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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第一章『二人の勇者』
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始まりの日(1)

その世界には、雨が降っていた。

一目でそれが葬式だとわかったのは、誰もが喪服を身に纏い、黒い参列がぞろぞろと続いていたからだ。

草原の中にある墓地を、盛大な飾りつけの棺桶が横断していた。神官と思しき偉そうな服装の連中が棺桶の周りを囲い、甲冑姿の騎士がそれを守っていた。

列の邪魔にならぬように、人々は皆道端から棺桶を見送っている。死んだらしいやつが誰もに愛されていたという事は、皆が皆涙を流していることからよくわかった。

大往生、だったのかもしれない。様々な人に涙を流して死を惜しんでもらえるのならば、それはただ悲しいだけの死ではない。

そんな事を何故か冷静に考えることが出来たのは、その景色に現実味が無かったからだろう。


「おじいちゃん……。おじいちゃん?」


小さな声が聞こえた。

その世界は無音でしかも無色。くすんだ色彩の殆どない世界の中、その声の主の姿だけははっきりと彩られていた。

幼い少女だ。まだ五歳とかそんなものではないだろうか。長靴を履き、泥道を危なっかしい足取りで歩きながら、隣を歩く老人に声をかけている。

幼女の手を取り歩いているあの爺さんが恐らくおじいちゃんなのだろう。爺さんは振り返り、少女を見下ろした。


「ねえおじいちゃん……お父さん、どうしちゃったの?」


爺さんは答えなかった。少女は何もわかっていないのか、目を丸くして老人を見上げている。

葬儀の列に取り残され、老人と少女はその場に立ち尽くしていた。やがて老人は何も言わず少女を強く抱きしめると、景色はゆっくりと見えなくなった。

というか、なんだこれは? 何のワンシーンなんだ……?

何が起きているのかもさっぱりわからないまま、俺はその景色の向こう側に急速に意識を吸い込まれて行った。



⇒始まりの日(1)



「はわわわぁああ〜〜っ!?」


「……ぬぐおっ!?」


誰かに思い切り踏みつけられる激痛に思わず悲鳴をあげる。

鳩尾に踵をねじ込まれたのが、胃がきりきりする。傷口を押さえながら身体を起こすと、そこはどこかの草原だった。

どこまでも広がっている豊かな緑の景色。突然の展開に全く着いていけない俺の頭を他所に、俺を踏みつけた奴は何故か地べたに転がっていた。

というか、俺も寝てたのか。こんな道端でか。ていうかここはどこだ。そしてお前は誰だ。


「い、いたぁい……。何かふんづけちゃったのかなぁ……うぅ」


顔面からモロにダイブしたらしい女は鼻頭を押さえながら目尻に涙を浮かべていた。ふと振り返ったその視線が俺の視線とぶつかった時、時間が停止した。

茶髪の女の子だった。長い髪を背後で括り、白銀の髪飾りがきらりと太陽の光を反射して光っていた。

上から下に視線を動かす。同じく白銀の服装。アーマークローク、とでも言うのだろうか? 一部鎧化された不思議な服装の少女は、両手で馬鹿でかい剣を抱えていた。

緑色の瞳がきらきら輝いている。真ん丸く見開かれた瞳と間抜けに開けっ放しな口が、どうにも知性というものを感じさせないが、顔立ちは悪くない……むしろ可愛らしいほうだろう。

