課外授業の日(1)
「…………それで、どうしてアクセルまでここにいるの?」
夏流たちがクエストに出かけてしまった為、暇をもてあました人々はメリーベルの研究室に集まっていた。椅子の上に座って猫たちの耳を引っ張ったりして遊んでいるアクセルの横顔にメリーベルが問い掛けると、アクセルは当たり前のような顔で言う。
「そりゃあ、寂しい人々で集まって時間を潰すためだ!」
「あたしは別に寂しくないんだけど」
「そりゃそうだよ! いいよなぁ、メイドもいるし猫もいるしさぁ〜。それにしてもゲルトは部屋の隅っこで何してんだ?」
「さぁ。学園で何か嫌な事でもあったんじゃない? 最近はそこでうずくまってる事が多いけど」
部屋の隅で膝を抱えて背を向けているゲルトの様子にアクセルは苦笑を浮かべる。膝の上に乗ってきた猫の首元を掴んでポイっと放り投げ、振り返った。
「しっかし猫だらけだなここは。こんなにいると流石に邪魔じゃねえ? 歩くの辛いし」
「アクセルは猫に対する優しさみたいなものを学んだ方がいい」
「そうか? 邪魔なんだもんだって……。可愛いけど、俺犬派だし」
猫を軽く蹴散らしながら歩いてくるアクセル。足元で足蹴にされた猫たちは必死にアクセルに襲い掛かるが、高い魔力蓄積能力を持つアクセルの風に吹き飛ばされ床上を転がって行く。
「あはははは、かわいいな!」
「……うちに来た人で最も猫に嫌われてるよ、アクセル」
「そうか? 俺は好きなんだけどなー、動物は」
子猫でお手玉をするアクセル。ゲルトは猫たちに埋もれながら気づけば倒れていた。騒がしい来客がいるせいで研究に没頭できないメリーベルは無言で溜息を漏らした。
「今頃リリアちゃんたちはクエスト頑張ってますかねえ〜」
「案外ピンチだったりして」
「そうだな〜。いきなり魔物の集団に襲いかかられて、壊滅しそうになってたりしてな〜! ま、そんなことあるわけないか!」
大地を素早く駆ける影が宙に舞い、墜落の勢いを乗せた蹴りが騎士の亡骸の甲冑を木っ端微塵に粉砕し、魔物と化した魂を浄化する。
先陣を切り、魔物の巣窟と貸した交易都市ティパンを駆け抜ける救世主。後続のアイオーンが近づく敵を槍で迎撃しつつリリアを守って追ってくる。
夏流は敵の魔の手が少しでも後方へと通らぬよう、一匹残らず敵を排除しようと奮闘する。最早そこに迷いのようなものは消え去っていた。
彼特有の『割り切る力』が敵は敵だと判断する事を後押ししていた。背後から振り下ろされる刃を片手で圧し折り、カウンターで拳を叩き付ける。
膨大な魔力を一点に集中させた拳は一撃で甲冑ごと魔物を木っ端微塵に破壊する。わらわらと集まる魔物たちを次々に破壊し、雷撃を迸らせながら前進する。
その鬼神の如き強さを背後から眺め、リリアは戸惑っていた。本城夏流が只者でない事は知っている。それは判っているつもりだった。
しかし本当にそんな事があるのだろうか。ここは学園ではなく本物の戦場だというのに、彼はまるで何年も前から覚悟を決めていた戦士のように淀みなく敵を穿つ。その両手が血に染まっても、返り血を浴びても、それでも尚前進は止まらない。
広場に集まるリビングデッドの群れを眺め、少年は両の掌を胸の前で上下に翳す。その手と手の間に雷が迸り、右腕に蓄積した雷を大地に叩き付ける。
大地から目標に向かって正確に放電される雷撃が魔物を一網打尽にしていく。焦げ付くレンガと黒煙の中、夏流は騎士の亡骸を背に佇んでいた。目的地点である街の中央広場へは、別行動している二人よりも早くたどり着いたからである。
「あれが本城夏流だよ、へこたれ勇者様」
リリアを庇うように背後に立ち槍を携えるアイオーンが金縁眼鏡を指先で圧しながら微笑む。
「君と彼とでは、随分と違いすぎるようにボクは思うけれどね」
「…………」
リリアは黙り込んでいた。遠すぎる――そんな言葉が脳裏を過ぎる。
目の前の少年の背中が果てしなく遠く見える。どうしてあんなに迷わずにいられるのだろう。どうしてあんなにも戦えるのだとう。脅え戸惑うだけだったリリアだからこそ思う事。不安と迷いの中、託されたリインフォースをじっと見つめる。
クエスト前、夏流に渡されたリインフォース。しかし結局どんなに強力な武器を持っていたとしても、使えなければ意味がない。悔しさで唇を噛み締める時、気づけば目前に夏流の姿があった。
