課外授業の日(3)
「それで、貴方は結局わたしに何を言いたいんですか……」
「そ、それはね……その……こういう時、ゲルトちゃんならどうするかなぁ、って……」
アクセルが厨房でフライパンを振っている頃、テーブルを挟んで顔を合わせるリリアとゲルトの姿があった。
身体に包帯を巻いたままのリリアはそこでブラックコーヒーを口にしながら視線を伏せていた。ゲルトとリリアが店の前でばったり遭遇したのは完全なる偶然。しかしこうしてこの場所で共に顔を合わせていることは運命のように感じる。
ゲルトはチョコレートパフェに突き刺さったスプーンをからからとかき回し音を立てる。課外授業で起きた事、その時にリリアが負傷した事、結局何一つ救えなかった事。そして夏流の手を振り解いてしまった事。それらをリリアは一生懸命に拙い言葉でゲルトに伝えた。一度は憎しみあい剣を交えた二人がこうしてあたかも友人であるかのように接しているのは奇妙以外の何者でもなかったが、二人の間にある関係性は友情でも敵でもない、言葉に出来ない複雑な物だった。
リリアの話を聞き、ゲルトは眉を潜めた。結局リリアを守れなかった夏流に対する苛立ち。現実を前に甘えた事を言っているリリアへの戸惑い。しかし何より、こうしてリリアと面をあわせ話をしている事を嬉しく思っている自分自身への呆れ……。様々な感情の最中、溜息だけが零れ落ちた。
「それで、怪我の具合はいいんですか? 何かある度にそうやって負傷していたら、お嫁にいけなくなりますよ」
「はう!? 何気に酷いこと言うよね、ゲルトちゃん……ていうかお嫁って……」
「そもそも、ホンジョウナツルとはどういう関係なんですか? 貴方たちかなり親しそうに見えましたけど」
ゲルトの問い掛けにリリアは押し黙る。コーヒーを一口飲み、視線を窓の外に向けて肩を竦めた。
「わかんない」
「は?」
「わかんないよ。なつるさんは、時々何を考えているのか……リリアには全然わかんない時があるの。時々凄く怖い顔でリリアを強引に引っ張って……そういう時、まるで別人みたいになっちゃったなつるさんの姿に自分もどうしたらいいのかわかんなくなる」
それはゲルトには想像のつかない事だった。しかしリリアと夏流、二人の関係性が明らかに捻じ曲がっている事はリリア本人にも明らかなことだった。
素性も知れず、何にも属さず、あらゆる思想に染まらない少年。まるで自分一人だけこの世界から切り離されて存在するかのようなその姿に戸惑うことは何度もあった。しかしその度彼の笑顔や優しい言葉、彼が差し伸べる手が戸惑いを払拭してきた。
しかし、恐らくそれらは間違いだった。お互いに疑問さえ口にしないまま触れるだけ触れて暖かさだけを認識して、結局本質は何も理解していない。自らの掌を見つめ、リリアは一週間前の事を思い出す。あの雨の日、闘技場で離れてしまった指先は今も繋がらないまま、結局それを拒絶し続けてしまっている。
そんな夏流はそれでもリリアを二度救った。ゲルトとの決闘を阻止し、地龍に一人で挑むリリアの代わりに一撃で龍を葬って見せた。わからないのに、信じたくなるような事をする夏流の行いが、矛盾するその感情が胸の中にもやもやしたまま蓄積していた。
「ナツルの事が嫌いになったんですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、どうなんですか? はっきりしない人ですね、貴方は」
「…………ごめん」
「あ、謝らないで下さい……。別に責めている訳じゃないから……。でもそれで、貴方はこれからどうするんですか? 嫌いではないなら早く仲直りするなりなんなりすればいいじゃないですか」
「それもそうなんだけど……」
煮え切らない様子のリリア。既に彼女はもう三日は夏流と口を利いていない。会ったとしても、夏流が訊ねてきたとしても、どんな顔をして会えばいいのか判らなかった。
まるで冷たく凍えるような視線で簡単に人間を見殺しにした夏流。自分を助けるために危険を承知で駆けつけた夏流。どちらも同じ夏流であり、だからこそわからなくなる。
マグカップを空にしてリリアは意を決して顔を上げた。少しだけ困った顔で、ゲルトに微笑みかける。
「決めた。リリア、暫く一人で頑張ってみるよ」
「え?」
「夏流さんにも言われちゃった。いつでも誰かが傍に居てくれると思うな、って……。何かリリア、夏流さんに甘えすぎてた……ううん、期待しすぎてたのかも」
