対の勇者の日(2)
夏流に背を向けたリリアに帰る場所はないように思えた。
冷たい雨が降り注ぐシャングリラの町をふらふらと歩くリリア。一人きり、雨に打たれて冷え切った体で思い出すのはやはり夏流たちとの事だった。
勇者である事が重荷で仕方がなかった。生きる日々の先に希望も見出せない世界……。一人ぼっちで誰からも認められない、そんな人生を送る事が当たり前だと思うようになっていた。
どんな言葉もリリアの耳には届かない。あらゆる人々、この世界と向き合う事を止めてしまった少女にとって、夏流の差し伸べてくれた手は縋りつきたくなる程輝いて見えたのは確かな事実。
そう、たとえその得体の知れない少年が、リリアの無力さに腹を立てた聖騎士団や学園が送り込んできた、リリアを戦わせる為に存在する者だったとしても、関係はなかった。
久しぶりに誰かと触れる事が出来た。その暖かさは、騙されているかもしれないという気持ちを抑えこんで尚リリアの中で意味を持つ行為だったから。
しかし、わからなくなる。夏流は一体何の為に自分の傍に居るのか。自分を強くしようとしている? それは判る。では、何故? せめて騎士団の使いだというのならば、もっと強引に強くなれと命じてほしかった。自分で考えて、自分の道を選べなんて、そんな優しい言葉なんてかけてもらいたくはなかったのだ。
それを肯定すると夏流は言う。一緒に考えようと肩を叩く。その挙動の一つ一つがリリアを苦しめている。自分でどうにもならない現実を、気軽に変えられるかのように口にする少年……。苛立ちだったのかもしれない。それとも何も決められないまま、誰かに操られ人形のように生きる事を良しとしようとする、自分自身への嫌悪だったのか。
恐らくは両方だろう。それでも夏流の傍に居たかった。居て欲しかった。初めて出来た友達。世界と自分を繋いでくれた優しい手。それは、リリアの手から離れてしまった。
「自業自得、かな……」
アクセルは何故ゲルトと戦ったのか。
ゲルト・シュヴァインは、常に手加減をして戦っている――リリアはそれを見抜いていた。ゲルトは決して相手に必殺技など使わない。それは、『当たれば必ず殺す技』……致命的なダメージを仲間である学園の生徒に与えてしまう事になるから。
どんなに冷たい態度で心を覆っても、どんなに憎しみで刃を黒く塗りつぶしても、どんなに勝利に執着しても、ゲルトは他人を傷付けない……少なくとも命を奪う事のないように努力してきた。
図抜けた力を持つ魔剣を使えば並の相手では勝負にならない事も充分に理解している。だからこそ、ゲルトはそれを誇りとしてきた。弱者を傷付けない刃であり続ける事……それを覆してまで、アクセルに勝利した意味。
ゲルトは見出したのだ。アクセルに倒すだけの意味を。絶対に勝利するだけの意味を。それは結局、リリア・ライトフィールドという少女との確執に巻き込んでしまった事に他ならない。
もう、アクセルに会うのも止めようと思った。誰かと関われば、その分自分の運命に他人を引き込む結果になる。そうすれば、誰かと繋ぎかけた手がまた離れてしまう事もないのだから。
戸惑いの表情を浮かべ、悲しげに手を離した夏流の顔が忘れられなかった。どれだけ雨に打たれても、胸につきささった痛みだけは落ちる事が無い。
まるで救いを求めるように、リリアはメリーベルの研究室の扉の前に立っていた。甘え、だろうか。メリーベルはリリアにとって初めて出来た友達。己の存在を真正面から認めてくれた人。そんな彼女に相談でもしたかったのか。泣き言でも言うつもりだったのか。しかし扉を開いたリリアはその自分の考えそのものが甘かったという事を思い知らされる事になる。
滅茶苦茶に荒らされた研究室の中は、しかし真紅の光の花弁で満ちていた。床の上に倒れたメリーベルが流す血と輝く花弁が部屋の中を美しく彩っている。
一つの美術品であるかのようなその景色にリリアの指先は震えた。リインフォースが音を立てて床の上に転がり、リリアは一歩後退する。
「ど……う、して……?」
メリーベルは動かなかった。触れたらその現実を受け入れなければならない気がして近づく事が出来なかった。リリアの両目から涙が溢れ出し、力なくその場に崩れ落ちるようにして膝を着く。
「どうしてなの……? そんなに、リリアが憎いの……? ゲルトちゃん……」
