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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第二章『ブレイブクラン』
26/126

夏休みの日(1)

シャングリラから出る列車を乗り継ぎ四時間。さらに二時間馬車で移動し、ようやく辿り着いた風景。リリアは窓から身を乗り出し、顔一杯に微笑を湛えてそれを眺めていた。

聖クィリアダリア王国の南にある南国の町、カザネルラ。リリアの故郷であるその街は、海辺に面した小さな小さな田舎町だった。


「わぁ〜……! 帰って来たなあ〜!」


感慨深くそんな事を呟くリリア。俺の正面の席で居眠りしているアクセルと揺れるリリアのお尻を眺めながら眠そうにしているゲルト。俺もやはりこの長旅は流石に疲れた。狭い馬車の中でじっとしているのがこんなに苦痛だとは思わなかった。

俺はもうしばらくかかりそうな旅路の終着点への間、何故こんな事になったのかを思い返す事にした。

話は数日前に遡る。アイオーンとの戦いが終わり、その時に切断されかかった腕も調子が戻ってきた頃。学園に訪れた夏休みを目前に、俺はリリアと一緒に予定を話し合っていた。

あれからリリアは不思議と以前より俺の話を丁寧に聞くようになった。同時に俺の顔色を窺いながら、それでも笑いながら声をかけてくれる。俺と彼女の間にあるわだかまりが完全に消え去ったとは思えないが、兎に角お互いにお互いを避けるという状況は打開できていた。

そんな俺との気まずさを解消する狙いもあったのだろう。夏休み直前、リリアは俺の手を握り締めながらこんな事を言い出した。


「あの、夏休みになったら一緒にリリアのお家にきませんか?」


夏休み中は一ヶ月間授業も行われない。生徒たちはこぞってそれぞれの故郷に一時帰宅し、リリアもその例に漏れず実家に顔を出す事にしたらしい。しかしそんな時に俺がついていっても迷惑なだけではないだろうか。


「リリアの実家は、海沿いの南の町なんですよ? 遊ぶ所には困らないし、それにおいしい物もいっぱいあるんです! 師匠にはいつもお世話になってるし、こういうときじゃないとお礼が出来ませんからっ」


との事。結局それを断るわけにもいかず、俺はリリアの招待を謹んでお受けする事にした。

話がそれで済めば特に問題はなかった。しかしその場に居合わせたアクセルが、


「バイトだけで夏休み終わらせたくねーんだよ!! 頼むっ!! 一緒に連れてってくれえっ!!」


と泣きついてきた事に始まり、


「じゃあおいらも一緒に行く! な、ゲルトも行くだろ?」


「わ、わたしもですか!? ライバルである勇者の家に遊びに行くなど、正気の沙汰ではありませんよ……」


「そっか……ゲルトちゃんは、リリアのお家には来たくないよね」


「……行きます」


「え?」


「行きますっ!! 何度も言わせないでください!!」


という事になり、ブレイドとゲルトまでついてくることになってしまった。

さて、話はどんどん大きくなり、リリアと俺の気持ちは完全にスルーでみんなで旅行のような流れになってしまった。メリーベルも誘ったのだが、海に行くという事を聞いて首を横に振った。何でも暑い所は大の苦手らしい。

誘ってもいないベルヴェールまでどこからか話を聞きつけ着いてくることになり、あわや馬車二台での大移動となってしまった。そんなこんなで帰郷ラッシュで込み合う列車の席を予約し、何とか出発の目処が立ったのが昨日。今ようやく長い旅を終え、リリアの故郷カザネルラに到着したのであった。

長い長い旅が終わり、馬車は元来た道を引き返して行く。ずっと座っていたせいで腰が痛い……。アクセルは連日のバイト疲れが残っているのか、グッタリした様子でシャツの襟元から手を突っ込んで肩を掻いている。髪もぼっさぼさでかなりやばい事になっているのが窺える。

リリアとブレイドは潮風の香りと果てしなく広がる海の景色を眺め、はしゃいでいた。カザネルラを見下ろす丘の上、ただ一人だけゲルトが辛気臭そうな溜息を漏らしていた。


「よっし! それじゃあ行くわよー! リーダーであるアタシの言う事にしたがって、全員まとまりのある行動を〜……」


「よっしゃ、おいら一番乗りだっぜ!!」


「あー! ずるいよ、ブレイドくん! まってよー!」


「……アンタたちねえ!! 人の話は聞きなさいよっ!!」


三人が前を走っていく。その騒音で寝ぼけていたアクセルが目を覚まし、きょろきょろ周囲を見渡した。その背中を軽く叩くと、目をパッチリあけて俺に振り返る。


「ほら、行っちまったぞ他の奴は」


「そ、そうなのか? お、おぉーいリリアちゃーん! おいてかないでくれー!」


坂道を下っていくアクセル。一人だけ心ここにあらずなゲルトはまだスランプが続いているらしい。その手を握り締めて歩き出すと、ゲルトは顔を紅くしながら挙動不審なステップを踏んだ。


