課外授業の日(2)
ノックスは二つの渓谷に挟まれるようにして存在する鉱山の街だ。
世界中にディパンを通して鉱石資源を流通させる鉱山であり、鍛冶師たちの聖地でもある。街は二つの谷に挟まれている為、事実上待ちの外に通じる道はつり橋二本しか存在しない閉鎖的な空間だ。
恐らくそれがまずかったのだろう。橋を渡るより前に、気分を害するような独特の死の匂いが漂っていた。橋を渡り、塀の影に隠れて中を覗き込んだ俺たちが見たのは、街中に転がっている無残に散った住民の死体だった。
手足をもがれ、胴体を両断され、暴力的な力に犯され成す術も無く死んで行った人々の死体、死体、死体……見渡す限り広がるその無残な光景を俺はどこか冷めた気持ちで眺めていた。
これは俺には関係のないこと。そんな風にどこかでもう一人の自分が囁いている。兎に角ここは危険以外の何者でもない事が一発で判る。俺は小さく息をつき、振り替えった。
リリアは口元を両手で抑え、身体を震わせていた。自分で望んでやってきたとは言え、流石にここまでの惨状だとは思わなかったのだろうか。いや、これくらいの状況になっている事は想像出来たはずだ。だから俺はこんなにも落ち着いている。
「う……えぇっ」
蹲り、胃の中の物をぶちまけるリリア。俺はその背中を擦り、より安全な物陰へと誘導する。
リリアは震えながら小声で何かをずっと呟いていた。パニックになるのも仕方ない。この子はこういう事には向いていないんだ。だが、だからといっていつまでもこうして蹲っているわけにもいかない。いつ俺たちもあそこに転がる死体の仲間入りをするかなんて誰にも判らないのだから。
俺だけはせめて冷静でいなければならない。撤退のルートを探していると、リリアはシャツの袖を掴み、小さな声で俺に言う。
「あの人たちは……どうして殺されなければいけなかったんですか」
「……どうしてだろうな。それは神様にだってわからないだろうさ」
「…………あの人たちは、つい昨日まで……ごく普通になんでもなく生きていたはずなのに……!」
リリアの感情は恐らく変化し始めていた。絶望的な暗闇の中から這い上がってきたのは恐らく半端ではない憤り。彼女はリインフォースを強く握り締め、歯軋りする。
「やめておけ」
俺の言葉にリリアが顔を上げる。不安げな、しかしどこか苛立ちを抱えたその視線に俺は強い口調で諭す。
「お前一人で何が出来る。街に魔物の姿がないのはティパンに向かったからだけじゃない。依頼を思い出せ。敵は元々炭鉱に居たんだ。連中の巣穴は街の表層じゃない。この渓谷に続いている膨大な範囲の穴なんだよ」
谷の間には無数の穴が開き、橋が架かっているのが見える。恐らくこの街をとりこ囲む環境全てが鉱山なのだ。街の下層に向かえば向かうほど、道順は困難を極め、一人では戻ってくる事も難しいかもしれない。
闇の穴の中でそこを巣穴としている者を相手に何の知識も準備も無い俺たちが闇雲に突っ込んでも勝ち目は薄い。そんな簡単な計算が出来ないほど、リリアは怒っているのだ。
目の前の見ず知らずの人たちが惨殺された景色を見て、その殺意を敵に向けている。優しさから来る反動だろうか。やはりこの子は危うい。
「でも……!」
「でも、じゃない。死にたいのか?」
リリアは悔しそうに視線を反らす。俺も少し冷たく言い過ぎたかも知れない。自分ではそういう認識がないだけで、俺も怒っているのだろうか。
とにかく一先ず立ち上がる。街の様子を窺いながら引き返していると、家の中から子供が一人飛び出してくるのが見えた。
どこかに隠れていたのか、兎に角運良く惨劇を免れたその子供は自分の街の人々が殺されている姿を見てあろうことか街中で叫びだしてしまった。その声にリリアも気づいて振り返る。勿論気づいたのは俺たちだけではない。
炭鉱へと続く穴から不気味な手が地上へと伸びてくる。それはどろどろと渦巻く黒い液体に包み込まれた奇妙な姿だった。
魔物――そう呼ばれるだけの事はある。怖気を誘うその化物は、思いのほか早い歩調で少年に向かって進み、液体の内側にあった巨大な口をぱっくりと開いた。
「リリアッ!!」
飛び出そうとするリリアの手を取ると、彼女の身体が急停止する。何故といわんばかりに振り返るその姿に俺は説明する時間もなかった。
