無い奴だと知って幻滅したろ?」


「そ、そんなことはないですっ! えっと、違うんです……多分、その……師匠はそれでいいんだと思うんです」


「何がいいんだよ」


「その……そういう弱さも師匠の一部で……だからやっと、心に触れられたんですよね?」


「…………そうなのかなあ。わかんないや」


深く息をついて目を瞑る。リリアの指先の感覚と風の音だけが世界の全てになる。どうすれば強くなれるんだろう。ただ戦う力だけじゃない。心もそうして強くなれるのだろうか。


「リリア、思ったのですよ。今のリリアがあるのは、師匠のお陰なんです。友達も仲間も、ゲルトちゃんとの事も師匠がいたから乗り越えられた……。だからきっとリリアは、師匠の事が大好きなのですよ」


瞳を開くとリリアは涙を流しながら隣で微笑んでいた。身体を起こしてリリアを抱き起こし、微笑みで応える。


「なんだかなつるさんは、リリアのお兄ちゃんみたいです」


「――――え?」


途端、ハンマーで後頭部をぶっ叩かれたような衝撃が襲いかかった。頭の中が一瞬真っ白になり、身体が震えたのが自分でも判った。

喉が渇いた。何か飲みたい。生唾を飲み込みながら視線を反らす。リリアの言った言葉を客観的に判断出来なかった。


「う? どうかしたんですか?」


「――いや、なんでも、ない……」


「えへへ。おにーちゃんって呼んでもいいですか?」


「それはやめてくれ」


自分でも驚くほどの即答、しかも冷え切った声だった。額に手を当てながら肩を振るわせる俺を見て彼女は驚いていた。そりゃそうだろう。自分でもビックリだ。

ああ、意識したくなかったんだ、俺は。きっと君が、彼女にそっくりだってことに。だから、気づきたくなくて……目を反らしたくて。そうか。逃げていたのは俺の方だったんだ。


「……なつるさん、時々そうやってすごく寂しそうな顔をします」


「え?」


「そういう時、『ああ、この人は本当はすごく独りなんだろうなあ』って思うんです。何かしてあげたいんですよ、リリアだって。守られているだけで居たいわけじゃない」


「リリア……」


「い、いいんです! 言いたくないことは、言わなくても……これから気が変わるのを、気長に、待ちます……! だから、せめてありのままの貴方で居てください。ありのままの言葉でリリアに触れてほしいんです。だめ……ですか?」


怯えるような、哀願するような瞳。俺はきっと今までにないくらい優しく笑う事が出来たと思う。


「取り戻そう。フレグランスを」


「はい――!」


二人して立ち上がる。月明かりの下、俺たちは結んだ手を暫く放したくはなかった。

そう、俺たちは仲間なんだ。同じ目的、同じ想いを共有し、共に歩んで行く――。今はそれでいいよね? 冬香――。



〜ディアノイア劇場〜


*犬は強かった編*



『妹属性十二連』


リリア「なつるさんのこと、おにーちゃんって呼んでいいですか?」


夏流「…………まあはっきり言っておくと、俺は妹萌えなんだ」


リリア「ぶっちゃけましたねー……。まあ、明らかにシスコンですもんね」


ゲルト「じゃあわたしもお兄ちゃんと呼びましょう」


ベルヴェール「じゃあお兄様って呼ぶわ」


アイオーン「じゃあ兄君とでも呼ぼうか」


メリーベル「えーと……あと何があったっけ?」


夏流「数が多ければいいってもんじゃないだろっていうかアイオーンは年上だろ」



『何小説なの?』


アクセル「しかしこの小説はどの世代狙ってるんだ?」


夏流「……まあ、ラノベだろ多分。狙いは……十代後半から、二十代前半くらいかな」


アクセル「ちなみに何小説なんだ? バトル? ラブコメ?」


夏流「え……? う、うーん……バトコメ」



『主人公の系譜』


アクセル「えー、第一回ー。この作者の主人公は何故みんなどっかヘタレてるのか、会議ー」


夏流「待て待て待て待て待てっ!! 何やってんだ!」


アクセル「黙れ策士っ!!」


夏流「……俺が何をしたっていうんだ……」


アクセル「なんか全体的にシスコン率高い気がするんだよね。他の主人公と被ってるんじゃないかっていうのはいつも作者の悩みらしいぞ策士」


夏流「そんな事を俺に言われても……。俺は今までの主人公に比べれば遥かに常識人だと思うんだが……」


アクセル「そんなこといってー。実はお姉さん殺してたりするんだろー。累計二回あったんだから、お前もそのタイプだろー」


夏流「そういう、ディアノイア以外読んでない読者に判らないネタはどうなんだ」



『悪夢』


夏流「今はこの繋いだ指先を離したくはなかった――」


アクセル「させるかーっ!! 何をリリアちゃんとイチャイチャしてやがる夏流っ!! くらいな!!」


夏流「ごほっ!!」


アクセル「お前ばっかり女の子と仲良くなろうなんてそんなの神様が許そうが俺がゆるさねえ!! ていうか犬はちゃんと夏流を再起不能にしていきやがれえええええっ!!」


(なんか妄想的な効果音)


夏流「はっ……夢か……」


ゲルト「いよいよ夢にまで出てくるようになったんですか?」


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