対の勇者の日(3)
俺が戦いの場にたどり着いた時にはもう既に全てが終わってしまっていた。
雨の降る雲の合間から降り注ぐ光に照らされ、リリアは血塗れで目を閉じていた。俺は目の前の現実を受け入れる事が出来ないまま、ただ呆然と立ち尽くした。
泣きながらリリアを抱きしめるゲルトが顔を上げる。まるで救いを求めるようなその視線に俺はリリアに駆け寄った。リリアは完全に死んでいるように見えた。リインフォースの封印は解かれ、聖剣は大地に転がっている。ゲルトは何も言わず、俺から視線を反らした。
「リリア……嘘だろ……?」
俺はまた救えなかったのか……? また、リリアを守れなかった。あの時のように……あの日のように……結局俺は、リリアを救えなかった。
悔しさを叩き付ける大地。歯軋りして俺は絶句していた。何故救えなかった。何故守れなかった。何故傍に居なかった……。
「お願いだ、リリア……! 目を開けてくれっ!! リリア!! リリア――――ッ!!」
叫び声はきっとリリアには届かない。そう思っていた。
違和感に俺より先に気づいたのはゲルトだった。俺の服を弱弱しい力で引っ張るゲルトに目を開くと、死んだはずのリリアの指先がぴくりと動くのが見えた。
俺の呼びかけが奇跡を起こした――わけではない。背筋がぞくりと凍り付くような感覚に思わず身をよじると、突然リリアの伸ばした手がゲルトの顔を掴んでいた。
「え?」
俺もゲルトもそんな間抜けな言葉しか口に出来なかった。一瞬で身体を起こしたリリアは掴み上げたゲルトを持ち上げ、遥か彼方へと投げつける。
リインフォースを拾い上げ、剣に魔力を込めて薙ぎ払う。周囲を焼き尽くすような白い光の波動を前に、武器も持たないゲルトは成す術も無く蒸発してしまう所だった。
間一髪で間に入る事に成功した俺がリリアの放った魔法を弾く。両腕を交差するように構え、なんとか攻撃を防いだものの、全身に焼きつくような鋭い痛みが走った。
「ナツル……!?」
「……ゲルト、お前……リリアに何をしたんだ!?」
「わ、わたしは……何も……」
立ち上がったリリアが瞳を閉じる。茶色だった髪が銀色に染め上げられ、傷は見る見る癒えて行く。致命傷さえも一瞬で回復し、再び瞳を開いたリリアは金色の眼差しで俺たちをにらみつけていた。
リインフォースに浮かび上がっていた青白い紋章が姿を買え、 虹色に輝く。目の前で何が起きているのかはさっぱりわからなかったが、俺は今、ゲルトを守らなければならない……そんな気がしていた。
メリーベルの部屋にあった、紋章武具を両手に装備する。もしいざゲルトと戦う事になったら素手では拙い事はこの間ので判っていたから無許可で持ち出したのだが、まさかリリアと戦う為にはめる事になろうとは。
「リリア……どう、してしまったんですか……あれは……」
「こっちが知りたいくらいだ。あんなもん――原書には無かったぞ」
二つの拳を正面で突き合わせる。魔力を安定させるのは苦手だが、ナックルで覆うことである程度は制御が出来る。問題はこんな付け焼刃の戦闘力で今のリリアを止める事が出来るのかどうか。
まるで別人のように冷たい視線を俺たちに向けるリリアはリインフォースを肩に乗せ、悠然と歩いてくる。肌でビリビリ感じるくらい、今のリリアは殺気立っている。邪魔をすればゲルトどころではない、俺でさえ迷わず両断するだろうと思うほどに。
「手……貸してもらっても、いいか?」
背後で怯えるゲルトに声をかける。ビビっているのは俺だって同じだ。でもこうなった以上、ゲルトにだって責任はあるんだ。手を貸してもらわなきゃ困る。
ゲルトの身体は震えていた。ゲルトが恐怖するくらい、今のリリアは禍々しい力を放っている。だが、ここでビビって逃げ出したらもう絶対にリリアに信じてもらえない気がした。