どちらにせよここからでは間に合わないし、魔物が一匹だけとは限らない。リリア一人で突っ込んで取り囲まれたらどうする? 頭の中で同時に繰り返される『見殺し』の言い訳。しかしリリアは俺の手を振り解き、剣を下段に構えて走っていく。
子供は走って逃げているが、魔物の方が早い。リリアはリインフォースで大地を抉りながら魔力全開で突っ込んで行く。その手が少年に伸ばされる直前、魔物の口が無慈悲に少年の胸から上を噛み千切った。
「――――おぉおまええええええっ!!」
それがリリアの声だというのは多分実際に見ていなかったら俺もわからなかったと思う。憎しみと怒りを込めた剣を振り上げ、魔物の頭に叩き付ける。
感情のせいで制御できていない魔力の塊が魔物の頭に叩きつけられ、魔物は一撃で頭部を吹っ飛ばされて仰け反った。それでもリリアは止まらず、ほうっておけばやがて動かなくなるはずの身体を横に薙ぎ払う。
ばしゃりと嫌な匂いのする体液が飛び散り、リリアは剣を大地に突き刺して子供の死体を見下ろしていた。俺が駆け寄る頃には既に全てが終わっていて、リリアは震える声で呟く。
「……助けられたかも、知れなかったのに……っ」
「リリア! おいっ!!」
リインフォースを引き抜き、リリアは地下へと続く通路を降りて行く。俺の想像していた通り、街中に潜んでいた魔物たちがぞろぞろと姿を現し始め、俺は仕方がなく拳を構えた。
こいつらを坑道に行かせるわけには行かない。雷を帯びた力で俺は魔物に向かって走り出した。
⇒課外授業の日(2)
「…………魔物そのものは大した事はないんだがな」
雷撃で焼け焦げる魔物の死体を背に俺は小さく溜息を漏らした。命を失った魔物は解けるように魔力の粒になって空に消えて行く。成る程、これではティパンにも魔物の死体が残っていないわけだ。
リリアを追いかけようと振り返ると、街に向かってくるアイオーンたちの姿が見えた。橋を渡ってくる三人に合流するために俺も駆け寄る。
「皆、来てくれたのか」
「そりゃあ、同じ学園の仲間を見殺しには出来ないっしょ? それより勇者のネーチャンは? すげえ魔物死んでるけど……」
「リリアは奥に行っちまった。これから連れ戻す」
「ちょっと!? あのへこたれ勇者、どんだけ集団行動出来ないのよ!? ていうか、アンタも一緒だったなら止めなさいよね!」
「……返す言葉も無い」
三人も街の惨状に流石に驚いているようだった。しかしリリアほど取り乱す様子は無い。アイオーンは先頭に立ち、腕を組んで首を傾げる。
「魔物がこれだけとは思えないねえ。夏流、どうしてリリアを一人で行かせたんだい?」
「……それは」
一人で行かせようと思ったわけじゃない。結果的にそうなっただけだ。それに今から追いかけて連れ戻す。あの子に死なれるわけにはいかないんだ。しかしアイオーンは俺の考えを否定するかのように微笑を浮かべる。
「リリアを追いかければ全滅も在り得る……そうは思わないかい?」
「待てよ。リリアを見捨てろって言うのか?」
「一人の命と四人の命、どちらを優先すべきかは君にはわかっていると思うのだけれど。君はそう、客観的な判断で物事を決めるタイプの人間だろう?」
アイオーンの言葉に俺は何故か苛立ちを覚えた。客観的な判断で物事を決める? そうじゃない。だが何が違うのかは言い返せなかった。
何より今はそんな押し問答をしている場合ではない。一刻も早くリリアを追わなければならないのに。
「リリア・ライトフィールドの感性は君とは違いすぎるんだよ、夏流。だから彼女は君の行動に反発し、一人で突っ込んで行った。君に助けは求めずに、ね」
「…………」
言い返せない。確かにその通りだとは思う。だが、それだけじゃない。俺はリリアを守りたいんだ。リリアを大事にしたい……だからあの子の意思に多少そぐわなくとも、安全な方法を選びたい。その気持ちが間違っているのだろうか。
無茶をして、取り返しのつかないことになるのはもうウンザリだ。だったら俺は出来る限り安全な道を行きたい。自分が傷ついて自分だけ倒れるのとはワケが違う。誰かと一緒に居るという事は、誰かを道連れにする恐怖と隣り合わせだ。
リリアを俺の無茶な判断で死なせるわけにはいかない。だから逆に俺は冷静でいなきゃならないと思う。その考えが間違えているっていうのか?
