解けない鎖の日(2)
「それで、お前はリリアちゃんとそれからずっと会ってないわけだ」
「…………悪いかよ?」
学食でばったりとアクセルに遭遇し、一緒に飯を食うことになった。
俺の隣には今はリリアも、勿論ゲルトの姿も無い。あの日俺と一緒に朝まで試行錯誤したゲルトは、
「もういいです……! 今はわたしより、貴方の方が心に問題を抱えているのではありませんか?」
と俺に告げ、去って行った。元々俺とゲルトは行動を共にしていたわけではなく、今こうして翌日一緒に飯を食っていなくてもおかしい事は何も無い。
それにしても昼から学校に来たのに猛烈に眠い。欠伸を浮かべ、水を一気に飲み干す。アクセルはいつも食べているパンをかじりながらにやりといやらしく笑う。
「ははぁん、さてはナツル……ルーファウス先生に焼餅焼いてるな?」
「そういうのじゃないから。つーか、俺も俺で自分の事を考えなきゃいけないんだったな……」
アイオーンとの試合日時は既に決まっていた。いつの間にかポストに投函されていた決定にイマイチ実感のわかない闘技場に自分が立つという感覚。浮ついたまま着地しないような腑に落ちない気持ちの焦りは何度経験しても気持ちのいいものではない。
グラスを片手に色々な事に想いを馳せていると、アクセルは水を飲み干してじっと俺の顔を覗き込んでいた。それから溜息を漏らし、腕を組んで首を傾ぐ。
「お前ら課外授業で何かあったんだろ? リリアちゃんもこの間店に来てそんな事ゲルトと話してたしさあ」
「ゲルト本人に言われたよ。リリアは俺より敵対してたゲルトの方が相談しやすいらしい」
「そこだよ、そこ! それが焼餅なんじゃないのかい、ナツルちゃーん!」
「だから、そうじゃないっていってるだろ」
「じゃあ何なんだよ!?」
「それは……そうだな。多分自分の力不足が悔しいだけだ」
神威双対を纏う鋼の掌を握り締める。多分俺は、自分が何も出来ない人間なんだって思い知らされるのが怖いだけなんだ。
必要のない存在だって否定されて、大切な物が壊れてしまうのを見ていることしか出来ない……そんなバカなポジションに落ちるのが嫌なんだ。
救いたい、守りたい。そう思えば思うほど遠ざかる気がする未来の絵図に、自分が何を描けばいいのかよく判らなくなる……目的がボヤけるということは、俺にとっては重大な問題だ。
無言で席を立つと、アクセルは慌てて食事を終えて後を追ってくる。勝手に隣に並んで歩くアクセルは悩んでいる俺を見て苦笑を浮かべた。
「ナツル、お前さぁ」
「何だよ」
「そんなにリリアちゃんが大事なのか?」
思わず足を止めてアクセルを見つめ返した。リリアが大事? そんな事聞かれるまでもなく、大事に決まってる。
いや、大事なのだろうか。結局俺は、あの子に冬香の面影を勝手に重ねているだけなのかもしれない。返答に困っていると、アクセルは笑いながら俺の肩を叩く。
「だからさぁ、そうやって一生懸命相手の事を考えている時点で、お前は少なくともリリアちゃんが大事だと思ってるんだよ」
「――――そう、なのか? よく、わかんないけど……」
「お前も変わってるよなあ〜。なんつーか、変な所で鈍いっていうかさ。自分の事、よくわかってねーって顔してんぜ?」
事実だ。俺は自分の事がよく判らない。考えても答えは出ない。
腕を組んで考え込んでいるとアクセルは大笑いしながら手を叩いていた。ちょっとむっとする。
「お前、ほんっと真面目だなぁ〜! そうやって一々考え込まなくても、物事ってのはテキトーだって案外上手く行くと思うぜ?」
「適当にして取り返しの付かない事になったらどうするんだ? 俺はそういう短絡的な思考は出来ないんだよ」
「傷ついた時は、その時はその時だ。人間は無傷では生きられない。みんなどっかに痛みや傷を抱えて、それでも誤魔化しながら生きて行く……あるいはこれを、支えあうなんて言うやつもいるけどな」
腕を組み、歯を見せて笑うアクセル。その場から去って行くその後姿を眺め、俺は理解できないアクセルの言葉を心の中で反芻していた。
傷ついた時はその時はその時。訳の判らない矛盾した言葉。人は誰でも傷を抱えている。それは同意するけれど。出来る限り傷付けたくない……そう思うのは悪い事なのだろうか。