「覚悟を決めろよ、黒の勇者。お前の勇気はそんなものだったのか?」
「――ッ! 言われ、なくても……やりますよ! 責任はわたしにだって、ありますから……!」
「いい返事だ!」
心の中で唱える。救世主という存在へ自分自身を変化させる魔法の呪文。
全身から溢れ出す膨大な量の魔力を、全て左右のルーンナックルへ流し込む。今の俺は道具に頼らないとろくに力を操作することさえ出来ない。だが、それでも――。
「目を覚ませ、リリア……! お前は、優しい勇者になりたかったんじゃねえのか――っ!!」
⇒対の勇者の日(3)
「ずっと長い間、彼女の力は自らの課した枷と、ゲインの巻いた鎖で封じられてきた」
闇を切り裂いて草原から立ち上る光。それはシャングリラの病室からでも見る事が出来た。
傷だらけで眠るアクセルの傍ら、窓辺に立ちその光を眺めるアイオーンの姿があった。
薄っすらと頬に微笑を浮かべ、真紅の瞳でその輝きを映し出し、心を震わせる。
「ようやく始まるわけだ……。ここがスタートラインだよ、夏流……」
街からその光を見ていたのはアイオーンだけではなかった。それぞれの目的、それぞれの想い。物語の登場人物たちの心は今、光の主の上で交差していた。
対峙する白の勇者と救世主。二人の視線が交わった時、リリアは動き出した。大気を軋ませるような膨大な魔力を放つリリアの剣を手甲で受けようとする夏流に、背後からゲルトの声が飛んだ。
「受けては駄目っ!! リインフォースは魔力的防御を一切合切無視して来ますっ!! 聖剣は、そういうものなんですっ!!」
「何いっ!? そんな馬鹿なっ!? 反則じゃ――ねえかよっ!」
咄嗟に身をよじり回避する夏流。空振りとなったリインフォースは大地に叩きつけられ、土を空に吹っ飛ばす。
轟音と土の弾幕の中を突き進み、攻撃を仕掛けてくるリリア。夏流を援護しようと剣を失ったゲルトが魔法を詠唱し、闇の光で打ち出した魔力の弾丸がリリアに迫る。
しかし空中で身体を旋廻させたリリアはリインフォースで魔法を掻き消し、それを取り込んださらに強力な一撃を夏流に向けて叩き降ろす。今度は避けきれず、胴体部分をざっくりと斬られた上、土と一緒に派手に吹き飛ばされた。
「ナツル!」
剣を大地に刺し、遠く離れたゲルト目掛けてリリアは魔法を詠唱する。両手の間に溜め込んだ魔力を握り締め、空に掲げて大きく振り上げる。
「断罪の槍」
光で具現化された巨大な槍を振り上げ、投擲する。一直線に加速しながら突っ込んでくる魔法に対し、ゲルトは同時に魔法を唱え、同威力の魔法をぶつけて相殺を試みる。
しかし光の槍はゲルトの生み出した障壁を見る見る貫通してくる。防御貫通効果を付加された上位魔法――。その切っ先がゲルトを貫こうとした時、側面から割り込んだ夏流の蹴りが槍を木っ端微塵に砕いていた。
「……ゲルト、回復魔法……使えるか?」
「は、はい……」
「お前は援護だけでいい……リリアは俺が止める」
「でも――――?」
夏流が呼吸を整え、更に魔力を搾り出すのを見てゲルトは絶句した。
今まで目にした事が無いほど膨大な魔力総量に、密度。夏流はつい先程まで魔力のコントロールさえおぼつかなかったというのに、今は既にそれを会得しかけている。
もしも本当の天才や神に寵愛された存在が居るとしたら……彼のような者を言うのではないか。ゲルトはそんな事を考えた。少なくとも自分たちとは違いすぎる。
「貴方は、一体……」
「剣、借りるぞ……。素手じゃ、相性が悪過ぎる――!」
ルーンナックルで魔力を制御し、フレグランスを握り締める夏流。ゲルトの回復魔法が傷を何とか塞ぐだけ塞ぐと、接近してくるリリアの斬撃を夏流は受け止めた。
