不吉な予感の日(3)
「はい、お待たせ。拘束術式紋章武具、『神威双対』……とでも名付けようかな」
メリーベルに手渡されたのは指先から肩近くまで、腕を丸々一本覆うような巨大な手甲だった。布地をベースに紋章を刻み込まれた鉄板をびっしりと組み合わせ、リインフォースの封印の鎖を留めて魔力を流通できるようになっているらしい。
ためしに装備してみると、腕全体に魔力が収束しやすくなっている。逆に無駄な放出を抑える蓋の役割も果たし、なおかつ丈夫で驚くほど軽い。
軽く拳を振ってみると、魔力に反応してばちりと音がなった。雷撃体質の身体に合わせ、武器が雷を帯びているのが判った。
「お気に召した?」
「いや、すごいなこれ……。剣でも一発で圧し折れる気がしてならない。武器の有無でこんなにも魔力制御に違いが出るのか……」
「当然でしょ。この世界における武器は剣や斧やらといった物理武装にだって自分の魔力を制御する効果をつける。杖や短剣、書物には術式を安定させる効果を……。その手甲は腕全体を覆う特殊なものだけど、その分ナツルの膨大な魔力総量を上手く扱えるようにしてくれるはず」
正に俺の為を考えてメリーベルが作ってくれた俺専用の武器ということらしい。サイズもぴったり、まるで古くから愛用していたかのようなフィット感がある。これはメリーベルに感謝するだけじゃ足りないな。
とは思ったものの、さて本当にそんな事を言っていいものか……。結果的にメイド服で校内を出歩く事になった奴の事を知っているだけに、メリーベルとは慎重に会話したほうがいい気もする……。
振り返るとメリーベルは疲れた様子で溜息を漏らしていた。多分何日も無理をして作ってくれたんだろう。わざわざ俺にそこまでしてくれる縁はないはずなのに……。
「ありがとうな、メリーベル。俺に出来る事があったらなんでも言ってくれ」
やばい、これは拙い事を言ってしまったかと思ったが、メリーベルはこくりと頷いてソファの上に寝転がった。どうやら本当に疲れていたらしい。今はそっとしておいてやるとしよう。
「説明書き、そこにおいておいたから……。ちゃんと、読んでね……」
「わかった。ありがとう、メリーベル」
メモ書きを手にとって部屋の明かりを消した。外に出てメモ書きを眺める。メリーベルのことだから、ただ術式を制御するだけの武器ではないのだろう。
外で待っていたリリアが駆け寄ってくる。が、今回は避ける必要はなかった。片手でリリアの頭を押さえ込み、ブレーキングさせる。
「はわわわ……? 師匠、すごいパワーアップしてますね……」
「ん、そうらしい。あんまり気を使わなくても適正威力に魔力を抑えてくれるみたいだな」
それにしても僅か数日でこんなものをホイホイ作れてしまうメリーベルは一体何者なんだろうか。ただの錬金術師見習いではないと思っていたが、もしかしたら物凄い天才なのかもしれない……。
武器が手に入ったのは本当に大きい一歩だ。力を手に入れた事で俺はよりこの世界に干渉してしまうかもしれない。だが、リリアや皆が傷つくような事にならないためには、力だけは絶対に必要なんだ。
拳を強く握り締める。大気に走る電流を見つめ、自分の魔力を強く感じる。今は一刻も早くこの武器に慣れなくては……。
ふと顔を上げるとリリアがじいっと俺を見つめているのに気づいた。何事かと思い首を傾げると、リリアは少しだけ照れくさそうに笑う。
「師匠とはじめて会った時、師匠は草原に寝転がってましたよね」
そういえばそうだったろうか。ああ、その後そのことを散々リリアに引っ張られたもんだっけ。しかしそれがどうしたのか。
