夏休みの日(2)
楽しい時間が過ぎて行くのは本当にあっという間だ。
昼間は皆疲れ果てるまで海で遊び、夜になると美味い飯を食ってまた騒ぐ。そうして夜も遅くならないうちに皆寝付いてしまい、俺は一人で砂浜に立っていた。
傍らには人の姿に戻ったナナシが立っている。うさぎ男はこの世界の書物らしき物を片手に月明かりを頼りに読み物をするという器用な行いをしていた。
海に吸い込まれた月の雫がエメラルドの色を照り返し、夜の闇の中でゆっくりと蠢く。漣の音を耳に、一人でぼんやりと今までの事を考えた。
リリアと出会い、そして沢山の仲間と出会った。ディアノイアという学園の中で俺は他の皆と一緒に様々な事をしてきたつもりだ。リリアを救う為、リリアを守る為……。
でも恐らくそういうのは全部本当の所自分の為で、他の思いは言い訳のようにも感じる。暖かい風の中思い返すのは昼間ヴァルカン爺さんに言われた言葉だ。
「遠慮しすぎ、か……」
言い返す事も出来ない。確かにそう、俺は遠慮をしすぎていたのかもしれない。リリアに触れる事も、みんなと関わる事も、この世界の住人ではない俺にその資格はないように思えた。
俺はもともとの世界でもそこそこ上手くやっていたつもりだった。友達だっていたし、学業もそこそこ優秀。体力は図抜けているし、兎に角日々に不満なんてなかった。もしあるとしたらそのたった一つの不満は、今俺が追いかけている冬香の残像が有しているのだろう。
兎に角俺は彼女の虚像以外には不満などなかった。俺は俺の、リリアたちにはリリアたちの世界がある。ここはもう物語の中だけの世界なんかじゃない。本当に存在する、この世界の人間にとっては確かなリアル……。
そんな世界で、俺は永遠に居る事は出来ない。たとえ時の流れが止まってしまっていたとしても、俺はここには永遠に存在できないのだ。どんなに近づいても彼女たちの存在が俺にとってそうであるように、彼女たちにとってもまた、俺の存在は虚像に過ぎないのだから。
「なぁ、ナナシ。いつまでこんな事を続ければ、終わりは来るんだろう」
「エンディングは人の数だけ存在します。物語が人の数だけ存在するように……。貴方の言う『終わり』という言葉は、恐らくそう簡単な答えを導き出せるようなものではないのでしょう」
「……そうだな」
終わりとはなんだろう? 明確な意味での終わりなら、物語には存在しない。それが紙上に描かれた空論だとすれば話は別……物語は最後のページを捲った瞬間明確な終わりを向かえ、そこから先に待つものは完全なる無、だ。
だが俺たちはどうだ。生きているのなら、そこに明確な終わりなんてあるのだろうか? 例えば勇者フェイトの生き様を一つの物語としたとしても、その彼の戦いの後には必ず続くものがある。永遠に繰り返される永久の営みの中、一つの物語が終わればまたそれを継ぐものが何かを語り紡いで行く。
俺は、何を以ってして物語の終わりを定義すればいいのだろうか。何をすれば『立派な勇者』とリリアを呼べるようになるのか。リリアの死がバッドエンドだとしたら、この世界そのものはどうなるのか。様々な矛盾や疑問が脳裏を過ぎっていく。
勿論答えは出ないしナナシも答えてはくれないだろう。そんな事は判っている。もう長い間現実の世界に戻っていない。いや、現実とはなんだろう。
結局は全てただの俺の主観に他ならない。風を受けるこの感触も潮の香りも、誰かに触れるこの指先さえも。なら現実と幻想の境界線はどこにある……?
「俺は、この世界にある『現実』を……世界を容易に変える、神のような存在でいいのか?」
それはこの世界で懸命に生きる人々に対し、度を越えた行いなのかもしれない。
冬香、お前はどうして俺をこんな世界に巻き込んだんだ? ここで俺に何を求めている? 俺に何が出来る? それぞれが演じる舞台の脚本の下、俺に任された役目が救世主?