激しいく重く、濃い魔力が二つ衝突し、大気が揺れる。夏流は雄叫びを上げ、魔力でリリアを弾き飛ばす。ゲルトのようにはフレグランスを扱えない。その能力も発揮できない。しかし同じく魔力を断ち切る剣を装備した事により、圧倒的不利な状況は打開された。
聖剣は魔剣でしか、魔剣は聖剣でしか倒せない。魔法技術や魔力総量も今のリリアは以前とはそれこそ比較にならないほど図抜けている。つい先程ゲルトと戦った時の、さらにその数倍は軽い。それをも超える夏流の構える剣に込められる圧力は半端な物ではなかった。
ゲルトは完全に戦いについていけなくなっていた。二人が繰り出す一撃一撃を目で追うのがやっとであり、その様子に恐怖すら覚えた。
自分の知っているリリアはあんなに獰猛な剣の使い方をしなかった。あんなに冷酷な目で人を殺そうとはしなかった。まるで別人になってしまったかのようなリリアの姿に、ゲルトは恐怖を押さえ込む事が出来ない。
「いい加減にしろ、リリアッ!! 俺が判らないのか!?」
夏流の声は届かない。リリアに振り下ろす刃は戸惑いを隠せなかった。いかに夏流がこの世界の外側の法則を司る存在だとしても、今のリリア相手に手加減をして圧勝できるはずもない。
「頼む、リリア……正気に戻ってくれ! こんな事でお前との物語を終わりにしたくないんだよっ!! もっともっとお前の事が知りたいんだっ!! もっとちゃんと……今度はお前の事、わかってやれるようになりたいんだよっ!!」
「鳴り響け……」
剣ごと正面から夏流に体当たりし、距離を離すリリア。水平に剣を構え、身体を捻るようにしてぐるぐるとその場で回りだす。
「――連続共鳴剣」
回転の勢いで夏流に斬りかかる光の剣。魔力を迸らせながらスピンし、四連続で夏流に斬りかかり、防御に徹していたその腕を下から蹴り飛ばす。
「しま――っ!?」
気づいた時にはもう遅い。夏流の手を離れ、魔剣は空を舞う。振り上げられたリインフォースが強烈に白光を帯びながら振り上げられ、夏流目掛け、全力で、振り下ろされる――!
夏流は咄嗟に両手に力を集め、リインフォースを受け止める。刃ではなく厚みのある刀身を白刃取りしたのである。僅かあと数センチで脳天が切断されるという所で刃は何とか動きを止めていた。
「ナツル様ッ!! これをッ!!」
ナナシが夏流に投げて寄越したのは鎖だった。剣を横に反らし、靴で刃を大地に減り込ませる。丁度落ちて来た鎖を受け取り、それがリインフォースを封印していた物だと気づき、拳を強く握り締めた。
「ごめんな、リリア――!」
剣を地面に突き刺された無防備なリリアの腹部に拳を叩き付ける。防御が遅れたのか夏流の攻撃力がリリアの障壁を大幅に上回ったのか、リリアは派手に吹き飛んで行く。
鎖をリインフォースに巻きつける。主の手から離れてもまるで意思を持つかのようにリインフォースは魔力を纏い、激しく脈動していた。鎖に錠を付け……それから夏流ははっとした。
「封印ってどうやるんだよ!? 俺知らないぞ!?」
「魔力を込めて!! 封印の術式はお父様が作っているはず!! 貴方はそれに新たに魔力を通すだけでいい!! 早くっ!!」
迫ってくるリリアをゲルトが側面から飛びついて押さえ込む。夏流は深呼吸し、ありったけの力を込めた拳を錠に叩き付けた。
落雷のような轟音が鳴り響き、リインフォースは一瞬で力を失い元のただの重い大剣へと戻った。それと同時にリリアの身体は激しく痙攣し、やがて意識を失ってゲルトの腕の中に倒れこんだ。
「…………お、わった……のか?」
大人しくなった聖剣を拾い上げ、夏流はリリアとゲルトの元に急いだ。三人ともボロボロだったが、リリアは気を失っているだけできちんと呼吸をしていた。
それを確認し、二人は深々と溜息を漏らした。ゲルトは涙を流し、唇を噛み締め、リリアを強く強く抱きしめていた……。