「な、なにをっ!?」


「いいから行くぞ。リリアの家、どこだかわかんなくなったら今日泊まるとこないんだぞ」


「は、離してください! 判ってますから! もう、離してーっ!!」


この休暇が一体どんな事になるのか。とりあえず今の俺には全く予想もつかなかった……。



⇒夏休みの日(1)



カザネルラの街はシャングリラと比べると圧倒的に人の数も少なく、ただくるくると回る風車と波の音だけが街全ての音で、人々はのどかに暮らしている……そんな場所だった。

意地の悪そうな顔をした人なんて一人もいない。みんなリリアを見て優しげに微笑みながら手を振ってくれる。大人も子供も老人も、誰からもリリアは愛されているように見えた。

それもそのはずだ。この街が生んだ大英雄、勇者フェイトの娘こそリリアなのだから。彼女にとってここは自分を育んでくれた全てが詰まった場所であり、同時に痛みや悲しみの思い出が詰まった場所でもある。

リリアの家は町外れにあった。リリア曰く、彼女の育ての親である祖父は変わり者で、あまり街の人と交流を持ちたがらないという。リリアの案内で砂の大地を歩き、勇者の家というには少々雑な外見だが、それなりに広い一戸建てに辿りついた。


「何度も言わせるなっ!! 俺は貴様らの言う理想には賛同出来ん!! 全く、フェイトが生きておったら何と言ったか……! 兎に角出て行け!! 二度と来るんじゃねえぞ!!」


家の前で全員の足が止まった。凄まじい怒鳴り声が聞こえてきたからである。声は当然家の中から聞こえてきた。老人の……恐らくリリアの祖父の声。たった一人しかいないはずの家から出てきたのは一組の男女だった。

聖騎士団の甲冑に似た鎧を装備し、顔全体を覆うフェイスガードを装備している男。もう一人はその騎士のような男とは正反対に巫女装束に長大な太刀を携えた美しい女だった。

騎士は俺たちを一瞥し、女に目をやる。女は頷いてそれから笑顔でリリアの肩を叩いた。


「久しいな、リリア・ライトフィールド」


「あなたは……あれっ? なんでリリアのお家にいるんですか? 鶴来さん」


どうやらリリアとこの女は顔見知りらしい。しかしリリアが小首を傾げているという事はどちらにせよ珍客である事は間違いないようだ。

女は微笑を浮かべながら俺たちを見渡し、それから楽しそうに俺たちに告げた。


「面白いように先代の勇者のパーティーにそっくりな構成だ。足りないピースも何れ揃う……そういうものなのかも知れんな。なぁ、二代目?」


「ふえ?」


「コラーッ!! いつまで人の家の前で……フェンリル、お前たちが連れてきたのか!?」


騎士は首を横に降る。家から飛び出してきたリリアのじいさんは凄まじく筋肉質の長身の男だった。筋骨隆々と行った様子の太い腕でリリアと鶴来を引き離し、家の前に塩をまいて鶴来の足元にツバを吐き飛ばした。


「さっさと出て行け! この恩知らず共めが!!」


「やれやれ、嫌われたものだ。では失礼するよ、勇者の仲間たち。また何処で会おう」


二人はそのまま去っていく。俺たちは何がなんだかわからないまま完全に状況に取り残されていた。


「全く……おう、よく帰ったなリリア。ところで後ろにぞろぞろいる連中はお前の何だ?」


「ただいまおじいちゃんっ! あのね、こっちの人たちはリリアのお友達なの!」


「何言ってんだリリア。お前に友達なんぞいるわけねえだろ」


「ひどいっ!?」


涙目になるリリア。どうやらリリアに友達がいない認識はご家族の方でも共通だったらしい。

リリアが暫く友達になった経緯などを説明すると、おじいさんは腕を組んで納得したように顎鬚を指先でいじりながら頷いた。


「ああ、お前がいつも手紙に書いてる……例の男……」


「わあああっ!! 余計な事言わなくていいから、早く入れてよっ!! おじーちゃんのバカ!」


「わはははははっ!! なんだなんだ、テレるこたねえだろが。フェイトなんぞ毎日とっかえひっかえで女を家に入れてたもんだが、どうしてこう控えめな娘が生まれるかねえ。まあ血筋ってもんかもしれねぇが……おう、お前らよく来たな! 出すもんは何もねえが、勇者が生まれ育った家だ。文句が無きゃ上がりな」