違う。俺はそんなものじゃない。何も救えなかったじゃないか。なのにお前は俺にそれを求めるのか? 何も出来なかった俺に、救いを……。
「師匠、こんなとこにいたんですか?」
振り返るとリリアが立っていた。白いシャツに紺色のジーンズを穿く私服のリリアは俺の隣に立つと海に入った時のまま、後ろで纏めた髪をぴょこんと揺らしながら俺の顔を覗き込む。
「一人でぼうっとして、どうしたんです?」
「ちょっとな。昔の事とか思い返してたんだ」
「……昔の事?」
小首を傾げるリリア。俺は何も言わずに苦笑を浮かべた。彼女はそれ以上何も俺に問わず、俺の手を両手で握り締め、にっこりと微笑んだ。
「明日、一緒に出かけて欲しい場所があるんですけど……いいですか?」
「ん? 用事でもあるのか? 訓練じゃないだろうな? こんな時くらい、休んでおかないと損だぞ」
「違いますよう! 何でデフォで訓練なんですかっ! そうじゃなくて……兎に角、明日朝早くに待ち合わせですよ?」
楽しげに笑うリリア。俺はその笑顔に仕方なく目を閉じ、約束を取り付ける事にした。
そうして俺たちが向かう先で、あんなことになるなんて、その時は考えもしなかったから。
⇒夏休みの日(2)
朝早く、リリアに起こされて目を覚ました。準備も出来ないままほぼ起きたままの状態で家の外に連れ出されると、そこにはきっちりとした身だしなみのゲルトが立っていた。
二人だけでのお出かけだと思っていただけに少し意外だった。ゲルトは全身を覆うような黒いレースのドレスを着用している。昨日はアーマークロークだったが、流石に今日は私服らしい。
それにしても二人の私服はかなり対照的だ。リリアは俺が思っている以上に活発な格好をしているし、ゲルトは俺の予想斜め上に完全に深窓の令嬢と言った出で立ちである。
二人の私服を交互に眺める。でもこうしてみると確かに二人のイメージにピッタリだ。リリアは多分元々元気で活発な女の子なのだろう。そしてゲルトはどちらかというと内気な女の子……なんでアーマークローク着ると二人の迫力は逆転するのだろう。不思議だ。
俺も今日は私服だ。といっても普段から鎧やら正装を着込んでいるこいつらと比べればいつでも私服みたいなものだが。もともとの世界の服装……初めての魔力解放で破損したがリリアに直してもらった……を着用するのは久しぶりの事で、流石に手甲も置いてきてしまった。そんなもん装備している時間はなかったし。
「う? なつるさん、何を考え込んでるんですか? もしかしてまだ寝ぼけてます?」
「いや。そういえばリリアってスカート穿かないなあ、とか思って」
「なんかスカートって足がスースーしてやじゃないですか? リリア、おじいちゃんがあんなだから昔から男の子の格好が好きなんですよ」
「それに引き換えゲルトは完全にいいとこのお嬢様だな」
「……実際、没落とは言え貴族の娘ですから。それに……遺憾ながら普段からお洒落な格好をして居ないと、どこでどんな噂が立つか判りませんから」
流石は学園でも有名人。シャングリラじゃアイドルみたいな扱いだもんな。にしたってもうちょっとこう、動きやすそうなもんがないのだろうかと思うが。
半ズボンでとことこ小走りしていくリリアが向こうで手を振っている。俺とゲルトはそれに続いて早朝の街を歩き出した。
砂と砂利の道は流石にゲルトには歩きにくいようで、時々転びそうになる。そういう時手を取ってやると、ゲルトはばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
リリアに案内されて三十分ほど歩き続けると、しばらくして砂の景色から草原へと世界が変わって行く。きつい坂道を登っていくと、海を一望出来る場所に大きな墓があった。