さて、それから俺たちはどうなったのかというと……。
リリアが眠る病院のベッドの傍で俺はその寝顔を眺めていた。安らかに上下する胸を見ていると、とりあえずリリアが生きているんだって事がはっきりとわかった。
原書を確認しても、相変わらず内容は変化していなかった。というか、俺の早とちりだったらしい。リリアは結局ここで死ぬ予定ではなかったのである。
だがしかし、あのリリアの暴走としか表現の仕様のない状況が追加される事は無かった。まるで原書――この世界にあるルールから外れたイレギュラーな出来事であったかのように。
ナナシにそれを問い詰めようとしたのだが、やつも判らないとほざき、結局あれがなんだったのかは判らず仕舞い。勇者とその仲間たちは全員仲良く病院入りとなった。
考え事をしていると背後で扉が開いた。おずおずと顔を出したのはゲルトで、リリアの様子を見て少しだけ安心しているようだった。
「よお。元気そうだな」
「……お陰さまで」
全然素直に嬉しそうにしないゲルトはそっぽを向いて腕を組んでいた。さて、そういえばリリアはこいつがメリーベルを殺したかなんかしたかのように誤解していたようだが、実はそれは違っていた。
「メリーベル・テオドランド……ですか? 殺していませんよ?」
と、あの後ゲルトが言うので確かめに戻ってみた所、メリーベルは普通に起きて部屋を片付けていた。
「お、おま……生きてんじゃねえかよ!?」
「え……何が?」
ゲルトはやつを気絶させただけだった。その時倒れたメリーベルの手がすべり、机の上にあったペンキが零れてまるで血のようになっていただけらしい。
そのペンキを使ってメッセージを書いたゲルトもそれは確認していた。俺は思い切り溜息を漏らし、とりあえずメリーベルの頭を小突いておいた。
「う、うぅ……。あたし被害者なのに……鬼畜……」
そんな事情もあり、リリアに殺人者だと誤解されているのが気に食わないのか、ゲルトは時々こうしてひょっこり顔を出す。多分ゲルトはゲルトなりにリリアを心配しているのだろう。眠ったままのリリアを見つめては苦しそうな表情を浮かべた。
「で……お前らの間にあった禍根は消えたのか?」
「…………さぁ、どうでしょう」
そう言うゲルトの視線は確かに戸惑っていたが、確かにあの戦いの前よりはすっきりした顔をしていた。逆に悩んでしまう原因が幾つか出来たようだったが、一先ずゲルトとリリアの間にあった確執は一段落したように思える。
結局殴り合って好きなことを言い合うのが一番スッキリする方法だと思うのは多分俺だけではないはずだ。あとはリリアが目覚めてくれれば万々歳なのだが、もう何日も眠ったまま目を覚まさない。
アクセルももう退院してバイトに勤しんでいるというのに、どうしてしまったのだろうか。傷は俺たちの中で一番浅かった……一度は死に掛けたが……というのに、意識だけが戻らない。
色々と俺も考えたい事が増えてしまった。一先ず聖剣に巻いた鎖は外さないようにしたほうがいいような気がする……。
「あの……」
「ん?」
「一度しか、言わないので……そのつもりで、御願します」
ゲルトは改まった様子で俺と向き合うと、顔を真っ赤にしてぺこりと頭を下げた。
「……ありがとう、ございました」
「へっ?」
「い、一度しか言わないと言いました!」
「いや、そうじゃなくて……何が?」
「貴方が来てくれなかったら、わたしは殺されていました。それはそれで嫌ですが、そうなったら……」
ゲルトの言いたい事はわかる。あんな状態でゲルトを殺してしまったら、きっとリリアは一生それを後悔し、引き摺りながら生きていかねばならなかっただろう。