「「「 おじゃましまーす 」」」


随分ワイルドなおじいさんなこと。家の中は意外と片付いていて高い天井ではいくつものファンがグルグル回転していて外よりかなり涼しい気がする。窓から差し込む木漏れ日は暖かく優しくて、旅行気分なのは如何な物かと思うが、リラックス出来る空間だった。

リリアの祖父はヴァルカン・ライトフィールドと言うらしい。彼自身は既に引退してしまっているが嘗ては聖騎士団に所属した一人だという。嘗ての戦争ではリリアが生まれるまでは息子のパーティーに戦士として所属し、存分に腕を揮ったという。

ヴァルカン爺さんは非常に気のいい爺さんだった。何もかも豪快で兎に角図体がデカいので、リリアとは正反対のようにも見える。しかしリリアも爺さんの前では結構豪快で、二人とも血筋なんだなあと実感する。

家は中々広くて俺たちは開いているフェイトの部屋だった場所に寝泊りできる事になった。当然だが女子はリリアの部屋である。部屋一つ一つが俺の世界の部屋の何倍もの広さがあるので、三人で寝泊りしてもなんら問題は無さそうだった。

荷物を降ろして一息つき、一階のリビングに下りるとヴァルカン爺さんがエプロンをつけて料理をしていた。リリアたちは既に一階に降りていたのか、何かお話中のようだった。


「それにしても、どいつもこいつもデカくなりやがったな。お前コンコルディアんとこの一人娘だろう?」


「あら、知っているの?」


「知ってるもなにも、あいつに商いの秘訣を教え込んだのは俺だぜ」


「え、うそ!?」


「嘘だ! わっはっはっはっは!! まあ、聖騎士団に武具の発注を取り付けたのは俺だけどよ」


盛大にずっこけているベルヴェール。リアクションがなんかこう……バカっぽいんだよなあいつ。


「ゲインの娘も久しぶりじゃねえか。色々あったみてえだが、今は元気にやってんだろ?」


「え……? あ、はい……」


「ま、世の中そんなもんだ。勇者なんてロクな仕事じゃねえよ。博打打ってるほうがまだマシだ。肝心の勇者が死んじまったんじゃ、そりゃ残された仲間は割り切れなくても仕方ねえよな」


爺さんはしみじみしながらそんな事を言った。その後俺たちはじいさんの作った魚料理と大量のフルーツを一気に平らげ、そのまま家の前に広がる海へ繰り出す事にした。

部屋で水着に着替え……ていうか水着あるんだ……ビーチに駆け出す。ビーチというよりはもう既に普通に家の前が全部ビーチなのだが、凄まじく広い空間をたった六人で独占できるのだからこちらの世界はすごいものだ。

どこまでも広がるエメラルドブルーの海。沿岸には漁船が行き、風車の回る羽が生み出す影がくるくると俺たちの頭上を舞う。カラフルなパラソルを広げるアクセルの音を合図に、ブレイドが一番に海に突っ込んで行く。

続いてベルヴェールとリリアが慌てて走って行き、リリアは全力で転んで激しい水しぶきがあがった。三人が遠くで笑っているのを眺めながら俺はうさぎを砂の上に下ろした。


「お前、砂とか水とかダメじゃないか?」


「そのようです。あちらのほうで日向ぼっこでもしているので、ナツル様はご自由にどうぞ」


うさぎはぴょこぴょこ砂の上を跳ねて行く。それを見送っているとアクセルは水着姿の女の子をじろじろ眺めながら幸せそうに涙を流していた。


「来てよかったぁ……。俺、今年の夏休みもバイトだけして終わるつらーい物なのかと思ってたよ……」


「そりゃよかったな……でも泣くほどのことか……?」


「お前もバイトだけでひと夏過ごしてみればわかる。他の生徒はみんな楽しそうに夏の思い出を語りながら学校に来るのに自分だけバイトしてた日々を振り返ってみろ。涙くらい出るわ!!」


拳を握り締めながら熱弁するアクセルはそのまま雄叫びをあげながらリリアに駆け寄っていく。しかしその様子が怖かったのか、リリアに回し蹴りを貰って水面を何度か跳ねながら海へ墜落していった。