「あの時、師匠は格好も態度も言葉も、まるで他の国の人みたいでした。でも今の師匠はなんか、すっかりこの街に馴染んだなあ、って思って……えへへ」
「何で嬉しそうなんだ?」
「な、なんでもないですよう〜。それより課外授業、頑張りましょうね!」
リリアは張り切ってスキップしている。そんなに元気良く歩いたら……当然のようにリリアはずっこけ、近くにあった外灯に頭突きしていた。あいつの性質の悪い所は、周りのものを破壊しても自分は全く傷つかないことではないだろうか……。
圧し折れそうな外灯を慌てて強引に直し、リリアは一息ついている。それを見ていた周囲の人たちが完全に引いてリリアを避けて通っている事にあいつはまだ気づいていない。
「……まあ、これでもう少しへこたれないようになればなぁ」
一先ず武器は手に入った。課外授業の事も気になるが、俺としてはこれでようやくアイオーンとまともに戦える事がありがたい。
あいつも武器が手に入った事をどこかで知ることだろう。そうなれば直ぐにでも試合の予定を組んでくるはずだ。課外授業が練習代わりになればいいのだが。
そんな風に気楽に課外授業の事を考えている自分が甘かったのだということを、俺は直ぐに思い知らされる事になるのであった。
⇒不吉な予感の日(3)
課外授業当日。リリアと共に集合場所であるシャングリラの南門に到着した俺を待っていたのは予想外のメンバーだった。
「アイオーン……。何故お前がここにいる……」
「嫌だなぁ、夏流……? 君がクエスト申請した時、ボクも一緒だったじゃあないか」
もう何も言う気にはならなかった。門に背を預けて笑っているアイオーンの背後、リリアを捕まえて何やら騒いでいるこの間の頭の悪そうな女の子の姿があった。
「ここであったが百年目! 覚悟しなさい、へこたれ勇者!!」
「えーん! なんで一緒のクエスト受けてるんですかーっ!!」
追い掛け回されているリリアを眺めながら俺はなんだかのほほんとした気持ちになった。アイオーンと二人でそれを眺めていると、背後から最後のメンバーが遅れて走ってくる。
駆け寄ってきたのはリリアよりも更に年下に見える元気の良さそうな少年だった。俺とアイオーンの前で立ち止まると、元気良く手を挙げて挨拶した。
「いよっ! アイオーン! 今日も胡散臭いな!」
「やあ、ブレイド。こちらは今日の課外授業で一緒になった本城夏流君」
「漢字名……ってことは、イザラキ出身かい? まあいいや、おいらブレイド・ブレッド十三歳! 宜しくな、ニーチャン!」
随分馴れ馴れしい子供だった。いかにも悪ガキといった様子だが、こんな子供まで学園では課外授業に出すというのだろうか。
一先ず少年の手を握り締め、握手に応える。何となく腑に落ちないが、アイオーンに視線を向けると彼女はすぐに説明してくれた。
「彼、今月のランキング二位だから」
「ふうん……そうなん……はあっ!?」
「ちなみに一位はボクだよ。三位がゲルト」
改めて少年を見下ろす。背丈もリリアより低いくらいなのだが、本当にこれが二位なのだろうか。今はリリアとベルヴェールの追いかけっこに参戦して二人の関係を引っ掻き回している。というかあの子、武器はなんだ? 見た所アイオーンは槍、ベルヴェールは弓のようだが、この子は武器を一つも装備している気配が無い。
軽装に紅いマントという見た目だけは強そうな格好だが、一切鎧をつけていない事から後衛タイプにも見える。しかし動作は軽快だし……んー、シーフなのか?
疑問は尽きなかったが、一先ずそれは置いておこう。問題はランキングの上から二人までが同時に参加しているこのクエストの事だ。確かベルヴェールも二十位台と中々の腕の持ち主だったはず。そんな強者が揃うクエストって一体なんだ?