そんな風にリリアの事を思いやってやる事が出来る少女が、どうしてあんな無茶な戦いを挑んだのか。その理由を知ってしまった今となっては、どうにもゲルトを憎む事も出来そうになかった。
「感謝だけは、しているんです……ちょっと、だけ」
「ははは……そうかい」
「…………あの、リリアにはこの事」
「判ってるよ。内緒にしたいんだろ? 一日四回くらい見舞いに来てたって事は黙っておいてやるよ」
ゲルトは俺をにらみつけ、それから走り去って行った。全くなんというかこう、素直じゃないやつだ。
リリアの傍、ベッドに腰を下ろしその手を握り締める。もう何日もリリアの馬鹿さを拝んで居ないと、どうにもこの世界の日常が退屈で仕方が無い。
何をやっても駄目で、何やっても上手くいかなくて、不幸で……でもリリアと一緒に居ると飽きないんだ。馬鹿騒ぎが続く毎日が俺はそれなりに気に入っていて、だから早くリリアが笑いかけてくれないと、気持ちが落ち着かない。
そんな自分自身に気づいた時、俺はもっと強くならなければならないと思った。リリアを守れるように、だけじゃない。この子を救うには、この世界にある大きな流れを制御出来るようにならねばならない。運命と呼び変えてもいいその彼女を取り巻く鎖を、取り去ってあげられるように。
毎日のようにそうして祈っていたお陰だろうか。リリアは急にぱっちりと目を覚ました。それから身体を起こし、その勢いが急すぎて顔を覗き込んでいた俺の額と正面衝突する。
「わにゃっ」
「いてえっ!?」
お互いにのけぞり、額に手を当てる。リリアは寝ぼけた様子で俺をぼうっとしながら見つめると、ほんわかと柔らかいいつもどおりの笑顔で笑ってくれた。
「あー、師匠……おふぁようございま……す?」
「ああ、おはよう……って、どうした……? お目目ぱっちりじゃねえか……」
「あ、あのう……なつるさん……」
多分色々な事情を思い出したのだろう。申し訳なさそうな顔で俺をじっと見つめるリリア。そういえば闘技場で喧嘩別れとまではいかないが、気まずい空気で別れっけ。
「あの、あの……あれはですね、そのぉ……う? な、なつるさん?」
何も言わずにリリアをそっと抱き寄せた。頭を撫でながら腕の中でリリアの言葉を遮る。馬鹿でヘタレなくせに変なところで意地っぱりで、無茶ばっかりしているこの子の笑顔をまた見る事が出来たのが、多分俺は凄く嬉しかったのだ。
「なな、なつるさん……なんで泣いてるんですか!?」
「いや……マジ、良かった……」
素直にそう思う。俺はまた、冬香の時のように何も出来ないままで終わってしまうのではないかと思うと不安で仕方がなかったんだ。
だから毎日リリアの顔を見る度に、胸を貫かれるような痛みに襲われる。俺は君を救う事が出来たのか? そんな事は訊けないけど、また当たり前のようにこうしておろおろしている姿を見られる事が、今は最高に幸せだと思えた。
多分俺たちはまだお互いの事を何も判ってはいないし、この世界の事も俺は何もわかっちゃいない。沢山の苦難があって、俺はその全てから君を守ってあげられる自信はないけれど。
「おかえり、リリア……」
俺の言葉にリリアは目を丸くし、それから優しく微笑んでくれる。
「はい」
ベッドの上で暫くそうして抱き合っていると、扉ががらりと開いた。扉の向こうには何故か派手な花束を持ったアクセルとランチバスケットを片手にしたクロロの姿があった。
完全に俺たちは停止する。皆が停止している間に俺は立ち上がり、窓を開けて振り返る。
「誤解だから」
「……ナツルうううう!! 一体病室で何やってやがったああああっ!!」
「誤解だって先に言ってんだろうが馬鹿野郎がっ!!」
二階の窓から飛び降りる。魔力を使えるようになった今の俺には造作も無いが、風の力を使いこなすアクセルには更に造作も無い。