石碑と言ったほうが正確な表現になるそれを前に、リリアは後ろで手を組んで複雑そうな表情を浮かべていた。何も言われずともわかった。それは彼女の父、フェイトの墓だった。
フェイトの墓の前には既に花束が供えられている。つい近い内に供えられたらしいそれは、昨日この街を訪れた彼の仲間がおいて行ったものだろうか。
風が吹き、揺れる木々。完全に昇りきらない朝日が夕焼けのように真っ赤に世界を染め上げて、三人揃って眩しそうに目を細めた。
「えへへ。実は、数年ぶりのお墓参りだったりするのですよ。なんだか一人ではここに立つ勇気が無くて……いつも、遠回りしてたんですね」
リリアは墓の前に腰を落とす。風がリリアの髪を撫で、俺はその後ろで黙ってその姿を眺めていた。朝日を浴びて立ち上がるリリアの背中に一瞬白い翼が見えるような錯覚が俺の中で渦巻く。しかしそれはきっとただの幻ではないのだろう。
光を背に微笑む少女は正に天使のようだった。振り返るとゲルトが目をきらきらさせていたので俺は黙って微笑みながら見なかったことにした。
「ゲルトちゃんにとっては、辛い場所だよね。無理に誘っちゃってごめんね」
「いえ……。わたしももう、この場所から……世界の事実から逃げられませんから。いつかは一度……ちゃんと、挨拶に伺わねばならなかったでしょう」
ゲルトはリリアの隣に立つ。黒と白のシルエットは光を浴びて揃って手を合わせ、祈りを捧げていた。神聖な様子のその景色の中に自分という不純物が混じってしまう事が嫌で、俺はずっと離れたところから小さく手を合わせた。
しばらく俺たちはそうしていた。時間が過ぎるのはあっという間で、やがて太陽は昇っていく。振り返ったリリアは複雑そうな表情で照れながら笑う。ゲルトもそれに釣られ、あどけない笑顔を見せた。恐らくその二人が本当の二人の姿で、ずっと昔から変わらないもののように俺には思えた。
「ゲルトちゃん、あのね。リリア、聖騎士団に入れるかもしれないんだ」
「えっ?」
初耳だったのだろう。ゲルトは心底驚いているように見えた。まさかここでそんな話をされるとは俺だって思って居なかった。だがリリアは遠慮なく言葉を続ける。
「この間の課外実習で魔物と戦うまで、勇者なんてお飾りの存在なんだと思ってたんだ。でも違う……。実際、お父さんが消しきれなかった悪夢はこの世界をまだ目覚めさせないままで、今も何の罪もない人たちが苦しんでる。突然やってきた終わりに悲しいって感じる暇もなく、命を奪われてる……そんなのダメだと思うんだ。だから聖騎士になって、それから勇者になって……この世界を、守りたい」
リリアの表情は決意に満ちていた。強い、とても強い眼差し。どんなに涙を流してもへこたれても、リリア・ライトフィールドは変わらない。それが彼女の強さであり、ゲルト・シュヴァインが憧れた本当の優しさだった。
しかし今のゲルトにその言葉と姿は酷だった。自分が今何の為に勇者に成りたいのかさえ判らず、魔剣も扱えなくなったというのに、リリアは嘗ての想いの強さを取り戻しつつある。対照的に進退する二人の心の脆さがくっきりと光と影のように浮き彫りになった。
「リリア、勇者になんか成りたくなかった。勇者なんてくだらないって思ってた。勇者になっても何もいい事なんか無い、救えることなんかない、って。でもそうじゃないんだね。勇者かどうかが問題なんじゃない。この世界を守る人間の一人として、どう行動するのか……それがきっと大事なんだと思うんだ」
「……リリア……」
リリアはゲルトの両手を握り締め、にっこりと微笑む。