「先についちまったらしい。少し待つか?」
「ああ、ご苦労様夏流。いい手際だったよ。初めての実戦とは思えないくらいにね」
「ああ……。実戦、か」
夏流はどこか遠い場所を長めながら呟く。その真意を知らないリリアはますます夏流の気持ちが判らなくなった。アイオーンはにやりと笑い、二人を置いて進んで行く。
「少し先まで様子を見てくるよ。この様子では、夏流一人居れば場所の確保は問題なさそうだ」
「気をつけろよ、アイオーン」
ゆっくりと去っていくアイオーンを見送る夏流。その少年が見下ろす心配する眼差しに、リリアは曖昧に笑って応えた。
⇒課外授業の日(1)
初めての実戦というアイオーンの言葉に俺は少し違う事を考えていた。
俺にとってこの世界での出来事は『現実』ではない。その認識は良くないことなのだろうが、結局俺の根本にはその事実がある。
非現実的な事実に直面しても直ぐに適応出来るのは良くも悪くも『他人事』だからなのだろう。敵が元々生身の人間だろうがなんだろうが、俺にとってはただの敵でしかない。物語の上でそれ以上でも以下でもないのならば、一々戸惑うだけ無駄だ。
しかもリリアを危険に晒すというのならば、是非もなく破壊する。それが俺の救世主としての役割であり、唯一の存在意義だ。彼女に近づく危険なら、俺が排除しなければならない。
メリーベルの作ってくれた神威双対の調子は上々だ。尤も、大した魔術的な行動はとれないが、単純に放出するだけでも俺にとっては武器になる。
拳を握り締め、崩れてしまっている銅像の前で顔を上げる。敵地とはいえども、魔力で全身を覆っていれば何となく周囲の気配は探れるらしい。まあ長距離はまだ難しいが、少なくとも不意打ちされる事はこれでなくなるはずだ。
自分の掌を見つめていると、背後に立っているリリアの事を思い出した。一瞬リリアの事が完全に頭から抜け落ちていたため不安を覚えたが、いたって五体満足そうに見える。リインフォースも落としてきていないようだし、問題はない。
「大丈夫か? 気分が悪いなら、少し休むか?」
「い、いえ! 平気です、大丈夫です! ちょー元気ですっ! えへ、えへへ」
何故かリリアはへらへら笑っている。俺にとっては非現実だが、彼女にとっては自分の世界の出来事のはず。性格的にもショッキングな映像だと思ったが、大丈夫なのだろうか。
そんな危惧をしていると遅れてやってきたベルヴェールとブレイドが合流してきた。二人も特に外傷はなく、疲れている様子もない。
「それにしてもリビングデッドだらけね! まったく、聖騎士団ともあろうものが仲間の死体を放置するってどういうことよ!?」
「お陰で魔物だらけだったぜー……。ニーチャン、アイオーンは?」
「アイオーンは少し奥の様子を見てくるそうだ。この辺の目立つやつは粗方片付けたし、ただ待っているだけでは時間の無駄だったからな」
「ふーん。まぁ、アイオーンなら問題ないだろうけど。あれ? 勇者のネーチャン、ぐったりしてるけど平気なの?」
振り返ってリリアを見る。へらへら笑ってはいるが、やはり無理をしているのが判る。腕を組んでしばし考え、振り返って二人に告げた。
「少しここで休憩にしよう。俺はアイオーンを探してくるから、二人はここでリリアと待っていてくれ」
「ん? 一人で平気なんかい?」
「ああ、問題ない。自分の身くらいは自分で守れそうだ」
二人にリリアを任せ、歩き出す。背後でリリアが何かを言おうとしたが、俺は肩を竦めてその言葉を遮った。
「疲れているならそうちゃんと言え。お前は無理しないでいいから、ここで待ってろ」
俺の言葉を聞きリリアは黙って頷いた。三人に背を向け、俺はアイオーンが向かった街の北側に向かって行った。
どこも戦闘の痕跡が激しく、市街地はいたる所が破壊されている。やがてしばらく走っていると、アイオーンと騎士たちが話し込んでいるのが見えた。
少し離れた場所で立ち止まり様子を見ると、どうやら事情を聞いているだけらしい。アイオーンの隣に歩いて並ぶと、先程まで敵として認識していた甲冑の騎士が俺を見て首を傾げた。
「彼は?」
「学園の生徒ですよ。夏流、聖騎士団から事情を説明してもらった。一先ずもうこの街に危険はないようだ」
「そうか。なら良かった」