「――いや、悪い事、なんだろうな……」
それはきっと相手を信じていないだけだから。
同じ言葉を言って立ち止まっていた少女を、俺は背を圧して歩かせたばかりではないか。
気づいても遅い。それでも守りたい。だったらどうすればいいのだろう? わからないまま、時間だけが過ぎて行く世界の中で一人溜息を漏らした
⇒解けない鎖の日(2)
「ふむ……。驚くべき上達速度だよ。たったこの数日の間に、初級の術式は殆どマスターしてしまうとはね」
ルーファウスが驚嘆の声を上げる前でリリアは自らの手に魔力を収束させた光を放ち、正面に置いた丸太を吹き飛ばして見せる。
指を弾き炎を生み、両手を合わせて雷を生む。光属性に近い属性系統二種類の初歩的な扱いは既にマスターしたと言っても差し支えない。
リリアの上達速度は教師として何年も他の生徒を見てきたルーファウスにしてみても驚くべきものだった。特に疲れた様子も無く、リリアは笑いながら振り返る。
「先生のお陰ですっ! 魔法って何だか良くわからなくて怖くて覚えなかったんですけど、やってみると案外簡単なんですね」
「……その君が簡単だという事が出来ずに学園に入れない子や卒業できない子が山ほどいますから、出来るだけ人前でそういうことは言わないように」
「はーいです」
口元に手を当て微笑むリリア。その様子にルーファウスは眼鏡を中指で押し上げながら微笑を浮かべた。
こうして二人で訓練をするようになってそろそろ一週間が経過する。リリアは尋常ではない速さで魔力のコントロールと術式の構築を会得していく。かのゲルト・シュヴァインに追いつくにはまだ遠いものの、並の生徒では既に太刀打ち出来ないほどの力を手に入れつつあった。
「それにしても、リリアは意外と基礎がしっかりしてるね。誰かに教わったのかい?」
「あ、いえ……! ほら、昔ゲインさんに教わったりしたし、それに最近はその……友達と一緒に、練習してたんです」
「友達か。仲間は若いうちに作っておかないと後々苦労するからね、存分に時間を過ごすといいよ。でも、いいのかい? 君は最近昼も夜も僕のところにいるようだけど、友達との時間を邪魔しちゃってないかな?」
「平気ですよう〜。それにその……その友達には、内緒で強くなりたいんです」
口元に手を当て、照れくさそうに呟くリリア。ルーファウスが首を傾げるのを見て、笑いながら答えた。
「その友達に……多分リリアは、色々な物を貰ったんです。沢山の仲間や新しい自分、ゲルトちゃんとの明日……でもだからこそ、証明したいんです」
「何をだい?」
「――リリアでも戦えるんだって事……迷惑かけるだけじゃないんだって事。そうしたらきっと、もっとちゃんと、話し合えると思うんです。だから……」
楽しげに語るリリアにルーファウスは小さく息を付く。それからリリアの前に立ち、鞄から書類の束を取り出した。それを手渡されたリリアは目を丸くして首を傾げる。
「リリアは将来、勇者の座を継ぐにせよどうするにせよ生きていかなきゃならないだろう? 将来の為にも、聖騎士団に入るつもりはないかい?」
「聖騎士団、ですか……?」
「僕が知る中では魔王さえ打ち倒した現存する最強の軍隊だ。それに勇者になれば自ずと大聖堂騎士にも就任する事になる。勇者に成るのがゲルトだとしても、君は彼女をかつてのゲインさんのように支える事が出来る。逆も在り得るね。兎に角、考えてみてくれないか?」
書類の束を前にリリアは戸惑っていた。既にリリアの実力は通常の聖騎士団員を上回っている。学園にはちらほらそうした聖騎士団さえも匹敵し追い越すような力を持つ生徒が存在する。そうした彼らにとっては聖騎士団への入団を薦められる事はそう珍しい事ではない。
しかしリリアはついこの間まで落ち零れであり、誰からも見向きされなかった存在だった。突然の大出世に本人は事の重大さがいまいち実感できない。
「それに、聖騎士団はこの世界で最強の力だ。その一員になれれば、君のお友達にもきっと力を証明出来るんじゃないかな」
「力を……証明する……」
書類を握り締めるリリア。ぱあっとその表情に笑顔が咲き、ぺこりと頭を下げて顔をあげる。
「リリア、ちょっと行って来ますっ! 今日はこれで失礼しますっ!」