「だから、ゲルトちゃんも一緒に騎士になろうよっ! 今、リリアは本当に勇者になりたいって思ってる。まだ弱くて力も無くて、まだまだゲルトちゃんには及ばないけど……でも、最初からその座を諦めてゲルトちゃんに全部任せたりしたくない。今はゲルトちゃんに勝ちたい――本当にそう思ってる。だから――」
「…………無理、だよ……」
ゲルトの声がリリアの言葉を遮った。ゲルトは視線を反らし、今にも泣き出しそうな顔でリリアの手を強く握り締めていた。
「わたし、リリアちゃんみたいに強くないよ……。わたし、だめだもん……。勇者になんて、なれるわけないっ!!」
「ゲルトちゃん……?」
「ごめんね、リリアちゃん……っ! ごめん、ごめんなさいっ!!」
ゲルトはリリアの手を振り解き走り去って行く。リリアがゲルトの名前を叫び、後を追いかけようとした。俺はその手を掴んで引き留める。
「なつるさんっ!? どうして!?」
「悪い、ちょっとだけ待ってくれ。後で全部話す。今はお前がゲルトの傍に……いない方がいい」
「そんなの関係ないよ!! ゲルトちゃんは大事な友達なんだよ! 大切な勇者仲間なんだよ!? いくらなつるさんがそう言っても、私はゲルトちゃんの手を離したくないッ!」
いつに無く真剣な表情で俺を睨みつけるリリア。俺はもう片方の手もしっかりと掴み、正面からリリアを見つめる。俺の願いを込めた眼差しを受け、リリアは少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「兎に角、今は任せてくれ……頼む」
「……なつるさん」
「リリアの気持ちは、あいつにちゃんと伝わってる。きっと痛いくらいに……。だから大丈夫だ。あいつはもう平気だよ。だからリリア、少しだけ時間をやってくれないか?」
「……どうしてですか? リリア……何か酷い事を言っちゃったんでしょうか……?」
リリアまで泣き出しそうな顔で俺を見上げてくる。俺はその頭を撫で、小さな身体をそっと抱きしめた。そうする意外に今自分の気持ちを伝えてやる事は難しいように思えたから。
言葉では伝わらないから、触れる事で伝えたい。リリアは俺の腕の中で静かに涙を拭き、頷いた。
「大丈夫だ。お前らは本当にいい友達だよ。約束する――ゲルトは傷付けない」
「信じても――いいんですか?」
いつだったか同じ質問をされた俺は答える事が出来なかった。今俺はその質問を受け、リリアに背を向けながら笑いながら頷く事が出来る。
「――ああ。俺を信じろ、リリア」
リリアはきっと頷いてくれた。俺はすっかり覚醒してしまった頭で考える。ゲルトがどこへ走り去ったのか。
兎に角探さなければ。しかし恐らく街の方には行っていない。街に向かう道へ向かって見たが、砂の道に足跡は残っていなかった。
「くそ、ゲルト……どこいったんだよ……っ」
草原を走り回り、ゲルトの姿を探す。何が引き金で今のあいつが崩れてしまうのか、俺には想像もつかない。でもきっとあいつの心の多くはリリアが占めていて、だからリリアが遠ざかれば遠ざかるほどあの子は苦しむ事になる。
近づけば近づくだけ傷付けてしまうのに、優しさを分け合いたいのに、二人はいつでも擦れ違う。そんな悲しい関係性が今まさに浮き彫りになろうとしている。お互いがどんなに相手を想っても、どんなに相手を認めても、どんなに相手を憎んでも……変わらない。変えられない。そのもどかしさにもがき苦しみ、やがて絡みついた鎖は彼女たちの翼さえ脆く引き千切る。
そうなってしまう前に俺は何かをしなければならない。信じろと言ったものの、答えはどうにも出そうになかった。歯軋りし、ゲルトの姿を探す。
「ゲルト!!」
彼女は崖の上にある花畑の中、一人で膝を抱えていた。息つく間も無く駆け寄ると、ゲルトは涙を流しながら振り返った。
「ゲルト……! その……っ!」