苛立ちを口にする事はなかった。勿論そんな事をアイオーンに言っても仕方がない。それに何より、コイツは俺の苛立ちを煽っているんだ。何も言わずとも伝わっている事だろう。
「勇者は二人居る。どちらか一人居れば、体制は保てるだろう? リリアのように君のいう事を聞かない子より、ゲルトを守った方が早いんじゃないかい?」
笑うアイオーンの襟首を掴み上げる。俺がどれだけ睨んでもアイオーンは平常心を崩さない。俺は舌打ちし、アイオーンの眼鏡を掴んで片手で握り潰した。
「調子に乗るなよ……俺に意見するなんて百年早い。それに――言う事聞かねえ勇者なのは、どっちもどっちだ」
眼鏡を踏み潰し、背を向ける。アイオーンは全く慌てる様子も無い。俺は坑道に向かって歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ!? アンタ一人で行って死なれても困るでしょうが!!」
結局ブレイドとベルヴェールがついてくる。ブレイドは俺の隣に並んで走りながら生意気な視線で俺を見た。
「ニーチャン、激情家なのか客観的なのかわかんないね」
「……悪かったな。お前ら関係ないやつまで巻き込んで」
「ええ、いい迷惑……きゃあっ!?」
文句を言いながら突っ込んでくるベルヴェールの足元に小石を投げ込み転倒させるブレイド。悪戯な笑顔を浮かべながらVサインを作っている。
「そんなの気にしないでよ、ニーチャン。困ったときはお互い様って、親父も言ってた」
「……ありがとな、ブレイド。よし、行くぞ!」
「ちょっとお!? 人を転ばせておいて、勝手に話を進めるなあっ!!」
なにやら背後で喚いているアホの子を置いて進んで行く。しかし結局は直ぐに追いつかれる事になった。
坑道内部は予想通り複雑に入り組んでおり、ヘタをすれば自分たちが来た道さえわからなくなりそうだった。リリアがどっちに行ったのかはわからないわ、手分けして探せば迷いそうだわ、兎に角八方塞である。
どうしたものかと考えていると、背後からベルヴェールが身を乗り出した。目を細め、眉尻を上げながら溜息を漏らす。
「はぁ〜。もう、仕方ないわねえ……」
そう言って彼女が手にしたのは矢尻の部分を構成している半透明の鉱石だった。それにポーチから取り出した糸を通し、中指に巻きつけてぶら提げる。
ベルヴェールが魔力を通すと、矢尻は淡く光を放ち始めた。しばらくするとゆっくりと一つの道を指し示し、ベルヴェールはそちらを指差す。
「あっちよ」
「判るのか……?」
「伊達に良質の魔石を矢にしてないわよ。そこらの占い道具よりは精度高いわ。ほら、モタモタしないで前衛進む!」
背後から蹴り飛ばされ、よろけながら走り出す。何だかんだで二人ともちゃんとリリアを探してくれている。学園の仲間だから、困った時はお互い様、か……。
学園の生徒の結束……。俺は彼らを今の今まで仲間だとは思って居なかった。だが、こうして手を差し伸べてくれている相手に対して、その考えは失礼すぎると思う。
少なくともリリアを救うという目的で利害が一致する以上、彼らの言葉を信じよう。この世界の現実を俺よりも知る彼らの力を借りなければ、成せる物も成せなくなる。
「ありがとう、ベルヴェール」
「な、何よ……? 急に素直にお礼を言われると何だか背中がむずむずするわ」
「え? 背中に虫でもいるの?」
「居ないわよ、この子供っ!!」
二人がなにやら言い合っているのを背後に進んで行く。分かれ道はベルヴェールのペンデュラムで道を判別し、ひたすらに潜って行く。そうして行くと、道の奥から戦闘音が聞こえてきた。刃と刃が打ち合うような激しい音……刃と刃が打ち合うような?