いつの間にリリア、あんなに素早く的確に敵を迎撃できるようになったのか。見えないところでも成長しているものだなあなんてしみじみしていると、パラソルの下で膝を抱えているゲルトに視線が行った。


「リリアちゃん……かわいい……」


盛大に転びそうになった。さっきのベルヴェールと同じリアクションだった。

顔を紅くしながら幸せそうに笑みを浮かべ変態チックな言葉を呟いているゲルトの背後に立ち、肩を叩く。驚いたのか、ゲルトは目を丸くして振り返った。


「そんなにリリアの水着がいいならもっと近くで遊べばいいだろうに」


「いえ、今はちょっとそういう気分じゃないんです」


ゲルトはこんな所にまでフレグランスを持ち出してきていた。砂に突き刺さったフレグランスを指先でなぞりながら、まるで自分の身体の一部のようでさえあるその魔剣をじっと見つめた。


「まだ調子悪いのか?」


「貴方には関係のない事でしょう」


「そういうわけにも行かなくなったんだよ」


「……え?」


原書の予言する未来。残り一ヵ月後には確実に現実になる世界の事実。

リリアが聖騎士団に入ると同時に、ゲルト・シュヴァインは――『自殺』するのだ。

その理由も原因もまだわからないままだが、兎に角ゲルトはリリアが騎士になると同時に死ぬ。その理由は今の所このスランプくらいしか俺には思いつかなかった。

リリアが騎士になるかどうかはまだわからないが、兎に角ゲルトのほうだけでも問題を解決しておかなければならない。リリアが騎士になったとしても、ゲルトが自殺したなんて事を知ったらリリアはそれを一生気に病むはずだから。

なんというか、どちらか片方だけが幸せになる事は出来ないのに、この二人はお互いにお互いを鎖でグルグル縛り付けているように俺には思えてならない。お互いの事を憎しみながら、愛しながら、まるで正反対の光と影のように、お互いを消したいと願いながらもお互いが存在しなければ自分もまた存在できないような、そんな関係……。

リリアが必要以上にゲルトを意識するのも、ゲルトが必要以上にリリアを意識するのも、それは多分一言では説明できない様々に絡み合った複雑な思いがそうさせているのだろう。そしてそうである以上、どちらか片方だけを構っておけばそれでいいというわけでもないらしい。


「なんだなんだ? 人がせっかく保護者として見に来てやったってのに、お前ら二人だけで何イチャついてんだよ」


振り返るとそこには巨大な影があった。筋肉質の男がアロハシャツを着てウクレレ片手に笑っていたのである。似合いすぎていて逆に怖い。

サングラスの向こう側から覗く鋭い眼光がゲルトを見下ろす。そうして暫く考え込むと、突然ゲルトをひょいと持ち上げた。


「なんでうちの孫はあんなにぺたんこなのに、ゲインの娘はこんなに胸がでかいんだ?」


「な、なな、何を言っているんですか、貴方はーっ!! 放しなさいっ!!」


持ち上げられたゲルトが放った魔力キック。しかし爺さんはそれを頭に受けても痛くも痒くもないといった様子で豪快に笑い飛ばしていた。


「わはははは! 効かん効かん! 俺の首を飛ばしたかったら滅龍魔法でも持ってくるんだな!」


「くううっ!!」


ゲルトを下ろし、その頭を巨大な手でグリグリなでる爺さん。そうして砂の上にずっしりと腰を落とすとウクレレをポロンと鳴らす。


「お前は若い頃のゲインにそっくりだな。喋り方まで似てやがる。今のお前らを見てると、ゲインとフェイトを思い出すぜ」


「……お父様」


「フェイトは自由気ままでな。ゲインはくそ真面目だった。二人は若い頃丁度今のお前らみたいな時期もあったが、結果的には手を取り合い魔王に立ち向かった。何故だかわかるか?」


俺もゲルトも応えられなかった。爺さんはにやりと笑ってウクレレをまた掻き鳴らす。


「二人は実はとんでもない似たもの同士だったからだ。お互いを嫌悪するのは同属だから……ってわけだ。お互いの弱さと強さを認め合い、お互いに無い物を信じられた時、二人の絆は魔王に打ち勝ったわけよ」