「……昔……まだ、わたしたちが小さかった頃……。リリアはわたしの憧れでした」
言葉を遮るように呟くゲルト。膝を抱えたその背中はとても小さく見える。まるでそう、幼い日に戻ってしまったかのように。
「お父様が生きていた頃からリリアとはずっと一緒で……気が弱くていつもいじめられるわたしを、リリアは庇ってくれました。男の子にだって負けないで喧嘩してやっつけて……わたしにとってリリアは天使だったんです」
「…………ゲルト」
「あの子はどんなに自分が苦しい時でもそれを誰かのせいになんかしない。全て受け止めて、その上で悲しい時は素直に涙を流せる。誰かの為に傷ついて怒って、そういう風に生きられる……。ナツル……勇者って、なんなんでしょうか」
立ち上がったゲルトは振り返る。俯いたまま拳を握り締め、悲痛な表情で俺を見た。
「勇者ってなんなんですか!? 誰かの為に一生懸命に戦って生きて! なのに誰からも救われない、報われないっ!! 世界は変わらないんです! 結局今でも騎士団の支配は続いていて魔物は人を苦しめ続ける!! リリアが望む綺麗な現実なんて無いんだってわかってるのに、どうしてっ!! ねえ、どうしてなの!?」
ゲルトは俺に掴みかかり、胸を弱弱しい拳で叩く。
「傷付けられたら嫌だよ! 信じられないよ! 何を守ればいいの!? わたしはリリアみたいに全てを許せないっ!! 全部許して背負って守って犠牲になるなんて怖いよっ!! どうしてあの子はあんなに綺麗に輝いていられるの!? ねえ、どうしてっ! どうしてっ!! どうし――」
「もう何も考えるな……。何も、考えなくていい」
ゲルトの身体を強く抱きしめる。腕の中でゲルトは一瞬抗うようにもがき、それから力なく涙を流した。
十五歳――たかが十七歳の俺が言えたことではないが、こんな子供に何を背負わせているんだろう。そう、リリアは強い。本当に強いんだ。
親の壮絶な最期、もう一人の勇者の報われない過去、手を取り合う事も出来ずに苦悩した幼馴染との今。そういうもの全部ひっくるめて背負って、それでも強くなりたいと笑える。それはどれだけ輝かしいことなのだろう。
それこそがリリアという少女の魅力なのだ。だから彼女が剣を手にする周囲には彼女の仲間たちの姿がある。リリアは元々誰とも関わらないように意識してきただけ。あの子にはきっと、人を惹き付ける才能がある。
リリアもゲルトも同じだけ辛かった。同じだけ悲しかった。でもリリアはそれを飲み込んで強く在ろうと立ち上がった。だがゲルトにはそれが出来なかった。どちらが不幸なわけでも可哀想なわけでもない。どちらも同じなのに、リリアに出来る事がゲルトには出来なかった。それがきっと、彼女にとって一番辛いのだろう。
憎しみだけで彩ってきた今までの日々全てを許す事は出来るはずもなく。リリアとも素直に向き合えるはずもなく。でも本当はそんな自分が嫌で仕方が無いんだ。だから魔剣は――『彼女の心の本当の声』は戦いたくないと叫んでいる。ただそれだけのこと。そしてそれが判るからこそ、彼女は苦しんでいる。
酷いジレンマだ。どうすればいいのかわからないで迷走する日々は本当に辛い。リリアも同じ物を背負っている……本当に頭が下がる想いだ。あの子はきっと俺よりずっとずっとずっと強い。だからこそ、眩しすぎて時々直視できなくなるけど――。
「嫌われたくないよ……。憎みたくないよ……。傍に居たいよ……でも、どうしてリリアはあんなに遠いんですか……」
「遠くなんか無い。それはお前があの子を遠ざけているだけだ」
「……判っています、そんなこと。判っているんです、でも……どうしたらいいの……」
「一人で答えを出そうと思うな」