自分自身の中にある理想の勇者の姿。それに限りなく近いと感じたのが、他でもなく彼だったから。
自分の心の中、かなえる事の出来ない願いを勝手に重ね裏切られたかのように感じ、結局触れられない指先に苛立つだけ。そんな自分の甘さが嫌になった。
「もっと強くなって、もっと力を手に入れて……それで――」
そこから先は言葉にならなかった。リリアは儚げな笑顔だけを残して店を出て行く。ゲルトはパフェのグラスに移りこんだ自分の霞む姿をじっと見つめたまま、リリアが去っていくのを感じていた。
「力……か」
口に放り込むチョコレートアイスの味。
思っていたよりもそれは甘くて、思っていた以上にそれは冷たかった。
⇒課外授業の日(3)
俺は昔から、他人に誤解される事が多かった。
『そうじゃないんだ』って言葉を何度も飲み込んで、出来る限り誰かと摩擦を生まないように生きてきた。
自分の気持ちなんて物は世界の中では何の必要も無く。自分自身の思いさえ破滅に導くような、そんな危うくて魅力的な割れ物だから。
どんなに誰かに触れようとしても、自分自身の気持ちと言葉は相手を傷つけ擦れ違う。誰かの言葉を自分の気持ちで判断しても傷つくだけ。だから俺は『誰か』とか『自分』とか、そういう気持ちは要らないと思った。
客観的な判断から齎される言葉や判断が常にベターでありベストだと今も信じている。人間はそう上出来な生き物ではないから、個人的な意見は何かを犠牲にするだけだ。だから俺は自分の言葉なんて要らない。
世界の全てを救う事なんて人間には出来なくて、だから直ぐ傍にあるものだけでも守りたいと思う。そのために沢山沢山犠牲にしなければいけなくて、だから幸せになる事はとても難しいのだと思う。
そういう気持ちを抱えいつしか考える事も忘れ、自分の中でその考えがあたかも自分の意見と摩り替わったかのように感じた時、気づけばもうリリアは俺の手を離れていた。
リリアだけではない。俺を慕う人は皆離れて行く。自分の言葉で彼らは繋ぎとめられない。でも客観的な言葉じゃ彼らには届かない。どうすればいいのかわからないまま何年も過ぎ去って、冬香の手を離した時から未だ俺はその答えを見つけられないままでいた。
「で? だから、なんで一々あたしの部屋に来るのかな、君たちは」
俺はメリーベルの研究室のソファの上に寝転がり、額に手を当てていた。自分で言うのもあれだが、今俺は相当参っている。
リリアともう三日も口を利いてもらえていない。完全に避けられている。ああ、言われるまでも無い。俺が何かしでかしたんだ。わかっている。だが、それがなんなのかわからなかった。
どうにも八方塞だわ、自分ではどうしようもないわ、リリアの機嫌は直らないわで疲れきっていた。元々人付き合いがいい方だとは思ってないし、今はもう誰とも合いたくない気分だった。だが結局は誰かに話をきいてもらいたくて、女々しくこんな所に入り浸っている。
メリーベルは俺がいようがいまいが話していようが話していまいが関係ないといった様子でフラスコを振っている。そういうメリーベルだからこそ今は一緒に居たい。その無頓着さに甘えているだけだというのは判っていても。
ゲルトが掃除したらしく綺麗になった天井を眺めながらぼんやりと時間を過ごした。今は何も考えたくない……。どれくらいそうしてバカみたいに時間を浪費しただろう。気づけばメリーベルが傍に立ち、影が顔に差していた。
「場所、空けて。座りたいから」
「ああ、悪い」
寝そべっていたら座るスペースはないだろう。身体を起こし、座りなおす。メリーベルは俺の隣に腰掛け、白衣を脱いで髪を掻きあげた。
その横顔をぼんやりと眺める。こちらを視線だけで捉えたメリーベルと見つめあい、俺は苦笑を浮かべて肩を竦めた。
「何?」
「いや……やっぱお前は楽でいい。多分俺たちは似た物同士だからな」
「勝手に一緒にしない」
「ああ、判ってるよ。俺の主観的な……いや、なんでもない」
額に手を当てる。何が主観的な感想、だ。気にしすぎている。どうかしていると言い換えてもいい。
俺が溜息を漏らす様子を眺め、メリーベルは呆れるように笑った。その笑顔の意味は判らなかったが、彼女はソファの隅っこに移動すると、自らの膝をポンと叩いた。
「どうぞ」
「何が?」
「膝枕してあげる」
「……なんで?」
意味不明すぎて首を傾げる。が、彼女は黙ったまま俺をじっと見詰めていた。仕方が無く膝を乗せ、手摺に足を乗せて寝転がる。思いのほか柔らかい感触に思わず心地よくなっていると、メリーベルは俺の頭を撫でて見下ろしていた。