しかし問題は、この子供が俺の鳩尾を踏んづけて転んだ、というところにある。


「……何か言う事はないのか?」


「…………えっ? あっ、そうですね……。えと……? 寝心地はどうですか?」


「違うわっ!! まず踏んだ事を謝るべきだろうがっ!!」


「ひゃあっ!? ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!!」


両手で頭を抱えてぺこぺこと平謝りするその姿を見ていると、まるで俺がいじめているかのように思えてくるが、別に俺は悪い事をしているわけではない。

ついでに言えばここまでヘコヘコするようなことでもない。とりあえず謝ればそれでチャラになる程度の事だ。そのせいでこいつは転んだわけだし。


「ごめんなさい、ごめんなさいぃ! あの、お怪我はありませんか?」


「怪我はないよ……むしろお前の方が鼻血出てるが」


眉を潜めながら指差すと、少女の鼻からはぼたぼたと血が流れていた。むしろお前が大丈夫かと。

顔面から思い切り大地にダイブしたのだから当然の結果のようにも見えた。せっかく綺麗に光沢するアーマークロークも鼻血で汚れてしまっていた。


「あぁう! 神聖な勇者の正装があっ!」


「ああっ、ちょっと待て! そんな乱暴に拭うな!! 余計染みになるだろうが!」


座ったまま懸命のクロークの血を拭おうとしているのだが、そんなにゴシゴシこすったら余計に広がってしまう。

上着のポケットからハンカチを取り出し、クロークの血を拭う。少女は目を丸くして俺の作業を見つめていたが、鼻に強引に布を詰められ流石に意識がはっきりしたようだった。


「ふあ。ふいまへん……あの?」


「ん? 何だ?」


「どふぉはで、おあいひはことがありまふぇんか?」


「……もういいから喋るな」


何で俺はこんなところで鼻血だしまくりの女と話しているんだろうか。めまいがしてきそうだ。

改めて周囲を眺めてみるが、だだっ広い草原が果てしなく広がっているだけで人工建造物の影さえない。爽やかな風が吹きぬけ、とてもいい天気だ。

絶望的なまでにどこなのかわからない。手がかりはこの知性の低そうな女の子だけなのだが……。


「ん? そういえばお前、『急いでいるんじゃなかったのか』?」


自分の口から出た言葉にはっとする。

そう、俺はこの少女に見覚えがある。剣を抱えて草原を急ぐ少女……間違いない、それはあの本の挿絵にあった……。


「あぁっ! そうれひた! 遅刻しちゃいまふ!」


もう血が止まったのか、詰め物を取り出し、慌てて立ち上がる。スカートについた埃を叩いて落とし、それからおずおずとハンカチを差し出した。


「あのう、これどうしたら……」


「返さなくていい……。そんな鼻血まみれのハンカチ持ち歩いてたら頭おかしいやつだと思われるだろ」


「あう……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいですー……」


「もういいから……先を急いだらどうだ」


「は、はいぃ。ごめんなさいぃ……。それじゃあ、行きますね。お昼寝がんばってくださいね!」


「昼寝違うわっ!!」


悲鳴を上げながら逃げていく少女を見送り、深くため息をついた。

しかし、せっかく人に会えたのに何も聞かないまま行かせてしまったが、それでよかったのだろうか。なんだか先を急がせなければならないような気がして、なんとなく先に進ませてしまったのだが……。


「その選択は正しかったのではないでしょうか」


ふと、声が聞こえた。無駄に男前な声の持ち主を探し、俺は足元を見下ろした。

そこには草むらから顔を出す一羽のうさぎの姿があった。うさぎの頭の上にはシルクハットが乗っていて、俺は直感的にそれがナナシなのだとわかった。

何でわかったのかといわれても困るのだが、とにかくそれは間違いなくナナシだった。しかもシルクハット以外は全くの完全なうさぎ。生のうさぎだ。もう少しマスコット的な姿になれなかったものかと思うと色々と言いたいこともあるが、とにかくそれは本物の動物だった。喋る、しかもナナシであるということを除けば。