疑問は直ぐに払拭された。一際広い空間に出ると、そこには黒い液体に包まれた龍のようなシルエットがリリアに襲い掛かっていた。龍の放つ攻撃は素早く重く、リインフォースで弾いてもまるで金属を打ちつけられたかのような快音が響いている。
攻撃に弾き飛ばされ吹っ飛んでくるリリアを慌てて受け止める。リリアは目を丸くして、それから直ぐに俺の手を離れた。
「うっわー!? これ何、地龍!? デケェー! スゲェー!」
「はしゃいでる場合じゃないわよ!! ほら、さっさと構える!」
二人が前に出る中、俺はリリアの手を掴んで引き留めていた。リリアは振り返り、苦しげな表情で俺を見つめた。
「一人で無理に戦おうとするな! そんなに俺の言う通りにはしたくないのか!?」
「師匠は……だって、師匠は……っ! 離してくださいっ!! あれを倒せば、全部終わるんですから!!」
リリアは傷だらけだった。まさかここに来るまで俺たちが敵に出くわさなかったのは、リリアが片っ端から出会う相手を倒していたからなのか――?
「ニーチャン、連携して戦わないとマズイ!! こいつ、魔物に侵食されてる!!」
どろどろの黒い液体に身体を蝕まれ、その激痛からかのた打ち回る地龍に最早理性は感じられない。近づくものは見境無く迎撃するその牙を受け、ブレイドが叫ぶ。
「左右から攻めよう!! あと、誰かあの突っ込みすぎの勇者のネーチャンを下がらせて!!」
「リリアッ!! 前に出すぎだっ!!」
龍がブレイドに襲い掛かっている時、リリアは前進していた。不意を突き、龍に側面から切りかかる。しかし全長20メートル程はある龍は、リインフォースで一太刀切りかかったところでは止まらない。
暴走する尾がリリアの側面からガードを突き破り襲い掛かる。不意を打たれ、ぼきりと嫌な音が響くのが聞こえた。
「アタシが拾いに行くわ!! ナツル、援護しなさい!!」
「頼むっ!!」
ベルヴェールが外周を走りながら矢を放つ。大気を切り裂き龍に突き刺さった矢は爆発するように一瞬で氷の結晶を龍の身体に生やす。舞い散る血飛沫の中、走りながらベルヴェールは容赦なく矢を連射する。次々と放たれる攻撃を尻尾で弾き飛ばしながら龍は彼女へ狙いを定めた。
注意を免れたブレイドが斧を投擲する。側面から腹部に突き刺さった斧に龍が悲鳴を上げる中、ブレイドはいつの間にか手にしていた蒼い槍掲げ、龍の首筋に突き刺した。
龍の悲鳴が響き渡る。その咆哮と暴れ狂う動きに耐え切れず、坑道の壁や天井から岩が崩れる。俺はその岩を弾き飛ばしてベルヴェールを庇い、そのままの勢いで右腕に魔力を蓄積した。
走っていれば当然集中力は落ちる。降り注ぐ瓦礫と龍の尻尾の迎撃を回避しながら、なおかつ右腕に魔力を集中。実戦での魔力操作がここまで難解だとは――。
「訓練通りというわけには、行かないな……!」
振り下ろされる尾を跳躍しながら回避する。右腕に収束した魔力ごと拳を振り上げ、詠唱する。
「謳え、スヴィプダーク――!」
右腕のルーン術式に火を灯す。収束して搾り出した魔力を全て一閃に解き放つイメージ。
ぶっつけ本番。メリーベルの説明書に載っていた、この武器だからこそ放てる俺にも出来る必殺技。
「――神討つ一枝の魔剣ッ!」
拳に乗せて放たれた雷撃がまるで光線のように龍の頭部を貫く。直後、四方八方へと枝分かれする雷は龍の全身を貫き、断末魔の悲鳴が鳴り響く。
空中から着地するよりも早く、ベルヴェールが倒れたリリアを担いで後退するのが見えた。無茶な体勢で技を放ったせいでふらつく着地を手伝い、ブレイドは俺を支えて一緒に走り出す。
「スゲェー威力だけどさ、もうちょっと手加減して撃った方が良かったんじゃない!? この坑道、崩れるじゃんっ!!」