「うん、行っておいで」
「ありがとうございましたあーっ!」
ぶんぶん手を振りながら跳躍し、学園の柵を華麗に飛び越え、屋根から屋根へと跳んで行くリリアの姿を目で追いながらルーファウスは苦笑を浮かべていた。
「おーい! 保護者のニーチャーン!」
どこかで聞いた声に振り返ると、背後から駆け寄るブレイドの姿があった。その隣にはゲルトの姿もある。珍しい組み合わせに首を傾げながら近づくと、ゲルトは俺を見るなり視線を反らした。
こいつ、人前だとしっかり他人を拒絶してるな……。まあ俺に心を開いてくれているとは思わんが、まさかの他人のフリとはどういうことだ。
「ニーチャン聞いたぜ! アイオーンとやるんだって?」
「ああ、明日の昼頃だ。何だ、どうして知ってるんだ? 誰にも言ってないはずなんだが」
「だってアイオーンが言ってたもん。学園の強い奴はみんな知ってるんじゃないかな? だって、あのアイオーンが目をつけた男だもんなっ!」
アイオーン・ケイオス。常に不動の最強を誇り、ただの一度も誰にも敗北した事のない学園歴代最強の王座に立つ女。
美しいその容姿と中性的な服装、常に絶やさず浮かべるミステリアスな微笑が人気らしい。主に女性から圧倒的な支持を受けるアイオーン・ケイオスに挑む人間は、せいぜいゲルトかブレイドくらいのものらしい。
「おいらたち上の三人は一応トップ争いしてるんだけど、アイオーンに勝った覚えは一回もないんだよなぁ〜。ゲルトもだよね?」
「…………非常に納得行きませんが、彼女はこの学園の生徒で現在最強です。間違いなく、文字通りに」
なんだかよく判らないが、とんでもなく強いという事は確かだ。アイオーンは既に強すぎてこの二人以外にわざわざ挑む人間がいなくなってしまったほどらしい。
そういえばこの間の課外実習でもアイオーンの力だけは完全に未知数だった。どうせならそこで少し力の片鱗でも見せてくれれば少しは対策が組めたものを。
「しかしそんなに目立つんじゃ、アイオーンの力はもう周知の事なんじゃないか? バトルスタイルとか、能力とか」
「ああ。そこがあいつのスゲーとこなんだよ、ニーチャン。アイオーンは何回戦っても、底が知れないっていうか……なあ?」
「ええ。彼女が最強とされる由縁は……そうですね。『一度目は何をされたのかわからない』、『二度目は見極められない』、『三度目は手を変えられる』事に在ります」
ゲルトが初めてアイオーンに挑んだ日、開始数秒で何もわからないまま気絶させられてしまったらしい。二度目は戦いにはなった物の何が起きたのかわからないままやはり終了し、三度目こそはと挑めばその時にはアイオーンのバトルスタイルは変化していた。
「つまり、ただの魔術師でも剣士でもなく、彼女は様々な能力に精通しているんです。悔しいですが、外見の年齢の数倍は経験を積んでいるとしか思えません」
「なんだそりゃ? サバ読んでるってことか? 見た目的にまだ二十歳前後だと思ったんだが」
「アイオーンには色々な噂がついてまわってんだよ。やれ、吸血鬼だとか。やれ、死者の魂を食らって生きているとか。やれ――魔王の生まれ変わり、とかな」
その言葉に俺は課外実習の出来事を思い返していた。アイオーン・ケイオス……いつでも食えない笑顔を浮かべる奇妙な女。その腹の内はずっと戦い続けてきたブレイドやゲルトにさえ判らない程混沌としているのか。
「その魔王の生まれ変わりっていうのは?」
「えーと、魔王ロギアっていたろ? 前の戦争で勇者のネーチャンの親父が倒した奴。そいつも稀代の魔術師で、剣士で……アイオーン同様、限界突破者だったらしいんだよ」
「限界突破者……?」
人間は誰でも属性を宿して生まれてくる。それが適正属性になり、本人に扱える限界ともなりえるのだ。
つまり自分とは全く異なる正反対の性質の魔法は使えない。使えたとしても100%の性能は引き出せない。それが属性的限界。つまり限界を突破した者とは、属性的限界を超えあらゆる属性、適正の術式を100%の性能で発揮出来る、そんな化物染みた存在の事である。
「大まかに分けても、彼女の戦闘様式は七つ程度はあると考えて良いでしょう。つまりそれは、相手の得意不得意にあわせて自らを自由に変則出来る、反則的な力に繋がるのです」