胸を締め付ける痛みは、ゲルトに仲間を傷付けられたからだけではなかった。
幼い日に約束した事。いつかきっと、一緒に背中を預けて戦える日が来る事を祈っていたのに。
長い前髪で顔を隠していつも一人で遊んでいた少女。そんな彼女の事がいつも気がかりで、大好きで、だからこそ傷付けたくなかった。
背後の扉には、ゲルトの服の布の裾に赤いペンキで記された文字がリリアを待っていた。壁にナイフで突き刺されたそれを引き抜き、リリアは目を細める。
「…………ゲルトちゃん」
リインフォースを拾い上げる。
顔をあげたリリアは涙を流していなかった。悲しげな瞳をきつく瞑り、それから歯を食いしばる。
「……ごめんなさい、メリーベルさん」
リインフォースに巻かれた鎖が解き放たれる。
錠の落ちる音と共に、リリアは雨の中に飛び出して行った。
⇒対の勇者の日(2)
「……おい、ナナシ」
学園の通路の中、人間の姿になったナナシに夏流は声をかける。
降りしきる雨の音の中、ナナシは黙ってシルクハットに指を沿わす。夏流は不機嫌そうに腕を組み、ナナシを睨みつけた。
「なんでこうなるんだ? ゲルトとリリア、二人は同じ勇者なんじゃねえのか?」
そもそも、俺は勇者が二人居るという事実を知っていたものの、ゲルトがそれであるという事は伝えられていなかった。
俺の役割は勇者を強くする事……それがリリアだけだというのも妙な話だが、そもそも二人のあの仲の悪さはちょっと普通ではない。
「お前、知ってたんだろ? ゲルトとリリア……二人の仲が悪い事も、いつかこうなるって事も」
ナナシは答えなかった。しかしそれは肯定しているも同義。振り返り、ナナシを見つめると仕方がなくといった様子でナナシは語り出した。
「簡単な話ですよ。貴方はリリアにだけ構っていればいいのです」
「どういう事だ……?」
「リリアとゲルト――勇者になれるのは、どちらか一人だけだ、という事ですよ」
絶句する俺に、ナナシは語る。勇者が二人存在するというその状況について。
かつてゲインとフェイトは確かに勇者と呼ばれる存在だった。二人は聖騎士団、勇者とその仲間たちの中でも図抜けた実力者であった。二人は最高のパートナーであり、常に背中を預けて多勢に無勢の戦いを切り抜けてきた。
その姿こそ勇者であると讃えられる者。しかし、事情は二人の勇者の結末の違いが生む格差がややこしくしていた。
「かつてこの世界を支配しようとした魔王ロギア。それと相打ちになった勇者は、実はフェイトだけだったのですよ」
「……ちょっと待て。二人は勇者、同じ仲間だったんだろ? それがどうしてフェイトだけ……」
「――ゲイン・シュヴァインは、最後の決戦を前に恐れを成して逃げ出した。それが、今のこの世界で伝わっている俗説です」
最後の戦い、強大な力を持つ魔王ロギアに挑む頃には仲間たちは傷つき、死に絶え、最後の決戦に挑めるのはたった二人だけとなっていた。
それが二人の勇者、フェイトとゲイン。二人は魔王に挑み、勝利し、世界に平和を齎すはずだった。
しかし決戦を前にゲインはザックブルムの魔城から引き返し、あろう事かフェイトにすべてを押しつけて逃げ出した、と。生き残り、たった一人だけクィリアダリアに戻ったほかならぬゲインが、そう口にしたのである。
「そんな……」
「シュヴァイン一族は没落貴族となりました。国中の人々がフェイトの死を嘆く中、罵倒の声はゲインの身体を蝕み、やがて彼は病に倒れた。勇者としての地位も剥奪され、シュヴァイン家は呪われた一族となったのです」
その栄光の差は天地程もあっただろう。真の勇者の娘として期待を一身に背負い、褒められ、讃えられ生きてきたリリア。逃げ出した偽りの勇者の娘として人々から罵倒の声を浴び、認められる事も無く一人孤独に生きてきたゲルト。
勇者の儀を受けた二人は、しかしそこで同時に契約を成したのだ。勇者になれるのはどちらか一人のみ。それまで全身全霊を賭け、互いに切磋琢磨し、勇者に相応しい存在となると。
ゲルトにとってリリアを倒す事は己の人生だけではなく、父の不名誉を返上する為に必要な行為だったのだ。
「それでもゲルトはゲインを信じていました。ゲインは逃げたのではないと、最後の最後まで彼女は信じていた。しかしゲインはゲルトの想いに応える前に、命を落とした……。これが二人の間に在る確執の理由です」