「あんなに滅茶苦茶だとは思わなかったんだよ! いいから走れっ!! ベルヴェール、置いてくぞっ!!」
「ちょ、前衛タイプと同じ移動速度だと思わないでよ!? ていうか、リリア担いでるから重……っ!?」
崩れる坑道。轟音と振動の中、わけもわからず振り返る事もしないで俺たちは走った。
途中でリリアを受け取り、ベルヴェールを前に進ませペンデュラムで進んで行く。背後で何やら叫んでいるブレイドの声が聞こえたが、悪いが振り返っている余裕はなかった。
地上へ続く光が見えたところで俺たちは全力でそっちに向かって飛び込んだ。背後で坑道が崩れ落ち、瓦礫で道が防がれるのを見て、三人同時に座り込んだ。
「はあっ、はあっ、はあ……っ」
「ぎ、ぎりぎりセーフじゃん……っぶねぇええ……」
「し、死ぬかと思ったわ……。本気で死ぬかと、思ったわ……」
そうしてぐったりする俺たち三人を見下ろし、アイオーンは笑っていた。もう何も言う気にはならなかった。それより今はリリアだ。
リリアは側面から思い切り龍に吹っ飛ばされた。見れば服には血が滲み、リリアは口から血を流しながら気を失っている。しかしこんな時にかけてやれる回復魔法の一つさえ俺は持ち合わせていない。
「誰か……誰か回復出来る奴は!?」
「アタシがやるわ。下がってなさい」
額の汗を拭い、ベルヴェールが薬瓶を取り出す。肌蹴させたリリアの腹部に薬を垂らし、塗れた傷口に手を翳すと蒼い光が傷を覆い、水が渦巻きながら輝いている。
「光属性のヒーリングとまでは行かないけど、これくらいの傷ならなんとかなるわ」
専門的なことはよく判らなかったが、とにかくこれで一安心らしい。ほっと胸を撫で下ろすと疲れがどっと身体に襲い掛かってきた。
ブレイドは完全に座り込み、乾いた笑いを浮かべている。俺もどうして生き残れたのか謎だ。まあ、自業自得なんだが……。
「ご苦労様。どうだった? 地下の様子は」
「ああ……。魔物がいたんだろうけど、リリアが退治したらしい。龍みたいなのがいたが、全員で何とか潰してきたよ。文字通り」
「……地龍、か。恐らく精霊も魔物に侵食されて居たんだろうね」
腑に落ちない様子のアイオーン。口元に手をあて何かを考え込んでいたが、今はそんなのを気にしている場合ではない。
リリアが無事かどうかが気になり、全く気持ちが落ち着かなかった。食い入るように治療の様子を眺めていると、ベルヴェールが引きながら言った。
「アンタ、このへこたれ勇者の何なの……? そんなに心配しなくても、死んだりしないわよ」
「そ、そうか。いや……ありがとう、ベルヴェール。本当に助かったよ」
「おいらたち、回復魔法使えないもんな〜。アイオーンは殺すの専門だし」
さりげなくブレイドが怖い事を言っていたが聞かなかった事にしよう。
何はともあれ、これで一先ず事件は解決した。そう思った矢先だった。
橋を渡り、行軍してくる聖騎士団の一団が見えた。その先頭にはティパンで話したマルドゥークの姿がある。あれから数時間しか経っていないのに、随分とお早い到着だと感心していた所、つれてきている軍勢はかなり少なかった。数えられる程度しかない軍を率い、わざわざやってきたのだろうか。
「貴様らは……ティパンで会った訓練生? 何故ここに居る!」
「何故も何も、魔物を倒したんだよ。元々そういう依頼だったんだ」
一度は放棄しようとした上に既に依頼など関係ないが、一応言い訳としては一番だと思いそう口にすると、男は不快感を露にする。
「聖騎士団の領分に踏み込む権利は貴様らに無い! 学園の訓練生だろうがなんだろうが、勝手な行動は謹んで貰いたいな。先刻、忠告もしたはずだが?」
「……それは、素直に申し訳がなかった。別にあんたらの面子を潰そうってわけじゃなかったんだ」