「……成る程な。伊達に闘技場の女王ってわけじゃないのか」
「まーな。あれじゃあ人間じゃねえって言いたくなるもん。おいら実際言ったし」
「わたしも言いました。あの人は人間ではないと思いますよ、わたしも」
二人は腕を組んでうんうん頷いている。どうやらゲルトも闘技場つながりで他の生徒とはいくらか仲が良いようだ。実力を認め合える相手なら、自然と思いも交わせるものなのかもしれない。
それにしてもそんな化物染みた奴とこれから戦わなければならないのか。アドバイスを貰おうかと思ったが、戦闘スタイルが毎回違うのではヘタに先入観がないほうが対応しやすいかもしれない。
「……ん? そんな勝ち負けのハッキリしてる戦いでどうしてお前らは盛り上がってるんだ?」
「……鈍い人ですね」
ゲルトは腕を組んで溜息を漏らしている。彼女の言葉を代弁するように、ブレイドが笑いながら俺の背中を叩いた。
「だーかーら、そんなアイオーンをニーチャンが倒すかも知れないってんで、盛り上がってんじゃないか!」
「お、俺がか!?」
「そーだよ! だってニーチャンの……なんだっけ? こう、拳から雷っつーか、光の柱みたいなのが敵をズガーンって討ち抜く技? あれスゴかったもん! アイオーンの魔力障壁もぶちぬけるんじゃないかな」
あんな付け焼刃の必殺技がアイオーンに通じるのか? それ以前に俺は別に勝つ必要はないと思うんだが……。あいつの口から疑問を吐かせる条件は戦う事であって俺が勝利することではないわけで……。
「な! な! アイオーン倒してくれよな、ニーチャン! おいらそしたらニーチャンのファンになっちゃうぜ!」
「お、おおう……」
ブレイドがきらきら輝く子供の目で俺を見上げてくる。なんというか、こういう純粋な眼差しにはどうにも弱い……。
「ブレイド、あまり無理を言わないであげてください。彼では万が一にもアイオーンを下す事など不可能ですから」
「随分な言い様だな、ゲルト……」
「それはそうですよ。貴方なんてただの魔力バカじゃないですか。技術が追いつかない力だけではアイオーンには絶対に勝てませんよ」
「またまたあ〜。ゲルトだってホントはちょっとアイオーンが倒されるトコみたいくせに〜」
「べ、別に見たくありません! ふん、絶対に在り得ませんが、万が一にも在り得ませんが。もし貴方が勝つような事があれば、一週間メイド服で奉仕してもいいですよ」
自分のトラウマになっている事を平然と賭けに使うとは、よほど俺が負けるという確信があるらしい……。
まあ、自分でも勝てるとは思っていないから別に構わないが。だが、アイオーンと俺との関係は少々歪み始めている。もう、ただ戦えば良いってもんでもない気がする。
せめてあいつに一泡吹かせてやりたい。あの他人を見下すような、見透かすような紅い瞳が悔しそうに歪むところを見てやりたいと思うのは、俺の性格が捻じ曲がっているからなのだろうか。
「悪いなブレイド。あんまり期待しないで待っててくれ。全力は尽くすよ」
「うおー、カッケー!! 男はやっぱクールに勝たなきゃな! な!」
君はどうにもクールという言葉とは無縁のように見えるのは俺の気のせいだろうか。
「そういえばゲルト。お前、調子はどうなったんだ?」
「わ……わたしの事はいいでしょうっ!? それより、無様にやられた時の言い訳でも考えたほうがいいんじゃないですか!?」
「お前もメイド服の用意したほうがいいぞ。案外可愛かったしな、あれ」
「な、なななあっ!?」
今にも斬りかかってきそうなゲルトから距離を置き、ブレイドに手を振って別れを告げた。さてと、随分とおっかない話を聞かされてしまったが、俺もただ何も出来ずに負けるってわけにはいかなくなったな。
せめて一矢報いてから――そうだ、メリーベルに神威双対についてちょっと聞きたい事があったんだが……。
あの日依頼メリーベルには会っていない。あの痣がどんな意味を持っていたのかはわからないし、何故彼女があそこに篭っているのかもわからない。
でも今の俺にはそういうの全部抱える事は出来なくて、ただ目先のアイオーンとの決闘の事しか今は考えられない。気になっているのは事実だが……いや、自分を誤魔化しているだけなのか?