「おや、あまり動揺していないようですね? 流石はナツル様……トウカ様の兄君であるだけの事は……いたたたっ! やめなさい! 何故耳を引っ張るのですか!?」


「いや、本物かどうか確認したくて……。それで、これはどうなってるんだ?」


耳を掴んで持ち上げる。ナナシの目は真ん丸く見開かれ、知性のかけらも感じられない。まあ、こういう動物の目ってのは得てしてみんなそんなもんだが。


「……ここは、『始まりの日』の中です。単刀直入に申し上げますと、今まさに貴方は物語を体感しているというわけです」


ぷらぷらと目の前でゆれるうさぎ。まあ、色々と厄介な事に説明をつけるにはそんな摩訶不思議な設定が必要だとは思うが。


「ってことはなんだ? ここは本の中ってことか?」


「その呼び方は少々不適切ですが、まあ概念的にはそれでいいでしょう。ワタクシのシルクハットの中に手を突っ込んでみてください」


「……なんか気持ち悪いな」


「まあそう仰らずに。一度やってしまえば病み付きになるかもしれませんよ」


うさぎの帽子を引ったくり、うさぎを地面に投げ捨てる。

何やら悲鳴が聞こえたが無視して帽子の中に手を突っ込んでみると、小さいシルクハットの中には外見からは想像出来ないほど広い空間が広がっていた。

ごそごそと手探りで漁っていると、中に何やら紙のような質感のものが眠っていた。ぐいっと引っ張り出してみると、それはあの本だった。


「ドラ○もんみたいだな……」


「マスコットキャラ的な意味では同じだと言えるかもしれませんが、その話題には触れないように」


色々な意味でまずいしな。

勝手に本を開くと、やはり『始まりの日』以外のページは白紙になっていた。 だが、変化はもう一つあった。

『始まりの日』というサブタイトルの下に、文章が浮かび上がっていたのである。 めぼしい変化はそれだけだったので、俺はその部分を読むことにした。


十五歳の誕生日を向かえ、勇者の資格を得る大切な儀式の日。リリア・ライトフィールドは、町外れの神殿に向かって急いでいた。

大切な日であることは重々承知だったのだが、強い責任感と期待から、前日寝付く事が出来なかったリリアは、すっかり寝坊してしまったのである。

約束の時間まで間もない時目を覚まし、慌てて着替えを済ませたリリアは家を飛び出した。通いなれた石畳の町並みを抜け、草原へ急ぐ……。


「って、これは……?」


「物語が進展した事を示しています。 どうぞ続きをごらんください」


「あ、ああ」


さらにその下に続く文章へと目をやる。


慌てて草原を走っていたリリアは躓き、盛大に転んでしまう。その時に大事な勇者の証をどこかへ落としてしまい、約束の時間に間に合ったものの、リリアは神官にこっぴどくしかられてしまうのだった。

人々に笑われ、恥ずかしい思いをしたリリアだったが、何とか儀式は無事に終了し、勇者になる為の第一歩が踏み出された。

しかし、勇者の証を家に忘れただけだと嘘をついてしまったリリアは一人で真夜中まで草原を探し回り、夜明け頃ようやく勇者の証を見つけ、泣きながら帰路に着くのであった……。


「……あいつ、相当ドジだな」


見ると挿絵も変化していた。 暗闇に包まれた草原の中を、女の子が泥だらけになりながら泣いている絵がゆっくりと浮かび上がる。

それがまた絵本のようなやわらかいタッチで描かれており、とてもかわいそうに見えた。

とりあえず判った事がいくつかある。あの少女はリリア・ライトフィールドという名前であるということ。そして俺とぶつかったせいで大切なものを落としてしまったということ。ついでに言えば、このまま行けば儀式で笑いものになるということだ。

状況を把握し、俺は足元の草むらを漁ってみることにした。しばらくすると、掌に乗るような小さな宝石箱を見つけ出す事が出来た。


「これか……?」


開く事は出来なかった。 何やら不思議な力で止められているらしい。振り返るとうさぎが足元で跳ねていた。


「貴方にお願いしたい事とは、まさにそれなのです」


「……それ?」


うさぎが見つめる先には俺の掌の上の宝石箱がある。


「この物語の主人公は彼女、リリア・ライトフィールドです。しかしいかんせん作者の愛を受けることの無かった彼女は、今後恐ろしいほど不運に見舞われることになります」


「……冬香はじゃあなんであいつを主人公にしたんだろな」


「とにかく、このままでは主人公のリリア、しいてはこの世界全てが不運に見舞われる事になります。貴方にはこの決まってしまっている筋書きをより良い方向に導き、リリアを立派な勇者に育て上げて欲しいのです」