これで心置きなくこの街を通過できる。そう思っていた矢先の事だった。騎士の背後から何人かの護衛を引き連れた一人の男が歩いてくる。
教会の正装を纏い、手足は鎧で覆われている。武器を手にしていない事からも騎士というよりは神官に近い印象を受ける。歳の瀬は俺よりは若干上……アイオーンと同じくらいだろうか。
金髪の美形青年は俺の前で眼鏡を中指で押し上げ、猜疑心を込めた瞳でじっくりと見渡す。それから片手を翳し、護衛を下がらせると腕を組んで首を傾げた。
「ディアノイアの訓練生か。ティパンは現在聖騎士団により封鎖状態にある。勝手な行動は謹んで貰おう」
「それは申し訳なかった。でもあんたらのお仲間が蘇って襲ってきたんだ、仕方ないだろう?」
「――――何だと? この僅かな時間で既にリビングデッドになっていたとは……解せないな。余りにも早すぎるが……」
口元に手を当てる男。どうやらリビングデッドの事は知らなかったらしい。確かにいくらなんでも長時間放置していたとは思えないし、戦闘はつい先程まで行われていたように見える。戦闘後の慌しい空気と今更ながらに街へ引き返し、死体の処理を始めている騎士たちを見れば大体そのくらいは判る。
だがそうだとすると、随分と進行の早い事だ。なんにせよ俺たちは巻き込まれた形になるわけだし、確かにこの男の言う通り早めに立ち去るべきだろう。
しかし男は引き返そうとする俺たちを呼び止める。じっくりと再び俺たちを眺め、無愛想な表情で告げた。
「貴様らはリビングデッドを倒してここまで進軍したのか? たった二人というわけではあるまい」
「後方に仲間が三名待機してる。それがどうかしたのか?」
「いや。学園の訓練生にも中々腕の立つ者が居るのだな。貴様、名を何と言う」
「本城夏流……こっちはアイオーン・ケイオス」
「異国の名か。私はマルドゥーク・エルフェリオス。この部隊を任されている者だ。無断行動とは言え、同胞を弔ってくれた事に礼を言おう」
「降りかかる火の粉を払っただけだ。そっちだってそうなんだろう?」
「フン……。まあいい、とにかく残りに処理は聖騎士団が行う。貴様らは即刻この町を立ち去るがいい。無闇にうろつけば残党に出くわすぞ」
マルドゥークと名乗った男は俺たちに背を向け騎士たちの方に歩いて言った。ありがたい忠告も受けたところで広場まで引き返すと、既に三人は騎士たちに取り囲まれ、事情を説明していた。
俺とアイオーンが加わり話を終えると俺たちは元来た道を引き返し、ティパンの敷地から撤退した。ある程度草原を引き返したところで立ち止まり、腕を組んで振り返る。
「さて、これからどうするか」
ティパンは聖騎士団によって封鎖されている。まあ街は迂回していけばいいだけの話だが、さっきの若い騎士の言うとおりこの辺りにはまだ魔物がうろついているかも知れない。
「とりあえず、さっき話を聞いたら目的地であるノックスには行かない方が良いみたいだね」
アイオーンが話を聞いたところ、魔物はこのティパンの向こう側にあるノックスの町から沸いてきたらしい。
俺たちは元々ノックスの炭鉱に出る魔物を討伐する予定だったのだが、その魔物がノックスから溢れ出し、挙句の果て隣の町であるティパンにまで押しかけてきたわけである。
ティパンを守るために防衛線を敷いた聖騎士団の避難誘導により住民は無事だったようだが、他の街に逃がす住民の護衛に戦力の半分を使ってしまい、苦戦を強いられていたらしい。
あの若い騎士は仲間の命より住民の命を優先したと言えば聞こえはいいが、結局仲間を盛大に失うことになってしまった。リビングデッドになんてなりたくてなるわけでもないだろうに。勿論正解が無い事もわかるので、彼が悪いとは思えないが。
「ってことは、何よ? もしかしてノックスは今魔物だらけって事!?」
「まー、そうなるんじゃねーの? どうするよニーチャン?」
クエスト内容はノックスの魔物討伐のはずだったが、その目的が聖騎士団を苦戦させるほどのものだとわかった以上、引き返すべきかも知れない。
そもそも聖騎士団は正規軍だ。学園の生徒とは違う、プロの戦闘集団が苦戦を強いられるとは余程の事態だろう。彼らが体勢を立て直すのにも時間がかかるだろうし、このままノックスに向かえば大物と鉢合わせる事になる。勿論援軍など期待できない。