「……それじゃあ……でも、どうしてだ? なんでゲルトはリリアに勝ってるのに、ああまでリリアを敵視する……」
考える。確かにゲルトにとってリリアは勝利すべき存在だ。勝たねばならない。生きて行くために。
だが、リリアはゲルトとは比べ物にならないほど『弱者』としての人生を送ってきた。そのリリアをゲルトが危険視し、敵視し、トラウマとしているのは何故なのか。
「……鎖……」
自分で呟いた言葉は全く意味不明だった。しかしその言葉に俺ははっとした。
この可能性がもしも事実なら、大変な事になる。どうして俺は考えなかったんだ。勇者は『何もしなくてもテキトーに戦っていれば勝手に強くなって魔王を倒しちゃう存在』だと、俺は最初から思っていたはずなのに。
それがもしも事実だとしたら。リリアがもし仮に、真の勇者の素質を受け継ぐ存在で、つまり――『恐ろしいほどの天才』だとしたら。
そしそれを、何らかの方法で強引に押さえ込み続けているのだとしたら。
「……アイツ……まさか、俺と同じ……ッ」
リリアの魔力解放はどう考えてもおかしかった。だがリリアの力を封じるような使い魔は、俺のように存在していなかった。
あいつの近くに常にあって、使いもしないくせに持ち歩いている物……不自然だったんだ、あの大剣は。勇者を嫌うはずのリリアが、わざわざ父親の剣を後生大事に持ち歩いている事も。あの剣に、ゲルトの魔剣にはないはずの『鎖』が巻かれている事も。
「リリアは……リリアはどこに行ったんだっ!!」
このままじゃまずい。リリアとゲルトの力は圧倒的に差があるからこそ、『本気の戦いにはならない』と思っていた。
だがもしも、二人の力が拮抗するようなものであったならば、手加減出来る戦いにはならない。
原書に記された未来が現実になってしまう。それだけは避けなければならないのに。俺はバカだ。どうしてあの時、リリアの手を離したんだ――。
「くそっ!! 間に合ってくれ!!」
雨の中、駆け出した。リリアの行きそうな場所は限られている。全部片っ端から当たるしかない――!
学園から離れた場所にある草原に対峙する二つの影があった。白と黒のシルエットは互いに雨の中黙り込み、剣を構える事さえしない。
ずぶ濡れになった髪の下、リリアは寂しげな視線をゲルトに向ける。それを見るだけでゲルトの頭の中は滅茶苦茶になるような気分だった。
いつか一緒に夢を叶えると誓った二人。大切な友人だった二人。その二人が手を離してしまったのは、ゲインの死が切欠だったのかもしれない。
二人の勇者の死と、それを継がねばならない現実が目の前に迫った時、二人はもう手を取り合う事は出来なくなっていた。ゲルトはゲインの正義を信じ、その為にはリリアの存在を認めるわけにはいかなかった。何よりゲルトにとって、天才的な力を持つリリアの存在は自分自身の否定に他ならなかった。
「……覚えてる? 貴方はいつも、お父様に稽古をつけてもらってた。わたしはお父様にもっと構ってほしかったのに、お父様は貴方のところに行って何日も帰ってこなかったッ!!」
戦いから戻ったゲインが気にかけていたのは、いつもゲルトではなくリリアだった。正義だと信じ、認めて欲しくて仕方が無かった父親は、ゲルトの事など見ていなかった。
ゲインに稽古をつけてもらうリリアがいつの間にか憎らしくなった。その父親が褒め称えられ、ゲインは蔑まれる現実が認められなかった。リリアの存在が自分から全てを奪い去っていくかのような錯覚さえ覚えた。
「ごめんね……ゲルトちゃん。ごめんね……」
「謝るなっ!! わたしと闘えぇええっ!! リリア・ライトフィールドッ!!」
涙を流し、首を振りながら剣を構えるゲルト。その正面、リリアは重苦しい波動を放つ聖剣を握り締め――それを片手で振り上げた。
「言われなくてもそうするよ……。ゲルトちゃんは……お前は私の友達を傷付けた。私を憎むならいいよ。私を殺すのも構わない。でも……だからってっ!! 仲間に手を出されて黙っていられる程、私はお人良しじゃないんだよっ!!」
リインフォースの刀身が青白く輝く。浮かび上がった光の紋章は触れる雨を蒸発させ、ぐつぐつと煮えたぎるような光を纏って軌跡を描く。