「……完全に子供扱いだな」
「大人を名乗る人間ほど、本性は幼いもの」
「それは同意するけど……いや、もういいや」
なされるがままに瞳を閉じる。メリーベルはまるで子供をあやすような優しい手つきで俺に触れる。ここ数日悩みすぎでろくに眠れなかった事も手伝って俺は猛烈に眠くなっていた。
このままだと寝てしまいそうなので起きようとすると、メリーベルは俺の頭を押し戻す。対して強い力ではなく抵抗は難しくはなかったが、抵抗したくない気持ちが自分の中で勝っていた。
「それで、何があったの?」
「……何があったんだろうな。俺は……その、自分では良いと思う事をしてきたつもりなんだ。今までもずっと……」
でも、結果的に俺は誰かに拒絶される事になる。リリアが俺の手を振り解いた時の瞳が、冬香と完全にダブっていた。その事実が胸に突き刺さり、古傷を抉るように今でも痛み続けている。
「全ては救えない、全ては守れない。だからその為に何かを犠牲にする……。そうしなきゃ後でデカいツケを支払わなければならなくなる。だから俺は、そうやって傷つく事も傷付ける事もしたくないから、それで……」
「リリアに嫌われた、と」
まるで見透かすような言葉がぐさりと突き刺さる。言い返す事も出来ずに溜息を漏らすと、メリーベルは目と鼻の先まで顔を近づけ俺の瞳を覗き込んできた。
「じゃあ、もう会わなければいいじゃない」
「そういうわけにはいかない」
「でも、そういうものでしょう? 人間は全ての人間とは解り合えない……。自分の波長と合う人間を探すのは容易じゃないから。自分の中にある何かを隠して犠牲にしながら隣を歩き続けるのは、ただの苦痛でしかない」
いつに無くおしゃべりなメリーベル。その言葉を聞き、俺は全く同じ事を考えていた自分自身に気づいた。
リリアは俺とは違いすぎる。だからリリアは俺の手を跳ね除ける。確かにアイオーンの言う通り。俺と彼女は決定的に違っている。だからその手が触れ合う事は無い。繋がる事はないんだ。
それは判っている。判っているけれど、だからって諦めきれないのは自分の弱さなのか。どんなに力があっても守れない、救えない、繋がらない……。人と人の気持ちを知るのは難しくて、俺はいつもバカだから擦れ違う。
メリーベルが手甲の上から俺の手を握り締める。暖かさは伝わらなかった。誰かの温度を拒絶するように手に入れた力が懸命に想いを遮っているかのように感じる。ただ近すぎる距離のまま、嫌な気分はしなかった。俺も出来れば彼女のように生きたい。誰にも関わらない場所で、誰の事も記憶に残さないまま、全て忘れて没頭して。そうやって有り余る時間を消化出来たらいいのに。
どうして自分はここにいるのだろう。結局は冬香への未練を断ち切れて居ないだけなのかもしれない。だから少しでも彼女の痕跡を感じていたくて、幻想的な偽りに頼っているだけなのか。
入り浸るようにこの世界を泳ぐ度、彼女の残り香が目先を通り抜けて行く。虚ろなこの世界の幻の中で、確かに俺はいつでも彼女を近くに感じていた。
でもそれはきっとリリアが近くに居たからで。彼女がいなくなった世界はまるで文字通り主役を失った物語のように俺の中で何の魅力も放たなくなった。
「妹が――いたんだ。一人……双子だったんだけど」
「うん」
気づけばそんな事を話していた。メリーベルは表情一つ変えず、ただ手を握って話を聞いてくれた。
「あいつが苦しんでいる時、俺は何もしてやれなかった。違う……あいつが苦しむ理由を俺が生み出していたんだ。だから自分が居なくなってしまえばいいと思った。世界から俺が消えてなくなればあの子を苦しめる物は消えるんだと思い込んだ。でもそうして俺の居なくなった世界で、あの子は余計に沢山のものを失った。傍に俺が居なかったから、だから守ってあげられなかった」
「矛盾してる」
「そうだな、矛盾してる。でも、その時出来なかった事を、取り返しのつかなかった事を取り返したくてここに来た。なのに俺はまだ、やっぱり何も出来ないままだよ……」
メリーベルは応えなかった。日の光さえ差し込まない薄暗闇の中、俺は目を閉じる。この世界があの子の残した夢だというのなら守りたい。あの子が願った物を自分も感じたい。俺は結局その為にリリアを利用しているだけだ。利害が一致するから傍に居るだけ……そんな気持ちでは、愛想をつかされても仕方が無い。