「知ったような口を利くな……! これ以上街をウロつくな! 即刻シャングリラに引き返せ! ティパンで既に汽車の運行も再開されている……直ぐに戻れるだろう」
そう告げると騎士たちは街の方々に散って言った。言われるまでも無くリリアを担いで立ち上がると吊り橋を渡ってノックスを後にした。
ティパンの街に引き返す頃にはもうすっかり日が暮れていて、最終列車に乗り込んで俺たちは夜の草原をシャングリラへと戻る事になった。
流石に皆疲れたのか、気絶しっぱなしのリリア含めソファなどで眠っていたのだが、唯一起きていたアイオーンは窓辺に立つ俺の隣に歩み寄り、グラスを傾けた。
「今回の件、どう思う?」
「……何がだ」
相変わらず胡散臭い口調と様子で笑うアイオーン。正直に言うとまだ俺はノックスでのコイツの言葉に苛立っている。しかしアイオーンはそれを知った上で平然と話しかけてきた。
「聖騎士団のリビングデッドになる速度……おかしかったとは思わないかい?」
そういえば騎士の男もそんな事を言っていた。言われてみると確かに異常だ。
ノックスにたどり着いた時、死体はまだただの死体のままだった。だが先に死んだのは間違いなくノックスの住民であり、ノックスの死体は暫くの間雨ざらしになっていたにも関わらず、先にリビングデッド化したのは聖騎士団の方だった。
それに、地龍を倒して鉱山を塞いでしまったからケリがついたかと思っていたが、そもそも何故あそこから魔物が発生したのか。龍は魔物を生んだりしないだろうし、そもそも龍は魔物に襲われて苦しんでいる様子だった。
「……元凶が他にあるとは思わないかい? 死体を操りリビングデッドにし、魔物を呼び寄せノックスを襲わせた……。そんな事が出来る人間が居たとしたら?」
顔を上げる。アイオーンは不吉な笑いを浮かべている。リビングデッド? 最悪の考えが脳裏を過ぎった。
アイオーンは通称死術使い……思えば魔物について、製造法まで知っているなんて詳しすぎる気もする。俺の疑いの視線を受け、アイオーンは嬉しそうに目を細めていた。
真実は闇の中。俺は結局眠る事も出来ないまま、ずっとアイオーンとにらめっこをしたまま帰路に着く。疑問はどうせすぐにハッキリする。闘技場でアイオーンを叩きのめし、全て吐かせればそれで済む。
自らの拳を見つめ、そんな事を考える。しかし事態は俺が考えているほど、簡単なものではなかった――。
〜ディアノイア劇場〜
*第二部は学園の外にも引きこもらないで出たいと思う編*
アクセル「問題は学園の外まで考えるのがめんどくさいって事だよな」
リリア「そんなぶっちゃけなくても……」
アクセル「さて、そろそろ読者の方々も世界観になれてきた頃だと思うので、細かい設定とかも出しちゃいましょうか!」
リリア「……めんどくさいって言われたあとに設定出されても気まずくないですか?」
〜設定資料集その4〜
*虚幻のワールドガイド*
『要塞学園都市シャングリラ』
高さ20メートルにも及ぶ巨大な城壁により囲まれる円形の要塞都市。物語の主な舞台であり、英雄学園ディアノイアを有する。
中心部に巨大な塔、『ラ・フィリア』を抱き、その周辺に学園、商業地帯、住宅地と大きく三層に分かれている。ラ・フィリア周辺は丘になっており、街は中心部へ行くには上り坂となる。
そのため街中の人々が毎日坂道を往復しているし街中の建造物が坂道に存在する。街は高度な発展途上にあり、ガンガン増築を繰り返し裏通りは混沌とした模様になっている。
東西南北にそれぞれの学園へと通じるメインストリートが存在する。東に錬金術、魔術の研究エリア、南に戦士ギルドと聖騎士団の駐屯地、西には公園や大型のマーケット通り、北にはヨト信仰の教会地区が広がっている。