「――やめよう。考え過ぎても、どうにもならない」
頭を振って少しだけ気持ちを落ち着ける。そうして通路を歩いていると、ばったり正面からリリアと出くわしてしまった。
リリアは手を振りながら駆け寄ってくる。間違いなくその相手は俺なのだが、俺は何も言わないままリリアが近づいてくるのを見つめていた。
「師匠っ! 聞いてくださいっ! リリア、聖騎士団に入らないかって誘われたんですよ!」
「そうなのか」
「はいっ! あの、まだ正式には決まってないんですけど……リリア嬉しくて! えへへ、師匠に一番に聞いてもらいたくて、それで……」
「そっか。良かったな……リリア」
リリアの頭を撫で、俺は微笑を浮かべる。本当は、こうなる事は昨日から知っていたんだ。
原書に映し出されたリリアの未来――それは聖騎士団に入る事が決まっていた。俺がこのまま何も手を出す事をしなければリリアは聖騎士団に入れる。この世界で最強の軍隊にして正義そのものである聖騎士団に。
それは親父の後を継ぐことでもあり、世界の平和を守る事でもある。立派な未来だ。それは勇者になれることと直接的に繋がらないものの、リリアにとって良い事なのは充分に俺にも理解できた。
俺と一緒にいた時には描かれなかった未来が、リリアが一人で動き出した途端に開かれた。俺は彼女の可能性を潰してしまっていただけなのかもしれない。昨日はそう考えると寝るにも寝られなかった。
リリアは才能もあるし努力も惜しまない。俺なんかがだららだこの子と一緒に居るより、この子にとってはもっといい手段は山ほどある。何が立派な勇者にしろ、だ。それがどんなに難しいことなのか、俺はわかっていなかったのだろうか。
「それで……師匠? どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない。それで、いつからなんだ?」
「早ければ来月にはっ! えへへ、なんだか夢みたいですよね?」
リリアが聖騎士団に入ることになれば、ゲルトだって後を追うだろう。ゲルトが聖騎士団に入らずにこの学園に残っていたのは恐らくリリアのためだ。彼女と同じグラウンドで戦う為ならばゲルトはどこにだって追いかけて行く。
そうなれば二人は聖騎士団という勇者に最も近い力の下で育ち、いずれは勇者になるはずだ。それなのに、俺が見た原書に描かれる未来はそうはいかなかった。
「リリアは……ゲルトの事、どう思ってるんだ?」
「ふえ? なんですか、急に?」
「いや……あいつ、スランプで悩んでるんだ。少し、話を聞いてやってくれないか?」
「ええ、聞いてますよ? ルーファウス先生に」
聞いていたのに全く気にしなかったのだろうか? なんだか以前のリリアとは違う反応にちょっとだけショックを受けている自分がいた。
「でも、今は自分の事で手一杯ですし、リリアが強くなればきっとゲルトちゃんも慌てて追いかけてくるはずですよっ」
そうじゃないんだよリリア。あいつはもう、勇者を諦めかけてるんだ。今お前が彼女の傍を離れたら、あの子はきっと自分を許せないまま、誰にも傷を見せられないまま抱え込んでしまうだろう。
お前しか他にあの子を救える人間はいないんだ。だから声をかけて、君は悪くないんだよって言ってあげなきゃいけないんだよ。そうじゃなきゃ、ゲルトは……。
「師匠? えと……リリアのこと、怒ってるんですか……?」
「どうしてだ……?」
「だって師匠……リリアの目、一度も見てくれないから……」
言われてから気づいた。俺は一体ドコをみているんだ。壁なんか見ていてもしょうがないだろう。
ちゃんとリリアと向き合って、リリアの言葉を聞いて、リリアを見てやらなきゃだめじゃないか。なのにどうして、こんなにこの子といるのが辛いんだろう。
押し黙っているとリリアも黙り込んでしまった。二人して通路の真ん中で立ち止まり、言葉を失くす。何か言ってあげなきゃいけないのに、俺はやっぱり何も出来ない。
「なつるさん……」
「リリア……その、聖騎士団に……そんなに入りたいのか?」
「え?」
俺の言葉にリリアは驚いていた。視線をきちんとリリアに向けるように意識すると、リリアの目は揺れていた。
「別に、まだ聖騎士団に入らなくてもいいじゃないか。リリアはまだ子供なんだし、それにこの学園で学ぶ事もまだ沢山あるだろ?」
「…………それは、そうなんですけど……」
「せっかく友達も沢山出来たんだし、もう少しゆっくりでもいいじゃないか」
自分でもバカな事を言っているのはわかっている。でも未来を変えられるのは今しかないと思えた。
リリアは俺の言葉を聞き、指先を胸の前で組みながら静かに目を閉じた。それから彼女が小さな言葉で呟いた思いを、多分俺は一生忘れられないだろう。
「…………なつるさんなら、わかってくれると思ったのに……」
彼女はそう言って背を向けて走り去っていく。俺は結局何も言わないまま、追いかける事もしないでその場に立ち尽くしていた。
拳を握り締め、歯軋りする。そうじゃないんだ、リリア。ゲルトはもう限界なんだよ。彼女はこのままじゃ――――死んでしまうんだ。
原書に描かれた残酷な未来。聖騎士団になったリリアと、死んでしまったゲルト。余りにも無残な二つの結末の格差に俺は動揺していた。
早ければ一ヶ月……? 余りにも短い……短すぎる時間だ。その時間の中で、この未来を変える事なんて俺には出来ない。それに何より、変えてしまっていいのか?