「アイオーン、今回の課外授業って何をするんだ?」
「うん? 魔物の討伐だよ。聖騎士団の手が回らない魔物は学園の生徒が駆逐する……一応、そういうルールだからね」
「魔物……?」
俺は技術だけではなくてもう少しこの世界の歴史やら何やらを授業で学んだ方がいい気がする。
戸惑う俺の肩を抱き、アイオーンはにやりと笑う。まるで俺が魔物について何も知らない事を知っているかのような、そんな態度に見えた。何だかいらついたのでその手を振り解く。
「本格的な魔物の討伐は聖騎士団が担う任務だけれどね。まあ、魔物の発生件数は年々増えているし対処が追いつかないのが現実……。見習いであるボクたちにまでそんな依頼が来るのだから、世界の破滅が噂されてもおかしくはないね」
「世界の破滅?」
「うふふ、知りたいかい? 知りたいのかい、夏流?」
「あ、ああ……」
「教えてあ〜〜〜〜〜〜げない」
うぜぇ。こいつうぜぇ。
そんなアイオーンと暫く話し込んでいると、ベルヴェールがこちらに歩いてくる。どうやら早く出発したいらしい。
「いつまでそうしておしゃべりしているつもりよ? さっさと出発するわよ! 目的地は遠いんだから!」
ベルヴェールの仕切りで俺たちは移動を開始した。
しかし彼女たちが向かうのは門の外側ではなかった。何故か門の内側に戻ると、せっせと歩いていく。
どこへ行くのかと思っていたらたどり着いたのは地下にあるトンネルだった。そこには駅が存在し、汽車が停車している。なんでもこの学園の東西南北にはそれぞれの方向にある主要都市まで汽車が出ているらしく、今回もそれで街の外に移動するらしい。
というか何気に俺は学園の外に出るのは相当久しぶりなのではないだろうか。例のプロローグで向かった神殿は兎も角、あそこ以外に俺はこの世界の町を知らないわけで。
学生証を翳すと駅員は無料で俺たちを汽車に乗せてくれた。汽車といえどもどうやら魔力で動いているらしく、石炭燃料で動いているわけではなさそうだった。レトロな雰囲気なのだが、どこか機械的な車内で生徒専用に作られた専用車輌へと足を踏み入れた。
専用車輌は豪華な作りになっている。本来ならば聖騎士団が利用する為のものであるらしく、中はかなり広い。ふかふかのソファの上をリリアとブレイドが飛び回り、ベルヴェールがそれを注意している。何だかよく判らないが賑やかな旅になってしまった。
「何か飲むかい? あちらはあちらで楽しくやっているようだし、ボクらはノンビリしていようじゃないか」
「それは賛成だが……その飲み物は毒とか入ってないんだろうな?」
「疑り深い目の男って結構好きなんだけどね、度が過ぎると会話が進まないじゃないか。なんなら、魔法で解毒してから飲めばいいじゃないか、ねえ?」
こいつ、俺が魔法を使えないのを判っていてそんなことをぬけぬけと……。まあいい、どうやら最初から室内に用意されていたもののようだから、口にした所で行き成り死んだりはしないだろうし……。
アイオーンから受け取ったグラスを傾ける。窓の外は草原が延々と続いているようだが、この世界は当たり前だがこんなにも広かったのか。
リリアとブレイドはベルヴェールに正座させられて説教されている。そりゃまあ、あんだけはしゃいでれば怒られもする……。少しへこたれてるくらいが大人しくて丁度いいだろう。ほっとこう。
「それで、夏流は魔物について何も知らないんだったね」
「悪かったな、勉強不足で」
「……というか、ならどうしてこのクエストに応募したんだい?」
言えない。よく判らないからリリアに任せたら適当に隅っこにあったのを受けやがったとは言えない。
「それはどうでもいいだろ。それで、魔物ってのは何なんだよ」
魔物――。それは、かつて魔王と呼ばれたザックブルムの皇帝が生み出した存在。
元々この世界には魔力が満ちている。それは生命全てから発せられるものであり、草木や岩でさえ魔力を帯びる。それらは大気の中でそれぞれの性質ごとに変化し、精霊と呼ばれる物に変化する。
精霊は自然物から染み出た魔力にその自然物の意思が宿った物であり、それぞれが魔力で構築された肉体を得るという。