主な移動手段は徒歩だが、外周を走る市内列車が存在する。が、街の中心(学園)を行動拠点とする生徒にはあまり人気がない。」
街の四方にそれぞれの主要都市へと続く地下ホームが存在し、汽車が出入りしている。余り頻繁に行き来しておらず、一時間に一本くればいい方。
学園を有するシャングリラが要塞都市と呼ばれる由縁は強力な術式結界と外周を覆う城壁、そして街全体が防衛戦闘に特化した構造になっている事が理由。
元々は魔王の率いたザックブルム帝国の領土下にあり、ラ・フィリアは魔王ロギアが生み出した魔法塔だといわれている。
『英雄学園ディアノイア』
シャングリラの中心部に存在する英雄を育成するための学園。
ヨト教会並びに聖都オルヴェンブルム所属聖騎士団直轄の兵士養成機関であり、大聖堂騎士でもある学園町アルセリアの元に日々力の在る子供たちを育てている。
各地から才能の在る子供を引き抜いたり、その際生活苦の子供には多額の奨励金を与えたりしている。人材の育成と収集に余念が無く、この世界において間違いなく一番の教育機関であると言える。
ありとあらゆる学問に通じる達人を教師とし、ありとあらゆる武術、魔術を教え込みこれからの世界を導くエリート人材を育成している。尚、先の魔王大戦にて多くの大人が死亡したため、教員は非常に若い者が多い。
施設は三層構造で、上空からみると三つの輪が見える。外周を校舎が並び、その次に広大な中庭、その内側にラ・フィリアの直下にあるロビーとなっている。
様々な学科が存在し、生徒が要望書を提出すれば新たな学科も作成される事がある。『学ぼうとする意思を決して蔑ろにしてはならない』という理念の下、多少わけありの生徒でもきちんと受け入れる。
校内ランキング制度というものが存在し、生徒同士で戦う事でお互いの力を磨きあう。同時に聖騎士団やスポンサー、街の人々に対する一種の成果発表の場となっている。
一説にはラ・フィリアを覆い監視する為に学園があるとも言われており、大甲冑姿の学園長は大戦期以前からこの地に住んでいたという噂がある。
『ランキングバトル制度と闘技場』
自主的に登録を行う事で参加出来る校内専用の決闘制度。
登録し、優秀な成績を収めた生徒には聖騎士団からの奨励金、将来の約束などがされ、非常に有利。それ以外の目的(戦うことそのものなど)で参加する事も可能だが、上位に成る程化物じみた強さになって行く為、あくまで成績とステータスのために参加している人が多い。
闘技場における70×70メートルの円形フィールドで戦闘を行う。ちなみに高さは200メートルまで存在し、その形を覆うように不可視の強力な結界でリングを構築される。
結界は触れてもノーダメージだが、たたきつけられるとそれなりに痛い。壁を使った戦略なども求められる。
基本的より自分の順位より誤差10位以内の生徒としか対戦出来ない。直、戦闘の勝敗が直接のランキングに関係するのではなく、戦闘内容など総合的なポイントにより順位が決定するため、順位差が一つでもその戦闘力が大きく異なる事もままある。
学園祭などのイベントではチームバトルなども行われ、闘技場は通常時は生徒に訓練場として一般解放されている。また学園の施設で唯一外部の人間に解放されている地区でもある。
『魔王大戦』
十五年前、ザックブルム帝国の王、ロギアにより始められた世界侵略とそれに抗う者達の戦いにより、後に呼ばれる事となった単語。
大戦中、魔物を生み出す技術で各国へ攻め入り次々と滅ぼした魔王と呼ばれるまでに至ったロギアをリリアの父フェイトが率いる勇者たちが打ち負かす事により終止符が打たれる。