腕を組み、状況を整理する事にした。

あいつが残した名前のない本。その内容は恐らくファンタジー。この世界はその本の開いたページの中の内容が再生される、所謂シミュレータみたいなもの。

そしてこの物語の主人公はあの少女、リリアであり、そのへっぽこ勇者であるリリアを一人前にすること……それが、このゲーム……俺の役目の正体ということらしい。


「……つまり、お前はその案内役?」


「ええ。お察しが早くて助かります」


だったら何でうさぎ……。いや、気にしたら負けか……。


「それほど気難しく考える必要はありません。ページごとに出てくる課題を解決するシンプルなゲームです。嫌になったら中断も出来ますし、軽い気持ちでやっていただければそれで構わないのです」


「……どうやれば終わるんだ?」


「とりあえず各シナリオごとの最後まで行けば、先ほどまでワタクシたちがいた屋根裏部屋に戻る事が出来ます。逆に言うと、それまでの間はこの世界に留まる事になりますし、一度始めたらそのシナリオが終了するまでは戻れません」


とりあえずぐりぐりとうさぎを踏みつけてやることにした。何やら苦しげな鳴き声が聞こえたが気にしない。


「そういうことは先に言え……な?」


「……ぐえぇぇぇ」


全く不親切な案内人だ。うさぎの姿でも容赦はしない。思い切りぐりぐり踏んでやる。


「と、とにかくこんな事をしている場合ではありませんよ! 早くその落し物を届けないと、リリアが笑いものになった挙句、一人で夜な夜な彷徨うことになってしまいます!」


「いいんじゃないのか? このままでも死んだりするわけじゃねぇし」


「言ったでしょう? よりよい状況にするのが貴方の役目です。それと、その本……『原書』は貴方が持っていてください」


ハードカバーの地味な本を見つめる。なるほど、つまりある時点まで物事が確定したらここに出てくるわけか。

あとは確定している出来事から悪要因を取り除くように俺がすればいいというわけだな。


「ま、いいか。お前の言うとおり、気軽に楽しむとするよ」


ぱたんと本を閉じて大きく伸びをする。あいつが作った世界なら、難しく考えずそれをシンプルに楽しめばいいのだ。

それに、この『役目』を果たしていけば……あいつの見ようとしていたものが俺にもわかるかもしれない。

いわばこれは冬香の出した俺への課題だ。このゲームをクリアしなければ、知る権利はないという挑戦だろう。


「あいつらしいか……。に、しても――まるでファンタジーだな」


「あまり驚きがないようですね」


「慣れた」


ナナシは目を真ん丸くしていた。それから俺のズボンをカリカリと引っかきだす。


「頭の上に乗せてください。ワタクシも一緒に行かねば色々と不都合があるはずです」


「頭の上かよ……」


嫌々うさぎを頭の上に乗せる。当然重くなる。これは肩が凝りそうだ……なんて事を考えながら俺は駆け出した。

草原は果てなく続いている。うさぎの指示する方向に向かい走るのだが、殆ど真っ直ぐなので迷う事はなかった。


「ついでに質問していいか?」


「なんでしょう?」


「走って追いつけるのか?」


「儀式まではまだ僅かに時間があります。序に言うと、リリアは体力もありませんので走り続けて神殿にたどり着く事は難しいでしょう。休み休み向かっているとすれば、今からでも間に合う可能性は十分にあります」


いや、それは勇者なのか?