これだけの大事になっているのだから、学園に指示を仰ぐのが基本的な対応だとは思うのだが、さてどうしたものか……。
「あのう……? ノックスの住民は、どうなったんですか……?」
リリアがおずおずと手を挙げて質問する。アイオーンの返答によれば、まだノックスの様子はわかっていないらしい。聖騎士団が調査に向かうのも、恐らくは軍の足並みが整ってからだろう。最優先とされるのはノックスからあふれ出した魔物を他の街に拡大させない事だろうから、当然ノックスそのものへの対処は遅れるだろう。それくらい大事なのだ。
そんな状況でノックスの住民が生き残っているとは考えにくい。俺以外も全員同じ考えだったのか、気まずい雰囲気がパーティーを包みこんだ。
残念だが俺たちだけではどうしようもない。そもそも敵の姿さえ見ていないんだ。リビングデッドを倒してわかったが、魔物は死ねば消滅して魔力に帰ってしまう。相手の姿形さえ未知数なのに飛び込むのは危険すぎる。
「リリア、残念だがノックスの事は諦めろ」
俺の口からは普通にそんな言葉が出ていた。リリアは俺の言葉を受け、悲しげに視線を伏せる。
「で、でも……」
「聖騎士団は何十人も居たんだ。それがあれだけやられていた意味を考えろ。たった五人のパーティーで何が出来る?」
「それは……」
リリアは納得していない様子だった。溜息を漏らし、少しだけ考える。このままノックスに行けば飛んで火にいる夏の虫、だ。
「どう思う? アイオーン」
「こうなってはそもそもクエストが成立しないからね。戻って解散……ただ戻るのにも時間はかかりそうだけれどもね」
確かに線路を辿っていけば学園には戻れるだろうが、相当時間がかかるだろう。しかしだからといって立ち止まっていても仕方が無い。俺たちはやはり引き返すべきだと判断し、線路沿いを歩き始めた。
その間、会話はなかった。あんな戦いの後だ、べらべら喋る気分でもないだろう。そうして暫く歩いていると、不意にリリアが足を止めた。
「――あの! やっぱり、ノックスに行くべきだと思うんですっ!」
全員が足を止めた。リリアは切羽詰った様子で訴えかけてくる。振り返ってじっと見つめると、リリアは俺からふと視線を反らした。
「危険だって事もわかってます……。今更行っても意味なんか無いかも知れない。でも、行きたいんです……! だから、反対するならリリア一人で行きます! クエストはもう成立しないんだから、リリア一人抜けても問題はないはずですよね?」
「リリア、あのなあ……」
「とにかく、ほっとくなんて駄目です! 今ならまだ、助けられる命があるかもしれない! だったら、リリアは……リリアは……」
ぺこりと頭を下げ、リリアは引き返していく。来た道を一生懸命走って遠ざかっていく姿を見送り、俺たちは考え込んだ。
どちらにせよ俺はほうっておくわけにはいかない。リリアをこっちに連れ帰る……一先ずは後を追わなければ。
「悪いみんな! 俺はリリアを連れに行ってくる! 先、戻ってていいから!」
三人にそう告げてリリアの後を追って走り出した。草原をリリアは猛スピードで走っていく。こっちも全力で走らなければ追いつくのは難しそうだった。
しかし暫くするとスタミナが切れて減速してくる。やがて息切れしながら休んでいるところでようやく追いつく事が出来た。
駆け寄って肩を叩くとリリアは慌てて後退した。まるで俺に捕まったら連れ戻される事をわかっていて、それを拒絶しているかのようだ。
「リリア! 一人でどうにかなるわけないだろう!? そもそもお前はさっきビビって一歩も動けなかったのに、無茶とかそういう問題じゃねえぞ!」
「それは、わかってますけど……でも……」
リリアは俺の目を見ない。こういう時、大抵リリアは迷っている。今朝会った時はこんな事になるなんて想像もしていなかったのに、随分面倒な事になってしまった。
背を向けて歩き出すリリア。その隣に並び、一先ず歩く。強引に連れ戻そうにも、今のリリアに暴れられたらちょっと厄介である。
「どうしてそこまでノックスに拘るんだ? お前には関係のない街だろ?」
「その……関係ないとか、そういう言い方はやめてくれませんか……? この世界で生きてて、普通に生活してて……そういう人の当たり前が壊されてるんですよ? 関係ないわけ、ないじゃないですか」