しかしフェイトは魔王と相打ち、仲間たちも皆力尽き倒れ、結果的に勇者たちは命を賭けて魔王を倒し、世界を救ったといわれている。ただ一人生存してしまったゲルトの父ゲインは世界中から『逃げ帰った勇者』と蔑まれ、その後数年間悪意を受け続けた後、短い生涯を終えた。
ロギアの魔物は戦いの後も世界中に散り、今でも人々を苦しめ続けている。小国であったクィリアダリア王国が世界の覇者となる事が出来たのも、魔王が他の国を滅ぼしてしまったからであるとも言える。
また魔物に対する有効な戦闘力を持つのは現在聖騎士団のみであり、戦争で疲弊した他国はクィリアダリアに服従せざるを得ない。
魔王は滅び勇者は死んだといわれているが、その二つの最期を見守った人物は居ない。ただ崩れた魔王の居城の瓦礫の山にリインフォースだけが残されていたという。
『聖クィリアダリア王国』
魔王大戦により世界の覇者になりあがった元小国。
ヨト信仰と呼ばれる、ヨト神を崇める宗教が国教であり、それを世界中に現在は広めている。宗教の自由は一応許してはいるものの、他宗教に対する影の弾圧も怠らない。
強力な魔術概念武装組織、聖騎士団を抱え大魔術を行使する嘗て勇者の仲間でもあった女王の手で統治され、世界中の魔物を討伐しつつ他国を支配している。
多少の他国の小言は聖騎士団の圧力で捻じ伏せ、逆らう組織は反乱分子として抹殺する強引なやり方は一部で批判を浴びているが、元々聖騎士団は暗殺組織でありフェイトやゲインも所謂アサシンであった。
領土内に英雄学園ディアノイアを有するシャングリラを抱き、物語の舞台となる国である。
『聖騎士団と魔物』
聖騎士団とはヨト信仰の信者により構成される聖クィリアダリア王国の正規軍の一種。
この国では正規軍が聖騎士団であり、予備戦力に通常騎士団が存在する。その為発言力は非常に高く、聖騎士団には神官や騎士の家柄の人間が多く存在するエリート組織である。
嘗ての大戦で騎士団長であり大聖堂騎士でもあったフェイト・ライトフィールドが率いる聖騎士団は魔王の生み出す魔物やザックブルム軍を破竹の勢いで捻じ伏せ、最終的には魔王ロギアさえ討ち取ってみせた。
そのドサクサで他の国家の領土に進軍し、軍を置き、部隊を構築し、あらゆる国を守る名義で侵略を行った。高度な魔術とヨト教の洗礼武装を行使する彼らに歯向かえる組織は存在しない。
彼らが現在でも敵対しているのは魔物と呼ばれる不浄の存在である。魔物は魔王が生み出した存在で、黒くどろどろした液体を纏っている姿である事が多い。
他の精霊や人間を食い殺し感染させる魔物は一匹残っているだけでも爆発的に量を増やし、ロギアという統率者を失い本能のままに暴れまわる。
聖騎士団は現在でも魔物と永遠の闘争を続けているが、それは聖騎士団にとっても都合のいい状況である。
『精霊と魔力』
自然物でも生命を宿すものからは魔力が溢れる。ある程度の趣向性(森なら森、海なら海、地形や環境に左右される)を持つ魔力が一定量集まり、そこに宿り続けると精霊と呼ばれる意思を持つ存在に昇華される事がある。
精霊は自然物の代弁者であり、人間とは基本的に共存している。自然物を犯す人間には抵抗するが、自然と協調しようとする人間には友好的。
しかし魔力をエサとする魔物に狙われやすく、環境と同時に魔物の呪液を浴びせられる事により同じく魔物に変貌してしまう。その為聖騎士団は精霊を事前に討伐したり森を焼き払ったりと些か乱暴な手段も取っている。
高度な技術性長期にある世界観から機械文明が急速に発達しつつあり、精霊と人間の関係は微妙になりつつある。
アクセル「ここまでにでた設定はこんなもんかな?」
リリア「なが!? こんなにしっかり見る人いないですよ!?」
アクセル「居るかもしんないだろ? せっかく作ったんだから発表しないと無駄っぽくてやじゃん」
リリア「それはそうですけどっ!!」