だが、どうすればいい? どんな気持ちなら誰も傷付けないで済む? 何も求めないでいられる? 何も愛さないでいられる? それが判らなくて弱気になる。自分が嫌になる。どんどん繰り返す。答えは出ないまま。
「嫌な事を背負って生きるのは、あたしには無理。あたしは自分の為に生まれて、自分の為に死ぬの。何年も前からそう決めて、今でも決意は変わらない」
それが何の事を語っているのかはわからなかった。ただ彼女は自分の胸元に俺の手を誘導し、胸元を肌蹴させる。
そこにあるものを見て俺は目を見開いた。メリーベルは微笑んだまま、表情の読めない瞳のままで言葉を続けた。
「自分の結末は自分でしか決められないから。誰かを傷付けてもそれでいいと思えなければ、この世界では生きていけないから」
メリーベルの身体、その首から下には赤黒い模様が浮かび上がっていた。それがおぞましい物である事を俺は直感する。メリーベルは肌蹴た肌を隠し、恐らくグローブやローブ、その全ての下に広がっている犯されたままの肌で俺に触れる。
彼女の温もりは伝わらない。でもきっとそれは俺が拒絶しているだけではないのだと思った。きっとそれはそう、この子も誰かに触れる事を嫌っているのだろうから。
身体を起こす。メリーベルは普段と変わらぬ様子で白衣を羽織り、微笑を浮かべている。火にかけられたフラスコが小さく音を立てて罅割れるのが、ここからでも見て取れた――。
「リリア・ライトフィールドさん?」
学園の中庭のベンチでぼんやりとリインフォースを眺めるリリア。その背後からかかった声に振り返ると、そこにはルーファウスが立っていた。
魔術学科の教師であり、リリアとはそれほど面識も無い彼が声をかけた理由。それは兎も角、突然教師に声をかけられれば緊張するのも無理はない。リリアは妙に畏まった様子で頭を下げた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕は君を叱る為に声をかけたわけではないからね」
「は、はい……。あのう、それで……?」
「ああ。この間の課外授業では、随分と悲惨な目に合ったと聞いたよ。君も負傷したようだし……その後、傷の経過はどうかな?」
「あ、いえ、大丈夫です。病院の医術師さんに念入りに魔法をかけてもらったので、もう殆ど完治しましたから」
「そうかい? それは良かった。丁度昼休みで暇なのだけど、隣に座ってもいいかな?」
「は、はいい! どうぞ!」
リリアとルーファウスは共にベンチに腰掛ける。暫く二人は黙り込んでいたが、ルーファウスは沈黙を破り笑顔で声をかける。
「いつも一緒に彼は今日は別行動なのかな? 確か、夏流君とか言ったか」
「あ、はい……。えと、ちょっと、わけありで……」
「なんだ、喧嘩でもしたのかい? それはよくないな。友達は大事にしなくては」
「け、喧嘩とかそんな大げさなものではないのですよっ!? まあ、なんだか色々あって今は会いづらいんです。それもこれも、全部リリアが弱い所為なんです」
リリアは判っていた。自分を守りたいと思う夏流の気持ちが本物である事も、それを素直に嬉しく思う事も。しかしその為に一瞬見せる夏流の冷め切った恐ろしい視線が迷いを抱かせる。
それもこれも全ては自分に力がないから。夏流は初めての実戦でも立派に戦って見せた。聖騎士のリビングデッドを蹴散らす夏流の背後、リリアは黙ってそれを眺めている事しか出来なかった。
夏流が微笑んでリリアの肩を叩くその手はリリアを守る為に浴びた血に染まっていて、それが堪らなく寂しかった。まるでそれが当たり前とでも言わんばかりの夏流の歪みが悲しくて、それを変えられる力が欲しかった。
「でも、リリアは弱くて……一人じゃ、どうしたらいいのかわかんなくて……。一生懸命考えてるつもりなんですけど、それでもわかんなくて……。ああ、どうしようって、途方に暮れてたところなのですよ」
「その気持ちは、僕も判るよ」
口元に手を当て、苦笑するルーファウス。リリアが首をかしげていると、ルーファウスは照れくさそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。
「僕にもそういう時期があったものさ。自分ではどうにもならない力不足に悩まされた時、いつも僕を救ってくれたのは……リリア、君のお父さんだったんだよ」
「へ? リリアのお父さん……ですか?」
「僕はこう見えても聖騎士でね。いや、学園の教師の殆どは聖騎士ではあるんだけど。僕は十年前、君のお父さんが死んでしまう直前までその弟子として戦いを教わりながら戦場を転々としていたんだ」