顔を上げるゲルト。まるで全てに見捨てられ迷子になってしまった子犬のような縋る視線に俺は笑って答えてあげる事は出来なかった。でも――。
「一人じゃ出せない答えを、リリアと一緒に出せばいい。二人で出せない答えなら、俺と三人で出せばいい。それでも判らないなら、仲間みんなで考えよう。一人で戦うな、ゲルト。俺たちは仲間――そうだろう?」
「なか、ま……」
小さな声で呟くゲルトの頭を撫でる。照れくさそうに視線を反らし、それから腕の中でもう一度頬を寄せる。
「仲間……」
ゲルトは幸せそうにそんな言葉を繰り返した。俺はゲルトの言葉に応えるように、同じ二文字を繰り返した。
それはきっと魔法の言葉。一人じゃないと教えてくれる秘密のキーワード。だからこそ、俺たちは仲間であり続ける事が出来る――そう思っていた。
『仲間――。そんな物、勇者が死んでしまえばただ取り残されるだけだ』
声に振り返る。花畑の中、聖騎士のクロークと甲冑を装備した男が立っている。昨日リリアの実家を訪ねてきた、確か――。
「フェンリル……とか言ったか」
『良く覚えていたな。記憶力は悪くないらしい』
成る程、流石は勇者の仲間の生き残りだ。尋常じゃない魔力を感じる。どす黒く、ぐるぐると渦巻く螺旋のような魔力――。それは嘗てのゲルトのそれに限りなく近いもの。
フェイスガードの向こう、どんな表情が俺たちを見つめているのか。長身の男は甲冑を鳴らしながら近づいてくる。
『ゲルト・シュヴァイン……単刀直入に言う。オレたちの仲間になれ』
何をいっているんだ、こいつは? というか、待て……。こんな近づかれるまで俺もゲルトも気づかなかった? なんなんだこいつは。俺たちに向けている気配が――普通じゃない。
咄嗟にゲルトを庇うように構える。が、今は完全に丸腰だ。ゲルトは相変わらず後生大事にフレグランスを持ち歩いているが、魔剣は今は使えない――。
『そう身構えるな。オレは勇者の――ゲインの仲間だ。少なくとも勇者の敵ではない』
「それが一体何の用だよ? それにさっきからこっちに向けてる殺気をどうにかしろ。身構えない方が無理だ」
『フ――。職業病のようなものだ。オレはもう自分の魔力を上手に抑え切れなくてな……。お前に用は無いんだ救世主。そこを退け』
フェンリルの言葉に思わず目を見開いた。救世主? そんな呼び方で俺を呼べる人間は、ナナシか学園長のアルセリアだけのはず――。
だが、ナナシはまだここには居ないとはいえ部屋でうさぎの状態で無様に寝転がっているはずだ。ブレイドが気に入ったらしく寝るときに抱いたまま寝ていたから今は恐ろしい事になっているはず。ナナシではない――ではアルセリア? いや、声は男の物だ。どう考えても違う。
なら何故俺を救世主と呼ぶ? 何かの偶然の一致か、それとも――なんにせよ道を空けるわけにはいかない。空けたらまずい――そう身体が感じていた。
『ゲルト、お前がたった今言っていただろう。世界は変わらなかった……その通りだ。オレたちの命がけの戦いは全て無意味だった。クィリアダリアを第二のザックブルムに仕立て上げるお膳立てをしただけだ』
「……無、意味……?」
『そうだ。今の世界を見ろ。聖騎士団に治安を維持させているのはただの侵略の言い訳……。各国には聖騎士団以上の武力を持つ事は許されず、聖騎士団以外に魔物を討伐できる戦力は存在しない。聖騎士団の護衛の力に依存する限り世界はこの国の言うがまま、成すがままだ。魔王の魔物による恐怖の支配と何が違う』
フェンリルの言う事はどこか正論染みていた。魔王の魔物による世界の侵略と女王の聖騎士による世界の統治――本質は変わらない。力による『脅し』だ。だがソレが今なんだっていうんだ。なんであんたがそんなことを言う?