両手で剣を構えるリリアに対し、ゲルトは片手でフレグランスを構える。刀身に浮かび上がる二つの紋章が二人の勇者の本気を肯定していた。
手加減を出来る気がしなかった。リリアの心もまた、怒りと絶望で煮えたぎっている。ずっとずっと押さえ込んできたゲルトに対する想いが爆発した今、刃を止められる気はしなかった。
「うおおおおおおっ!!」
雄叫びと共にゲルトが突進する。振り下ろす刃の一撃はアクセルさえ下す程の圧力を持っているはずなのに、リリアはリインフォースでそれを受け止めていた。
二人の視線が交錯する。一度距離を離し、二人は打ち合いを始めた。刃と刃が何度も激突する。その巨大な剣がぶつかりあう衝撃は想像以上で、甲高い鋼の打ち合う音が曇り空に響き渡った。
「貴方はいつもそうだった!! わたしが何日もかけて努力して得るものを、呼吸するみたいに一日で追い越して行くっ!! あなたはわたしが欲しかったものを全部持っていた!! 地位も名誉も世界の声も、愛情さえもっ!! 貴方の父親が居なければ……! お父様だって死んだりしなかった!!」
「……その言葉をゲインさんに聞かせてあげたいよ」
刃と刃を交え、二人は顔を突き合わせる。ぎりぎりと軋む音の中、リリアは言葉を続けた。
「君はゲインさんがどんな気持ちで帰ってきたのかを全然判ってない……! それに……そんなのはリリアだって同じ! リリアだって、お父さんを殺されたんだっ!!」
刃を弾き合い、後退する二つの影。雨の中、ゲルトの魔剣が花弁を散らす。必殺の構えに涙と叫びを乗せ、ゲルトの吹雪がリリアへ襲い掛かる。
花弁の渦に囲まれ、リリアは剣を高々と頭の上に振り上げた。魔力を込められたリインフォースが閃光し、しかし、それ以上のことは何も無い。
ただ振り上げ。ただ想いを込め、ただ振り下ろすだけ――。そんな単純な一撃が天地を吹き飛ばす程の圧力を込められ振り下ろされた。花弁の壁は両断され、その向こう側に立っていたゲルトに迫る。
斬撃を受け切れなかったゲルトの半身が切りつけられ、鮮血が噴出す。よろめきながらも魔法を放ち、螺旋する波動にリリアは吹き飛ばされて草原の上を転がった。
二人は同時に体制を立て直す。頭から血を流すリリアと肩から血を流すゲルト。二人は同時に血を口から吐き出し、再び剣を構えた。
始まりは些細な誤解だった。最愛の友情は簡単に世界の声に引き裂かれ、もう元に戻る事は無い。お互いに闘っている理由は既に曖昧になりはじめていた。ただ思う事は一つだけ。
負けたくない――――。
刃を構え交錯する視線は憎しみではない。きっとこれは誰もが願った最愛の結果。そう、この二人でさえ本当はこうなる事を祈っていたのだから。
何の為に強くなり、何の為に力を求め、何の為に明日へと進むのか。理由がなければ判らなくなりそうな毎日の中で、たった一つだけ失わない事が出来るものがあるとすれば、それはきっと魂に刻み込んだ誓いだけ。
身体を貫く激痛さえ今は気にもかからない。ずぶぬれの体も関係ない。出来ればもう、戦いが終わらないで欲しいと願う。せめてこの、夢のような時間の中のままで。
二人は傷口に手を当て回復魔法を発動する。互いに癒えた傷に構えの新鮮さを取り戻し、攻防を再開する。
打ち鳴らす刃。空を裂く轟音。擦れ違う思いは皮肉にも今だけは重なり合っていた。ゲルトの瞳に宿っていた強い憎しみが和らぎ、リリアの剣筋に冴えが戻っていく。まるで過去へと時間を逆行するかのように、二人は戦いの中でその力を変化させて行く。
しかし、押されていたのはリリアだった。いかに力を解放したところで、二人の間には大きな差がある。リリアは悲しげに微笑みながら、攻防の中で言葉を紡ぐ。
「ゲルトちゃんは、勘違いしてるよ……」
自分は決して天才などではないのだということ。
生まれ持つ魔力総量が多かったとしても。魔術の才能があったとしても。それは最終的な結果には結びつかない。
必要なのは努力、ただその二文字だけ。ゲルトは知らなかったのだ。リリアが嘗ての日々、何でも出来る天才のように見えたのはただの誤解に過ぎなかった。
「ゲルトちゃんが皆に馴染めないで一人膝を抱えていた時……リリアは、ゲルトちゃんの何倍も……何倍も、修行をしてたんだよ……?」
「え……?」