「人間が自分の魔力で精霊を生み出す技術を『召喚』、既に存在する自然精霊を扱うのは『精霊術』。自然物から生み出されるはずの精霊を擬似的に製作するのは『錬金術』……一口に精霊技術といってもこの三種類に分類される。魔物はこの三つの技術を複合させた技術で生み出された」
ザックブルムの帝王、魔王ロギア。魔王は本人が凄まじい腕前の剣士であり、同時に錬金術、魔術、精霊術全てに通ずる稀代の天才だったらしい。
ロギアは自らの技術の粋を結集し、この世界に存在するはずのない精霊を生み出した。それが魔物と呼ばれる第三の生命の誕生だった。
魔王ロギアが絶大なる力を誇ったのはこの魔物と呼ばれる存在を量産し、軍隊を作り上げた事に起因する。倒しても倒しても再び湧き出す魔物たちに、どの国の騎士団も太刀打ちできず滅びて行った。
それを打ち破ったのが白の勇者フェイト、黒の勇者ゲイン。そしてその勇者の仲間たちであったというわけである。
「魔物は主であるロギアがいなくなった今も世界中に散って今も人間を苦しめているというわけさ」
「……かつての戦争の名残、か」
それはそうだ。この世界に戦うべき敵がいないはずがない。何かから守りたいからこそ力が必要なのだ。そのための勇者……リリアにとっては避けては通れない問題、ということか。
「それにしても、戦争があったのは十年以上前なんだろ? それなのに魔物がまだ残っているのか?」
「聖騎士団がサボっているわけではないのだけれどもね。まあ、都合よく行けばその疑問も解決されるだろうさ。それよりいいのかい? さっきからリリアが君に助けてサインを送っているようだけれど」
振り返るとリリアがぽろぽろ涙を流しながらベルヴェールに踏まれていた。慌てて駆け寄りベルヴェールの首根っ子を掴み上げ、ソファに放り投げる。
「うえぇぇぇえん! 師匠ー……!」
「お前はどうして言い返さないんだよだから……」
「だって、だって……うわーん!」
泣きながらリリアがすがり付いてくる。こいつ、やっぱり人見知りするタイプなんだろうか。泣きじゃくるリリアの頭をぐりぐりなでていると、放り投げられたベルヴェールが走って戻ってきた。
「レディの首根っ子掴んで放り投げるってアンタどういう神経してんのよ、このバカっ!!」
「バカとは失礼だな。なんかお前にバカっていわれても別に痛くも痒くもないが」
「? どういう意味よ?」
貶されている事に気づいていない様子のお嬢様。俺は一人で小首を傾げるベルヴェールを無視してソファに座った。
「ブレイド、とか言ったか? お前もいつまでも正座してないで座ったらどうだ」
「おうよ? そういうニーチャンは夏流だっけ? ニーチャン、そのへこたれ勇者の仲間なのか?」
「仲間と言えば仲間だが……。リリアさん、涙と鼻水で俺の服がスゴイことになってるから、そろそろ勘弁してください」
「ひぐっ……ふえぇ……っ」
「そんなにピイピイ泣くなよネーチャン……。ほら、ハンカチ貸してやるからさ」
「うん……。ありがとう、ブレイド君……ぐすん」
二歳年下に慰められるリリア・ライトフィールドことへこたれ勇者様であった。
さて、そんなこんなで列車での移動を続けていた俺たちに異変は直ぐに訪れた。駅はまだまだ先、草原の真っ只中だというのに突然汽車が停車したのである。
何事かと首をかしげていると、車掌らしき男性が部屋に入ってきて俺たちに言った。
「申し訳ないんですが、汽車での移動はここまでになりました」
「……どうかしたんですか?」
「ええ。それが、この先の街……交易都市ティパンが今全面封鎖されているらしくて……。聖騎士団が出張ってきているとかで、引き返すようにお達しがあったんですよ」
「聖騎士団が?」
よくわからないが、兎に角ここから先には汽車で移動出来ないらしい。しかしクエストの目的地に進む為にはティパンを横断しなければならない。さてどうしたものかと考え込んでいると、アイオーンは槍を手にして部屋を出る。
「ここで引き返したら課外授業にならないだろう? さぁ、行こうじゃないか。徒歩でも直ぐにつくさ」