「……絆が、打ち勝つ……」


「まあ結局その後は二人とも死んじまったわけだからしょうもねえけどな! わははっ!!」


そこでちゃんとまとめてくれればちょっといい話だったかもしれないのに、この爺さんは。

そもそもゲルトにとって父親の死はトラウマのはず。それをこんな軽々しく扱うのは如何なものなんだろうか。

爺さんはゲルトを担ぎ上げ、リリアたちの所に運んで行った。海に投げ込まれて沖の方に落ちたゲルトを救出する為にアクセルが泳いで行き、俺は唖然としながらそれを眺める。

暫くすると爺さんが戻ってきて俺の隣にどっかりと腰を下ろした。そうしてウクレレを鳴らし、俺に語りかける。


「お前、ゲルトとリリアどっちが本命なんだ?」


「はい?」


「だから、どっちの子が好みだ? 俺は胸がでかい方が好きだ。男の八割はそうだと今でも信じてる。だがお前の考えは違うかもしれねえ。まあ言ってみろ。どっちが好きだ? ぺたんこか? 巨乳か?」


「その二択なんですか……? そうですね……だったら俺は胸の大きさそのものよりも、胸そのものを愛します」


「中途半端な答えだな。だが悪くはない」


「自覚はしています。ですが選ぶ事は難しいのだと思います。自分にとって本当に大切な物は選べない……選びたくはない。そういうものでしょう」


「その通りだ。だが自分でこうだと決めておかなければいざというときに取捨選択出来なくなる。自分はこのバスト……そう胸を張って言える……ダジャレじゃねえぞ? そういう自分じゃなきゃな」


この人は恐らく胸の話に例えて二人と俺の関係を語っているのだろう。そうだと思いたい。

ウクレレが鳴る。爺さんはいつの間にか立ち上がり、演奏を開始していた。海辺にのどかなウクレレの音が鳴り響き、爺さんは水着で遊ぶ孫を眺めながら微笑んでいた。それが水着だからではないという部分を一応俺は信じたい。


「お前、リリアに対してもゲルトに対しても遠慮しすぎだろ」


「……そう、なんでしょうか」


「さっきもお前、俺がゲインの事を軽々しく語りすぎだと思ったな。だがな、ぼうず。過去は過去、今は今……。かつて起きた世界の出来事はどんな悲しみだって笑い話にしなきゃならねえんだよ。それが今生き残った俺たちに出来るたった一つ彼らにしてやれることなんだ」


「……笑い話に?」


「少なくとも、死んだ勇者二人はそれを気に病んで娘に悩んでほしいとはこれっぽっちも思っちゃいなかったろう。そうだろう? あのくそ真面目なゲインがゲルトを苦しませたいと思うはずがない。あの何も考えてないようなバカのフェイトが、リリアを苦しめたいと思ったはずがない。そういう事を、未だにやつの弟子やら仲間やらは理解出来てないんだよな」


「それは、昼に家に来ていた二人ですか?」


爺さんは苦笑を浮かべる。どうやら正解らしい。まあ、確かにそうだろう。あの戦争を引き摺っているのはリリアとゲルトだけではない。沢山の人がまだ忘れられないまま今を生きていて、世界に生きる事を割り切れないまま苦しんでいる。


「勇者のパーティーは全部で十二人居た。そのうち何人かは決戦に参加せずに生き残っている。何故だかわかるか?」


「……何故ですか?」


「フェイトとゲインが、決戦への同行を許さなかったんだ。やつらは二人で魔王に決戦を挑んだ。結果は痛み分け……フェイトは死んだ。奴らは仲間に生きて欲しかったんだ。この世界を。戦いの終わった世界をな。だというのにどいつもこいつもまだそれを引き摺って、もう十年も経つっていうのに情けないもんだ」


悲しげなウクレレの音色。俺はこの世界を救うために戦って死んだ二人の男に想いを馳せていた。彼らの意思を継ぐ二人の勇者は今、俺がどうしかしなければならない相手でもあり、この世界に彼らが残したかった希望でもある。

二人に遠慮しすぎだという爺さんの言葉に俺は反論できなかった。触れれば壊してしまいそうなほど脆くて儚い二人の心にどうやって触れたらいいのか、今の俺にはわからないままだから。


「なつるさーんっ!!」


顔を上げるとリリアが手を振っていた。どうやら来いということらしい。せっかく海に着たのに海辺で爺さんと二人で語っているだけと言うのも確かにつまらない話だろう。

俺は爺さんに頭を下げ、リリアの下に向かった。みんなは各々海を満喫していて、リリアに近づくと途端にブレイドが横から水をかけてきた。ずぶ濡れになりながら顔を上げると、巨大な津波の上に乗り込んだベルヴェールがどんどん俺たちに迫ってきていた。

そういえばあいつ、水魔法得意なのか……。そんな事を考えながら俺たちは一瞬で津波に飲み込まれたのであった。


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