『オレはこの国を潰す』
男は履き捨てるようにそんな言葉を口にした。
『聖騎士団こそこの世界の悪意の根源だ。あの戦争でオレたちは血を浴び、肉を食らい、獣同然の戦いを強いられた。全ては国の為世界の為……だが結果はどうだ? 英雄と呼ばれても口先だけ。誰も感謝などしてはいない。そうして蔑まれる事になったのは他ならぬお前だろう』
「…………わ、わたしは……」
「それ以上言うな! 勇者の行いが無意味だっただと……!? そんなこと、あんたたちこそ一番言っちゃならない事だろうがっ!!」
直後、俺の身体は空中を吹っ飛んでいた。何が起きたのか全く理解出来ないまま全身を痛みが貫き、花畑の上に倒れこむ。
くらくらする頭で顔を上げると、目の前に立つフェンリルが俺の掌を踏み潰した。瞬間、ごきりという奇妙な音が鳴り響き、右の手首が完全に動かなくなった。
「うぐあっ!?」
『あまりオレを怒らせるな救世主。気は短い方なんだ』
吐き捨てるように呟き、胸を蹴飛ばされる。また嫌な音が鳴り響き、崖の外へと飛ばされそうになる。必死で崖渕に片手で縋りつくと、口から一気に血が溢れてきた。
身体の中のどこかがつぶれてしまっているように感じる。呼吸が出来なくて視界もぼやけている。武器があればもう少し――いや、どっちにしろ同じ事か。あいつは片足しか使ってないんだ。レベルが違いすぎる――。
「ナツルッ!!」
『お前はこっちだゲルト。いい子だから言う事を聞け』
ゲルトの名前を叫びたいのに声が出なかった。俺は片手に魔力をありったけこめて一気に這い上がる。背後からゲルトを片腕で締め上げるフェンリル目掛けて走り出し、魔力を込めた蹴りを放った。
凄まじい轟音が鳴り響く。しまったと考えるには遅すぎた。岩だろうがなんだろうが一発でぶっ飛ばすくらいの魔力を込めてしまったのだ。生身の人間なら木っ端微塵……そんな威力の蹴りを男は片手で受け止める。
『大人しくしていろと言ったのが聞こえなかったのか救世主? それともまだ――痛みが足りないのか?』
片足を掴み上げられ、思い切り大地にたたきつけられる。意識が飛びそうなほどの激痛が何度も繰り返され、いよいよ死ぬんじゃないかと思えてきた。
何でこんなことになってるんだ? 勇者の仲間なんじゃないのか、こいつ……。リリアに、ゲルトは傷付けさせないって誓ったのに……。
無様に放り投げられ、今度は木にぶつかって落ちずに助かった。だが身体がもう全く動かない。意地で意識を保っているものの、痛すぎてもうわけがわからなかった。
ゲルトは泣きながら何かを叫んでいる。でも俺にもフェンリルにも届かない。強さの桁が違いすぎる。殺される……本気でそう考えた時だった。
横から飛んで来た何かがフェンリルの顔面を吹っ飛ばした。ゲルトを一瞬で救い出し、俺の前に立って彼女は聖剣を掲げた。
「なつるさん!! しっかりしてください! ひ……酷い……っ! なんて傷……っ」
「り……り、あ……」
「喋らないでください……。ゲルトちゃん、なつるさんを回復してあげて」
「で、でも」
「いいから――」
リリアは歯を食いしばり、聖剣を肩に担いで前に出る。その表情は冷め切っていて、怒りで既に感情の振り子が吹っ飛んでいるように見えた。
『リリア・ライトフィールドか……。想像以上に早いな。力もある……』
「五月蝿い黙れ。お前は一体何をしてくれているんだ」
リリアが静かな声で呟く。しかしそれは意識朦朧としている俺にさえはっきり聞こえるほど鋭い声だった。
『お前の大事な大事なお友達の手足を折り、内臓を潰し、命に関わる瀕死の重傷を与えた――と答えれば満足か?』
「…………ああ、そう。もういいよ、おまえ」
リリアが見たことのない構えを取る。直後、信じられないくらいの圧力を帯びた魔力が放出され、リリアの髪が銀色に染め上げられた。
「死んでしまえよ――おまえ」
直後駆け出したリリアの剣が振り下ろされ、耳を劈くような轟音と共に白い魔力が炸裂した……。
〜ディアノイア劇場〜
*急展開しか存在しない小説だよ*
『どこにいたの?』
フェンリル『オレは……この国を壊す』
夏流「てか、あんた昨日帰ったんじゃなかったのか?」