確かにアイオーンの言うとおりだ。何か異常事態が起こっているのだとしたら、尚更気になる所だが……ここは首を突っ込まない方がいい気もする。聖騎士団は正規軍だ。俺たち見習いとは違う。それが立ち入るなといっているのだから、立ち入らない方が無難ではある。
「まあ、一先ず様子を伺ってまずそうなら引き返すか……」
ティパンをスルーする迂回路を使えば一応このまま歩いて向かう事も出来る。時間はかかりそうだったが、まあ急げばそれなりに時間をかけてもたどり着けるだろう。
そんなわけで俺たちは汽車から降りる事にした。全員で草原に降り立つと、汽車は元来た道を引き返して行く。そのシルエットが完全に見えなくなった頃、俺たちは武器をかついで全員で正面を向いた。
「――さて、ちょっと遠いが歩くとするか」
「その前にこのパーティーのリーダーを決めておこうじゃない! 何事もリーダーの指示に従い行動すること……チームプレイの基本よねっ!」
リーダーか。まあ確かに一理ある。何事も指示を出してくれる人間が居た方が動きやすいのは事実だ。
「そうか。じゃあアイオーン、頼んでいいか?」
「ちょちょちょ!? 待ちなさいよっ!! ど〜〜考えても、リーダーはアタシでしょっ!?」
「お前にやらせるくらいならリリアにやらせたほうがまだマシだ」
「わーい……あれ? 師匠、それどういう意味ですか? 師匠? あれぇ?」
二人に左右から引っ張られながら俺は溜息を漏らした。ブレイドは至極どうでもいいのか、他人事のように俺を見て笑っている。結局このメンバーだと、必然的にアイオーンが一番使えそうだ。いや、不本意ながら。不本意ながら、だけどね。
アイオーンは槍を逆手に持ち、にたりと笑った。ああ、でもこいつにやらせるのならば俺がやったほうがまだましかもしれない。いや、一応ランキング一位だし、なんだかんだでこいつは強いはず。ここはアイオーンを信じよう。信じよう。信じるんだ夏流。
「それにしても、聖騎士団が出張ってくるって結構な大事だよなー? ニーチャンなんか聞いてる?」
聞いてるもなにも、俺はこれからどこに何をしにいくのかさえ汽車に乗るまで知らなかったんだが。
先頭をアイオーンがのんびりと進み、その後ろに俺とブレイドが並ぶ。最後尾ではリリアがベルヴェールに何やらずっと弄られて泣きそうになっているが、もうあの二人はツッコまないほうがいいのかもしれない。
「そいやニーチャン、始めてみる顔だけど転校生かなんか?」
「いや、まあそんなようなもんだけど」
「ふ〜ん……。ま、男同士仲良くしようぜい! 何か周りが女ばっかで落ち着かないよなー」
という割には随分余裕そうに見えるが。あと周りが女ばっかなのは……俺のせいじゃないよ。
それから数十分徒歩で移動していると、異変は直ぐに俺たちのところにまで響いてきた。遠くに見える交易都市ティパンから、爆発音が断続的に聞こえていたのである。ティパンからは火の手と黒煙が立ち上り、物騒この上ない様子に見えた。
「ははは。ティパン燃えてるじゃあないか。ご覧よ皆、ティパンが戦場になっているよ」
「ははは〜じゃないですようっ!? あわわわ……た、大変ですよー!! 聖騎士団の人たちはどうしちゃったんですか!?」
「兎に角行ってみようぜっ! なんかヤバい事になってるなら、手を貸すのが男だぜい!」
人の話を聞かないでブレイドは一人走っていく。そのブレイドを制止するためにベルヴェールが追いかけていき、結局腕を組んだまま笑っているアイオーンとおろおろしているリリアだけが俺の横に取り残された。
「とにかく俺たちも行こう。リリア、怖いなら俺の後ろについてこい。ちょっと様子を見るだけだから、落ちついて行動するんだ」
「うぅうう……。は、はい……」
俺たちもベルヴェールたちの後を追って走り出す。ティパンの入り口あたりに辿りつくと、既にベルヴェールとブレイドが何者かと交戦状態に入っていた。
弓を構えるベルヴェールを後衛にブレイドはいつの間にか手にした巨大な斧を構えている。正面にはいくつも甲冑を装備した騎士の死体が転がっており、そのうちの幾つかが起き上がって血まみれの姿で二人の剣を向けていた。