凄まじい勢いでサーベルを振り回して追いかけてくるアクセル。リリアとクロロは窓辺に立って俺たちを見降ろしていた。
「み、見てないで助けてくれえっ!! こいつ地味に強いんだぞ!?」
「地味にとか言うんじゃねえええ!! もうちょっとでゲルトにだって勝ってたっつーのっ!!」
「判ったから!! 別にお前が考えているような事は何も無かったからああああ!!」
リリアが笑いながら見下ろしている。クロロがランチバスケットを開き、お茶を淹れている。アクセルは涙目になりながら追いかけてきていて、俺は苦笑しながら走り回る。
かなりバカバカしくて、どうしようもない仲間たちだけれど。この世界で会う事が出来た、かけがえのない日々だから。
だから今はもう少しこのアホらしさを満喫していたい。それに一先ずの問題は、風の速さで繰り出されるアクセルの二対の剣を、どうするかということで――。
ああ、空が青いなあ。そんな事を考えながら俺は借りっぱなしのルーンナックルに魔力を点火した――。
「白の勇者が目覚めたのなら、物語を次の段階に進めなくては。そうでしょう――? 救世主様」
学園のルーファウスの執務室。魔術書に映し出されている夏流とアクセルの様子を眺めながら薄暗い闇の中でルーファウスは呟いた。
彼が呼びかける声の先、夏流と同じく『この世界の物ではない』服装をした少年が巨大な拳銃に弾丸を込めながら薄く笑いを浮かべていた。
〜ディアノイア劇場〜
*俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ……編*
アクセル「祝! 第一部完結!」
ゲルト「え? どこから第一部だったんですか……」
アクセル「いやまあ、一先ず起承転結の起が一段落したんだよ。作者の中で」
ゲルト「あくまで作者の中で、ですけど」
アクセル「しかし、原書の『勘違い』は酷くないか」
ゲルト「その辺が気になる人は次話も要チェックです」
アクセル「……宣伝じゃねえか、ただの……」
ゲルト「まあ、いいじゃないですか。こんな所までマメにチェックしてる人はそんなに居ないでしょうし」
アクセル「そういえばこの小説ってシリアスなの? コメディなの?」
ゲルト「え? コメディじゃなかったんですか?」
〜設定資料集その2〜
*とりあえず一段落*
『リリア・ライトフィールド(聖剣解放)』
聖剣リインフォースにかかっている封印を解除した状態のリリア。
自分自身に課している魔力の枷と同時にゲインが課したリインフォースの枷を解除する事により、本来持つフェイトから受け継いだ魔力を発揮出来る。
ゲインの死後、封印は一度解放されており、再び鎖を締め直したリリアに解放の権限が委譲されている。この辺はそのうちやる事が出来ればいいなあ。
ゲルト以上の努力家であり、才能にも恵まれていたリリアはゲルトに対する負い目から力を封じて生きてきた。その為長い封印状態の代償で、解放時は上手く戦えない。
リインフォース解放状態では身体能力と魔力総量が大幅に増幅されるが、現段階ではゲルトには及ばない。聖剣の力が凄まじいだけであって、リリア自身の腕はまだそれほど高い錬度ではない。
リリアの未熟を補って余りある伝説の武具リインフォースにより、とりあえずは戦う事が出来るようになったようだが、謎の暴走など解明されていないメカニズムの多いリインフォースをリリアも夏流も危険視している。
『ゲルト・シュヴァイン』
魔剣フレグランスの担い手、十五歳。リリアの幼馴染。
リリアは田舎町の生まれで育ちも田舎だが、早くに「母親を失いシュヴァイン家の近くに住んでいた過去がある。その頃リリアと知り合い、友達になった。
二人の友情は世界の声に引き裂かれ、いつの間にかリリアを強く敵視するようになっていたが、それは逆にリリアを強く認めているからである。