目的を果たす為には多少の犠牲は必要なのだ。それはわかっている。でもな、リリア……それでゲルトを忘れて聖騎士団でうまくやっていけるのか……?
「……いや、違うのかもな」
俺自身、彼女が離れて行くのがいやなだけだ。
何も出来ない自分。強くなるリリア。自分を見失うゲルト……。
結局はそうした全てに苛立って、何も出来ないまま手をこまねいているうちに全ては手遅れになる。そんな未来なんてもうウンザリなはずなのに。
翌日の試合に備え、歩き出す。アイオーンを倒し、それで何が得られる? 残りのタイムリミットの中、自分に出来る事……。今日もやはり、眠る事は難しそうだった。
〜ディアノイア劇場〜
*早起きすると暇だね編*
『べるべる』
リリア「ベルヴェールさんって、べるべるって感じですよねー」
ベルヴェール「ハア?」
リリア「ふぎゅ!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
ベルヴェール「いや、そんなに怖がられても困るけど……。『ベル』ってのは縁起の良い言葉なのよ?」
リリア「そうなんですか?」
ベルヴェール「アンタの『リア』ってのもそうでしょ? 『ベル』は大いなる魔道、リアっていうのは高貴なる血統って意味があるのよ!」
リリア「そうだったんですかー。でもそれ本編であんまり関係なさそうですけどね」
『異世界ウラシマ』
夏流「そういえばもう丸一月くらいこっちにいる気がするんだが、現実はどうなっているんだろうか」
ナナシ「こちらでの時間経過は向こう側とはあまり関係ありませんから、そんなに心配しなくてもいいのでは?」
夏流「それでも気になるし一度戻ってみよう。行くぞ、ナナシ」
〜数分後〜
夏流「現実世界が滅んでいる……」
ナナシ「それは、何かのSFですか?」
『ナナシハット』
夏流「そういえばナナシの帽子の中ってどうなってるんだ?」
ナナシ「アイテムボックスになっていますよ? 原書のほかにも色々な物を入れられるんです」
夏流「中は広いのか? ちょっと入ってみてもいいか?」
ナナシ「ええ、どうぞ。別に平気ですよ」
夏流「おー、広いなー……。出口があんな上に見える」
ナナシ「そうですねえ」
夏流「…………お前も入ってきたらどうやって出ればいいんだ?」
ナナシ「あ」
『万が一ってこともある』
ゲルト「……お、お帰りなさいませ、ご主人様〜……。何か違いますね」
リリア「どうしたのゲルトちゃ……なぜに鏡の前で、メイド服……」
ゲルト「こ、コレは違うんです! そうじゃなくて!!」
リリア「似合ってるからいいと思うけど、誰も居ないところで練習までしてたとは……」
ゲルト「違うの!! 万が一ってこともあるから!! 万が一ってこともあるからあああっ!!」
『男性キャラは』
アクセル「えー、今日の議題は……男性キャラがみんな同じ性格じゃないかという件についてー」
ブレイド「え? そんな事ないよな、ニーチャン?」
夏流「お前らは似てるんじゃないか? 俺はそんなことないと思うぞ。主人公として立派に頑張ってるから」
アクセル「それはないだろ〜」
ブレイド「それはないね!」
夏流「……。それにしてもこう、もうちょっと落ち着いた男が仲間にほしいよな」
アクセル「それなら俺がいるじゃんかよ」
ブレイド「それならおいらがいるじゃないか!」
夏流「…………お前らやっぱ似てるよ」