「ブレイド! ベルヴェール!!」
「心配しなくても、この程度なら余裕しゃくしゃく――って、ほいさ!!」
近づいてくる騎士を斧で叩き切るブレイド。後方からベルヴェールが死体に矢を放つと、着弾点の周囲が一気に凍りつき、巨大な氷柱が騎士たちを閉じ込めていた。
流石に二人とも場慣れしている。俺やリリアよりもよほど心配は要らないようだった。一先ず合流して街を眺めると、各所から未だに戦闘の音が聞こえてくる。死体の前に屈み、様子を見たアイオーンが振り返り首を横に振った。
「この様子じゃ聖騎士団も危険みたいだね。余程強い化物が街に紛れ込んだのか……」
「アイオーン、さっき騎士が起き上がって襲い掛かってきたんだが……」
「ああ。あれが『魔物』が未だにこの世界からなくならない理由だよ。魔物は生き物の死体からも発生するんだ。最初は起き上がり、次第に姿形を化物に近づけて行く。起き上がっただけなら対処は容易いけど、浄化出来る人間がいないから、今は起き上がったのを一々倒すしか無さそうだ」
魔物は死体から発生する……? 意味がよく判らなかったが、それじゃあ魔物が消えなくて当然だ。世界じゃ命が生まれるのと同等に死が蔓延っているはず。そもそも魔物を倒すはずの聖騎士団がやられて魔物になってたんじゃしょうがないだろうに。
「しっかし、教会直属の聖騎士団にしちゃ、死体を放置とは手際悪いぜ? 余程追い詰められてんのかな。どうする? アイオーン」
アイオーンは振り返って俺とリリアを見た。リリアは俺の後ろで死体をみて完全に固まってしまっている。無理も無い、初めての戦場……俺だって動揺している。全身甲冑に包まれている騎士だからまだいい。だが、あの中身全部が人間の死体だと考えると、どうにも現実離れしすぎていて気持ちが落ち着かない。
それでもまだ冷静にこうやって考えられるのは恐らく俺以上にビビっているリリアのおかげだろう。この子を守る為に、俺はビビっているわけにはいかないんだ。
「二手に分かれて街の中心部を目指そう。途中に魔物がいたら討伐して行く事。それでいいかな?」
「あいよ」
「仕方ないわねえ……ま、どうせ目的地でやるはずだった仕事だし、別に構わないけど」
俺たち以外の三人は慣れた様子で武器を片手に歩き出す。なんというか、全く動じている様子が無い。これがこの世界の現実、この世界の当たり前なのだとでもいうかのように、三人は目の前に在る死にも戦場という異質な空間にも臆してはいなかった。
あのアホの子ベルヴェールでさえこれとは、学園恐るべし。俺は意を決して歩き出した。リリアは俺の後ろにピッタリくっつき、リインフォースを抱くようにして脅えている。
「ベルヴェールとブレイドは相性も良さそうだし左から。ボクはこっちの二人を『守りながら』右から行くよ」
守りながら。それがリーダーであるアイオーンの下した判断だった。俺はリリアの肩を叩き、拳を握り締めて前に出る。
「あんまり舐めるなよ、アイオーン。『守る』のはリリアだけで充分だ。俺が前衛を張る。お前は俺に着いて来い、死術使い」
こんなところで守ってもらっているわけにはいかない。相手が魔物だろうがなんだろうが、引き返す事も出来ない。
強くなると決めたんだ。もう、二度と間違いを犯さないように。俺が前に出るのを見て他のメンバーは頷き、行動を開始する。俺はリリアをアイオーンと自分との間に挟むようにして、死の蔓延る戦場に足を踏み出した。
〜ディアノイア劇場〜
*へこたれ勇者様編*
リリア「にこにこ」
アクセル「どうしたんだ? そんなにこにこして」
リリア「だって、やっぱりリリア派の人がいるってわかったんですよ! まだまだゲルトちゃんにメインヒロインの座は渡さないのですよ〜っ」
アクセル「まあ、ツンデレが圧倒的人気なのはもう仕方が無いことだしな。それよりへこたれ勇者のへこたれってなんだか知ってる?」
リリア「う? リリアみたいな人の事をいうんじゃないんですか?」