「私は、天才なんかじゃない……。天才なんかじゃないの。ゲルトちゃんと同じ。誰にも見えない所で、ひたすらに努力するしかなかった……そうでしょう!? そういうものなんだよ、リリアたちはっ!!」
父親を馬鹿にされ、子供たちの輪にも入れずいじめられ、石を投げられながら町を歩く事しか出来なかったゲルト。
その父親はリリアに付き、剣と術の修行に明け暮れた。誰にも交われなかったゲルトを救いたかった。だからこそ、リリアはやりたくもない勇者の修行に従事し、あたかも天才であるかのように振舞った。
ゲルトは思い出していた。幼き日々、リリアが自分の手を取って何を行ったのか。『自分よりもっともっと、ずっと強い勇者になれるよ』、と――――。
「う――わあああああああっ!!」
だからと言ってもう引き返す事は出来なかった。リリアを超える――そしていつかは倒す為だけに力を蓄えてきた。もうそれを空回りさせるわけにはいかなかった。
全力で解放された漆黒の魔力がリリアを弾き飛ばす。練り上げた全ての力を漆黒の剣に流し込む。螺旋渦巻く華の輝きを構え、ゲルトは突撃する。
それはただの突きだった。魔力を込め螺旋で抉る強烈な一撃。加速し、大地を根こそぎ吹き飛ばしながら突き進む削岩機のように何もかもを散り散りにしながらゲルトはリリアへ迫る。同時にリリアもまた全力で魔力を解放し、聖剣へと思いの全てを流し込んでいた。
「――――『必ず当てて、必ず殺す技』」
両手で剣を振り上げる。刀身に浮かび上がる紋章が輝きを増して行く。
それは、つい昨日会得した必殺技。アクセルの言葉を聞き、自分の意思で戦う為に覚えた技術。
かつて父がリインフォースで使いこなした奥義。雨の中、白い輝きが空へ立ち上る。『基礎』や『魔力総量』では倒せないゲルトの必殺の攻撃に対し、現時点で唯一対抗し得る必殺の一撃。
「鳴り響け――!」
大気を焼き尽くす白光。迫るは螺旋の漆黒。二つの刃は雄叫びと共に激突した。
ゲルトの突きと魔力の渦に対し、リインフォースで直接斬りつけるリリア。二つの剣はびりびりと震え、リリアの腕に無数の切り傷が奔る。
『剣で炎が切れるか』? 答えは否。剣では魔法は切れない。いかに強力な武具であったとしても、剣で魔法を斬る事は基本的には出来ないのだ。
いかに魔力を通した剣と言えども、魔力という触れる事の出来ないもので生み出されている自然現象に対し、物で干渉するには限度がある。
しかしリインフォースは正面からゲルトの生み出す魔力の渦を捉えていた。それどころか魔力の渦を受け、刀身は輝きを増して行くではないか。それこそが聖剣、魔剣と呼ばれるものの強み――。『魔法を斬る事が出来る剣』の真骨頂。
炎だろうが雷だろうが水だろうが闇だろうが光だろうが風だろうが関係ない。有象無象の関係なく、聖剣リインフォースは魔の力を両断する――。
「反射共鳴剣ッ!!」
切り裂かれた漆黒の魔力の螺旋は見る見るリインフォースに吸い込まれていく。聖剣リインフォースが引き裂いた魔力の欠片を吸い込み、リリアの力は急激に増幅されていく。
打ち合いから即座に反撃に転じる、攻防一体の技。カウンターである上にかわされず、同時に威力を増幅する故に必殺。
振り下ろされる光とゲルトの螺旋が激突する。激しく迸る力の流れに髪を靡かせ、二人はありったけの力を込めてその一撃に全てを込めた。
「――――ゲルトちゃんは、やっぱり強いね」
光の中、リリアが微笑んだ。リインフォースの光が力を失って行く。いかに才能に恵まれた存在と言えども、こう何年も封印した状態でしかも鍛錬を積んでいなかったならば、常に第一線の中で活躍してきたゲルトに及ぶはずもない。
リリアのリインフォースを覆う光が闇の渦に掻き消される。結局残ったのは二つの剣と二人の勇者だけだった。止まってしまいそうな時間の中、微笑んだリリアの姿に何もいう事も出来ず、泣きながらゲルトは巨大な剣を深々とリリアの胸に突き刺した。
「…………リリアちゃん?」
リインフォースが堕ちる音が鳴り響いた。
「リリアちゃん?」
震える声で名前を呼ぶ。ぐったりとうなだれたリリアは答えない、ゲルトは剣を引き抜き、そのまま倒れるリリアの身体を抱きとめた。
「リリアちゃん…………うそ……」
血まみれで膝を突き、抱き合ったまま黙り込む二つの影。
雨を降らせる雲の合間から光が降り注ぎ、二人の悲しい戦いの終わりをただ静かに見下ろしていた。