いつになくリリアは頑固だった。俺の態度が気に入らなかったのだろうか? だが、実際俺たちだけで行ったところでどうにもならない。リリアが死んでしまう可能性があるのならば、その可能性はなるべく避けるようにしなければならない。そんなのは当たり前……原書とかは関係ない。俺自身の気持ちだった。
しかしリリアはこういう時に限って俺の言葉を無視しようとする。いや、むしろこの態度はまるで俺に反抗しているかのようでさえある。一体どうしてしまったというのだろうか……。
「何をそんなにへそ曲げてるんだよ。機嫌直せって」
「き、機嫌悪くなんかないですよーだ。師匠なんか、人でなしのろくでなしなんです! 心のつめたーい人なんですよう!」
「そうかもな」
「そうかもな、って……なんでそんなに他人事なんですか?」
そういわれても、そうだと思ったらそう思うのが当然だと思う。俺は実際、決して優しい人間なんかじゃない。
自分に必要だからリリアを守る。自分に必要だからこの世界に居る。利害が一致しているから共に戦っているだけで、俺は別に仲間ともリリアとも親しいわけじゃない。
この世界に在る謎さえ解き明かす事が出来ればそれでいいのだ。勿論一緒に行動しているこの少女に情は沸いて来たが、自分の命を賭けて守れるかといわれれば胸を張って答えられない。だからこそ出来る限り危険からは遠ざけてあげたいのだが、いまいちリリアにはそういう気持ちは伝わらないようだった。
まあ、もともとのうじうじしていて自分の気持ちをはっきり口にも出来なかった頃と比べればこれも進展なんだろうか。リリアはそっぽを向いたままとことこ草原を歩いていく。俺はその背中を眺め、足を止めた。
「判った。リリアがそこまで言うなら仕方ない。もう止めないから好きにしろ」
「え?」
足を止めたリリアが目を丸くして振り返る。この手は出来れば使いたくなかったが、冬香に有効だったのだから、恐らくリリアにも通じるはず。
「いやー、仕方ない。リリアは俺の話なんか全然聞いてないんだからな。俺も早く戻って、アクセルやメリーベルと楽しく過ごすとしようかな」
「う、うぅぅぅ……」
リリアがこっちを見ている。じーっと見ている。俺はにやつく顔を隠すために背を向けた。
「じゃあそんなわけだから、一人でがんばってなー」
「…………うーっ! うぅうー! うあーっ!! ばかー! ばかー! 師匠のばああああかあああああっ!!」
リリアは泣きながら走っていってしまった。振り返ると、見えなくなったはずのリリアが走って戻ってくる。泣きながら俺に突っ込んでくるリリアを片手で制しながら俺は溜息を漏らした。
「ほら、一人じゃ不安で戻ってきた。そういう誰かが当たり前についてきてくれると思うのはよくない傾向だぞ? リリア」
「うわーん! 師匠のばかー!! リリアのなりたい勇者になれって師匠がいったんじゃないですかー!! リリアは困ってる人を見捨てるような勇者にはなりたくないんですーっ!!」
「それでお前が死んでたら割に合わないだろうが」
「うぅぅぅぅう! わう! がうう!」
「吼えても駄目。ほら、帰るぞ」
リリアの首根っ子を掴みずるずる引きずって行く。リリアはなにやらぎゃあぎゃあ騒いでいたが、しばらくすると大人しくなった。
あんまり大人しいので振り返って見ると、リリアは上着とリインフォースだけ残して遠くを走っていた。いつの間にか変わり身を覚えたらしい。全く、こういうときばかり意地を張るんだから……。
仕方が無い……一人にさせるわけにも行かないし、あとを追うか……。何となく結局こうなる事はわかっていた気がするが、今は後を追いかけよう。
「冗談だよ、冗談。ついていってやるから、そんなに怒るなよ」
「……ほんとですか?」
「ほんと、ほんと。ただし様子を見てヤバそうだったら即刻引き返す。これは絶対条件だ」
これだけ粘ったんだ、リリアも譲歩してこの条件を飲まずにはいられないだろう。一先ず安全は確保できた事だし、あとはこのへこたれ勇者様の好きにさせてやるとしよう。
こうして俺とリリアは二人で魔物の巣窟と化したノックスへ向かう事になったのであった。途中、リリアが泣きながら腕にすがり付いて文句を言ってきたのは……まあ、我慢してやるとしよう……。