アクセル「しょんぼりすることらしいぞ。へこたれるってあんまり言わないけど、この小説の登場人物へこたれ勇者って連呼してるからなー。意味は正確に把握しておかないとな」
リリア「え? リリア、しょんぼりしてましたっけ?」
〜設定資料集その3〜
*アイテム編*
『聖剣リインフォース』
聖なる力を宿す勇者にヨト教会より与えられた断罪の剣。
もともとの所有者であるリリアの父、フェイトからリリアへと引き継がれた剣。魔王と戦い戦死したフェイトの唯一の遺品でもある。
『魔を断ち切る』という概念を付与された特殊武装であり、所有者ならびにヨト経典により『魔』と判断されるものを物理的手段で滅する事が出来る。
具体的には魔術的な攻撃、魔術障壁などを意に介せず一撃で粉砕し、魔物や精霊を一撃で断ち切る威力を秘めている。非常に高い退魔効果を持ち、魔王討伐に一役買った。
対となる魔剣フレグランスと同等の性能を持つが、フレグランスが術者の力を増幅するのに対し、こちらは術者以外の力を滅却する事を主眼としている。
フレグランスが攻めの剣だとすれば、こちらは守りの剣というスタンス。尤も、魔法を切り裂いて取り込んだりして反射したりするので攻撃力も充分あるが。
謎の力を宿し、封印されている為過去ほどの威力は持たないものの、へこたれ勇者を充分サポートしてくれる伝説の武器である。
『魔剣フレグランス』
暗黒の術式を宿す勇者に魔術教会が与えた契約の剣。
もともとの所有者であるゲルトの父、ゲインからゲルトへと引き継がれた剣。魔王戦から生還したゲインが死の間際にゲルトに継承の儀式を行った。
魔力を込めることで術者の魔法能力を大幅に引き上げる効果、杖としての一面も持つ。リインフォース同様魔の波長を消し去る術式を装備しているが、リインフォースほどの障壁貫通効果はない。
リインフォースのカラーリングを逆転させるとフレグランスになる。ちなみに片刃の大剣なので、片に乗せてもきれないよ。
華模様が浮かび上がり、花吹雪を煌かせることからゲルトの必殺技はフレグランス頼りと思われがちだが、力を増幅してはいるものの術式の構築はゲルトが行っているので、リリアとは違いゲルトオリジナルの必殺技である。
尚、所有者は継承で定められているので、夏流が手にしたところで術式は発動出来ない。
『紋章武装』
通常の手甲にルーン文字を刻み込んだもの。
ルーン文字とは魔術文字の一種で、紋章のような形状で描く。ルーン文字の名をかたっているが、現実に存在するファンタジーを由縁とするものとは趣が異なる。
メリーベルの場合、自身の魔力総量が少ない事を承知のため、事前に何日かかけてルーンナックルに魔力を付与し、事前に高い威力を与えてリリア戦に望んだ。しかし魔力はチャージ式のため、充電が切れればただのナックルに戻ってしまう。
『神威双対』
メリーベルにオーダーメイドで作成してもらった夏流専用の双手甲。
ルーンナックルに部類されるものの、メリーベルが使用していたものとは全く効果が異なる。主に夏流の魔力制御と魔力蓄積の手助けをする役割を持つ。
当然それそのものが高い防御効果を持ち、左右の腕には別々の術式が刻んである。夏流は自身で術式を組む(詠唱を行う、体外で技を繰り出す)のが絶望的に苦手なため、あらかじめ手甲にその術式を仕込み必殺技として繰り出す事が出来る。
夏流だからこそその場で魔力をチャージしてぶっ放す事が可能であるが、一般人ならチャージに一晩以上かかってしまう。夏流専用武装ならではの仕様である。
ちなみに装甲は金色でかなり派手な色をしている。リインフォースの封印の鎖で左右の手甲に流れる魔力総量を均一に保っている。
『ツインサーベル』
アクセルが装備する安物のサーベル。
特にこれといって性能はないただの刃物で、元々は学園に入学する前に聖都オルヴェンブルムの胡散臭い武器屋で購入したもの。
傷だらけになっても丁寧に手入れをして使いこんでいるのでアクセルの魔力波長に適正しているものの、やはり上記の特殊武装に比べると見劣りする。
武器がもう少しちゃんとしていれば、ゲルトにも勝てたろうにね。