リリアの煮え切らない態度や怠けている様子、自分に負い目を感じている事が我慢ならず、あれこれやっちゃったおっちょこちょいの人。あと大剣でリリアぶっさす。
黒の勇者と呼ばれるもう一人の勇者だが、一つしかない勇者の席をリリアと争っている。
凄まじい負けず嫌いで努力マニア。学園内でも指折りの実力者だが、アクセルには四回負けている。あとツンデレ。リリアが幼児体系なのに比べ、こちらは……。
『アクセル・スキッド』
無名の剣士ことアクセル・スキッド十八歳。実は夏流より年上。
とある事情からバイトをいくつも掛け持ちしており、将来は傭兵家業でガッツリ稼ぐ事を夢見ている。
お気楽な考え方と暑苦しい態度が特徴。リリアの駄目っぷりに惚れているが、それは恋なのかそれとも犬か猫を見るような気持ちなのかは不明。
二対のサーベルを操る剣士で、風を使った高速剣術や特殊な体裁きを得意とする。魔力を放出して敵を切り裂くとかそういうのはとても苦手だが、肌身離さず持ち歩いている剣だけは風で多少操れるようだ。
バイトばかりしていてろくにランキング対戦をしていないため順位は低めだが、ゲルトに匹敵する実力を持っている。が、あんまり強さをおおっぴらに見せびらかすのは好きではない。
ゲルトとは何度か戦った縁だが、アクセルのへらへらした態度が気に入らないのかゲルトには妙に嫌われているので、そのうちぶっさされるかもしれない。
リリアに対して、というよりも夏流にとっての兄貴分であってほしいと願う所。
『華斬舞』
コマンド:魔力解放⇒236236強⇒236弱、中、強で派生。
ゲルト・シュヴァインの必殺技。
フレグランスから放たれる花弁の渦で相手を包み込み、奪われた五感に戸惑っている相手を滅多切りにする。
対アクセル戦で放っていた魔法放出を締めに使うバージョンのほかに幾つかバリエーションが存在するが、展開は同じである。
見ている観客には何が起きているのかさっぱりわからないが、花弁が綺麗な必殺技です。
『渦巻く闇の花弁』
コマンド:魔力解放⇒4長押し⇒623強
必殺技の名前が中ニすぎて対リリア戦では叫ぶ事を忘れていたゲルトの必殺技。
刃に螺旋状に高速回転する魔力を纏わせ、体ごと敵に突っ込む威力重視の技。
ゲルトが所有する必殺技では今の所最高威力だが、突きの後に幾つか派生技が存在する。リリアに突き刺した直後やっちまったと刃を引っこ抜いてしまったが、きちんと最後まで決まれば文字通りの必殺技。
うっかり刺しちゃって読者にもツッコまれる伝説の技である。
『反射共鳴剣』
コマンド:ガード中412弱、中、強
リリアがリインフォース解放状態から放つ幾つかのバリエーションのうちの一つ。
とは言うものの、アクセルのアドバイスで急遽使い方だけ覚えた付け焼刃の技で、リインフォースそのものの能力に頼っている部分が大きく、厳密には必殺技ではない。
魔力を切り裂き弾き飛ばし、弾いた魔力に共鳴して力を増幅させるのはリインフォースそのものが元々備えている能力だが、そこから繰り出されるカウンター技。
『連続共鳴剣』
コマンド:魔力解放⇒623強⇒弱、中、強で派生。
リインフォース開放状態技バリエーションその2。
解放した剣先から放つ光の波動を加速装置に使い、その場で回転しながら敵を切りつける技。リリアは暴走状態時、相手に向かって跳躍しながら放つ事で威力を増幅させていた。
一瞬で多段の攻撃が可能であることが特徴だが、動作は単調で見極めやすい。回転して刃を振り回していると、魔法攻撃は全部弾き返せるので対集団戦闘で有利。
というわけで、一先ず一段落。次からは新しい展開を何か考えたいです。
それではおつかれさまでした。