かつての聖騎士団長でもあり、勇者であったフェイトとその仲間たちは何人かの弟子を連れて旅をしていた。そのうちの数人は今でも生き残り、あの日勇者たちに教わった技術や志を教えるために、学園の教師になっている。
「戦士科のソウル、いるだろう? あれも同期で一緒に旅をした仲間なんだ。僕はどちらかというとゲインさんにお世話になっていたけど、あいつはフェイトさんにべったりで、二人は意気投合してたっけ」
「……そう、だったんですか……。何だか、不思議な偶然ってあるんですね」
「ふふふ。その頃は僕らも丁度君くらいの年頃でね。当時は戦争中だったから、まともな教育機関も無かった。僕らは実戦で刃と術を鍛え、いつかはフェイトさんたちのような勇者になれる事を夢見ていたんだ。今は逆の立場になって、誰かに夢を与えられたら良いと思ってる……なんて、ちょっと恥ずかしいな」
照れくさそうに笑うルーファウスの態度は本物だった。本当に過去に想いを馳せ、その頃を楽しげに語る。それがリリアにも伝わり、いつの間にかリリアも緊張が解れて一緒に微笑みながら話を聞いていた。
やがてルーファウスの表情は曇り、どこか寂しげな視線で遠い空を見つめる。それからリリアへ視線を移し、問い掛ける。
「ゲルトとは、分かり合えたのかい?」
「……ゲルトちゃんは……多分、以前よりは仲良しさんになれましたよ? あっちがどう思っているかは、わかんないですけど」
「そうか。彼女は僕の弟子でね、ゲインさんの死後はずっと面倒を見てきた妹みたいなものなんだ。ただ、彼女はゲインさんの一件でフェイトさんを憎んでいる……。出来れば昔の彼らのように手を取り合って欲しいんだけどね……」
「だ、大丈夫ですよ! ゲルトちゃんは、とってもいい子なんです! そりゃ、ちょっとドジでうっかり人に必殺技ぶっ刺したりしますけど、でもいい子なんです! ちゃんと時間が経って話し合えれば、わだかまりは解けると思うんです」
「……そうだね。そうでなくては、ゲインさんも浮かばれない。君もそう思うだろう? 彼の剣は、彼女より君の方が多く受け継いでいるのだから」
リリアは嘗てゲインから直接指導を受けていた過去を持つ。その為戦い方はフェイトよりもどちらかと言うとゲイン寄りである。ゲルトは独自の戦い方を編み出しルーファウスの下で鍛えてきたが、ルーファウスからするとやはりリリアの戦い方には思うところがあるのだろう。
「まあ、何はともあれ今はゲルトの不調が心配だよ」
「え? ゲルトちゃん、不調なんですか?」
「知らなかったの? ゲルトは今、ランキング順位を大幅に下げて三十三位なんだ。ここの所連戦負け続けでね」
「えぇ〜〜〜〜っ!? なんで!? どーしてっ!?」
「それが、どうにも彼女には嫌われてしまっていて理由はわからないんだよ。そうだ、良ければリリアが少し彼女を励ましてやってくれないかな?」
「で、でも……ゲルトちゃん、リリアが励ましたら多分逆に落ち込みますよう?」
「そうだね。だから、君が頑張っているところをゲルトに見せればいいんだよ。あの子は極度の負けず嫌い……特に君を超意識しているからね。君の順位が上がればなにくそと追いかけてくるはずだ」
「で、でも……リリア、弱いですよう?」
「大丈夫、君には素質がある。明日から放課後僕の所に来るといい。学科は違うけれど、一応剣も嗜んでいるからね。君に教えられる事もあると思うよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
優しげに微笑むルーファウスの態度にリリアは目を輝かせた。今自分の力に行き詰っているリリアとしては願ったり叶ったりであった。
そうしてルーファウスとリリアが談笑している頃、ゲルトは一人人々が行き交う道の中、外灯に背を預けてフレグランスを見つめていた。
ここのところの負け続きの理由は自分でも判っている。だがその理由を認められないまま掌を強く握り締める。悔しさに歯を食いしばる視界、顔を上げるとそこには夏流の姿があった。
二人は外灯の下で見詰め合う。そのまま視線を反らし、立ち去ろうとする夏流の手首をゲルトは無意識に掴んでいた。
振り返り首を傾げる夏流。ゲルトは暫く押し黙った後、ゆっくりと顔を上げる。
「その――話が、あるのですが……」
薄暗くなり始めた街。タイミングを見計らったように点灯した外灯の光が二人の影を落としていた。