「十五歳の誕生日になると、冒険にでも出るのか?」


「似たようなものですね」


ドラ○エみたいだな。ポ○モンか? まあどっちでもいい。つまりはそのまんまってことか。

雪解け水で濡れた上着も靴も今はもう気にならなくなっていた。現実は雪が降るような寒さなのに、ここは春のように暖かい。

すがすがしい風が通り抜け、ただ走っているだけなのにとても気分がよかった。深く息を吐き出し吸い込む……それだけで、何となく爽快だ。


「あれが神殿か?」


進んでいるうちに小川が見え始め、さらにそれが進んだ丘の上に巨大な建造物が見えた。

いかにも神殿といった様子で、荘厳な気配が漂っている。頂上についている鐘が鳴り響き、それを合図のように俺は一度足を止めた。

人の気配は周囲に無いが、何となくあの神殿には人が集まっている気がした。それはきっと儀式の様子を挿絵で見ているからなのだろう。

その記憶から、ざっと内部の様子は理解していた。挿絵にはそういう力もあったのかもしれない。とにかく迂回し、人気のない方向から神殿に忍び込む。

内部に入ると人の声が聞こえてきた。沢山の人がいるはずなのに声は一つであり、それは神官が教典を読み上げている声だと気づく。

何やらわけのわからん言語で流れるありがたいお声をBGMに俺は広い廊下を走った。肝心のリリアの姿が見つからなければここまで来た意味がない。


「どこ行ったんだ、あいつ……」


きょろきょろと周囲を見渡す。息切れがだんだんと収まってくる頃、廊下を這うように歩いているリリアの姿を発見した。


「あうう……ない、ないよぅ……っ! あれがないと、勇者になれないようぅぅぅ……っ」


もう既にリリアは泣いていた。ぼろぼろと涙を零しながら石畳の床を這いずり回っている。その姿があまりに惨め過ぎて俺は先のことを考えると頭が痛くなった。


「……リリア」


「ひゃいっ!? リリア・ライトフィールドですが、なんでしょうか!?」


背後から声をかけると、勇者のたまごは慌てて立ち上がった。

そうして再び二人の視線がぶつかり合い、時間が停止する。やはりありがたいお言葉だけがBGMとして流れ続け、俺は小さくため息をもらした。


「探し物はこれか?」


宝石箱を差し出すと、ぱあっとリリアの目が輝いた。


「わあ〜っ! これです、これ、これなんですっ! ありがとうございます、ごめんなさい、すいません! ありがとうございます!」


「わかったから早く行きなさいな。このままだと笑われるぞ」


「そ、そうですね……。あれ? あのう、あなたはさっき……」


「俺の事は後回しだ。とにかく急げ」


「は、はいぃ……! 本当に、ありがとうございました! 昼寝の人っ!」


「昼寝違うっつってんだろボケェッ!!」


肩が外れるんじゃないかってくらい元気よく両手をぶんぶん振り回し、リリアは走り去っていった。

間も無くありがたいお言葉が聞こえなくなり、俺は安堵の息を漏らした。


「で、これでいいのか?」


「上出来です。ほら、原書をごらんください」


『始まりの日』のページをめくり、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「どうやらうまくいったみたいだな」


そのページの挿絵は変わっていた。

神官の前に跪き、儀式の洗礼を受けるリリアの姿。 そしてその周囲の人々は、勇者の誕生に拍手を送っていた――――。


十五歳の誕生日を向かえ、勇者の資格を得る大切な儀式の日。 リリア・ライトフィールドは、町外れの神殿に向かって急いでいた。

大切な日であることは重々承知だったのだが、強い責任感と期待から、翌日寝付く事が出来なかったリリアは、すっかり寝坊してしまったのである。

約束の時間まで間もない時目を覚まし、慌てて着替えを済ませたリリアは家を飛び出した。 通いなれた石畳の町並みを抜け、草原へ急ぐ……。


慌てて草原を走っていたリリアは躓き、盛大に転んでしまう。 その時に大事な勇者の証をどこかへ落としてしまう。

必死で探し回るリリアだったが、何とか時間までに勇者の証を見つけ、無事儀式を受けることが出来た。

ほっと胸を撫で下ろし、ふと、落し物を拾ってくれた誰かの姿を探してみたが、その姿はどこにも見当たらなかった。

そっと、形見の宝石箱を開くと、そこには淡く光沢する銀色の宝石をあしらった指輪が輝いていた。

それを強く胸に抱き、少女は踊りだしそうな足取りで帰路に着いた……。


「それでは、戻りましょうか」


「ああ」


少しだけいい事をした気分になり、俺まで嬉しくなってしまった。

本をパタンと閉じ、草原から神殿を振り返る。

ゆっくりと消えていくその景色を見つめながら、その先にある何かを知りたいと思った。


何はともあれ、こうして俺の初めての仕事は終了したのであった――。


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