ゲルト「まさか一晩この辺ウロウロしてたんですか……? 変質者もいいところですよ……」
夏流「そうだよ仮面つけてるしうさんくさいし……いててててててっ!?」
フェンリル『オレは気が短いっていってんだろ救世主っ!!』
『ザ・ビーチサイド』
ブレイド「いやー、海はいいなあニーチャン!」
アクセル「ああ、いいものだ! 女の子の水着ってどうしてこう、やわらかそうなんだろうなあ」
夏流「見てる部分にもよらないか? 柔らかそうなとこだけ見てるからだろ」
ブレイド「やわらかそうなとこって?」
アクセル「んー、三箇所くらいあるよな」
夏流「……もういい、少し黙ってくれ」
『ぺたんこ』
ベルヴェール「おーい、ビキニだと可哀想なリリアー」
リリア「ふえっ!? 可哀想ってなんですか、可哀想って!? せめて控えめな水着と言ってくださいっ!!」
ベルヴェール「あーら、ごめんなさい。アタシったらナイスバディすぎてリリアの隣に立つと可哀想だわ!」
リリア「ううー! がううー!! わうー!!」
ベルヴェール「きっと男子もさぞかしアタシを見ていることでしょう……って」
リリア「あの人たちも読者もゲルトちゃんしか見てませんよ……うふ、うふふふ……」
ベルヴェール「コラアアア!! ちょっとは他の水着にも見惚れろおおお!!」
『めっ!』
リリア「死んでしまえよ――お前」
夏流「リリア、めっ!」
リリア「きゃいんっ!? な、なんですかー!?」
夏流「お前キレるとすぐ言葉遣いが荒くなるぞ。女の子なんだからもうちょっとこう、気を使いなさい。ゲルトだってそんなにならんぞ」
リリア「いや、髪の毛銀色になったりしてハイパーモード中だから……っていうかそんな血だらけの姿で起き上がってこられても困るんですけど……」
夏流「いや、こういうのはちゃんと躾けないとダメだからな」
リリア「なつるさんはリリアの飼い主か何かなんですかっ!?」
『リリアの短パン』
アクセル「でも、リリアちゃんは短パンオンリーでいいと思うんだ」
夏流「……まあ聞くだけ聞いてやる。どうしてだ」
アクセル「だって、転ぶ度にパンチラしちゃうじゃないか。それもチラッ! 程度じゃなくてこう、グアーッ! ってパンチラするよ。もう露出してる状態」
夏流「……ん、確かにそれは同意する」
アクセル「チラッ! じゃないパンチラだったら見えないほうがいいと思うんだよ俺。てか、あの小ぶりなお尻がくっきり見える短パンというのもなかなか悪くないチョイスだと思うんだ」
夏流「俺さ、お前の話は九割くらいスルーするようにしてんだ、ははっ!」
『もしもシリーズ、血を色濃く受け継いでいたら』
ヴァルカン「フェイトは超プレイボーイでな、もうとっかえひっかえ家に女を呼び込んでいたもんだ」
夏流「リリアがフェイトに似なくて良かったよ……」
ヴァルカン「はっはっは! もしリリアがフェイトにそっくりだったら〜……」
(妄想的な効果音)
リリア「夏流さん……リリア、夏流さんにもっと色々教えてもらいたいな……ね、いいでしょ? 夏流さんに、鎖で繋いでもらいたいの……」
ヴァルカン「とか」
リリア「ゲルトちゃん、すごく可愛いよ……。そんなに緊張しなくても大丈夫、女の子同士なんだから、何も恥ずかしがらなくてもいいんだから……」
ヴァルカン「というようになるに違いない」
夏流「やめろおおおおおっ!! 勝手にメインヒロインをエロくしないでくれえええ!! っていうかあんたの孫じゃねえのか!?」
〜ディアノイア劇場番外編〜
*ディアノイアが出来るまで*
その1:仕事中とかご飯を食べながらその日の更新分を何となく考えます。
その2:執筆します。二時間〜三時間ほど執筆&手直しします。
その3:暇だったらディアノイア劇場を十分くらいで書きます。
その4:感想を待ちます。
そんな無計画小説ももうそろそろ三十部です。
二部はリリアだけじゃなくてゲルトや夏流も成長させたいなと思う今日この頃。
それにしても読者数SF書いてた時の五倍くらいっていうのはどういうことなんだろう。ファンタジーの力ですか。そうですか。
でもそろそろSFとかロボット書きたくなってきます。さて、どうしたものか……。